解説記事2025年03月10日 未公開判決事例紹介 空き家特例の適用を巡る税理士損害賠償事件(2025年3月10日号・№1066)
未公開判決事例紹介
空き家特例の適用を巡る税理士損害賠償事件
東京地裁、税理士に1千万円超の損害賠償責任
本誌1063号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇原告らの相続税申告において、税理士(被告)が空き家特例の適用要件の適切な説明や助言指導を怠ったため、同特例の適用を受けることができなかったとして、原告らが不法行為等に基づく損害賠償として約1,400万円余りの損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所(新谷祐子裁判長)は令和6年9月2日、被告は、税理士として原告らに空き家特例について説明や助言指導を行う以上、委任事項に含まれていないとしても、不動産の売却が空き家特例の適用対象となるのかについて確認しておく義務があったと指摘。被告の税理士に1,000万円余りの損害賠償責任を認めた(令和5年(ワ)第2108号)。
主 文
1 被告は、原告Aに対し、509万1350円及びこれに対する令和5年3月9日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、509万1130円及びこれに対する令和5年3月9日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を除く。)は、これを7分し、その2を原告らの負担とし、その余を被告の負担とし、補助参加によって生じた費用はこれを7分し、その2を原告らの負担とし、その余を補助参加人の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告Aに対し、699万6177円及びこれに対する(主位的)令和3年9月7日から又は(予備的)令和4年12月20日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、699万5717円及びこれに対する(主位的)令和3年9月7日から又は(予備的)令和4年12月20日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告らは、原告らの母△△△△(以下、単に「母」という。)の相続税の申告を税理士である被告に委任した。本件は、原告らが、被告に対し、別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)及び同土地上の同目録記載2及び3の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)について、被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例(以下「空き家特例」という。)の適用を受けることで譲渡所得に対する所得税等を生じさせないことが可能であったにもかかわらず、被告が同特例の適用要件について原告らに対する適切な説明や助言指導を怠ったために同特例の適用を受けることができず、譲渡所得に対する所得税等の支払を余儀なくされたと主張して、主位的に不法行為に基づき、予備的に委任契約上の債務不履行に基づき、原告Aにおいては損害賠償金699万6177円(所得税及び住民税460万9600円、税理士報酬23万9250円、慰謝料100万円、弁護士費用114万7327円)、原告Bにおいては損害賠償金699万5717円(所得税及び住民税相当損害金460万9200円、税理士報酬23万9250円、慰謝料100万円、弁護士費用114万7267円)及びこれに対する相続登記の申請日の翌日である令和3年9月7日(主位的請求)又は被告に対する催告の後の日である令和4年12月20日(予備的請求)から支払済みまで民法所定の年3%の割合の遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠(特に記載のない限り、枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 原告らは、□□□□(以下、単に「父」という。)及び母の子である。父は、平成24年1月27日、死亡し、母は、令和3年1月6日、死亡した。
イ 被告は、原告らから母の相続税の申告を受任した税理士である。
