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解説記事2024年10月07日 巻頭特集 総則6項の適用要件と残された問題(2024年10月7日号・№1046) ~東京高裁令和6年8月28日判決の検討を中心として~

巻頭特集
総則6項の適用要件と残された問題
~東京高裁令和6年8月28日判決の検討を中心として~
 税理士 香取 稔(元高松国税不服審判所長・埼玉学園大学大学院客員教授)

Ⅰ はじめに

 評価通達6《この通達の定めにより難い場合の評価》(以下「総則6項」という。)の適用に関して最高裁令和4年4月19日判決(以下「最高裁令和4年判決」という。)は、相続財産の価額を評価通達に定める方法により評価した価額(以下「通達評価額」という。)を上回る価額で評価(総則6項の適用)したところで課税処分を行うことは、平等原則に反し違法であるが、合理的な理由がある場合、すなわち、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」には、平等原則に違反しないことから、違法性がない旨判示している。しかしながら、最高裁令和4年判決は、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」としてどのようなものが挙げられるかについて一般論を明示していなかった。
 こうした中、非上場株式の評価について総則6項を適用した更正処分等の取消しを求めた訴訟(以下「本件訴訟」という。)において、第一審の東京地裁令和6年1月18日判決(以下「本件地裁判決」という。)は、特定の納税者について課税庁が総則6項の適用という例外的扱いをするには、「租税回避行為のような納税者側の一定の行為が特段の事情として必要」であり、本件は租税回避行為が認められないことから、平等原則に反することを理由に総則6項の適用を認めず、当該更正処分等を取消したが、控訴審の東京高裁令和6年8月28日判決(以下「本件高裁判決」という。)は、原審の判断を是認したものの、原審が示した総則6項の適用に当たり必要と認められる納税者側の行為の例示等を含め、その判断理由(主に本件地裁判決の第3当裁判所の判断1(2)アから(4)まで)をすべて改め、単に最高裁令和4年判決が、総則6項の適用の有無に当たり、被相続人が相続税の負担を減じ又は免れさせる行為(以下「相続税の負担軽減行為等」という。)をしたことを考慮している点を捉えて、本件はこれに類する行為があったとは認め難いことをその判断理由とした。なお、国側が上告を行わなかったため、本件高裁判決が確定した。
 本件高裁判決によって最高裁令和4年判決がいう「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とは、どのような事情をいうのか、振り出しに戻った感があるが、本稿では、総則6項の適用が争われたこれら三つの判決を検討するなどして、総則6項の適用要件を探る。
 また、現在、東京地裁で総則6項の適用を巡り争われている二つの事案があり、その適用に関しあらたな論点が生じていることから、その点について述べる。

Ⅱ 最高裁令和4年判決

 本件地裁判決及び本件高裁判決は、最高裁令和4年判決を指針としてその判断を下していることから、再度、同判決内容を確認する。

1 事案の概要
 本件は、高齢の被相続人が、相続開始前3年程前に賃貸用不動産A物件及びB物件(以下「本件各不動産」という。)の購入及びその購入資金の借入れ(以下「本件購入・借入れ」という。)を行い、相続人らが、相続開始後にA物件は売却して同借入金の返済に充て、B物件は所有・賃貸していたものである。相続人らは、本件各不動産の価額を通達評価額により評価して相続税の申告をしたところ、課税庁が、本件各不動産の価額について総則6項を適用し、鑑定評価によりその価額を求め、相続税の更正処分等をしたことから、相続人らが、その処分の取消しを求めたものである。なお、本件各不動産の状況等は、次のとおりである。

