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解説記事2020年09月28日 未公開判決事例紹介 消費税課税事業者選択届の提出失念で税賠事件(2020年9月28日号・№851)

未公開判決事例紹介
消費税課税事業者選択届の提出失念で税賠事件
東京地裁、税理士に届出書提出の確認義務あり

 本誌845号4頁で紹介した税理士賠償責任事件の判決全文について、仮名処理した上で紹介する。

○税理士が消費税課税事業者選択届出書の提出を忘れたことで消費税等の還付申告ができなかったとして争われた税理士賠償責任事件で、東京地方裁判所(田中邦治裁判官)は令和2年3月2日、税理士(原告(反訴被告))は会社(被告(反訴原告))に対して少なくとも消費税等の還付を受けるためには課税事業者選択届出書を提出する必要があることを説明し、提出の有無を確認する義務を負っていたと指摘。税理士に対する損害賠償責任を認める判決を下した(令和2年3月2日判決、平成30年(ワ)第6854号)。

主  文

1 原告(反訴被告)の本訴のうち、被告(反訴原告)に対する委任契約の債務不履行による105万4518円の損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えを却下する。
2 原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。
3 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、30万5228円及びこれに対する平成30年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。
5 訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを10分し、その7を原告(反訴被告)の負担とし、その余は被告(反訴原告)の負担とする。
6 この判決の3項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
1 本訴

(1)原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する委任契約の債務不履行による105万4518円の損害賠償債務が存在しないことを確認する。
(2)被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、300万円を支払え。
2 反訴
 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、152万0599円及びこれに対する平成30年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本訴は、税理士である原告(反訴被告。以下「原告」という。)が、被告(反訴原告。以下「被告」という。)との間で、税務会計に関する委任契約を締結したところ、被告から、原告の債務不履行により消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の還付を受けられなかったとして損害賠償請求をされたが、原告に債務不履行はないとして、委任契約の債務不履行に基づく105万4518円の損害賠償債務が存在しないことの確認を求めるとともに、上記紛争に関し、被告代表者から恫喝されたとして、被告に対し、慰謝料300万円(会社法350条に基づく請求と解される。)の支払を求めた事案である。
 反訴は、被告が、原告との間で締結した上記委任契約について、原告の債務不履行によって本来受けることができたはずの消費税等の還付を受けられなかったとして、委任契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、152万0599円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成30年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告は、A税理士事務所の商号で税理士業を営んでいる者であり、Y(以下「Y」という。)は、原告の従業員である。
(2)被告は、平成28年10月28日に設立されたダーツバーの経営等を目的とする株式会社であり、X(以下「被告代表者」という。)は、被告の代表取締役である。
