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解説記事2020年05月18日 特別解説 主要な米国企業の監査報告書に記載された監査上の重要な事項(CAM)①

特別解説
主要な米国企業の監査報告書に記載された監査上の重要な事項(CAM)①

はじめに

 欧州に端を発した監査報告書の透明化(監査上の主要な検討事項Key Audit Matters(KAM)の導入)は、大西洋を渡り、2019年度からは米国においても制度化された。詳細は後述するが、米国の場合には、Critical Audit Matters(CAM 監査上の重要な事項と和訳されている)という表題で、会計監査人の監査報告書に、事項の概要についての説明(Description of thematter)と監査上の対応(How We Addressedthe Matter in Our Audit)が記載されることになる。表現の方法等に若干の相違はあるものの、基本的な内容や制度の趣旨等は、CAMは欧州のKAMと同様とみてよいと考えられる。
 本稿では、2回に分けて、2019年度から米国で新たに制度化されたCAMについて取り上げる。第1回目の今回はCAMの定義や主要な米国企業の監査報告書におけるCAMの開示状況の概要を説明し、第2回目(次回)では具体的な開示例をいくつか紹介することとしたい。

今回の調査の対象とした企業

 本稿では、米国ニューヨークの証券取引所に株式を上場し、S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)株価指数100(S&P500中、時価総額の特に大きい、超大型株100銘柄で構成)に選定されている各社を中心に100社を選定し、選定した各社について、直近期のForm10-K(SECに提出される年次報告書)に掲載されている監査報告書を調査した。決算期が異なる企業も一部にあるが、2019年12月期決算にかかるForm10-Kに織り込まれた監査報告書が、今回の調査対象のほとんどを占めている。今回調査対象とした会社には、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、マクドナルド、バンク・オブ・アメリカ、ウォルト・ディズニーといった老舗企業をはじめ、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル。なお、本調査ではグーグルの持株会社であるアルファベット社が調査対象となっている)に代表される、新興のIT企業も多数含まれている。

「監査上の重要な事項(CAM)」の定義

 まず、監査上の重要な事項(CAM)とは何か、という点から説明を始めることとしたい。PCAOB監査基準(AS)3101「無限定適正意見の監査報告書及び関連する他の監査基準の適合修正」の第11項において、監査上の重要な事項(CAM)は次のように定義されている。
 監査上の重要な事項とは、財務諸表監査において生じ監査委員会にコミュニケーションが行われた又は行うことが要求される事項で、かつ、以下の双方に該当する事項である。
(1)財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していること
(2)特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと
 上記の定義に関連して、PCAOBは以下を説明している。
① 監査委員会にコミュニケーションが行われた又は行うことが要求される事項
 監査上の重要な事項は、PCAOB監査基準や法令において、監査委員会に対してコミュニケーションを行うことが要求される事項(実際にはコミュニケーションが行われていない事項を含む。)、及びコミュニケーションを行うことが要求されていないが、実際にコミュニケーションが行われた事項の中から選択される。すなわち、コミュニケーションを行うことが求められている事項に加えて、コミュニケーションを行うことが求められているかどうかにかかわらず、監査人が監査委員会とコミュニケーションを行った事項を、監査上の重要な事項の候補として広く含めるアプローチが取られている。ただし、PCAOBは、通常は、監査上の重要な事項の定義を満たす事項は、監査委員会に対してコミュニケーションを行うことが要求されている領域に関連するだろうと想定している。
② 財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していること
 「関連している」は、監査上の重要な事項は、財務諸表の特定の勘定又は開示の全体である必要はなく、それらを構成する一部でもよいことを示している。例えば、のれんが財務諸表にとって重要な場合、減損が計上されていない場合でも、のれんの減損評価は監査上の重要な事項となることがある。これは、のれんの減損評価は、貸借対照表に計上されているのれん及び財務諸表注記(減損の会計方針及びのれんに関する注記)に関連するためである。また、監査上の重要な事項は、財務諸表の複数の勘定又は開示に関連していることもある。例えば、個々の監査の状況によっては、継続企業の前提に関する監査人の評価は、監査上の重要な事項となることがある。一方で、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していない事項は、監査上の重要な事項の定義に該当しない。例えば、偶発損失に関して、監査委員会に対しコミュニケーションが行われたが、発生の可能性が低く、適用される財務報告の枠組みに照らして開示することは求められないと最終的に経営者が判断し、監査人も当該経営者の判断を適切と結論付けた場合、当該事項は、財務諸表に含まれる重要な勘定又は開示に関連しないため、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴ったとしても、監査上の重要な事項には該当しない。また、違法行為の疑いに関しても、財務諸表に開示することが求められないと経営者が判断し、監査人も当該経営者の判断を適切と結論付けた場合、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連しないため、監査上の重要な事項には該当しない。
 同様に、財務報告に係る内部統制の重要な不備があると判断された場合、重要な不備自体は、監査上の重要な事項には該当しない。これは、当該決定について財務諸表に開示することは求められておらず、よって、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連しないためである。ただし、重要な不備が、「監査上の重要な事項であるとの判断に監査人が至る際の主要な考慮事項」に該当することはある。
③ 特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと
 投資家は、監査人の観点からの情報を知りたいと考えている。そこで、監査上の重要な事項の決定を、監査人の知識や判断に基づくものとするため、「特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと」が定義に含まれている。
 PCAOBが公開した再公開草案に対して、例えば、以下のコメントが寄せられた。
・「特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと」の範囲は広範かつ主観的であり、適用の一貫性が確保されない。例えば、同じ状況においても、監査人の経験や能力によって監査上の重要な事項が異なる結果となる可能性がある。
・重要な関連当事者との取引に関する監査人の見解は常に記載することを求めるべきである。
・監査基準の注書きに、ほとんどの監査において、経営者の重要な判断又は見積りが伴う財務諸表項目は、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断が伴うことを記載してはどうか。
 これらのコメントに対して、PCAOBは次のように回答している。
・監査上の重要な事項の決定は原則主義に基づいて行われるべきである。よって、監査基準において、全ての場合において監査上の重要な事項に該当する特定の事項は規定しない。
・監査人は、個々の監査の状況に照らして、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うものを判断すべきである。監査上の重要な事項の記述に、監査人の経験や能力の相違が表れているのであれば、そのこと自体、投資家にとって情報価値がある。
 特に、最後に紹介したPCAOBのコメントは、監査事務所にとって重いものであると考えられる。これまで、監査の品質は、監査報告書という最終成果物でしか示されず、監査報告書の文言も画一的であった。そのために監査手続等の監査の過程は実質的にブラックボックスであり、外部の投資家からは評価ができなかったということがよく言われる。欧州のKAM、米国のCAM及び我が国の「監査上の主要な検討事項」は、監査人に覚悟をもって、説明責任を果たすように求める制度改革であると言えよう。

