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解説記事2025年11月10日 未公開判決事例紹介 自己株取得時に源泉せず、元取締役への損害賠償請求(2025年11月10日号・№1098)

未公開判決事例紹介
自己株取得時に源泉せず、元取締役への損害賠償請求
原告には顧問税理士あり、被告に監視義務なし

 本誌1095号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇自己株式を取得する際に源泉徴収を行わず、所得税等の不納付加算税等が課せられたとして自社の元取締役(被告)に対して損害賠償請求を行った事件(令和6年(ワ)第70048号)。東京地方裁判所(泉地賢治裁判官)は令和7年6月16日、取締役は他の取締役の業務執行を当該取締役に全面的に任せきりにすることは許されず、善管注意義務の一環として、会社の状況を把握し、他の取締役の職務執行を相互に監視すべき義務を負っているとしたが、原告には顧問税理士がおり、その税理士事務所の職員の1人は原告の取締役であり、自己株式取得の内容を認識していたことからすると、被告は株式譲渡契約書を作成しているものの、株式譲渡の税務リスクにつき、相応の調査をすべき義務があったとは直ちに認められないとして、原告の請求を棄却した。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求の趣旨
 被告は、原告に対し、560万3801円及びこれに対する令和6年3月8日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告が、原告の取締役であった被告に対し、被告が、原告の取締役に在任中、①原告の株式譲受け等に当たって、譲渡人から所得税等を徴収する必要があると進言等しなかったため、その後、原告が不納付加算税及び延滞税を納付することを余儀なくされ、合計504万9700円の損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、504万3801円及びこれに対する履行請求の日の翌日(訴状送達の日の翌日)である令和6年3月8日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるともに、②原告の取締役としての業務とは無関係の費用を、原告に経費として支出させ、合計55万4101円の損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、55万4101円及びこれに対する履行請求の日の翌日(訴状送達の日の翌日)である令和6年3月8日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(後掲各証拠(特記しない限り枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1)当事者等

ア 原告
  原告は、ファクタリング業等を主な目的とする取締役会設置会社である。(甲1)
  ◎◎◎◎(以下「原告代表者」という。)は、原告の設立時から原告の代表取締役の地位にある者である。(甲1)
  F(以下「F」という。)は、原告代表者の妻である。
イ B株式会社
  B株式会社(以下「B社」という。)は、医療機関及び薬局へのキャッシュレス決済サービスの提供等を主な目的とする株式会社であり、東証プライム上場会社であるTホールディングス株式会社(以下「THD」という。)の完全子会社である。(甲2、17、乙2、3)
ウ 被告
  被告は、平成30年10月31日から令和3年2月26日までの間、原告の取締役の地位にあった者である。(甲1)
  被告は、平成30年9月19日から、B社の代表取締役の地位にある者である。(甲2)
エ 顧問税理士
  原告の顧問税理士は、遅くとも令和2年以降、△△△△会計事務所であり、△△△△会計事務所のM(以下「M」という。)は、平成30年10月31日、原告の取締役に就任した。(甲1、25、乙1、4)
(2)株式譲渡契約
ア 原告代表者及びFからB社に対する株式譲渡