(3)被告は、平成29年9月19日付けで、「継続役務提供サービス契約(税務会計)」と題する書面(甲2。以下「本件契約書」という。)に記名押印し、原告との間で、税務会計に関する委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した(ただし、本件委任契約の内容には争いがある。)。被告は、同日までに、原告に対し、本件委任契約の報酬として8万4055円を支払った(甲5)。
(4)原告は被告の代理人として、平成29年11月30日、S税務署長に対し、平成28年10月28日から平成29年9月30日までの課税期間分の消費税等の確定申告(電子申告)を行った(以下「本件還付申告」という。)。本件還付申告に係る確定申告書(以下「本件申告書」という。)の「消費税及び地方消費税の合計(納付又は還付)税額」欄には、105万4518円の還付を意味する「−1054518」との記載がある。(甲36)
(5)被告が本件還付申告により消費税等の還付を受けるためには、平成29年9月30日までに消費税課税事業者選択届出書(以下「課税事業者選択届」という。)を提出しなければならなかったが、これがなされていなかったため、原告は被告の代理人として、平成29年12月21日、S税務署長に対し、本件還付申告を取り下げた(甲35)。
2 争点及び当事者の主張
(1)本件委任契約について、原告の債務不履行(課税事業者選択届の提出義務違反又は説明義務違反)が認められるか(争点1)

ア 被告の主張
(ア)課税事業者選択届の提出義務違反
 本件委任契約は、消費税等の還付申告の代行を主たる目的とした決算申告代行業務を委任する旨の契約であった。「税務会計および経営コンサルティングに関するサービス約款」と題する書面(甲1)及び本件契約書(甲2)は、いずれも本件委任契約時に交わされたものであるが、本件委任契約の内容を記載したものにはなっていない。
 本件委任契約の締結後のやり取りは、専ら原告の従業員であるYとの間で行われたが、被告代表者は、当初から月々の記帳代行等の継続的な税務会計や経営コンサルティングではなく、第1期の決算申告及び消費税等還付申告の代行を委任する意思であることを明示しており、原告も当然これを認識していた。
 被告代表者は、Yに対し重ねて、本件委任契約の内容に消費税等還付申告の代行業務が含まれているか及びこれに対する報酬も既払いの報酬額に含まれているかを確認し、Yは、いずれも含まれていると回答した。
 また、被告代表者は、Yに対し、決算申告及び消費税等還付申告を行うに際して被告において処理が必要な事柄の有無も確認したが、これに対しては、すでに必要なデータは原告も入手していること及び当該データに関して2点の問い合わせがある旨の回答がなされたのみであった。
 その後、Yから被告に対し、「消費税は1,054,518円の還付です」との報告もなされたため、被告代表者は、同額の還付を受けられるものと信じていた。
 ところが、平成29年12月14日になって突如、Yから被告代表者に対し、課税事業者選択届が提出されていなかったため、還付を受けることができないこと、事後処理として、税務署に対して本件還付申告を取り下げる必要があり、被告が受けた損害については、原告が加入する賠償責任保険の利用の可否を確認中である旨の連絡がなされた。
 これを受けて、被告代表者が原告に電話で問い合わせたところ、原告は、本件委任契約に本件還付申告の代行業務が含まれていること及びYの懈怠により消費税等の還付を受けることができなくなったことを認めた。
 以上のとおり、原告は、本件委任契約に基づき、課税事業者選択届を提出する義務を負っており、その不履行があったことは明らかである。
(イ)説明義務違反について
 本件委任契約の趣旨は、消費税等の還付申告を行うことにあったから、原告は、被告に対し、消費税等の還付申告を行うために必要な手続(課税事業者選択届の提出等)や、申告のために必要な資料の如何、否認のリスク等を説明する義務を負っており、このことは原告も弁えていた(税務署への届出書類を「弊社でチェック」する旨述べている。)。
 しかし、原告の従業員であるYは、被告代表者が資料の提出を含めた何らかの作業を要するか確認したにもかかわらず、銀行口座の通帳及び借入金返済明細の提出を求めたに止まり、消費税等の還付申告に際して他の資料を要するとか、既出の資料では否認のリスクが高いなどの説明をすることは一切ないまま、105万4518円が還付されると断言した。
 よって、原告には、本件委任契約について、説明義務違反が認められる。
イ 原告の主張
