解説記事2003年07月14日 【編集部解説】 低報酬の労働組合監査、会計士はどこまでやるべき?(2003年7月14日号・№027)
解説
横領発見できない会計士に3千万円の賠償命令!
低報酬の労働組合監査、会計士はどこまでやるべき?
4月14日、東京地裁で労働組合書記長の横領による損害を受けた労働組合(原告)が、損害は労働組合の法定監査を担当した公認会計士(個人:被告)が通常実施すべき監査手続を怠ったことに起因するとして、公認会計士2名に対し約1億円の損害賠償を請求する事件の判決が下された。判決は、公認会計士に対し労働組合へ3,053万円の損害賠償を命じるという公認会計士にとって厳しい内容。
この事件は、T社の労働組合の書記長が平成2年から平成9年までの間に1億2,178万円を横領し、遊興費に費消していた事件(事件発覚後、2千万円については返還済み)において、労働組合側が、監査を担当していた公認会計士に任務懈怠による損害賠償を請求した民事訴訟(平成13年(ワ)第4057号)。

争点は3つ
主な争点は、①監査契約上の債務不履行があったのか(=労働組合監査における預金残高の監査手続として「通常実施すべき監査手続」とは何か)、②債務不履行があったとして原告の損害との因果関係があるか、③内部統制組織の構築を怠った原告の本訴請求は、信義則違反であるか-の3点。
争点①「監査契約上の債務不履行があったのか」
T社労組は当時、複式簿記を採用しておらず、単式簿記であったため預金元帳は存在しなかった。そこで、決算時の各行の預金残高については各行の預金通帳を基礎とせざるを得なかった。そのような状況下で、被告(公認会計士)は横領口座における預金残高の実在性を心証を得るための監査手続としては、平成2年から4年までは書記長の提示した「労働金庫の預金残高証明書の偽造コピー」を用いて、また、平成5年からは書記長の提示した「労働金庫の印鑑を偽造した上で本物そっくりに偽造した残高証明書」を用いて、残高(前述の理由により預金通帳。しかも、偽造コピー)と突合する手続しか行っていなかった。裁判では、労働組合における預金残高の監査手続として「通常実施すべき監査手続」とは何かが問題となった。
労組側の主張
この点、原告(T社労組)側は「確かに、労働組合の監査基準というものはないが、企業会計審議会の『監査基準』等があるし、労働組合と同じ非営利法人である学校法人の会計監査では日本公認会計士協会の『学校法人監査手続一覧表』において『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』を行う旨の規定がある。また、労働組合監査は法定監査であるため、『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』は当然実施されるべき。」といった内容の主張を展開。
会計士側の主張
一方、被告(公認会計士)側は「そもそも、公認会計士による会計監査は不正・誤謬の発見を目的とするものではない。今回の原告・被告間でも不正・誤謬の発見を目的とする特約はない。労働組合の会計監査は、監査の依頼が組合大会の直前になされることが多く(本件においては、継続的な監査契約を締結していたわけではなく、毎年、組合大会の2週間ほど前に監査の依頼があった)、企業の会計監査のように公認会計士が残高証明書を預金先から直接入手することが不可能。
労働組合は企業ではない以上、企業会計審議会が定めている『監査基準等』は適用されない。
また、労働組合は私学助成金に類する助成金を収受していない点及び事業体でない点で学校法人とは明らかに異なる存在であるから、学校法人の会計監査に関する日本公認会計士協会の『学校法人監査手続一覧表』を参考にすることもできない。
さらに、法定監査であるか否かは、監査人の注意義務の程度・内容とは何の関連性もない。また、中間監査基準では確認が要求されていない。
よって、労働金庫名義の残高証明書の提示を受けるだけで必要十分である」といった内容で反論している。
判決
これにつき、判決は「そもそも会計監査は不正・誤謬の発見を目的としない。しかし、昭和62年に企業幹部による大規模横領事件が発覚した。これにより、会計監査の実務において、計算書類の適正性・適法性を確かめる前提として不正・誤謬の発見が一定の比重を持つものと認識されるようになったと認められる。大蔵省企業会計審議会が『財務諸表に重要な影響を及ぼす不正行為等の発生の可能性に対処するため、相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続を充実強化すること』を目的として、平成元年5月に監査実施基準を改訂し、さらに、平成3年12月財務諸表における重要な虚偽記載を看過してはならない旨規定し、もって不正行為に対する公認会計士の責任を明示したのは、上記のような会計監査に係る世間一般の認識の変化を反映したもの。