  原告代表者は、平成30年9月25日、B社との間で、原告代表者が有する原告の株式950株のうち440株を譲渡価格1億7960万円で譲り渡し、その譲渡実行日を同年10月5日とする旨の合意をし、Fは、同年9月25日、B社との間で、Fが有する原告の株式50株全てを譲渡価格2040万円で譲り渡し、その譲渡実行日を同年10月5日とする旨の合意をした(以下「平成30年株式譲渡」という。)。(甲3、4)
  平成30年株式譲渡により、平成30年10月5日時点の原告の株主構成は、原告代表者が株式510株を、B社が株式490株を有することとなった。
イ B社から原告に対する株式譲渡
  原告は、令和3年2月25日、B社との間で、B社が有する原告の株式490株(以下「本件株式」という。)を譲渡価格2億円で譲り受け、その譲渡実行日を同月26日とする旨の合意をした(以下「本件株式譲渡」といい、本件株式譲渡に係る契約書を「本件株式譲渡契約書」という。)。本件株式譲渡は、原告による自己株式の取得であり、原告の株主全員の合意によってされた。(甲7、乙18)
  原告は、同日、B社に対し、本件株式譲渡の譲渡代金2億円を支払った(以下「本件譲渡代金支払」という。)。(甲8)
ウ 不納付加算税及び延滞税の納付
  原告は、本件株式譲渡に際し、所得税法181条1項及び東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法28条1項に基づき、B社から所定の所得税及び復興特別所得税(合計3983万9420円。法定納期限・令和3年3月10日。以下「本件所得税等」という。)を徴収せず、同日までに、国に本件所得税等を納付しなかった。(甲9)
  原告は、令和4年5月26日、B社に対し、上記所得税及び復興特別所得税合計3983万9420円を支払うよう求め、B社は、同年7月28日、原告に対し、3983万9420円を支払った。(甲14、弁論の全趣旨)
  日本橋税務署長は、令和4年6月29日、原告に対し、国税通則法67条1項に基づき不納付加算税398万3000円(以下「本件不納付加算税」という。)を課する決定をした。原告は、同年7月29日、国に対し、本件不納付加算税を納付した。(甲9、10、12)
  日本橋税務署は、令和4年8月30日、原告に対し、国税通則法60条1項5号及び2項に基づく延滞税が106万6700円(以下「本件延滞税」という。)であることを通知し、原告は、同年9月7日、国に対し、本件延滞税を納付した。(甲11、13)
(3)経費支払
 原告は、被告から、別紙「経費一覧表」(以下「本件一覧表」という。)の「番号」欄記載の1~5、7~9、12~22、24、26~59、61、63~67、69~79の「利用日」欄記載の日に、同「曜日」欄記載の曜日に、同「金額」欄記載の金額を、同「科目」欄記載の費用として、同「相手先」欄記載の相手に支払い、同「備考」欄記載の人物と会議等したり、同欄記載の用途として使用したとして、経費の請求を受け、被告に対し、同「金額」欄記載の金額を支払った(以下「本件経費支払」という。)。
3 争点
(1)本件株式譲渡に係る任務懈怠及び損害
(2)本件経費支払に係る任務懈怠及び損害
4 争点に関する当事者の主張
(1)本件株式譲渡に係る任務懈怠及び損害
【原告の主張】

ア 任務懈怠があること
(ア)被告は、B社側の取締役として、原告の取締役会の招集や議事進行、B社側の意思伝達・実行等を行っていた。また、被告は、原告とB社との間における契約の締結等の際には、常時、B社側の専門家による審査や助言を受けた上で対応しており、原告代表者は、被告の指示に従うことが常態化していた。
  上記状況の下、B社側は、令和2年12月以降、原告への参加の解消を一方的に決定し、かつ、原告への資本参加の際に支出した譲渡代金2億円を回収すべく、原告による自社株買いを要請した。被告は、B社側の意向を実現すべく、B社側の窓口・担当者として、本件株式譲渡の内容、条件及び手続を全て決定していた。本件株式譲渡に関与した原告の取締役は、原告代表者以外では、被告のみであった。