2 判決のポイント
(1)総則6項の適用は平等原則によって制約されること

ア 最高裁令和4年判決(以下2において「本判決」という。)では、「租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法」である旨判示した。
イ まず、この平等原則とは、憲法14条の「すべての国民は法の下に平等」に由来する租税法上の一般原則であるから、本来、法律の適用に関して適用されるものであり、法令でもない評価通達の適用に当たり平等原則が適用されるか否か疑義が生ずる。
  しかしながら、この点に関し金子先生は、著書の租税法の中で、平等原則は、法の執行段階においても妥当し、一例として、「相続税の課税対象としての土地は、現在一般に時価よりも低く評価されているが、特定の土地についてのみ近隣の同一条件の土地に比して高く評価することは、たとえ評価額が時価の範囲内であるとしても平等取扱原則に違反して違法である」旨述べている(金子宏「租税法」(24版)96頁、(株)弘文堂)。したがって、本判決がいうように評価通達の適用に関しても平等原則が適用される。
ウ 次に、平等とはいっても、絶対的な平等と相対的な平等とがある。絶対的な平等が求められるのであれば、同様の財産は、同様に評価しなければならないから、総則6項の適用は無条件で違法だが、本判決は、「合理的な理由がある場合に限り」、平等原則に反しないと判示していることから、相対的な平等をとったものと解される。
  この点に関しては、いわゆる大島訴訟(最高裁昭和60年3月27日判決)が参考となる。大島訴訟では、大要、旧所得税法では給与所得者について実額控除が認められていなかったことから、事業所得者との関係で平等原則に反すると訴えたが、最高裁は、「憲法14条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない」と判示した。これを総則6項の適用に当てはめると、憲法14条は相対的平等を保障しているわけだから、合理的な理由(実質的な租税負担の公平に反するというべき事情)があれば、その適用が許されるということにつながると考える。
エ そして、課税実務において評価通達に定める評価方法に基づき相続財産の価格を評価することについては、税負担の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減といった観点からみて合理的であり、これを形式的に全ての納税者に適用して財産の評価を行うことは、通常、税負担の実質的な公平を実現し、租税平等主義にかなうものであると解されている(東京地裁平成28年7月20日判決等)。
オ そうすると、評価通達の例外規定である総則6項の適用については、合理的な理由が認められない限り許されないこととなる。換言すれば、本判決は、総則6項の適用が平等原則によって制約されることを明らかにしたといえる。
(2)通達評価額と時価との間に大きなかい離があることをもって総則6項の適用は許されないこと
ア 本判決では、「本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情(筆者注:実質的な租税負担の公平に反するというべき事情をいう。以下同じ。)があるということはできない。」旨判示した。
イ 上記判示事項の理由に関し本判決に係る最高裁判所調査官(以下「本件調査官」という。)は、「実質的な租税負担の公平という観点からは、同様のかい離は類似の不動産にも広く存在し得る以上、これを相続する潜在的な他の納税者と同じく通達評価額によったとしても租税負担の均衡が害されることはなく、むしろ、当該納税者についてのみ通達評価額を上回る価額によることは不合理というべきである(このようなかい離は、本来、評価通達の見直し等によって解消されるべきものといえる)。」旨述べている(山本拓「ジュリスト1581号」95頁・(株)有斐閣)。
ウ 思うに、相続した財産について通達評価額と時価との間に大きなかい離があるからといって、そのことは、同様な財産を相続し得る他の納税者にも生じ得るものであり、その財産を通達評価額で評価したとしても何ら実質的な租税負担の公平に反することには当たらないから、総則6項の適用は、通達評価額と時価との間に大きな乖離があるだけでは許されるものではない。
(3)総則6項の適用が許される実質的な租税負担の公平に反するというべき事情とは
ア 本判決では、「本件購入・借入れが行わなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826.1万円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」旨判示した。
イ 上記判示事項で留意すべきことは、本件では、被相続人等による本件購入・借入れが租税負担の軽減をも意図して行われていたことから、当該行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に著しい不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるとし、本件各不動産の価額を通達評価額を上回る価額とすることは平等原則に違反しないと判断したのであって、当該行為が租税負担の軽減をも意図して行われていなかった場合には、平等原則に違反するか否かまで判断したものではないという点である。
  したがって、冒頭で述べたとおり「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」としてどのようなものが挙げられるか、本件訴訟においてその点の判断等が待たれたところである。
ウ なお、この点について本件調査官は、「このような事情を網羅的、一般的に整理することは性質上困難であるが、実質的な租税負担の公平を問題とする以上、これに影響する当該財産の取得の経緯等の事情が含まれる一方、通達評価額によることが他の納税者との間の租税負担の均衡を害することになる事情に限られるというべきであり、そのような事情に当たるか否かを検討する必要があると考えられる」と述べている(山本拓・前掲書95頁)。

Ⅲ 本件高裁判決

1 事案の概要
 相続人らは、被相続人(以下「本件被相続人」という。)から相続(以下「本件相続」という。)により取得したO社の株式(以下「本件相続株式」という。)を評価通達に定める類似業種比準方式により1株当たり8,186円(以下「本件通達評価額」という。)と算定して相続税の申告をしたところ、課税庁は、本件被相続人とV社は、本件被相続人が亡くなる半月ほど前に本件相続株式を含むO社の全株式を1株当たり105,068円(以下「譲渡予定価格」という。)で譲渡することで基本合意(以下「本件基本合意」という。)しており、かつ、本件相続開始後に譲渡予定価格と同額の金額でV社にO社の全株式を譲渡する契約が締結されていたことなどから、総則6項を適用し、本件相続株式をDCF法等によって1株当たり80,373円(以下「本件算定報告額」という。)と算定して更正処分等を行ったことから、相続人らがその処分の取消しを求めた事案である。