(2)空き家特例(租税特別措置法35条3項)
空き家特例とは、相続又は遺贈により取得した被相続人居住用家屋又は同家屋の敷地等を売却した際、一定の要件を満たせば、譲渡所得の金額から最大3000万円までを控除することができる制度である。空き家特例の適用を受けるためには、家屋及びその敷地等の両方を相続又は遺贈により取得することが必要であり、家屋及びその敷地等のいずれか一方のみの取得の場合には同特例は適用されない。
(3)本件不動産
本件不動産は、生前、父母が居住していたものである。
本件建物は、登記上、父の名義であり、父死亡後も相続登記はされていなかった(甲5)。本件土地は、以前は借地であったが、母が、父の死後である平成24年9月1日、売買により取得し、母名義で登記されていた(甲4)。
(4)被告との面談、遺産分割協議及び相続登記
ア 原告らは、令和3年2月16日、被告の事務所において、初めて被告と面談し、同年3月5日、被告に対し、母の相続税の申告を委任した(甲1)。
イ 原告らは、令和3年9月2日、被告の事務所において、被告から紹介されたX司法書士(以下「X司法書士」という。)が作成した母の遺産分割協議書(甲6の1)及び父の遺産分割協議書(甲6の2)に署名押印し、各遺産分割協議を成立させ、同月6日、上記各遺産分割協議書に基づき、本件不動産の相続登記手続をした(甲4、甲5)。母の遺産分割協議書は、本件土地を原告らが各2分の1の割合で取得するという内容を含むものであり、父の遺産分割協議書は、本件建物を原告らが各2分の1の割合で取得するという内容を含むものであった。
ウ 原告らは、令和3年11月24日、被告の事務所において被告と面談した。
(5)本件土地の売却、所得税の申告
原告らは、令和4年1月11日、本件土地を株式会社●●●●に代金8800万円で売却した(甲7)。原告らは、令和5年3月9日、本件土地の売却に伴う譲渡所得から空き家特例に基づく控除をすることなく、所得税の申告をした(甲39)。
2 争点
(1)説明・助言指導義務違反による不法行為及び債務不履行の有無
(2)損害額及び過失相殺の成否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(説明・助言指導義務違反による不法行為及び債務不履行の有無)について
(原告らの主張)
(1)税理士は、税務に関する専門家として、顧客に対し、委任契約上の義務又は信義則上の義務として、課税リスクないし課税上の不利益を生じる可能性を説明し、税務上より適切な方法を採用するよう助言指導する義務を負うものであり、上記義務を怠ったときは顧客に対して不法行為責任及び債務不履行責任を負う。
(2)ア 被告は、原告らに対し、令和3年2月16日及び同年9月2日の打合せにおいて、原告らが本件不動産を売却した場合の譲渡所得に係る所得税について、空き家特例の要件や節税効果を具体的に説明して売却を助言し、また、上記9月2日の打合せにおいては、空き家特例が適用される3年の売却期限の起算日について調査して回答することも伝えていた。上記被告の発言を受けて、遅くとも上記9月2日の時点では、本件土地を売却する際に空き家特例の適用を受けることが原告らの重要な関心事となっていたのであり、かつ、被告は本件建物の登記名義が父のままであることを2月16日の打合せの段階から伝えられていたのであるから、被告は、原告らに対し、空き家特例の適用を受けるためには、本件土地のみならず、本件建物も併せて母から取得する必要があることを説明し助言指導すべき義務を負っていた。被告が上記義務を履行しなかったため、被告を信頼していた原告らは、空き家特例について他の税理士に相談することなく、本件建物を母からではなく父から相続する内容の遺産分割協議書を作成し、これに基づき本件建物の相続登記を行い、その結果、本件土地の売却の際、空き家特例の適用を受けることができなくなった。
被告の行為は、原告らに対する説明・助言指導義務に違反する。
イ また、仮に、被告の主張するとおり、改めて本件建物の更正登記を行うことにより空き家特例の適用を受けることができたのであれば、令和3年11月24日に行われた面談の際に、被告が、原告らに対し、本件不動産を売却しても空き家特例の適用を受けることができないと説明したことは誤りであったことになるから、上記被告の説明も説明義務違反を構成することになる。