  そして、被告は、本件株式譲渡における原告の相手方当事者であるB社の代表取締役であり、原告とは利益相反的な立場にあったため、被告は、原告の取締役として、本件株式譲渡に関連して、原告に不利益が生じることがないよう、より慎重に判断する必要があった。
(イ)したがって、本件株式譲渡及び実行を担当していた被告としては、本件株式譲渡及び本件譲渡代金支払に関し、税務上、原告に損失が発生しないよう、本件所得税等を徴収する必要がないか否かを検討の上、原告代表者に対し、本件株式譲渡や本件譲渡代金支払の際には、本件所得税等を徴収すべきである旨進言するか、送金担当者であったFに対し、本件譲渡代金支払の際、本件所得税等を徴収するよう指示をする義務を負っていたというべきである。
  よって、被告は、上記義務を怠ったことから、取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反した。
イ 損害があること
  原告は、被告の前記アの任務懈怠により、本件不納付加算税及び本件延滞税を納付することを余儀なくされ、合計504万9700円の損害を被った。
ウ 信義則違反、権利濫用に当たらないこと
  被告は、B社側の役員として、専らB社側の利益を図るべく、原告の取締役としての業務を遂行していたことから、原告が、被告のみに対し、本件株式譲渡に係る任務懈怠に基づく損害賠償請求をすることが、信義則違反であり、権利濫用に当たり、許されないとはいえない。
【被告の主張】
ア 任務懈怠がないこと
(ア)原告による自己株式取得のスキームを決定したのは原告代表者であり、本件株式譲渡の実行日を決定したのも原告代表者であって、本件株式譲渡の内容及び条件を決定したのは、原告代表者である。原告において経理を担当し、本件株式譲渡に係る譲渡代金の振込送金を行った従業員はFであるところ、Fの業務を監督する立場にあった取締役は、原告の代表取締役かつFの夫でもある原告代表者である。
  したがって、原告代表者は、被告の進言又は指示の有無にかかわらず、法令に従って本件株式譲渡の代金から本件所得税等の徴収を行うべきであったのであり、送金担当者であるFをしてそのようにさせるべきであった。
(イ)被告は、税務の専門家ではなく、税務の専門家としての能力を期待されて原告の取締役に就任した者でもない。被告は、原告において本件譲渡代金支払を担当する取締役ではない。
(ウ)よって、被告は、原告主張の義務を負わず、善管注意義務及び忠実義務に違反していない。
イ 損害がないこと
(ア)原告は、所得税法等に従って納期限までに本件所得税等を納付する義務を負っており、原告がこの義務を履行していれば、原告主張の損害が発生することはなかった。したがって、原告主張の損害は、原告の本件所得税等の不納付によって生じたものであり、原告が本件譲渡代金支払時にB社から本件所得税等を徴収しなかったことによって生じたものではない。
  また、原告には顧問税理士がおり、原告の顧問税理士が、法定納期限である令和3年3月10日までに、本件株式譲渡に基づく納付義務について、原告に助言する義務を履行していれば、原告主張の損害が発生することはなかった。
  よって、原告主張の被告の任務懈怠と原告主張の損害との間に因果関係はない。
(イ)原告が、源泉所得税等の納付義務に気づいた各時点で源泉所得税等を納付していれば、原告主張の損害全てが生じることはなかったのであるから、原告の対応が損害を発生、拡大させたといえる。具体的には、原告の顧問税理士が総勘定元帳の記帳を行い、月次試算表を作成した令和3年4月10日までの時点、同年5月の確定申告時点、原告代表者が被告にメッセージを送信した同年12月10日時点で、源泉所得税等を納付していれば、原告主張の損害全てが生じることはなかったのであるから、原告主張の任務懈怠と原告主張の損害全てとの間には因果関係が認められない。
ウ 信義則違反、権利濫用に当たること
本件株式譲渡について提案し、承認し又は異議を述べなかった他の取締役及び監査役が任務懈怠責任を負わない理由はなく、原告が、恣意的に、被告のみを対象に、本件株式譲渡に係る任務懈怠に基づく損害賠償請求をすることは、信義則違反であり、権利濫用であって、許されない。
