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解説記事2003年12月01日 【最新判決研究】 固定資産税における「適正な時価」と固定資産評価基準の法的性格(2003年12月 1日号・№045)

最新判決研究

固定資産税における「適正な時価」と固定資産評価基準の法的性格
静岡地裁平成13年(行ウ)第4号
平成15年5月29日判決

品川 芳宣
筑波大学大学院教授



一、事実

(1)X(原告)は、国家公務員の共済年金等長期給付事業に関する業務及び福祉事業に関する業務を行っている者であり、平成12年度の固定資産税の賦課期日である平成12年1月1日現在、次の①から③までの不動産(Xが福祉事業として設置及び運営している宿泊施設「KKRホテル熱海」の施設の敷地及び建物、以下「本件各不動産」という。)を所有し、本件各不動産に係る同年度の固定資産税の納税義務を負う者である。
① 熱海市春日町1番5所在の宅地18,248.35平方メートル(以下「本件土地1」という。)
② 熱海市春日町1番6所在の宅地575.85平方メートル(以下「本件土地2」という。本件土地1と合わせて「本件各土地」という。)
③ 熱海市春日町1番5所在の地下2階付7階建の鉄筋コンクリート造建物(以下「本件建物」という。)
(2)熱海市長は、本件各不動産に対する平成12年度の固定資産税の課税標準となるべき価格を次のとおり決定し、これを固定資産課税台帳に登録した。
 ① 本件土地1 7億9929万8500円
 ② 本件土地2 7432万4380円
 ③ 本件建物 26億7216万7110円
  Xは、この登録価格(以下「本件登録価格」という。)を不服とし、平成12年6月7日、Y固定資産評価審査会(被告)に対し、それぞれ審査の申出(以下「本件各申出」という。)をした。Yは、同年11月10日、本件各申出をいずれも棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。Xは、本件決定を不服とし、その取消しを求めて本訴を提起した。


二、争点と当事者の主張


1 争点


 本件の争点は、本件各不動産の登録価格が「適正な時価」といえるか否かであるが、その主要な論点は、次のとおりである。
① 固定資産評価基準(以下「評価基準」という。)は法的拘束力を有し、同基準によって評価・決定された価格が「適正な時価」と言えるか。
② 固定資産評価基準に基づく評価において、適正な減価修正が行われているか。
③ 「適正な時価」の評価において、収益還元法を適用又は併用すべきか。また、収益還元法の内容いかん。
④ 本件各不動産の価格の評価において、土地建物を一体として評価すべきか、あるいは、それぞれ別個に評価すべきか。
⑤ マンション建築を規制する市長声明は減価補正の対象となるか。また、それはどの程度か。

2 Yの主張
(1)地方税法(以下「法」という。)は、評価基準に法的拘束力を認めているのであるから、評価基準によって評価、決定された価格こそが法341条5号所定の「適正な時価」である。そして、本件各土地及び本件建物については、以下のとおり評価基準に従って評価されているから、その評価は当然に適法である。
  なお、固定資産税の法的性格は、土地それ自体の資産価値に担税力を求める財産税であるから、その「適正な時価」の評価方法は、現実の取引価格を基礎に非正常な要素を排除して判断するという売買実例価額方式が予定されているのであって、収益還元法によるべきではない。
(2)本件各土地の正面路線価の基準となる標準宅地として、熱海市田原本町89番6に所在する土地(以下「本件標準宅地甲」という。)を選定し、側方路線価の基礎となる標準宅地として、同市海光町156番20に所在する土地(以下「本件標準宅地乙」という。)を選定した。
  本件標準宅地甲及び乙については、平成11年1月1日現在における不動産鑑定士による鑑定評価額を基に、それぞれ7割評価と所要の画地調整を行って、本件各土地の「適正な時価」を評価した。
(3)本件建物については、標準家屋を選定した上で当該上昇率を算定し、本件建物の平成12年における再建築費評点数を25億954万点余と付設した。
  本件建物は、平成10年4月に建築され、基準年度の賦課期日(平成12年1月1日)において、経過年数が2年となることから、経過減点補正率を非木造家屋経年減点補正率基準表により、0.968とし、需給事情による減点補正については、本件建物は平成10年建築の新しい建物であり、その所在地域(観光地区)からして旅館(ホテル)である本件建物の価額が減少することもないため、補正はしていない。

3 Xの主張
(1)法341条5号にいう「適正な時価」とは、正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格すなわち客観的な交換価値である。この適正な時価を把握するに当たり、収益還元法を適用すべきであり、又は併用することを妨げるべきである。
  本件の対象は、観光客の減少傾向の目立つリゾート地のホテル用土地建物であり、このような実需の乏しい物件についての客観的交換価値すなわち合理的な取引者の購買意欲を喚起し、実際に購入に踏み切る可能性のある価格はいくらかを把握するためには、取引事例法や原価法によることは不可能であり、収益還元法の採用が不可欠である。
(2)X提出の岡本鑑定によれば、本件各土地及び本件建物の鑑定評価額は合計12億円(内訳は、本件各土地の評価額が6億0319万3600円、本件建物が5億9680万6400円である。)とされている。この鑑定は、評価の過程において考えられる種々の方式による計算を懇切に提示した上、結論として収益還元法のうちDCF法を重視して鑑定価額を決定しているのであり、岡本鑑定による鑑定評価額が本件各土地及び本件建物の「適正な時価」であるというべきである。
(3)Yは、本件各土地について、Y提出の芹沢鑑定による評価額が「適正な時価」である旨主張するが、同鑑定は、収益還元法による試算さえ行っておらず、また、本件各土地に係る市長声明によるマンション建設規制による減価要因を考慮していないから、本件各土地の「適正な時価」を評価しているとはいえない。


