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解説記事2020年05月25日 特別解説 主要な米国企業の監査報告書に記載された監査上の重要な事項(CAM)②(2020年5月25日号・№835)

主要な米国企業の監査報告書に記載された監査上の重要な事項(CAM)②

はじめに

 本稿は、前回に引き続き、主要な米国企業の監査報告書に会計監査人が記載した監査上の重要な事項(Critical Audit Matters:CAM)を取り上げる。調査対象とした主要な米国企業100社の監査報告書に会計監査人が記載した、延べ197個のCAMの中から、2019年度に話題となった項目や重要性が高いものを4つ(4社)選び、当該事項の概要と、それに対する会計監査人の対応とを紹介することとしたい。
 本稿で紹介するのは、下記の4社である。

① ボーイング(会計監査人:Deloitte)
② ゼネラル・エレクトリック(GE。会計監査人:KPMG)
③ AT&T(会計監査人:E&Y)
④ シュルンベルジェ(会計監査人:PwC)

 以下で紹介するCAMはいずれも、各社がSECに提出した2019年12月期のForm10-Kに含まれている会計監査人の監査報告書に記載されたものを仮訳したものである。

ボーイング社の監査報告書に記載されたCAM

 ボーイング社の2019年度の連結財務諸表に対する監査報告書には、3つのCAMが記載されているが、本稿ではそのうち、「ボーイング737 MAXの運航中止に関連する負債」を取り上げる。
 新聞報道等でよく知られている通り、ボーイング737 MAXは、2018年10月のライオン航空、2019年3月のエチオピア航空と、立て続けに墜落事故を起こしたため、米国FAA(連邦航空局)を含む、各国の航空当局から運航停止命令を受けた。ボーイング社の監査報告書に記載されたCAMも、このような状況を踏まえた記載となっている。
ボーイング737 MAXの運航中止に関連する負債監査上の重要な事項の説明
 2019年3月13日に、連邦航空局(FAA)は、737 MAX航空機の2つの墜落事故を受けて、米国内及び米国の航空会社によるすべての737 MAX航空機の運用を一時停止する命令を出した。米国以外の航空当局もまた、同様の効果を持つ指令を発行している(「737 MAXの運航停止」)。さらに、墜落事故に引き続いて、会社に対して複数の法的措置が提起されており、事故及び737 MAX航空機に関する様々な、政府及び規制機関による調査や問合せが続いている。
 2019年度中に、会社は、737 MAXの運航中止に関連する混乱及び関連する引渡しの遅延について、顧客に提供する予定の支払い、譲歩、及びその他の現物による対価に関連して負債を計上した。この負債は2019年12月31日現在で合計74億ドルであり、財務諸表上は未払債務に反映されている。これは、将来の譲歩及び顧客に対するその他の対価に関する会社の最善の見積りを表し、必然的に顧客との個別の交渉及び様々な管轄区域での737 MAX機材の運航業務への復帰の時期及び条件、及び将来の生産性の比率の向上を含む、一連の仮定に基づいている。様々な管轄区域での737 MAXの運航業務開始の時期と条件は、民間の航空当局によって決定され、会社の管理外であるため、責任の基礎となる仮定には、高度な監査人の判断が必要となる。
 重要な判断は、737 MAXに関連する訴訟の結果、及び関連する様々な政府や規制上の調査と問い合わせの結果から生じる、潜在的な、追加的に財務諸表に与える影響、又は損失の範囲を評価し、合理的に推定する経営者の能力に関係する。
 737 MAXの運航停止に起因する顧客への対価の提供に関連する負債の主観性と、737 MAXに関連する進行中の訴訟及び調査の結果の評価の複雑さにより、会計監査人による高度な判断と、監査により一層注力することが必要であった。