これらのことからすると、会計監査は不正・誤謬の発見を目的とするものではないものの、平成元年頃以降の会計監査に関する限り、公認会計士が計算書類の監査を行うにあたっては、計算書類の適正性・適法性を確かめる前提として、不正・誤謬がありうる事を当然念頭において監査すべきであり、したがって、公認会計士の適正意見は当該計算書類に全体として重要な虚偽記載の表示がないことについて合理的な保証を得たとの判断を含んでいるというべき。この理は、企業の会計監査においても労働組合監査においても等しく妥当するものというべき。預金の実在性という監査要点は、特段の事情がない限り、『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』は通常実施すべき監査手続として要求されている。よって、監査契約上の注意義務の内容をなしている。」と、労働組合の会計監査における預金残高の実在性に関する通常実施すべき監査手続は「①銀行への確認」又は「②通帳実査」であるとした。
その上で、本件にあてはめを行っている。「もっとも、確認上の発送・回収・残高との突合という一連の手続には1ヶ月程度の期間を費やす。監査を依頼されるのが毎年組合大会の2週間ほど前では、金融機関に直接確認するという義務を負っていたとはいえない。」として、「①銀行への確認」を行わなかったことはやむを得ないとした。
しかし、「報酬が低く(毎年約70万円前後)、監査日数も限られていた状況であっても、預金通帳の原本の実査はできたはず。横領口座以外の預金口座に係る預金通帳については平成2年以降も原本とコピーの双方を被告らに提示していた。まして、原告は単式簿記を採用しており預金元帳がなかったということを併せ考慮すると、本件では預金通帳の原本を実査することが通常の会計監査の場合にも増して強く要請されていた。被告は『労働金庫名義の残高証明書の提示を受けるだけで必要十分』と主張している。しかし、平成2年から4年の間に関しては残高証明書のコピーと突合していたというのであるから主張は失当。また、平成5年以降に関しては、不正がありうることを念頭において考えれば、『直接確認』と『原告から残高証明書を提示される』というのは質的に見て格段の違いがある。
よって、被告らは監査契約上の注意義務として預金通帳の原本を実査すべき義務を負っていた。よって、預金通帳の原本を実査していないのは監査契約上の注意義務違反がある。」として、「②通帳実査」をしていないことにつき、本件公認会計士の監査契約上の債務不履行を認めた。
争点②「債務不履行があったとして原告の損害との因果関係があるか」
書記長は昭和60年から平成5年まで本部会計、平成5年から平成11年までは本部書記長であった。そして、通帳、組合印、職印は書記局に保管され、書記長一人で管理していた。いつでも支払伝票に押印し、情を知らない書記に労働金庫からの払い戻し手続を依頼できた。このように書記長は、現預金の出納、保管及び計算書類の作成等会計業務を一手に取り仕切っていた。また、原告(労組)における年2回の内部監査は、会計の基本的知識さえ有しない会計担当役員によってなされる極めて形式的なものであった。
会計士側の主張
被告は「①原告の内部統制組織の構築を怠っていたという任務懈怠、②書記長は自らの横領が発覚しないように、監査対象決算書類とは内容の異なる決算書類を原告の組合大会に提出し、それに会計監査をしたような外観(*)を作出した、③平成5年の監査以降、書記長は金融機関の偽造印鑑を用いて精巧な残高証明書を作成し、被告に提出していた、という原告の行為が介入して損害が拡大したといえる。」という観点に、「会計監査における注意義務違反から生じる通常の損害は、監査人が表明した適正意見を信頼したことによって蒙った損害に限られる。よって、公認会計士の監査報告書はまったく利用されなかった(*)のだから、仮に注意義務違反があったとしても因果関係は認められない」という観点も加えて「各年度の監査とそれ以降に発生した損害との間に相当因果関係はない。」と主張。
判決
これに対し、判決は「預金通帳の原本を実査していれば損害は防止できた。よって、前記債務不履行から通常発生すべき損害に含まれるというべきであり、相当因果関係が認められる。なお、組合大会に監査報告書が提出されてないということのみをもって、被告の債務不履行と原告の損害との因果関係が否定されたと解する余地はない」とした。
