解説記事2004年07月19日 【編集部レポート】 「有利発行」による第三者割当増資をめぐる諸問題(2004年7月19日号・№075)
解説
「有利発行」による第三者割当増資をめぐる諸問題
text 編集部
有利発行とは
三井鉱山、カネボウ、三菱自動車など「有利発行」により新株発行を行うことを発表する会社が相次いでいる。有利発行とは、株式会社が株主以外の者に対して「特に有利な発行価額」で新株を発行することを指す。有利発行を行う場合、既存株主の利益を守るため、会社は株主総会の招集通知においてそれが必要な理由を開示したうえで、新株の種類・数・最低発行価額について株主総会の特別決議(議決権の過半数または出席株主の3分の2以上の賛成)を得なければならない(商法280条の2第2項)。
仮に会社が特別決議を得ないで有利発行を行おうとした場合、株主は裁判所に対して新株発行の差し止めを請求できる(同280条の10)。
一方、会社が特別決議を得ないで有利発行を行ってしまった場合、新株発行自体は無効ではないが、取締役は会社への損害賠償請求(同266条1項5号)や株主による解任請求(同257条3項)の危険にさらされる。
引受先も発行価額と時価との差額を会社に支払う義務を負う(同280条の11)。
債務超過企業で多発
このように有利発行は商法上特別の手続的な要件を課されているため、会社が資本を調達する手段としては例外であるとも思われる。
たしかに、健全な会社が有利発行によって資本を調達するのは特別な事情がある場合に限定されよう。しかし、特に銀行から債権放棄などの金融支援を受けて経営再建中の上場会社がスポンサーに対して第三者割当増資を行う場合、今や有利発行が原則となっているといっても過言ではない。これは会社が債務超過に陥ったことが明らかとなっても、株価が下がらないケースが多いことによる。
会社の資産に対し株主より優先的な権利を持っているはずの債権者たる銀行が、既存株式の価値をゼロとする前に自主的に債権放棄等の金融支援を行うわけだから、株価が下がらないのは合理的である。
不合理なのは株式市場ではなく、自らの権利を放棄して既存株主に実質的な贈与を行う銀行の行動のほうだ。
日本の銀行は証券取引所などに上場している企業を法的整理に追い込んで上場を廃止させることを極力避けようとする。それがなぜなのかは銀行の内部関係者に聞いてもよく分からない。
銀行は自ら主導して上場企業を法的整理に追い込むことに対して恐怖感を持っているが、その恐怖感が根拠のあるものかどうかは疑問との意見も強い。
有利かどうかは不明確
では、何が有利発行にあたるのか。
多くの学説は、発行価額を時価より若干低く定めることを認めている。なぜなら、新株発行にあたっては払込期日の二週間前に新株発行事項を公告することが必要なため(同280条の3の2)、取締役会における発行価額決定から払込期日までの間に市場価格が下落する可能性があるためだ。
しかし、どの程度まで市場価格を下回ることが許されるかについては明確な基準がない。
日本証券業協会の実務指針は、第三者割当増資の発行価額が原則として「当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額または当該決議の6ヶ月前の日以降の任意の日から当該決議の直前日までの間の価額に0.9を乗じた価額以上」であることを要請している(平成8年4月24日「中間発行増資および第三者割当増資の取扱いに関する指針」)。このため、実務上は10%程度の割引であれば株主総会の特別決議は不要と理解されているようだ。
また、会社の株式が異常な投機の対象となり、発行価額決定時に一時的に株価が高騰していたような場合、株価が高騰する前の平均株価を基礎にして発行価額を決定しても有利発行にならないという見解が有力である。
否決リスクはあるか
会社が有利発行の手続をふむことにした場合、株主総会がこれを否決するリスクは存在するのだろうか。
最近の事例で株主総会が有利発行を否決したケースは見当たらない。
考えてみれば当然だろう。株主が有利発行を否決するとすればもっと高い発行価額で資本を提供する他のスポンサーを探してこなければならず、それができなければ法的整理に移行して既存株主の価値がゼロになってしまうほかない。
会社経営権をめぐってオーナー経営者と投資家グループが争っているようなケースはともかく、債権放棄などの金融支援が必要となる債務超過会社に関しては事前の入札などによりスポンサー候補間の争いにはすでに決着がついている。代わりのスポンサーがいない状態では、既存株主にとって有利発行を否決する経済的なデメリットこそあれ、メリットは存在しないと言っていい。
では、株主自らが代わりのスポンサーを探してきて株主総会で会社側提案への対案を提示する可能性はないか。
たしかに、6ヶ月前から引き続き1%以上または300個以上の議決権を有する株主には議案の提案権が与えられている(同232条の2)。
しかし、この権利を行使するためには株主総会の8週間前に取締役に対して請求しなければならない。一方、株主総会を開催するためには2週間前に招集通知を発すれば足りる。したがって、株主による提案があっても会社はこれを無視して有利発行を決議できる。
株主提案権は実際には機能しない制度であり、会社はこれを恐れる必要はない。
最後に、有利発行が会社から引受先に対する「寄付金」と税務上認定され、スポンサーが払込期日の時価と発行価額との差額について課税される可能性がある。法人税基本通達上、発行価額が払込期日の時価の10%未満しかディスカウントされていない限り、受増益課税は発生しないのが原則とされている。逆に言えば、ディスカウントが10%以上であれば課税される可能性が残るということになる。
しかし、実際には時価の10分の1の発行価額で有利発行を実行した例もある(鈴丹によるユニーを引受先とする04年2月の第三者割当増資)。有利発行によって新株を引き受けた投資家が現実に大きな儲けを手にする段階にならない限り、税務当局は有利発行を黙認するということなのかもしれない。