(2)本件経費支払に係る任務懈怠及び損害
【原告の主張】

ア 被告は、取引先との会議費等として、本件一覧表の「番号」欄記載の1~5、7~9、12~20、22、33、34、40、42、43、47、51~53、61、63~65、71~73、76~78の同「業務関連性のない飲食費」欄記載の費用を経費として請求して、原告から支払を受けているが、同「備考」欄記載の人物と原告代表者は全く面識がなく、どの会社に属する人物か不明であって、そのような者との間の会議費(接待費)は原告の業務と関連性のない飲食費である。
  また、被告は、帰宅する際に、小田急電鉄株式会社の特急を利用したとして、本件一覧表の「番号」欄記載の24、30~32、35~38、48~50、54~59、66、67、74、75の同「業務関連性のない交通費」欄記載の420円を経費として請求し、原告から支払を受けているが、これらは原告の業務と関連性のない交通費である。
  そして、被告は、金融機関に対する手土産等の代金であるとして、本件一覧表の「番号」欄記載の21、26~29、39、41、44~46、69、70、79の同「私的費消」欄記載の費用を経費として請求し、原告から支払を受けているが、これらは原告の業務と関連性がなく、私的に費消したものである。
イ したがって、本件経費支払はいずれも、被告が原告の業務と関連性のない費用を経費として請求し、支払を受けたものであって、取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものであり、これにより、原告は合計55万4101円の損害を被った。
【被告の主張】
ア 被告は、原告の取締役としての業務に必要な経費を立替払する際には、原告代表者に連絡し、領収書を送付していたのであり、原告は、原告代表者の承認によって、被告に対し、立替経費相当分を支払っていた。
  本件経費支払の費用は、金融機関紹介、ファクタリング用保険商品の開発検討、ファクタリング事務受託の検討及び金融機関訪問時の交通費等であって、いずれも業務に関連する費用である。
イ したがって、本件経費支払の費用の中に、原告の取締役としての業務に無関係なものは存在せず、被告に善管注意義務及び忠実義務の違反はない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1)B社の原告への資本参加等
 B社は、原告へ資本参加することを目的として、原告代表者及びFとの間で、平成30年株式譲渡をした。(甲3、4)
 原告、原告代表者及びB社は、平成30年株式譲渡がされ、B社が原告に対し資本参加したこと(以下「本件資本参加」という。)に伴い、原告代表者が、原告の株主総会において、B社が指名する2名を上回らない数の者を原告の役員として選任する旨の議題又は議案が提出されたときは、当該議案に対し、賛成の議決権行使をしなければならないとの合意を含む資本参加合意書を締結した。(甲6)
 上記資本参加合意書に基づき、B社が指名した被告及びC(以下「C」という。)は、平成30年10月31日、原告の取締役に就任した。また、D(以下「D」という。)及びMも、同日、原告の取締役に就任した。(甲1)
 E(以下「E」という。)は、令和2年1月20日、原告の取締役に就任した。(甲1)
(2)業務上横領の疑いでの逮捕等
 原告代表者は、令和2年11月10日、医療法人に対する業務上横領の疑いで逮捕され、同逮捕等が、同月11日、新聞報道された。(乙6)
(3)本件株式譲渡に至る経緯等
ア 原告代表者、D、C及びEは、令和2年12月21日、原告代表者が業務上横領の疑いで逮捕、勾留され、同月1日に釈放されたこと(甲25)を受けて、会合を開催し、C及びEは、原告代表者に対し、本件資本参加の解消、本件株式譲渡によりB社が取得した原告の株式(本件株式)の返還、それに伴い平成30年株式譲渡の代金合計2億円の返還を求めた。Eは、上記会合において、原告の資産から上記2億円の返還をする案につき話をした。(甲23)
イ 原告代表者は、令和2年12月25日、被告に対し、本件資本参加の解消について連絡した。(乙9)
