解説記事2024年02月26日 未公開判決事例紹介 会社に対する貸付金の相続評価額を巡る裁判(2024年2月26日号・№1016)
未公開判決事例紹介
会社に対する貸付金の相続評価額を巡る裁判
債権回収の見込みありとして元本価額で評価
本誌995号8頁で紹介した相続税更正処分等取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇亡元代表者の会社に対する貸付金の相続税評価額が争われた裁判で、東京地方裁判所は令和5年8月31日、確実に債権の回収見込みがないとはいえず元本価額で評価すべきと判断し、原告の請求を棄却した(令和4年(行ウ)第186号)。
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
S税務署長が令和2年4月22日付けで原告に対してした被相続人Aの相続に係る相続税の更正処分のうち、課税価格1億4023万6000円、納付すべき税額1576万9500円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 被相続人A(昭和9年12月生(乙1)。以下「本件被相続人」という。)の遺言によりその一切の財産を相続(以下「本件相続」という。)した原告は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)についてS税務署長(以下「処分行政庁」という。)に申告したところ、処分行政庁から、本件被相続人がY株式会社(以下「本件法人」という。)に対して有していた額面6036万4325円の貸付金債権(以下「本件債権」という。)について、上記申告時の評価額が過少であるとして、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受けた。
本件は、原告が、被告を相手に、本件更正処分のうち修正申告額を超える部分(本件債権の評価に係る部分)及び本件賦課決定処分が違法であるとして、その取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め等
関係法令の定め等は、別紙1に記載のとおりである(なお、同別紙において定める略称等は、以下においても用いることとする。)。
3 前提事実(証拠等の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア 原告は、本件被相続人の弟である。
本件被相続人は、平成29年6月15日付けで、相続開始時に本件被相続人の有する一切の財産を原告に相続させる旨の公正証書遺言をした。本件被相続人は、同年12月11日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡した。本件相続に係る法定相続人は、原告のほか、本件被相続人の姪であるC及びDの3名であった(乙1、2)。
原告は、上記遺言に基づき、本件相続開始日に本件被相続人の全財産を相続した。
イ 本件法人は、石油製品及び自動車部品の販売、各種自動車の整備、不動産管理及び賃貸業務等を目的として昭和35年12月2日に設立された株式会社であり、本件相続開始日当時、東京都練馬区●●●●丁目29番1所在の▲▲▲▲エステート(登記情報上の所在地は、「練馬区●●●●丁目29番地2」である。以下「本件建物」という。)の201号室を本店所在地としていた。
本件被相続人は、平成16年8月20日、本件法人の代表取締役を辞任し、本件被相続人の妻であるB(以下「亡B」という。)は、同日、本件法人の代表取締役に就任した。亡Bは、平成29年1月8日に死亡し、原告は、同日、本件法人の代表取締役に就任した。
本件法人は、遅くとも平成19年11月1日から平成20年10月31日までの事業年度(平成20年10月期。以下、事業年度の表記については、当該事業年度の終了年月をもって「平成○○年○月期」という。)以降の各事業年度において、本件被相続人及びその親族が発行済株式総数の全てを保有する法人税法2条10号に規定する同族会社であった(乙4)。
(2)本件法人の資産及び負債の状況並びに損益の状況等
本件法人の平成20年10月期ないし平成29年10月期(以下、当該各事業年度を総称して「本件各事業年度」という。)に係る資産及び負債の状況並びに損益の状況は、それぞれ別紙2及び別紙3のとおりである。
本件各事業年度における本件法人の借入金の期末現在高及びその借入先の内訳は、別紙4のとおりである。
本件法人は、本件相続開始日当時、別紙5の物件目録1記載の居宅(以下「■■201号室」という。)、同目録2記載の居宅(以下「■■601号室」という。)、同目録3記載の居宅(以下「△△406号室」という。)を所有していた(以下、■■201号室、■■601号室及び△△406号室を併せて「本件所有不動産」という。)。
(3)本件法人の清算
ア 本件法人は、平成30年5月30日に■■601号室を、同年7月18日に■■201号室を、同年9月6日に△△406号室をそれぞれ売却した。
イ 原告は、本件相続により取得した本件法人に対する本件債権について、本件法人から1405万4288円の返済を受けた。
