カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2024年08月26日 巻頭特集 鼎談 未上場株式のセカンダリー・マーケットに関する金商法改正と株式の相続税時価評価(2024年8月26日号・№1040) ~租税法と金商法の“交差点” 金商法改正で総則6項の適用は増えるか~

巻頭特集
鼎談
未上場株式のセカンダリー・マーケットに関する金商法改正と株式の相続税時価評価
~租税法と金商法の“交差点” 金商法改正で総則6項の適用は増えるか~
 
 北海道大学大学院法学研究科教授・元国税審判官 佐藤修二
 弁護士(法律事務所Y Cube代表)・早稲田大学法務教育研究センター講師 川添文彬
 弁護士(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)・元金融庁企画市場局市場課 課長補佐 津江紘輝


 金融商品取引法(以下「金商法」という。)というと「自分のカバー範囲外」と考える税務専門家は少なくない。しかし、2024年5月15日に成立した改正金商法による非上場株式のセカンダリー・マーケットの規制緩和は、相続税法上の非上場株式の時価評価や、総則6項の適用のあり方に影響を及ぼす可能性がある。一般的に非上場企業の株式の売買実例価格等と財産評価基本通達上の評価額は大きく乖離することがあるが、今後、非上場株式を現金化し易くするセカンダリー・マーケットが普及すれば売買実例が増加し、この乖離がクローズアップされることも予想される。
 本鼎談では、『租税と法の接点』という著書もある北海道大学大学院法学研究科の佐藤修二教授をリード役として、非上場株式の取引実務に精通し、総則6項の適用に関する税務調査事案を担当した経験を有する法律事務所Y Cubeの川添文彬弁護士、金融庁の企画市場局市場課に任期付公務員として勤務し、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進に関する金商法の改正に携った経験を持つアンダーソン・毛利・友常法律事務所の津江紘輝弁護士に、改正金商法による非上場株式のセカンダリー・マーケットの規制緩和の内容、同規制緩和後に想定される非上場株式の相続税法上の評価への影響、売買実例価格と相続税評価額の乖離を根拠とする総則6項適用に関する法的分析などについて語っていただくとともに、税務調査及び訴訟における実務対応指針も検討していただいた。
※なお、今回の鼎談は、2024年7月31日時点までの公開情報に基づくものである。また、今回の鼎談の参加者らの見解が、すべて私見であり、同参加者らの現在及び過去の所属組織の見解を構成しないこと、個別企業に対する一切の法的助言を構成しないこと、及び、国税当局や裁判所が今回の鼎談の参加者らと同じ見解を有するとは限らないことに留意されたい。

1. はじめに

編集部:まず弊誌の読者の皆さんに今回の企画の経緯を理解していただくため、佐藤先生から先生方の簡単なご紹介をお願いいたします。
佐藤:わかりました。川添文彬先生は、大手法律事務所の一角を占めるアンダーソン・毛利・友常法律事務所で7年ほどのご勤務を経た後、3年半ほど前に独立し、現在は、法律事務所Y Cubeにおいて、スタートアップ法務、企業法務一般を扱いながら、租税法務の案件も多く扱われていると伺っています。最近の事例では、同族会社の行為計算否認規定(法人税法132条1項)の適否が問題とされた租税訴訟(脚注1)、令和5年度重要判例解説に掲載された租税訴訟(脚注2)などの納税者勝訴事案を、他の代理人と共同でご担当されました。また、川添先生とは、昨年、T&Amaster誌において、信託型ストック・オプションの課税関係に関する鼎談でご一緒いたしました(脚注3)。
 津江先生は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所で2年半ほどのご勤務を経た後、金融庁の企画市場局市場課に任期付公務員として勤務され、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進に関する金商法の改正に携われたこと、また、租税法及び行政法にも明るく、私も所属していた第一東京弁護士会の弁護士業務改革委員会第一部会(税務部会)において、財産評価基本通達(以下「財基通」といいます。)の定める画一的な方法によらない財産評価の適法性につき判断した最判令和4年4月19日民集第76巻4号411頁(以下「最高裁令和4年判決」といいます。)を取り上げて発表をされていたことから、今回の鼎談のテーマにつきお話を伺うのに正に最適の方であろうと思います。現在は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所に戻られて、企業法務一般、金融規制及び租税法の案件を中心に扱われていらっしゃるそうで、今後、金融庁でのご経験を活かされながら、一層のご活躍をされると期待しています。
 最後に、私、佐藤は、20年ほど企業法務・租税法務を専門とする弁護士を経験した後、2022年10月に大学教員に転身し、北海道大学大学院法学研究科で、租税法の授業を担当しております。拙著、「租税と法の接点」(脚注4)では、租税法と他の法分野とのクロスロード、という章において、租税法は総合科目であり、関連する他分野の専門家とコラボレーションすることの重要性を論じておりました。今回の鼎談は、スタートアップにおける、租税法と金商法の交差点ともいえるテーマを扱うもので、スタートアップ株式の取引実務に詳しい川添先生、金商法の改正に携わった津江先生といった他分野の専門家とのコラボレーションを実践するものになることを期待しています。
川添:佐藤先生、ご紹介いただきありがとうございます。佐藤先生は私のロースクール時代に国税審判官のお仕事について伺わせていただいてからのご縁で、只今お話があったとおり、昨年、信託型ストック・オプションの課税関係をテーマとするT&Amaster誌の鼎談の企画でご一緒いたしました。その際には、佐藤先生に議論をリードしていただいたことで、私も頭が整理され、勉強になりました。今回の鼎談では、非上場株式の相続税法上の時価評価及び財基通総則6項(以下「総則6項」といいます。)の適否という租税法上の重要論点について、私が税務調査において対応した経験を踏まえながら、未上場株式のセカンダリー・マーケットに関する金商法の改正の影響というユニークな切り口から検討したいと思っています。同改正は、大要、未上場スタートアップの創業者その他の役職員又は投資家が保有する非上場株式を現金化し易くするものであると理解しており、スタートアップにとって大変重要な法改正であると捉えています。スタートアップ支援に注力している実務家としては、この改正により、スタートアップに資金及び優秀な人材が更に集まり、よりイノベーション・フレンドリーな社会になることを期待しています。佐藤先生のみならず、以前、隣の席で執務していたこともある津江先生を交えて、今回の鼎談企画が実現したことを大変嬉しく思います。本日はどうぞ宜しくお願いいたします。
津江:ご紹介いただきありがとうございます。佐藤先生とは、第一東京弁護士会の弁護士業務改革委員会第一部会(税務部会)でご一緒し、以後、交流を持たせていただいております。今回、このような鼎談の企画にお誘いいただけて大変光栄に思っております。
 ご紹介いただきましたとおり、私は2022年7月から2024年3月まで、金融庁企画市場局市場課に任期付公務員として勤務し、在職期間中に二回の法律改正に携わりました。この二つの法律改正のうち、2024年5月15日に成立した「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律」の中に、今回のテーマでも出てきます、私設取引システム運営業務、通称PTS(Proprietary Trading System)運営業務に関する法律改正が含まれています。
 今回のテーマは、このPTS運営業務の法律改正が、非上場株式のセカンダリー・マーケットの規制緩和に伴って、相続税法上、非上場株式の時価評価や、総則6項の適用の有無に影響がありうるか、ということですが、総則6項の問題については以前、最高裁令和4年判決が出たときに関心を抱いて、最判令和2年3月24日集民263号63頁の宇賀判事や宮崎判事の補足意見に関する検討と併せて、上記弁護士会の委員会での報告の題材に取り上げたことがあります。当時は佐藤先生も弁護士でいらっしゃったので、佐藤先生からも私の報告へのコメントをいただく、貴重な機会となりました。今回は、その報告の際に勉強した内容も踏まえながら、自身の関わった法律改正との関係で改めて時価評価や総則6項の問題について議論させていただけることに、不思議なご縁を感じております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
佐藤:それではまず、川添先生から、今回の鼎談の企画の内容及び趣旨につきご説明いただけないでしょうか。
川添:私が、最高裁令和4年判決後において、非上場株式の相続税法上の時価評価及び総則6項の適否の論点につき、税務調査で対応した案件がありました。その件は、相続前後における株式の出資・売買実例価格と財基通上の株式評価額が大きく乖離していた事案でしたが、事実関係及び法律関係を整理し、国税当局のご担当者に意見書を提出し、ご担当の税理士の先生と一緒に、直接税務署に伺い面談で、総則6項を適用して課税しなければ課税の公平又は正義に反するような事案ではないことを丁寧にご説明したところ、最終的に、総則6項の適用はせずに、財基通に従った評価をすれば足りる旨のご判断をいただきました。一度課税処分がなされ争訟になると、最終的に裁判所において取り消されるような課税処分であっても、納税者にとっては大きな負担になるため、税務調査段階で実を挙げることができ、嬉しく思いました。そのような実務経験を通じて、非上場株式の相続税法上の時価評価及び総則6項の適否の論点について、特に高い関心を有しています。
 また、昨今の未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進に関する金商法の改正が完全に実施されれば、未上場のスタートアップ株式につき売買実例が大幅に増加することが見込まれることに加えて、同改正法の制度下で成立した売買実例価格は、現在の相対取引と比べると、客観的交換価値をより適正に反映した価格らしいものであるとの考え方がなされないか、またそのような考え方が合理的なのか、気になっています。そして、一般的に、スタートアップ株式の売買実例価格又は株式発行による資金調達の際の1株当たりの価格と、財基通上の株式評価額は、大きく乖離しますので、売買実例が増加すれば、相続、贈与又は低額譲渡の前後における株式の売買実例価格と財基通上の株式評価額が大きく乖離する事案も増加することが見込まれます。先ほどご説明した私の実務経験に照らせば、最高裁令和4年判決後においても、売買実例価格と財基通上の株式評価額が大きく乖離する場合、国税当局には総則6項を適用するかどうかにつき一定の悩みが生じうるところであり、必ずしも安定的な実務になってはいないように感じておりますので、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進に関する金商法の改正実施後の世界において、この問題につきどのように考えるのがよいのか、整理したいと考えました。
 以上の問題意識に基づき、本鼎談では、大きく分けて次の6つの事項につき議論し、整理したいと考えております。
(1)金商法の改正による、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進の概要
(2)未上場株式の相続税法上の評価方法
(3)関連判例・裁判例・裁決例
(4)未上場株式のセカンダリー・マーケットの解禁後に想定しうる限界事例
(5)税務調査における実務対応指針
(6)訴訟における実務対応指針
佐藤:ありがとうございます。スタートアップの法務及び税務、総則6項のいずれも注目を集めているテーマであり、興味深い内容となりそうです。