  原告代表者は、令和3年1月19日、被告に対し、自らが「自主的に株式を満額で買い戻すため、日々動いている」旨のメッセージを送信した(乙10)
  被告は、令和3年1月20日、原告代表者に対し、原告代表者が、B社との間で、本件株式を譲渡価格2億円で譲り受け、その譲渡実行日を同年3月8日とする旨の合意を内容とする同年2月19日付け株式譲渡契約書(以下「本件原告代表者とB社との間の株式譲渡契約書」という。)をメールで送信した。(乙11の1、2)
ウ 原告代表者は、令和3年1月20日、被告に対し、本件原告代表者とB社との間の株式譲渡契約書につき、「大枠問題ない」とした上で、株式譲渡実行日に、THD関連の取締役が退任することを要請する旨のメールを送信した。(乙12)
  被告は、同日、原告代表者に対し、再度、本件原告代表者とB社との間の株式譲渡契約書を送付し、原告代表者は、同日、被告に対し、「本ドラフト(引用者注・本件原告代表者とB社との間の株式譲渡契約書の意)を基本によろしくお願い致します。」と返信した。(乙13、14)
  原告代表者は、個人での資金調達が困難であったことなどを理由として、令和3年2月22日、被告に対し、本件資本参加の解消の手段を原告による自己株式取得とし、下記の(ア)~(エ)の内容の原告の自己株式取得(以下「本件自己株式取得」という。)の決議のための臨時株主総会議事録のドラフトをメールで送信した。(乙15、原告代表者5、6、17頁、被告本人18、19頁)
(ア)取得する株式の種類、総数  普通株式490株
(イ)その取得価格の総額  2億円
(ウ)その売買の相手方  株主 B社
(エ)取得期間  令和3年2月26日まで
エ 被告は、令和3年2月22日、原告代表者に対し、原告代表者から送信された前記ウの臨時株主総会議事録のドラフトの内容を基に、本件自己株式取得の内容が記載された、書面決議にかかる取締役会の提案書及び書面決議にかかる取締役会の提案に対する同意書等を添付し、原告代表者に、Mに対し、上記提案書及び同意書を送付することを依頼する旨のメールをした。(乙16)
  原告代表者は、令和3年2月24日、B社に対し、本件株式について同月26日までに2億円で自己株式取得を行う旨を提案し、原告代表者及びB社は、本件自己株式取得につき同意し、同月25日に本件自己株式取得に係る決議がされたものとみなされた(書面決議)。(乙18、弁論の全趣旨)
オ 令和3年2月25日、本件株式譲渡がされ、本件自己株式取得が実行され、原告は、同月26日、その支払担当者であるFをして、B社に対し、2億円を送金した。(甲7、8、乙19)
カ THD関連の取締役である被告、C及びEは、令和3年2月26日、原告の取締役を辞任した。(甲1)
キ 原告代表者は、令和3年12月10日、被告に対し、本件株式譲渡に関して相談がある旨のメッセージを送信した。(乙20)
2 争点に対する判断
(1)争点(1)(本件株式譲渡契約に係る任務懈怠及び損害)に対する判断

ア 善管注意義務違反及び忠実義務違反について
(ア)原告は、本件株式譲渡はB社側が主導したと主張し、原告代表者はこれに沿う、CやEが自己株式取得をするよう要請した旨の供述をする(原告代表者3、4頁)とともに、被告が作成した本件株式譲渡契約書を、本件株式譲渡の締結日である令和3年2月25日より前には見ておらず、本件株式譲渡契約書に押印したのは、原告代表者ではなく、原告の従業員である××××である旨の供述をする(原告代表者7、8頁)。
(イ)しかし、原告代表者が、CやEから、原告が、本件株式を自己株式取得するよう要請されていると認識したとしても、原告代表者は自身による本件株式の買戻しができないかを検討している。そうすると、原告代表者は、B社が、原告代表者自身が本件株式を買い戻すか、原告が本件株式を自己株式取得するかという方法よりも、2億円が支払われるかどうかを問題としていたと認識していたと認められる。そして、本件株式の買戻しのための資金調達ができず、原告代表者による本件株式の買戻しができないとの判断の結果、原告による自己株式取得スキームを採用する旨の判断をしたのは、原告代表者である(原告代表者4、5、16頁)。