三、判決要旨


請求棄却。

(1)固定資産税は、固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格を課税標準とすることを前提として(法349①)、固定資産の所有者に対して(法343①)、これに担税力を認めて課税される財産税である。このような固定資産税の性質からすると、その課税標準又はその算定基礎となる不動産の「適正な時価」(法341五)とは、正常な条件の下に成立する当該不動産の取引価格、すなわち、客観的な交換価値(以下「三」において「客観的時価」という。)をいうものと解すべきである。
(2)法は、固定資産課税台帳に登録すべき価格を基準年度に係る賦課期日における価格としているのであるから(法349①)、同登録価格は、賦課期日である当該年度の初日の属する年の1月1日(本件では平成12年1月1日)時点を基準日として、同日における客観的時価をもって算定すべきである。
  なお、法は、市町村長の価格決定は毎年2月末日までに行うべきものと定めている(法410)ところ、この価格決定の作業に従事し得る人的資源には限りがあるのに対して課税対象となる不動産が大量に存在することからすれば、前記賦課期日から2か月の間に価格調査を行った上で適正な時価を算定する諸手続を完了することは実際上困難であり、法が賦課期日における価格算定の資料とするための標準宅地等の価格評定について、賦課期日からこれらの評価事務に要する相当な期間をさかのぼった時点を価格調査の基準日としてこれを実施することを禁止しているということはできない(ただし、固定資産税課税台帳に登録すべき価格は、あくまで賦課期日における客観的時価であるから、その間の時点修正を行うべき必要があることは当然である。)。
(3)法は、自治大臣の定めた評価基準という定型的、統一的な基準に従ってその評価を行わせることとし、これにより大量に存在する固定資産の評価を一定の期間内に適正に行い、各市町村の固定資産の間の評価の均衡を確保し、評価にかかわる者の個人差に基づく不均衡を解消しようとしているものと解される。このように、評価基準に従った評価方法は、一定の制約の下で可及的に「適正な時価」に接近するための方法として許容されているものであり、かかる法の趣旨からすると、ある固定資産の価格算出方法が評価基準に従って適正に行われている以上、特段の反証のない限り、評価基準に従って算出された評価額が客観的時価であるというべきである。
  もっとも、評価基準に従った評価は、前記のとおり可及的に「適正な時価」に接近するための方法として許容されているものであり、登録価格が賦課期日における対象不動産の客観的時価を上回ることまでも許容するものではないから、評価基準に従って適正に対象不動産の評価が行われているとしても、結果として登録価格が賦課期日における対象不動産の客観的時価を上回る旨の反証がなされた場合は、その限度で登録価格の決定は違法になるというべきであり、その意味において、評価基準に法的拘束力があるとはいえないと解される。
(4)本件各不動産の評価額の算出は、評価基準に従って適正に行われたと認められる。Xは、上記評価額の算出は、当然考慮すべき減価修正を怠った点に違法がある旨主張するが、どのような減価修正を行わなかった点が違法であるかなど具体的な主張を欠く上、前記評価の手順等の適正を左右する証拠もないから、Xの主張は採用できない。
  以上によれば、特段の反証のない限り、本件各不動産の各評価額は、客観的時価であるというべきである。
(5)Xは、固定資産税課税のための評価は、収益還元法による評価が最もふさわしい評価方法であり、本件各不動産の評価においては収益還元法の採用が不可欠であるとし、本件各不動産の評価額を収益還元法のうちDCF法による価額を標準とし、積算価格及び他の試算価格を総合的に勘案すると、その時価は合計12億円(内訳は本件各土地が6億0319万3600円、本件建物が5億9680万6400円)が相当である旨主張して、この主張に沿う証拠として岡本鑑定及び宮田鑑定を提出している。このXの主張立証は、前記の「特段の反証」をする趣旨と解されるので、これについて、以下、検討する。
(6)岡本鑑定のDCF法による評価は、価格算出の前提となるKKRホテル熱海の純収益について、売上高として平成13年度計画値(9億7369万円余)を採用している。岡本鑑定によれば、この値は、「市内の他のホテルと比して宿泊料金が低いことが稼働率を高めているという相関関係があり、また利用客が組合員中心であることなども考慮し、最大限の経営努力を払うことを前提として」採用したとされる。しかし、証拠によれば、平成13年度決算によるKKRホテル熱海の当該年度の売上高は合計約9億0877万円余であると認められ、岡本鑑定の採用した値を大きく下回っている。他方、経費についても、岡本鑑定では、例えば、一般管理費のうち修繕費について平成13年度計画による金額(1460万円余)が過大であるとして平成12年度実績値(454万円余)を採用しているが、証拠によれば、平成13年度の修繕費の実績値は918万円であると認められ、岡本鑑定の採用した値を大きく上回っている。
  以上によれば、岡本鑑定の採用した本件各不動産の売上高及び費用については、それが適正なものであるかについて疑問を抱かざるを得ない。そして、DCF法を含む収益還元法により対象物件を適正に評価するためには、当該物件の純収益を適正に算定することが大前提となることからすると、岡本鑑定がDCF法を適用して評価した本件各不動産の評価額についても直ちに適正な時価として採用することはできないというべきである。
(7)岡本鑑定は、本件各土地について、複数の方法による評定を行い、これに市長声明を考慮した修正を加えるという方法を採用している。市長声明を考慮した修正は、複利現価率を乗ずるという方法で行っているが、複利現価率算出の前提となる主な条件は、①市長声明が今後10年間有効に存続するというものと、②10年間の土地の下落率を年8パーセント、期待利回り3パーセントとするというものである。これらの条件設定のうち、①の市長声明の存続期間は、これが何年存続するかにより岡本鑑定による評価が大きく異なってくるところ、岡本鑑定は、過去の経緯などを考慮してとしているものの、それ以上の説明はなく、この存続期間は必ずしも合理的な根拠に基づく評価とはいえない。また、②の条件のうち、10年間の地価下落率を年8パーセントと想定するのは、あまりにも大きな下落率を想定したものというべきである。この結果、岡本鑑定は、複利現価率を0.3445と算出し、本件各土地の価格は、市長声明が存在しない場合に比して35パーセント弱の価格に下落するという評価となっており、この結論のみを見ても、その前提条件の検討が不十分であったと評価せざるを得ない。