2. 金商法の改正による、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進の概要

津江:それでは、まずは私から、先日成立した「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律」で実現されようとしているPTS運営業務の規制緩和に関しまして、概要を説明いたします。
 PTSとは私設取引システムと呼ばれるもので、PTS運営業務は、簡潔に申し上げると、電子的なシステムを利用して、同時に多数の者を相手に、有価証券の売買やその媒介、取次ぎ、代理を、集団的・組織的に行うものです。有価証券のセカンダリー・マーケットの一種であるという点で取引所金融商品市場に類似していますが、取引所金融商品市場を運営する金融商品取引所とは異なり、PTS運営業務を行う金融商品取引業者には、いわゆる自主規制機能や上場機能があるわけではございません。
 このPTS運営業務は、金商法上の業務の区分としては、第一種金融商品取引業として整理されています(金商法28条1項4号、2条8項10号)。とはいえ、現行法上、第一種金融商品取引業の登録(同法29条)に加えて、さらに認可を取得することが求められており(同法30条1項)、この認可の取得のハードルが高いことや、認可制度の下で当局に広い裁量があることが、事業者の参入を躊躇させていると言われていました。具体的には、要件として資本金及び純財産額の両方が3億円以上であることが求められたり(同法30条の4第2号・3号、同法施行令15条の11第1項)、添付書類として利害関係のない第三者によるシステム評価書の添付(同法30条の3第2項、金融商品取引業等に関する内閣府令(以下「業府令」)18条4号)が求められたりしていました。殊にシステム評価書について言えば、取引の規模が小規模な場合には簡易なシステムでも足りるところ、そのような場合にも、利害関係のない第三者に依頼して評価書を取得しなければならないとすると、規制として費用対効果の観点からは望ましくないのではないか、という考えも合理性のあるものかと思われます。その他、金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針の中で、システムの二重化、つまりバックアップが求められていることも、システムの維持・管理コストが大きいこともあって、重い参入要件となっていました。
 このような規制の状況の見直しが提言されたのが、2023年12月に公表された、金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」・「資産運用に関するタスクフォース」報告書です(脚注5)。PTS運営業務の規制は、実際に取り扱う有価証券の流動性の高低にかかわらず、主に上場有価証券等を扱うことを想定した規制となっていました。こうした規制は、例えば特定投資家などの一定の者の間でスタートアップ企業の非上場株式のセカンダリー取引を行う場合や、自社顧客のみを対象としてセキュリティトークンのセカンダリー取引を行う場合に、小規模な取引プラットフォームを用いて電子的にこれらのセカンダリー取引を仲介しようとする事業者が参入する場合には(脚注6)ハードルが高かったために、取引の場を提供する事業者が現れず、非上場有価証券のセカンダリー取引が活性化しない一因となっていた、ということが、今回の改正の背景としてございます(参照:金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」・「資産運用に関するタスクフォース」報告書20-21頁)。
 こうした問題意識を踏まえて、今回実現した法律改正では、PTS運営業務による有価証券の売買又はその媒介、代理若しくは取次ぎを安定的に行うことが困難となった場合に、多数の者に影響を及ぼすおそれが少ない、といえるような有価証券のみを取り扱い、かつ、そのように言えるような売買高の基準以下である場合に限って、認可を不要とした上で、登録制の下で参入できることとなりました。すなわち、第一種金融商品取引業としてPTS運営業務を行うことを登録する登録申請・変更登録申請を行い、体制整備や人的構成などの登録拒否事由との関係で審査が行われることとなりますので、当局の裁量の範囲は認可制よりも限定されることとなります。この緩和類型で取扱可能な有価証券については、内閣法制局審査の中で紆余曲折を経た結果、非上場の株式と受益証券発行信託が法律で明記されることになりましたが、それ以外の有価証券についても政令で追加できるようになっております。そして、この改正が施行されて、例えばスタートアップ企業の非上場株式のみを取り扱うPTSが創設されていくことで、スタートアップ企業の非上場株式が特定投資家などの間で取引されるセカンダリー取引や、セキュリティトークンの自社顧客間でのセカンダリー取引などが活性化していくことが期待されています。金融審議会の事務局説明資料によると、米国では、Forge GlobalやNASDAQ Private Marketなど、インターネット上で、自衛力認定投資家と呼ばれているプロ投資家が、非上場株式のセカンダリー取引を行うことができるプラットフォームが存在し、その市場規模が1000億米ドルを超えていることが指摘されていますが(脚注7)、非上場株式との関係ではこのような米国の非上場株式の取引プラットフォームのようなものが出てくることで、創業者や役員・従業員による現金取得の必要性のために、スタートアップ企業が小粒上場を余儀なくされる、といった問題が解消されていくことが期待されます(脚注8)。
 こうして新たに創設されるPTSを登録PTSと呼ばせていただき、これまでも存在したPTSを認可PTSと呼ばせていただきますが、登録PTSの概要は以上のとおりとなります。要は、取り扱われる有価証券があまり流動性のつかなそうなもので、かつ、取引規模が限定的な範囲のものである限りで、認可制の枠から除外するものとなっているとご理解いただければと思います。
川添:PTS運営業務に係る金融規制の改正のご状況につき、大変分かりやすくご説明いただき、ありがとうございます。私のような金融規制を専門としていない弁護士からすると、第一種金融商品取引業の「登録」自体が非常に重い手続だという印象がありますので、ご説明いただいた法改正により「認可」という更に重い手続が不要になるとしても、PTS運営業務を行うための第一種金融商品取引業の「登録」が難しいということはないのか、それが難しければ非上場株式のセカンダリー・マーケットの活性化といっても絵に書いた餅になってしまわないか、という疑問を持ちました。先日成立した法律案では、PTS運営業務に参入したい事業者が、従前よりも、緩和された要件の下で、第一種金融商品取引業の「登録」をできるような法改正はなされたのでしょうか?
津江:はい。今回の法律改正では、非上場有価証券特例仲介等業務という第一種金融商品取引業の新たな緩和類型も創設されます(同法29条の4の4)。
 法律案要綱(脚注9)では、特定投資家等を対象とした非上場有価証券の仲介等の業務のみを行う第一種金融商品取引業者について、自己資本規制比率に関する規制、兼業規制及び金融商品取引責任準備金の積立に関する規制の適用を除外することと概要が説明されていますが、法律の説明資料に記載のとおり、換金ニーズに応えるため、一般投資家も「売却」は可能とされています。ただし、原則として有価証券や金銭の預託を受けないことが求められていますが、取引決済のため必要な期間に限って預託を受けることは可能となる予定です(改正後29条の4の4第8項2号)。
 そして、施行日に違いはありますものの、この非上場有価証券特例仲介等業務を行う者が登録PTSの運営業務の登録も受けることも制度上予定されています。そのため、非上場株式の登録PTSへの参入が可能となることで、PTS運営業務への参入が以前よりも相当容易になることが見込まれます。なお、非上場有価証券特例仲介等業務を行う者が認可PTSの運営業務を行うことは認められていません(改正後29条の4の4第7項)。