ウ 本件法人は、平成30年7月31日に解散し、同年10月2日に清算手続が結了した。
(4)本件更正処分等に至る経緯
ア 原告は、平成30年10月10日、処分行政庁に対し、本件相続税の申告をした(乙1。この申告に係る申告書を以下「本件当初申告書」という。)。原告は、上記申告において、本件債権を1405万4288円と評価した(乙1・7枚目)。
イ 原告は、令和元年12月27日、処分行政庁に対し、本件相続税の修正申告をした(乙2。以下「本件修正申告」といい、本件修正申告に係る申告書を「本件修正申告書」という。)。原告は、本件修正申告においても、本件債権を1405万4288円と評価した(乙2・5枚目)。
ウ 処分行政庁は、本件債権についてその額面どおり6036万4325円と評価し、令和2年4月22日付けで、原告に対し、相続税の課税価格を1億8654万6000円、納付すべき税額を2836万3500円とする本件更正処分及び過少申告加算税の税額を125万9000円とする本件賦課決定処分をした。
(5)本件訴えに至る経緯
ア 原告は、令和2年7月13日、本件更正処分等を不服として、処分行政庁に対し、再調査の請求をしたところ、処分行政庁は、同年10月8日付けでこれを棄却した。
イ 原告は、令和2年11月9日、本件更正処分等を不服として、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、令和3年11月1日付けで、同審査請求を棄却する旨の裁決をし、原告は、その頃、同裁決書謄本の送達を受けた。
ウ 原告は、令和4年4月27日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。
4 課税処分の根拠及び適法性に関する被告の主張
本件において被告が主張する課税処分の根拠及び適法性に関する主張は、後記5に記載するほか、別紙6に記載のとおりである(なお、同別紙において定める略称等は、以下においても用いることとする。)。
5 争点及びこれに関する当事者の主張の要旨
(1)争点(1)(本件債権の評価)について
(被告の主張の要旨)
ア 貸付金債権の評価に関する評価通達の定めについて
貸付金債権の評価に関しては、評価通達204及び205が定めているところ、評価通達204が、原則として、貸付金の価額を元本の金額と既経過利息との合計額で評価するとし、評価通達205が、例外として、債務者が手形交換所において取引停止処分を受けたとき等、債権金額の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに限り、それらの金額を元本の価額に算入しないとしているのは、貸付金債権の性質に照らして合理的なものということができる。
そして、評価通達205は、同(1)ないし(3)の事由のほか、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」を評価通達204による評価の例外的事由として掲げているが、これが評価通達205(1)ないし(3)の事由と並列的に規定されていることからすると、評価通達205にいう「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか又は著しく困難であると確実に認められるときをいうものと解される。
イ 本件債権について
本件法人の負債は、その大部分を本件法人の代表者あるいはその親族からの借入金が占め(本件各事業年度における平均額で算出した、その負債に占める上記借入金の割合は約98.9%)、これらの借入金は無利息かつ返済期限の定めがないものであったから、直ちに返済を要する負債はほとんどなかった上、負債から当該借入金の額を除いた場合には、いずれの事業年度も資産が負債を上回る状況であった。本件各事業年度における本件法人の損益の状況は、現金支出を伴わない減価償却費を計上していた平成20年10月期から平成23年10月期までは、減価償却費を除けば、いずれも税引前当期純利益は黒字になり、平成24年10月期以降も、修繕費を30万円以上計上した平成24年10月期、平成25年10月期及び平成27年10月期以外は税引前当期純利益は黒字であった。本件法人の本件被相続人からの借入金残高は、平成13年10月期から本件被相続人が亡Bの本件法人に対する貸付金債権を取得した平成29年1月31日までの間、継続的に減少していたのであるから、本件法人には、返済期限の定めがなく直ちに返済する必要がない借入金を返済する資力があった。
以上より、本件債権は、評価通達205(1)ないし(3)に該当せず、評価通達205にいう「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」にも該当しない。したがって、本件債権の評価に当たっては、評価通達205の定めの適用はないことから、本件債権は、評価通達204の定めにより評価することとなり、本件相続開始日における元本価額である6036万4325円と評価される。
法令や通達はもとより、国税当局の公式的な見解を定めた情報等を参照しても、相続税の申告期限までに解散・清算した法人に対する貸付金債権を回収不能と認めるとの規定や取扱いは見当たらず、原告が主張する実務は存在しない。