  以上によれば、岡本鑑定の積算価格の方法による土地の評価も、これを適正な時価の評価として直ちに採用することはできないというほかない。
(8)岡本鑑定は、本件建物の取得調達原価を72億円としておきながら、再調達原価を41億円として評価を行っている。この理由について、岡本鑑定は、「現在における建築工事の実際及び建築工事費の実態を反映させ、本件建物と同規模、同等の建物の一般的な工事費と考えられる工事費、工事受注競争の実体等を勘案し、建築士の意見を考慮して、本件建物と同規模、同等の建物の建築費用を概算推定」したとしているが、本件建物のように建築からそれほど年数の経過していない建物については、通常、取得調達原価をそのまま再調達原価として採用すると解されるところ、上記のような説明のみでは、再調達原価を取得調達原価の6割弱まで減じて評価することの合理的な説明がなされたとはいえない。
  次に、岡本鑑定では、本件建物の評価に当たり、経済的、機能的減価修正として8割を減じる修正を行っている。岡本鑑定は、この経済的、機能的減価修正について、「リプレースメントコスト」(現在における標準的な資材やデザインを使って、その現在価格を基礎として、同様あるいは同等の有用性をもつ建物を建設するために要する費用)という概念を持ち出し、ホテルとしての利用を目的とする対象不動産は、同等の機能が再現できれば全くの複製である必要性はないので、特殊な事情によって、標準的でない資材や工法によって建てられた場合には、「リプレースメントコスト」を考慮することも考えられるとしている。そして、本件建物の機能は特にデラックスではなく、通常のリゾートホテル並であるにもかかわらず、その取得価格は再調達原価において現在時点の価格に修正した場合でも、なおかなり高額な金額となっているとして、本件建物の機能から見た経済的減価はかなり大きいとし、ごく一般的ホテル建築においては十数億で足りる場合もあるという建築士の意見を参考にして8割の減価を行っているものである。
  しかし、「リプレースメントコスト」という概念は、岡本鑑定の指摘によれば、年月の経過により、資材の入手が困難になったり、工法が変化したりすることによって再調達原価の算定が困難である場合が典型例であるとされているところ、これを建築されてからわずか数年の本件建物に適用するのはいかにも不自然というべきである。さらに、8割という減価率についても、取得価格が現在時点の価格に修正してもなおかなり高額であることや、ごく一般的ホテル建築においては十数億で足りるという建築士(その名前も不明である。)の意見を参考にしたとしているのみであって、再調達原価からなぜ8割が減じられるのかについて、十分な説明がされているとは言い難い。
  そして、岡本鑑定による評価額は、上記のように十分に説明されているとは言えない操作によって、建築から3年弱の本件建物について、結果として取得調達原価の約1割となっているのである。
  以上のような事情を考慮すると、岡本鑑定による本件建物の積算価格を直ちに採用することはできないというべきである。
(9)宮田鑑定は、原価法及び収益還元法を用いて本件各不動産の評価を行っている。そして、原価法による本件各土地の価格を合計11億5200万円、本件建物の価格(主たる建物と付属建物との合計額)を66億6900万円と試算した。したがって、宮田鑑定の原価法による試算価格は、本件各不動産の固定資産評価額を上回ることになる。次に、宮田鑑定は、収益価格について、修正従来手法、インウッド方式及び修正エルウッド方式という3つの方法を用いて本件各不動産の合計の試算価格を求め、それぞれの試算価格を10億5700万円、12億0719万円、11億6689万1000円と提示している。これらは、いずれも本件各不動産の固定資産評価額の合計額を下回るものである。しかし、宮田鑑定による上記収益価格の試算は、岡本鑑定と同様、その前提となる純収益の算出に当たって、売上高につきKKRホテル熱海の平成13年度計画による売上高を採用し、費用についてはその内訳は不明であるが、岡本鑑定と同額を採用している。
  この純収益の算出方法及びその額は、岡本鑑定による純収益の算出方法及び額とほぼ同様であり、前記のとおり、それが適正なものであるかについて疑問を抱かざるを得ず、宮田鑑定による各収益価格の評価についても直ちに適正な時価として採用することはできないというべきである。
(10)他方、芹沢鑑定は、原価法、取引事例比較法及び収益還元法の3つの評価方式のうち、原価法は、対象不動産が既成市街地に存するため、適当な宅地の素地がないとして採用できないとし、収益還元法についても本件各土地については適用するのが適当でないとして採用しないこととした。そして、取引事例比較法により比準価格を求め、地価公示標準地価格からの規準価格との均衡をも考慮して、まず近隣地域内における宅地としての標準画地の価格を求め、この価格に対象不動産の個別的要因に基づく個別格差の修正を行って、対象不動産の価格を求めている。
  以上の芹沢鑑定による本件各土地の評価方法の手順は、格別不合理な点は認められず、その評価額も、固定資産評価額を上回っている。
(11)Xは、芹沢鑑定が、本件各土地と本件建物とを一括評価せず、これを前提とした収益還元法による試算を試みていないことや、取引事例比較法における取引事例において、市長声明によるマンション建設規制の該当しない事例を用いていること等を指摘する。
  岡本鑑定の指摘のとおり、不動産の客観的時価を求めるに当たっては、価格の費用性、市場性及び収益性の3要素を考慮して、原価法、取引事例比較法及び収益還元法を併用し、相互に補完し合い、関連付けること等により適正な鑑定評価額を導き出すことが望ましい。しかし、事案によっては、そのうちのいくつかの方法による試算では、前提条件などの事情により必ずしも適正な試算価格を求めることができない場合も考えられるから、収益還元法が不動産の評価をするに当たり有力な手法ではあるとしても、これを用いて試算しなかったことにより、対象不動産の評価が直ちに不合理であるということはできない。特に、本件各不動産については、岡本鑑定及び宮田鑑定について説示したとおり、その適正な純収益を算定するのが困難であることからすると、本件各土地と本件建物とを一括評価せず、これを前提とした収益還元法を用いなかったことにも合理的な理由があるといえる。