2 本件高裁判決の検討
 本件高裁判決は、冒頭で述べたように本件地裁判決の判断理由をすべて改めているため、本件地裁判決は、総則6項の適用を判断する上で参考とすることはできないのではないかなど疑義があることから、以下検討する。なお、本件地裁判決の判断理由等については、本誌(令和6年3月4日号 No.1017)の「緊急特集 相続開始前にM&Aによる買収予定価額が示されていた株式の評価について~総則6項の適否が争われた東京地裁令和6年1月18日判決を踏まえて~」などを参照していただきたい。
(1)本件通達評価額と譲渡予定価格との間に大きなかい離があることをもって実質的な租税負担の公平に反するというべき事情には当たらない
ア 本件地裁判決では、本事案の判断に先立ち、最高裁令和4年判決の判断枠組み(本件地裁判決の第3当裁判所の判断1(1)参照)を示しており、その末尾に、「ただし、本件通達評価額と本件査定報告額との間に大きなかい離があることのみをもって直ちに上記事情があるということはできない。」という一文(以下「本件一文」という。)を加えていたが、本件高裁判決では、本件一文を削除した上で、本件通達評価額と譲渡予定価格との間に大きなかい離があることに関し次のとおり判示(以下「本件判示事項①」という。)した。
  「ア 控訴人は、本件において評価通達6を適用すべき根拠として、本件相続株式につき、本件通達評価額と本件相続開始日における交換価値との間に著しいかい離があり、被控訴人らがそのことを十分に認識することは可能であった旨主張する。
  しかし、取引相場のない株式の交換価値は、本来、専門的評価を経ない限り判明し得ないものであって、(中略)外形的事実によって取引相場のない株式の交換価値を合理的に推測することが可能であるとは必ずしもいえない。とりわけ、M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により株式の売買代金が決定されるのであって、売買代金が交換価値を反映しているとは限らないというべきである。
  このことは、結果的に、専門的評価により交換価値と評価通達180に定める類似業種比準価額とのかい離の程度が著しいと判定された場合においても変わらないのであって、本件相続株式について、譲渡予定価格(10万5068円)と本件算定報告額(8万0373円)が比較的近く、これらが本件通達評価額(8186円)と大きくかい離しているからといって、更正処分の時点にさかのぼって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在していたということにはならない。
  そして、評価通達6の適用に当たり、上記かい離の有無を公平に判断するためには、他の相続案件も含め、取引相場のない株式その他市場性のない相続財産の全てについて、専門的評価を行うべきであって、合理的な理由がないのに、特定の相続財産のみについて専門的評価を行い、これを基にして課税処分を行うことは、平等原則に反するものというべきである。」

イ まず、本件高裁判決において本件一文を削除した点については、本件地裁判決が最高裁令和4年判決の判断枠組みを示した中で、本件個別事件に関する判断を示したからであって、その判断そのものを否定したわけではなく、単に、本件一文は当てはめ部分において述べるべきものであったからと考える。
ウ 次に、最高裁令和4年判決は、平等原則を理由に「本件各不動産の本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。」旨判示していたところ、本件判示事項①は、平等原則に加え、そもそも「M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により株式の売買代金が決定されるのであって、売買代金が交換価値を反映しているとは限らない」、つまり、譲渡予定価格が本件相続株式の(客観的な)交換価値を反映しているとは限らないから、本件通達評価額との間に大きなかい離があったとしても「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在していたということにはならない。」と判示した。
  非上場株式の客観的な交換価値について敷衍すると、非上場株式は、上場株式のように日々大量に取引されてその価額が公表されておらず、その財産の時価を容易に把握できないので、評価通達が、評価会社の規模、性格、株主の実態等に応じて評価方法を定めているわけだから、譲渡予定価格を採り上げて客観的な取引価格というのは無理がある。現に、東京地裁平成17年10月12日判決は、非上場株式の評価に関して「仮に他の取引事例が存在することを理由に、評価通達の定めとは異なる評価をすることが許される場合があり得るとしても、それは、当該取引事例が、取引相場による取引に匹敵する程度の客観性を備えたものである場合等例外的な場合に限られる」旨判示していることからすれば、譲渡予定価格は、上場株式の取引に匹敵する程度の客観性を備えた取引事例を基に決められたわけではない。 
  したがって、本件判示事項①は相当であると考える。
(2)近い将来売買契約に至る蓋然性が高い財産だからといって総則6項の適用が許されるものではない
ア 本件高裁判決では、本件基本合意によって本件相続開始前からO社株式の譲渡予定価格が事実上合意されていた事情が、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情に当たるか否かについて次のとおり判示した。
  「イ 控訴人は、取引相場のない株式について、売買契約が成立し、その所有権が買主に移転する前に、当該株式の所有者である売主が死亡した場合、売主の相続財産は売買代金債権になり、その価額は原則として売買相金額で評価される(最高裁昭和56年(行ツ)第89号同61年12月5日第二小法廷判決・訟務月報33巻第8号2149頁参照)とした上で、相続開始時に売買契約成立に至っていなかったとしても、近い将来売買契約が成立し、売買代金債権に転嫁する蓋然性が高い場合には、当該株式の価値が現実的に実現する蓋然性が高いものとして、当該株式の価値としては、その売買代金相当額が一つの基準になり得るところであるとも主張する。
  しかし、上記最高裁判決は、農地の売買契約が成立し、代金の相当部分の履行があったという場合において、農地法所定の要件が具備される前であっても、相続財産は売買代金債権である旨判断したものであって、本件のように、売買契約が未だ成立していない場合とは明らかに状況を異にするというべきである。すなわち、売買契約が成立していない状況において上記のような蓋然性を判断するためには、中間合意の存在・内容、想定される売買契約の内容、契約を締結しようとした動機・目的、交渉経過、当事者の関係、契約締結前の仮の履行行為の有無・内容等、種々の事情を考慮する必要があり、信義則や権利濫用のような一般条項以外の場面でこのような不明確な基準によることは不適切であるといわざるを得ない。さらには、控訴人は、当該株式の価値は売買代金相当額に反映されていると主張するもののようであるが、そのこと自体、専門家による判定を経ない限り明らかであるとはいえないし、とりわけ、非上場会社の買収価格が交換価値を反映しているという経験則が存すると直ちにいうこともできない。
  したがって、控訴人の主張するような、近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性の程度を基準にすることは適切でない。(以下略)」

