解説記事2025年10月20日 最新判決研究 相続開始直前に多額増資により取得した株式に係る評価通達6項の適用(2025年10月20日号・№1095)
最新判決研究
相続開始直前に多額増資により取得した株式に係る評価通達6項の適用
東京高裁令和7年6月19日判決(令和7年(行コ)第51号)
東京地裁令和7年1月17日判決(令和4年(行ウ)第100号)
筑波大学名誉教授・弁護士・税理士 品川芳宣
一、事実
(1)X1(甲の長男)~X7(原告、被控訴人以下「Xら」という。)は、平成25年10月14日(以下「本件相続開始時」という。)死亡した甲の相続人等であるが、甲から相続又は遺贈により取得した株式会社T(以下「T社」という。)の株式(101万7856株、以下「本件株式」という。)を財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)179(3)ただし書に定める方法(以下「併用方式」という。)により1株当たり1853円と評価し、上記相続又は遺贈に係る相続税(以下「本件相続税」という。)を平成26年8月13日に申告(以下「本件各申告」という。)した。次いで、Xらは、平成29年1月19日、本件相続税につき、本件株式の価額を評価通達189−3ただし書の定めにより1株当たり2263円として修正申告(以下「本件各修正申告」という。)をした。しかし、Xらは、平成29年12月8日、本件株式の価額は併用方式により1株当たり1853円であるとする更正の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をした。
これに対し、所轄税務署長は、平成30年2月23日、Xらに対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分をし、次いで、同年9月7日、評価通達6を適用し、本件株式の価額を評価通達185が定める純資産価額で評価して1株当たり3443円とする更正(以下「本件各更正」という。)等をした。Xらは、本件各更正等を不服として、令和4年2月28日、国(被告、控訴人)に対し、当該処分の取消しを求めて、本訴を提起した。そして、一審判決においてXらが勝訴したため、国が原判決の取消しを求めて控訴した。
(2)T社は、本件相続開始当時、投資業、有価証券の保有等を目的としていたが、平成25年7月、S証券会社の説明に基づき、平成25年8月9日、臨時株主総会を開催し、次のことを決議(以下「本件決議」という。)した。
① 平成25年9月30日に普通株式1株につき40円(総額1836万円)を配当(以下「本件配当」という。)すること。
② 普通株式90万5440株を発行(以下「本件新株発行」という。)することとし、払込金額を36億2万円余(1株当たり3976円)、払込期日を平成25年8月9日、引受人を全額甲とすること。
甲は、平成25年4月18日から同年5月9日までの間、所有していた上場株式を売却し、当該売却代金37億5529万円余を同人の普通預金口座に入金していたが、同年8月9日、本件新株発行に係る株式を引き受け(以下「本件出資」という。)、当該金額を払い込んだ。
そして、T社は、平成24年9月期末において、帳簿価額13億2347万円余の投資有価証券を有し、貸借対照表における資産合計14億8405万円余の約89.2%を投資有価証券が占めていたが、本件出資後の平成25年9月期末においては、貸借対照表における資産合計50億401万円余のうち、上記投資有価証券の占める割合は約26.1%となった。
二、争点及び当事者の主張
1 争点
本件の争点は、次のとおりである。
① 本件各更正に係る本件株式の価額が客観的交換価値を上回り、本件各更正が相続税法22条に違反するか。
② 本件株式の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが平等原則に違反するか。
2 国の主張
(1)本件株式を評価通達185に定める純資産価額方式により評価した場合の価額は1株当たり3443円となり、S監査法人の平成28年7月7日付けの「株式価値算定報告書」(以下「本件報告書」という。)により評価した場合の価額は1株当たり3488円となる。これらの価額は、甲がT社から第三者割当を受けた際の払込価額である1株当たり3536.875円及びXらがT社に対して本件株式を譲渡した際の価額である1株当たり3736円をいずれも下回る価額であることからも、上記価額はいずれも客観的な交換価値としての時価を上回らないというべきである(争点1)。
