解説記事2025年02月24日 巻頭特集 鼎談 令和7年度税制改正の経緯と今後の税制のあり方(2025年2月24日号・№1064)
巻頭特集
鼎談
令和7年度税制改正の経緯と今後の税制のあり方
自由民主党 税制調査会会長 宮沢洋一
日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑良晴
公認会計士・税理士 緑川正博
自・公政権が少数与党となって迎えた令和7年度税制改正は例年とは異なるプロセスを辿っており、税制改正大綱に盛り込まれた内容が国会で修正される可能性も十分にある状況となっている。
本鼎談では、税務会計にとどまらず社会保障制度にも造詣の深い公認会計士・税理士の緑川正博先生をモデレーターとして、宮沢洋一自民党税調会長、経団連の小畑良晴経済基盤本部長にもご参画いただき、「103万円の壁」が大きな焦点となる中での税制改正大綱とりまとめまでの経緯、「103万円の壁」から派生する社会保障制度のあり方、防衛財源として注目を集める法人税率と租税特別措置のバランス、法人税率の“2段階化”、燃料課税及び車体課税のあり方、賃上げ、事業承継税制、企業が保有する過剰なキャッシュと小粒上場の問題など、幅広いテーマについて語っていただいた。 ※本文中、敬称略
「103万円」にも「106万円」にも“壁”は存在せず
緑川:今回は例年とは違った意味で特別なご苦労があったのではないかと思います。まず、大綱とりまとめまでの経緯についてお聞かせください。
宮沢:自民党、公明党だけでは決められないという状況になって初めての税制改正だったので、戸惑うことは多々ありました。こうした中、いわゆる暦年課税・暦年税制改正事項と、国民民主党との協議が必要な事項を分けて、両方の議論を平行して進めました。「暦年」の方については、例えば退職金課税のような重い内容のものは今回議論しても結論が出るかどうか分からないだろうということで、論点をかなりスリムにしたこともあって、順調に作業が進みました。問題は「103万円の壁」の方で、こちらはかなり苦労しました。
緑川:103万円の壁については、税の専門家ほど理解できないのではないでしょうか。かつて、恩師の武田昌輔先生に「税を目的にしたらダメだ。税はあくまで手段であり、まず目的を明確にしてから税について考えなければおかしなことになる」とお聞きしたことがあるのですが、103万円の壁が話題になるようになって、武田先生のお話を思い出しました。今回も何を目的にしているのかが見えにくいと感じています。
宮沢:ご存知の通り、国民民主党は「手取りを増やす」と言っています。
緑川:手取りを増やすということであれば、本当は大きいのは社会保険料ですよね。
宮沢:おっしゃる通りです。「106万円の壁」や「130万円の壁」の方は、その金額を超えた途端に明らかに手取りがマイナスになるという壁ですが、税の方は103万円を超えても本人の手取りがマイナスになるわけではありません。また、配偶者の観点でも、配偶者特別控除がだんだん減っていくことで手取額は逆転しません。しかも、平成29年度税制改正で配偶者特別控除が減り始めるポイントを103万円から150万円に引き上げ、さらに階段を作っていますので、逆転しないという意味では基本的に既に「壁」はないわけです。ただ唯一、対象は非常に限られますが、大学生で扶養控除の対象になっている人の所得が103万円を超えると、扶養している親の扶養控除額がなくなるという問題がありました。この問題については我々のところに声が届いていなかったためこれまで対応できていなかったのですが、103万円を超えないように働き方を調整する大学生の存在が今回明確になりましたので、令和7年度税制改正で対応させていただくということです。党内の議論では「大学生がますます勉強しなくなるのではないか」という意見も出ましたが(笑)。
緑川:税には反対給付がありませんが、社会保険料については、基本的には拠出と給付に一定の対応関係があるわけですから、そもそも「壁」という表現には違和感があります。