3. 未上場株式の相続税法上の評価方法

佐藤:金商法改正により、登録PTSの下で、スタートアップの未上場株式の売買実例が増えることが期待されそうですね。難解な金商法改正の内容を分かりやすくご説明いただき、勉強になりました。それでは、金商法改正により登録PTSの下でのスタートアップの未上場株式の売買実例が増えると仮定して、そのことが、未上場株式の相続税評価に、いかなる影響を及ぼすのか又は及ぼさないのかについて、検討したいと思います。基本的なところから確認したいので、未上場株式の相続税法上の評価方法につき川添先生からご説明いただけないでしょうか。
川添:はい。相続税法22条は、「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」ると規定しており、ここでの法令上の「時価」とは、当該財産の客観的な交換価値をいい、国税当局の評価通達の定める方法による評価額とは別であると解されています(最高裁令和4年判決)。国税当局は、「時価」とは、相続により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額を、財基通の定めによって評価した価額によるとしています(財基通1項(2))。この財基通の定めだけをみると、財基通の定める評価額が法令上の「時価」であるかのように誤解してしまいがちですが、財基通に基づく評価額は、国税当局での取扱いの基準を定めたものにすぎず、法令上の「時価」と同じではないという点がポイントです。
 財基通では、取引相場のない株式について、原則として、純資産価額、類似業種比準価額又は配当還元価額といった特定の評価方法に従った評価額を時価と扱うこととされています。財基通のルールに基づく評価額を大きな金額になる順に並べると、多くの場合、純資産価額、類似業種比準価額、配当還元価額の順番になると理解しています。そのため、財基通のルールに基づく評価額は、大雑把には、せいぜい純資産価額が上限になると理解できると思います。しかし、これらの原則的な評価を用いることが著しく不適当である特別の事情がある例外的な場合には、国税当局は、財基通の評価方法に基づかずに株式の時価を評価することもできるとされています(総則6項)。未上場スタートアップの株式の実際の取引価格は、財基通の定める評価方法に従って算出した純資産価額よりも大きなものになることが少なくないと思います。
 財基通には、非上場株式の出資実例又は売買実例の価格を「時価」と扱うルールは規定されておらず、財基通に従う限り、出資実例又は売買実例の価格は特に意味を持たないということになると思います。他方で、出資実例又は売買実例の価格は、現実の取引で付された価格であることから、その取引の質及び数次第では、株式の客観的な交換価値を適切に反映した価格、つまり法令上の「時価」であるという考え方もありうるところです。実際に、上場株式においては、市場で付された売買実例価格をベースに「時価」ないし「価額」の評価がなされていますし(所得税基本通達23~35共-9(1)、法人税基本通達4-1-4、財基通169)、未上場株式についても、所得税法及び法人税法の通達においては、最近(概ね6ヶ月以内)の出資実例又は売買実例のうち適正なものを時価と扱うこととされています(所得税基本通達23~35共-9(4)イ、法人税基本通達4-1-5(1)。売買実例に出資実例を含むことにつき、国税庁ウェブサイトに掲載されている「契約の締結の時における一株当たりの価額の算定方法に関する措置法通達の解説」(参考1)(注3)(脚注10))。
 これらの事情を考慮すると、個別具体的な事案をみて、相続又は贈与の前後において信頼できそうな売買実例があるときに、その売買実例価額を「時価」と扱うべきではないか、そして、総則6項に依拠して、財基通の評価方法ではなく当該売買実例価額に基づき株式の「時価」を評価すべきではないかという悩み又は直感が国税当局の調査担当者に生じることは自然なことであるようにも思われます。そもそも、財基通に依拠した株式評価額は、株式の客観的な交換価値よりもかなり低い金額になることもあるように思いますので、一定の場面におけるそのような悩み又は直感自体は、国税当局ならず、税務専門家も一定程度共有するところではないかと思います。しかし、租税法律主義の下では、法令に基づかない直感を根拠にした課税はできませんので、国税当局の調査担当者も、法令上、そのような直感を正当化できる根拠があるかどうかという観点で悩まれるのではないかと思います。
 より具体的には、相続又は贈与の前後において、同じ株式の売買実例が多く存在し、直感的には当該売買実例価額が「時価」であるといいたくなるような事案において、法令上は、次の点が問題になるように思います。
(1)当該売買実例価額を相続税法上の「時価」と考えることができるか、
(2)平等原則との関係で国税当局が財基通の原則的な評価方法に基づかずに株式の時価を評価することができるか。

4. 関連判例・裁判例・裁決例

(1)未上場株式の売買実例価額を相続税法上の「時価」と考えることができるか
佐藤:第1に、株式の売買実例価額を相続税法上の「時価」と考えられるかという問題があり、第2に、仮に株式の売買実例価額を相続税法上の「時価」と考えられるとしても、財基通の評価方法に基づかずに株式の時価を評価すると平等原則違反として違法にならないかが問題になるということですね。これらの問題につき、関連する判例・裁判例・裁決例を押さえたうえで、若干の検討を加えたいと思います。第1の問題については、参考になる判例等はあるのでしょうか。
川添:私の知る限り、株式の売買実例価額が相続税法上の「時価」に該当するかどうかという問題につき判断した最高裁判例は存在しませんが、参考になる裁判例及び裁決例として、次のものがあります。

