解説記事2024年02月19日 最新判決研究 所得税法における「居住者」と「非居住者」の区分 ~「住所」の認定~(2024年2月19日号・№1015)

最新判決研究
所得税法における「居住者」と「非居住者」の区分 ~「住所」の認定~
東京地裁令和5年4月12日判決(令和元年(行ウ)第400号)
 筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣

一、事実

(1)X(原告)は、日本の国籍を有し、X社(原告)(以下X及びX社を「Xら」という。)及び関連会社の代表取締役を務めていたが、平成25年5月24日に、住民登録につき、同月30日(以下「本件転出日」という。)をもって東京都E区内の住所登録地からシンガポールへ転出する旨の届出をし、平成30年2月にX社を退任した。また、Xは、昭和58年7月にAと結婚し、長女A’をもうけたが、その後離婚し、平成13年1月にBと再婚したが、平成30年2月に離婚した。
 X社は、ダイレクトメール発送代行(以下「DM事業」という。)、ゴルフクラブの企画、製造等を目的とし、東京都T区内に所在する株式会社であり、株主はX1人で、売上高年間50億円強、Xに対し、係争年において2億円余ないし5億円余の報酬を支払っていた。そして、Xは、平成25年分については、所得税の確定申告書を提出したが、平成26年分及び平成27年分については、無申告であった。また、X社は、平成25年6月分以降、Xに支給する報酬について非居住者として所得税の源泉徴収をしていた。
(2)これに対し、S税務署長は、平成29年11月16日付で、Xに対し、Xが居住者であることを前提に、平成25年分所得税について更正及び過少申告加算税の賦課決定、平成26年分及び同27年分所得について決定及び無申告加算税の賦課決定(以下各処分を「X各処分」といい、平成25年から同27年を「本件各年」という。)した。また、K税務署長は、X社に対し、Xが居住者に該当することを前提に、平成25年6月分から平成27年12月分までの源泉所得税について、納税告知及び不納付加算税の賦課決定(以下各処分を「X社各処分」という。)をした。Xらは、X各処分及びX社各処分の取消しを求めて、前審手続を経て、国(被告)に対して本訴を提起した。
(2)Xの本件転出日後の本件各年における国別滞在状況は、次のとおりである。
平成25年
 日本     141日
 シンガポール 56日
 スペイン   11日
 その他    8日
 計     216日
平成26年
 日本     253日
 シンガポール 89日
 スペイン   18日
 その他    5日
 計     365日
平成27年
 日本     177日
 シンガポール 163日
 スペイン    4日
 その他    21日
 計      365日
 なお、Xの主たる財産である預金の国別金額は、次のとおりである。

二、争点及び当事者の主張

1 争  点
 Xが本件各年において「居住者」に該当するか否か(「住所」がどこにあるか)である。

2 国の主張
(1)「居住者」の判定においては、その者の「住所」がどこにあるのかであり、その判定には、その者の所在(滞在日数及び住居)が重要である。本件についてみると、前述のとおり、本件各月を含む本件各年におけるXの生活の本拠たる実体は国内にあり、具体的、М物件B2902号室にその生活の本拠があったと認められる。
(2)職業についてみると、Xは、X社の発行済株式の全部を保有する株主で、本件各年において、その代表取締役を務めていたものであるし、その業務として、飲食、国外への渡航、ゴルフ番組の収録等をしていたほか、X社や関連法人に係る組織再編、人事や取引額の決定等につき、最終的な意思決定をするなどの重要な業務を担い、日本各社から多額に上る役員報酬等の支払を受けていたことも認められる。
(3)生計を一にする配偶者その他の親族の居所についてみると、シンガポールには、Xの親族等はいない一方で、国内には、生計を一にはしていないものの、その親族等であるB及びA’がいることが認められる。そして、このうち、Bについては、X社の取締役を務め、多額の役員報酬等の支払を受けており、Xと共に契約書上の入居者とするM物件B3301号室に居住していたことなどが認められる。また、A’についても、T市内又は東京都E区内に居住しているし、Xは、A’の母であるAに対し、本件各年においても、慰謝料を支払っていたことなどが認められる。
(4)以上で述べたことを総合的に考慮すれば、本件各月を含む本件各年におけるその生活の本拠たる実体は国内にあり、具体的には、M物件B2902号室にその生活の本拠たる実体があったと認められる。