 法人税法も消費税法も申告納税制度を採用しており、税務申告の行為主体は納税者である。本件委任契約上も、行為主体は被告であるとされている。したがって、課税事業者選択届の提出義務者は被告であって、原告に損害賠償義務はない。
 本件で、課税事業者選択届の提出期限は、平成29年9月30日であり、被告が原告に法人税・消費税等の申告の委任をしたのはその11日前であるが、課税事業者選択届を提出するか否かを吟味するには、1か月は必要である。初年度の年商が1000万円超であれば、3期目から消費税等が掛かり、それまでは不課税である。900万円余の固定資産投資をしても、第1期から消費税等課税があることを考えると、納税者に不利になることが多い。いずれにしても、第1期の試算表の正確性を吟味して、第2期の事業予測を立ててみないと、納税者が求める課税事業者の選択が、有利か不利か分からない。ましてや、被告の固定資産投資の明細は不明である。違法な課税物件である可能性も法律的になくはない。これだけのことを勘案しても、とても間に合うタイミングではなかった。
 原告が実務的に処理不可能なことについては、被告による委任は無効である。被告が提出しておくべきであった課税事業者選択届の提出を被告が怠っていたといわざるを得ない。
(2)原告に本件委任契約の債務不履行が認められる場合、債務不履行がなければ、被告は、消費税等の還付を受けられたといえるか(相当因果関係)(争点2)
ア 被告の主張
 原告が課税事業者選択届の提出を怠らなければ、被告は、消費税等還付金105万4518円を得ることができた。
 原告は、既出の資料では否認のリスクがある(したがって、被告主張の損害額は減額されるべきである)と主張するが、そのような否認のリスクが生じたのは、原告が上記説明義務を果たさなかったために生じたものであるから、債務不履行に基づく損害を減殺する根拠とはなり得ない。
イ 原告の主張
(ア)消費税等還付申告については、必ず税務調査を行い、その結果で初めて納税額(還付税額)が決まることになっている。本件は、被告が勝手に「開業費」等を計上し、それを還付申告しているにすぎない。
(イ)事業者が課税仕入れをした事実を記録した帳簿及び課税仕入れ等の事実を証する請求書を保存していない場合、その保存がない課税仕入れ等の税額については、仕入税額控除の適用を受けることはできない。原告は、被告が定時株主総会で決算承認し、被告の会計帳簿上の各勘定科目について、すべて間違いないと証明した決算確認書に基づいて申告代理をしたものである。
(ウ)被告が本件で請求する本件還付予定額は、被告が原告に提出した貸借対照表の勘定科目「開業費」(償却費140万7602円を控除後の金額)を基にしている。
  しかし、内装設備については、固定資産台帳の提出もなく、都庁への償却資産税登録もなく、内装購入時の償却資産税申告もない。客観的に存在するのは会計帳簿の内装設備の記述だけで、実在場所は記載されていない。支払事実さえ会計上明らかでない。税務申告時に存在しなかった発注書や請求書、領収書、設計図面等は偽造することができる。本物である客観的証拠は何一つない。
(3)被告の損害(争点3)
ア 被告の主張
(ア)原告が課税事業者選択届の提出を怠った結果、被告は、届出がなされていれば還付を受けることができたであろう消費税等還付金105万4518円を得ることができなかった。
  ただし、被告に賠償されるべき金額は、上記105万4518円(以下「本件還付予定額」という。)では不足する。
(イ)まず、原告から被告に対して賠償金が支払われた場合、営業外利益(雑収入)として計上され、課税所得となる。債務不履行における損害賠償の基本的な理念は填補賠償であるから、賠償金が課税対象となる以上、税引後もなお得べかりし利益すなわち本件還付予定額が被告の手元に残るだけの賠償金が支払われなければならない。
  本件において、仮に被告の第2期事業年度(平成29年10月1日から平成30年9月30日まで)中に賠償金が支払われた場合、本件還付予定額と同額の賠償金が支払われることを予定してもなお、欠損が生じる可能性が高い。しかし、第2期における決算は未確定であり、賠償金が支払われる時期も未定である。
  そこで、これら未確定の要素は捨象し、法人税(実効税率を21.76%とする。)を控除してもなお本件還付予定額が被告の手元に残る金額を計算すると、134万7799円(105万4518円÷(1−0.2176))となる。
(ウ)次に、原告は、本件還付予定額から、同額が益金算入されなかったことにより節税効果が生じた額を相殺すべきであると主張するが、本件還付予定額は、被告の第1期事業年度における収入に計上されるべきところ、これを計上してもなお1014万4419円の欠損が生じていたから、本件還付金が益金算入されなかったことによる節税効果は生じていない。
