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民事2013年07月23日 公的年金受給権の時効消滅に関する政府見解の妥当性 執筆者:酒井廣幸

1 国民年金法102条1項・厚生年金保険法92条1項は、年金支給の根拠となる権利である「年金給付を受ける権利」(基本権)と、基本権から発生する「年金給付の支給を受ける権利」(支分権)とに書き分けて、いずれも支給事由が生じた日から5年経過したときは、時効によって、消滅すると定める。基本権は、支給要件に該当したときに発生する。

2 少し古いが、ある新聞記事によると、受給開始年齢から5年以上受給申請がなく時効消滅した年金が平成19年度で、2万1,828件、365億円に達したとの報道がある。また、下記政府答弁によると平成11年度から平成19年度までの9年間で約17万件であったとのことである。

3 しかし、そもそも年金受給の基本権それ自体が消滅時効にかかるかについては、議論がある。肯定説は、民法168条1項前段は支分権の時効とは別に基本権自体の消滅時効を認めた規定であり、公的年金給付を受ける権利の時効期間の定めは、基本権についての消滅時効と解すべきとする。その理由は、一定期間継続した権利不行使の状態という客観的な事実に基づいて権利を消滅させ、もって法律関係の安定を図るという消滅時効制度の趣旨は、年金受給権についても妥当するというものである(堀・年金保険法〔第3版〕333)。
 この肯定説に対しては、年金給付が受給権の発生に25年(満額の場合は40年)の保険料の拠出を必要とすること、また受給権者の長期にわたる生活の保障に欠くことのできない重要性を持っていることから、基礎年金制度では5年の時効にかかるのはいかにも不合理との批判がある。解釈論としても、厚生年金保険法の年金たる保険給付を受ける権利は具体的な年金支払請求権を指すと解すべきであり、25年以上の資格期間を満たして取得した年金受給権がわずか5年の期間の徒過により時効消滅するとは考えがたいとする見解がある(小西・社会保障法97)。

4 そこで、平成20年には、内閣に対する質問主意書の中で、消滅時効の規定を撤廃すべきではないかとの考えが示された(「年金申請遅れによる時効撤廃に関する質問主意書」第170回国会衆議院質問278号)。この質問に対する平成20年12月5日閣議決定の答弁書では、年金の基本権、支分権についても法律関係を早期に安定させる必要があることから、撤廃は適当でないと回答された。しかし、これは著しく不整合な説明であり、全く説得力を持たない議論である。

5 まず、消滅時効制度の趣旨として、権利の上に眠る者は法の保護に値しないということがいわれるが、年金受給権は長期間にわたる拠出に基づき権利が発生するところ、それがいついかなる内容の年金請求権が発生するのかについて、権利者側はほとんど情報を持っていないし、権利を基礎付ける資料も持たない。いわゆる情報の非対称性が著しい権利関係でもある。したがって、受給権発生後に法定期間内の裁定請求をしなかったからといってこれを権利の上に眠るものと非難することはできない。
 他方、年金受給権の債務者たる政府は、被保険者に関する情報を長期にわたり記録し、その給付に関する債務関係情報と記録の保存を法に基づき管理しているのであり、債務弁済に関する記録や証拠の散逸により不利益を受けるという立場には全くない。また、一般取引人とは異なり、政府には債務弁済に関する証拠書類の長期間保存の負担から早期に解放させる必要性も存在しない。したがって、事務を大量に処理するために、法律関係や会計処理を早期に決着させる必要はなく、公的年金の債務者である政府に対して弁済証拠の確保・保管の責任からの解放という消滅時効制度の趣旨は妥当しない。

6 なお、平成19年に厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(平成19年法律111号)が成立した(施行日は平成19年7月6日)。同法は、年金記録の不備があり後に年金記録が訂正されても5年以上前の支払分は受給できない問題に対応することを目的として、施行日前に年金受給権を取得していたが、年金原簿に記録された事項が訂正され、その受給権にかかる裁定が行われた場合にはその時点で5年の消滅時効が完成していた部分についても、特例として年金給付を行う等との措置を講ずるもので、特例法施行日以後に受給権を取得したものについては特例支給は行われないから、年金と時効の問題を全てカバーするものではない。

(2013年7月執筆)

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