解説記事2024年12月16日 (2024年12月16日号・№1055) 相続税実務におけるよくある誤解 第5弾(2024年12月16日号・№1055)
ニュース特集
分譲型ホテル、相続分無償譲渡時の納税義務・更正、相当地代への引上げ
相続税実務におけるよくある誤解 第5弾
本特集では、資産税を扱う専門家から好評をいただいている「相続税実務におけるよくある誤解」シリーズの第5弾をお届けする。
1つ目の事例では、分譲マンションとテナント物件それぞれに類似した性質を持つ「分譲型ホテル」に対し、事業用のテナント物件などは適用対象外とされているいわゆるマンション通達が適用されるのか否かについて検討する。
2つ目の事例では、被相続人の配偶者が自らの相続分を孫に無償譲渡した場合、配偶者に代わって孫が相続税の納税義務者になり得るのか、仮に相続財産を取得していない配偶者が相続税の納税義務者になるとすると配偶者の相続税の課税価格をどのように計算するのかについて検討する。
3つ目の事例では、相続税の法定申告期限後に共同相続人間で相続分の無償譲渡があった場合、相続分譲渡人は遺産分割に伴う更正の請求をいつできるのかという問題について、課税当局内部の研修教材や国税庁の質疑応答事例、裁決事例、裁判例を踏まえて検討する。
最後に4つ目の事例では、相続税実務上、土地の貸付けが当初は通常の地代で行われ、その後、相当の地代に引き上げられた場合、相当地代通達を適用して借地権及び底地の価額を評価するのか、という問題を取り上げる。
事例1
分譲型ホテルへのマンション通達の適用の可否
通達上は居住用に供することができれば事務所に使用でも「居住用」と整理
いわゆるマンション通達は、居住用の区分所有財産(分譲マンション)に適用され、事業用のテナント物件などは適用対象外とされている。一方、マンション通達が適用されるのか否か判断に迷うのが「分譲型ホテル」だ。
分譲型ホテルとは、区分所有建物のうち、一室の専有部分が構造上主に客室の用途に供することができるもので、その購入者が当該一室を保有してホテル事業者に賃貸するが、購入者自身も優先予約等で別荘のように利用することができるものをいう。分譲型ホテルは分譲マンションと同様に「区分所有型」であるが、ホテルのように登記簿上の建物の種類の表示は「客室」とされている。その一方で、バス、トイレ、キッチン等の住宅用設備を備えているという、分譲マンションとテナント物件それぞれに類似した性質を持つ。
まずマンション通達では、適用対象を「居住の用に供する専有部分一室に係る区分所有権及び敷地利用権」と明記している。そしてこれらの権利の定義について同通達に係る情報(令和6年5月14日付資産評価企画官情報第2号)では、「主として居住の用途に供することができるものをいい、原則として、登記簿上の種類に『居宅』を含むものがこれに該当します。(中略)なお、構造上、主として居住の用途に供することができるものであれば、課税時期において、現に事務所として使用している場合であっても、『居住の用』に供するものに該当することとなります。」と説明されている。したがって、登記の種類が「居宅」でなかったとしても、構造上、主として居住の用途に供することができるものであれば、マンション通達の適用対象に含まれるようにも見える。
流通性・市場性や価格形成要因の点で分譲マンションとは明らかに異質
しかし、マンション通達の制定が検討された「マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」の資料を確認すると、同通達において採用されている評価方法は、全国の中古マンションの売買実例価額等をサンプル調査し、それに基づき算定した評価乖離率により評価対象マンションの通達評価額を補正する仕組みとなっている。そして、このサンプル調査は、売買実例の多い分譲マンションを対象に行われており、流通性・市場性や価格形成要因の点で異なる低層の集合住宅や二世帯住宅、事業用のテナント物件や一棟所有の賃貸マンションは、売買実例が乏しいこともあり調査対象から除かれている。このような通達の制定経緯を踏まえれば、分譲型ホテルは、マンション通達の適用対象外と考えるのが自然であろう。