3 Xらの主張
(1)ある者が「居住者」に該当するか否かについては、国側に立証責任があるものと解されるから、これに該当するというためには、国においてそれを積極的に基礎付ける必要があるというべきである。本件についてみると、次に述べるところによれば、本件各月を含む本件各年におけるXの生活の本拠たる実体がM物件B2902号室にあったということはできないし、むしろ、シンガポール物件にあったと評価されるべきである。
(2)「住所」とは、一定の場所を前提とする概念であるから、その認定に際して考慮される滞在日数については、ある一定の場所にその国における生活の拠点といえるだけの実体が認められない限り、国ごとの滞在日数ではなく、個々の場所ごとの滞在日数をもって比較すべきものと解されるし、また、比較の対象となっていない第三国での滞在であったとしても、実質的にみて、一定の場所が拠点となっているといえるのであれば、当該第三国での滞在日数を当該拠点となる場所での滞在日数に加味して判断するのが相当と考えられる。
 本件では、比較の対象となっていない第三国の滞在日数についても、シンガポール物件での滞在日数に加味して判断すべきものと考えられる。
(3)生計を一にする配偶者その他の親族の居所についてみると、Xには、国内において生計を一にする配偶者その他の親族はいなかったことが認められるから、この観点をもって、Xの生活の本拠たる実体が国内にあったということはできない。
(4)以上で述べたところを総合的に考慮すれば、本件各月を含む本件各年におけるXの生活の本拠たる実体がM物件B2902号室にあったということはできないし、むしろ、シンガポール物件にあったと評価されるべきである。