ウ 評価通達6の定めの適用について
評価通達6において、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」旨の定めが設けられているところ、原告の主張する事情は本件債権の本件相続開始日時点における適正な時価とは何ら関連性を有しない上、本件債権は、前記ア及びイのとおり、評価通達204の定めによって評価した6036万4325円が相続税法22条に規定する時価であると認められる以上、本件相続開始日以後に回収した金額にかかわらず、評価通達204の定めによって評価した価額をもって課税することは相続税法22条の規定に沿い、実質的な租税負担の公平に資するものであるから、本件債権を評価通達6の定めにより評価すべきであるとの原告の主張には理由がない。
(原告の主張の要旨)
ア 貸付金債権の評価に関する評価通達の定めについて
貸付金債権の債務者について、評価通達205(1)ないし(3)の掲げる手続等が実施されておらず、かつ、事業が継続している場合であっても、貸付金債権の回収の見込みがないか又は著しく困難である事態は存在するから、評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の該当性については、貸付金債権の回収可能性に影響を及ぼし得る要因がうかがわれる場合には、評価時点における業務内容、財務内容、収支状況等を総合的に検討した上で、その実質的価値を判断すべきである。
仮に、評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に関する被告の解釈を前提とすると、不正確な貸付金債権の時価評価を導きかねず、相続財産の時価評価の原則を定める相続税法22条に反し、ひいては憲法84条の租税法律主義にも反する。
法人税法52条1項、法人税法施行令96条1項1号は、債務超過の状態が相当期間継続し、かつ、その営む事業に好転の見通しがない場合は、取立ての見込みがない金額(個別貸倒引当金繰入限度額)を損金算入することを認めており、相続税法24条は、定期金に関する権利の評価につき、額面どおりに評価されないことを認めているのであって、被告の評価通達205の解釈は相当でない。
イ 本件債権について
本件では、次の事情に照らせば、本件債権につき、原告が本件法人から一部弁済を受けた1405万4288円を超える金銭を回収することは不可能ないし著しく困難であったと見込まれるから、評価通達205により本件債権を1405万4288円と評価すべきである。
(ア)債務者の業務内容
本件法人は、かつてはガソリンスタンドを経営していたが、ガソリンスタンドの経営を他社に譲り、本件相続開始日当時、本件法人の事業は不動産賃貸業のみとなっていた。
本件被相続人は平成26年に複雑骨折で入院し、亡Bは同時期に癌を発症して平成29年1月に死亡した。原告は、亡Bが死亡したため、本件法人の代表取締役に就任したが、本件建物が昭和47年築のため老朽化しており、大規模改修・地震等のリスクが大きすぎること、上記代表取締役就任時78歳と高齢であった原告が、居住している鎌倉市から本件建物の管理のために定期的に練馬区に通勤することは困難であること、本件法人の事業が黒字化する見込みがなかったことから、本件被相続人との間で、事業を継続しないことを決定しており、本件被相続人は、本件債権の切捨てを了承していた。
本件法人の事業廃止は本件相続開始日までには決まっており、本件所有不動産は全て売却することとされていた。
相続財産の現況は、本来は相続開始時点で評価することになっているが、相続税の申告期限までに会社が解散している場合は、それを相続時の事情として、社長が会社に貸し付けている貸付金債権は回収不能であったと認めるのが実務である。本件法人は、相続税の申告期限までに解散及び清算しており、相続開始前から所有不動産の売却の準備を進めていたのであるから、本件相続開始日時点で会社の解散が決まっていたのは明らかである。
(イ)債務者の財務内容
本件所有不動産は、本件相続開始日直前の平成29年10月期において、本件法人の資産の約8割を占めていた。
本件法人は、平成16年に本件建物の1階を売却した後は、その売上は年間300万円ないし400万円程度となり、給与や管理費等を支払い、減価償却費を計上すると、利益が生じない経営状態であった。本件法人は、平成22年10月期に本件建物の803号室を売却した以後は、賃貸収入が年間200万円ないし300万円程度となり、翌期以降は債務超過に陥り、本件相続開始日までその状態が継続していた。債務超過は長期に及んでおり、その解消の目途も全く立っていなかった。
(ウ)債務者の収支状況
本件法人の損益は、平成23年10月期以降、平成28年10月期を除き、毎期純損失が生じていた上、雨漏りによる賃借人への損害賠償や補修工事等があり、現状の経営資源で利益回復することが困難な状況が続いていた。本件法人の本業である不動産賃貸業で稼いだ利益を表す営業利益は、平成20年10月期から平成23年10月期のいずれも大きな赤字であり、減価償却費を除いて計算したとしても、営業利益は平成22年10月期と平成23年10月期は赤字のままである。