イ 本件高裁判決が判示するとおり最高裁昭和61年12月5日判決は、土地の売買契約中においてその売主側に相続が開始した事案についての判断であり、本件は売買契約が成立していないことから、当該判決を引用したのはそもそも失当であると考える。
  加えて、課税庁の主張の理屈がとおるのであれば、相続開始直後に例えば、相続人らが相続した土地を通達評価額を下回る価額で譲渡した場合には、その譲渡価額を時価とする相続税の申告が認められなければならない理屈となるが、課税庁は、当該譲渡価額は客観的な取引価額ではないとして当該申告を認めていないのが常であることからしてもその主張には論理矛盾がある(なお、個別の取引事例の価額が主観的事情を捨象した客観的な取引価額に当たらないという主張は、他の訴訟において課税庁自身がしばしば主張しているものであり、東京地裁平成17年10月12日判決では、その点が指摘されている。)。
  したがって、上記アの判示のとおり総則6項の適用の有無に当たり、「近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性の程度を基準にすることは適切でない。」と考える。
ウ なお、本件高裁判決では、仮に上記アの「近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性の程度を基準」とすることが許容されると解しても「本件基本合意の後に本件買収監査が行われ、これによる財務調査報告書がV社に提出されたのは本件被相続人の死亡後である」点などを指摘し、V社が課税時期現在においてO社株式を譲渡予定価格により取得する確定的意思を有していたとは直ちに認められないと判示している。これは、一般的に買収監査を終えた後は、M&Aが取消されることがないという経験則があることから、本件の場合、財務調査報告書がV社に提出されたのは本件相続開始後であることを理由に、その経験則が課税時期現在において当たらないことを説示したものと解される。
(3)総則6項の適用に当たり租税回避行為があることは要件とはならない
ア 本件高裁判決では、「控訴人の主張のうち、評価通達6の適用に当たり、租税回避行為があることは要件とならないとする点については、当裁判所はそのような要件が存するものと説示しているものではないから、同主張に対する判断の必要はない」としながらも、本件のように被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められないような事案において、総則6項の適用が許されるか否かについて次のとおり判示(以下「本件判示事項②」という。)した。
  「ウ 最高裁令和4年判決は、評価通達6の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件被相続人及び被控訴人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。
  すなわち、O社が設立されてから本件相続開始日まで、O社株式は、一貫して定款による譲渡制限のある株式であったのであり、また、O社株式の評価額を下げるような行為がされたことはうかがわれない。
  そして、譲渡予定価格が、その時点で相続が発生した場合における評価通達180による評価額を大きく上回るものであったことは、本件の経過に照らし明らかであるから、本件基本合意は、本件被相続人の生存中に売買契約が成立した場合、代金債権に転化し、又は代金が支払わる(原文ママ)ことによって、相続税の負担を増大させる可能性を有するものであり、相続税の負担を減じ、又は免れさせるという効果は存しない。
  本件被相続人又は被控訴人らが、相続税の負担を減じ、又は免れさせる行為をしたと認めることができない以上、本件被相続人は又は被控訴人らの行為に着目した場合に、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない。
  他に、不公平が生じる要素として、同種の遺産を相続により取得した者との均衡が考えられるところ、取引相場のない株式を遺産として取得した者を比較の対象とした場合、当該遺産は、評価通達180の定める類似業種比準価額により評価することになるのであって、被控訴人らとの間で不公平が生じる余地はない。また、取引相場のある株式を相続により取得した者を比較の対象とした場合、遺産の種類が異なる以上、不公平が生じる余地はない。」