(2)本件において、軽減される納付すべき相続税の合計額は9億7000万円超と極めて多額である上、軽減の割合も約48.1パーセントに及んでいるから、評価通達の定める画一的な評価方法によるとXらの相続税の負担が著しく軽減されると評価すべきである。X1は、本件相続の開始の2か月前の時期に、S証券会社との間で本件相続税の軽減を目的とした相談を行い、その相談結果に基づき、Xらは、甲の保有する現預金を、相続税の課税価格が圧縮される本件株式に転化させるとともに、本件配当を行うことにより、本件株式について、評価通達に定める方法により評価した場合の価額が最も低くなるよう企図し、本件相続の後には、所得税の負担を免れつつ本件株式を現預金に復元することを計画した(争点2)。
3 Xらの主張
(1)本件株式は非上場株式であり、本件相続開始時のT社の株主は、既存の株主2名に加え相続により株式を取得した者6名、計8名がそれぞれ10ないし20パーセント前後を保有する状況にあったから、本件株式の価額を評価するに当たっては、非流動性ディスカウント及びマイノリティ・ディスカウントが行われるべきであった(争点1)。
(2)国が主張する本件株式の時価を前提としても、Xらが納付すべき相続税額の軽減割合は5割未満にしかならないから、納税者一般の素朴な公平感覚に照らし、租税負担の著しい軽減があるとはいえない。甲及びX1は、平成22ないし23年に甲が創業したS社の経営支配権争いに巻き込まれた経験から、S社の経営支配権を維持するために、S社創業家の資産管理会社であるT社において資金をプールすることとし、T社において新株発行をし、甲の出資により調達した資金を用いて流動性の高い資産を運用すること等を構想・計画していたことから、S証券会社に赴き上記構想・計画の仕上げの相談を行ったが、その時に初めて大きな租税軽減効果があることを知らされた。その意味で、租税軽減効果の認識と上記構想・計画との間に因果関係はない(争点2)。
三、一審判決要旨
請求認容。
(1)評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決・民集76巻4号411頁(以下「令和4年最判」という。)。
(2)本件株式の価額を併用方式により評価することを前提にすると、本件新株発行等により、本件相続に係る課税価格の合計額及び相続税の総額は、相当程度減少することとなるが、課税価格の合計額は21億2513万円余、相続税の総額は8億8156万円余となお相当高額に及んでおり、それらの減少の割合も5割未満にとどまるものであって、相続税法18条による加算等をした後の納付すべき相続税額は、合計10億5641万円余に及ぶ。また、上記の減少は、評価通達が、小会社の株式の価額について、納税義務者による純資産価額方式と併用方式の選択を認めていることにもよるものであり、必ずしも本件新株発行等のみによるものではない。そうすると、本件新株発行等により、Xらの相続税の負担が著しく軽減されるものであると評価することは困難である。
以上によれば、本件において、本件株式の価額を評価通達の定める方法により評価することが、本件新株発行等のような行為をせず、又はすることのできない他の納税者とXらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するということはできない。したがって、本件株式の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、租税法上の一般原則としての平等原則に違反するといわざるを得ない。
四、控訴審判決要旨
原判決取消し(請求棄却)
1 争点1(本件株式の価額)
(1)相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである(令和4年最判参照)。
そこで検討すると、本件各更正価額は、①純資産価額方式による評価額(1株当たり3443円)及び②本件報告書における評価額(1株当たり3488円)のうち、より評価額が低い上記①の評価額を採用したものである。上記①及び②の各評価額の算定方法に不合理な点は認められないところ、上記①及び②の各評価額が近似していることは、各評価額の合理性を裏付けるものというべきである。
また、T社が平成25年8月9日に本件新株発行をした際の甲の払込価額は1株当たり3976円であり、X1を除くXらが平成29年にT社に対して本件株式の全部又は一部を譲渡した際の譲渡額は1株当たり3736円であって、これらの事例からみた本件株式の実際の取引価額が上記①及び②の各評価額を上回っていることは、上記①及び②の各評価額の合理性を裏付けるものといえる。
(2)Xらは、上記②の本件報告書における評価額が、非流動性ディスカウントやマイノリティ・ディスカウントをしていない点で、不合理である旨主張する。しかし、①T社の株主は、本件相続の前後を通じてXら及びその親族であるから、T社において資産の売却等により資産を換金することが可能であること、②T社の主要資産は、現金、預金、投資有価証券等の流動性の高い金融資産から構成されているのであるから、本件株式を換金する際に追加的なコストがかかることは想定されないことなどに照らすと、本件株式の価額を評価するに当たり、非流動性ディスカウントをすべきものとはいえない。