宮沢:社会保険の中でも年金についてはおっしゃる通りだと思います。例えば厚生年金では、低所得の方は高所得者の方にある意味“面倒を見てもらっている”という面があります。これに対し医療保険の方は、所得が106万円までであれば3号被保険者として配偶者の医療保険に入ることができますが、106万円を超えたら自分で保険料を半分負担して新たに医療保険に入らなければならず、しかも、受ける医療サービスはこれまで一切保険料を負担せずに受けてきたものと何も変わらないわけです。こうした性格の違いから、年金と医療保険は分けて考えなければならないと思います。

消費低迷の一因は現行の社会保険制度に
緑川:ただ、医療保険についても、健保等組合によっては、その財政の半分から6割前後は高齢者医療の負担が占めています。これは極端に言えば、現役世代から高齢者への税金の支払いのようなものです。この問題もどこかで解決しなければならないのではないでしょうか。
宮沢:ご指摘の点は、かなり前から議論のあるところです。かつては3世代同居が当たり前で、介護などは家庭内で対応してきた時代がありましたが、それが特養に入ったり長期間入院したりと、介護保険や医療保険など公的な保険制度を利用する方向に移ってきたという経緯があります。これにより、若い世代は介護や看護といった労力が減るというメリットを受けていることも事実です。ただ、若い世代からすれば自分が恩恵を受けるのはまだまだ先と思うでしょうし、中高年になってようやく、そろそろ自分もお世話になる時が近づいていると感じるのかもしれません。医療系の保険については、世代によってスタンスが異なるのです。
緑川:やはり若い世代には、自分達が払った社会保険料の多くが高齢者に使われており、その分の負担が少なくなれば社会保険料はもっと下がるだろう、という気持ちが常にあると思います。社会保険料は少子高齢化が進めば確実に負担が増えることは明らかです。消費税率を8%から10%に引き上げたことにより生じた財源は社会保障財源に充当されることになっていますが、消費税と社会保険料を合わせても社会保険給付に見合うものとはなっていません。この点、経団連はいかがでしょうか。
小畑:社会保険料は税金と違って現役世代しか払っていないわけです。ターゲットが狭い分、社会保険料が上がれば上がるほど、その狭いターゲットにしわ寄せが行くというのは非常に大きな問題だと感じております。特に医療保険(組合健保)においては、現役世代が負担している保険料の4割以上が高齢者医療に充当され、負担が増大しています。賃上げをしても社会保険料の上昇により現役世代の可処分所得が抑制され、消費がなかなか増えないことにも繋がっていると思いますし、自分はこれだけ社会保険料を支払っているのにもらう分が少ないということで将来不安の原因にもなっているのではないかと思います。実際、若年層の消費性向はこの10年で低下が目立っています。社会保険料にかなりの部分を依拠している現在の社会保障制度は、負担の構造を何かしら変えていかないと、本当にこれ以上もたなくなるのではないかということを懸念しているところです。
緑川:この議論はかつて民主党政権になった時に、税と社会保障の一体改革のメニューの一つとして挙がっていたと思いますので、ずいぶん時間がかかっているなという印象がありますね。
宮沢:民主党政権の議論を自民党が引継ぎ、私も協議に加わったのですが、最大のテーマは、消費税を中心とする税収をどうしたいのかということです。ただ、いくら税収を増やしても、底の抜けた桶に水を注ぐようなものでは意味がありません。当然、社会保障制度の改革、効率化も必要だということで、法律(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法一部を改正する等の法律)を書いたわけです。この法律がそのまま実行されていれば、今頃もっと効率化が進展していたはずですが、自民党政権の中でも様々な意見があり、なかなか前に進まなかったというのは事実ですね。

日本ほど個人の資産・所得が把握できていない国は存在しない
緑川:自民党が野党の意見に耳を傾けなければならない中で、負担のところを含めた議論にはなりにくいですよね。
小畑:経済界としては、社会保障と税を一体で考え、もっと大きな議論をして欲しいと思います。103万円の方は、税負担を減らす一方、106万円の方は社会保険料負担が増える話であり、負担面だけをみると分かりづらい議論となっています。先ほども申し上げました通り、社会保険料でも健康保険については、その4割以上が高齢者医療に充当されている点、納得が得られにくい原因となっているのではないでしょうか。
