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解説記事2025年02月03日 ニュース特集 スクイーズアウトの不実施による売却機会喪失は株主の自己責任(2025年2月3日号・№1061)

ニュース特集
東京地裁、二段階買収の一段階目で取引に応じなかった株主の損害認めず
スクイーズアウトの不実施による売却機会喪失は株主の自己責任


 いわゆる二段階買収において、一段階目の取引の際に株主に対し「一段階目の取引に応じなかった株主のスクイーズアウトが計画されている」旨の説明がなされていたにもかかわらず、実際には一段階目の取引完了後にスクイーズアウトが実施されなかったことから、一段階目の取引に応じなかった株主が対象会社と買収者に対し損害賠償等を求めた裁判で、東京地方裁判所民事第8部(鈴木謙也裁判長)は令和6年10月31日、株主の請求を棄却する判決を下した。
 本判決は、二段階買収において一段階目の取引に応じなかった少数株主がスクイーズアウトの不実施により売却の機会を喪失したとしても、基本的には少数株主の自己責任となることを示した点で注目されるとともに、二段階買収における少数株主に対する情報開示のあり方を考える上でも実務上参考になる。
 ただ、本判決では経済産業省のMBO指針やジュピターテレコム最高裁決定に一切言及がなく、一般的には市場での買付けについてなされている強圧性の議論が、本件のような非上場会社の買収の事案にも全く同じように妥当するのか、という疑問を残す形となった。また、実務上、二段階買収では、少数株主が買収者と個別交渉を行うことは想定されておらず、ジュピターテレコム最高裁決定においても個別交渉は想定していないが、本判決では被告らの説明を踏まえて実施された原告らの共同売却権の放棄等が原告ら少数株主の自己責任である点が強調されている点、実務に大きな与える影響を与える可能性がある。本件は既に控訴されており、二審でどのような判断が下されるのか、注目される。

議決権の3分の2以上取得後スクイーズアウトを計画している旨のプレスリリース

 本件における買収対象会社(以下、対象会社)は日本の非公開会社、買収者は香港の上場会社である。原告は対象会社の優先株式を有する株主であり、他の株主等との間で締結された株主間契約に基づき、いわゆる共同売却権(他の株主が株式を売却する場合は一定の比率で自らの株式も譲渡することを要求する権利)を有していた。
 本件で予定されていた二段階買収について、対象会社が株主に当初送付した提案書には、一段階目の取引では、対象会社の株式を一株当たり36万4,700円で譲渡し、その対価のうち30%を金銭、70%を買収者の株式で交付する(以下、本件株式譲渡)との記載があった。また、その後本件株式譲渡に当たって買収者が公表したプレスリリースにおいては、本件株式譲渡により買収者が対象会社の議決権の3分の2以上を取得した場合、本件株式譲渡に応じなかった株主から同じ株価(36万4,700円)で金銭を対価として株式併合等によるスクイーズアウト(以下、本件スクイーズアウト)の実施が計画されている旨の説明がなされていた。さらに、その過程で、対象会社の取締役は原告に対し、メールで①上記株主間契約に基づく権利を行使せず、本件株式譲渡の完了時に同契約を解約すること、②本件スクイーズアウト手続について協力し異議を申し立てないこと等の内容を記載した各同意書(以下、本件各同意書)への署名を求めたところ、当該メールには、上記②の記載の理由について(本件株式譲渡と)「同じ株価(1株当たり36万4,700円の価格)でのスクイーズアウトの実施をお約束するため」との記載があった。原告はこれに応じ、本件各同意書に署名し、これにより共同売却権を放棄した。
 ところが、本件株式譲渡が完了した後、実際には本件スクイーズアウトは実施されなかった。

プレスリリース等はスクイーズアウトの確実な実施を宣言するものとは言えず

 原告は、買収者と対象会社(以下、被告ら)に対し、被告らが本件スクイーズアウトの手続きが確実に実施されるものと誤信させる説明等を行ったことにより、原告が保有する対象会社株式について対価(一株当たり36万4,700円)を得られなかったとの損害を被った(当該株式が無価値となった)として、被告らに対し、契約締結上の過失の法理、情報開示義務違反等による不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起した。
 東京地裁は、要旨以下のとおり判示し、損害の有無等について判断するまでもなく、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求は認められないとした。