ア 東京地判平成17年10月12日税務訴訟資料255号順号10156
 納税者Xが、Y社の会長から配当還元価額1株75円を上回る100円でY社株式(取引相場のない株式)を購入したところ、Y社の会長は、その前年度に、銀行等5社に対して、類似業種比準価額及び純資産価額を基にしてY社株式を1株793円程度で譲渡していた事案において、国税当局が当該銀行等に対する売買実例の価額が「時価」であると主張して贈与税の決定処分をしました。これに対して、裁判所は、大要、次の理由を述べて、当該売買実例の価額は客観性を備えたものではなく、評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような特別の事情があるとはいえないから、財基通の定めに従い配当還元価額を時価とすべきである旨を判示し、同処分を取り消しました。
① 取引相場のない株式については、その客観的な取引価格を認定することが困難であることから、通達においてその価格算定方法を定め、画一的な評価をしようというのが財基通の趣旨である。他により高額の取引事例が存するからといって、その価額を採用するということになれば、財基通の趣旨を没却することになることは明らかである。
② 仮に他の取引事例が存在することを理由に、財基通の定めとは異なる評価をすることが許される場合があり得るとしても、それは、当該取引事例が、取引相場による取引に匹敵する程度の客観性を備えたものである場合等例外的な場合に限られる。
③ 本件売買実例は、実質的に見れば、わずか3つの取引事例というのにすぎず、この程度の取引事例に基づいて、主観的事情を捨象した客観的な取引価格を算定することができるかどうかは、そもそも疑問であるといわざるを得ない(なお、この種の主張は、他の訴訟において課税庁自身がしばしば主張しているものであることは当裁判所に顕著である。)。
④ 銀行からY社に対する融資残高やその他の取引が増加しており、これらの取引上の見返りに対する銀行側の期待が株価の決定に影響した可能性は十分に考えられる。

イ 平成12年6月27日付け裁決TAINS J59-4-25
 納税者Xが相続開始日の直後に15人を相手に行われた売買実例価額1株30,000円をY社株式の時価として相続税の申告を行ったところ、原処分庁は財基通の定めに従い類似業種比準価額と純資産価額の併用によりY社株式の時価が1株84,042円に決まると主張して更正処分を行った事案において、国税不服審判所は、Y社株式の譲渡価額は、譲受人が概算によって算定した金額について譲渡人らが承諾して決定したものにすぎず、相続開始日現在の客観的交換価値を表しているものとは認められない旨の判断をしました。なお、原処分庁は、審査請求手続において、これら15件の取引は、「本件相続開始日後に行われた限定された少数の株主間の取引であると認められ、売買価額は、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であるとは認められない」と主張していました。