本件法人においては、本件相続開始日当時、■■201号室及び■■601号室の年間賃貸収入は260万円程度しかなく、ここから役員報酬60万円、修繕費16万円、固定資産税30万円、支払手数料65万円、管理費62万円等の支出を控除すると、キャッシュを残すことはほとんど不可能であった。
本件法人の直近の収支状況は赤字であり、減価償却費を計上すると多額の欠損法人になってしまうため、減価償却費の計上も行っていなかった。本件法人では、役員報酬を月額5万円計上しているが、現金同等物は、平成27年10月期がマイナス93万円、平成28年10月期がマイナス59万円、平成29年10月期がマイナス67万円であり、単年度の収支では役員報酬も取れない状況が続いていた。当期純利益が黒字となったのは平成28年10月期のみであり、それも僅か35万1564円であって、仮に毎年35万1564円を本件債権6036万4325円の返済に充てたとしても、返済が完了するのは172年後である。
本件建物は、昭和47年に建築されており、本件相続開始日時点で築45年と老朽化した物件であって、頻繁に不具合が生じ恒常的に修繕費が必要となることは容易に予想され、賃料収入が得られるのはせいぜいあと数年程度であった。
(エ)返済期限の定めのない借入金は、貸主からの催告があれば、相当期間が経過する前に直ちに返済しなければならないから、これを理由に直ちに返済を要する負債ではないとするのは明白な誤りである。原告が本件法人に催告をしなかったのは、催告をしても回収できる状態でないことを認識していたからである。本件法人の負債のうち、その大部分が本件法人の代表者や親族からの借入金が占めていたことは、本件法人が金融機関から融資を受けることが困難で著しく信用状態が悪化していたことを裏付けるものである。
ウ 評価通達6の定めの適用
本件相続開始日当時、本件法人の事業が黒字化する見込みがなく、本件法人の事業廃止及び清算が決定されていたことを踏まえると、本件債権のうち原告が本件法人の事業廃止の過程における本件所有不動産の売却により得た1405万4288円を超える部分については、原告が財産を取得したとはいえず、実質的な租税負担の公平に反するし、相続財産の時価評価の原則にも反する。よって、本件債権は、評価通達6により1405万4288円と評価すべきである。
(2)争点(2)(通則法65条4項1号の「正当な理由」の有無)について
(原告の主張の要旨)
本件法人は、原告と本件被相続人との間で事業を継続しない決定がされ、本件相続開始日以降、本件所有不動産を全て売却し、平成30年10月2日に清算手続を結了しており、原告は本件所有不動産の売却代金から、本件債権のうち1405万4288円の弁済を受けた。
原告が、本件相続開始日当時、本件法人の事業廃止及び清算が決定されていたことを踏まえ、本件法人から返済を受けた1405万4288円を超える部分について「回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」と判断したことは、本件法人が金融機関から融資を受けることが困難であって著しく信用状態が悪化していたこと、本件法人は平成16年10月期以降当期純利益の赤字が継続し事業として成り立つ収支状況ではなかったこと、平成28年10月期の当期純利益の額を本件債権の返済に充てたとしても返済が完了するのが172年後であること、本件建物から賃料収入が得られるのはあと数年程度であったことを考慮すると、合理的であり、真に納税者の責めに帰することのできない客観的事情があるといえ、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合に当たるから、正当な理由がある。
(被告の主張の要旨)
過少申告加算税の趣旨及び目的からすれば、過少申告となった要因が納税者の税法の不知又は誤解に起因する場合には、正当な理由があったとはいえないところ、本件債権の評価における本件更正処分のような評価通達205の解釈については多くの裁判例において明らかにされていたのであるから、原告の本件相続税の申告における本件債権の評価額は、単に相続税法22条や通達の解釈の誤解に起因するものにすぎず、正当な理由があるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)本件法人の事業内容
ア 本件法人は、東京都練馬区●●●●丁目29番地を本店所在地とし、昭和35年12月2日に設立された株式会社であり、設立当初はガソリンスタンドを経営していた(甲4、13、14)。
イ 分譲マンションである本件建物は、昭和47年4月24日、当時の本件法人の上記アの本店所在地上に新築され、本件法人は、本件建物の1階、2階、6階及び8階の数部屋を等価交換により取得し、その2階、6階及び8階の数部屋を賃貸し、1階では自らガソリンスタンドを経営していたが、その後、1階のガソリンスタンドの建物及び設備一式を同業者に賃貸した(甲5、6、13、14)。
ウ 本件法人は、平成8年頃以降、専ら所有する上記イの本件建物の数部屋の不動産賃貸業を行っていた。本件法人は、本件建物の数部屋の他に△△406号室を所有しており、これを保養所としていた。本件法人は、平成16年7月、本件建物の1階の部屋を賃借人に売却した。(甲13、14)
