解説記事2025年06月02日 解説 改正公益通報者保護法案の概要と実務への影響(2025年6月2日号・№1076)
解説
改正公益通報者保護法案の概要と実務への影響
三浦法律事務所 弁護士 坂尾佑平
三浦法律事務所 弁護士 榮村将太
Ⅰ 改正の背景及び目的
2025年3月4日、「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」(以下「改正法案」という。)が閣議決定された。
公益通報者保護法(平成16年法律第122号)は2004年6月に制定されたが、同法が施行された2006年以降も、事業者が内部で公益通報やその他の通報を受け付け、調査をし、その是正に必要な措置をとるという、いわゆる「内部通報制度」が十分に機能せず、国民生活の安心と安全を大きく損なうような不祥事が次々と発覚するなど、多くの課題が見られた。そこで、2020年6月、公益通報者保護法が改正され(令和2年法律第51号。以下、同月に改正された法律を「現行法」という。)、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者に対して公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとる義務(以下「体制整備義務」という。)を課す、公益通報対応業務従事者(以下「従事者」という。)に刑事罰(30万円以下の罰金)付きの守秘義務を課すといった事業者にとってインパクトの大きい新制度が導入されたことは記憶に新しい。
2022年6月1日施行された現行法により一定の効果は見られたものの、2024年12月27日付け「公益通報者保護制度検討会 報告書−制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて−」(以下「検討会報告書」という。)においては、以下のような事業者の体制整備の不徹底や実効性に関する課題が指摘されている)。
・従業員数が数千人を超える事業者においても、内部通報制度が十分に機能せず、外部通報によって、国民生活の安心と安全を脅かす重大な不祥事が発覚しており、その中には、不正について内部で指摘があったものの、特段の対処をせず、是正までに時間を要した事案があったこと
・非上場の義務対象事業者の10.7%は「(従事者指定の)義務を知っているが、担当者を指名していない」と回答し、その理由について、その約半数が「上司などに情報が共有されており、特段不都合もないため」を選択しており、義務を履行する意識が低い事業者が一定程度存在すること
・内部通報制度を「導入している」と回答した事業者の30%が、内部通報窓口の年間受付件数を「0件」と回答しており、内部通報窓口の利用は限定的であると回答していること
これらの課題に加え、2019年12月にEU通報者保護指令が施行されるなど国際的な通報者保護の潮流に合わせる必要があることなどを踏まえ、検討会報告書では①事業者における体制整備義務の履行の徹底や実効性向上を図ること、②労働者等による公益通報を阻害する要因に適切に対処すること、③公益通報を理由とする不利益な取扱いを抑止し、救済措置を強化すること、④公益通報の実施状況や不利益な取扱いの実態に併せて通報主体の範囲を拡大すること等が提言された。
検討会報告書の上記提言を踏まえ、今回の改正法案の閣議決定がなされた。
Ⅱ 改正法案における主要な改正点
改正法案は検討会報告書の上記提言を踏まえ、主に事業者の責任を拡大・加重する内容となっているが、その具体的内容は多岐にわたっている。改正法案の内容のうち、特に事業者にとって影響が大きいと思われる事項は、①事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上、②公益通報者の範囲拡大(フリーランス等の追加)、③公益通報を阻害する要因への対処、及び④公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化であると考えられる。以下では、各改正点の概要について解説する。
1 事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上
第1に、改正法案には事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上に関する改正が盛り込まれている。
現行法第11条第1項には「公益通報対応業務従事者」の指定に関する条文が、同条第2項には事業者の体制整備義務(常時使用する労働者の数が301人以上の場合に限り、300人以下の事業者は努力義務)に関する条文が置かれており、行政機関(内閣総理大臣から委任を受けた消費者庁長官)による実効性担保措置として、必要があると認めた場合に事業者に対する報告徴求又は助言、指導若しくは勧告を可能とする規定が置かれていた(現行法第15条)。