2 争点2(平等原則違反の有無)
(1)租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である(令和4年最判)。
(2)国は、本件において、課税庁が、Xらの相続財産の価額について評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとしたとしても、上記の平等原則に違反しない旨を主張する。
そこで検討すると、原判決の事実関係の下において、本件新株発行等を前提として評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は、21億2513万円余、納付すべき相続税額の合計額は、相続税法18条による加算額と合わせて10億5641万円余となる。
他方、本件新株発行等をしなかった場合には、課税価格の合計額は、38億3398万円余、納付すべき相続税額の合計額は、相続税法18条による加算額と合わせて20億3513万円余となる。
そうであれば、本件新株発行等がされたことにより、評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は、17億0885万円余軽減(軽減割合は約44.6%)されることとなり、納付すべき相続税額の合計額は、9億7872万円余軽減(軽減割合は約48.1%)されることとなる。上記認定の軽減される相続税の額、割合等を総合的に考慮して判断すると、Xらの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。
(3)証拠によれば、X1は、本件相続開始の約3か月前である平成25年7月12日、S証券会社を訪れ、もうすぐ90歳になる甲が株式売却により約40億円の預金を有しているとして、甲に係る相続税の節税対策の相談をし、同月19日には、X1の自宅を訪れたS証券会社の担当者に対し、①節税したい、②子世代よりは孫やX1の妻に相続又は贈与したいとの基本的な希望を表明し、担当者がT社を活用した節税対策を説明したのに対して強い関心を示し、同月29日には、S証券会社を再訪し、担当者から、同社が作成した資料に基づき、T社に対して20億円又は40億円の増資を行った場合には、相続税額が概算で約16億円又は10億円となる旨の説明を受け、その後も、T社が「株式保有特定会社」(評価通達189(2))及び「比準要素数1の会社」(評価通達189(1))に該当しないための方策を含め、本件新株発行等を用いた相続税減税スキーム及び相続における相続人による本件株式の現金化について、担当者と電話や電子メールを通じて連日のように協議を重ね、同年8月9日に同スキームを実行した事実が認められる。本件新株発行等に至る上記認定の経過によれば、X1が、本件新株発行等が近い将来発生することが予想される甲からの相続においてXらの相続税の負担を減じさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件新株発行等を行ったことは明らかというべきである。
そして、証拠及び弁論の全趣旨によれば、X1を除くXらは、甲に係る相続税対策をX1に任せていたものと認められるから、本件新株発行等は、X1を除くXらの少なくとも黙示的な承諾の下で行われたものというべきであり、Xらは、租税負担の軽減をも意図して本件新株発行等を行ったといえる。
これに対し、Xらは、本件新株発行等は、S社の経営支配権を維持するために、S社創業家の資産管理会社であるT社において資金をプールすること等を構想・計画して行われたもので、租税回避を主な目的とするものではないと主張する。
しかし、X1とS証券会社の担当者との間の相談内容を占めているのは、甲に係る相続税の節税対策がほとんどであって、その中には、S社の経営支配権を維持するためにT社において資金をプールするなどという計画の存在は見受けられない一方、相続における相続人による本件株式の現金化の方策が含まれているから、Xらの主張は採用できない。仮に、X1が内心においてそのような計画を有していたとしても、そのことは、Xらが租税負担の軽減をも意図して本件新株発行等を行ったとの判断を左右するものではない。
(4)以上によれば、本件においては、Xらの相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件新株発行等のような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と甲らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるということができる。