また、上記情報の問3の(注)には、「一棟の区分所有建物のうちの一部について、例えば、登記簿上の建物の種類が「共同住宅」とされているものがありますが、これは一般に、その一部が数個に独立して区画され、数世帯がそれぞれ独立して生活できる構造のものであるため、登記簿上の建物の種類に「居宅」を含むものと異なり、その流通性・市場性や価格形成要因の点で一棟所有の賃貸マンションに類似するものと考えられます。したがって、原則として、登記簿上の建物の種類が「共同住宅」とされているものについては、本通達の「居住の用に供する『専有部分一室』」に該当しないものとして差し支えありません。」と明記されている。同様に分譲型ホテルも、その流通性・市場性や価格形成要因の点で分譲マンションとは明らかに異なると考えられることから、マンション通達の適用対象外、と整理されることになる。
事例2
相続人が全相続分を孫に譲渡した場合の相続税の納税義務者等
配偶者が相続分をすべて孫に譲渡しても納税義務は移転せず
被相続人の配偶者が自らの相続分を孫に無償譲渡するケースがあるが、この場合、配偶者に代わって孫が相続税の納税義務者になり得るのか、仮に相続財産を取得していない配偶者が相続税の納税義務者になるとすると、配偶者の相続税の課税価格をどのように計算するのか、という疑問が生じる。
例えば、被相続人甲の相続人は配偶者乙、子A、子Bの3名であったが、乙が自らの相続分(本件相続分)のすべてを孫Xに無償譲渡し、その後、A、B、X間で遺産分割協議を行うこととなったとしよう。この場合に問題となるのが、Xは乙に代わって相続税の納税義務者になり得るのか、という点だ。
相続税法1条1号の『相続』は私法における『相続』と同じ意味に解すべきである。そして、共同相続人ではない相続分譲受人が相続財産の持分を取得するのは、相続によるものではなく、相続分の譲渡という人為的な行為によるものであるから、その財産取得の際に相続税が課せられる理由はない。……相続分の譲渡の効果が相続開始時にさかのぼる旨の規定はないから、少なくとも相続分の譲渡が共同相続人以外の者に対してされた場合は、相続分の譲渡は譲渡時に効力を生じ、その効力はさかのぼらないと解するのが相当であり、遺産分割の遡及効はそのまま適用されるわけではないというべきである。したがって、相続分譲受人は、譲渡人が相続人たる地位において承継取得した財産を、譲渡人から承継取得したことになるというべきである。
第三者が無償で譲り受けた相続分が相続税の課税対象となるか否かについて、東京高裁平成17年11月10日判決は上記の通り判示している。
上記判示を踏まえれば、Xが乙に代わって相続税の納税義務者になることはない。
配偶者の相続税の課税価格は民法の規定による相続分に基づいて計算
ただ、遺産分割によって本件相続分を取得していない乙が相続税の納税義務者ということになると、乙の相続税の課税価格をどのように計算するのだろうか。
この点について、(譲渡された相続分が具体的な相続分であるか法定相続分であるかについては争いがあるが)最高裁平成30年10月19日判決の最高裁調査官は、「相続分の譲渡により特別受益等を持ち戻すべき地位をも譲受人に移転しなければ意味もないし、譲受人も、最終的に譲渡人が有していた具体的相続分以上の権利を期待しても保護されるいわれはなく、それ以上でもそれ以下でもないなどとして、最初から具体的相続分を譲渡したものと解すべきとするのが多数説と解される」と解説している。
したがって、乙の相続税の課税価格は、相続税法55条に規定する「民法(904条の2を除く。)の規定による相続分」に基づいて計算するのが相当ということになろう。
なお、乙は遺産分割によって本件相続分を取得したわけではない以上、配偶者の税額軽減(相法19の2)又は小規模宅地等の特例(措法69の4)の適用を受ける余地はない。
事例3
共同相続人間の相続分の無償譲渡と更正の請求
課税当局内部の研修教材には、申告後に相続分の譲渡があったときは更正請求可と記載
相続税の法定申告期限後に共同相続人間で相続分の無償譲渡があった場合、相続分譲渡人は、相続税法32条1項1号の更正の請求(遺産分割に伴う更正の請求)をいつできるのか、具体的には、①相続分の譲渡が行われたときにすることができるのか、あるいは②相続分の譲渡に係る遺産分割協議が成立したときにすることができるのか、という疑問が生じる。
この点について課税当局内部の研修教材では、「当初法定申告分で申告した後に、相続分の譲渡があったときには、遺産の一部分割があったと考えられることから、譲渡した相続人について相続税法32条の更正の請求を認める」とされている。
<共同相続人の1人が遺産分割の調停において相続財産を取得しないことが確定した場合の相続税法第32条第1項の規定に基づく更正の請求>
【照会要旨】 |
また、国税庁の質疑応答事例では、下記の通り、遺産分割調停の場において共同相続人の一人が事実上相続を放棄し、その旨が調停調書に記載された場合の遺産分割に伴う更正の請求について、当該調停調書をもって当該更正の請求を認めるとされている。