(エ)さらに、原告は、課税事業者選択届を提出していれば、翌課税期間以降は課税事業者となるため、納税額を損益相殺すべきであるとも主張する。しかし、納税義務が生じることは、納税義務が生じるだけの売上げを得たことに基づくのであって、課税事業者選択届の提出行為と因果関係を有するものではない。この点を措くとしても、被告の第2期事業年度における消費税納税額は0円となる見込みであり、損益相殺されるべき納税債務は存在しない。
(オ)被告は、原告に対し、協議による解決を試みたが、原告は、これに応じず、本訴を提起するに至っており、このような原告の対応からすれば、被告が正当な権利の実現を図るためには、弁護士に委任せざるを得なかったのであり、これによって被告が受けた弁護士費用相当額の損害は、17万2800円を下らない。
(カ)よって、被告は、原告に対し、反訴請求のとおり支払を求める。
イ 原告の主張
 争う。
 課税事業者選択届を提出しなければ、1期目及び2期目は消費税等を課税されないのに対し、提出した場合、1期目に消費税等の還付を受けられる一方、2期目は消費税等を課税されることになるから、仮に課税事業者選択届を提出していれば消費税等の還付が受けられたとしても、本件でその全額が被告の損害になるわけではなく、2期目に課税されることになる消費税等の額は被告の損害から差し引かれるべきである。
(4)被告代表者が原告を恫喝したといえるか否か及び原告の損害(争点4)
ア 原告の主張
 被告代表者は、原告に対し、電話で、「おたくの事務所、何があったのですか」、「私の会社は他にもありますが、皆、あなたの税理士責任は当然だと言っていますよ。私は消費税還付金を当てにして、資金繰りをやっちゃっているんだよ。どうしてくれるんですか。」などと何度も言い、様々な手続の後に還付される消費税等が、さも当然に還付されるはずだったのに原告の瑕疵で還付されなくなったと原告を恫喝した。
 原告は、被告に対し、上記の恫喝について慰謝料300万円を請求する。
イ 被告の主張
 被告代表者が、原告に対し、本件委任契約の債務不履行責任を追及したことは認めるが、これをもって「恫喝」と評価することは争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実

 前提事実のほか、証拠(後掲各書証、乙22、原告本人、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)被告の設立等
ア 被告代表者は、ダーツを趣味としていたが、被告代表者の知人であり、プロのダーツプレイヤーであるK(以下「K」という。)がそれまで勤めていたダーツバーを辞めることになったため、ダーツバーの経営をすることを目的として、平成28年10月28日、被告を設立し、Kは被告の取締役に就任した。
イ 被告は、平成28年12月10日、株式会社Mとの間で、同社が所有する東京都大田区○○○○○ビル2階部分(以下「本件店舗」という。)を賃料月額35万円で賃借するとの賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した(甲30、乙11)。
ウ 被告は、平成28年12月30日、R株式会社との間で、本件店舗の新装工事について、代金を756万円とする請負契約を締結し、平成29年1月5日、同月20日及び同年3月15日に、252万円ずつを支払った(乙12ないし15)。
エ 被告は、平成29年2月から、本件店舗の営業を開始したが、初年度(平成28年10月28日から平成29年9月30日まで)は、約600万円の赤字となった。被告代表者は、財務状況を改善させるため、消費税の還付を受けられるのであれば受けたいと考え、税理士に被告の確定申告と消費税の還付申告を依頼しようと考えた。
(2)本件委任契約の締結及び本件還付申告に至る経緯
ア 被告は、日々の売上げの管理等の日常的な経理を「freee」という会計ソフトを使って行っていたが、freeeの使用者向けに税理士を紹介するサービスが存在したことから、同サービスを利用して税理士の紹介を申し込み、原告を紹介された。
イ 被告は、平成29年9月11日、freee宛てに、原告の事務所の見積りを依頼するメールを送信した(乙1)。
  同メールには、「創立から一年Freeeで経理をしてきましたが確定申告で消費税の還付を含めた処理をする関係でプロの手が必要です」などと記載されている。
ウ これに対し、原告は、平成29年9月12日、被告代表者に対し、メールを送信した(乙2)。
