解説記事2025年03月17日 ニュース特集 東京地裁、保険外交員の業務は「代理業」に該当(2025年3月17日号・№1067)
ニュース特集
個人事業税の課税を巡り注目判決
東京地裁、保険外交員の業務は「代理業」に該当
保険外交員に対する個人事業税の課税については、平成29年度から東京都がそれまでの運用を変更して課税する事案が増えたため、個人事業税の課税対象となる「代理業」に該当するか否かが裁決等で争われてきたところだが、令和7年3月4日、東京地裁(民事38部、鎌野真敬裁判長)で納税者の請求を棄却する判決が下された。
東京地裁は、商法27条に定義された「代理商」の業務の内容及び所得税法上の事業所得に関する解釈を踏まえて、「個人事業税の課税客体となる『代理業』とは自己の計算と危険において独立して反復継続的に営まれる事業であって、手数料等の報酬の収得を目的として、一定の商人のために、その平常の営業の部類に属する取引の代理又は媒介をするもの」との解釈を示した上で、原告らの行う業務は「代理業」に当たるとの判断を下した。
令和3年には、第1回口頭弁論前に東京都が税額を0円とする減額通知書を発出した事例がある(本誌903号10頁)ものの、当該事案は、個別事案として整理した方がよさそうだ。
なお、令和6年10月の都税調では法定業種の限定列挙方式そのものを廃止することも2年ぶりに提言されており、今後の動向が注目される。
東京都の平成29年度からの運用変更により不服申立てが増加
まず、保険外交員に対する個人事業税課税のこれまでの状況を振り返ってみよう。
周知のとおり、個人事業税は、個人が営む事業のうち、地方税法等で定められた事業(法定業種)に対してかかる税金であり、現在、法定業種には70の業種がある。個人で事業を営む者は、毎年3月15日までに前年中の事業の所得などを地方自治体に申告しなければならない。ただし、所得税の確定申告をした者は個人の事業税の申告をする必要はなく、所得税の申告書の「事業税に関する事項」欄に必要事項を記入すればよい。自治体側は、それに基づき税額等を計算して、納税通知書を納税者に送付する。
従来、事務所や事業所を設けて保険代理店を営む個人は、第一種事業の「代理業」として個人事業税の課税対象とされてきた一方、生命保険会社の営業職員である保険外交員の行う事業は法定業種には含まれないとの運用がなされてきた。ところが、東京都は平成29年度分から、保険外交員の行う事業も「代理業」に該当するとして個人事業税を課税するようになった。
取扱いの変更を不服とした納税者らは行政不服審査法上の審査請求を行い、平成30年度における行政不服審査会の答申件数は15件にのぼった。
裁決では、表の地方税取扱通知と東京都の個人事業税課税事務提要が引用されており、それに各事案の事実関係を当てはめる形で判断が行われている。
【表】
地方税取扱通知(道府県税関係)(第3章・第1節・第1・1の5・(2))
事業税の納税義務者である「事業を行う個人」に当たるか否かの判断基準について ・事業を行う個人とは、当該事業の収支の結果を自己に帰属せしめている個人をいうものである。 ・他の諸法規において雇傭者としての取扱いを受けているということのみの理由で直ちに法上「事業を行う者」に該当しないとはいえない。 ・その事業に従事している形態が契約によって明確に規制されているときは、雇傭関係の有無はその契約内容における事業の収支の結果が自己の負担に帰属するかどうかによって判断し、また契約の内容が上記のごとく明確でないときは、その土地の慣習、慣行等をも勘案のうえ当該事業の実態に即して判断すること。 |
東京都の事務提要
・事業とは、一般に営利又は対価の収得を目的として、自己の危険と計算において独立的に反復継続して行われる経済行為と解される。しかし、事業の意義については地方税法上特段これを定義する規定が設けられていないため、ある経済行為が事業に該当するかどうかの判断は、最終的には法意及び社会通念に照らして行うこととなる。(第3章・第1節・第1・1・(1))
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まず、収入に対する経費の内容や割合を踏まえ、保険会社から支給された報酬は、各種経費を自らの裁量判断のもとに自ら負担することによって、本件外交員業務を遂行して多額の収入を得る結果をもたらした納税者自身に帰属するものとみるべきであり、納税者は自己の危険と計算において本件外交員業務を行っているとの判断が示されている。また、事業が反復継続して行われていることからも、事務提要にいう「事業」に該当するとされた。
さらに、保険業法278条1項による登録がなされ、同法275条1項1号にいう生命保険募集人として、本件会社のために保険契約の締結の代理又は媒介を行っていることなどから、本件外交員業務は、事務提要が掲げる代理業としての要件を充たしていると判断、納税者らの請求はすべて棄却されている。
納税者実質勝訴事案は経費計上の有無が影響か
一方、東京都から審査請求を棄却され訴訟に至ったものの、第1回口頭弁論期日直前に、東京都が賦課決定の税額を0円とする個人事業税減額賦課決定通知書を発出し、実質的に納税者勝訴となった事案がある(本誌903号10頁)。
本事案では、「原告の住所を事務所等とみなして課税」した東京都に対し、納税者は「原告は、一社専属の生命保険の営業職員であり、〇〇生命保険株式会社の勤務先以外に事務所や事業所を有していないことから、地方税法第72条の2第3項に規定する個人事業税の納税義務者にはそもそも該当しない。この勤務先以外に事務所や事業所を有していないことについては、原告が平成30年の確定申告において、自宅の減価償却費を計上していないことや、水道光熱費を必要経費に計上していないことからも明らかである。」などと主張した。