イ まず、本件高裁判決は、課税庁が主張した総則6項の適用に当たり、租税回避行為があることは要件とならないとする点に関し、裁判所はそのような要件が存するものと説示するものではないから、その判断をしていないが、この「租税回避行為」とは、どのような意味で用いられたのであろうか。
  講学上、「租税回避行為」とは、「合理的または正当な理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、通常用いられる法形式に対応する税負担の軽減または排除を図る行為である」と解されている(金子宏・前掲書134頁)。しかしながら、本件地裁判決では、「相続税を軽減するために被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産などを購入して評価通達の定める方法における現金と不動産など他の財産に係る評価額の差異を利用する」ことを「租税回避行為」といっている。
  そうすると、本件地裁判決で使われている租税回避行為とは、最高裁令和4年判決中の「租税負担の軽減をも意図してこれを行った」と同様な意味(つまり、「現金」と「不動産など他の財産」との評価水準の格差を利用した行為)で用いているのだから、本件高裁判決がこれを否定したわけではないと解される(この点は次のウ参照)。
  それでは、この租税回避行為とは、どのような意味で用いられたのだろうか。課税庁の控訴理由書等を確認できていないので推測の域にはなるが、総則6項の適用に当たり租税回避行為の意図といった主観的要素を考慮することは、それは財産の客観的交換価値(時価)に影響しないことから、相続税法22条の時価の認定の問題として適当ではないということであろうか。
  そうであるとすれば、最高裁令和4年判決が、当該時価の問題ではなくあくまでも課税庁による財産評価が平等原則によって制約されるかどうかという問題において租税回避行為の存否を考慮していることから(渋谷雅弘「評価通達と平等原則−最高裁令和4年4月19日判決を読む」ジュリスト1575号、(株)有斐閣」)、課税庁の主張はそもそも失当であり、本件高裁判決がその判断理由を述べることなく、単に「当裁判所はそのような要件が存するものとは説示していない」と判示したことも首肯できるのではなかろうか。
ウ 次に、本件判示事項②では、最高裁令和4年判決が総則6項の適用の有無に当たり、被相続人が相続税の負担軽減行為等をしたことを考慮していることから、本件では、本件被相続人及び被控訴人らによるこれに類する行為がないことをもって他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない、すなわち租税負担の均衡を害する余地はないと判断している。
  この点、本件地裁判決においては、次のように判示していたが、本件高裁判決では、その判断理由をすべて本件判示事項②のように改めている。
  「本件のように、相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が通達評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではなく、総則6項を納税者の不利に適用するに当たっては、上記オで説示したような不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情が必要と解すべきである。例えば、被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、かつ、売却手続が完了することができたにもかかわらず、相続税の負担を回避する目的をもって、他に合理的な理由もなく、殊更売却手続を相続開始後まで遅らせたり、売却時期を被相続人の死後に設定しておいたりしたなどの場合であるとか、最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていたという程度の事情が特段の事情として必要なものと解される。(下線筆者)
エ これは、本件判示事項②からすれば、最高裁令和4年判決(Ⅱ2(1)(3)参照)と同様に本件高裁判決が総則6項の適用は、平等原則によって制約を受け、その制約を外すには相続税の負担軽減行為等が必要であるという立場にたっていることは明らかである。したがって、上記ウの本件地裁判決の判示内容を改めたのは、本件では、そもそも被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められないわけであるから、相続税の負担軽減行為等の例示等をしなくても、本件個別事件の解決には必要十分と考えたからではなかろうか。
  そうすると、本件高裁判決において本件地裁判決の判断理由がすべて改められたからといって、その判断理由を否定したものではないことから、本件地裁判決は総則6項の適用を判断する上で十分参考とすることができるものと考える(注)。
(注)本件地裁判決では、相続開始後に相続財産を通達評価額よりも著しく高い価額で売却できた場合にその売却額で申告しないことは実質的な租税負担の公平に反する事情といえるか否かに関して(本件地裁判決の第3当裁判所の判断(2)当てはめのウの部分)、「相続開始後に相続財産を通達評価額よりも著しく高い価格で売却することができたとしても、当該売却による利益は譲渡所得税による納税対象とされることになるし、これによって相続時と売却時に二度納税することになる。」と説示しているが、この部分は、本件相続株式の価額を譲渡予定価格で評価して相続税を課税すると、同じ値上益相当額が譲渡所得を構成するから、相続税と譲渡所得課税の二重課税となり、問題だというようにも読める。
  しかしながら、所得税法60条は、相続により取得した財産について、被相続人の取得価額や取得時期を引き継ぐとしている。つまり、現行税制は、土地、株式等の取得時から相続開始時までの増加益が、相続税及び所得税の双方の課税対象となることを前提としており、その上で、措置法39条の相続税の取得費加算を設け、納税者負担に配慮している(最高裁平成27年1月26日判決)わけだから、この部分を参考とするのは適当でないと考える。