三、判決要旨

請求一部認容。
(1)所得税法2条1項3号は、「居住者」とは、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」をいう旨を規定しているところ、ここにいう「住所」とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の「住所」であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁、最高裁昭和32年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁、最高裁昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁、最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決・裁判集民事236号71頁等参照)。そして、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、①その者の所在(滞在日数及び住居)、②職業、③生計を一にする配偶者その他の親族の居所、④資産の所在等を総合的に考慮して判断すべきものといえる。
(2)本件についてみる、本件各月を含む本件各年のうち、平成25年及び平成26年においては、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったと認められるが、平成27年においては、その生活の本拠たる実体が同室にあったとまでは認められないものといえる。その理由は、次に述べるとおりである。
 本件では、国が、本件各月を含む本件各年におけるXの生活の本拠たる実体は国内にあり、具体的には、M物件B2902号室にその生活の本拠たる実体があったといえるとしている一方で、Xらが、これをいずれも否認しつつ、予備的な主張として、少なくとも平成27年においては、その生活の本拠たる実体が同室にあったとはいえないとしていることから、まずは、平成25年及び平成26年を中心として、以下検討する。
(ア)前提事実に加え、各証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xは、節目となる年齢を迎え、国外で新たな事業に取り組みたいと考えるようになり、国内において、それまでその生活の本拠としていた自宅から、家具等を処分し、これを引き払う一方で、シンガポールにおいては、音楽配信事業等を行うために、H社を設立し、オーチャード物件を賃借するなどした上で、住民登録につき、シンガポールへ転出する旨の本件届出をし、本件転出日に、シンガポールへ渡航したことが認められる。そして、その後、現在に至るまで、国内で住民登録等をしておらず、シンガポールで滞在許可及び就労許可を受け、シンガポールの所得税に係る納税者としてその申告書を提出していることなどの各種届出の状況等に鑑みても、Xが「住所」をシンガポールに移転する意思を有していたことは明らかといえる。
(イ)そこで、客観的な事情として、Xの所在についてみると、前提事実に加え、証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xが国内で使用していたM物件B2902号室は、賃料を月115万円などとする高級賃借物件であり、広さや間取り等に何ら問題はないものの、その大部分がゴルフ道具や衣装等を保管する倉庫として使用されていたため、オーダーメイドのものを含め家具や衣服等が十分に備えられていたシンガポール物件と比較すると、それらが充実していたとはいえないが、それでも、ベッド、トイレ、風呂等の生活に必要な設備等は備えられていたし、Xの日常生活に必要な衣服等もある程度は保管されていたことがうかがえるから、継続的な生活を送るための住居といえるだけの実体が最低限あったことは否定し難いといえる。
  そして、Xの平成25年及び平成26年における滞在日数は、平成25年においては、国内が141日、シンガポールが56日、平成26年においては、国内が253日、シンガポールが89日、国内とシンガポールの滞在日数を比較すると、国内の滞在日数の方が2.5倍以上と大きく上回っていることが認められる。
(ウ)また、国内での職業についてみると、前提事実に加え、証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xは、X社の代表取締役等を務め、その業務の対価として、本件日本各社から多額に上る役員報酬等の支払を受けていたものであり、平成25年及び平成26年において、毎月国内に帰国し、その業務上、関係者等との飲食、ゴルフ番組の収録等をしていたほか、人事や取引額の決定等につき、最終的な意思決定をするなどの重要な業務を担っていたものと認められるが、X社では、多数の従業員を雇用しており、事業ごとに担当者等がいたことから、代表取締役等の地位にあるXにおいて国内で従事すべき業務は限られていたし、最終的な意思決定についても、担当者等による口頭等での説明を受けて追認等をする程度のものであったということができる。
(エ)そのほか、生計を一にする配偶者その他の親族の居所についてみると、前提事実に加え、証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xには、生計を一にする配偶者その他の親族がおらず、この観点をもって、Xの生活の本拠たる実体を判断する上で有意な差があるということはできない。
(オ)同じく、資産の所在についてみても、Xの主な資産等は、いずれも自ら国内又はシンガポールに滞在しなければその管理等が困難なものとまでは認められないから、この観点をもって、Xの生活の本拠たる実体を判断する上で有意な差があるということはできない。
(カ)以上で述べたところを総合的に考慮すれば、本件各月を含む本件各年のうち、平成25年及び平成26年においては、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったとみるのが相当であるし、その他に、本件全証拠を精査しても、これを覆すに足りる事情は認められないものといえる。
(キ)これに対し、Xらは、前記のとおり、るる主張して、平成25年及び平成26年においても、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったとはいえないとしている。
  しかしながら、Xらは、M物件B2902号室について、住居といえるだけの実体がなく、ホテルでの短期滞在と何ら異なるものではなかった旨などを主張しているが、以上で述べたところによれば、継続的な生活を送るための住居といえるだけの実体が最低限あったことは否定し難いし、同室は、賃貸物件であって、社会通念上一般に不特定多数の者において一時的に使用することが予定されているホテルとは性質を異にすることなどを踏まえると、その主張する点をもって、以上で述べた当裁判所の判断が左右されることはないといえる。