また、原告代表者が、令和3年2月25日に所用で本件株式譲渡契約書に押印することができず、その代わりに、原告の従業員が本件株式譲渡契約書に押印していた(甲27、乙19)としても、原告代表者は、原告が取得する株式の種類及びその総数、その取得価格の総額、その売買の相手方、その取得期間といった本件自己株式取得の内容を認識した(前記認定事実(3)ウ)上で、本件株式譲渡につき合意しており、本件株式譲渡契約書自体を上記押印前に確認していなかったとしても、本件株式譲渡契約書の内容は、本件原告代表者とB社との間の株式譲渡契約書の内容と比べても、譲受人が原告代表者から原告へ、譲渡実行日が令和3年3月8日から同年2月25日へ変更されているのみであるから、本件株式譲渡契約書の内容を認識することができていたと認められる。
  そして、前記認定事実(3)ウ、エ、オのとおり、本件株式譲渡は、原告による自己株式の取得であるところ、原告代表者は、本件株式譲渡の内容を認識し、本件株式譲渡の前には、本件自己株式取得をすること自体については、顧問税理士に相談し、本件株式譲渡の後にも、本件株式譲渡契約書を示して、顧問税理士に相談している(原告代表者24、25頁)。
  したがって、本件株式譲渡の内容及び条件についての原告の意思決定は、原告代表者がしたと認められる。
  よって、被告が、原告が本件株式譲渡をするか否かにつき、意思決定や業務執行をしたと認めることはできず、被告に業務執行における善管注意義務違反及び忠実義務違反といった任務懈怠を認めることはできない。
イ 監視義務違反について
(ア)もっとも、取締役は、他の取締役の業務執行を当該取締役に全面的に任せきりにすることは許されず、善管注意義務の一環として、会社の状況を把握し、他の取締役の職務執行を相互に監視すべき義務を負う。
  そして、被告は、本件株式譲渡契約書を作成し、また、本件株式譲渡の譲渡人であるB社の代表取締役であって、原告による本件株式譲渡の内容、原告が本件自己株式取得をすることを認識していたと認められる。
(イ)しかし、原告には、顧問税理士がおり、また、その顧問税理士の事務所の職員であるMは、原告の取締役であった。そして、Mは、前記認定事実(3)エのとおり、本件自己株式取得の内容が記載された、書面決議にかかる取締役会の提案書及び書面決議にかかる取締役会の提案に対する同意書の送付を受け、本件自己株式取得の内容を認識していた。さらに、前記ア(イ)のとおり、原告代表者は、本件株式譲渡の前には、本件自己株式取得をすること自体については、顧問税理士に相談し、本件株式譲渡の後にも、本件株式譲渡契約書を示して、顧問税理士に相談していた(原告代表者9、10、12~14、24~26頁)。
  また、THDは、B社の完全親会社であり、本件株式譲渡に当たって、原告の税務リスクについてまで検討しなければならない義務はなく、また、被告が、THDに対して、原告の税務リスクについてまで調査、検討を求めていたことを認めるに足りる証拠はない。
  したがって、被告は、前記(ア)のとおり、本件株式譲渡契約書を作成等しているものの、原告には税務の専門家である原告の顧問税理士やその担当者であり、原告の取締役であるMがいるのであるから、本件株式譲渡の税務リスクにつき、相応の調査をすべき義務があったとは、直ちには認められない。
  よって、被告が、原告代表者に対し、本件株式譲渡や本件譲渡代金支払の際に、本件所得税等を徴収する必要がある旨進言しなかったからといって、被告に取締役としての監視義務違反があったと認めることはできない。
(ウ)なお、原告代表者は、顧問税理士から、本件株式譲渡契約書の内容からすると、B社が本件所得税等を納付するため、原告がB社から本件所得税等を徴収して納付する必要はないと助言された供述する(原告代表者9、10、12、13、14頁)が、本件株式譲渡契約書の内容自体から、B社が本件所得税等を納付するため、原告がB社から本件所得税等を徴収して納付する必要はないとはいえない。また、被告が、B社が、原告から2億円の支払を受け、B社が納付することを前提に、本件株式譲渡契約書を作成したことを認めるに足りる証拠はない。