  同メールには、「freee社様から、表題のご紹介を戴きました(感謝)。ご依頼内容・帳簿のチェック・・・OK ・決算申告・・・OK」、「年間6万円(税込)にてご利用戴けます。※年商5千万円まで ※消費税申告が必要になる場合は、年2万円(外税)が追加になります。」などと記載されている。
  また、「サービス内容」として、「②経理検査 freee社製の自動仕分け等による『仕訳間違い』の検査」、「③決算監査 異常値監査という簡易手法です。決算監査をし、報告書(チェックリスト)を提出します。」、「⑦税務署への届出書類 税務署届出書類一式は、弊社で作成して無料にてお届けします。既に届出た事業開始等届出書がありましたら、ダブりますので、ファックスかメールで弊社まで、お届け下さい。余談ですが、弊社でチェックしますが、今までの経験では、10社中9社は、大切な届出・申請書が漏れております(笑)。」などと記載されている。
エ 被告代表者は、平成29年9月13日、原告に対し、メールで契約したい旨を伝えたところ、Yは、同日、被告代表者に対し、メールで見積書等を送付した(乙2、3)。
オ 被告代表者は、平成29年9月19日、Yに対し、①見積書記載金額(8万4055円)の振込みが完了したこと、②契約書、税務代理権限証書、電子申告の利用同意書を送付(当メールに添付)したこと、③履歴事項全部証明書、定款、法人設立届出書、青色申告の承認申請書、源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書の送付が完了したことなどをメールで連絡し、原告と被告は、前提事実のとおり、同日付けで、本件委任契約を締結した。
  本件契約書の第5条8項には、「甲(裁判所注:被告)は乙(同:原告)に対し、遅くとも申告期限1ヶ月前までに、全ての経理資料、試算表、補助簿、その他必要な情報を提示しなければならない。」と記載されている。
  また、被告代表者は、同メールで、Yに対し、「今回の契約の中に消費税還付申告も含まれていますか?」と問い合わせた。(甲5、乙3)
カ Yは、上記オのメールに対し、同日中に、「早速のご連絡、誠にありがとうございます。ご契約時の必要書類は全てそろっておりました。また、会計freeeのデータ共有も完了しております。お問い合わせの件、お振込をいただいた料金には消費税の還付申告サービスも含まれております。」と返信した(甲5、乙3)。
キ 被告代表者は、平成29年9月22日、Yに対し、メールで、「決算及び申告に際し小職側で何かすることはありますか?」と問い合わせた。
  これに対し、Yは、平成29年10月5日、被告代表者に対し、メールで、被告のfreeeのデータを見たこと、その結果、被告のZ銀行の通帳及び同行からの借入金の返済明細を送信するよう依頼した。
  被告代表者は、同日、Yに対し、これらの資料を送付した。(甲5、乙3)
ク 原告の税理士事務所のDは、平成29年11月28日、被告代表者に対し、メールで、決算の数字が確定した旨を報告し、決算書を送付し、決算承認確認書、各勘定科目の当期残高確認書、税務代理権限証書及び定時株主総会議事録に署名・押印の上、原告宛てに送付するよう依頼した。
  なお、同メールには、「決算に際し弊社での処理・税金の計算等、通常の決算業務 ※一部仕訳において、勘定科目の振替、金額の修正」と記載され、「※消費税は1,054,518円の還付です。」と記載されている。(乙4)
ケ 原告は、平成29年11月30日、前提事実のとおり、被告の代理人として本件還付申告を行った。
(3)その後の経緯
ア 前提事実のとおり、被告が本件還付申告により消費税等の還付を受けるためには、平成29年9月30日までに課税事業者選択届を提出しなければならなかったが、提出されていなかった。
  Yは、平成29年12月15日、被告代表者に対し、メールで、「税務署から当社に連絡があり、消費税還付申告について、「消費税の課税事業者選択届出書」の提出がされていないため、申告書の取り下げが必要になる旨の連絡がありました。本件につきまして、還付申告取り下げの手続き、ならびにお客様が本来受け取れる見込みでした還付金額に関して、税理士業を専門とする保険会社への賠償金支給可否の確認中でございます。お忙しいところご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございません。」と謝罪した(乙5)。