四、解説


はじめに

 固定資産税は、その税収において、バブル期前の約4兆円から約9兆円に増加し、市町村税収上のシェアも、約33%から50%台に上昇している。このような実態については、地方税当局からすれば、市町村の基幹税になったが故にそれを維持するためにその見直しを聖域化したいところであろうし、資産デフレに喘ぐ納税者からすれば、何ら法律上の手当てがなくて税負担のみが重くなることの不当性を嘆くことになろう。そのため、固定資産税の争訟事件においては、その負担のあり方の理論的追究よりも、現状の正当性の攻防に終始し勝ちである。
 本件においては、国家公務員共済組合連合会(X)という公的機関が、同連合会の保養施設であるKKR熱海に係る固定資産税負担の重さに耐えかねて、固定資産課税台帳の登録価格(課税標準)が法の定める「適正な時価」を上回るとして、訴訟を提起したものである。Xの資料によると、KKR熱海の固定資産税負担は、1室1日当たり約3000円の固定資産税が賦課され、総売上高に占める固定資産税額が7.2%にのぼるという。
 このように、一見異常とも思える税負担も、それが総務省の定める評価基準に従って算出されたものであるから、一般的に正当なものであると解される場合が多い。しかし、そこには、法が定める「適正な時価」の意義、固定資産評価基準の法的性格等の議論が形式論に終始している嫌いがあり、本件のような極端な資産デフレに直面している固定資産についての減価修正が無視されているようである。このような問題は、何も本件にとどまらず、投下資本の何分の一しか回収できなくなっている不況観光地等に存するホテル施設、ゴルフ場施設、各種の遊技施設等に広く及んでいる。そして、これらの問題を考察することは、固定資産税のあり方全体に大きな示唆を与えるものと考えられる。
 そこで、本稿では、本件で問題となっている「適正な時価」の意義、固定資産評価基準の法的性格、同基準等における減価修正のあり方等について、論述することとする。