宮沢:医療については個人の所得把握がきっちりできることが前提ですが、例えば70歳以上の医療費は全て後払いでよいのではないかと。つまり、後払いにしておき、亡くなった時の相続財産から優先的に回収するということです。それで払えない人はチャラにし、払える人にはきっちり払っていただくわけです。
緑川:そうすると、生前贈与してしまう人が増えないでしょうか。
宮沢:そこはきちんと手当てする必要がありますが。親の命を救うためには全財産かけてもいいと思っている人はいるわけで、そういう人にはきちんと全財産を出してもらうということです。
緑川:いずれにせよ、そのような負担の議論は必要だと思います。税金や社会保険料を安くするとか、給付とか、負担を減らすことは議論するのに、どう負担していくかということを議論しないで政治と言えるのでしょうか。
宮沢:こういう政治状況になればなおさらですよね。「ポピュリズム」と言われますが、減税をする、予算を配るということが常に議論されています。人気のない政策がますます議論されないという状況が以前よりも顕著になっていることは確かです。
小畑:経団連が昨年11月に公表した「フューチャー・デザイン2040」でお示ししましたように、応能負担の徹底の観点から、富裕層にはもう少し払ってもらってよいのではないかと考えております。そのためにはフローの所得だけではなく、資産の状況も踏まえて、負担を求める必要があるのではないかと思います。

宮沢:そのために、資産はもちろん金融所得も含めしっかり把握するということをやるべきだということは我々も言っていますし、維新あたりも言っていますよね。そこは経団連もきちんと主張する必要があるのではないでしょうか。
小畑:はい。そこが担保されないと給付の方も公平にはできませんので。
緑川:そのためにはマイナンバーを使うしかないということでしょうか。
宮沢:そうですね。アメリカのソーシャルセキュリティナンバーのような機能を持たせる必要があると思います。現実問題として、先進各国を見渡しても日本ほど何も把握できていない国はありません。
緑川:マイナンバーへの抵抗感は強く、「仕組みがありません」で終わってしまっているのが現状ですね。
小畑:先ほど申し上げた「フューチャー・デザイン2040」では、公正・公平な制度の基盤としてのマイナンバーの活用ということで、マイナンバーと所得・資産(銀行口座等)の紐づけの義務化や、マイナポータル等を活用した税・社会保障関連事務の抜本的簡素化を提言しております。
宮沢:資産や所得を把握できなければ公平な政策というのは実現できないんです。
緑川:せっかく与野党が協議する状況になっているので、これまでテーマにしづらかったことをしっかり議論して欲しいですね。

三位一体改革では“東京都問題”が今後の課題に
緑川:総選挙直後から、地方自治体の首長が相次いで103万円の壁がなくなった場合の個人住民税の減収に危惧を表明しましたが、その後急速に鎮静化したのはなぜでしょうか。
宮沢:国民民主党が選挙公約で178万円という数字とともに、いくら税金が減って手取りが増えるという試算を出した際には、間違いなく地方税も考慮されていたはずですが、それが地方財政等に与える影響についてはおそらく全く考えてなかったのではないかと思います。その後すぐに、地方税も4兆円ぐらいの減収になり、さらに国の所得税の減収に伴う交付税の減少が1兆2〜3,000億円、合計5兆円を超える金額が地方の減収分だということが分かりました。「国が補填してくれれば」という首長も一部いましたが、構造的に財政構造が変わる場合は国が補填するという話にはならないということに気が付き、それで大騒ぎになった。私との交渉で国民民主党は「地方の話は後にしましょう」と言っていましたので、地方のことは一切議論してないんですよ。
小畑:住民税の税率が一律10%ということも、地方税の減収が大きくなる原因ですね。
緑川:自治体にもよると思いますが、5兆円となれば地方にとっては影響が大きいでしょうね。