「監査上の重要な事項(CAM)」の適用対象と適用開始日

 PCAOB監査基準(AS)3101「無限定適正意見の監査報告書及び関連する他の監査基準の適合修正」は、PCAOBの監査基準に準拠して実施されるすべての監査に適用となるが、監査上の重要な事項のコミュニケーションは、以下の監査には要求されない。
・ブローカー、ディーラー
・投資会社(ただし、ビジネス・デベロップメント・カンパニーを除く。)
・従業員株式購入、貯蓄制度及び同様の制度
・新興成長企業
 また、適用開始日は、次のとおりである。
•大規模早期提出会社(large accelerated fillers)の監査:2019年6月30日以降終了事業年度の監査から適用
•監査上の重要な事項のコミュニケーションの要求事項が適用となるその他の全ての会社の監査:2020年12月15日以降終了事業年度の監査から適用

 なお、大規模早期提出会社とは、事業年度末において以下のような要件を満たす会社である。
① 議決権付株式及び無議決権株式につき、直近第2四半期の最終営業日において、世界規模の時価総額が700百万ドル以上(non-affiliatesが保有するものに限る)
② 12ヶ月以上、証券取引所法第13条(a)又は第15条(d)に基づく開示義務の対象となっていること
③ 1回以上、証券取引所法第13条(a)又は第15条(d)に基づく年次報告書を提出していること
④ 小規模会社の特例の適用対象外であること

主要な米国企業の監査報告書に記載されたCAMの全般的な分析

 本稿の後半部分では、調査対象各社の2019年6月期から2019年12月期までの決算書に添付されている監査報告書(SECに届け出られたもの)で記載されたCAMについて、全般的な調査分析を行うこととしたい。
 まず、監査報告書におけるCAMの記載数別に企業を集計すると、表1のとおりとなった。

 今回調査の対象とした100社において、監査報告書にCAMの記載がなかったという企業はなく、記載されたCAMの個数は、100社合計で197個(1社平均1.97個)であった。
 主要な英国企業のKAMの記載個数の平均が約4.3個、英国以外の主要な欧州大陸の企業のKAMの記載個数の平均が約3.4個(いずれも2018年度の実績)であることを踏まえると、主要な米国企業の監査報告書に記載されたCAMの個数は、欧州や英国の企業の半分程度とかなり少ないことが分かる。
 次に、CAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かったものを示すと、表2のとおりであった。