監査上の重要な事項について、我々が対応した方法
 737 MAXの運航停止に関連する負債に関する監査手続には、以下が含まれる。
・様々な管轄区域での運航業務への復帰に関する規制上の承認の状況や、個々の顧客との検討状況を含む、737 MAXの運航停止に関する進捗状況を理解するために、経営者に質問を実施した。
・顧客に対価を提供する意図とその対価の範囲に関して、経営者確認書を入手した。
・訴訟、請求及び評価に関連する非経常的な項目と、偶発損失に関連する内部統制の有効性をテストした。 
・737 MAXの運航業務再開の時期と条件など、顧客の対価に対する負債を見積るために、経営者が使用する重要な仮定を評価し、可能な場合は、経理部及び財務部以外の経営者と、仮定を裏付けた。 
・737 MAXの運航停止の結果として考えられる潜在的な考慮事項について、顧客との契約条件及び顧客とのやり取りを確認した。 
・737 MAXの運航停止及び潜在的な決済の議論の進展に関連して、顧客への契約上の義務、訴訟、及びその他の請求に関連する進展状況を理解するために、内部及び外部の弁護士に問い合わせた。
・記録されていない損失偶発事象の証拠について、取締役会及びその委員会の会議の議事録を通読した。
・737 MAXの運航停止に関連する事項の知識との一貫性を保つために、会社の開示を評価した。

ゼネラル・エレクトリック(GE)社の監査報告書に記載されたCAM

 2019年8月16日付の日本経済新聞によると、リーマン・ショックをきっかけに発覚した史上最大規模の詐欺事件「マドフ事件」を告発したことで知られる、米国の著名会計専門家であるハリー・マルコポロス氏が、8月15日に、ゼネラル・エレクトリック(GE)が巨額の損失を隠すために不正会計を行っているとの報告書を公表した。マルコポロス氏は、報告書の中で、発見できただけで不正額は380億ドル(約4兆円)に上るが、それも「氷山の一角にすぎない」と指摘した。特に介護保険事業で、保険の引当金に不正があると問題視したとのことである。一方でGE側は、「高い基準にのっとって企業活動を行っている。マルコポロス氏の主張に根拠はない」との反論コメントを発表した。保険事業についても「十分な引当金を積んでいる」とした。この発表を受けて、一時はGEの株価が大幅に下がるなど、大荒れとなったが、現在は小康状態を保っているようにも見受けられる。GEの2019年度の連結財務諸表に対する監査報告書には、4項目のCAMが記載されているが、本稿では、このうち、保険事業に関連するものを取り上げることとしたい。

将来の保険契約準備金の妥当性を評価するための、保険料の不足テストの評価
 連結財務諸表の注記1及び12で説明されているように、会社は保険料の不足テストを実施して、将来の保険契約準備金の妥当性を評価する。このテストは、毎年、又は事象や状況の変化が、保険料が不足する事象が発生した可能性があることを示すたびに実施される。これらの保険契約の保険料不足テストにおけるキャッシュフロー予測のテストには、長期に及ぶ可能性のある、基礎となる契約の存続期間にわたる将来の出来事の広範な結果の考慮を含む、重大な不確実性が存在する。
 我々は、将来の保険給付準備金の妥当性を評価するために、保険料不足テストの評価を、監査上の重要な事項として識別した。具体的には、保険料不足テストにおける次の主要な前提(長期介護の罹患率と死亡率、長期介護の罹患率の改善と死亡率の改善、割引率、長期介護保険料率の増加)を評価するためには、主観的な会計監査人の判断と、専門的な技能と知識が必要であった。
 この監査上の重要な事項に対応するために実施した主な監査手続には、次のものが含まれていた。上記の主要な前提条件を作成するための内部統制を含む、会社の保険料不足テストのプロセスに関する特定の内部統制をテストした。さらに、専門的な技能と知識を備えた保険数理の専門家が関与し、以下を支援した。
・前提条件の関連性、信頼性及び整合性について、基礎データ、関連する履歴データ、並びに業界のデータと相互に評価することにより、会社の主要な前提条件と結果を批判的に検討した。
・経験データの要約及び対応する数理計算上の仮定について、一般に受け入れられている保険数理の原則への準拠性を評価した。
・主要な仮定がキャッシュフロー予測に反映されたことを評価するために、再計算を実施した。
・更新された主要な仮定のキャッシュフローに対する影響を分析するために、当期及び前期のキャッシュ予測を比較した。
 我々は、提案、達成、拒否、及び承認された保険料率の増加を、基礎となる根拠資料と比較することにより、予測される将来の長期保険料率の増加を評価した。また、今年度の保険料率の増加予測を、過去の実際の保険料率増加の経験値と比較した。