Ⅳ 総則6項の適用要件

 評価通達の適用に関する平等原則は、最終的には同様な財産を取得した納税者の間での税負担の公平を求めるものである。
 そして、最高裁令和4年判決、本件地裁判決及び本件高裁判決において総則6項の適用が肯定されているのは、いずれも被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められる場合であり、また、これと同様なものとして東京地裁平成5年2月16日判決は、「総則6項の適用が実質的な税負担の公平を図るという見地から正当として是認されるのは、被相続人が敢えて銀行から資金を借り入れて債務を負担し、その借入金によって不動産を取得することにより、その債務を相続債務として計上し、結果としてその債務額を他の積極財産の価額から控除されるという利益を享受することとなる場合であることを要するものである。したがって、銀行からの借入金によって購入されたものではなく、他の不動産を売却して得た代金を資金として取得されたため、右のような方法による相続税の節減に何ら寄与しない物件については、その相続財産としての価額を右通達以外の客観的な交換価格によって評価することを正当化する理由はなく、その評価は、通常の場合と同様に、右通達に定める方法によって行われるべきものである。」旨判示している。
 そうすると、平等原則の例外が認められる「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とは、被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められ、通達評価額によることが他の納税者との間の租税負担の均衡を害することになる事情がこれに当たると解される。したがって、課税庁が総則6項を納税者の不利に適用する場合には、被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められ(注1)、その結果、相続財産を通達評価額によると客観的に相続税の負担が著しく軽減されて(注2)、当該通達評価額によることが、当該行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に著しい不均衡を生じさせていることが必要であると考えるのが相当である。
 そして、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」としてどのようなものが挙げられるか一般論を示せば、本件地裁判決で示されたような一定の納税者側の事情(Ⅲ2(3)ウの下線部分)がこれに当たるが、一方、被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められない場合には、たとえ近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性が高いと認められる財産、例えば、①被相続人が相続開始前から売却交渉を進めていた財産について、相続開始後に相続人らが当該財産の売却をしたとき、又は②相続開始後に相続人らが遺産分割や納税資金の確保等のために相続財産の売却交渉を始め、相続税の申告期限までに売却をしたときであったとしても、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」には当たらないことから、総則6項の適用リスクはないものと考える。
(注)1 相続税の負担軽減行為等の認定について本件調査官は、「明確なスキームの企画・計画実行といったことまで必須とするものではなく、……その存在が事実審において争われた場合、裁判所は、当該不動産の購入時期、購入原資、利用状況等の事情を総合的に考慮してその存否を認定することになろう」と述べている(山本拓・前掲書96頁)。
   2 相続税の負担が著しく軽減されている程度について本件調査官は、「本判決は、この租税負担の軽減の程度につき形式的な基準を示していないが(このような基準をあらかじめ設定することは理論的に困難である。)、軽減される相続税の額やその割合を総合的に考慮して、正に『著しい』といえる場合に限る趣旨と解される」旨述べている(山本拓・前掲書95頁)。

Ⅴ 残された問題

 現在、東京地裁において総則6項の適用を巡り争われている二つの事案があり、本件高裁判決がでたことにより、今後、審理の進展が見込まれる。これらの事案については、相続税の負担軽減行為等の有無以外の点で、重要な論点があることから、各事案の審査請求段階の裁決を基としてその点を述べる。

1 株式保有特定会社の株式の評価方法を定めた個別評価規定と総則6項の関係
(1)事案の概要(令和3年8月27日裁決・TAINSコードF0-3-765)