 このほか、退職給付・年金(8件)や、保険関連(6件)、石油やガスの埋蔵量の見積り(4件)、繰延税金資産の回収可能性の評価(3件)、棚卸資産の評価(3件)などの記載が見られた。
 大きなくくりで分類すると、税務関連(税務リスク、不確実な税務ポジション、未実現のタックスベネフィットの評価、及び税効果)で32件、定額償却を行わないのれんや耐用年数を確定できない無形資産の簿価や減損に関するものが30件、偶発負債、訴訟、引当金に関するものが36件、収益認識と値引き、リベート等に関するものが30件となった。この4つの領域の合計で138件と、CAM全体の7割を占めていたことになる。
 業種別の特徴を挙げると、大手製薬企業で、リベートの会計処理をCAMとして会計監査人が監査報告書に記載している事例が多く見られたほか、保険会社では「保険準備金の会計処理」や「保険負債の評価」、銀行等の金融機関では、「レベル3(公正価値の算定が困難な)金融商品の公正価値の評価」、資源系の企業では「原油と天然ガスの埋蔵量及びその他の要因が上流の有形固定資産に与える影響」、電力、エネルギー等のいわゆる料金が規制される業種では、「料金規制がもたらす財務諸表や会計処理への影響」といった項目が監査報告書にCAMとして記載されていた。

監査報告書に記載された監査上の重要な事項(CAM)

 今回の調査対象とした100社のうち、最も多い5項目のCAMが監査報告書に記載されたのは、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG。業種:保険)であった(会計監査人はPwC)。
 AIG社の監査報告書において、CAMとして記載された項目は、次のとおりであった(表題はいずれも仮訳である)。

① レベル3の満期固定証券の評価
② 保険負債の評価
③ 繰延契約獲得費用の償却と回収可能性
④ 特定の生命保険及び年金商品に保証された特典機能の評価
⑤ 繰延税金資産の回収可能性

 次に、監査報告書にCAMが4項目記載された企業は、ゼネラル・エレクトリック(GE。会計監査人:KPMG)、エクセロン(会計監査人:PwC)、及びアラガン(会計監査人:PwC)であった。
 各社の監査報告書において、CAMとして記載された項目は次のとおりである。

(ゼネラル・エレクトリック 業種:電機、保険、他)

① 特定の長期役務提供契約に関する収益認識の評価
② 将来の保険給付準備金の妥当性を評価するための、保険料不足テストの評価
③ のれんの帳簿価額の評価に使用される予測収益及び営業利益の評価
④ 特定の税務ポジションの影響の評価

(エクセロン 業種:電力・ガス)

① 資産除去債務の評価
② 長期発電資産の減損の評価
③ レベル3 に分類されるデリバティブの重要な仮定
④ 料金規制の会計処理への影響

(アラガン 業種:ヘルスケア)

① のれんの減損の評価
② 取得した仕掛研究開発
③ 不確実な税務ポジション
④ 第三者が管理するメディケア、メディケイド等のリベート

終わりに

 監査上の主要な検討事項(KAM)の我が国の企業(金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業)の監査報告書への記載は、2021年3月期の監査から適用されるが、監査に関する情報提供の早期の充実や、実務の積み上げによる円滑な導入を図る観点から、特に東証1部上場企業については、2020年3月決算の監査から早期適用することが強く期待されるとされている。我が国の企業では、三菱ケミカルホールディングス社(会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人)が、2019年3月期の有価証券報告書における監査報告書において、監査上の主要な検討事項を任意に開示した(産業ガス事業の企業結合、のれんの評価、及び耐用年数を確定できない無形資産の評価)。
 間もなく公表されるであろう2020年3月期の有価証券報告書に対する監査報告書において、適用初年度に、どれくらいの企業で、どのような内容のKAMが記載されるのか、注目されるところである。次回は、本稿に引き続きCAMを取り上げるが、主要な米国企業の各社の監査報告書における実際の開示例を中心に紹介していくこととしたい。

参考文献
米国公開企業会計監視委員会(PCAOB)監査報告に関する新しい監査基準~監査の透明性の向上に向けて~ 甲斐幸子 会計・監査ジャーナル 2017年9月号
経済産業省 持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会 報告書(別冊)
本誌(No.789)特別解説 「監査上の主要な検討事項(KAM) 欧州企業による開示事例の調査①」 2019年6月3日号

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