AT&T 社の監査報告書に記載されたCAM

 AT&T社は、世界最大の通信企業の一つであり、米国を代表する企業である。全米を網羅する電話通信ネットワークを有するとともに、かつてはS&P100構成銘柄の一つであったタイム・ワーナー社を2018年に買収するなど、国内外の企業のM&Aにも積極的である。2019年12月末日現在で、のれんの残高が1,462億41百万ドル(16兆221億円)、無線ライセンスやトレードネーム等の耐用年数を確定できない無形資産の残高が1,013億92百万ドル(11兆1,085億円)となっており、いずれも世界トップクラスの水準である。2019年度のAT&T社の連結財務諸表に対する監査報告書では、3項目のCAMが記載されたが、本稿では、「のれん及び耐用年数を確定できない無形資産の減損の評価」を取り上げる。

のれん及び耐用年数を確定できない無形資産の減損の評価
監査上の重要な事項についての説明

 2019年12月31日現在、会社ののれん残高は146,241百万ドルであり、耐用年数を確定できない無形資産は総額で101,392百万ドルであった。会社の耐用年数を確定できない無形資産は、無線ライセンス、軌道スロット及びトレードネームである。連結財務諸表に対する注記9で説明されているように、報告単位ののれん及び耐用年数を確定できない無形資産については、少なくとも年に1回減損テストが行われている。これには、報告単位ののれん及び耐用年数を確定できない無形資産の公正価値の見積りが含まれ、割引キャッシュフローモデルと市場倍率評価アプローチを使用して決定される。
 これらの公正価値の見積りは、キャッシュフローの予測、営業マージン、割引率、ターミナル・バリュー、加入者の増加と解約、ロイヤルティの料率や設備投資などの重要な仮定に対して感応度が高い。会社は、その報告単位に対して同等のサービスを提供する同業他社の市場の倍率も考慮している。これらの仮定は、将来の市場と経済に関する予想の影響を受ける。のれん及び耐用年数を確定できない無形資産に関する、経営者による年次の減損テストの監査は、上記で説明されている、報告単位及びその他の資産の公正価値を決定するために使用された、経営者による仮定を評価するために重要な判断が必要になるため、複雑である。

監査上の重要な事項について、我々が対応した方法
 我々は、のれん及び耐用年数を確定できない無形資産の減損レビューのプロセスに関する会社による内部統制を理解し、内部統制のデザインを評価し、その運用の有効性をテストした。これには、割引キャッシュフローと市場評価アプローチの両方で利用される、経営者による評価モデルと上記の重要な仮定のレビューに関する内部統制が含まれる。
 会社の報告単位及び耐用年数を確定できない無形資産の公正価値の見積額をテストするために、我々が監査手続を実施するのを支援すべく、評価に関する専門家が関与した。我々の手続には、使用された評価手法と評価手法の中での重要な仮定のテストが含まれる。例えば、我々は、重要な仮定を、現在の産業、市場、経済動向、及び同じ業界の他のガイドラインとなる企業や他の要因と比較した。適切な場合、我々は、会社のビジネスモデル、顧客基盤、及びその他の変更が、重要な仮定に影響を与えるかどうかを評価した。また、経営者が過去に行った見積りの正確性も評価するとともに、見積り、評価計算の事務的な精度をテストし、さらには独立した感応度分析を実施した。さらに我々は、経営者が行った、報告単位の公正価値から、会社の時価総額への調整をテストした。