したがって、本件において、Xらの相続税の課税価格に算入される財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることには、合理的理由があると認められるから、それが租税法の一般原則としての平等原則に違反するということはできない。
五、解説
はじめに
評価通達6を適用した課税処分の効力については、令和4年最判が、最高裁判所としては初めて当該課税処分の適法性を認めた時は、今後評価通達6を適用した課税処分が積極的に行われるのではないかということで、納税者側に緊張が走った。ところが、その後、東京地裁令和6年1月18日判決(令和3年(行ウ)第22号)及び東京高裁令和6年8月28日判決(令和6年(行コ)第36号(以下「東京令和6年判決」という。))が、M&Aの交渉最中に当該株式の売主側に相続が発生した場合に、当該交渉において予定されていた売却価額を基に評価通達6を適用した課税処分を取り消したため、納税者側も安堵することになった。それに加え、本件の一審判決も、前述のように、評価通達6を適用した課税処分を取り消したため、むしろ、国税庁側が戸惑っているのではないかと推測された。
ところが、本件の控訴審判決が、一転して、本件各更正を適法と認めたため、評価通達6の適用のあり方に新たな問題点を提供することとなり、今後、国税庁と納税者側の論争が一層深まるものと見込まれる。また、本件の一審判決は、本件各更正が平等原則に反するということで当該各処分を取り消したため、本件株式の価額如何が一審判決で審理されることもなかったが、控訴審においては、改めて当該価額のあり方が問題とされた。
また、令和4年最判が、「評価通達は、〈略〉上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指摘するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。」と判示し、税務通達の法的性格を軽視したため、それが本件各判決を含め後継の裁判例及び当該各裁判例を評釈する論者の見解に影響を及ぼしているところでもある。この問題は、評価通達6に基づいた本件各更正が平等原則違反に問われること自体税務通達の法的性格を反映したものであるから、その問題を理解するためにも税務通達の法的性格を一層理解しておく必要があるはずである。
1 非上場株式の「時価」
(1)相続税法22条は、「……相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、……による。」と定めている。そして、この場合の「時価」については、一般に、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」すなわち客観的交換価額又は客観的交換価値であると解されている。このような解釈については、所得税法上の「その時の価額」(所法59)や法人税法上の「時における価額」(法法22の2④)の解釈と共通している。また、このような財産の客観的交換価額の評価方法としては、特に、非上場株式については、①収益方式、②純資産方式及び③比準方式がある(注1)。
(2)前述のような「時価」の解釈についての一般論はともかくとして、相続税及び贈与税の課税実務では、専ら、評価通達の定めによって評価されている。すなわち、評価通達1(2)は、「時価とは、〈略〉不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」と定め、評価通達2以下において具体的な評価方法を定めている。
すなわち、非上場株式については「取引相場のない株式」として区分し(評基168(3))、評価会社を「大会社」、「中会社」及び「小会社」に区分し(評基178)、それぞれの評価会社と株主構成に応じて、当該株式を「類似業種比準方式」、「純資産価額方式」若しくは「配当還元方式」又はそれらの折衷方式によって評価することにしている(評基179、188、188−2等)。
このような評価会社の区分と評価方法については、相応の理念があったのであるが、中小企業の事業承継税制の代替措置として類似業種比準方式を中心に評価方法の緩和が求められてきている。国税庁もそれに対応してきた(注2)。そのため、会計検査院の令和6年11月に公表した「令和5年度決算検査報告」によると、類似業種比準方式を用いた場合の1株当たりの評価額が純資産価額方式を用いた場合の1株当たりの評価額の概ね27%にとどまっているという。また、同報告書は、配当還元方式についても批判している(注3)。このような指摘は、巷間、純資産価額を10とすると、類似業種比準価額は2~3、配当還元価額は0.5程度と言われているので、数値的には妥当であると考えられる(注4)。