(3)以上によれば、被告は、原告らに対し、説明・助言指導義務違反による不法行為責任及び債務不履行責任を負う。
(被告の主張)
被告は、原告らに対し、説明・助言指導義務違反による不法行為責任及び債務不履行責任を負わない。その理由は、次のとおりである。
(1)説明・助言指導義務の不存在
被告は、原告らから母の相続税の申告を受任したのみであり、遺産分割協議書の作成やこれに基づく登記申請を受任したわけではないし、本件不動産の売却に伴う譲渡所得に係る所得税の申告を受任することもなかった。
原告らは、被告に対し、本件土地を売却することを具体的に告げておらず、被告は、原告らに対し、国税庁のホームページを示して空き家特例の一般的な説明をしたにとどまり、その要件や節税効果について具体的な助言はしていない。
(2)因果関係の不存在
本件建物は、父の死亡により母が単独取得した後に、母の遺産分割協議において原告らが共同相続したというのが実態である。このような実態に沿った遺産分割協議書を作成し直すか、本件建物の更正登記手続を行うことにより、空き家特例の適用を受けることが可能であった。そうすると、仮に被告に空き家特例の適用について原告らに対する説明・助言指導義務違反があったとしても、この義務違反と原告らの主張する損害との間に因果関係はない。
(補助参加人の主張)
被告は、原告らに対し、説明・助言指導義務違反による不法行為責任及び債務不履行責任を負わない。その理由は、上記の被告の主張(1)(説明・助言指導義務の不存在)のほか、次のとおりである。
(1)説明・助言指導義務違反の不存在
仮に、令和3年9月2日の打合せにおいて被告に空き家特例の適用について原告らに対する説明・助言指導義務が生じるとしても、上記義務は期限の定めのないものである。被告は、原告らに対し、令和3年9月2日の打合せにおいて、国税庁のホームページを示して空き家特例の一般的な説明をするとともに、同年11月24日の面談で、原告らが行った遺産分割協議を前提とした場合に本件不動産を売却しても空き家特例の適用がないことについて具体的に説明することで上記義務を履行した。被告に義務の違反はない。
(2)因果関係の不存在
原告らは、被告が令和3年9月2日の打合せで原告らに対し空き家特例の説明をする前に、遺産分割協議を成立させていた。上記遺産分割協議に錯誤取消しの要件は認められず、また、これらを合意解除して改めて遺産分割協議をやり直したとしても、相続とは別の新たな処分行為により取得したものと取り扱われるため、空き家特例の適用を受けることはできない。したがって、仮に、空き家特例の適用について被告に説明・助言指導義務違反があったとしても、上記義務違反と原告らの被った損害との間に因果関係はない。
2 争点2(損害額及び過失相殺の成否)について
(原告らの主張)
原告らは、上記不法行為及び債務不履行によって、次の損害を被った。その額は、原告Aについては699万6177円を、原告Bについては699万5717円を下回らない。
(1)所得税及び住民税 原告Aにつき少なくとも460万9600円、原告Bにつき少なくとも460万9200円
(2)税理士報酬 各原告につき23万9250円
(3)慰謝料 各原告につき100万円
(4)弁護士費用 原告Aにつき114万7327円、原告Bにつき114万7267円
(被告の主張)
(1)損害額について
争う。
(2)過失相殺
原告らは、本件土地の売却に伴う譲渡所得の所得税の申告について、被告ではない別の税理士に依頼した。上記のとおり、原告らは、遺産分割協議書を作成し直し、本件建物について更正登記を行うことで、空き家特例の適用を受ける余地があったにもかかわらず、これをしなかったのであるから、原告らには過失があり、過失相殺されるべきである。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、証拠(後掲証拠のほか、甲47、甲48、乙7、原告A、原告B、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)原告らは、令和3年2月16日、母の相続に伴う税金の問題を相談するため、被告の事務所を訪問し、初めて被告と面談した。原告らは、この面談で母の遺産の内容を被告に説明した際、被告に対し、本件建物は、母の遺産ではあるものの、登記上の所有名義は父のままになっていることを伝え、さらに母の遺産の分割方法はまだ決まっていないことも伝えた。これを受けて、被告は、原告らに対し、相続税の申告について説明するとともに、「売却したときの話」、「所得税の対策」として、母が居住していた本件不動産を賃貸に出すことなく3年以内に売却した場合には譲渡所得から3000万円を控除することができる旨の説明をした。この際、被告は、「お父さまの名義がまだ不動産の方に残っているようなんですけど…」、「その名義変更から始めないと」として本件建物の名義が父にあることを気にかける発言をしていた。(以上につき、甲45、甲50)