宮沢:東京都23区で2,000数百億円、横浜市で1,000億円、広島市でも300億円といった財源がいきなり消えれば、予算が組めなくなります。それで我々は国民民主党と色々話し合いをしたのですが、このまま結論を出しても本当に税制改正案の採決の時に賛成してくれるという確証を持つまでには至らない中で、まずは与党だけで案をまとめることになったわけです。与党案では、地方にとって最も大きな減収につながる住民税の基礎控除には触らず、給与所得控除のところだけいじりますということにしましたので、首長もそれならば致し方ないと。
緑川:国から地方に税源を移譲するという三位
一体改革が長年議論されていますが、今回の首長の反応を見る限り、根本的な問題は解決していないような気がします。
宮沢:「地方」という括りでいうと、全体としてはそれなりに財政は健全なんです。問題は、東京都の黒字が極めて大きくて、地方全体として見れば健全でも、東京都以外の自治体は結構厳しいということです。“東京都問題”ともいうべき構造的な問題は今後の大きな課題でしょうね。
法人税率を租税特別措置で“2段階化”
緑川:話を法人税に移したいと思います。防衛力強化のための財源としての法人税については決着ですね。
宮沢:令和5年度改正において基本的な方向性は既に決めており、開始時期など細かい議論を今回行ったわけです。防衛特別法人税率は4〜4.5%ということでしたが、低い方の4%にさせていただきました。
小畑:防衛は国民全体にかかわる重要な課題でありますので、経団連としても、法人として負担すべき応分の負担はやぶさかではないというスタンスです。
一方、今回の与党大綱では、法人税率を上げる一方でメリハリのきいた政策措置を実施していくという方針が示されております。ともすれば法人税率を財源として租税特別措置を無限定に拡大するというような話にもなりかねないということは懸念しております。租税特別措置はできるだけ抑制しようという流れにおいて、この辺りはどうバランスをとっていくのか、何かお考えはありますでしょうか。
宮沢:毎年目玉となる政策を打ち出してそれを租税特別措置の対象にするわけですが、一部の租税特別措置を除くと基本的にはどれも税額的には小粒の話なんですよね。果たして、法人税率1%・9,000億円に値するような効果のある措置が出てくるかどうか。もちろん、出てくればよいなとは思っているのですが。例えば、法人税率の2段階化みたいな話もあるのかもしれませんね。
緑川:「法人税率の2段階化」とはどのようなことでしょうか。
宮沢:要するに、政府が打ち出した政策に沿った投資や研究開発を行った企業に対する法人税率と、それをやらない企業の法人税率を変えるということです。もしやるとしても租特の範囲でということにはなると思いますが、これまでの租特とは違った方向性があってもよいのではないかというのが、これまでずっと税に関わってきた人間としての思いです。
小畑:これまでは財源の問題もあってか制度の要件や手続きが細かく、非常に使いづらいものが多かったという印象があります。メリハリを付けるということであれば、企業にとって使いやすいものにしていただけたらと思います。
緑川:わざと使えない税制にしますからね(一同笑)。
宮沢:まあ、本当に使いにくくできている税制があるのは確かです。メリハリという以上は、その辺りにも配慮していきたいと思います。

日本は最もガソリン価格が安い国の一つに
緑川:国民のみならず経団連にも関係が深いところでは、車体課税と燃料課税も大きなテーマかと思います。ガソリンの暫定税率は廃止するとのことですが、今後はどのような見通しになるのでしょうか。
宮沢:まず燃料課税の方については、少なくとも経産省や自動車メーカーは、ガソリンや軽油に対する税を下げて欲しいとはこれっぽっちも思っていません。また、少数与党になる前に、関係業界・関係省庁との間で暫定税率をいじるという話が出たこともありません。しかしながら、国民民主党との協議では、労働団体の意向もあるのか、かなり大きなテーマの1つになっています。もともと国民民主党はトリガーをやめるとか年度改正絡みの話を色々と言ってきたので、その延長線ということもあるのでしょうが、「見直す」ということと「期限は一切決めない」という形で既に合意できています。一方、車体課税については、今年で現在の制度が期限を迎えますので、今年の秋から冬にかけて議論する前にある程度議論して頭の整理をしておきたいという話が関係者からありました。その中で一定の方向付けをしますが、税収中立だけれども取得時の負担を抑えつつ、「重量」の方に少しシフトするという案を出させていただきました。我々も少数与党ですから、これから国民民主党との間でどういう議論をしていくのか分かりませんが、明らかなことは「いつまで」という縛りはまったく設けていないということです。