 これらの裁判例及び裁決例は、いずれも、非上場株式の売買実例価額が相続税法上の「時価」とはいえないと判断したものであると評価できるかと思います。これらの裁判例・裁決例では、取引の数、取引当事者間の関係、価格決定の経緯等を考慮して、売買実例価額が「時価」かどうかが判断されており、端的にいえば、独立当事者間で誠実に交渉され、独立当事者間価格らしい価格が付された売買実例の数を問題にしているように思えます。
佐藤:ありがとうございます。ご説明いただいた裁判例では、非上場株式の売買実例価格につき「取引相場による取引に匹敵する程度の客観性を備えたものである」かどうかが「時価」認定との関係で問題とされているのですね。登録PTS業務により成立する売買実例の価額だと、上場株式の株価に匹敵する信頼性を有すると考えられて、相続税法上の「時価」とされやすくなる、ということはありうるのでしょうか。津江先生に伺いたいと思います。
津江:現時点での感触としては、登録PTS業務によって成立した売買の価格をもって、上場株式の取引所における価格と同様に「時価」として捉えることは難しそうだと考えております。
 取引所金融商品市場の立会内市場では不特定多数の者が参加して、競売買方式によって価格が決定されていますが、この市場価格をもって「時価」と評価することの合理性について考えてみると、これは、市場価格の一時的な変動はありうるものの、適切な情報開示規制の下で、公正な競争環境が作られた上で、不特定多数の者が参加して、自由取引の下で注文価格が提示され、需給が集約されて、価格が形成されている、という事情が認められることによって説明できるのではないかと思います。すなわち、①情報の透明性、②不公正取引の規制と売買審査(脚注11)、③不特定多数者による自由意思に基づく価格形成、という三つの要素が、取引所の立会内市場の価格の客観性を担保し、「時価」と評価することの合理性を担保しているのではないか、というのが、現在の私の見立てです。
 しかし、登録PTSで形成される価格は、これらの三つの要素を満たしているとは言い難いように思います。
 まず、①情報の透明性については、今後の制度設計、特に日本証券業協会の自主規制規則がどのようになるかによると思いますが、例えば、上場株式であれば当然公表している有価証券届出書や有価証券報告書を公表していない発行体の株式を登録PTSで取引することも考えられます。また、タイムリーな情報開示として、取引所の適時開示ほどの規制は、現在の日証協の自主規制規則でも設けられておらず(私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則8条)、この規制が現状よりも厳格になることは考え難いように思います。
 次に、②不公正取引の規制と売買審査については、ご案内のとおり、上場株式と異なり、非上場株式にはインサイダー取引規制が及んでいません(金商法166条)。勿論、風説の流布や偽計を用いて相場変動を図ることは禁止されているなど、一定程度の規制はございますが(金商法158条)、公正な競争環境を整えるための制度に大きな違いがあると評価されるのは避け難いように思います。
 そして、③不特定多数者による自由意思に基づく価格形成については、まず、PTSの価格決定方法として、競売買方式以外の価格決定方法を用いることも可能となっていることが挙げられます。PTSの価格決定方法としては、競売買方式や、それに近い形態である顧客注文対当方式、すなわち、顧客の提示した指値が、取引の相手方となる他の顧客の提示した指値と一致する場合に、当該顧客の提示した指値を用いる方法以外にも、様々な価格決定方法が認められています(金商法2条8項10号イからニ及び金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令17条各号、並びにこれらに類する方法(同項柱書))。そのため、不特定多数の者の自由意思に基づく注文が提示され、集約されることにはならない価格決定方法が用いられる可能性がございます。また、たとえ競売買方式や顧客注文対当方式を用いたとしても、非上場株式が上場株式ほどに取引量が多くなることは想定されていないことも指摘しなければなりません。勿論、上場株式でも取引量が少ないものもありうるため、取引量の多寡のみをもって議論はし難いところではありますが、登録PTSに関しては取引量の上限が設けられていますので(改正金商法30条1項柱書但書)、多数者による価格形成の客観性という点で、上場株式とは制度的前提が異なっています。
 これらの要素を考慮すると、登録PTSで形成された価格は、価格決定方法の公正性自体は金商業登録の審査により確保されていると言えるとしても、上場株式ほどに制度的に価格の客観性が担保されていないことから、登録PTSでの売買価格をもって「時価」と評価することは難しいのではないか、と現時点では考えております。とはいえ、この考えはあくまで暫定的な私見であり、これとは異なる考えもありうるかとは思いますので、具体的な事案を踏まえて、今後どのような議論が行われるか、注目していく必要がありそうです。
佐藤:上場株式の取引所における売買との違いを踏まえて基本的なところからご説明いただき、ありがとうございます。私のような門外漢でも、資本市場が、情報開示による透明性を前提としつつ、自由で公正な売買とそれに基づく公正な価格形成の場を提供しようとしていることは理解しやすいところです。その点では、やはり登録PTSで形成される価格は、取引所で形成された価格に対しては、一歩を譲るところがあるのは否めないのでしょうね。
(2)平等原則との関係
佐藤:次に、第2の問題、仮に売買実例価額を相続税法上の「時価」と考えられるとしても、財基通の評価方法に基づかずに株式の時価を評価すると平等原則違反として違法にならないかという問題につき検討したいと思います。この問題を検討するうえでは、先ほどから何度か登場している最高裁令和4年判決が重要ですね。この判例の概要について、川添先生からご説明いただけないでしょうか。
川添:はい。最高裁令和4年判決の事案は、共同相続人である納税者Xらが、相続財産である不動産の一部について財基通の定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、札幌南税務署長から、当該不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして、それぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けたため、国を相手に、これらの取消しを求めた事案です。この事案においては、被相続人であるAは、平成21年に、銀行から10億5500万円の借入れをして、合計13億8700万円分の不動産を購入し、平成24年に94歳で亡くなりました。そして、相続税との関係では、財基通の定める方法に従って、当該不動産の価額を約3億3400万円と評価して申告しました。これに対して、国税当局は、当該不動産を鑑定評価して、合計12億7300万円と評価しています。
 この事案について、最高裁は、大要、次の判示をしました。詳細は判決原文をご覧いただければと思います。
a.相続税法22条の「時価」とは当該財産の客観的な交換価値をいう。
b.相続税の課税価格に算入される財産の価額が、当該財産の取得の時における客観的交換価値としての時価を上回らない限り、相続税法22条に違反するものではない。
c.国税当局の不動産の鑑定評価額は相続税法22条の「時価」であると認められる。
d.しかし、特定の者に対してのみ、財基通による評価額を上回る評価額を用いることは、合理的な理由がない限り、租税法上の一般原則である平等原則に違反するものとして違法となる。
e.評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる。
f.通達評価額と鑑定評価額との間に大きな乖離があるだけでは上記事情があるということはできない。
g.しかし、本件の不動産購入・借入れにより納税者Xらの相続税の負担が著しく軽減される。そして、被相続人及び納税者Xらは、本件の不動産購入・借入れが近い将来に発生することが予想される被相続人からの相続において納税者Xらの租税負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったといえることからすれば、上記事情があるといえるため、本件各更正処分は平等原則に反しない。
 この最高裁の判示内容からすれば、改正金商法の下において、相続・贈与の前後において、登録PTSの下で、数多くの未上場株式の売買実例が存在し、当該売買実例価額又は当該価額に近い鑑定評価額を客観的な交換価値を適正に反映した「時価」と認定したくなるような事案において、当該売買実例価額又は鑑定評価額と財基通の評価額が大きく乖離するとしても、それだけでは、財基通の定める評価方法によらずに、当該売買実例価額を「時価」と認定することは平等原則違反であり違法ということになるように思われます。ただし、同最高裁の事案のように、他の事情との併せ技で、実質的な租税負担の公平を考慮して、売買実例価額又はそれに近い鑑定評価額を「時価」と認定して課税することが平等原則に反せず適法となる場面も想定しうるようには思われます。
津江:ご紹介ありがとうございます。ご紹介いただいた最高裁令和4年判決で示された論理構成について、調査官解説をベースに補足いたします。
 従来の下級審裁判例は、特定の納税者についてのみ通達評価額によらないことは原則として許されないものの、「特別の事情」があるときは他の合理的な方法によって評価した額によることができる、という枠組みを提示した上で、「特別の事情」の有無を争点とすることが多かったようです。しかし、具体的にどのような事情がこれに当たるのかは明確ではなかったことが調査官解説で指摘されています(脚注12)。そのため、最高裁令和4年判決は、この論理構成に依拠せずに、①課税庁の主張額が相続税法22条に違反しないか、②通達評価額によらないことが租税法上の一般原則としての平等原則に違反しないかをそれぞれ検討すべきという枠組みを示しています。そして、この①と②の論点を、性質の異なる別個の問題と位置付けた上で、これらを区別せずに「特別の事情」という概念の下で論じてきた従来の枠組みを批判しています(脚注13)。
 さて、①との関係で、仮に登録PTSでの価格を売買実例として用いて相続税法22条にいう「時価」の算定根拠とする場合、その登録PTSにおける価格決定方法がどのようなものか、ということは、その価格の位置づけを考える上で重要な考慮要素になると思います。勿論、取引所よりも情報の透明性や不公正取引の規制について劣った点はありますので、直ちにその価格を時価と評価することは難しいと思いますが、例えば価格決定方式がどのようになっているのか、どの程度の頻度で取引が成立しているのか、前後の約定価格がどのように推移しているか、といった情報は、そこで成立した価格が持つ客観性を検討する上で重要な要素となりそうです。
 また、流動性が分散するのであまり望ましい事態ではないかもしれませんが、非上場株式については主市場というものがございませんので、様々な登録PTSが同じ非上場株式を取り扱うことも理論的にはあり得ます。そのため、登録PTSで成立した価格を見る際には、場合によっては複数の登録PTSの価格を見ていくことが必要になりそうです。
佐藤:ありがとうございます。先生方のお話を踏まえると、最高裁令和4年判決が示した判断基準について、今後、他の事案におけるその適用を注視していく必要がありそうですね。その意味で、総則6項の適用事件として、納税者が勝訴した東京地判令和6年1月18日(TAINS Z888-2556)があり、これも大変興味深い裁判例だと受け止めています。この事案では、相続直後に、相続した全株式の売却がなされた事例であるところ、国税当局は直接、売買実例価額を「時価」と認定したわけではなく、DCF法等に基づき株価を算定し、売買実例価額に近い「時価」を算出したものと理解しています。ただし、国税当局においても、その背後には、実際に、相続直後に全株式が売却された以上、当該価額に近い価額を「時価」と考えるべきではないかという考え方又は悩みがあったのかもしれません。この裁判例の概要につき、川添先生からご説明いただけないでしょうか。
川添:はい。東京地判令和6年1月18日は、被相続人Yの保有するW社株式の全てを第三者であるZ社に売却する旨の基本合意書がYとZ社との間で締結され、相続開始後に相続人XとZ社との間で当該基本合意書どおりの価額・1株105,068円で、Xの保有するW社株式がZ社に売却された事案において、Xが、相続により取得したW社株式を、財基通に従い、類似業種比準価額・1株8,186円を時価であるとして相続税の申告をしたところ、原処分庁から、DCF法、株価倍率法及び取引事例法を併用した株価算定レポートにより算出された株式価値の幅の平均値・1株80,373円が時価であるとして更正処分を受けたため、国を相手に、この処分の取消しを求めた事件です。
 この事案について、東京地裁は、最高裁令和4年判決の「判断枠組み」であるとして、大要、先ほど説明した最高裁令和4年判決の判断枠組みを引用しています。そのうえで、「当てはめ」として、本件の相続株式につき、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」、つまり「特段の事情」(脚注14)があるかどうかを検討し、大要、以下の点を指摘したうえで、特段の事情はないと判断しました。
a.最高裁令和4年判決の事案とは異なり、本件被相続人及び本件相続人らが相続税その他の租税回避の目的でW社株式の売却を行った又は行おうとしたとは認められない。
b.相続開始後に……評価通達の定める方法による評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、……売却価額ではなく評価通達の定める方法による評価額で当該財産を評価して相続税を申告することが問題視されることは一般的ではない。
c.本件相続の開始前からW社株式の譲渡予定価格が事実上合意されていたという事情をもって、特段の事情(の一部)ということはできない。
d.本件のように、相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が評価通達の定める方法による評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではない。
 要するに、株式の売却交渉中に相続が発生し、相続直後に発行済株式総数の全ての株式を売却したというだけでは、財基通の定める評価方法と異なる評価により株式評価を行う特段の事情はなく、財基通の定める評価方法と異なる評価方法による株式評価は平等原則違反であるため、違法であるとされています。本件において、国税当局がなぜ課税処分を行ったのかを考えてみると、相続直後の時点において、現実に全株式が売却され、独立当事者間価格が付されている以上、それは流石に「時価」と評価すべきものではないか、という価値判断が先にあり、DCF法等を用いることにより、実際の売買実例価額よりも若干保守的な価額評価をして「時価」としたのではないかと推察しています。その意味で、本件は、実質的には、発行済株式総数の「全て」の株式を売却するという単一の売買実例の価額を「時価」と扱って課税をしたという事例に近いとみています。実際に、同裁判例の判決における当事者の主張部分をみると、国は、当該売買実例の「取引価格が……当該株式の客観的交換価値を反映したものと認められる」と主張しています。
 しかし、本件の課税処分後に、最高裁令和4年判決が出て、相続財産の「時価」にかかわらず、財基通の定める評価方法に従っていなければ、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がない限り、平等原則違反で違法になる旨の法解釈が示されました。かかる最高裁令和4年判決の示した法解釈の判断枠組みに従えば、本件の事案は、相続前から交渉が存在し、相続直後に相続財産を実際に売却しているという事情を考慮しても、それだけでは、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情はないものと評価するのが自然なのだと思います。
 本件について、国は、地裁判決を不服として控訴しており、最高裁令和4年判決の判断枠組みに従ったとしても、課税処分を正当化できる事情があると考えていると窺われるところです。国が高裁でどのような主張を展開するのか及び高裁判決にも注目しています。
津江:裁判例のご紹介ありがとうございます。最高裁令和4年判決を踏まえた判示ではありますが、最高裁令和4年判決では、大要、①相続税の減免を目的としたものであって、②それによって租税負担額が大きく減額されるような場合であれば、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある、という考え方が示されていると考えられます。それに対して、ご紹介いただいた裁判例は、このうちの①について、もう少し踏み込んだ議論を行っているように思います。具体的には、以下の判示部分がそのような方向性を示しているように解釈できます。
「評価通達6を納税者の不利に適用するに当たっては、上記オで説示したような不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情が必要と解すべきである。例えば、被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、かつ、売却手続を完了することができたにもかかわらず、相続税の負担を回避する目的をもって、他に合理的な理由もなく、殊更売却手続を相続開始後まで遅らせたり、売却時期を被相続人の死後に設定しておいたりしたなどの場合であるとか、最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていたという程度の事情が特段の事情として必要なものと解される。」
 「上記オ」というところは、端的に言えば、納税者側にとっての手続の予測可能性の問題だと言えそうです。具体的には、「相続税申告前に、相続後に全部又は一部の相続財産を評価通達の定める方法による評価額とは異なる額で売却した場合において、上記評価額に従って算出した額で申告をすべきかどうか、いかなる場合にこれと異なる額で申告をすべきか、異なる額で申告をするとしていかなる額で申告すべきかが一切明らかでないこととなる」ことや、「相続税申告後に相続財産を売却した場合に、その売却額に従って算出した額で修正申告をすべきかどうかも明らかでない」こと、「納税者側が、評価通達の定める方法による評価額に依って申告をした場合には、事後的に課税庁の判断で上記評価額とも売却額とも異なる額を前提とした予測可能性のない更正処分を受ける危険を負わなければならない」ことなどが指摘されています。要するに、東京地裁はここで、最高裁令和4年判決における①の相続税減免目的という要素の背後にある実質論を、このような手続の予測可能性の侵害という不利益を納税者に甘受させることの合理性の問題と定位していると解釈できるのではないか、と思います。
川添:最高裁令和4年判決の調査官解説で、税負担減少の「意図すら有していない納税者が、たまたま生じた租税負担の軽減の結果、当該財産の価額を通達評価額を上回る価額によるものとされることを予想するのは困難といえるのであり、上記意図は、納税者の予測可能性を確保する観点から要求されているものと解される。」(脚注15)と指摘されていることが考慮されているのかもしれません。確かに、相続後に相続財産を売却したというだけでは、財基通の定める画一的な方法によらない財産評価により課税されるということは予想し難いですね。実務的な対応を考えても、相続後に相続財産を売却したという事情があることのみをもって、売却価額を当該財産の評価額として相続税の申告をするというのは、考え難いのではないかと思います。
佐藤:ありがとうございます。この判決は、さすがに東京地裁の行政事件専門部といいますか、最高裁の示した判断基準の具体的な適用の在り方を慎重に検討しており、その内容および結論は、妥当なものと感じます。これに対し、東京高裁は、一般的に言うと、租税法の専門的見地にとどまらず、事案の全体像に基づいた判断を示す傾向があると考えていますが、本件は、そのような判断に適するものでもあり、高裁がどのような判断をするのか、注目されるところです。