1 固定資産税における「適正な時価」
(1)固定資産税の課税標準は、当該土地等の基準年度に係る賦課期日(1月1日現在)における価格で土地課税台帳等に登録されたものである(地税法349①)が、当該価格は「適正な時価」とされている(地税法341五)。この「適正な時価」の意義については、相続税法等における「時価(価額)」が客観的交換価額と解されていることと同義に解すべきか、あるいは、前述の固定資産税の課税構造に照らし別異に解すべきかが問題となる。
  この点、総務省が地方税法388条に基づいて定める評価基準では、市街地宅地の評価につき、標準宅地の適正な時価に基づき路線価を付設することとし、当該標準宅地の適正な時価は、宅地の売買実例価額から評定することとしている(同基準第1章第3節二(一)2)。この場合、売買が行われた宅地の売買実例価額について、その内容を検討し、正常と認められない条件がある場合には、これを修正して、当該売買地の正常売買価格を求め、当該売買宅地と標準宅地の位置、利用上の便等の相違を考慮して、標準宅地の適正な時価を決定することにしている(同前)。
  もっとも、このような場合に適切な売買実例が存するわけでもないこと等もあって、評価基準では、「宅地の評価において、・・・の標準宅地の適正な時価を求める場合には、当分の間、基準年度の初日の属する年の前年の1月1日の地価公示法(昭和44年法律第49号)による地価公示価格及び不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格等を活用することとし、これらの価格の7割を目途として評定するものとする。」と定めている。
  他方、学説、判例においては、「適正な時価」の意義について、独立当事者間の自由な取引において成立すべき価格、すなわち客観的交換価額(価値)であると解する傾向は強く(注1)、本判決もそれにならっている。
(2)このようにみてみると、相続税法等における「時価(価額)」も地方税法上の「適正な時価」も同義であるとも解せられることになるのであるが、一口に客観的交換価額(価値)又は客観的な時価と言っても、その概念は一義的ではなく、また、売買実例価格の実例が基準になるわけでもないし、特定の評価方法によって一律に評価し得るものではない。
  すなわち、固定資産税、相続税等の土地の評価において、その規範となっている地価公示価格は、土地についての「正常な価格」(地価公示法1)であり、その「正常な価格」は、「自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格」(同法2)である。そうすると、地価公示価格と税法上の客観的交換価額とは、同議であると解することができる。そして、地価公示価格は、国土交通省が定める不動産鑑定評価基準によって算定されるが、同基準によれば、不動産の鑑定評価方式には、原価方式(原価法)、比較法式(取引事例比較法)及び収益方式(収益還元法)の3方式が挙げられ、それらの方式から算出される積算価格、比準価格(取引価格)及び収益価格を総合勘案して「正常な価格」を算定するものとしている。
(3)そうであれば、固定資産税における「適正な時価」は、単に客観的交換価額等である定義づけるのみでは、その意義を明らかにしたことにはならないものと解される。結局、「適正な時価」の解釈に当たっては、前述した固定資産税の課税構造を吟味し、相続税等と固定資産税の性質の差異を対比させ、そして、前述の不動産に係る3つの評価方法の長短を考慮した上での総合的な判断が必要になるものと考えられる。すなわち、固定資産税は、土地等の所有に対して毎年課せられるものであるから、同税が土地等の所有を困難にならしむような収奪的機能を有していない限り、土地等の保有を継続して維持できるような税負担でなければならない。この点、同じ財産税である相続税のように富の再配分機能を有しているわけではないので、固定資産税に収奪的機能があるとは考えられない。
  とすれば、固定資産税の税負担は、本判決が判示するように、財産税であるから、取引価額で課税(評価)すべきとする短絡的思考ではなく、当該土地等の長期的な収益力と無関係なものであってはならないものと考えられる。
(4)次に、地方税法は、固定資産税の評価替えを3年に1度と定めているのであるが、比較的変動の少ない収益力を反映した評価額であればこそ3年に1度の評価替えによっても課税標準課税の適正さを維持することが可能となろう。しかし、最近の地価変動で実証済みとなっている変動し易い取引価額のみを課税の基礎とすることは、もともと地方税が予定していなかったものと考えられる。しかも、固定資産税の評価替えについては、事務処理の都合上、賦課期日の1年前を価格調査基準日としているところから、評価替えに当たっては、実質的には4年間の課税標準の適正さを担保しなければならないことになっている。
  更に、固定資産税の標準税率が1.4%であり、市街化区域においてはそれに0.3%の都市計画税が賦課されるのであるから、土地及び家屋については、「適正な時価」に対し毎年1.7%の税負担が課せられることに着目する必要がある。最近の都市部の土地の収益力(地代収入)については、当該土地の取引価格のせいぜい2%程度(地価が下落していればマイナスとなる。)と言われているが、そうであれば、地代収入のほとんどが固定資産税に充てられることになり、場合によっては、地代収入よりも固定資産税の税負担の方が高くなることもあり得る(家屋についても同様に生じ得る。)。このようなことは、土地を強制的に収奪することを意味し、前述の固定資産税の性質に照らして到底容認し得るものではないと考えられる。
  以上のように考えた場合には、固定資産税の課税標準となる「適正な時価」とは、それが、究極的には客観的交換価額(価値)を意味するものであるとしても、当該価額は、過去に生じた取引における取引価額のみを指標とするものではなく、当該固定資産の長期的な収益力を考慮した収益価格を重視した評価額によるものと解される(注2)。このように収益価格を重視する考え方は、最近の固定資産税に係る裁判例(注3)のみならず、相続税に係る裁判例(注4)においても採用されるようになってきている。
  また、最近の不動産の取引をみると、処分しようとする不動産の価額は収益価格で評価され、その収益価格で取引されているから、収益価格と取引価格は、必然的に収斂することとなる。