エ 本件法人は、平成16年7月以降、■■201号室、■■601号室及び本件建物の803号室の不動産賃貸業をしており、平成22年10月期に同803号室を売却して以降は、■■201号室及び■■601号室の不動産賃貸によって収入を得ていた(甲13、14、乙5)。
(2)本件法人の経営状況等
ア 本件法人の本件各事業年度の不動産賃貸による収入は、別紙3の「①売上高」欄に記載のとおりであり、本件法人の本件各事業年度の販売費及び一般管理費の額並びにその内訳は、別紙3の「②販売費、一般管理費」欄及び「内訳」欄に記載のとおりであって、役員報酬の額は、平成20年10月期及び平成21年10月期は亡Bに102万円、平成22年10月期は亡Bに67万円、平成23年10月期ないし平成28年10月期は亡Bに60万円、平成29年10月期は原告に45万円、亡Bに15万円がそれぞれ計上されており、平成30年7月期には139万5000円が支払われている。
本件法人の損益の状況は、現金出金を伴わない減価償却費を計上していた平成20年10月期ないし平成23年10月期は、減価償却費を除けば、いずれも税引前当期純利益は黒字であり、平成24年10月期以降も、修繕費を30万円以上計上した平成24年10月期、平成25年10月期及び平成27年10月期以外は税引前当期純利益は黒字であって、減価償却費と修繕費のいずれも計上しなかった平成28年10月期には当期純利益が35万1564円あった。(乙5、6)。
イ 本件各事業年度における本件法人の借入金の期末現在高は、別紙4のとおりであり、平成20年10月期は6028万9148円で、平成22年10月期には5712万9148円に減少したが、その後は微増していき、平成27年10月期には6145万6786円となったものの、その後微減し、平成29年10月期には6065万7625円となったものであって、本件各事業年度の借入金の平均額は約5962万円であった。その借入金の借入先は、本件被相続人、原告及び亡Bであり、全て本件法人の代表者あるいはその親族からの期限の定めのない無利息の借入れであった。亡Bが平成29年1月8日に死亡してその貸付金債権を本件被相続人が相続により取得したことにより、平成29年10月期の貸付金の借入先の内訳は、本件被相続人に対して本件債権の額と同額である6036万4325円、原告に対して29万3300円となり、本件相続開始日当時も同様であった。(乙7、弁論の全趣旨)
ウ 本件各事業年度における本件法人の負債の平均額は約6028万円であって、前記イの本件各事業年度における本件法人の代表者あるいはその親族からの借入金の期末現在高の平均額である約5962万円がその約98.9%を占めていた(乙5)。
エ 本件法人は、本件相続開始日当時、■■201号室及び■■601号室並びに平成4年9月24日新築の△△406号室を所有していた。本件法人は、平成29年10月期において、現金・預金の残高529万5682円、特別修繕積立金の残高617万4724円を有していた。(甲7、乙5)
(3)本件相続開始日以降の本件法人の状況
ア 本件法人は、平成30年5月30日、■■601号室を第三者に760万円で売却し、同年7月18日、■■201号室を第三者に744万円で売却し、同年9月6日に△△406号室を原告に600万円(平成29年12月18日付けの仲介業者による査定価格と同額である。)で売却した(甲3、5ないし8)。
イ 本件法人は、平成30年7月期に本件被相続人に対する退職金及び弔慰金並びに原告及びその妻子への役職退職金を計710万円支払うなどし、残余の財産をもって原告の本件債権の返済(1405万4288円)をしたが、本件債権から上記額を控除した残額の4631万0037円については債務免除を受けた(乙8ないし10)。
ウ 本件法人は、平成30年7月31日の株主総会により解散することが可決され、同年10月2日に清算結了した(甲4)。
2 争点(1)(本件債権の評価)について
(1)相続税法22条は、特別の定めのあるものを除き、相続により取得した財産の価額は、相続の時における時価による旨を規定しており、同条に規定されている「時価」とは、当該財産の客観的交換価値をいうものと解されるところ、これは必ずしも一義的に確定されるものではなく、これを個別に評価すると、その評価方法及び基礎資料の選択の仕方等によっては異なる評価額が生ずることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがある。そこで、課税実務上は、相続税法等に特別の定めのあるものを除き、財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、原則としてこれに定められた画一的な評価方法によって、当該財産の評価を行うこととされている。このような取扱いは、税負担の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減といった観点からみて合理的であり、これを形式的に全ての納税者に適用して財産の評価を行うことは、通常、税負担の実質的な公平を実現し、租税平等主義にかなうものである。そして、評価通達の内容自体が財産の「時価」を算定する上での一般的な合理性を有していると認められる限りは、評価通達の定める評価方法に従って算定された財産の評価額をもって、相続税法上の「時価」であると事実上推認することができるものと解される。