  また、Xらは、Xが国内で使用していた場所が、M物件B2902号室以外にも複数あり、国内での滞在日数と同室での滞在日数とに大きなかい離があることなどを踏まえると、国ごとの滞在日数ではなく、個々の場所ごとの滞在日数をもって比較すべき旨なども主張しているところ、確かに、前提事実に加え、証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xは、平成25年及び平成26年を含む本件各年において、同室以外にも、M物件E302号室、M物件W1109号室、S物件204号室及びB物件301号室を使用していたほか、ゴルフ番組の収録等のために、ホテルに宿泊していたことなどもあり、国内に滞在中、M物件B2902号室に滞在しないことも多かったことなどが認められるし、その他に、本件全証拠を精査しても、Xらの主張するように、同室での滞在日数が国内での滞在日数の3分の1程度にとどまっていたとしても不自然な点はないといえる。しかしながら、同室について、継続的な生活を送るための住居といえるだけの実体が最低限あったことは、以上で述べたとおりであるし、契約書上の入居者をXとするのが、同室だけであったほか、同室には、その業務上使用する衣装等や日常生活で必要な衣服等が保管されていたことなども認められる。また、Xの本件の当事者尋問における供述等によれば、M物件E302号室については、Xと一時期親しい関係にあった知人女性が居住する場所として、そこに宿泊し、M物件W1109号室、S物件204号室及びB物件301号室についても、親しい関係になった女性といわゆる「ラブホテル」代わりで使用したり、近くで飲食等をして酔っ払った際などに使用していたというのであるから、その使用状況等に照らし、M物件B2902号室を拠点としつつこれらの場所を使用したものにとどまると評価することに何ら不合理な点はないといえる。
(2)次に、平成27年を中心として、以下検討する。
(ア)前提事実に加え、証拠又は弁論の全趣旨によれば、Xは、K社のワイン事業が軌道に乗り始め、シンガポールに滞在する必要性が高まったこともあり、平成27年においては、シンガポールへ渡航する頻度が増加し、毎月シンガポールに滞在するようになったし、それまでシンガポールで使用してきたオーチャード物件では、手狭になったことから、3階建てでワイン倉庫を併設したコーヴウェイ物件を賃借し、そこで生活していたことなども認められる。また、Xの平成27年における滞在日数についてみると、国内が177日、シンガポールが163日、国内での滞在日数は、平成25年及び平成26年における滞在日数とは異なり、年間の半分に満たないし、シンガポールでの滞在日数と比較しても、有意な差があるということはできない。そして、Xは、平成27年においても、M物件B2902号室を拠点としつつ他の場所を転々としており、国内に滞在中、同室に滞在しないことが多かった一方で、シンガポールに滞在中は、シンガポール物件以外の場所を転々としていたとする事情は認められないところ、前記で述べたように、ある特定の場所でのみ滞在する事案と、当該特定の場所を拠点としつつも他の場所を転々として当該特定の場所で滞在しないことが多い事案とを比較した場合、その者の生活との関係やつながりの程度等の点で、おのずから差異があるものと考えられるし、その他にも、本件では、同室には、継続的な生活を送るための住居といえるだけの実体が最低限あったにとどまり、オーダーメイドのものも含め家具や衣服等が十分に備えられていたシンガポール物件と比較すると、それらが充実していたとはいえないことなども指摘することができる。
  そのため、平成25年及び平成26年とは異なり、平成27年においては、Xの所在の観点から、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったことを積極的に基礎付けることはできないといえる。
(イ)また、職業についてみても、Xは、シンガポールに滞在中、専らK社のワイン事業に従事しており、その業務の内容等に鑑みても、自らシンガポールに滞在する必要性があったところ、以上で述べたように、平成27年においては、K社のワイン事業が軌道に乗って、その必要性が高まったこともあり、シンガポールへ渡航する頻度が増加し、毎月シンガポールに滞在するようになったというのであるし、①同年8月28日から同月30日まで、②同年9月19日、③同年10月10日から同月12日まで、④同年11月7日から同月18日まで及び⑤同年12月8日から同月10日までについては、いずれも第三国へ渡航して、K社のワイン事業の仕入れ等をしていたことも認められる。そして、これを加味した上で、シンガポールでK社のワイン事業に従事していた日数を少なくとも週4日程度であったとして、K社のワイン事業に従事していた日数を計算すると、その日数は、115日であり、年間の32%程度は、これに従事していたことになる。
  これに対し、国内での職業については、平成25年及び平成26年と大きく変わるものではなく、X社の代表取締役等を務め、多額の役員報酬等の支払を受けていた上、ある程度はその業務に従事していたことが認められるものの、国内で従事すべき業務は限られていたし、最終的な意思決定についても、担当者等による口頭等での説明を受けて追認等をする程度のものにとどまり、本件全証拠を精査しても、それを超える関与等をしていたことを裏付けるに足りる事情は認められない。また、X社の交際費として計上していた飲食代金等については、X社の売上金額等のほとんどを占めるDM事業の関係者等と自ら頻繁に飲食等をしていたわけではなく、個人的な付き合いとしてされたという側面が強いものであったと考えられるし、仮にこの点をおくとしても、同一の機会にいわゆる「はしご」をして複数店に赴いたと考えられるものを1日として計算した日数に、国内で滞在して従事する必要性があるゴルフ番組の収録等の日数を加味した日数は、65日になるから、年間の18%程度しかこれに従事していなかったといえ、その他に、全証拠を精査しても、これを超えて従事していたとする事情は認められない。
  そのため、職業の観点からしても、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったことを積極的に基礎付けることはできないというべきである。
(ウ)また、生計を一にする配偶者その他の親族の居所や資産の所在等の観点について、Xの生活の本拠たる実体を判断する上で有意な差が認められないことは、平成25年及び平成26年と変わりがないといえる。
(エ)以上で述べたところによれば、平成27年においては、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったことを積極的に基礎付けることはできないし、本件の事実関係の下では、むしろ、その生活の本拠たる実体はシンガポール物件にあったとみるのが相当である。