(2)原告らは、令和3年3月5日、被告に対し、母の相続税の申告を委任した(甲1)。
(3)原告らは、令和3年7月18日、本件土地を原告らが2分の1ずつ取得した上で売却することに合意し、被告に対し、法定相続割合に基づいて遺産分割を行うことにしたことを伝えるとともに、司法書士の紹介を依頼するメール(甲21、乙2の2・3)を送った。これを受けて、被告は、原告らに対し、X司法書士を紹介した。
(4)X司法書士は、令和3年8月27日、原告らに対し、母の遺産分割協議書と父の遺産分割協議書の案文を添付した上で、母名義の本件土地と父名義の本件建物を原告らがそれぞれ2分の1の割合で取得することを説明するメール(甲40、乙6の1)を送付した。同メールは、被告にもCCとして送付されており、被告も添付されていた遺産分割協議書の案文(本件建物につき、原告らが母を経由せずに父から直接取得するもの)を確認していた(乙6の1、被告〔5頁〕)。被告は、同日、上記メールに返信するかたちで、X司法書士に対し、上記遺産分割協議書への署名押印手続を被告の事務所で行うことを了承した(甲40、乙6の2)。
被告は、同月28日、原告らに対し、見積書(甲2、甲41の2)を作成し、メール(甲41の1)で送付した。同見積書は、被告が代表を務める法人名で作成されているが、X司法書士が行う相続登記手続及び遺産分割協議書作成を見積の対象とするもので、本件建物については数次相続されることを前提に算定されている。
(5)原告Bは、令和3年9月1日、X司法書士に電話で挨拶をした際、同人に対し、原告らが本件土地を売却する意向であることを伝えた(原告B〔8頁〕)。
(6)原告らは、令和3年9月2日、被告の事務所において、被告及びX司法書士が同席して打合せをし、X司法書士が用意した母の遺産分割協議書(甲6の1)及び父の遺産分割協議書(甲6の2)にそれぞれ署名押印するとともに、X司法書士に対し、本件不動産の相続登記手続を委任した。この際、X司法書士は、原告らに対し、「本来その(父から母へ、母から原告らへの)2回に分けて相続の手続をしないといけないというところが本来のところなんですけれども、一定の方法で申請をすれば、これ1回にまとめていいよというような、そういった手続きで今回はさせていただきます。」「メリットとしては、お手続き1回で済むので士業に対する、司法書士に対する報酬も1回分でいいし、あと税金も1回分の税金でいいよと。」としてメリットを説明した上で、遺産分割協議書には不動産の売却について記載する必要がないことを説明し、併せて、売却の仲介業者としてY株式会社(以下「Y社」という。)を紹介した。
この打合せにおいて、原告Aが本件土地を売却した場合の税金について懸念を示したのを受けて、被告は、「実はですね、住宅控除がけっこう大きいのがありまして」、「3000万円までは利益は控除できるんです。」として、原告らに対し、本件不動産を賃貸せずに3年以内に売却した場合には譲渡所得から3000万円を控除することができるので税金が600万円程度お得になることや、土地の価格の上昇がそろそろ止まるので3年以内に売却するのが良いことを説明助言し、併せて、上記3年の売却期限の起算日について調査して回答することを伝えた。(以上につき、甲20)
(7)原告らは、令和3年9月6日、X司法書士を通じて、署名押印した遺産分割協議書に基づき、本件不動産の相続登記手続をした(甲4、甲5)。
(8)原告Aは、令和3年10月12日、被告から請求された相続税申告手続費用、遺産分割協議書作成料、本件不動産の相続登記手続に関する費用(X司法書士の費用を含む)を被告の預金口座に振り込んだ(甲3、甲51の2)。
(9)原告らは、令和3年11月6日、X司法書士とともにY社××××センターを訪れたところ、Y社の担当者から、土地建物につき父母それぞれから原告らに対して相続登記がされているため、空き家特例の適用を受けることができないのではないかとの疑問を示された(甲27、甲47〔7頁〕、甲48〔7頁〕)。
