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税務・会計2009年02月16日 会社法と会計基準 執筆者:都築敏

 我が国の法令の中で、法令およびこれと異なる法令の範囲内ではその効力規定が完結できないものはどれだけあるのだろうか。
 会社法第431条では「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」、また、会社計算規則第3条では「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌しなければならない」と定め、会社の分配可能利益の算定において重要な要素となる資本金、準備金、その他資本剰余金およびその他利益剰余金の区分等に当たり、その細則を会計基準に委ねる方法を採用している。この規定は平成17年改正前の旧商法第32条第2項においても同様に定められていたものである。この理由として、「ルールが膨大になる、改正が頻繁に必要となる等の立法技術的な要請から、そうならざるを得ない」(江頭憲治郎「株式会社法」)ことによるものとされている。
 このことが、立法技術上やむを得ないことであるにせよ、法律家や実務家を混乱させ悩ませる遠因となっている。
 例えば、会社計算規則第12条第1項において「吸収型再編対象財産の全部の取得原価を吸収型再編対価の時価その他当該吸収型再編対象財産の時価を適切に算定する方法をもって測定することとすべき場合には、吸収合併存続会社は、吸収合併に際して、資産又は負債としてのれんを計上することができる」との規定が置かれている。この内、「吸収型再編対象財産の全部の取得原価を吸収型再編対価の時価その他当該吸収型再編対象財産の時価を適切に算定する方法をもって測定することとすべき場合」とはどのような場合をいうのか、会社法令内では明らかにされていない。
 当該規定は、会計基準の一つである「企業結合に係る会計基準・同注解」(企業会計審議会、以下、「結合基準」という。)三2(2)①の「被取得企業又は取得した事業の取得原価は、原則として、取引時点の取得の対価となる財の時価を算定し、それらを合算したものとする」という会計規定にその基礎を置いている。しかし、この結合基準三2(2)①の文言だけでは、どのような種類の合併をその対象とするのかは判然としない。「吸収型再編対象財産の全部の取得原価を吸収型再編対価の時価その他当該吸収型再編対象財産の時価を適切に算定する方法をもって測定することとすべき場合」を会計上の用語では「取得」というが、この「取得」とは企業結合(合併を含む)のうち、「持分の結合」、「共同支配企業の形成」および「共通支配下の取引等」以外をいうのであり、したがって、「持分の結合」、「共同支配企業の形成」および「共通支配下の取引等」の各々の正確な内容を知らねば、「取得」もまた把握できないような仕組みとなっている。前述の結合基準三2(2)①は、企業結合が「取得」に該当する場合に、被取得企業または取得した事業の取得原価はその取得時点の時価をもって評価すべきことを定めた規定である。以上のことから、会社計算規則第12条第1項を正しく適用するためには、結合基準の全体の把握・理解が不可避となる。しかし、この結合基準自体が複雑な規定ぶりとなっており、さらに、この指針である「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(以下、「結合指針」という。)の広大な藪の中に必然的に足を踏み入れることになる。つまり、法律家や実務家にとって会計が専門領域外であるといった状況は既に過去のものに過ぎず、現実として、会計独特の専門用語に支配され、かつ、会計基準のうちでも難解な一つと言われる領域に入り込まざるを得ないのである。
 平成20年12月26日付けで、(財)財務会計基準機構内の企業会計基準委員会より「企業結合に関する会計基準」(以下、「新結合基準」という。)が公表された。この新結合基準では、従来負債として計上されてきた「負債としてののれん」(会計上は「負ののれん」と呼ぶ。)の取扱いを変更し、利益として計上すべきことを規定している(新結合基準33)。これは会計の国際的コンバージェンス(収斂)の一里塚として改定されたものである。国際的な会計基準では、負ののれん(Negative Goodwill)の負債計上は既に認められておらず、利益として計上するものとされている(IFRS3 “Business Combinations”)。各国の会計基準は、全世界的な企業活動の中で、また、連結会計が主流となる中で、国際的な一つの会計基準に収斂しつつある。これは我が国でももちろん無縁ではなく、(財)財務会計基準機構が主体となってこれに取り組み、現在、会計基準の収斂作業を加速させているところである。負ののれんの利益計上はこの一環である。
 この新結合基準33の適用に伴い、吸収合併におけるのれんおよび負ののれんの計上を定めた会社計算規則第12条から第14条までの規定は改正されざるを得ない。
 平成21年1月29日付で法務省よりパブリックコメントに付された会社計算規則改正案(以下、「改正案」という。)では、合併のみならず企業組織再編全般により生じるのれんおよび負ののれんの規定(第11条から第29条まで)が全て削除され、新たに、改正案第11条「会社は、吸収型再編、新設型再編又は事業の譲受けをする場合において、適正な額ののれんを資産又は負債として計上することができる」といった包括的なたった一つの規定だけが置かれることになった。この改正案第11条中の「適正な額ののれん」に関する会社計算規則内の規定はなく、言うまでもなく、会計基準である結合基準、新結合基準および結合指針により規定されるのれんの額を指すものと思われる。
 そもそも、従来、会社計算規則内にのれんの計上に関する詳細な規定を置いた理由は、のれんの額が分配可能額の算定要素の一つであることによるものであり(会社計算規則第186条)、かつて配当可能利益の算定構造といわれた旧商法のリジッドな計算構造からいえば、その算定過程の一部分であれ他の規定・基準にこれを譲るといったことは到底考えられないことであった。今回の改正案では、これを全面的に他に譲り、法令内では、のれんの計算だけでなくその定義さえ置かないといった徹底的な委任規定となっている。平成22年までに予定されているのれんに関する国際会計基準への完全な収斂のための再度の結合基準改正をも見越した、今回の改正案と思われる。
 法令と会計基準の関係は果たしてどういったものであろうか。主従関係であろうか、あるいは、並列的な関係であろうか。公認会計士という立場からすれば、会計基準は自然の摂理のようなものであって、人為的に動かされるようなものではない、との基本的な認識は強い。法令が人の作為に基づくものであるならば、人の作為の及ばない領域が会計基準であるといった認識である。旧商法は会計領域をコントロールしようとしたが、会社法ではこれを放擲したように思える。日本の会計基準が国際的な会計基準と乖離した理由のひとつには、旧商法が会計基準をその中に置こうとしたことによる変化への対応柔軟性の欠乏が挙げられるように思う。会社法と会計基準との適正な関係が今回の改正においてようやく成立したと考えるべきであろう。
 しかし、国際的な会計基準の変遷が我が国の会計基準を動かし、さらに、国内法をも動かすといった一連の流れについて、旧商法時代の規制下に長く身を置きすぎた私だからであろうか、これが現在における望ましい順序とはいえ、何か狐につままれたような不思議な感慨を覚えるのである。

(2009年2月執筆)

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