*:建物売却還付金があり、特別会計の定期預金に入金された。これにつき、公認会計士には還付金の存在を伏せた上で、一般会計の横領分の穴埋めに流用した(図A)。一方で、内部用決算資料(組合大会に提出される)には定期預金が存在するように記載した。もっとも、公認会計士の監査報告書上明記される監査対象には「特別会計の定期預金」が記載されてないため、組合大会に提出する決算資料に公認会計士の監査報告書を添付すると、不整合が生じることになり、横領が発覚する危険があった。そこで、組合大会に提出する決算資料に公認会計士の監査報告書を添付せずに(労働組合法5条2項7号違反)、組合役員名の会計監査報告書を添付し、組合大会を乗り切った。その結果、公認会計士の監査報告書は利用されることはなかった。(図B)

争点③「内部統制組織の構築を怠った原告側に、信義則違反があるか」
「被告は原告に複式簿記の採用をたびたび勧めていた。原告は、書記長の金遣いが荒くなったのに内部統制組織を構築しようとせず、非常に形式的な内部監査ですませていた。内部統制組織の構築任務を怠っていた原告の役員に対して何ら賠償請求がなされず、被告らに対してのみ賠償請求をしている。しかも、原告の現在の役員の中に書記長が横領行為を行っていた当時自ら役員の地位にあった者も存在する。このように、自らの賠償責任を何ら果たさない原告が被告に損害賠償を請求するのはクリーンハンズの原則(手の汚れた者は法の保護に値しないという原則)から認められるべきではない」と被告が主張。
しかし、判決は「クリーンハンズの原則は過失相殺において考慮されるべき事項。過失相殺によって当事者間の実質的公平が図られる。原告は内部統制組織をまったく機能させていなかったので、原告にも相当重大な責任がある。もっとも、労働組合においては企業に匹敵する程度の内部統制構築はそもそも困難。よって、7割の過失相殺。」とした。
日本コッパース事件とどう違う?
日本コッパース事件控訴審判決(東京高判平成7年9月28日)は監査人が残高証明書を金融機関から直接入手(確認)する義務を否定している。しかし、これはあくまで平成元年5月の監査実施基準改正前の話であり、改正後は確認の必要性の認識が高まり、判決にあるように状況が変化したといえよう。なお、日本コッパース事件は任意監査であった。
労働組合監査の報酬は年100万円を切るケースが多い。よって、それほど監査日数を費やすことができないのが現実(被告の場合、年間延べ6日程度)。また、監査調書にとじこむ関係上コピーを依頼する場面が多い。しかし、同時に原本も入手すべきことは基本中の基本である。基本を守りつつも、いかに効率よく心証を形成するかが公認会計士には求められているといえよう。
横領発見できない会計士に3千万円の賠償命令!
低報酬の労働組合監査、会計士はどこまでやるべき?
4月14日、東京地裁で労働組合書記長の横領による損害を受けた労働組合(原告)が、損害は労働組合の法定監査を担当した公認会計士(個人:被告)が通常実施すべき監査手続を怠ったことに起因するとして、公認会計士2名に対し約1億円の損害賠償を請求する事件の判決が下された。判決は、公認会計士に対し労働組合へ3,053万円の損害賠償を命じるという公認会計士にとって厳しい内容。
この事件は、T社の労働組合の書記長が平成2年から平成9年までの間に1億2,178万円を横領し、遊興費に費消していた事件(事件発覚後、2千万円については返還済み)において、労働組合側が、監査を担当していた公認会計士に任務懈怠による損害賠償を請求した民事訴訟(平成13年(ワ)第4057号)。

争点は3つ
主な争点は、①監査契約上の債務不履行があったのか(=労働組合監査における預金残高の監査手続として「通常実施すべき監査手続」とは何か)、②債務不履行があったとして原告の損害との因果関係があるか、③内部統制組織の構築を怠った原告の本訴請求は、信義則違反であるか-の3点。
争点①「監査契約上の債務不履行があったのか」
T社労組は当時、複式簿記を採用しておらず、単式簿記であったため預金元帳は存在しなかった。そこで、決算時の各行の預金残高については各行の預金通帳を基礎とせざるを得なかった。そのような状況下で、被告(公認会計士)は横領口座における預金残高の実在性を心証を得るための監査手続としては、平成2年から4年までは書記長の提示した「労働金庫の預金残高証明書の偽造コピー」を用いて、また、平成5年からは書記長の提示した「労働金庫の印鑑を偽造した上で本物そっくりに偽造した残高証明書」を用いて、残高(前述の理由により預金通帳。しかも、偽造コピー)と突合する手続しか行っていなかった。裁判では、労働組合における預金残高の監査手続として「通常実施すべき監査手続」とは何かが問題となった。
労組側の主張