・会社法に基づくスクイーズアウトは、いずれの方法による場合であっても、「原則として、特別支配株主の要件や特別決議の要件を満たす支配株主がその実施を決定することができるものであって、支配株主又は対象会社と少数株主との間で、支配株主がスクイーズアウトを実施する義務(対象会社については支配株主に実施させる義務)を負う旨の契約が成立したなどの事情がない限り、支配株主又は対象会社が少数株主に対し、スクイーズアウトを実施する義務(対象会社については支配株主に実施させる義務)を負うものではないと解するのが相当である。このことは二段階買収においても同様であり……少数株主がその実施を要求することができる性質のものではない」。
・そうである以上、「買収者(支配株主)又は対象会社が少数株主に対して二段階買収に関する提案ないし説明を行っていたとしても、その内容が二段階目の取引としてのスクイーズアウトを確実に実施することを明確に宣言するものであるといった特段の事情がない限り、当該説明ないし提案を行ったことが、スクイーズアウトが確実に実施されるという少数株主の〔法律上保護される利益としての〕正当な信頼を惹起するものであるとはいえないと解される」。
・本件における買収者によるプレスリリース等の記載内容は、「二段階買収における二段階目の取引であるスクイーズアウトを確実に実施することを明確に宣言するものであるとはいえない」。
・取締役が原告に送付したメールには、「二段階目の取引である本件スクイーズアウトを確実に実施する旨の記載はなく」、メールに添付された同意書には「本件スクイーズアウトが実施されることを条件として原告が権利を放棄する旨の記載はない」こと、買収者がスクイーズアウトにおいて一段階目の取引である株式取得の価格よりも株主に不利な価格で少数株主の株式を強制的に取得することも可能であり、「原告においては、本件スクイーズアウトが実施される場合の対価を確実に本件株式譲渡と同じ価格とすること自体に意義がある」ことからすると、同メールの趣旨は、「本件スクイーズアウトが実施される場合の対価を確実に本件株式譲渡と同じ価格にすることを示唆して、本件各同意書への署名を求める趣旨であると解するのが相当である」。したがって、上記メール及び本件各同意書の記載内容が「本件スクイーズアウトを確実に実施することを明確に宣言するものであるとはいえない」。

・以上によれば、買収者又は対象会社が本件スクイーズアウトを実施する義務(対象会社については買収者に実施させる義務)を負っていたとは認められない。
・なお、原告は、対価の一部を買収者の上場株式とする本件株式譲渡を選択せず、本件スクイーズアウトを待って金銭のみで対価を受け取ることを選んだものであったとすると、本件において、原告は、上場株式の価格変動リスクを負わずに済む選択肢を選びながら、本件スクイーズアウトが確実に実施されるような措置を講じていなかったものであったといえ、その後、原告の希望に反して、本件スクイーズアウトが実施されない可能性が現実化したとしても、そのことはやむを得なかったものであったと解される。

M&A指針は一段階目と同一条件でスクイーズアウトを実施する旨の開示推奨

 非公開会社の買収においては、二段階目の取引としてスクイーズアウトの実施が計画されている旨の説明がなされたとしても、もともと市場で自由に売却する機会のない譲渡制限のある株式しか保有しない少数株主に、スクイーズアウトの実施による対価の支払いについて法律上保護される利益が生じたとして対象会社や買収者の法的責任を認めることは、通常は困難であろう。もっとも、本件の原告は、その優先株式について株主間契約に基づいて共同売却権を有していたところ、二段階買収に関する対象会社の取締役の説明を受けてこれを放棄していたことから、訴訟で対象会社や買収者の法的責任を問うに至ったものと思われる。
 しかし、裁判所は、対象会社や買収者の説明は、あくまで本件スクイーズアウトが実施される「場合の」対価を一段階目の取引である本件株式譲渡と確実に同じ価格にすることを「示唆」するものにとどまるなど、いずれも本件スクイーズアウトを確実に実施することを明確に宣言するものとはいえないとして対象会社や買収者の法的責任を否定した。原告にとっては酷な結論のようにも思われるが、二段階目の取引としてのスクイーズアウトについて、買収者や対象会社に実施義務を負わせる契約が成立していない以上、これが実施されるかどうかの予測に基づいた対応は、あくまで少数株主の自己責任であることを原則としたものであろう。
 他方、市場で売却する機会のある株式について公開買付け等により二段階買収がなされる場合、強圧性(公開買付等に応じなかった株主が、応じなかったときよりも不利に取り扱われることが予想されるときは、買付価格に不満のある株主も、事実上、公開買付等に応じるように圧力を受けること)を排除するために、一段階目の取引の実施に際し、一段階目の取引と同一の条件でスクイーズアウトが実施される旨を開示書類等において明らかにしておくことが望ましいとされている(経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針(2019年6月28日)(以下、M&A指針)」3.7)。また、実務上も、開示書類等において、買収者又は対象会社がスクイーズアウトを実施する予定である旨の記載がなされるのが一般的となっている。この開示が強圧性排除の観点から求められている趣旨からすると、開示により一段階目の取引に応じない少数株主に保護される信頼が生じていると評価し、買収者らが合理的な理由なくスクイーズアウトを実施しなかったときは、買収者が少数株主に対し損害賠償等の責任を負うこととなる余地はあるかもしれない。
 本判決は、二段階買収において一段階目の取引に応じなかった少数株主がスクイーズアウトの不実施により売却の機会を喪失したとしても、基本的には少数株主の自己責任となることを示した点で注目されるとともに、二段階買収における少数株主に対する情報開示のあり方を考える上でも実務上参考になる。