四、解説

はじめに
 経済のグローバル化が進む中、個人にとっては、その「住所」がどの国にあるか、法人にとっては、その「本店所在地」がどの国にあるかによって、それらの課税関係が大きく異なることになる。その中で、個人については、その「住所」の所在地如何によって、所得税又は相続税の課税関係が大きく異なり、更に、所得税については、当該個人に給与等を支払う者(通常、法人)に対しても、所得税の源泉徴収義務がありそれにも大きな影響を及ぼすことになる。
 これらの課税関係において厄介な問題は、我が国における所得税又は相続税における累進税率が国際的に比較して非常に高いため、それらの重税を回避するために当該個人の「住所」を恣意的に他国に移転させることが多くなってきたことである。このような租税回避的な行為は、経済取引における租税コストを重視する法人において早くから行われてきたことであり、その対策としてタックス・ヘイブン対策税制等の措置がとられてきたところである。
 本件においては、本件係争年(本件各年)において、会社経営者であるXが、経済取引の拠点を求めるために「住所」登録をシンガポールに移し、我が国とシンガポール等を行き来していたため、いずれの国に「住所」があるのか、我が国の所得税について「居住者」として課税し得るか否かが問題となったものである。
 かくして、本件においては、所得税法上の「居住者」及び「住所」の意義を明らかにし、「住所」に関する相続税法との異同を明らかにし、本件におけるXの経済行動に係る詳細な事実認定を要するものと考えられる。

1 所得税の納税義務(者)
(1)所得税法は、所得税の納税義務者を、居住者と非居住者に区分し、更に居住者について、非永住者とそれ以外の者に区分し、それぞれの納税義務の範囲を定めている。すなわち、居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある(所法5①)。また、非居住者は、所得税法161条に規定する国内源泉所得を有するとき等には、この法律により、所得税を納める義務がある(所法5②)。そのほか、内国法人及び外国法人に対しても、所定の場合に、所得税の納税義務が課せられている(所法5③、④)。
 次いで、課税所得の範囲については、非永住者以外の居住者に対しては、全世界から生じる全ての所得について(所法7①一)、非永住者に対しては、所定の国外所得以外の所定の所得及び所定の国外所得で国内において支払われ又は国外から送金されたものについて(所法7①二)、非居住者に対しては、所定の国内源泉所得について(所法7①三)、それぞれ所得税が課される。
 次に、所得税法28条1項に規定する給与等の支払をする者その他所定の金員の支払をする者は、この法律により、その支払に係る金額につき所得税の源泉徴収をする義務がある。この場合、前述のように、給与等の受給者である居住者又は非居住者によって課税所得の範囲が異なることにも対応して、源泉徴収義務者が源泉徴収すべき税率は異なることになる。
 すなわち、源泉徴収義務者は、居住者に対して、給与等を支払う場合には、最高40%の税額の徴収を要することになる(所法別表第二、乙欄参照)が、非居住者に対して所定の国内源泉所得を支払う場合には、一律20%の税額を徴収すれば足りることになる(所法161、164、212、213等参照)。
(2)このように、所得税法上、個人が居住者、非永住者又は非居住者に当たるかによって課税所得の範囲が異なることになるが、当該居住者等の区分は、次のように定義づけられている。
 まず、居住者とは、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」(所法2①三)をいい、非永住者とは、「居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人」をいい(所法2①四)、そして、非居住者とは、居住者以外の個人をいう(所法2①五)。
 また、居住者と非居住者の区分については、国家公務員又は地方公務員(これらのうち日本の国籍を有しないもの及び国籍を有する者であっても、現に国外に居住し、かつ、その国外に永住すると認められる者を除く。)は、国内に住所を有しない期間についても国内に住所を有するものとみなして、所定の条項が適用される(所法3①、所令13)。
 なお、所得税法では、所定の場合には、国内に住所を有する者等と推定されるときがある。すなわち、国内に居住することとなった個人が、①その者が国内において継続して1年以上居住することが通常必要とする職業を有すること及び②その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して1年以上居住するものと推測するに足りる事実があることに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定され(所令14①)、このように住所を有する者と推定される個人と生計を一にする配偶者その他の扶養親族が国内に居住する場合には、これらの者も国内に住所を有する者と推定される(所令14②)。逆に、国外に居住することとなった個人が、国内において同様な事情があれば、その者は、国内に住所を有しない者と推定される(所令15)。