この点、原告(T社労組)側は「確かに、労働組合の監査基準というものはないが、企業会計審議会の『監査基準』等があるし、労働組合と同じ非営利法人である学校法人の会計監査では日本公認会計士協会の『学校法人監査手続一覧表』において『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』を行う旨の規定がある。また、労働組合監査は法定監査であるため、『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』は当然実施されるべき。」といった内容の主張を展開。
会計士側の主張
一方、被告(公認会計士)側は「そもそも、公認会計士による会計監査は不正・誤謬の発見を目的とするものではない。今回の原告・被告間でも不正・誤謬の発見を目的とする特約はない。労働組合の会計監査は、監査の依頼が組合大会の直前になされることが多く(本件においては、継続的な監査契約を締結していたわけではなく、毎年、組合大会の2週間ほど前に監査の依頼があった)、企業の会計監査のように公認会計士が残高証明書を預金先から直接入手することが不可能。
労働組合は企業ではない以上、企業会計審議会が定めている『監査基準等』は適用されない。
また、労働組合は私学助成金に類する助成金を収受していない点及び事業体でない点で学校法人とは明らかに異なる存在であるから、学校法人の会計監査に関する日本公認会計士協会の『学校法人監査手続一覧表』を参考にすることもできない。
さらに、法定監査であるか否かは、監査人の注意義務の程度・内容とは何の関連性もない。また、中間監査基準では確認が要求されていない。
よって、労働金庫名義の残高証明書の提示を受けるだけで必要十分である」といった内容で反論している。
判決
これにつき、判決は「そもそも会計監査は不正・誤謬の発見を目的としない。しかし、昭和62年に企業幹部による大規模横領事件が発覚した。これにより、会計監査の実務において、計算書類の適正性・適法性を確かめる前提として不正・誤謬の発見が一定の比重を持つものと認識されるようになったと認められる。大蔵省企業会計審議会が『財務諸表に重要な影響を及ぼす不正行為等の発生の可能性に対処するため、相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続を充実強化すること』を目的として、平成元年5月に監査実施基準を改訂し、さらに、平成3年12月財務諸表における重要な虚偽記載を看過してはならない旨規定し、もって不正行為に対する公認会計士の責任を明示したのは、上記のような会計監査に係る世間一般の認識の変化を反映したもの。これらのことからすると、会計監査は不正・誤謬の発見を目的とするものではないものの、平成元年頃以降の会計監査に関する限り、公認会計士が計算書類の監査を行うにあたっては、計算書類の適正性・適法性を確かめる前提として、不正・誤謬がありうる事を当然念頭において監査すべきであり、したがって、公認会計士の適正意見は当該計算書類に全体として重要な虚偽記載の表示がないことについて合理的な保証を得たとの判断を含んでいるというべき。この理は、企業の会計監査においても労働組合監査においても等しく妥当するものというべき。預金の実在性という監査要点は、特段の事情がない限り、『預金先に対して直接預金残高の確認をするか又は預金通帳の原本の実査』は通常実施すべき監査手続として要求されている。よって、監査契約上の注意義務の内容をなしている。」と、労働組合の会計監査における預金残高の実在性に関する通常実施すべき監査手続は「①銀行への確認」又は「②通帳実査」であるとした。
その上で、本件にあてはめを行っている。「もっとも、確認上の発送・回収・残高との突合という一連の手続には1ヶ月程度の期間を費やす。監査を依頼されるのが毎年組合大会の2週間ほど前では、金融機関に直接確認するという義務を負っていたとはいえない。」として、「①銀行への確認」を行わなかったことはやむを得ないとした。
しかし、「報酬が低く(毎年約70万円前後)、監査日数も限られていた状況であっても、預金通帳の原本の実査はできたはず。横領口座以外の預金口座に係る預金通帳については平成2年以降も原本とコピーの双方を被告らに提示していた。まして、原告は単式簿記を採用しており預金元帳がなかったということを併せ考慮すると、本件では預金通帳の原本を実査することが通常の会計監査の場合にも増して強く要請されていた。被告は『労働金庫名義の残高証明書の提示を受けるだけで必要十分』と主張している。しかし、平成2年から4年の間に関しては残高証明書のコピーと突合していたというのであるから主張は失当。また、平成5年以降に関しては、不正がありうることを念頭において考えれば、『直接確認』と『原告から残高証明書を提示される』というのは質的に見て格段の違いがある。
よって、被告らは監査契約上の注意義務として預金通帳の原本を実査すべき義務を負っていた。よって、預金通帳の原本を実査していないのは監査契約上の注意義務違反がある。」として、「②通帳実査」をしていないことにつき、本件公認会計士の監査契約上の債務不履行を認めた。