2 税務通達の法的性格
(1)税務通達の法的根拠は、国家行政組織法14条2項にある。同項は、「各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令又は示達をするため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる。」と定めている。すなわち、国税庁長官が発する税務通達は、国税庁内部の職務命令として発出されるものであるから、当然、税務署長等は遵守義務を負うことになる(国家公務員法98①)。そして、当該命令に違反した場合には、懲戒処分の対象にもなる(同法82)。したがって、税務通達は、税務職員に対しては厳しい法的拘束力を有することになる。
しかし、税務通達は、租税法律主義における法の存在形式である法源には該当しないから、納税者が、税務通達に法的に拘束されることはない。もっとも、それは、講学上の問題であって、納税者は、実務的には、税務通達に拘束され、あるいは依存することになる。すなわち、納税者は、税務通達が税務署長に対する強制力があるが故に、税務通達の取扱いに反した納税申告を行えばそれを否認する課税処分を受けるが故に、間接的拘束を受けることになる。また、納税者は、税務通達の取扱いが便宜で有利なことがあるので、それに依存することになる。更に、税理士が税務通達の取扱いを無視して納税申告等の代理を行い納税者に損害を与えると、当該税理士が専門家責任を怠ったということで損害賠償の責務を負うことになる。したがって、納税者にとっても、実質的に税務通達の取扱いに拘束されることとなり、税務通達の存在なくして、租税法律主義が保障する予測可能性も適わないことになる(注5)。
(2)前述のように、税務通達が税務署長等を厳しく拘束するが故に、税務通達の取扱いに反する課税処分が行われることは考え難いところであるが、争訟上、税務通達の取扱いに反した課税処分の効力がしばしば問題になることがある。税務通達の取扱いに反した課税処分の効力については、本件等で問題になっている平等原則違反のほか、信義則違反、適正手続原則違反、行政先例法違反等が問題となる(注6)。
この中で平等原則違反については、税務通達の中には、法律が定めた課税要件を緩めたいわゆる緩和通達が存するところ、納税者Aには当該緩和通達を適用し、納税者Bに対しては法律が定めたとおりに課税処分をしたような場合に問題となる。例えば、所得税法36条は、所得金額の計算において経済的な利益の価額を収入金額に含める旨定めているところ、所得税基本通達36−21以下において、「課税しない経済的利益」と題し、数多くの経済的な利益について課税しないこととしている。この場合、納税者Aに対しては、上記の取扱い通達を適用し、納税者Bに対しては、所得税法36条の定めるところにより課税すれば、租税法律主義上の合法性の原則に適合するにしても、平等原則違反に問われることになろう。
3 評価通達の特殊性と同通達6
(1)評価通達も、税務通達の法的性格を継承していることには変りはないが、更に、特別の性格を有している。すなわち、前記1で述べたように、評価通達は、相続税の特質に鑑み、相続税法上の「時価」の解釈のために一つの基本通達として存在し、かつ、各財産の具体的な評価方法(評価額)を定めているところである。このように定められた評価額は、当該相続財産等の課税時期前に予め定めておくが故に「標準価額」にほかならない。そのことは、宅地の評価における路線価方式(評基通13、14)を定める評価基準制度に代表される(注7)。このような評価基準制度の問題は、当該評価額が「標準価額」であるが故に、各納税者が実際に課税時期において取得した財産の「時価」(客観的交換価値)と乖離することがあり得ることである。例えば、路線価方式による評価額は、その年の1月1日現在の「時価」を定め、その1年間適用するのであるが、その1年間に時価が変動したら、各課税時期における「時価」と乖離することになる。その乖離が、租税法律主義上の合法性の原則(注8)において許容されないようであれば、何らかの措置が必要になるはずである。
(2)そのため、評価通達の中にも、特定の取引等により取得した財産の価額については、客観的交換価値が反映されるような個別の評価方法(評価額)による旨の個別的限定条項(評基通169(2)、185かっこ書等)を設けており(本件に関しては、189以下に定める特定の評価会社の株式の評価についてである。)、それで対処できないものについて、包括的限定条項を設けている。すなわち、包括的限定条項である評価通達6は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めている。このような規定については、合法性の原則の要請とはいえ、納税者側からすると、予測可能性や法的安定性が害されることになり、特定の納税者に適用されるが故に平等原則違反も惹起されることになる。そのため、評価通達6の廃止論も聞かれることになる。