(10)被告は、X司法書士から上記Y社担当者の疑問を伝えられ、これを受けて、令和3年11月12日、原告らに対し、空き家特例の件で再度話がしたい旨のメール(甲26)を送付した。被告は、同月24日、被告の事務所で原告らと面談し、原告らに対し、土地建物が父母それぞれから原告らに相続登記がされているため、本件不動産を売却しても空き家特例の適用を受けることができないことを伝えた(甲31、甲33)。
(11)原告らは、令和4年1月11日、本件土地を株式会社●●●●に8800万円で売却し、同年2月21日、本件建物を取り壊した上で、同年4月21日、同社に対し、本件土地を引き渡した(甲4、甲5、甲7)。
(12)原告Aは、令和4年6月14日、被告とは別の税理士に本件土地の売却によって空き家特例の適用を受けることができるのかについて相談したものの、上記税理士から空き家特例の適用を受けるのは難しいとの回答を受けた(甲36、甲47〔9頁〕)。また、原告Aは、同年9月、S税務署とO税務署に対して、本件土地の売却が空き家特例の適用対象となるのかを照会したものの、上記各署の職員から、本件建物を母から相続したとは認められないことを理由に、本件土地の売却は空き家特例の適用対象ではないとの回答を受けた(甲47〔9頁〕)。
2 争点1(説明・助言指導義務違反による不法行為及び債務不履行の有無)について
(1)税理士は、相続税の申告を受任した際には、税務の専門家として、法令に適合した申告を行うべき義務を負うほか、委任契約上の善管注意義務ないし信義則上の義務として、依頼者の利益に配慮し、法令の許容する限りで依頼者の利益を図るべき義務を負い、このような義務を怠ったときには不法行為責任及び債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。
この点、被告及び補助参加人は、被告が負う義務は契約上の委任事項に限定される旨主張するところ、委任契約上の善管注意義務ないし信義則上の義務は原則として委任事項を対象に生じるものであって、不法行為責任を問う場合であっても、当事者間の委任関係を前提にする以上、原則として委任事項を対象にした義務を問題にすべきものということはできる。他方、委任契約において、受任者が、委任事項に関連する委任事項外の事項について委任事項外であることを明確にしたうえで最低限の回答を行うのにとどまらず、委任者に対して特段の留保を付すことなく積極的に説明、助言指導を行うのであれば、委任者の立場からすれば、専門家としての説明、助言指導であることに差異はないのであるから、委任事項外であるとはいえ、上記関連事項についても専門家としての善管注意義務及び信義則上の義務が生じるものといわざるを得ない。
(2)認定事実(6)によれば、被告は、令和3年9月2日、原告らが、X司法書士が作成した案のとおり、本件建物について父から直接取得する内容の遺産分割協議書を作成しようとしていること、かつ、原告らとX司法書士が本件土地を売却することを前提とした話を進めていることを認識した上で、原告らに対し、空き家特例について制度の一般的な紹介にとどまらず、その適用要件や節税効果について本件不動産を売却した場合に即して具体的に説明したほか、空き家特例を利用して本件不動産を売却することを積極的に勧め、空き家特例の適用要件の1つである3年の売却期限の起算日について調査した上で回答することを約したことが認められる。原告らと被告の委任契約の対象は相続税申告であるから(認定事実(2))、本件不動産の売却は委任事項外ではあるものの、被告は、上記のとおり、本件不動産売却時の空き家特例の活用について具体的に説明し、積極的に売却を勧め、一部の調査まで約していたのであって、このとき、委任事項外であることを明示して被告の説明内容を別の専門家に再度確認すべきことを告げた形跡はうかがえず、かえって、被告は、原告らに対し、X司法書士が用意した遺産分割協議書を基に相続登記の手続を進めた上で、本件土地を売却することにより、空き家特例の適用を受けられるものと誤信させたものと認められる。
上記経過を前提とすれば、被告は、専門家である税理士として原告らに空き家特例について説明や助言指導を行う以上、委任事項に含まれていないとしても、用意されていた遺産分割協議書を基に相続登記を行った場合に本件不動産の売却が空き家特例の適用対象となるのかについて確認しておく義務があったというほかない。