ア 請求人は、被相続人から相続(以下「本件相続」という。)により取得した資産管理会社(評価通達上の小会社に該当する。以下「本件会社」という。)の株式(以下「本件相続株式」という。)を評価通達に定める類似業種比準価額方式と純資産価額方式の併用方式により1株当たり1,853円と算定して相続税を申告したところ、課税庁は、本来、本件相続株式は評価通達に定める評価方法である「S1+S2」方式により評価すべきであるが(1株当たりの評価額は2,263円)、請求人らは、被相続人が本件相続開始直前に引き受けた本件会社の募集株式(以下その募集株式の引き受けを「本件新株引受」という。)の大半(約90%)を本件相続開始後に本件会社に譲渡していたことなど、すなわち、請求人らは、本件相続株式をいわば一種の商品のような形で一時的に保有することにより、相続税対策を行おうとしていたことなどをもって、総則6項を適用し、本件相続株式を純資産価額方式によって1株当たり3,443円と算定して更正処分等を行ったことから、請求人らがその処分の取消しを求めた事案である。
イ 本件では、何をもって総則6項が適用されたのかを簡単に整理しておくと、請求人らは、当初申告では本件相続株式を併用方式で評価したが、修正申告では「S1+S2」方式で評価していた。この点、評価通達は、株式特定保有会社の株式の評価は、納税者側に純資産価額方式と「S1+S2」方式との選択を認めているが(評基通189−3)、課税庁は、純資産価額方式を適用して更正処分等を行っている。上記アの更正処分等は「S1+S2」方式の選択を認めないという点で、総則6項を適用したことになる。
(2)裁決要旨
 請求人らは、本件相続株式の評価に当たり、評価通達が定める「S1+S2」方式を選択して評価することについて著しく不適当と認められる特別の事情がないから、総則6項を適用すべきでない旨主張する。
 しかしながら、①本件会社が本件相続直前にした新株発行による被相続人からの資金の調達及びその資金(以下「本件資金」という。)を含む本件会社の資産の運用に係る一連の行為は、相続税の課税価格を圧縮して節税することを直接の主たる目的としてなされたものであるところ、②本件相続株式の価額を「S1+S2」方式により評価すると本件資金の額と大きくかい離することとなるが、本件新株引受から本件相続開始までの短期間に本件相続株式の客観的交換価値が下落した気配はなく、本件資金の客観的な交換価値が損なわれたことをうかがわせる事情もない(筆者注:下線部分については、本件会社の資産のうち流動性が高い資産の割合が約97%占めているから、被相続人が払い込んだ本件払込資金の客観的交換価値は失われていないとして、このような認定をしていると思われる。)から、「S1+S2」方式による評価額が本件相続開始時の本件相続株式の客観的交換価値を適正に示しているとみるのは極めて困難である。他方、③本件相続株式の価額を評価通達が定める純資産価額方式により評価すると、本件資金の額や報告書評価額と近似している。これらの事情の下において、「S1+S2」方式の選択を許すことは、請求人らと同等の措置を採らなかった他の納税者との間で租税負担の実質的な不公平を著しく害する結果になるから、上記の特別の事情がある。
(3)問題点(評価通達に定める株式等保有特定会社の株式の評価は、個別の特例規定であるが総則6項を適用してさらに例外を認めてよいか)
ア 評価通達は、非上場株式の評価について評価会社の規模区分に応じた原則的評価方式を定めているが、原則的な株式評価によっては適正な評価が行い得ないような評価会社の株式については、一般の評価会社の株式とは区分して評価することとしている。
  具体的には、本件のように評価会社の資産の保有状況等が一般の評価会社と異なり、資産に占める株式の保有割合が高いと認められる評価会社の株式については、原則として純資産価額方式により、納税者の選択によりいわゆる「S1+S2」方式によりその株式の評価を行うこととしている。
  つまり、評価通達が「S1+S2」方式を認めているのは、株式保有会社の事業の実態を株式の価額の評価に反映させるために、部分的に類似業種比準方式を取り入れて適正な評価をするためである。
イ そうすると、評価通達は、株式特定保有会社の株式の評価について適正な評価を行うため個別規定を定めているにもかかわらず、相続税の負担軽減行為等が認められた場合には、総則6項が適用され、その選択した評価方式も否認されるのかということである。
  総則6項の建付からすれば、株式特定保有会社の株式の評価についても適用できるが、評価通達上、株式特定保有会社の株式の評価方法が個別規定であることからすれば、総則6項の適用はいかがかと、つまり、株式特定保有会社の株式を適正に評価できないというのであれば、評価通達そのものの見直しを図るべきではないかということである。

2 同一銘柄の相続株式のうち相続税の負担軽減行為等が認められない部分についての総則6項の適用の可否
(1)事案の概要(令和4年3月25日裁決・TAINSコードF0-3-863)