しかしながら、評価通達における評価基準(標準価額)制度と評価通達6は、前述のように、相続税法の執行においてセットとして定められているものであるから、評価通達6のみを廃止すべきとする見解には首肯し難いことになる。また、評価基準(標準価額)制度は、路線価方式一つとっても、納税者にも多大な便宜を与えており、評価通達が定める取引相場のない株式の評価方法は、所得税法及び法人税法の解釈にも準用されている(所基通59−6、法基通9−1−14等)。よってそれらの便宜性をそのままにして、評価通達6のみを廃止すべきとするのは、評価通達の存在それ自体を理解していないことになる。
なお、評価通達6の存在は、合法性の原則から要請されるものであるから、必ずしも租税回避防止のためにのみ設けられているわけではない。更に、例えば、標準価額である路線価が客観的交換価値を上回った場合には、納税者を救済するためにも評価通達6が必要とされることに留意を要する。
(3)前述したように、評価通達の存在が評価基準(標準価額)制度の下で必要な措置であるにしても、その適用は、納税者側の予測可能性と法的安定性に支障を及ぼすことにもなる。そのため、その適用については、合理的な適用要件が明らかにされていることが望ましい。この点、評価通達6は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定め、「著しく不適当」という実体要件と「国税庁長官の指示」という手続要件を定めている。本稿では、この実体要件について、論じることとし、手続要件については他稿に譲ることとする(注9)。
この実体要件たる適用要件に関し、専門誌の令和5年末の情報によると、国税庁は、評価通達6の適用のあり方について、各国税局に対する事務運営指針や記者会見等を通じて、次のような三つの基準を総合的に判断するものとしている(注10)。
① 評価通達に定められた評価方法以外に他の合理的な評価方法(不動産鑑定士による不動産鑑定評価や非上場株式の場合は専門家による企業価値評価など)が存在するか。
② 評価通達に定められた評価方法による評価額と他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離が存在するか。
③ 課税価格に算入される財産の価額が、客観的交換価値としての時価を上回らないとしても、評価通達の定めによって評価した価額と異なる価額とすることについて合理的な理由があるか(評価通達の定めによって画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるか)。
このような適用基準については、幾つかの問題点を指摘できる。まず、①の要件については、過去に評価通達6が適用されるような財産については、合理的な評価方法が存在しないことはないはずである。そもそも、相続税法基本通達11の2−1は、「法に規定する「財産」とは、金銭に見積ることができる経済的価値のあるすべてのもの」と定めているところ、「金銭に見積ることができる」とは、すなわち「評価することができる」又は「売買価額が成立する」ことを意味しているはずである。特に、今まで評価通達6が適用された事案については、課税時期前後に当該財産について売買価額等が成立していたはずであり、当該「売買価額」は、原則として、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額」すなわち客観的交換価値(「時価」)にほかならないはずである。そうすると、①の要件はあえて挙げる必要はないことになる。
また、②の評価通達が画一的に定める評価額と客観的交換価値との間に「著しい乖離」が存在することは必須の要件ではあるが、当該「著しい乖離」に関係(利用)した取引の存在も必要と考えるべきである。
次の③の要件については、最高裁令和4年判決の判示の要点を引用した形になっているが、問題は、「実質的な租税負担の公平に反するというべきという事情」をどのように判定すべきか(それが適用要件になるはずである。)ということであるから、十分な要件にはなっていないものと考えられる。
(4)そこで、筆者は、評価通達6の実体要件としての適用要件については、何度か提案してきたが、それらを若干修正したうえで次の3点に取りまとめて論じることにしている(注11)。
① 評価通達上の評価額(標準価額)と「時価」(客観的交換価値)との間に相当大幅な乖離があること。