そして、国税庁が確定申告書に添付して提出することを求めている令和3年分用の空き家特例のチェックシート(甲9)や平成28年7月から令和3年5月までに発行された各種の税務専門誌(甲10ないし甲13)には、空き家特例の適用を受けるためには、被相続人居住用家屋及び同家屋の敷地等の両方を相続又は遺贈により取得する必要がある旨の記載があることからすれば、遅くとも同年9月2日の時点においては、このような知識は、空き家特例について説明や助言指導を行う際に税理士として当然に把握しておくべき基本的な内容になっていたものと認められるところ、税理士である被告においてこれらを調査した上、上記知識を得ることはさほど困難とはいえず、上記調査を求めることが被告に過大な義務を課すものとはいえない。
被告が上記義務を尽くした上で原告らに説明や助言指導をしていれば、令和3年9月2日の時点で、原告らに遺産分割協議の内容について再検討の機会を与えることは十分可能であったということができる。
そうすると、被告は、令和3年9月2日の打合せにおいて、原告らに対し、空き家特例について説明、助言指導をするに際し、依頼者の利益を図るための具体的な義務として、X司法書士が案文を作成した遺産分割協議書を基に相続登記手続をした場合に、本件不動産の売却が空き家特例の適用対象となるか否かを調査した上で原告らに説明や助言指導をする義務があったというべきである。
なお、遺産分割協議書の案文の作成は被告が行ったわけではないものの、認定事実(3)、(4)及び(8)のとおり、X司法書士は被告が紹介したものであり、その費用は被告が被告自身の費用と併せて受け取る関係にあった上、被告は事前に遺産分割協議書の案文の送付も受けているのであって、被告は原告らの遺産分割協議にも相応の関与をしていたといえるのであるから、遺産分割協議書の案をX司法書士が作成した事実は被告の上記義務の発生を妨げるものとはいえない。以上と異なる被告及び補助参加人の主張は、採用することができない。
(3)ア 上記のとおり、被告は、原告らに対し、空き家特例の適用について説明・助言指導義務を負っていたところ、認定事実(6)によれば、被告は、上記義務を怠り、原告らに対し、遺産分割協議の内容について再検討の機会を与えることなく、そのまま相続登記手続を進めたことにより、本件土地の売却が空き家特例の適用要件を満たさないこととなり、その結果、原告らに損害を与えたものと認められる。
イ (ア)これに対し、被告は、本件土地の売却に伴う所得税の申告にあたり、遺産分割協議書を作成し直すか、本件建物の更正登記を行うことで、空き家特例の適用を受ける余地があったと主張する。
しかしながら、認定事実(12)によれば、本件建物について母からではなく父からの相続登記がされていることを理由に、本件土地の売却が空き家特例の適用対象になることにつき複数の否定的な見解が示されている上、このような見解に沿う国税不服審判所の裁決例も存在するのであって(甲34、丙1)、本件建物の相続登記手続が終わった後に、遺産分割協議書を作成し直したり、本件建物の更正登記を行ったとしても、空き家特例の適用を受けることができたとは認められず、被告の上記主張は、採用することができない。
(イ)a 補助参加人は、被告が、原告らに対し、空き家特例の適用について説明・助言指導義務を負っていたとしても、令和3年9月2日の打合せで空き家特例の一般的な説明をするとともに、同年11月24日の面談で本件不動産を売却しても空き家特例の適用がないことについて説明したとして、上記義務違反はなかったと主張する。
しかし、上記のとおり、被告が原告らに対し負っていた説明・助言指導義務の具体的な内容は、原告らが署名押印した遺産分割協議書を基に相続登記手続をした場合に、本件不動産の売却が空き家特例の適用対象となるか否かを調査して原告らに説明や助言指導をするというものであって、被告は、原告らが本件不動産の相続手続をする前にこのような説明や助言指導を行う義務を負っていたのであり、同年11月24日の打合せ時点の説明によって被告が同義務を履行したと評価することはできない。
b また、補助参加人は、原告らが行った遺産分割協議は、令和3年9月2日に原告らに対し空き家特例の説明をする前に成立したとして、被告の説明・助言指導義務違反と原告らの被った損害との間に因果関係はないと主張する。