無償譲渡を調停調書に記載するか、全相続分を一相続人が有した場合限定
一方、令和元年5月7日裁決(非公表)は、「相続分の譲渡は、譲渡当事者間の合意により遺産分割の前提となる両者間の具体的相続分の割合を変更させるものであって、全相続人間において相続財産の帰属を確定させる遺産分割協議とは法的性質を異にし、相続分の譲渡が相続税法第32条第1号の『財産の分割』に当たると解すべき根拠は見当たらない。」との判断を下している(もっとも、本裁決に係る事案は、共同相続人の全員が、当該相続分の譲渡について合意していたものではない)。
また、遺産分割に伴う更正の請求の適用範囲を画する相続税法32条1項1号の「財産の分割」とは、同号の趣旨・文言からすれば、未分割遺産につき、いったん相続税法55条の規定による計算で相続税額が確定した後、相続関係に特有かつ普遍的な後発的事由である遺産分割が行われ、その結果、既に確定した相続税額が過大になる場合における当該遺産分割を指すものと解されている(東京地裁平成21年10月8日判決)。
以上を踏まえると、相続分の無償譲渡によって遺産分割に伴う更正の請求が認められるのは、当該無償譲渡が遺産分割調停の調停調書に記載され確定判決と同一の効力を持つようになった場合、あるいは、共同相続人の数が2人で、その一方が有する相続分の全部を他方に譲渡した場合など全相続分を一人の相続人が有することとなったときに限られ、相続分の無償譲渡があったからといって無条件で遺産分割に伴う更正の請求が認められるわけではないと考えるべきだろう。
なお、その場合には、相続分の無償譲渡に係る遺産分割が成立すれば、遺産分割に伴う更正の請求が認められることは言うまでもない。
事例4
地代を相当の地代まで引き上げた場合の借地権及び底地の評価
賃貸借契約開始後、相当地代に引き上げでも相当地代通達は適用されず
被相続人が同族会社に対し、建物の所有を目的として「相当の地代」で土地の貸付けをしていた場合の当該土地に係る借地権及び底地の評価は相当地代通達によることになる。具体的には、貸付けに際し権利金等の授受がないときは、借地権の価額は、同族会社の株式の評価上、土地の自用地としての価額の20%相当額を純資産価額に算入する一方、その底地の価額は、土地の自用地としての価額の80%相当額で評価されることになる(相当地代通達3、6)。
実務上問題となるのは、土地(本件土地)の貸付けが、賃貸当初は通常の地代で行われ、その後、相当の地代に引き上げられていた場合であっても、上記と同様に相当地代通達を適用して借地権及び底地の価額を評価するのか、ということだ(なお、本件土地は、相続開始日において借地権割合60%の地域に存するものとする)。
この点、相当地代通達の趣旨は、借地権の設定された土地について権利金の支払いに代え相当の地代を支払うなどの特殊な場合の相続税及び贈与税の取扱いを定めることにある。したがって、借地権の設定に際し権利金を支払う取引上の慣行のある地域において、通常の地代を支払うことにより借地権の設定があった場合、又は通常の地代が授受されている借地権もしくは貸宅地の相続、遺贈・贈与があった場合には、相当地代通達ではなく、財産評価基本通達の取扱いによることになる。
相当地代通達は借地権設定時に相当地代、又は通常地代超相当地代未満の地代に適用
上記を言い換えれば、相当地代通達は、借地権の設定に際して通常支払われる権利金の授受をする取引慣行が正常な取引条件であるとの前提に基づき、①相当の地代を収受している場合、及び②通常の地代を超え相当の地代に満たない地代を収受している場合という、特殊な賃貸借契約により借地権が設定された場合における借地権又は借地権の設定されている土地の評価方法を定めたものと言える。
要するに相当地代通達は、借地権設定時、つまり賃貸借契約の開始の時の地代の額が相当の地代であった場合又は通常の地代を超え相当の地代に満たない地代であった場合に適用されるということだ。
借地権設定時に通常地代で土地を貸付けなら財産評価基本通達を適用
以上を踏まえると、借地権設定時において通常の地代で土地の貸付けが行われていた場合には、相当地代通達ではなく、財産評価基本通達の定めが適用されることになる。
したがって、本件土地に係る借地権の価額(同族会社の株式の評価上、純資産価額に算入される価額)は、本件土地の自用地としての価額の60%相当額、底地の価額は、本件土地の自用地としての価額の40%相当額で評価されることになる。
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