ア 請求人らは、被相続人(70歳)から相続(以下「本件相続」という。)により取得した持株会社(以下「本件会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)を評価通達に定める純資産価額方式(開業後3年未満の会社、評基通189−4)により1株当たり18円と算定して相続税を申告した。なお、被相続人が本件株式を取得した経緯は次のとおりである。
① 本件会社は、平成25年5月にX社、Y社及びZ社を株式移転完全子会社とする株式移転(以下「本件株式移転」という。)により設立された持株会社であり、被相続人は、本件株式移転に伴い本件株式248,128,710株を取得し、同社の議決権割合の26.5%を有する筆頭株主である(中心的な同族株主)。
② 被相続人は、平成25年8月3日に本件株式2400万株を1株当たり67円(X社、Y社及びZ社の株式の価額を時価純資産法を用いて算出し、これを合算するなどして算定したもの)、総額16億円で本件会社の関連法人に譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。
③ 被相続人は、平成26年6月に検査入院し、以降、入退院を繰り返していた。
④ 被相続人は、本件相続開始9日前に本件会社の子会社から73億円を借り入れ(以下「本件借入れ」という。)、その翌12日、そのほぼ全額を充当する形で、本件会社が自己株式として保有していた本件株式95,780,328株を1株当たり76円(時価純資産法)、総額約73億円で取得(以下「本件取得」という。)した(本件借入れ及び本件取得により相続税の課税価格は約56億円圧縮されている。)。
⑤ 被相続人は、本件相続開始時点において本件会社の株式総数1,032,032,352株のうち376,170,874株(以下「本件相続株式」という。)を保有していた。
イ これに対し、課税庁は、本件借入れ及び本件取得は、近い将来、被相続人が死亡した場合における相続において、請求人らの相続税の負担を減じ又は免れさせることを期待して行われたものなどであるから、総則6項を適用し、本件相続株式の価額を1株当たり46.48円と算定して更正処分等を行ったことから、請求人らがその処分の取消しを求めた事案である。
(注)本件株式の価額について時価純資産価額法(所得税法上)による評価額(@76円)と純資産価額法(相続税法上)による評価額(@18円)との開差は、本件会社の子会社のうち大会社に当たる2銘柄の株式(以下「本件2銘柄株式」という。)について、所得税法上の評価は、被相続人が中心的な同族株主であるから、小会社に該当するものとして併用方式により、相続税法上の評価は大会社に該当するものとして類似業種比準方式により、それぞれ評価した結果であると解される。
(2)裁決要旨
 請求人らは、本件相続株式について、評価通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情があるとはいえない旨主張する。
 しかしながら、本件相続開始日において、本件相続株式につき、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に、評価通達の定める評価方法により算出された評価額の水準の価額が通常成立すると認めることは困難(筆者注:本裁決の中では、本件会社は本件2銘柄株式(子会社株式)を100%保有しているのだから、本件株式について、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われた場合には、本件2銘柄株式についても類似業種比準方式によって評価した価額ではなく、純資産の価値を反映させた価額を基に取引が成立するのは極めて自然で合理的なことと認められるからと説示している。)であり、また、本件相続株式の価額を当該評価額とすると、被相続人が、本件相続の発生を見越して、本件相続開始直前に、本件借入れにより本件取得をしたことによって請求人らの相続税の負担が大幅に減少する結果となったことが認められる。これらのことからすると、本件は、評価通達の評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって、相続の発生を見越して本件借入れ及び本件取得に相当するような行為を行わなかった納税者との間での実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるといえるから、他の合理的な評価方法により本件相続株式の適正な時価を評価すべき特別の事情があると認められる。
(3)問題点(本件相続株式376,170,874株のすべてについて総則6項が適用できるのか、本件借入れ及び本件取得に関連する95,780,328株に限られるべきではないか)
 課税庁は、本件相続株式のすべてについて総則6項を適用して更正処分等を行っているが、本件相続株式は、本件被相続人がもともと所有していた280,389,856株と本件借入れ及び本件取得に関連する95,780,328株からなっていることから、本件借入れ及び本件取得と関連しない、つまり、相続税の負担軽減行為等が認められない280,389,856株については、原則的な評価方法により一株当たり18円と評価すべきではないかということである。
 この点、確かに、同種の財産について通達評価額により評価すべき部分と時価により評価すべき部分があることは、一見すると奇異であるが、総則6項の適用に際しては、相続税の負担軽減行為等が少なくとも必要であることから、被相続人等による相続税の負担軽減行為等が認められない本件相続株式についてまで総則6項を適用するのは如何なものであろうか。総則6項が適用できるのは、本件相続株式のうち相続税の負担軽減行為等が認められる95,780,328株に限られるのではなかろうか。

香取 稔 (かとり みのる)
国税庁資産課税課において相続税の審理(通達の制定等)に従事した後、東京地方裁判所行政部調査官、東京国税局課税第一部資産評価官、同資料調査第2課長、高松国税不服審判所長を経て、現在、税理士・埼玉学園大学院客員教授(経営学研究科)。
(主な著作)
・「令和5年改訂版 相続税重要項目詳解」 大蔵財務協会 2023年
・「新判 事例で学ぶ土地・株式等の財産評価」 清文社 2023年
・「マンション節税と相続税のシミュレーション」(共著) ぎょうせい 2023年

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