争点②「債務不履行があったとして原告の損害との因果関係があるか」
書記長は昭和60年から平成5年まで本部会計、平成5年から平成11年までは本部書記長であった。そして、通帳、組合印、職印は書記局に保管され、書記長一人で管理していた。いつでも支払伝票に押印し、情を知らない書記に労働金庫からの払い戻し手続を依頼できた。このように書記長は、現預金の出納、保管及び計算書類の作成等会計業務を一手に取り仕切っていた。また、原告(労組)における年2回の内部監査は、会計の基本的知識さえ有しない会計担当役員によってなされる極めて形式的なものであった。
会計士側の主張
被告は「①原告の内部統制組織の構築を怠っていたという任務懈怠、②書記長は自らの横領が発覚しないように、監査対象決算書類とは内容の異なる決算書類を原告の組合大会に提出し、それに会計監査をしたような外観(*)を作出した、③平成5年の監査以降、書記長は金融機関の偽造印鑑を用いて精巧な残高証明書を作成し、被告に提出していた、という原告の行為が介入して損害が拡大したといえる。」という観点に、「会計監査における注意義務違反から生じる通常の損害は、監査人が表明した適正意見を信頼したことによって蒙った損害に限られる。よって、公認会計士の監査報告書はまったく利用されなかった(*)のだから、仮に注意義務違反があったとしても因果関係は認められない」という観点も加えて「各年度の監査とそれ以降に発生した損害との間に相当因果関係はない。」と主張。
判決
これに対し、判決は「預金通帳の原本を実査していれば損害は防止できた。よって、前記債務不履行から通常発生すべき損害に含まれるというべきであり、相当因果関係が認められる。なお、組合大会に監査報告書が提出されてないということのみをもって、被告の債務不履行と原告の損害との因果関係が否定されたと解する余地はない」とした。
*:建物売却還付金があり、特別会計の定期預金に入金された。これにつき、公認会計士には還付金の存在を伏せた上で、一般会計の横領分の穴埋めに流用した(図A)。一方で、内部用決算資料(組合大会に提出される)には定期預金が存在するように記載した。もっとも、公認会計士の監査報告書上明記される監査対象には「特別会計の定期預金」が記載されてないため、組合大会に提出する決算資料に公認会計士の監査報告書を添付すると、不整合が生じることになり、横領が発覚する危険があった。そこで、組合大会に提出する決算資料に公認会計士の監査報告書を添付せずに(労働組合法5条2項7号違反)、組合役員名の会計監査報告書を添付し、組合大会を乗り切った。その結果、公認会計士の監査報告書は利用されることはなかった。(図B)

争点③「内部統制組織の構築を怠った原告側に、信義則違反があるか」
「被告は原告に複式簿記の採用をたびたび勧めていた。原告は、書記長の金遣いが荒くなったのに内部統制組織を構築しようとせず、非常に形式的な内部監査ですませていた。内部統制組織の構築任務を怠っていた原告の役員に対して何ら賠償請求がなされず、被告らに対してのみ賠償請求をしている。しかも、原告の現在の役員の中に書記長が横領行為を行っていた当時自ら役員の地位にあった者も存在する。このように、自らの賠償責任を何ら果たさない原告が被告に損害賠償を請求するのはクリーンハンズの原則(手の汚れた者は法の保護に値しないという原則)から認められるべきではない」と被告が主張。
しかし、判決は「クリーンハンズの原則は過失相殺において考慮されるべき事項。過失相殺によって当事者間の実質的公平が図られる。原告は内部統制組織をまったく機能させていなかったので、原告にも相当重大な責任がある。もっとも、労働組合においては企業に匹敵する程度の内部統制構築はそもそも困難。よって、7割の過失相殺。」とした。
日本コッパース事件とどう違う?
日本コッパース事件控訴審判決(東京高判平成7年9月28日)は監査人が残高証明書を金融機関から直接入手(確認)する義務を否定している。しかし、これはあくまで平成元年5月の監査実施基準改正前の話であり、改正後は確認の必要性の認識が高まり、判決にあるように状況が変化したといえよう。なお、日本コッパース事件は任意監査であった。
労働組合監査の報酬は年100万円を切るケースが多い。よって、それほど監査日数を費やすことができないのが現実(被告の場合、年間延べ6日程度)。また、監査調書にとじこむ関係上コピーを依頼する場面が多い。しかし、同時に原本も入手すべきことは基本中の基本である。基本を守りつつも、いかに効率よく心証を形成するかが公認会計士には求められているといえよう。
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