5. 未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進後の限界事例

佐藤:これまでのお話を踏まえて、未上場株式のセカンダリー・マーケットの促進後の限界事例、つまり、国税当局と納税者との間で見解の相違が生じそうなスタートアップ株式に関する相続税・贈与税の事例としては、どのようなものがありうるでしょうか?
川添:一般に、スタートアップ株式に対する財基通の評価額は、登録PTSの下で成立する売買実例価額よりも、かなり低くなることも多いのではないかと予想しています。しかも、金商法改正後においては、登録PTSの下で、未上場株式の売却・換金が容易になります。これらの性質を考慮して、いわゆるタワマン節税と同様の相続税の節税策が考案されても不思議ではないように思います。しかし、そのような節税策が適法かどうか、国税当局の税務調査・課税処分に耐えうるものなのかどうかは、先ほど申し上げたような法令、財基通、判例の判断枠組みを踏まえたうえで、慎重に検討する必要があると思います。架空の教科書事例ではありますが、次のような事例を想定してみました。
 第1に、先ほど申し上げたような未上場スタートアップ株式の性質を利用し、近い将来において相続又は贈与が見込まれる場合において、相続税又は贈与税の節税のために、未上場のスタートアップ株式に投資することが考えられます。リスクの高い未上場株式を購入する目的で多額の借入れを行うことは容易ではないかもしれませんが、状況によっては一定額の借入資金が未上場株式の購入に用いられることもあるかもしれません。被相続人・贈与者は、スタートアップ株式に対する投資時においてもエンジェル税制の適用を受けることで、所得税を節税できる可能性があります。また、当該株式投資がマイノリティ出資であり、配当還元方式の適用を受けられるものであれば、投資金額に比して、株式の通達評価額が劇的に低くなることもありうるように思います。しかも、金商法改正後において、相続人又は受贈者は、相続・贈与後において、登録PTS制度の下で、比較的容易に株式を売却し、現金化できることになろうかと思います。
 しかし、これは、まさに最高裁令和4年判決の事案と類似の節税スキームであると評価されて、国税当局において否認され課税処分の対象になる可能性が高いように思います。
 第2に、近い将来において相続又は贈与を見込んでおらず、キャピタルゲインを求めて、又は、単純に好きで、多額の借入れもせずにエンジェル投資をしているようなスタートアップの個人投資家において、たまたま相続が発生した又は無計画的に株式の贈与をしたという事案においては、当該株式の客観的交換価値と、財基通に従った相続税又は贈与税の評価額との間に、非常に大きな乖離があったとしても、それだけでは、財基通の評価額以外の評価額を算定して、課税処分を行うことは平等原則違反で違法とされる可能性が高いように思われます。
 この事案において、当該投資家がエンジェル税制の適用を受けて所得税を軽減しているかは、平等原則違反の検討においては、特に関係がない事情であるように思われます。また、被相続人又は受贈者が、相続・贈与の直後に、登録PTSの下で、株式の全部又は一部を売却したとしても、東京地判令和6年1月18日の判示からすると、その事実のみをもって、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある」ということは困難であるように思われますので、やはり、課税処分が平等原則違反で違法であるとの結論は変わらないのではないかと思われます。