イ 被告代表者は、原告の事務所に電話をかけ、Y及び原告に対し、還付予定額の弁償を求めた。これに対し、原告は、平成29年12月21日、被告代表者に対し、メールで、本件委任契約の締結から課税事業者選択届の提出期限まで11日間しかなく、必要書類の検査が間に合わなかったので、弁償をすることは難しいなどと回答した(甲6)。
  原告は、同日、前提事実のとおり、被告の代理人として、S税務署長に対し、本件還付申告を取り下げた。
ウ その後、被告は、平成30年2月5日、税理士会に紛議調停の申立てを行ったが(甲3)、不調に終わり、原告は、同年3月6日、本訴を提起した。
エ 被告は、本件店舗の初年度の売上げが予想を下回ったことから、本件店舗を閉店することとし、株式会社Tを介して、平成30年4月18日付けで、O株式会社に対し、本件店舗の店舗内装設備一式、厨房設備一式等を代金300万円で売却した(乙9各枝番)。
2 債務不存在確認の訴えについて
 原告の本訴のうち、本件委任契約の債務不履行による損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えについては、被告が、原告に対し、反訴として、本件委任契約の債務不履行に基づく損害賠償を求める給付訴訟を提起したことにより、確認の利益が失われたから(最高裁平成16年3月25日第一小法廷判決・民集58巻3号753頁参照)、これを却下することとする。
3 争点1について
(1)上記認定事実のとおり、被告代表者は、「消費税の還付を含めた処理をする関係でプロの手が必要」であるとして、freeeに対して税理士の紹介を依頼しており、Yは、被告代表者からの本件委任契約に消費税等の還付申告が含まれているかとの問い合わせに対し、含まれていると回答している。また、原告の報酬は年間6万円であり、消費税申告が必要になる場合は年間2万円が追加になるとされているところ、被告は、原告に対し、本件委任契約の報酬として8万円余を支払っている(乙2、3)。そして、原告は、実際に、被告の代理人として消費税の還付申告を行っているのであるから、本件委任契約の内容に、消費税の還付申告が含まれていたことは明らかである。
  これに対し、原告は、Yは消費税の還付申告も依頼があれば受け付けるという一般論を述べたに過ぎないという趣旨の主張・供述をするが、上記認定に反し採用できない。
(2)次に、本件委任契約の内容に消費税の還付申告が含まれていたとして、原告が被告に代わって課税事業者選択届を提出する義務、又は、被告に対し、課税事業者選択届の提出が必要であることを説明する義務を負っていたか検討する。
  この点、原告のメール(乙2)には「サービス内容」として、「税務署届出書類一式は、弊社で作成して無料にてお届けします」と記載されている上、「弊社でチェックしますが、今までの経験では、10社中9社は、大切な届出・申請書が漏れております」とまで記載されている。加えて、被告代表者は、Yに対し、決算及び申告に際し被告側でするべきことがあるか問い合わせているのであるから、原告は、被告に対し、少なくとも消費税の還付を受けるためには課税事業者選択届を提出する必要があることを説明し、提出の有無を確認する義務を負っていたというべきであり、原告がこの義務を怠ったことは、本件委任契約の債務不履行に当たるというべきである。
  これに対し、原告は、本件委任契約を締結した日(平成29年9月19日)は、課税事業者選択届の提出期限(同月30日)の11日前であり、課税事業者選択届を提出するか否かを吟味する十分な時間がなかったから債務不履行責任を負わないと主張し、これに沿う供述をする。
  確かに、本件契約書には、「申告期限1ヶ月前までに、全ての経理資料、試算表、補助簿、その他必要な情報を提示しなければならない」と定められている(原告は、これを「リードタイム」と表現する。)。
  しかし、本件は、被告が原告に消費税の還付申告を依頼した事案であり、被告において課税事業者を選択することは決定済みであったといえるから、原告において課税事業者選択届を提出すべき否かを吟味する必要はなく、原告は被告に対し、消費税等の還付申告を受けるために必要な課税事業者選択届を提出しているか否かを確認すれば足りたというべきであり、11日間あれば、その確認は十分に可能であったといえる。
  原告のいうリードタイムとは、申告期限の1か月前までに、申告に必要な情報を提供する必要があることを意味するものにすぎず、被告は、消費税還付申告の期限である平成29年11月30日の1か月前までに、Yから求められた資料を提出しているのであって(乙3)、課税事業者選択届の提出とは直接関係がない。
  したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