2 「住所」の意義と借用概念
(1)以上のように、居住者と非居住者の区分については、原則として、当該個人の「住所」がどこにあるかによって決定されることになる。この「住所」の意義については、所得税法(同じく「住所」の所在によって課税関係を異にしている相続税法)において、その意義を明らかにしているわけではないので、解釈に委ねられることになる。そこで、所得税基本通達2−1では、「法に規定する住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する。(注)国の内外にわたって居住地が異動する者の住所が国内にあるかどうかの判定に当たっては、令第14条(国内に住所を有する者と推定する場合)及び第15条(国内に住所を有しない者と推定する場合)の規定があることに留意する。」と定めている。
 この通達の趣旨について、国税庁の担当者は、次のように説明している(注1)。
 「所得税法上個人の「住所」の意義については、特に定義規定が置かれていないことから、本通達においてその概念は民法上の住所の概念(「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」(民法22))と同一のものであることを明らかにしたものである(参考1)。
 ただし、民法上「どこが生活の本拠であるか」については、定住の意思を必要とするいわゆる「意思主義」と客観的事実によって決定されるとするいわゆる「客観主義」との2説があるとされているが、これらのうち、意思主義による場合には、本人の意思は、通常外部から認め得ない場合が多く、その意思によって住所の有無だけでなく、課税所得の範囲(法7①)までもが左右されることとなるため、所得税法上の住所は、客観主義によるものであることも本通達において併せて明らかにしている。
 本通達でいう「客観的事実」には、例えば、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍などが挙げられる。
(参考)1 裁判例において「租税法規が、一般私法において使用されていると同一の用語を使用している場合は、特に租税法規が明文をもって他の法規と異なる意義をもって使用することを明らかにしている場合又は法規の体系上他の法規と異なる意義をもって使用されていると解すべき実質的理由がない限り、私法上使用されていると同一の意義を有する概念として使用されているものと解するのが相当である」(昭和34年2月11日東京地裁32(行ウ)38)とされている。」
(2)このように、所得税法における「住所」の意義については、所得税法上特段の定めを設けることなく、解釈に委ねているわけであるから、その解釈はいわゆる借用概念としての解釈に委ねられることになる。
 借用概念とは、租税法上用いられている用語のうち、他の法分野で用いられ、既に明確な意味内容が与えられている概念を意味し、他の法分野から借用しているという意味で、そのように呼称される。この点では、「住所」は、民法上、「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」(民法22)と定められ、「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」(民法23)と定められているところである。そのため、租税法においても、各人の生活の本拠等が住所であると解されている。
 そして、このような借用概念の租税法上の解釈については、私法上の概念とは別意に解すべきことが租税法規の明文又はその趣旨から明らかである場合を除き、私法上におけると同じ意義に解するのが法的安定性の見地から望ましいものと解されている(注2)。問題は、「別意に解すべきことが租税法規の明文又はその趣旨から明らかである場合」とは何かである。また、そのことは、「別異に解すべきこと」又は「特段の事由」が存すれば、それらの事情を考慮して税法独自の解釈があり得ることを示唆することになる。