6. 税務調査における実務対応指針

佐藤:これまでに議論したことを踏まえると、非上場株式につき、総則6項が問題とされるような税務調査において、納税者の代理人としては、どのように対応するのがよいのでしょうか。川添先生は、総則6項の適否が問題となった事案において税務調査の対応をされたことがあるとのことですが、どうでしょうか。
川添:T&Amaster誌によれば、国税庁は、最高裁令和4年判決を踏まえて、総則6項の定める「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる」かどうかについて、次の3点を総合的に勘案して判断する旨の事務運営指針を定めたとされています(脚注16)。
① 評価通達の評価方法以外に、他の合理的な評価方法が存在するか。
② 評価通達の評価方法による評価額と他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離が存在するか。
③ 評価通達の定めによって画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるか。
 ご案内のとおり、事務運営指針は行政庁内部の指針にすぎず法令ではないですが、国税当局の調査担当者は事務運営指針に沿って税務調査を行うと考えられる以上、納税者代理人も税務調査段階では事務運営指針を意識しながら対応することが望ましいように思います。
 第1に、事務運営指針考慮要素①については、国税当局の調査担当者が、通達評価以外の合理的な評価方法によるべきではないかとの悩みを持っているときに、当該評価方法が、合理的な評価方法ではない旨を丁寧に説明又は主張する必要があるように思います。例えば、国税当局の調査担当者が直近の登録PTS下での売買実例に基づき評価することが合理的な評価方法なのではないかという悩みを持っているのであれば、次の関連事情等を丁寧に説明することが考えられます。
(i)登録PTSの下で成立した売買実例価額であるという事情のみをもって当該売買実例価額が適切な時価を反映したものとはいえないこと、
(ii)相続・贈与前後の売買実例の数が少ないこと、
(iii)当該売買実例が独立当事者間取引ではないこと、
(iv)一方当事者に有利な契約条件や他の事情を反映して売買価格が決定されたこと
 これらの説明は、国税当局の調査担当者の考える「他の合理的な評価方法」による評価額が、相続税法上の「時価」ではないとの納税者の主張に似たものになるように思います。
 第2に、事務運営指針考慮要素②に関しては、最高裁令和4年判決の最高裁判所調査官解説では、「実勢価格等が通達評価額の何倍であるといった主張立証には意味がない(主張自体失当である)」とされています(脚注17)。かかる調査官の見解に従えば、事務運営指針考慮要素②の内容は、裁判になれば主張自体失当となる事情を考慮しているとも評価できます。そうだとしても、現実に事務運営指針がある以上は、税務調査段階においては、納税者代理人も、同指針を意識した説明を行うことが望ましいように思われ、上記①の合理的な評価方法による評価額と、評価通達の評価方法による評価額との間に著しい乖離がないことを説明できると良いのではないかと思います。一方、著しい乖離があることが否定し難い事例であれば、上記最高裁判所調査官解説を根拠にして、事務運営指針考慮要素②を考慮するとしても重視すべきではない旨を主張することも考えられます。事務運営指針考慮要素②は、評価通達の評価方法による評価額との間に著しい乖離がないのであれば、わざわざ例外的な評価をしてまで課税しなくてもよいというネガティブチェック的な意味合いの考慮要素なのではないかなと推察しています。
 第3に、事務運営指針考慮要素③に関しては、まさに最高裁令和4年判決の判示をふまえたものであり、評価通達の定めによって画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がないことを説明することになります。一般論として、国税当局が、総則6項適用事案のような法令の適用により一義的に結論の出ない問題について、課税処分を行うかどうかを意思決定する際には、国税当局からみて、課税しなければ課税の公平又は正義に反すると思うような事案かどうかが最重要なのではないかと思います。そのため、納税者の代理人としても、この点には十分に力を入れたうえで、取引の内容、意図、事実関係をシンプルに分かりやすく伝えたうえで、課税しなければ課税の公平や正義に反する事案とまではいえないのではないでしょうかと丁寧に説明するのがよいのではないかと思います。東京地判令和6年1月18日において、裁判所が検討した関連事実が大変参考になります。
佐藤:確かに、国税当局の調査担当者の立場に立って考えると、弁護士だからといって訴訟ありきで敵対的な態度を取られるよりも、複雑な取引でもその内容や意図等をシンプルに説明された方が印象は良いかもしれませんね。コミュニケーション不足で、課税処分がなされてしまうと、最終的に訴訟で解決するにせよ、納税者にとっては大きな負担になりますから、税務調査段階で解決するに越したことはないですよね。何か和解的な解決はありうるでしょうか。
川添:先ほど私の担当事件では、調査担当者に、総則6項は適用しない、財基通に従った評価をすれば足りる旨のご判断をいただきましたので、特に和解的な解決はなされていません。ただ、新聞報道によれば、資産管理会社を活用して合法的に相続税の軽減を試みていた事案において、国税当局が「総則6項という『宝刀』をちらつかせた」ことから、納税者が折れて修正申告に応じた例があるとされています(脚注18)。この新聞報道の事案がどのような事案なのか詳細が分からないためこの事案に関するコメントではないのですが、一般論としては、国税当局の調査担当者にとっても、財基通によらない評価は例外であり、「国税庁長官の指示」を仰ぐ必要があるという一定のハードルがあることから(財基通6項)、調査担当者が「総則6項という『宝刀』をちらつかせ」た場合であっても、安易に折れずに詰めて交渉又は丁寧に説明した方がよいと思います。
津江:ご説明いただき大変ありがとうございます。今のお話で出てきたように、総則6項の適用を国税当局が示唆してきた場合に、事務運営指針考慮要素③との関係で交渉するのだとすれば、最高裁判所令和4年判決を踏まえると、(1)相続税の減免を目的としたものであって、(2)それによって租税負担額が大きく減額されるような場合ではないと主張することで、課税しなければ課税の公平又は正義に反するといわれるような事案ではない、と主張していくことになるのだろうと思います。このうち交渉しやすいのは、(2)よりも(1)の目的に関する事実認定とその評価だと思いますが、交渉に際しては、例えばどのような点に留意しておく必要があるとお考えでしょうか。
川添:ありがとうございます。ご指摘の点につき、最高裁令和4年判決で重視された事実は、相続を予期していたこと、多額の借入れ、不動産の購入、相続税の負担が軽減したこと等だったと理解しています。財基通のルールによれば、一般的に、現金よりも同等の価値を有する不動産や非上場株式の方が相続財産としての評価額は低くなるため、被相続人が不動産や非上場株式を購入すれば、相続財産の評価額が下がることが多いと理解しています。被相続人の一定の行為によって、実際に相続財産の評価額が下がるとすると、国税当局からみると、実際に相続税を節税しているわけですから、他に特段の事情がなければ、相続税の減免目的で行われたと捉えてしまう可能性があるのではないかと思います。ここでの特段の事情としては、相続原因等からして相続を予期していない事情、借入れをしていないという事情、財産購入の経緯・意図等がありうると思います。このあたりを意識して説明するとよいのではないかと思います。
 また、先ほど触れた新聞報道における資産管理会社を活用して合法的に相続税の軽減を試みていた事案について、当該報道の内容からは事案の詳細が把握できず必ずしも分からないのですが、資産管理会社を活用して相続税の軽減を試みていたとしても、仮に、それが同報道のとおり合法な節税策で、かつ、相続財産の評価額を減少させる行為がないのだとすると、法的に詰めて考えるならば、その合法の相続税の節税やその節税の意図は、それが法令に適合している以上、財基通によらない評価を正当化する事情にはならず、最高裁のいう「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を基礎付ける事情にはならないのではないかとも思いました。また、仮に相続財産の評価額を減少させる行為があるとしても、相続原因等からして相続を予期していない事情、借入れをしていないという事情、資産管理会社を利用した経緯・意図等を説明することで、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がない、という説明が可能な事案もあるかもしれません。
 私は、先ほど申し上げたとおり、税務調査では、取引の内容、意図、事実関係をシンプルに分かりやすく伝えたうえで、課税しなければ課税の公平や正義に反する事案とまではいえないのではないでしょうかと丁寧に説明するのがよいと思っているのですが、一見するだけでは課税の公平や正義に反しそうである旨の印象を持たれかねない事案においては、法的な整理を詰めて交渉する方がよいこともあるかと存じます。