しかし、上記Ⅰのとおり、現行法の課題として、内部通報制度が機能不全に陥っている事業者の存在が認められたことや事業者が従事者指定義務や体制整備義務を履行していなかった事例も見られたことから、事業者の体制整備義務を徹底させるべく、体制整備に関する規定に関して改正がなされた。
改正法案においては、事業者の体制整備の徹底及び実効性の向上を目的として、(i)従事者指定義務違反への刑事罰の追加、(ii)行政機関の監督権限及び調査権限の強化、及び(iii)労働者等に対する内部公益通報対応体制についての周知が事業者の体制整備義務の内容として明示されるといった事項が盛り込まれている。これらの規定により一層事業者の体制整備義務の徹底が求められることとなる。
(i)については、従事者指定義務に違反する事業者に対する措置として、勧告に従わない場合の命令権及び命令に違反した場合に刑事罰が新設され(改正法案第15条の2、第21条第2項第1号、第23条第1項第2号)、事業者の従事者指定義務違反への厳しい制裁が用意されることとなる。
(ii)については、事業者の体制整備の徹底を行政の監督という面から実効性を高めるべく、行政機関による事業者に対する調査権限が強化されることとなった。具体的には、行政機関による事業者に対する立入検査権限が新設されるとともに、事業者の報告懈怠・虚偽報告、検査拒否に対する刑事罰が新設された(改正法案第16条、第21条第2項第2号、第23条第1項第2号)。
(iii)については、第11条2項の事業者の体制整備の例示として「労働者等に対するその周知」という文言が追加された。この改正により、事業者は、内部公益通報対応体制の整備の一環として、労働者等に対する内部公益通報対応体制に関する周知をする必要が生じることとなる。
2 公益通報者の範囲拡大(フリーランス等の追加)
第2に、改正法案には、公益通報者の範囲を拡大する改正も盛り込まれている。現行法第2条第1項及び第2項では、労働者、派遣労働者、事業者が請負契約その他の契約に基づいて事業を行っていた場合における当該事業に従事していた労働者等、役員などが公益通報者として保護されている(退職者等は退職後1年に限定されている。)。
改正法案では、これに加えて、事業者と業務委託関係にあるフリーランス(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)第2条第2項に規定する特定受託業務従事者)及び業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスが公益通報者の範囲に含まれることとなった(改正法案第2条)。
改正法案により、フリーランス及び業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスも公益通報者として保護されることとなるため、事業者は、フリーランスに対しても、公益通報をしたことを理由とする業務委託契約の解除などといった不利益な取扱いなどをすることが禁じられることとなる。
3 公益通報を阻害する要因への対処
第3に、改正法案には、公益通報を阻害する要因への対処として、(i)事業者の公益通報を妨げる行為の禁止、(ii)公益通報者を特定することを目的とする行為の禁止及び(iii)いわゆる通報者探索の禁止の明文化に関する改正が盛り込まれている。
(i)については、事業者が、労働者等に対し、正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意を求めること等によって公益通報を妨げる行為をすることを禁止し、これに違反してなされた合意等の法律行為を無効とするという規定が新設された(改正法案第11条の2)。
(ii)については、事業者が、正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為をすることを禁止する規定が新設され(改正法案第11条の3)、いわゆる通報者探索の禁止が明文化されることとなる(脚注1)。
これらの規定は、いずれも事業者を名宛人とした禁止規定であるが、改正法案において罰則規定は置かれておらず、私法上の効果としての法律行為の無効や損害賠償請求の理由となるにとどまると考えられる。
公益通報をしない旨の合意を求めること等によって公益通報を妨げる行為に関しては、具体的な立法事実の蓄積がない中で罰則を導入することに刑事罰の謙抑性の観点から問題があるとの意見や、通報者の探索に関しては、不利益な取扱いを伴わない探索行為自体が罰則に値する反社会性の高い行為とまでは言えないことなどといった意見があったことを踏まえ(検討会報告書12頁及び13頁)、違反の効果として罰則までは定められなかった。