  なお、原告が責任を負わないことの根拠として証拠提出した裁判例(甲22ないし24)は、顧客から消費税の還付申告について具体的な相談がなかった事案等、いずれも本件と事案を異にするから、上記結論を左右しない。
4 争点2について
(1)仕入税額控除の適用を受けるためには、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等を保存していることが必要である。ただし、課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が3万円未満である場合には、①相手方の氏名又は名称、②年月日、③資産又は役務の内容及び④支払対価の額が記載された帳簿の保存のみで良いとされる。(消費税法30条7項、8項、同法施行令49条1項。甲41、48)
  これを本件についてみると、証拠(甲40、乙11、13ないし15、20各枝番、23)及び弁論の全趣旨によれば、別表1ないし5記載の課税仕入れ合計1602万5968円については上記の仕入税額控除の要件を満たすというべきである。
  他方、別表6については非課税であり、別表7については被告宛てのものではないことから、被告の課税仕入れとは認められない。また、総勘定元帳の開業費(甲40)に記載されている3万円未満のもののうち、別表3に記載したもの以外のものは、上記の仕入税額控除の要件を満たす記載がなされていない。
(2)これに対し、原告は、被告が主張する本件店舗の開業費について、被告が都税事務所に償却資産の申告をしていないことなどを理由に、内装設備の実体がないなどと主張し、本件店舗の賃貸借契約についても実体がないかのような主張をする。
  しかし、上記認定事実のとおり、被告が、株式会社Mとの間で本件店舗の賃貸借契約を締結し、R株式会社との間で、本件店舗の新装工事の請負契約を締結し、請負代金を支払ったことは明らかであって、都税事務所への申告の有無は本件の結論に影響せず、原告の主張は採用できない。
  なお、原告は、本件店舗の最近の状況について写真を提出しているが(甲50)、これには、被告が提出した本件店舗の写真(乙17各枝番)と同じレンガのような模様の内装が写っており、このことからも、被告が本件店舗の内装工事を行った後、内装設備等を売却した(乙9各枝番)との被告の主張が裏付けられている。
  よって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(3)他方、被告は、証拠提出した領収書等の他にも領収書等は存在し、原告(またはその従業員)は、これらの領収書等をすべて見た上で、105万4518円という還付見込み額を算出したはずであるから、原告が課税事業者選択届の提出を怠らなければ、105万4518円の消費税の還付を受けられたと主張する。
  この点、被告代表者は、freeeは、領収書は全て撮影して電子保存されるシステムになっており、原告及びその従業員は、これらの領収書を見ることができたと供述し、Yの被告代表者宛てのメール(乙3)にも「御社のfreeeのデータを見させていただきました」との記載がある。
  しかし、原告は、被告が定時株主総会で決算承認し、被告の会計帳簿上の各勘定科目について、すべて間違いないと証明した決算確認書に基づいて申告代理をしたにすぎないと主張しているところ、原告のメール(乙2)には、本件委任契約の「ご依頼内容」について、「帳簿のチェック」及び「決算申告」と記載され、帳簿と領収書等の突き合わせが「サービス内容」に含まれていたことを示す記載はなく、本件委任契約の報酬も、消費税の還付申告を含めて約8万円と廉価に止まっている。被告自身も、本件委任契約は、月々の記帳代行等の継続的な税務会計や経営コンサルティングではなく、第1期の決算申告及び消費税等還付申告の代行を委任したものであると主張している。
  そうすると、本件委任契約の内容に、帳簿と領収書等の突き合わせが含まれていたとはいえず、原告(またはその従業員)がそのような作業を行ったとは認められない(被告は、原告が、既存の資料では消費税等の還付申告を否認されるリスクがあることの説明を怠ったと主張するが、上記のような本件委任契約の内容に照らすと、原告にその点の説明義務まであったとはいえない。)。
  したがって、原告(またはその従業員)が、還付見込額を105万4518円であると説明したとしても、その裏付けとなる領収書等がすべて保存されていることを確認した上での説明であったとは認められず、領収書等がすべて保存されていたと推認することはできない。