7. 訴訟における実務対応指針

佐藤:総則6項を適用してなされた非上場株式の課税処分の適法性が問題とされるような訴訟においては、税務調査時とは異なる対応が必要になるでしょうか。
川添:訴訟段階では、行政庁内部の指針にすぎない事務運営指針の内容を考慮する必要はなくなり、課税処分が法令違反かどうかのみが問題となるという違いはありますが、納税者が主張すべき実質的な内容自体は、税務調査段階と大きく異ならないように思います。
 ただ、訴訟では、国税当局の課税処分が違法であることにつき、裁判所を説得する必要がありますので、裁判所に対して、その事件の筋又は本質からすれば、納税者を勝たすべき事件である旨をシンプルかつ説得的に説明することが重要かと思います。そのためには、国税当局が課税処分をした理由の本質を把握し又は想像したうえで、それが誤りであり成り立たないことを説得力のある構成でシンプルに論じることを意識することが有用ではないかと思います。
 例えば、租税回避行為らしき行為が見当たらない東京地判令和6年1月18日の事案を題材にして、国税当局がなぜ総則6項を適用して課税処分を行ったかを考えてみると、相続直後の時点において、独立当事者間において現実に発行済株式の全ての株式が売却されている以上、それは流石に「時価」と評価すべきものではないか、という直感又は価値判断を有していたからではないか、そして、そのような直感又は価値判断を前提として、売買実例価額よりも若干保守的な評価額を算定して課税したのではないかと推察いたします。
 しかし、当該課税処分後に、最高裁令和4年4月19日が出て、相続財産の「時価」にかかわらず、財基通の定める評価方法に従っていなければ、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がない限り、平等原則違反で違法になる旨の法解釈が示されました。それを踏まえて、最高裁の判断枠組みに従えば本件では平等原則違反になるから違法になる、そして相続直後の売買実例価額が流石に「時価」であるという直感又は価値判断は当該課税処分が平等原則違反かどうかとは関係がない旨の主張は、裁判所にとっても分かりやすく受け入れやすいものではないかと思います。
 租税訴訟係属中に関連する新しい最高裁判決が出ることは多くはなく、常に同様の主張ができるわけではないですが、私の経験上、上記の例のように、事件の筋を捉えて、課税処分が違法である旨のシンプルな説明を試みるという手法自体は、租税訴訟一般において有用だと思います。
佐藤:ありがとうございます。今回の鼎談では、税務専門家の注目度の高い総則6項について、これまた注目度の高いスタートアップの法務及び税務との関連で、難解な金商法の改正も踏まえて論じられ、大変興味深いものでした。今後の動向を注目して見ていきたいと思います。

脚注
1 最判令和4年4月21日民集第76巻4号480頁において納税者勝訴で確定。
2 東京地判令和5年2月17日。「令和5年度重要判例解説」(租税法・3)ジュリスト臨時増刊(有斐閣、2024)。東京高裁に係属中。
3 佐藤修二=木村浩之=川添文彬「鼎談 信託型ストック・オプションに関する国税庁見解の法的検討~国税当局への照会制度の課題の検討を兼ねて~(前編)(後編)」週刊T&Amaster991号(2023)4頁、同992号(2023)13頁。
4 佐藤修二『租税と法の接点 租税実務におけるルール・オブ・ロー』(大蔵財務協会、2020)
5 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20231212/01.pdf
6 金融審議会「資産運用に関するタスクフォース」(第2回)事務局説明資料(2023年10月18日)47頁 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sisan-unyo/siryou/20231018/02-1.pdf
7 同上・44頁。
8 小粒上場の問題は、自由民主党の新しい資本主義実行本部スタートアップ政策に関する小委員会が令和4年11月22日に公表した「スタートアップ育成5か年計画に向けた提言」(https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/204708_1.pdf)でも指摘されている。
9 https://www.fsa.go.jp/common/diet/213/01/youkou.pdf
10 ただし、非上場株式の投資契約・出資実例においては、投資家を保護する契約条項が多く含まれていることを前提とした価額が付されている例も多いというのが率直な実務感覚であり、そのような取引で付された価額が株式の客観的交換価値を適切に反映していると評価できるのかについては大いに議論の余地があると思われる。
11 売買審査については、日本取引所グループのウェブサイト(https://www.jpx.co.jp/tse-school/learn/06a.html)が分かりやすく説明している。なお、現在の日本証券業協会の自主規制規則「私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則」(https://www.jsda.or.jp/about/kisoku/files/20230630_ptstorihiki.pdf)11条は、非上場PTS運営会員に対して、非上場PTS銘柄の取引に関する売買審査の実施を義務付けているため、非上場有価証券を取り扱うPTS運営業者も売買審査を行うことが、現在求められている。
12 山本拓「判解」法曹時報75巻12号178頁。
13 同上・184-185頁。
14 ここでの「特段の事情」は、最高裁令和4年判決の原審をはじめとする過去の裁判例で用いられている、評価通逹に定められた方法によらずに例外的な評価が許容される「特別の事情」とは異なる概念である。調査官解説は、過去の裁判例において、「原則として通達評価額によるべき根拠や、「特別の事情」があれば例外が許容される理由は必ずしも明らかでなく、具体的にどのような事情が「特別の事情」に当たるのかも明確ではなかった」ことなどを踏まえて、敢えて、「本判決は、「特別の事情」という概念を用い」なかった旨明らかにしている(前掲注12・山本・184頁)。
15 前掲注12・山本拓190頁。
16 週刊T&Amaster1007号(2023)42頁。
17 前掲注12・山本拓199頁(注35)。
18 2024年2月9日付け日本経済新聞「富裕層の相続税節税に厳しい目 国税当局「宝刀」活用増」。

佐藤修二 (さとう しゅうじ)
1997年 東京大学法学部卒業。2000年 弁護士登録。2005年 ハーバード・ロースクール卒業(LL.M.)。2011年.14年 東京国税不服審判所(国税審判官)。2019年.22年 東京大学大学院法学政治学研究科客員教授。2022年.現在 北海道大学大学院法学研究科教授。著書に、『租税と法の接点』(大蔵財務協会、2020)、 『夏休みの自由研究のテーマにしたい「税」の話』(共著、中央経済社、2020)、『事例解説 租税弁護士が教える事業承継の法務と税務』(監修、日本加除出版、2020)、『対話でわかる国際租税判例』(共著、中央経済社、2022)、『対話でわかる租税「法律家」入門』(編著、中央経済社、2024)など。

川添文彬 (かわぞえ ふみあき)
法律事務所Y Cube代表弁護士。2012年 一橋大学法科大学院卒業、2013年 弁護士登録(第一東京弁護士会)、2018年 Leiden大学卒業(ITC Leiden - 国際租税法LL.M.)、2014年~2020年 アンダーソン・毛利・友常法律事務所、2021年より、現職、スマート・アワード・ブラザーズ株式会社代表取締役CEO及び早稲田大学法務教育研究センター講師(租税判例研究)。
近時の論考等として、「令和6年度税制改正を踏まえた税制適格ストック・オプションの発行及び変更に関する実務上の留意点 ~改正法令を読み解く~」(ニュースレター、2024)、佐藤修二=木村浩之=川添文彬「鼎談 信託型ストック・オプションに関する国税庁見解の法的検討~国税当局への照会制度の課題の検討を兼ねて(前編)(後編)」週刊 T&Amaster991号(2023)4頁、同992号(2023)13頁。

津江紘輝 (つえ ひろき)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士。2015年 東京大学法学部卒業。2017年3月 東京大学法科大学院卒業。2019年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。2022年7月から2024年3月まで金融庁企画市場局市場課にて勤務し(課長補佐)、令和5年及び令和6年の金融商品取引法等の改正などに携わる。2024年4月に前記法律事務所に帰任。金融規制法、情報法、税務をはじめ、一般企業法務を広く取り扱う。
近時の論考等として、「PTSをめぐる規制緩和の動向に関する整理」(旬刊商事法務2354号)、Getting the Deal Through - Tax on Inbound Investment 2022(Japan Chapter)、『医薬・ヘルスケアの法務〔第2版〕- 規制・知財・コーポレートのナビゲーション』(商事法務)など。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索