4 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化
第4に、改正法案では、公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済を強化する規定が盛り込まれており、(i)公益通報がなされた日又は事業者が公益通報を知った日から1年以内の公益通報者に対する解雇又は懲戒の不利益な取扱いは公益通報を理由としてされたものと推定する規定が新設され(改正法案第3条3項)、(ii)公益通報を理由として解雇又は懲戒をした者に対する刑事罰が設けられた。
(i)については、民事訴訟における推定規定である。公益通報を理由とした不利益な取扱いは禁止され、例えば公益通報をしたことを理由とした解雇は無効となるところ(現行法第3条)、事業者が、公益通報がなされた日又は事業者が公益通報を知った日から1年以内に公益通報者を解雇し、その有効性が解雇無効訴訟等で争われた場合、事業者において、解雇の理由が公益通報をしたことではないことを立証し、反証する必要が生じる。
(ii)については、公益通報を理由として解雇又は懲戒をした者に対する罰則として、直罰(行為者に対しては6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金。法人に対しては3000万円以下の罰金。)が新設された(改正法案第21条1項、第23条1項1号)。現行法では公益通報を理由とする不利益な取扱いの禁止に違反した場合は解雇又は懲戒の無効などといった効果を有するにとどめられていたが、改正法案では、行為者個人及び法人に対する刑事罰が用意されることとなる。
Ⅲ 改正が見送られた論点
検討会報告書において制度の見直しが議論されたものの、改正法案の内容に含まれていない論点も存在する。
例えば、現行法において、公益通報のために必要な資料収集・持出し行為が事業者による不利益な取扱いの理由となるおそれがあり、そのことが公益通報を躊躇する要因になっているとの指摘もあったことから、公益通報者の資料収集・持出し行為が免責されるよう規定を設けるべきではないかという論点が検討会で議論されていたが、今回の改正案では当該論点に関する改正は見送られた。その背景には、企業としては機密等の漏えいが起こった段階で何らかの対応をしなければならないが、漏えいの発生段階で真に公益通報目的の行為かどうかを判断することは非常に難しいといった意見が存在した(検討会報告書14頁~16頁)。
また、濫用的通報者への対応を明文化すべきではないかという論点についても、通報内容が虚偽であると知りながら行う通報などに対しては現行の法律(偽計業務妨害(刑法第233条後段)等)で対処可能であるといった意見を踏まえ(検討会報告書17頁~18頁)、当該論点に関する改正は見送られた。
Ⅳ 予想される実務への影響及び事業者がとるべき対応
改正法案附則第1条によれば、改正法案は公布の日から1年6月以内で政令で定める日に施行するとされており、事業者としては改正法案の施行に向けた準備を進める必要がある(なお、本稿執筆時点において、改正法案は衆議院本会議で可決され、参議院で審議中である。)。
以下では、今回の改正により予想される実務への影響と事業者がとるべき対応について解説する。
1 現行法及び法定指針への対応状況の見直し
改正法案の内容は、事業者の体制整備義務を拡大・加重する内容になっているが、現行法で求められている体制整備義務を緩和する内容にはなっていない。そのため、大前提として、事業者としては、現行法において求められている体制整備義務が適切に履践されているかを法定指針及び「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(以下「指針の解説」という。)を参照しながら検証する必要がある。かかる検証は、内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置として法定指針で求められている「内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検」(法定指針第4の3(3)ロ)の一環として行うことも一案である。
また、従事者指定義務についても、運用上従事者指定の抜け漏れがないか、改めて自社の体制を見直すことは有用である。
改正法案が施行された以降は、刑事罰のリスクが発生し得るところ、改正法案の閣議決定がなされたことをきっかけとして、事業者としては、大前提として現行法及び法定指針への対応状況を検証し、抜け漏れがある場合には早急に見直し・是正を図る必要がある。
2 改正法案及び関連する法定指針等の改定内容の把握