評価通達204は、原則として、貸付金の価額を元本の金額と既経過利息との合計額で評価すると規定し、評価通達205は、例外として、債務者が手形交換所において取引停止処分を受けたとき等、債権金額の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに限り、それらの金額を元本の価額に算入しないとしているところ、このような規定は、貸付金債権の性質に照らして合理的なものということができる。
そして、評価通達205は、その(1)ないし(3)の事由のほか、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」も評価通達204による評価の例外的事由として掲げているが、これが評価通達205(1)ないし(3)の事由と並列的に規定されていることからすると、上記「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると確実に認められるときをいうものと解すべきである。
これに対し、原告は、評価通達205に対する上記解釈では不正確な貸付金債権の時価評価を導きかねず相続税法22条に反するなどと主張するが、上記説示に照らし採用することができない。なお、上記主張の関連で原告が援用する①法人税法52条1項及び法人税法施行令96条1項1号の各規定並びに②相続税法24条の規定のうち、①は本件とは税目も趣旨も異なるものであり、相続財産の時価評価とは直接関係ない規定であるし、②は定期金に関する権利の評価についての相続税法22条の「特別の定め」であり、貸付金債権に関する規定ではない。
(2)前記認定事実によれば、本件法人は、本件各事業年度において、ほぼ継続して債務超過の状況にあったものであるが、その債務のほとんどは本件法人の代表者あるいはその親族からの借入金であり、これは無利息かつ返済期限のないものであった上、本件法人の本件相続開始日時点の借入金は、本件債権である6036万4325円と原告に対する29万3300円であって、その債権者は全て原告であったのであるから、本件法人の代表取締役である原告が自らその返済時期や方法を調整することは可能であったといえ、直ちに返済を要するものではないことは明らかである。
また、前記認定事実によれば、本件法人には、■■201号室及び■■601号室の不動産賃貸による賃料収入が継続的にあり、その損益の状況は、本件各事業年度において、低額とはいい難い額の役員報酬を継続的に支払った上で、現金出金を伴わない減価償却費を計上していた平成20年10月期ないし平成23年10月期は、減価償却費を除けばいずれも税引前当期純利益は黒字、平成24年10月期以降は、修繕費を30万円以上計上した平成24年10月期、平成25年10月期及び平成27年10月期以外は税引前当期純利益は黒字であったものであり、本件法人は本件相続開始日時点でも営業を継続していたものである。
そして、本件法人は、遅くとも平成8年頃以降は専ら不動産賃貸業を営むものであったところ、一般的に不動産賃貸業は、その継続について格別の知識や能力を要するものということはできず、本件被相続人の死亡によって事業の継続が困難になったということはできない。そして、本件建物は、老朽化していたとはいえ本件相続開始日後の平成30年の段階でその各室がそれぞれ700万円以上の価格で第三者に売却することができていたこと(前記認定事実(3)ア)などに照らすと、本件相続開始日後も本件法人を存続させ、将来にわたって生じ得る経常利益を本件債権の返済に充てることは可能であったものと解すべきであって、本件法人の解散及び清算は、損害のこれ以上の拡大を防ぐためにやむなく行われたというよりは、飽くまでも本件法人における経営上の判断の結果によるものと認められる。
以上の事情に照らせば、本件法人が、経済的に破綻していることが客観的に明白で、本件債権の回収の見込みがない又は著しく困難であると確実に認められるものであったとはいえず、本件債権について、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に当たるとはいえないというべきである。したがって、評価通達205の定めの適用はなく、本件債権は、評価通達204の定めにより、本件相続開始日における元本価額である6036万4325円と評価すべきである。
そして、上記評価が著しく不適当であるということはできないから、評価通達6の定めを適用することはできない。