シュルンベルジェ社の監査報告書に記載されたCAM

 シュルンベルジェ(schlumberger)社は、油田探査及び、各種油田探査用計測機器の開発・製造をコアビジネスとする多国籍企業である。シュルンベルジェは、2019年度の第3四半期(2019年7月〜9月)に、原油価格の低迷やシェールオイルの開発鈍化などを理由として、総額12,692百万ドル(1兆3,697億円)の減損損失を計上した(うち、のれんの減損損失は8,828百万ドル)。2019年度のシュルンベルジェ社の連結財務諸表に対する監査報告書には、CAMは2つ記載されたが、本稿ではそのうち、「のれんの減損」についてのCAMを取り上げる。

のれんの減損
 連結財務書類の注記3に記載されているように、会社は第3四半期中に特定の報告単位に関連するのれんについて、減損損失を計上した。会社の各報告単位に関連するのれんは毎年、及び事象又は状況が減損の発生した可能性があることを示す場合に減損テストの対象となる。これらの事実の結果として、経営者は、特定の報告単位について、公正価値が帳簿価額を下回っていた可能性が高いと判断した。そのため、経営者は、2019年8月31日現在で、期中ののれんの減損テストを実施した。
 経営者は、主にインカム・アプローチを使用してその報告単位の公正価値を見積ったが、結果を検証するために、マーケット・アプローチも考慮した。マーケット・アプローチには、適切な同業のグループの会社の選択と、評価倍率に関わる重要な判断が含まれる。インカム・アプローチに固有の、いくつかのより重要な仮定には、各報告単位の予想正味年間純キャッシュフローと割引率が含まれる。
 のれんの減損に関連する手続を実施することが監査上の重要な事項であると判断した場合の主要な考慮事項には、報告単位の公正価値を決定する際に経営者が行う重要な判断があるため、それによって会計監査人による高度の判断や主観性が必要となり、関連する手続の実施に尽力するとともに、それぞれの報告単位からもたらされるキャッシュフローに関連する重要な仮定や割引率、評価倍率を評価することが必要となる。
 当該事項に対する対応には、連結財務諸表に対する総合的な意見の形成と関連して、実証手続の実施と、監査証拠の評価が含まれる。
 これらの手続には、経営者によるのれんの減損テストに関連する、内部統制の有効性に関するテストが含まれていた。これらの手続の中には、経営者が公正価値の見積りを作成するためのプロセスのテストや、割引キャッシュフロー分析の妥当性の評価、及びマーケット・アプローチ、当該アプローチで使用された基礎データの網羅性、正確性及び関連性のテスト、並びに経営者が使用した重要な仮定の評価が含まれている。それぞれの報告単位からもたらされるキャッシュフローに関連する経営者の仮定の評価には、会社の過去の業績や予測される業績、外部の市場と業界のデータ、及び監査の他の領域を通じて入手した証拠を考慮しつつ、使用した仮定の合理性を評価することが含まれていた。会社の評価アプローチの適切性、割引率と評価倍率の仮定の合理性を評価するのを支援するために、専門的な技能と知識を有する専門家を利用した。

終わりに

 中国湖北省や武漢市を発端とするコロナウイルス性肺炎が急速に感染し、瞬く間に数千人単位の死者が出るなど、我が国を含め、全世界を大きく揺さぶっている。中国、韓国、我が国といった東アジアの国々のみならず、東南アジア、中東、欧州、果ては北南米にまで感染が広がり、終息する気配はまだ見えない。これにともなって人や物の動きが大きく制約され、株価も大幅に下落して、経済危機の可能性も叫ばれている。2020年3月以降に決算を迎える日米欧の企業の監査報告書には、コロナウイルスによる肺炎の影響がCAMやKAM、あるいは監査上の主要な検討事項として記載されることが多くなるであろう。英国の企業の2018年度や2019年度の監査報告書には、英国によるEU離脱(Brexit)による影響がKAMとして記載される事例が散見されたが、コロナウイルス性肺炎の場合には影響がさらに拡大する可能性があり、中国の経済成長の大幅な鈍化や世界経済が大混乱に陥る恐れも指摘されている。コロナウイルスに起因する肺炎の影響が、今後、CAMやKAMとして取り上げられるまでもなく終息することを、心から祈りたい。

参考文献
日本経済新聞記事 2019年8月16日付「米GEに不正会計疑惑、会計専門家が指摘 GEは反論」

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