第2に、事業者は、プロアクティブに改正法案の内容及び今後改定が見込まれる法定指針及び指針の解説の改定内容を的確に把握する必要がある。今回の改正で事業者に対する調査権限が強化された(脚注2)ことにより、従前は多いとはいえなかった是正指導(脚注3)が活発化される可能性もあり得る。
そのため、改正法案の施行以降に準備や社内での周知を図るのでは遅きに失する事態になりかねない。
法定指針及び指針の解説の改定内容を踏まえ、改正法案の施行日前に余裕をもって内部通報規程の改訂作業を行うことが望ましい。とりわけ刑事罰のリスクがある事項については万全な準備をすべきである。
3 施行を見据えた教育・周知内容の見直し
第3に、施行を見据えた従業員への教育内容の見直し、及び内部公益通報受付体制の周知内容の見直しを行うことが考えられる。本稿で繰り返し述べているとおり、改正法案は事業者の義務を拡大・加重するものである。
公益通報を理由とする不利益な取扱いの禁止をはじめとする公益通報者保護法の内容は、従事者だけが認識していればよいわけではなく、全ての役員及び従業員がきちんと基礎知識を習得しておくことが重要である。全社的な遵法意識がより一層求められる改正法案に適切に対応するためには、全役員及び従業員を対象として、改正法案を含む公益通報者保護法及び自社の内部通報制度に関する教育・周知を徹底する必要がある。
また、改正法案では、体制整備の例示として「労働者等に対するその周知」という文言が追加されたため、遅くとも改正法案の施行日までには、具体的な周知方法の検討及び準備をしておく必要がある。
Ⅴ まとめ
以上のとおり、改正法案の内容は多岐にわたり、刑事罰の新設といった事業者にとって大きな影響があり得る改正も存在する。
事業者としては、改正法案の内容を把握することは当然として、今後の法定指針及び指針の解説の改訂について注視することで、改正法案の施行直前に慌てて体制整備の見直しや内部通報規程等の改訂に追われるなど対応が後手に回ることなく、改正法案の施行を見越した余裕を持った対応をすることが望ましいと考えられる。
本稿がそのための一助になれば幸いである。
脚注
1 現行法においても、事業者は、「事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる」ことが求められている(令和3年8月20日内閣府告示第118号 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下「法定指針」という。)第4の2(2))。
2 事業者は「記録の保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置」をとる必要があり、「内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管する」必要がある(法定指針第4の3(3))。事業者は、行政庁による調査の有無にかかわらず記録の保管を適切に行う必要があるが、とりわけ行政庁による立入検査などの調査が可能となる改正法案の施行以降は、調査に適切に対応できるよう、記録の保管体制を徹底する必要がある。
3 消費者庁の発表によると、公益通報者保護法第15条に基づく是正指導(助言、指導及び勧告)の件数は、2022年度で0件、2023年度で24件、2024年度で6件であった。
坂尾佑平 (さかお ゆうへい)
2011年 東京大学法科大学院修了。2012年 弁護士登録。公認不正検査士(CFE)資格取得。2018年 University of Pennsylvania Law School(LL.M. with Wharton Business & Law Certificate)修了。2019年 ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所(2012年~2021年)を経て、現在、三浦法律事務所パートナー。最近の論文として、「続・内部通報制度のリノベーション・デザイン −『公益通報者保護制度検討会報告書』を契機として−」(Disclosure&IR 2025年2月号(Vol.32))など。
榮村将太 (えいむら しょうた)
2020年 早稲田大学法学部卒業。2022年 弁護士登録。西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(2022年~2024年8月)を経て、現在、三浦法律事務所アソシエイト。最近の論文として、【連載】Legal Update「第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向」(BUSINESS LAWYERS(2024年10月10日))など。
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