しかし、認定事実(1)、(4)及び(6)によれば、原告らが上記遺産分割協議を行ったのは、費用節約のメリットを説くX司法書士のアドバイスに沿ったものにすぎず、原告らは、もともと、本件建物が、母の遺産に含まれることを前提に遺産分割を行う意思を有していたのであるから、被告が令和3年9月2日に空き家特例の説明をした時点で上記の説明・助言指導義務を尽くしていれば、原告らにおいて遺産分割協議書の内容を修正し、修正された内容の相続登記手続を行うことは十分可能であり、その場合、空き家特例の適用を受けることができたといえる。
したがって、補助参加人の上記各主張は、いずれも採用することができない。
(4)以上によれば、被告は、原告らに対し、説明・助言指導義務違反による不法行為責任及び債務不履行責任を負うというべきである。
3 争点2(損害額及び過失相殺の成否)について
(1)所得税及び住民税について
空き家特例が適用された場合の譲渡所得にかかる所得税等の額と原告らが実際に負担した同所得税等の額の差額は、被告の不法行為及び債務不履行と相当因果関係のある損害であるといえるところ、証拠(甲38、甲39、甲49)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、空き家特例の適用を受けることができれば、原告Aにおいては少なくとも462万8500円(所得税348万9300円、住民税113万9200円)、原告Bにおいては少なくとも462万8300円(所得税348万9200円、住民税113万9100円)、譲渡所得に対する所得税等の課税を免れることができたものと認められる。
したがって、これらの額については、被告の不法行為と因果関係のある原告らの損害と認められる。
(2)税理士報酬について
証拠(甲1ないし甲3、甲51)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告に対し、母の相続税の申告及び父母の遺産分割協議書作成の対価として47万8500円を支払ったことが認められるものの、これらの費用は、被告の不法行為又は債務不履行がなければ支払を免れることのできた費用とはいえないから、被告の不法行為と因果関係のある損害とは認められない。
(3)慰謝料について
原告らが被告の不法行為又は債務不履行によって空き家特例の適用を受けることができなかったとしても、財産的利益の侵害であることに鑑みると、特段の事情がない限り、これをもって慰謝料を請求することはできないというべきであるところ、本件において、慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
(4)過失相殺
2(3)イ(ア)のとおり、本件不動産の相続登記後において、遺産分割協議書を作成し直し、その旨の更正登記を行ったとしても、空き家特例の適用を受けることができたとは認められないから、上記相続登記後の原告らの行動について過失を問う余地はない。上記相続登記前の原告らの行動について、原告らの過失を基礎づける具体的な事実は認めるに足りない。
(5)弁護士費用について
本件事案の内容、審理の経過、認容する請求の内容その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、被告の不法行為により原告らに生じた弁護士費用のうち、原告Aにおいては46万2850円、原告Bについては46万2830円を、相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(6)小括
以上によれば、被告は、不法行為に基づき、原告Aに対しては、509万1350円の損害賠償金及びこれに対する損害発生日である令和5年3月9日(令和4年分の所得税の申告日)以降の年3%の割合による遅延損害金の支払義務を負い、原告Bに対しては、509万1130円の損害賠償金及びこれに対する同日以降の年3%の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
第5 結論
よって、原告Aの請求は主文第1項の限度で、原告Bの請求は主文第2項の限度で、いずれも理由があるからこれらを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第7部
裁判長裁判官 新谷祐子
裁判官 齊藤 敦
裁判官 永見理保
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