緑川:経団連としてはどうなんですか。
小畑:2050年カーボンニュートラルの実現、CASEの進展、新しいモビリティ社会の到来など、自動車を取り巻く大きな環境変化を踏まえながら、簡素化・負担軽減を前提に、新たな時代に適した公平・簡素な自動車税制に抜本的に見直すべきと思います。
宮沢:カーボンニュートラルという大きな目標がある中で、やはり化石燃料の価格というのは2050年に向けて上がっていくはずですし、需要と供給の関係によっても上がっていくはずです。一方で、価格が上がることによって省エネが進みます。それによって、代替燃料(alternative fuel)といったものが商業化できるようになる。2050年に向けては、そのような方向で進むのが環境との関係という観点からは正しい政策なんだろうと思います。
ヨーロッパに目を向けると、現在のガソリン価格はリッター300円近い国ばかりです。アメリカやカナダ、オーストラリアのように隣町に行くのに50キロ走らなければいけない国はヨーロッパや日本とはもともとガソリンの使用量が違うため燃料課税が低水準で、燃料価格も大変安いのですが、この10〜20年の間にヨーロッパやアジアの国がどこも燃料課税を上げていますので、いまや日本はアメリカ、カナダ、オーストラリア以外の国で最もガソリンが安い国になっています。
事業承継税制は“不公平税制”
緑川:令和7年度税制改正では、「賃上げと投資が牽引する成長型経済」への移行に対応し、それを更に発展させていくための税制改正を最重点事項にしたとのことですが、最近は経団連が「中小企業も賃上げをしてもらわないと困る」と言っているのは意外ですね。
小畑:かつての経団連はいわば“賃上げ抑制団体”というイメージがあったのではないかと思いますが、今や賃上げを奨励する団体になっております。幸い、大企業の方は年間5%といった水準で賃上げを実現できていますが、やはり世の中の大部分を占める中小企業の賃金が上がらないと、日本経済に良い循環が生まれません。
緑川:そのためには、大企業が中小企業との取引価格を上げる必要があるのではないでしょうか。
小畑:おっしゃる通りです。今年1月に経団連が発表した2025年版経労委報告では、働き手の約7割を雇用する中小企業と、雇用者数全体の4割近くを占める有期雇用等労働者の賃金引き上げ・処遇改善の重要性が一層高まっていることと、中小企業における構造的な賃金引き上げの実現に向け、中小企業自体の生産性の改善・向上に加え、サプライチェーン全体を通じた労務費を含む適正な価格転嫁の着実な推進を強調しております。
緑川:一方で、いまだに預金を過剰に持っている大企業は多いですね。プライム上場企業の中でも規模の小さい方はそういった傾向が顕著です。もっと設備投資に回すべきなのにそうならないのは、いわゆるサラリーマン経営者がP/L思考から抜け出せていない証拠ではないでしょうか。設備投資したら減価償却費が増えて、1株当たりの利益は減ります。自分の在任中は株価を維持するため、1株当たりの利益ばかり考え、さらに株価連動報酬等も考えるので、設備投資が増えない。いい加減、キャッシュフローをベースにして株価を含めた指標を見直さないと先はないと思いますね。
小畑:法人税の課税ベースも損益からキャッシュフローに転換する必要があるかもしれません。消費税はある意味それを先取りしていたとも考えられます。キャッシュフローベースでは、設備投資すれば即時償却と同じことになりますね。
緑川:そうですよね。その上で、大企業にキャッシュをため込むのではなく、新規の設備投資を促す上で、税制が果たす役割も大きくなると思いますね。