② 当該乖離に関した(利用した)取引が行われ、当該取引をしなかった場合に比し、多額な税負担が軽減していること。又は、当該取引により評価通達上の評価額(標準価額)を大幅に上回る客観的交換価値に相当する利益が確実に見込まれること。
③ ②の取引と②の税負担の軽減(又は客観的交換価値の実現)との間に相当因果関係があること(当該取引と税負担の軽減等の間は3~4年程度(長くて5年)が相当と考えられる。)。
以上の要件のうち、①については、評価通達6適用の必須条件であるが、これのみをもって同項を適用できるわけではない。仮にこの条件だけで同項を適用できるとすると、評価基準制度は崩壊する。
②については、評価通達6適用上最も重要な条件であると考えられる。この場合、「当該乖離に関した(利用した)取引」については、前掲の令和4年最判の事案のように、相続税の負担を意図的に軽減させるような取引もあろうし、東京高裁昭和56年1月28日判決(行裁例集32巻1号106頁)(注12)のように、当該取引によって客観的交換価値の実現が確実に見込まれる事案もあるはずである。これらの場合、とかく令和4年最判のような租税回避的事案のみが重視されるが、それだけでは評価通達6の存在意義から首肯し難いことになる。けだし、評価通達それ自体は、相続税法上の「時価」の解釈・執行のためのものであり、その一部である同通達6も同じであり、決して租税回避の否認規定ではないはずであるからである。
③の「相当因果関係」については、一つは、評価通達6適用における当該取引の時間的射程範囲を明確にしておく必要があるからである。仮に、例え相続税対策とはいえ10年前に不動産を取得しているような場合に、①及び②の要件を充足しているからといって評価通達6を適用するのは、当該取得が他の目的も兼ねている場合もあるので適切とは言えないはずである。この時間的射程範囲については、かつては、「3年」とされていたが、それは、主として、高金利時代において銀行から借金して不動産等を取得して節税するには「3年程度」が限界であると考えられていたからである。現在のような低金利時代においては、その「3年」を弾力的にするにせよ、評価基準制度の趣旨に照らし、5年が限度であると考えられる。
4 令和4年最判と本件各判決との関係
(1)評価通達6の適用(考え方)が法廷で問題とされたのは、前掲東京高裁昭和56年1月28日判決であり、その後下級審では、一部の判決(注13)を除き、評価通達6を適用した課税処分について「特別の事情」を認めて適法と認めてきた(注14)。そして、令和4年最判において、最高裁判決として初めて評価通達6を適用した課税処分を適法と認めたのであるが、その論理が従前の下級審とはやや異にしている。
すなわち、令和4年最判は、まず、評価通達の法的性格につき、次のように判示している。
「評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。」
次いで、同判決は、次のように判示して、相続開始前に借入金によって多額な不動産を取得した事案につき、画一的評価によらないとする「合理的な理由」がある旨判示した。
「国税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、〈中略〉平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
〈中略〉
そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入、借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」
(2)本件においては、前述のように、本件の相続開始前に、甲及びXらが主宰する資産管理会社であるT社の株式(本件株式)の価額につき、評価通達が定める特定の評価会社に該当しないようにするため、本件配当及び本件新株発行を行った場合に、本件株式の価額を評価通達が定める本則どおり(同通達179(3))に1株当たり1853円で評価できるか、又は、評価通達6を適用して純資産価額の1株当たり3443円で評価できるかが争われたものである。
一審判決は、前述のとおり、令和4年最判の判示を引用し、本件新株発行等がXらの相続税の負担を著しく軽減させたものではない旨判示し、本件株式の価額を評価通達が定める本則により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、租税法上の一般原則による平等原則に違反するといわざるを得ない旨判示した。