「有利発行」による第三者割当増資をめぐる諸問題
text 編集部
有利発行とは
三井鉱山、カネボウ、三菱自動車など「有利発行」により新株発行を行うことを発表する会社が相次いでいる。有利発行とは、株式会社が株主以外の者に対して「特に有利な発行価額」で新株を発行することを指す。有利発行を行う場合、既存株主の利益を守るため、会社は株主総会の招集通知においてそれが必要な理由を開示したうえで、新株の種類・数・最低発行価額について株主総会の特別決議(議決権の過半数または出席株主の3分の2以上の賛成)を得なければならない(商法280条の2第2項)。
仮に会社が特別決議を得ないで有利発行を行おうとした場合、株主は裁判所に対して新株発行の差し止めを請求できる(同280条の10)。
一方、会社が特別決議を得ないで有利発行を行ってしまった場合、新株発行自体は無効ではないが、取締役は会社への損害賠償請求(同266条1項5号)や株主による解任請求(同257条3項)の危険にさらされる。
引受先も発行価額と時価との差額を会社に支払う義務を負う(同280条の11)。
債務超過企業で多発
このように有利発行は商法上特別の手続的な要件を課されているため、会社が資本を調達する手段としては例外であるとも思われる。
たしかに、健全な会社が有利発行によって資本を調達するのは特別な事情がある場合に限定されよう。しかし、特に銀行から債権放棄などの金融支援を受けて経営再建中の上場会社がスポンサーに対して第三者割当増資を行う場合、今や有利発行が原則となっているといっても過言ではない。これは会社が債務超過に陥ったことが明らかとなっても、株価が下がらないケースが多いことによる。
会社の資産に対し株主より優先的な権利を持っているはずの債権者たる銀行が、既存株式の価値をゼロとする前に自主的に債権放棄等の金融支援を行うわけだから、株価が下がらないのは合理的である。
不合理なのは株式市場ではなく、自らの権利を放棄して既存株主に実質的な贈与を行う銀行の行動のほうだ。
日本の銀行は証券取引所などに上場している企業を法的整理に追い込んで上場を廃止させることを極力避けようとする。それがなぜなのかは銀行の内部関係者に聞いてもよく分からない。
銀行は自ら主導して上場企業を法的整理に追い込むことに対して恐怖感を持っているが、その恐怖感が根拠のあるものかどうかは疑問との意見も強い。
有利かどうかは不明確
では、何が有利発行にあたるのか。
多くの学説は、発行価額を時価より若干低く定めることを認めている。なぜなら、新株発行にあたっては払込期日の二週間前に新株発行事項を公告することが必要なため(同280条の3の2)、取締役会における発行価額決定から払込期日までの間に市場価格が下落する可能性があるためだ。
しかし、どの程度まで市場価格を下回ることが許されるかについては明確な基準がない。
日本証券業協会の実務指針は、第三者割当増資の発行価額が原則として「当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額または当該決議の6ヶ月前の日以降の任意の日から当該決議の直前日までの間の価額に0.9を乗じた価額以上」であることを要請している(平成8年4月24日「中間発行増資および第三者割当増資の取扱いに関する指針」)。このため、実務上は10%程度の割引であれば株主総会の特別決議は不要と理解されているようだ。
また、会社の株式が異常な投機の対象となり、発行価額決定時に一時的に株価が高騰していたような場合、株価が高騰する前の平均株価を基礎にして発行価額を決定しても有利発行にならないという見解が有力である。
否決リスクはあるか
会社が有利発行の手続をふむことにした場合、株主総会がこれを否決するリスクは存在するのだろうか。
最近の事例で株主総会が有利発行を否決したケースは見当たらない。
考えてみれば当然だろう。株主が有利発行を否決するとすればもっと高い発行価額で資本を提供する他のスポンサーを探してこなければならず、それができなければ法的整理に移行して既存株主の価値がゼロになってしまうほかない。
会社経営権をめぐってオーナー経営者と投資家グループが争っているようなケースはともかく、債権放棄などの金融支援が必要となる債務超過会社に関しては事前の入札などによりスポンサー候補間の争いにはすでに決着がついている。代わりのスポンサーがいない状態では、既存株主にとって有利発行を否決する経済的なデメリットこそあれ、メリットは存在しないと言っていい。
では、株主自らが代わりのスポンサーを探してきて株主総会で会社側提案への対案を提示する可能性はないか。
たしかに、6ヶ月前から引き続き1%以上または300個以上の議決権を有する株主には議案の提案権が与えられている(同232条の2)。
しかし、この権利を行使するためには株主総会の8週間前に取締役に対して請求しなければならない。一方、株主総会を開催するためには2週間前に招集通知を発すれば足りる。したがって、株主による提案があっても会社はこれを無視して有利発行を決議できる。
株主提案権は実際には機能しない制度であり、会社はこれを恐れる必要はない。
最後に、有利発行が会社から引受先に対する「寄付金」と税務上認定され、スポンサーが払込期日の時価と発行価額との差額について課税される可能性がある。法人税基本通達上、発行価額が払込期日の時価の10%未満しかディスカウントされていない限り、受増益課税は発生しないのが原則とされている。逆に言えば、ディスカウントが10%以上であれば課税される可能性が残るということになる。
しかし、実際には時価の10分の1の発行価額で有利発行を実行した例もある(鈴丹によるユニーを引受先とする04年2月の第三者割当増資)。有利発行によって新株を引き受けた投資家が現実に大きな儲けを手にする段階にならない限り、税務当局は有利発行を黙認するということなのかもしれない。
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