3 所得税法と相続税法の異同
(1)この「住所」をめぐる課税関係については、相続税法においても同様な問題がある。すなわち、相続税法は、国内に住所を有するか否かによって、相続税又は贈与税の納税義務者を区分し(相法1の3①、同1の4①)、当該区分に対応して、課税財産の範囲を区分している(同2、2の2)。そして、「住所」の意義について、相続税法基本通達1の3・1の4共−5は、次のとおり定めている。
 「法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠をいうのであるが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものとする。この場合において、同一人について同時に法施行地に2箇所以上の住所はないものとする。」
 そして、国税庁の担当者は、この通達の趣旨について、次のように説明している(注3)。
 「そこで、相基通1の3・1の4共−5は、相続税法における住所の意義を明らかにするとともにその判定についての取扱いを定めたものである。
 ところで、民法は、各人の生活の本拠をもってその者の住所とする旨を定めている(民法22)が、法においても、これと同様に解するのが相当であることから、相基通1の3・1の4共−5は、法に規定する「住所」についても、各人の生活の本拠をいうことを明らかにしたものである。
 生活の本拠とは人の生活の中心となっている場所をいうのであるが、その判定基準については、民法上、定住という客観的事実のほかに定住の意思が必要であるとする意思主義(主観説)と、定住という客観的事実だけで足りるとする客観主義(客観説)とがある。
 意思主義については、①定住の意思は必ずしも常に存在するものではないから、本人の意思により住所の有無、したがって、納税義務の範囲が左右されることになる、②意思無能力者の住所が決定し得ない、③定住の意思は外部からは判別しがたい場合が多いなどの欠点があることから、相続税法上の住所の判定基準とすることは適当でない。
 そこで、相基通1の3・1の4共−5は、生活の本拠については、客観主義により客観的事実によって判定することとしたものである。」
(2)この相続税法上の「住所」について争われた著名な事件(以下「武富士事件」という。)が、本判決も引用している最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決である(注4)。
 この事件では、Sは、香港に滞在していた期間(平成9年6月から同12年12月までの間)において、香港に約65%、杉並区の自宅で約26%、残りを諸外国で過し、香港では、T社の子会社の役員を務めていた、というものである。また、この事件において、平成11年末に贈与が行われたのは、同年12月の税制改正大綱の公表により、翌平成12年から制限納税義務者の範囲が厳しく制限されることが明らかにされたことによるものと推測される。
 かくして、一審の東京地裁平成19年5月23日判決(訟務月報55巻2号267頁)は、上記滞在日数の事実を重視し、SとT社等との関係、贈与税回避の目的等の諸事情を考慮してもなお、本件贈与日において、Sが本件杉並自宅に住所すなわち生活の本拠を有していたと認定することは困難である旨判示し、当該処分を取り消した。
 これに対し、控訴審の東京高裁平成20年1月23日判決(判例タイムズ1283号119頁)は、①本件杉並自宅のSの居室状況、②Sが同自宅滞在中T社への出勤状況、③SのT社における役員としての重要な地位、④Sが香港滞在居宅には重要な財産を持ち込んでいないこと、等の諸事情の下では香港と日本との形式的な滞在日数の多寡を主要な考慮要素としてSの住所を判断することは相当でないとし、Sの生活の本拠は以前から本件杉並自宅にあった旨判示して、原判決を取り消した。
 かくして、上告審の最高裁平成23年判決は、概ね次のように判示して、原判決を破棄した。
 「一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても客観的な生活の実体が消滅するものではないから、Xについて前記事実関係の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない。このことは、相続税法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。」
(3)ところで、同じ「住所」であっても、所得税法と相続税法とで同様に解すべきか否かについては疑問も残る。けだし、所得税法において課税される「所得」のうち、本件で問題となっている「給与所得」又は「事業所得」等は、基本的には、当該個人の役務の提供によって稼得されるものであるから、当該「住所の判定」において、当該役務提供がどの国で行われているかが、重要な判断基準になって然るべきであるとも考えられる。他方、相続税法において課税される「財産」は、相続又は贈与という財産の承継によってもたらされるものであるから、当該「住所」の判定において、財産を承継する個人の「終の住処」が一層重視されて然るべきである。その意味では、武富士事件については、前掲東京高裁判決のような考え方の方が妥当であるようにも考えられる。いずれにしても、所得税法及び相続税法とも、納税義務の範囲について、「住所」をキーワードとし、いずれも民法からの借用概念であるが、「別異に解すべき」範囲が異なっても然るべきであると考えられる。