(3)原告は、①代表取締役就任時78歳と高齢であって本件建物の管理のために定期的に通勤することは困難であった旨、②本件相続開始日より前に本件被相続人との間で本件法人の事業を継続しない決定をしていた旨及び③平成28年10月期の当期純利益35万1564円を本件債権6036万4325円の返済に充てたとしても返済が完了するのは172年後である旨を主張するが、①■■201号室及び■■601号室の管理を原告以外の者に任せることも可能であったといえること(現に、乙5によれば、本件法人は、平成21年10月期までは年額80万円強、本件建物の803号室を売却した平成22年10月期は同70万円強、平成23年10月期ないし平成29年10月期は同60万円強の管理費を支出していることが認められる。)、②かかる決定の存在を示す的確な証拠はないし、仮にそのような決定をしていたとしても、それは前記説示のとおり、飽くまでも経営上の判断によるものといえること、③本件債権の回収に長期間を要する見込みがあるとしても、評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に本件法人の破綻を示すものとはいえないことからすれば、上記①ないし③のような各事情をもって、本件法人の経済的な破綻を客観的に裏付けるものということはできない。
さらに、原告は、本件建物から賃料収入が得られるのはせいぜいあと数年程度であったと主張するが、その主張を裏付けるに足る的確な証拠はないし、かえって、本件法人は平成29年10月期に特別修繕積立金の残高617万4724円を有していたものであり(前記認定事実(2)エ)、必要であれば■■201号室及び■■601号室の修繕等を実施することも可能であったと推認し得ること、上記各室が本件相続開始日後にいずれも700万円以上の価格で第三者に現に売却し得ていたこと(前記認定事実(3)ア)などからしても、原告の上記主張は採用することができない。
次いで、原告は、返済期限の定めのない借入金は、貸主からの催告があれば直ちに返済しなければならない旨主張するが、前記説示のとおり、本件法人の本件相続開始日における借入金の借入先は原告であり、本件法人がその返済を催告されるおそれは事実上なかったといえるから、原告の上記主張はその前提を欠く。
また、原告は、相続財産の評価については、相続税の申告期限までに会社が解散している場合は、それを相続開始時の事情として、社長が当該会社に貸し付けている貸付金債権は回収不能であったと認めるのが実務であるとも主張するが、このような実務の存在を裏付ける的確な証拠はないから、原告の上記主張もまたその前提を欠く。
なお、原告は、本件債権が回収不能であった旨の主張もするが、原告が援用する裁判例等は貸付金債権の相続税法22条に規定する時価の算定と直接関係するものではない。その他、本件債権の回収可能性に関する原告の主張は、いずれも採用することはできない。
3 争点(2)(通則法65条4項1号の「正当な理由」の有無)について
(1)過少申告加算税は、過少申告をした納税者と当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置であり、主観的責任の追及という意味での制裁的な要素は重加算税に比して少ないものである。通則法65条4項は、修正申告書の提出又は更正に基づき納付すべき税額に対して課される過少申告加算税につき、その納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、その事実に対応する部分についてはこれを課さないこととしているが、過少申告加算税の上記の趣旨に照らせば、同項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁参照)。
(2)これを本件について見ると、相続法22条の「時価」及び評価通達205の「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の解釈は、前記2(1)で説示したとおりであり、また、本件法人の業務内容や経営状況等は前記認定事実のとおりであるところ、本件賦課決定処分当時、前記1で認定したような本件法人の業務内容や経営状況等に照らして、本件債権につき「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」との要件を満たすとする課税庁の公的見解等が存在していたことはうかがわれず、本件において「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」との要件を満たすとする原告の解釈は、独自のものであるといわざるを得ない。よって、本件更正処分に伴って原告に過少申告加算税を賦課することが、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお不当又は酷である場合に当たる場合であるとはいえない。
したがって、原告に「正当な理由」があるとは認められない。
4 本件更正処分等の適法性について
前記2及び3に加え、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、本件相続について原告に課される相続税及び過少申告加算税は、別紙6に記載のとおりと認められ、本件更正処分等と同額であることが認められる。したがって、本件更正処分等は、適法である。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部
裁判長裁判官 岡田幸人
裁判官 都野道紀
裁判官 曽我 学
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