個人事業税減額賦課決定通知書の異動事由欄には「課税要件の該当性を改めて見直し、課税対象外と確認したため」としか記載されておらず、他の事案と異なる結論となった理由は明らかではないが、自宅の賃料や減価償却費等を経費として計上していないという事実が影響した可能性もあろう。
地裁、商法27条「代理商」の定義と事業所得の解釈を踏まえて判断
そのような状況の中、東京地裁で同種の事案の裁判が行われた。訴訟を提起した原告ら19人は、保険業法278条1項の規定により生命保険募集人の登録を受けた者であり、X生命保険会社との間で、「専業の生命保険募集人としての仕事を行うこと」等を「任務」とし、その対価として歩合制報酬の支払を受けることを約する旨の「営業社員雇用契約」等を締結していた。
本件の争点は「代理業」(地方税法72条の2⑧二十三)の意義、具体的には、代理権を有しない者が行う取引の媒介業務が「代理業」に当たるか否か、及び使用人が行う上記業務が「代理業」に当たるか否かにある。
東京地裁はまず、「代理業」の意義について、地方税法は「代理業」の定義を特段規定していないところ、反対の解釈をすべき特段の事由がない限り、商法(同法1条)の規定と整合的に解釈することが相当との考えを示した。その上で、個人事業税に係る規定の内容や趣旨、事業税の性格等に照らし、「代理業」の意義について、商法27条の定義する「代理商」の業務の内容と異なる解釈をすべき特段の事由は見当たらないとした。
商法27条
代理商(商人のためにその平常の営業の部類に属する取引の代理又は媒介をする者で、その商人の使用人でないものをいう)
また、地方税法72条の2第8項は、第一種事業として、一定の商人のためにその平常の営業の部類に属する取引の代理又は媒介をする事業については「代理業」を、他人間の商行為の媒介をする事業については「仲立業」を掲げたものと解するのが、商法の規定と整合的であり、かつ、同項23号及び24号の各規定内容を整合的、体系的に解釈することができるものといえ、この点からしても、「代理業」の意義は上記のとおり解するのが相当であるとの考えを示した。
さらに、所得税法上の事業所得に関する解釈も踏まえて、「個人事業税の課税客体となる「代理業」とは「自己の計算と危険において独立して反復継続的に営まれる事業であって、手数料等の報酬の収得を目的として、一定の商人のために、その平常の営業の部類に属する取引の代理又は媒介をするもの」との解釈を示した。
使用人として行う業務と言えず
原告らは、「自らは代理権を有しておらず、代理権を有しない者が行う取引の媒介業務が『代理業』に当たると解することは、租税法律主義等に反し、地方税法72条の2第8項の趣旨にも反する」などと主張した。
これに対し東京地裁は、「個人事業税の課税客体となる『代理業』の文理解釈に当たって商法の総則の規定である同法27条を参酌することは、当然に許されるものと解され、みだりに地方税法72条の2第8項23号の文言を離れて解釈するものであるとはいえない」などとして、その主張を斥けた。
また、使用人が行う取引の媒介業務が「代理業」に当たるか否かについて東京地裁は、「代理業」(上記の解釈参照)に該当する場合は、商人の使用人が使用人として行う業務であるということができない、あるいは、仮に使用人として行う業務としての一面があるとしても、基本的にはその商人の事業とは独立した事業であるとの考えを示した。
その上で、本件各業務は原告らが本件生命保険会社の使用人として行っていた業務であるかについても検討したところ、原告らの事業所得の金額は、原告らが本件生命保険会社から得た収入金額から、接待交際費、給料賃金、外注工賃、事務所の賃料、業務用の車両の減価償却費等の経費の額を控除及び青色事業専従者控除の全部又は一部を適用して計算されており、その収入金額及び経費の額が、多い者でそれぞれ1億円を超えていることなどから、本件各業務はまさしく原告らにおいて自己の計算と危険において独立して反復継続的に営まれる業務であるとの判断を示した。そして、上記のような業務の実態に鑑みれば、原告らと本件生命保険会社との間の契約は、主として準委任契約としての性質を有するものと解されるのであるから、その契約の名称が「営業社員雇用契約」又は「営業社員再雇用契約」であるとしても、本件各業務について、原告らが本件生命保険会社の使用人として行う業務と認めることは困難であるとした。
以上を踏まえ、原告らが使用人であることをもって原告らの業務が「代理業」に当たらないという原告の主張を斥けている。
都税調では限定列挙方式の廃止を提言
上述のとおり本件は、保険外交員の事業が、限定列挙された法定業種である「代理業」に該当するかが争われた事案だが、東京都税制調査会では、そもそも限定列挙方式を廃止することが提言されてきた。
その背景には、IT化など時代の変化に伴い、新たに生じた事業に課税できないという問題がある。令和6年10月30日に行われた令和6年度東京都税制調査会報告では、限定列挙方式を廃止し、事業性を有する原則全ての事業を課税対象とすべきであるとの提言が2年ぶりに復活した。今後、課税対象が見直されるのか、注目される。
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