  したがって、被告が、本件株式譲渡契約書を作成したこと自体に、原告の取締役としての善管注意義務違反、忠実義務違反といった任務懈怠を認めることはできない。
ウ 監督義務違反について
  原告は、被告は、本件株式譲渡の代金の送金担当者であったFに対し、本件譲渡代金支払の際、本件所得税等を徴収するよう指示をする義務を負っており、これを怠ったと主張する。
  しかし、被告は、原告代表者が業務上横領の疑いで逮捕され、釈放された令和2年12月から令和3年1月31日までは、原告において、代金や税金の支払の決裁を担当していた(原告代表者29、30頁、被告本人25、26頁、乙25)が、同年2月以降は、令和2年12月より前と同様、原告代表者が、原告の代金や税金の支払の決裁を担当していたのである(乙8、10、原告代表者29、30頁)から、Fに対する監督義務を負っていたのは、原告代表者であって、被告が、Fに対する監督義務を負っていたとは認めることができない。
  したがって、被告に原告の取締役としての監督義務違反があったと認めることはできない。
(2)争点(2)(本件経費支払に係る任務懈怠及び損害)に対する判断
ア 原告は、本件経費支払はいずれも、原告の業務と関連性のない費用の支払であると主張する。
イ しかし、原告の総合仕訳帳(甲24)には、本件一覧表の「相手先」欄記載の相手、同「科目」欄記載の科目や同「備考」欄記載の人物等と同様の記載があることからすると、被告は、原告に対して経費を請求するに当たって、領収証を送付したり、会食の参加者の名前等を申告していたと認められる。そして、上記被告の行為は、被告が、原告代表者から、原告に関係する経費は、まず請求すること、次に会食については名前の入ったものを送るよう指示されていたこと(原告代表者30、31頁)に基づくものということができる。
  また、被告は、原告において、資金調達に関する業務を担当していた(乙5、被告本人1、2頁)のであるから、原告の取引先と会議、会食をしたり、手土産等を持参する必要があること自体は否定できず、それらが原告の業務と関連しないことを認めるに足りる証拠はない。そして、原告代表者が、本件一覧表の「備考」欄記載の人物を知らないからといって、同「科目」欄記載の会議費や接待交際費が、原告の業務と関連しない費用と認めることはできず、同「備考」欄記載の物品の購入日が土曜日や日曜日であるからといって、同「科目」欄記載の会議費や接待交際費が、原告の業務と関連しない費用と認めることもできない。また、本件一覧表の「番号」欄記載の39の弁当代について、被告が、土曜日に、被告の自宅のある○○で、弁当を食べた記憶がないと供述をしている(被告本人24頁)からといって、直ちに、原告の業務に関連しない費用、私的なものであると認めることはできない。
  さらに、被告が、特急券を利用して、取引先や勤務先から帰宅している(被告本人12、27頁)としても、原告において、特急券を利用することが禁じられていたことを認めるに足りる証拠はないから、本件一覧表の「科目」欄記載の旅費交通費が、原告の業務と関連しない費用と認めることはできない。
ウ この点、原告代表者は、本件経費支払については、被告から領収書などが送付され、それに対し、Fが機械的に支払っていただけであり、原告代表者は確認していなかったと供述する(原告代表者10頁)が、原告において、本件経費支払当時において、経費請求及びその支払につき、事前に代表取締役の承認を得るという仕組みはなく(原告代表者30、31頁)、原告代表者が、仮に、本件経費支払当時に確認していなかったとしても、本件経費支払が、原告の業務に関連しないものに対する支払であると認めることはできない。
エ よって、本件経費支払はいずれも、被告が原告の業務と関連性のない費用を経費として請求し、支払を受けたものであるとは認められず、被告に、取締役としての善管注意義務違反、忠実義務違反があったと認めることはできない。

第4 結語
 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第8部
裁判官 泉地賢治

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