他方、控訴審判決は、前述のように、令和4年最判を引用していることは一審判決と同じではあるが、まず、本件各更正における本件株式の1株当たりの価額3443円が同株式の客観的交換価値である「時価」を上回らないことを明らかにした上で、本件配当と本件新株発行が行われた事実関係(租税負担回避の意図)を明らかにし、「本件において、Xらの相続税の課税価格に算入される財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることには、合理的理由があると認められるから、それが租税法の一般原則としての平等原則に違反するということはできない。」と判示した。
(3)以上のように、本件各判決は、いずれも令和4年最判の考え方を前提にして、評価通達6を適用した本件各更正を一審判決は平等原則に反するとしたが、控訴審判決は平等原則に反しないとして、それぞれ結論を異にした。このような結論の差異については、前記3で述べた評価通達6の適用要件のあり方に照らし、控訴審判決が妥当であると考えられる。しかしながら、令和4年最判の考え方自体に、幾つかの疑問がある。
すなわち、令和4年最判は、前記2で述べた税務通達の法的性格を軽視し、評価通達が「国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。」と判示するのであるが、評価通達が法的効力を有しないというのであれば、本件各更正における本件株式の価額が相続税法上の「時価」たる客観的交換価値に該当するか否かを論じれば足りるはずである。また、評価通達が取引相場のない株式の価額の評価方法について定めているのは、何も画一的評価と言える評価通達179の定めだけではなく、その評価方法を限定する評価通達189~189−7(個別的例外規定)等があり、更には包括的に限定する評価通達6(包括的例外規定)があるはずである(注15)。
然すれば、評価通達189~189−7又は評価通達6を適用した課税処分につき、軽々に、「評価通達に反した課税処分だから平等原則に反する」とは言えないはずである。それに加え、租税行政庁には、租税法律主義における合法性の原則が要請されているから、前述のように、評価通達上の原則評価による評価額が相続税法上の「時価」たる客観的交換価値が「著しく乖離」すれば、それを補完するための個別的例外規定や包括的例外規定を定めざるを得ないことも理解されて然るべきである。
もっとも、このような税務通達に関する考え方のギャップは、筆者のように、長年、行政庁の中で、上司の命令(通達)に従ってきた者と上司の命令とは関係なく自由心証主義に基づいて判決を下している裁判官のカルチャー・ギャップであるのかも知れない。
(注1)中小企業庁「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」(平成21年2月)等参照。
(注2)品川芳宣「詳解 財産・資産評価の実務研究」(大蔵財務協会 令和4年)293頁等参照。
(注3)品川芳宣「続 傍流の正論」税のしるべ 令和7年4月7日号5頁等参照。
(注4)各評価方法の問題点については、前出(注2)328頁、339頁、354頁参照。
(注5)詳細については、前出(注2)38頁以下、品川芳宣「節税と税務否認の分岐点」(ぎょうせい 令和6年)221頁以下等参照。
(注6)詳細については、品川芳宣「租税法律主義と税務通達」(ぎょうせい 平成16年)114頁以下参照。
(注7)評価基準制度の重要性については、前出(注6)119頁、前出(注2)59頁以下参照。
(注8)租税法律主義の内容の一つである合法性の原則は、租税行政庁に対し、租税の減免の自由も租税を徴収しない自由を認めず法律で定めたとおりの税額を賦課・徴収することを要請している。
(注9)手続要件の重要性については、前出(注6)126頁、品川芳宣「評価通達6項の存在意義と適用要件」資産承継2024年11月号150頁等参照。
(注10)税のしるべ 令和5年12月18日号3頁、笹岡宏保「評価通達6項の是否認ポイント」(ぎょうせい 令和5年)128頁、税務通信 令和6年9月23日号4頁等参照。
(注11)前出(注9)「評価通達6項の存在意義と適用要件」164頁等参照。
(注12)この判決では、市街地農地の売買契約が締結されその引渡し(同時に未収代金の完済)1週間前の売主側に相続が発生した場合に、当該相続財産が農地であっても、本件のような「特別の事情」があれば、当該農地を当該売買価額で評価できる旨判示し、いわば評価通達6の考え方を判決において初めてオーソライズしたものである。
(注13)東京地裁平成17年10月12日判決(税資255号順号10156)等参照。
(注14)重要裁判例については、品川芳宣「重要租税判決の実務研究 第四版」(大蔵財務協会 令和5年)1138頁以下参照。
(注15)品川芳宣「評価通達における原則評価と例外評価」(国税速報令和7年4月14日号以下連載中)参照。
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