2 固定資産評価基準の法的性格
(1)本訴において、Yは、評価基準は法的拘束力を有するから、同基準によって評価された価格が「適正な時価」である旨主張する。このような主張は、地方税当局が一貫して主張してきたところであるが、本判決は、評価基準にはそのような法的拘束力はない旨判示している。このような考え方は、本判決後、最高裁平成15年6月26日第一小法廷判決(平成10年(行ヒ)第41号)が同様な判示をしたことにより、判例として確立したとも言える(注5)。
  しかしながら、本判決は、「ある固定資産の価格算出方法が評価基準に従って適正に行われている以上、特段の反証のない限り、評価基準に従って算出された評価額が客観的時価であるというべきである。」と判示している。このような考え方は、評価基準を作成・運用する側(課税庁)の無謬性を前提とするものであり、登録価格決定の適法性に係る立証責任を殊更納税者側に転嫁することにもなる。すなわち、この判示は、評価基準の内容の合理性については何ら判断せず、当該価格の算出方法が評価基準に従ってさえいれば、当該評価額は「適正な時価」として推認されることと同じことを意味している。そして、このような認識の下に、本判決は、当事者の主張・立証に対しても、Xに対しては厳しい姿勢を貫き、Yに対しては寛容な姿勢を示すことにより、Yに有利な結論を導き出す結果を招いている。
(2)ところで、この評価基準は、地方税法の規定によって制定され、かつ、実施される。まず、「総務大臣は、固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(以下「固定資産評価基準」という。)を定め、これを告示しなければならない。この場合において、固定資産評価基準には、その細目に関する事項について道府県知事が定めなければならない旨を定めることができる。」(地税法388①)としている。
  また、「総務大臣は、固定資産の評価に関して市町村長に対し、左の各号に掲げる技術的援助を与えなければならない。一、市町村の固定資産評価員が固定資産を評価するために必要な評価の手引その他の資料を作成すること。二、市町村の固定資産評価員が評価することが著しく困難である固定資産の評価について市町村長から助言を求められた場合において助言を与えること。」(地税法388④)としている。
  以上のように、総務大臣は、固定資産の評価に関し、評価基準を定める任務を有し、かつ、市町村に対する評価上の技術指導等の義務を有している。
  他方、市町村長に対しては、「市町村長は、・・・<省略>・・・第388条第1項(固定資産税に係る総務大臣の任務)の固定資産評価基準によって、固定資産の価格を決定しなければならない。」(地税法403①)とされ、固定資産の価格(適正な時価)の決定において評価基準の遵守義務を定めている。
  また、「固定資産の評価に関する事務に従事する市町村の職員は、総務大臣及び都道府県知事の助言によって、且つ、納税者とともにする実地調査、納税者に対する質問、納税者の申告書の調査等のあらゆる方法によって公正な評価をするように努めなければならない。」(地税法403②)とし、評価事務を担当する市町村職員は、総務大臣等の指導等によって、公正な評価を行わなければならないとしている。
(3)このような固定資産税の取扱いに対し、相続税についても、土地等の「時価」の評価については、財産評価基本通達の定めによって行われ、国税庁内部の拘束にとどまらず、納税者に対しても実質的に拘束している。特に、市街化地域内にある土地については、同通達に基づいて路線価が付設され、その路線価を基に画地調整が行われ評価額が算定される。この方法は、評価基準に基づく場合とほぼ同様である。
  しかしながら、財産評価基本通達に基づく評価額については、同通達が行政庁内の職務命令である(国家行政組織法14②)ことから、当該評価額が納税者に対し法的拘束力を生じる余地はない(すなわち、納税者は、自身が解釈した「時価」によって申告すればよいし、通達上評価額が相続税法上の「時価」を上回っていれば、当該評価額による課税処分は違法となる。)。もっとも、財産評価基本通達のような国税庁長官通達についても、行政上の法的拘束力があるわけであり、国税庁職員が通達の命令に従わない場合には、職務上の命令遵守義務が問われ(国家公務員法98①)、懲戒処分の対象にもなる(同法82一)。そのため、納税者が通達上の取扱いに反した納税申告を行えば、当該通達に基づいた課税処分が行われることになるので、実質的には、当該通達が納税者を拘束することになる。いずれにしても、国税庁のような同一行政内であれば、「時価」の解釈等について、国税庁長官から下部機関である国税局長・税務署長に対する命令(指示)が通達の形式で可能となる。
  他方、総務省と市町村等の地方公共団体の関係においては、同一の行政機関に属するわけではないから、通達のような命令手段によって固定資産の「価格(適正な時価)」の取扱いを統一したり、適正化したりすることはできないことになる。したがって、地方税法では、固定資産税の執行の適正化を図るために、固定資産の「価格(適正な時価)」の評価方法についてその手続を法定化せざるを得なかったものと考えられる。そのため、地方税法388条1項は、「固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続」を評価基準とし、当該基準の告示義務を定めているのであって、当該基準に基づく評価額が固定資産の「価格(適正な時価)」とみなされることを規定しているわけではない。
  以上のように考察してみると、相続税法上の「時価」の取扱いに関する財産評価基本通達による評価基準制度と地方税法上の「価格(適正な時価)」の取扱いに関する評価基準とは、それぞれの行政機関内の取扱いの適正・統一化を図るため手続上同一の機能を有するものであって、それぞれ「時価」又は「価格(適正な時価)」について納税者又は裁判官の解釈を法的に拘束するものではない(注6)。
  そして、評価基準に定める各固定資産の評価方法の合理性(適法性)については、本来、課税庁側が立証すべきであり(注7)、納税者側の立証は、一応の反証で足りるものと解すべきであろう。
(4)なお、本判決は、固定資産課税台帳に登録すべき価格は賦課期日である当該年度の初日の属する年の1月1日(本件では平成12年1月1日)時点を基準日として、同日における客観的時価をもって算定すべきとしながらも、実際の価格評価において賦課期日から相当な期間を遡った時点を価格調査の基準日として設けることは可能であるとし、その場合には、賦課期日における客観的時価の算定に当たって、当該基準日から賦課期日までの時点修正を要する旨判示している。また、本判決は、「平成12年度の宅地の評価においては、市町村長は、平成11年1月1日から同年7月1日までの間に標準宅地等の価額が下落したと認める場合には、評価額を修正することができるものとする。」(第2の1の(2)のイの(ウ)のb)という評価基準の定めを認定している。
  しかしながら、本判決は、本件においてこのような時点修正が実際に行われたことについて何ら認定していない。仮に、本件において、評価基準の定めによって時点修正が行われたとしても、本件の賦課期日(平成12年1月1日)の価格の算定に当たっては、平成11年7月2日から平成12年1月1日までの時点修正が行われなかったことになる。この期間においては、依然として地価下落が継続していたことが実証されているものであるから、この一事をもってしても、本件登録価格が「適正な時価」を表しているか疑問であり、評価基準の適法性それ自体にも影響を与えることになる。

