解説記事2024年02月05日 ニュース特集 総則6項の適用、裁判で初めて否認(2024年2月5日号・№1013)
ニュース特集
東京地裁、令和4年最高裁判決の枠組みに沿った判断示す
総則6項の適用、裁判で初めて否認
総則6項の適用を巡っては、令和4年4月19日最高裁判決で、総則6項の適用と租税法における平等原則の関係についての考え方が示され注目を集めたが(本誌928号参照)、令和6年1月18日、当該最高裁判決以来となる総則6項適用事案で、総則6項の適用を否認する判決が下された。
国側は、「相続財産となるべき株式の売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に、相続開始前に合意されていた価格で実際に売却することができ、かつ、当該価格が通達評価額を著しく超えていたこと」を問題視し、総則6項を適用した。しかし、東京地裁民事51部(岡田幸人裁判長)は、価額に大きなかい離があるということのみをもって直ちに総則6項を適用すべき“特段の事情”があるとはいえないという、最高裁令和4年判決と同様の考えを示した上で、本件には、例えば最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていたというような“特段の事情”がないとして、課税処分を取り消す判決を下した。
総則6項の適用が認められなかった判決は初めてとみられる。
通達評価額を著しく超える価額で株式譲渡
被相続人A氏は、薬局の経営等を営むX社の代表取締役であり、生前、医薬品卸業を営むY社との間で、Y社に対しX社株式を譲渡することについて基本合意を締結したが死亡。被相続人A氏が所有していた株式は、A氏の妻B氏と、原告である子らが相続し、その後、すべての株主が保有する株式が妻B氏に譲渡されてから、本件基本合意で合意された価額と同じ価額(1株当たり10万5,068円)で、B氏からY社に譲渡された(図表参照)。

X社は評価通達178に定める大会社に該当し、X社株式は評価通達168に定める「取引相場のない株式」に該当していた。本件相続人らは、相続税の申告において、本件相続株式の価額を、評価通達180に定める類似業種比準価額によって1株当たり8,186円(本件通達評価額)と算定したが、処分行政庁は、「評価通達の定めにより評価することが著しく不適当と認められる」として評価通達6(総則6項)を適用。本件相続株式の価額は、国税庁長官の指示を受けて算定した価額である本件算定報告額(1株当たり8万373円)によるべきとして更正処分等を行った。
本件は、これを不服とした原告らが、当該更正処分等の取消しを求めたことから訴訟に至った事案である。
租税負担の公平に反するような“特段の事情”なし
最高裁令和4年判決の判断枠組み(抜粋)
課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、(略)、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることも上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
価額のかい離のみでは特段の事情といえず
東京地裁は、本件相続株式を評価通達6により評価することの適否を判断するにあたり、まず、最高裁令和4年判決の判断枠組みを引用して上掲のとおり述べた。
その上で東京地裁は、本件相続株式について、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(特段の事情)があるか否かを検討した。
東京地裁はまず、「本件通達評価額と本件算定報告額との間に大きなかい離があるということのみをもって直ちに上記事情があるということはできない」との考えを示している。これは、最高裁令和4年判決が示した「これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない」との考えと同様と言えるだろう。
また、東京地裁は、最高裁令和4年判決について、「当該特段の事情としてどのようなものが挙げられるかについて一般論として明示はしていない」としながらも、「もっとも、他の納税者との不均衡、租税負担の公平に言及している点に鑑みると、租税回避行為をしたことによって納税者が不当ないし不公平な利得を得ている点を問題にしていることがうかがわれる」との考えを示した。
その上で、本件は、最高裁令和4年判決の事案とは異なり、本件被相続人及び本件相続人らが相続税その他の租税回避の目的でX社株式の売却を行った(又は行おうとした)とは認められないとし、本件更正処分等の適否は、「本件相続開始日以前に本件通達評価額を大きく超える金額での売却予定があったX社株式について、実際に本件相続開始日直後に当該金額で予定どおりの売却ができ、その代金を本件相続人らが得た」という事実を評価しなければ、その事実がなかった他の納税者と原告らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するといえるかどうかによって判断すべきとした。
通達評価額より高額での売却自体は問題なく
この点を踏まえ東京地裁はまず、通達評価額よりも相当高額で売却し現金化することや、それに向けて交渉すること自体は何ら不当ないし不公平ではなく、そして、その際に売却価額ではなく通達評価額で相続税申告することが問題視されることは一般的ではないとの考えを示した。
また、国側が問題視する「本件相続開始日以前からX社株式の譲渡予定価格が本件被相続人とY社との間で事実上合意されていたという事情」については、最終的に本件相続株式の売却が成立し、本件相続人らが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情がなければ、他の納税者との間に看過し難い不均衡が生ずるということはできないとし、①本件基本合意が被相続人A氏の死亡後も存続するか否かは相続開始日においては不透明であった、②本件基本合意の条件などから譲渡予定価格による本件相続株式の売却代金債権を相続財産と同視することも困難であるなどと指摘した。
以上のことから、本件のように、相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が評価通達の定める方法による評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではないとし、評価通達6を納税者の不利に適用するに当たっては、一定の納税者側の事情が必要との考えを示した。
合理的な理由のない行為等があるか否か
ここでいう一定の事情(特段の事情)としては、例えば、①被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、かつ、売却手続を完了することができたにもかかわらず、相続税の負担を回避する目的をもって、他に合理的な理由もなく、殊更売却手続を相続開始後まで遅らせたり、売却時期を被相続人の死後に設定しておいたりした場合や、②最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていた場合を挙げた。
そして、本件にはそのような事情がないから、評価通達6を適用して本件算定報告額を用いて本件相続株式を評価した本件更正処分等は、最高裁令和4年判決の示した判断枠組みに照らし、平等原則という観点から違法であると結論づけた。
国、客観的な交換価値を反映した取引価格があればそれによるべき
国は、評価通達が、客観的な交換価値を端的に評価し得る場合にはそれらによることが最も望ましいという考えを前提にしていることからすれば、相続開始時において、売買当事者間の主観的事情を離れた当該株式の客観的な交換価値を反映した取引価格が明示されている場合には、特段の事情があることになるなどと主張していた。
これに対し東京地裁は、「評価通達は、財産の種類ごとに評価方法を定めているところ、不動産や取引相場のない株式など個別性の高い財産に関しても、それを前提に画一的な評価方法を定めており、直近に客観的な交換価値を反映した同種の取引事例があればそれを参照するなどとはしていない」との考えを示した。
また、X社株式の売却価格をめぐる事情からは、本件売却価格が公開株式に準ずる程度に当事者の主観的事情を離れた客観的な交換価値を反映した取引価格であると評価することは困難であり、であるからこそ国側自身も、本件相続株式の1株当たりの時価を本件売却価額ではなくそれより低い本件算定報告額とすべきと主張していると指摘し、国の主張を斥けている。
最高裁令和4年判決の事案の概要
被相続人は信託銀行等から借入れを行った上で、甲不動産及び乙不動産を購入した後に、死亡。相続人らは、両不動産の通達評価額に基づく時価により相続税申告を行い、小規模宅地等特例適用後の両不動産の課税価格(約3億3,000万円)と借入金債務総額(約10億円)との差額(約6億6,000万円)が他の相続財産から控除され、相続税の総額はゼロとなっていた。鑑定評価額により評価すべきとして総則6項を適用した課税処分が適法とされた事案。

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