  よって、この点に関する被告の主張は採用できない。
  なお、消費税等の還付を受けるために領収書等の保存が必要であることは、弁論準備手続において、原告から再三指摘されており、裁判所が、被告に対し、領収書等を証拠として提出するか否かを確認したところ、被告は、弁論準備手続段階で、一旦は主要なものに絞って提出するとの選択をし、その後、本人尋問の結果を踏まえて追加分(乙23)を提出したのであるから、提出の機会は十分に保証されていたといえる。
5 争点3について
(1)争点2で判断したとおり、本件では、課税仕入れ合計1602万5968円について、仕入税額控除の要件を満たすと解されるから、原告による本件委任契約の債務不履行がなければ被告が還付を受けられたであろう消費税等の金額は、下表のとおり、27万8228円となり、被告は、原告の債務不履行により、同額の損害を被ったと認められる。

(2)また、本件は、税理士との間の委任契約の債務不履行が問題となった事案であり、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属するものであるといえるから、被告が負担した弁護士費用のうち、上記損害額の約1割に相当する2万7000円は、原告の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。
  したがって、被告の損害額は、合計30万5228円となる。
(3)これに対し、被告は、上記のとおり、被告の損害は消費税等の還付見込額に止まらず、賠償金が課税対象になることを前提に、税引後に本件還付予定額が被告の手元に残るだけの賠償金が支払われなければならないと主張する。
  しかし、損害賠償金に対して課税がなされるか否か、課税されるとしていくら課税されるかは、一義的に明らかでなく(被告の主張でも未確定とされている。)、損害賠償金に対する課税を考慮して損害額を計算すべきとの被告の主張は採用できない。
(4)他方、原告は、課税事業者選択届を提出した場合には、1期目に消費税等の還付を受けられる一方、2期目から消費税が課税されることになるから、課税事業者選択届を提出しなかったことにより課税されなかった2期目の消費税等相当額を被告の損害から差し引くべきであると主張する。
  原告の上記主張は損益相殺の主張と解されるが、被告は、上記認定のとおり、平成30年4月に本件店舗の内装を売却して本件店舗を閉店しており、被告の試算(乙8)によれば、課税事業者選択届を提出していた場合における2期目の消費税等の合計税額は、4186円の還付とされているのであって、被告に、課税事業者選択届を提出しなかったことによって支出を免れた消費税等相当額が存在したと認めるに足りる証拠はない。
6 争点4について
 原告は、被告から恫喝を受けたと主張するが、その具体的内容は、原告の主張を前提にしても、「おたくの事務所、何があったのですか」、「私の会社は他にもありますが、皆、あなたの税理士責任は当然だと言っていますよ。私は消費税還付金を当てにして、資金繰りをやっちゃっているんだよ。どうしてくれるんですか。」などと繰り返し言われたというものに止まっている。上記のとおり、原告に本件委任契約の債務不履行が認められることからすると、被告の言動が原告の主張どおりであったとしても、原告に対する責任追及行為として社会通念上許容される限度を逸脱しているとはいえず、不法行為は成立しない。
 よって、原告の慰謝料請求には理由がない。
7 原告のその余の主張について
 原告は、上記のほかにも、本件委任契約が公序良俗及び信義則に違反し無効であるなど、縷々主張するが、いずれも独自の見解であり採用できない。
 なお、原告の平成31年1月27日付け文書提出命令の申立ては、必要性がないから却下する。
第4 結論
 以上によれば、原告の本訴のうち、本件委任契約の債務不履行による105万4518円の損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くから却下し、原告のその余の本訴請求は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は、原告に対し30万5228円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成30年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第34部
   裁判官 田中邦治

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