3 本件における減価修正・各鑑定の評価
(1)本件においては、評価基準に従って算定された本件登録価格が、本件各土地8億7362万円余、本件建物26億7216万円余であるのに対し、Xは、岡本鑑定等に基づき、本件各土地6億319万円余、本件建物5億9680万円余である旨主張するものである。この場合、本件の賦課期日(平成12年1月1日)の約3年前に新築された本件建物の取得価額が72億円であることから、本判決の担当裁判官は、当該取得価額とXの主張額の開差の大きさに不審を抱いたものと推測される。
  そのため、本判決は、本件各不動産の評価額の算定は、評価基準に従って適正に行われていたと認められるとし、X側の減価修正を要する旨の主張に対し、違法であることについて具体的な主張を欠き、評価の判定等の適正を左右する証拠もないとして、一刀両断に当該主張を排斥している。
  しかしながら、このような判示には、総務大臣が定める評価基準に誤りはないとする無謬性に基づいているが、当該評価基準自体、土地の評価については、地価公示価格に編重しているという多くの問題点を包含している。このような問題点については、前述したように、本来、課税庁側がその合理性について立証すべき事柄である。
(2)それに加え、評価基準では、特に、家屋については、需給事情等による減価修正の必要性を認めているところである。そして、本訴においては、Xから熱海地域の観光業等の衰退を反映したホテル物件の売買実例が証拠として提出されているところである。これらの証拠によれば、当該売買価額が固定資産税評価額を大幅に下回っていることは明らかである。また、そのことは、前述のように、Xも熱海近辺において保養所を売却しようとしているが、固定資産税評価額を大幅(概ね3分の1)に下回った予定価額を付しても売却できないことからも裏付けられる。
  にもかかわらず、本判決は、それらの証拠を一顧だにせず、減価修正を要しないと判断しているが、これは審理不尽とも評価できる。ともあれ、本件においては、熱海地域における長期に及ぶ観光業の不振からホテル物件の需給事情が極めて悪化しており、当該物件の取得価額に比して1割程度の価額による売買実例も珍しくないわけであり、かつ、土地については地価下落傾向が激しいほか、いわゆる市長声明によるマンション建築規制の減価要因が存するわけであるから、それらの減価要因をまずもって評価の中に反映させるべきである。
  特に、熱海地域においては、土地が比較的高く売買されているのはマンション用地に限られているようであり、マンションの建築規制が存することは、当該土地の市場価格に大きなダメージを与えている。
(3)次に、本件においては、X及びYの双方から、本件各不動産の「適正な時価」についての鑑定書が提出されているのであるが、各鑑定書に対する本判決の評価が適正に行われているようには認められない。
  まず、X提出の岡本鑑定については、①DCF法における売上高と修繕費が実績値より大きく隔たっているから純収益が適正に把握されていないこと、②市長声明の存続期間が不確かであり、下落率8%は過大と認められるから、本件各土地の評価も適正と認められないこと、③本件建物の取得調達原価を72億円としておきながら、建築から3年弱の本件建物について取得調達原価の約1割となるような評価額は採用できないこと等の理由を挙げ、岡本鑑定は全体として本件各不動産の客観的時価評価として採用することはできない旨判示している。
  しかしながら、本判決の前記理由のうち、①については、DCF法適用において実績よりも売上げが高く設定され、修繕費が低く設定されたにすぎず、いずれも本件各不動産の時価評価を高くする要因(X側の不利な要因)であり、その差額もそれほど多額でないものであるから、これらを直ちに不当とすることはできないはずであり、修正も容易である。②については、市長声明の存続期間は本来Y側が承知している事柄であり、地価下落の見込額も結果として異なっていれば、修正すれば足りることである(現実には、岡本鑑定に近似する地価下落があったことが実証されている。)。③については、本件建物の取得調達原価が高すぎたことはX側の経営上の問題であり、そのことが直ちに本件建物の客観的交換価値を左右するものではない。現に、Xが提出した証拠によれば、最近の熱海地域の経済不振を反映し、取得調達原価の10%前後でホテルが売買された事例が数件認められる。本件に関しても、判決は、本件建物が建築後3年弱で取得価額の8割も減価するのは不自然である旨指摘するが、本件建物が建築が企画されたのはバブルの最頂期であり、経営上の大幅な見込違いからそのような減価修正を要することとなったものと推認できる。
  以上のように、本判決が岡本鑑定を不当とする理由には、むしろ正当と認められない点を包含しており、いずれも岡本鑑定を排斥する理由にはならないものと考えられる。また、宮田鑑定についても、本判決は、収益価格の算定における純収益の算出に当たって売上高が高く見積もられ、費用の内訳が不明であること等、岡本鑑定とほぼ同様の手法が用いられているところから、当該評価額が直ちに「適正な時価」として採用することはできない旨判示しているが、岡本鑑定に対するものと同様の誤りを冒しているものと考えられる。
  次に、本判決は、Yが提出した芹沢鑑定に対しては、本件各土地について取引事例比較法のみを用いた鑑定を適正と認めている。しかしながら、芹沢鑑定については、本件で最も問題になっている本件建物については、その鑑定の対象から除外しているわけであり、本件各土地に係る取引事例についても、次のような問題を有している。すなわち、芹沢鑑定では、4つの取引事例を比準事例として取り上げているが、いずれの土地の面積も、本件各土地の面積の10分の1にも満たない小口のものであり、適切な比準事例とはいえない。しかも、本判決は、本件各土地との間に個別補正が適切に行われていない旨判示しているが、マンション規制に係る市長声明が考慮されていないことや、面積補正(広大地補正)が欠けており、それだけでも不当な鑑定といえる。
  以上のように、本判決は、本件各鑑定の評価に当たり、地方税法上の「適正な時価」が取引価額から導き出される客観的時価にあり、評価基準に従った評価に誤りはないとする先入観に立ち、岡本鑑定及び宮田鑑定を殊更厳しく批判し、芹沢鑑定を殊更寛大に評価するというバランスを欠いた判断をしている。