4 本件における「住所」の判定
(1)本件においては、会社経営者であるXが、平成25年5月30日に、住民登録を日本からシンガポールに移し、両国に所有する会社の経営のため、係争年である平成25年、平成26年及び平成27年に渡って、両国及び関連国を行き来していたというものである。そして、両国及び関連国における滞在日数は、前記の(2)のとおり、各年とも日本での滞在日数が最も多いが、平成27年のみ、177日(シンガポールは163日)と過半に至らなかったというものである。
 また、Xの親族関係については、前々妻、前妻及び長女とも疎遠の関係にあり、生活を共にする人がいるわけでもなく、財産については、賃貸用のM物件B2902号室を日本での生活の拠点にしていたものの、他に不動産を有せず、数億円の預金を平成25年末には日本の方が多かったものの、平成26年末及び同27年末にはシンガポールの方が数倍多い状況であった。そして、Xの収入源については、X社等の内国法人から2億2852万円余ないし6億2200万円の報酬を得ており、シンガポールの各社から1657万円ないし3163万円余の報酬を得ていたというものである。
 かくして、Xは、日本の所得税については、平成25年分について確定申告をしたものの、平成26年分及び平成27年分については確定申告をしていなかった。また、X社も、平成25年6月以降はXを非居住者として取り扱ってXに対する役員報酬に係る所得税の源泉徴収をしていた。これに対し、各所轄税務署長は、本件各年において、Xが居住者に該当するとして、X各処分又はX社各処分を行ったため、本訴において、当該各処分の違法性が争われることになった。
(2)本判決は、前述のように、まず、「住所」の意義について、従前の各最高裁判決を引用し、特段の事由がない限り、「「住所」であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である」と判示し、「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、①その者の所在(滞在日数及び住居)、②職業、③生活を一にする配偶者その他の親族の居所、④資産の所在等を総合的に考慮して判断すべきものといえる。」と判示した。
 そして、本判決は、前述のように、各証拠を総合的に考慮し、「本件各月を含む本件各年のうち、平成25年及び平成26年においては、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったとみるのが相当であるし、その他に、本件全証拠を精査しても、これを覆すに足りる事情は認められない」と判示した。次いで、本判決は、前述のように、各証拠を総合的に考慮し、「平成27年においては、Xの生活の本拠たる実体が国内のM物件B2902号室にあったことを積極的に基礎付けることはできないし、本件の事実関係の下では、むしろ、その生活の本拠たる実体はシンガポール物件にあったとみるのが相当である。」と判示した。
(3)冒頭にも述べたように、経済のグローバル化が進む中で、国をまたがって経済活動する経営者が増加していることと、我が国の所得税及び相続税の高率な累進税率を回避するために海外へ生活の拠点である「住所」を移す富裕層も増加している。本件は、前者の典型であると言える。このように、経営者が生活の拠点を海外に移し、その「住所」が所得税の課税上争われた最近の事例としては、東京地裁令和元年5月30日判決(平成28年(行ウ)第436号他)(注5)がある。この事案でも、会社経営者の「住所」が日本にあるかシンガポールにあるかが争われたものであるが、係争年中(4年間)の日本での滞在日数が83日ないし128日で、その日数がシンガポールと前後しており、かつ、シンガポールを拠点として第三国に出かける日数が多いということで、係争4年間いずれも「住所」がシンガポールにあったということで、当該課税処分が取り消されている。
 前掲事案に比較すると、本件においては、本件各年における滞在日数はいずれも日本が多く、平成27年についても、日本の滞在日数が177日と5割近かったというのであり、かつ、本件各年を通じてXが大部分の収入を得ている源泉が内国法人のX社らであるというのであるから、本件各年を通じてXの「住所」が日本にあったと判断することも妥当であるようにも考えられる。これに対し、本判決は、Xの職務内容を重視し、平成27年には、シンガポール所在のK社のワイン事業を盛り立てるためにその職務に専念することが多かったことを重視し、平成27年の「住所」はシンガポールにあった旨認定している。このような判断も、前記3で述べたところに照らせば、一つの認定方法であることも考えられる。
 なお、本件におけるX社は、Xが「居住者」に該当するということで、Xの源泉所得税について、納税の告知と不納付加算税の賦課決定を受けることになったが、この源泉所得税が前記1で述べたように、非居住者にとって有利であるということと非居住者であれば我が国の高率な累進税率が回避できるということで、非居住者の役員に対し高額な役員報酬を支給し、それが法人税法34条2項にいう「不相当に高額」に該当するか否かが争われることもある(注6)。本件においても、X社からXに対し本件各年において年数億円の役員報酬が支払われているのであるから、法人税についても、法人税法34条2項の適用があり得るとも考えられる。
(注1)樫田明他編「令和3年版 所得税基本通達逐条解説」(大蔵財務協会 令和3年)1頁。
(注2)金子宏「租税法 第二十四版」(弘文堂 令和5年)127頁等参照。
(注3)森田哲也編「相続税法基本通達逐条解説 令和2年11月改定版」(大蔵財務協会 令和2年)16頁。
(注4)同事件については、品川芳宣「重要租税判決の実務研究 第四版」(大蔵財務協会 令和5年)1009頁参照。
(注5)判例解説については、品川芳宣・本誌2019年11月25日号19頁、同前出(注4)215頁等参照。
(注6)非居住者に対する高額な役員報酬の支給事例として、東京地裁令和5年3月23日判決(令和2年(行ウ)第456号)等参照。

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