MBO指針及びジュピターテレコム最高裁決定への言及なし

 ただ、本判決で気になるのは、「強圧性回避の必要性」という二段階買収に係る実務上のルールを確立したと言える経済産業省によって策定された「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(以下、MBO指針。※その後、M&A指針に改組)及びジュピターテレコム最高裁決定に一切言及がないことだ。このため、一般的には市場での買付けについてなされている強圧性の議論が、本件のような非上場会社の買収の事案にも全く同じように妥当するのか、という疑問を残す形となった。
 本判決でMBO指針及びジュピターテレコム最高裁決定に言及がないのは、いずれも基本的には市場での買付けの文脈で強圧性が取り上げられていることが影響している可能性があるが、特に本件のように株主間契約等においてエグジットに関する権利(共同売却請求権)を少数株主が有している場合には、非上場会社であっても「株主の適切な判断機会の確保」は必要との意見もあろう。
 MBO指針、ジュピターテレコム最高裁決定いずれにおいても、二段階買収のケースで求められる適正手続が非上場会社においては不要とは述べられておらず、また、本判決にも、対象会社が非上場会社であったことを根拠として判示していることを示唆するような記述はない。会社法上の株主の権利は上場会社か非上場会社かで区別されるわけではないだけに、仮に本判決が「非上場会社」であることに着目して少数株主が保護されないと判示したのであれば、二審においては、MBO指針やジュピターテレコム最高裁決定を踏まえ、また、本件では少数株主が株主間契約等において共同売却権等のエグジットに関する権利を有していることも考慮して、合理的な理由を示すことが期待されよう。

実務上、少数株主が買収者と個別交渉を行うことは想定されず

 また、実務上、二段階買収では、少数株主が買収者と個別交渉を行うことは想定されておらず、ジュピターテレコム最高裁決定においても個別交渉は想定していない。これに対し、本判決では被告らの説明を踏まえて実施された原告らの共同売却権の放棄(エグジットの機会の喪失)等が原告ら少数株主の自己責任であることが強調されている点、実務に与える影響は大きい。
 具体的には、①買収者は二段階目(スクイーズアウト)の実施を確定的に宣言する必要があるとするのか(確定的に宣言しない限り、二段階目の実施は不確実であり「強圧性」が生じることになるのか)、②二段階目の実施が不確実であっても、価格だけを決めることに意義があるとするのか(強圧性の存在を前提として許容するのか。その場合、MBO指針が求めている「株主の適切な判断機会の確保」を不要とするのか)、③買収交渉における少数株主の責任範囲、④投資回収の機会確保は「少数株主の自己責任」の問題として、買収者との個別交渉を求めるのか、⑤ ④を求める場合、円滑な買収と株主間の平等が損なわれることにならないかなど、実務上、多くの疑問が生じることになる。
 これらの手続きはMBO指針やジュピターテレコム最高裁決定が想定するものとは大きく異なるだけに、実務に混乱が生じるおそれがある。二審でどのような判断が下されるのか、注目される。

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