4 本判決の意義と問題点
(1)バブル経済崩壊後、長期にわたって資産デフレ化が進んでいる中、固定資産税の負担のみが増加しているため、当該負担の違法性をめぐって多くの争訟事件が生じている。その中でも、本件は、国家公務員共済組合連合会という公的機関が、その保養施設の固定資産税負担の違法性(具体的には、当該保養施設の固定資産税評価額が「適正な時価」を上回っていること)を主張して、提訴したものである。いわば、国の機関が原告となり、地方税当局(実体は総務省)が被告となっているものであるが、そこまで争われるほど、固定資産税の負担の当否をめぐる深刻さが窺える。
  特に、本件不動産が所在している熱海のような不況な観光地に存するホテル等、あるいは預託金問題等で経営が行き詰まっているゴルフ場施設、バブル期に建設されたリゾート施設等については、それらの取得価額が現在の処分価額(収益価格)を大幅に上回っているため、固定資産税の負担の重さが指摘される場合が多い。これらの場合については、特殊な問題であると片付けるのは簡単であるが、それらの施設等の処分に当たっては、収益価格が重視され、当該収益価格によって処分価額(取引価額)が成立する。すなわち、固定資産税における「適正な時価」の意義(解釈)をめぐっては、取引価格によるべきか、収益価格によるべきか、が対比されて論じられるのであるが、前述のようなケースにおいては、収益価格を上限として取引価格が成立することになるので、そのような対比は無意味となる。
  そして、このような問題は、固定資産税における「適正な時価」の解釈全体にも影響を及ぼすことになる。その意味では、本判決は、固定資産税の課税のあり方について意義ある教材を提供したものと言える。
(2)しかしながら、本判決は、評価基準には法的拘束力があるから同基準に従って算定された評価額(登録価格)が「適正な時価」であるとする総務省の従来の主張を排斥したものの、その他の問題点については、評価基準の無謬性を前提に、特段の事情のない限り、評価基準に従って算定された評価価額が「適正な時価」に当たる旨判示している。そして、本判決は、X側が主張・立証する「特段の事情」については、いずれも不十分であるとして排斥し、本件決定を適法と判断している。
  その判断についての問題点については、前述したとおりであるが、いずれも固定資産税の賦課についての本質的論点を内包している。そして、その問題点については、前述のように、他の類似事案にも及んでいる。いずれにせよ、本判決は、その内容自体は評価基準制度を容認したに過ぎないとも評価できるが、当事者の主張・立証の中に、固定資産税が抱える深刻な問題を提起している。

(注1)金子宏「租税法 第9版」(弘文堂)491頁
    東京地裁平成8年9月11日判決(行裁例集47巻9号771頁)、東京高裁平成10年5月27日判決(平成8年(行コ)118号)、最高裁平成15年6月26日第一小法廷判決(平成10年(行ヒ)第41号)、大阪地裁平成11年2月26日判決(訟務月報47巻5号977頁)、大阪高裁平成13年2月2日判決(同48巻8号1859頁)等参照
(注2)山田二郎「固定資産税を改善するための課税」税務通信1996年2月号25頁、品川芳宣「固定資産税における7割評価の虚構性」税務弘報45巻1号132頁、同「土地評価における相続税と固定資産税の相違」租税研究1999年5月号21頁等参照
(注3)東京高裁平成9年6月5日付判決(判例タイムズ940号280頁)、東京高裁平成13年4月17日判決(判例時報1744号69頁)、東京高裁平成14年10月29日判決(同1801号60頁)
(注4)東京高裁平成15年2月26日判決(平成12年(行ウ)第221号)参照。
    本判決については、品川芳宣「収益価格を加味した土地の評価方法等(相続税)」T&A master2003年7月28日号12頁等参照。
(注5)同旨裁判例として、東京地裁平成8年9月11日判決(判例時報1578号25頁)、東京高裁平成10年5月27日判決(平成8年(行コ)第118号)、東京地裁平成12年11月17日判決(判例タイムズ1094号129頁)、大阪高裁平成13年2月2日判決(同1081号181頁)等参照。
(注6)品川芳宣「土地評価における相続税と固定資産の相違」租税研究1997年5月21頁等参照
(注7)最高裁昭和38年3月3日第二小法廷判決(訟務月報9巻5号668頁)、広島高裁岡山支部昭和42年4月26日判決(行裁例集18巻4号614頁)、岡山地裁昭和44年7月10日判決(判例時報590号29頁)、長野地裁昭和58年12月22日判決(税務訴訟資料134号581頁)、大阪地裁平成3年10月15日判決(訟務月報38巻6号1117頁)、東京地裁平成5年9月1日判決(税務訴訟資料198号618頁)、千葉地裁平成10年3月25日判決(同231号251頁)等参照。


品川芳宣 (しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)他多数。


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