宮沢:検討してみたいと思います。もっとも、マクロで見ると中小企業の現預金もすごく増えているんですよね。
緑川:実はそういうキャッシュリッチな中小企業が使っているのが事業承継税制です。逆に言えば、キャッシュをたくさん持っているからこそ、あれを使いたいんですね。事業承継税制については適用期限を延長しないことが今回示されましたが(法人版:令和9年12月末、個人版:令和10年12月末)、個人的にはあのような明らかな不公平税制は早くやめた方が良いと思っています。
宮沢:はい、不公平税制ですよ。実質的に企業経営者だけ優遇されているわけですから。事業承継というよりは、中小企業の経営者の世代交代を促そうという意味で、“経営者の世代交代促進税制”と言った方が適切かもしれません。税制としてはかなり不公平感が強い非常識な税制だということは最初から分かっていますので、10年間だけの時限立法にしたわけです。
緑川:中小企業庁は恒久措置にしたいという意向を持っているという話も耳にしますが、どうなんでしょうか。
宮沢:それは僕のところには言ってきていないですね。
緑川:事業承継税制がなくなることによって、本来の相続税負担が生じるわけですよね。相続税という税コストと事業をどうしていくかということをダブルで考えていかないといけない。事業承継税制がなくなれば相続税を負担し切れませんから、中小企業も事前に何かしなければならなくなるはずです。業界再編成等による生産性の向上、私はそこに期待しています。
宮沢:中小企業と言っても千差万別ですが、最低賃金が1,500円になるのはそんなに先のことではないという流れが自民党の中でもできている中で、最低賃金が払えない企業は人を雇えなくなります。人を雇うためには最低賃金を払える企業に変わっていく必要があります。去年と同じ仕事をしていれば今年も同じ利益が出せるという時代はとっくに終わっています。

証券市場を歪める大企業の過剰なキャッシュ
緑川:先ほど小畑さんから「経団連は賃上げを奨励する団体になった」という話がありましたが、賃上げできないのは、やはりどこか効率が悪いからなんです。そこを改善できない企業は、いずれ“労務倒産”ということにならざるを得ないでしょうね。
宮沢:おっしゃる通りですね。人口減少社会と言われて久しいですが、逆に言うと、人口減少社会だからこそ、DXやAIを使ってかなり思い切ったことができるはずです。ある意味チャンスでもあるわけで、現在の環境を最大限、いかに利用するかに企業の将来がかかっていると思います。
緑川:そこで一つのカギを握るのは、先ほど申し上げた大企業のキャッシュだと思うんです。上場している大企業はキャッシュを持ちすぎていると投資家から増配や自社株買いを要求されますので、現預金を投資等の科目チェンジするために、どこかのファンドに投資するというケースを目にします。そのファンドから投資を受けたベンチャー企業はすぐにIPOしてしまうので大きな企業に育たない。これは証券市場にとっても間違いなくマイナスです。経団連には、中小企業に賃上げを要請する前に、この現預金の問題にもっと目を向けて欲しいですね。
小畑:スタートアップの創業者やVCがIPOにより利益を得ること自体は構わないのですが、それが目的となって、IPO後に継続的に企業価値を高める努力をしないことが問題です。あるいは、その準備が整わないのにIPOを急ぐケースもあるのではないでしょうか。
緑川:投資した資金を早く回収するために、新しい企業を育てることではなくIPOすること自体が目的になっているのが現状です。結果として、グロース市場には内需関連の企業ばかりが上場しているという状態が生じています。この悪循環を断ち切らないと、企業の成長などあり得ませんので、税制面での政策も検討していただければと思います。
宮沢:アメリカのように、巨大IT企業が将来性のあるベンチャー企業を先回りして買収してライバルを全部なくしてしまうという手法もいかがなものかと思いますが、日本で新たな企業がどんどん出てくるという流れを作ることは重要だと思いますので、検討したいと思います。
緑川:是非お願いします。宮沢先生、小畑さん、本日はありがとうございました。

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