解説記事2005年02月28日 【最新判決研究】 移転価格税制における独立企業間価格の算定(2005年2月28日号・№104)
最新判決研究
移転価格税制における独立企業間価格の算定
松山地裁平成11年(行ウ)第7号平成16年4月14日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
一、事実
(1)X(原告)会社は、船舶の製造、修繕等を業とする株式会社であるが、次の各社(パナマ国籍)が租税特別措置法(以下「措置法」という。)66条の4(平成4年改正前66条の5、以下「本件規定」という。)第1項に定めるXの国外関連者に該当する。
A、B、B'、C、C'、D、D'、E
X会社は、これら国外関連者との間で、次の国外関連取引(以下「本件各取引」という。)をした。
① S-486取引
Xは、平成元年5月24日、Aとの間で、船舶建造請負契約(船価24億5000万円)を締結し、平成3年9月17日、船舶S-486を引き渡した。
② S-1190取引
Xは、平成2年5月24日、B-B'との間で船舶建造請負契約(船価46億5000万円)を締結し、平成3年9月25日、船舶S-1190を引き渡した。なお、同船は、B-B'両者の共有である。
③ S-1209取引
Xは、平成4年10月13日、C-C'との間で船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、平成5年7月30日、船舶S-1209を引き渡した。
④ S-1218取引
Xは、平成5年1月27日、Dとの間で、船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、同年11月29日、船舶S-1218を引き渡した。
⑤ S-1230取引
Xは、平成5年6月15日、Eとの間で船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、平成6年1月26日、船舶S-1230を引き渡した。
(2)Xは、平成4年3月期(同3年4月1日から同4年3月31日まで)及び平成6年3月期(同5年4月1日から同6年3月31日まで)の各事業年度分法人税について、それぞれ法定申告期限内に確定申告をし、その後、平成5年3月18日及び平成6年12月19日に、それぞれ修正申告をした。修正申告後の所得金額は、次のとおりである。
平成4年3月期 66億8424万円余
平成6年3月期 128億7079万円余
これに対し、Y(被告)税務署長は、平成8年3月11日、平成4年3月期分法人税につき、船価が独立企業間価格に満たないものとして、S-486取引につき1億2979万円余及びS-1190取引につき9億607万円余合計10億3586万円余の損金算入を否認し、平成6年3月期分法人税につき、同様に、S-1209取引につき7億1897万円余、S-1218取引につき5億8921万円余及びS-1230取引につき4億8605万円余合計17億9424万円余の損金算入を否認して、それぞれ更正処分等(以下「本件課税処分」という。)をした。
Xは、本件課税処分を不服とし、審査請求をし、平成11年7月5日、所得金額を次のとおり一部取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)があったが、なお、不服があるとし、本件課税処分の取消しを求めて、本訴を提起した。
平成4年3月期 1億2900万円(S-486取引分)
平成6年3月期 9800万円(S-1209及びS-1218取引分)
二、争点と当事者の主張
争点
(1)移転価格税制を船舶建造取引に適用することの可否
(2)本件各取引につき独立企業間価格を算定する場合の方法
(3)独立価格比準法による本件取引への適用
(4)S-486取引に係る裁決の拘束力
Xの主張
(1)船舶建造請負取引は、取引ごと、取引相手ごとに、個別的色彩の強い取引であって、国外関連者の建造価格たる船価には、そもそも「比較可能性」が前提となる「独立企業間価格」を観念することはできない。
すなわち、移転価格税制は、自動車・家電製品・日常用品などの大量生産がされる規格商品取引を適用対象として想定されたものであり、実際にも、かかる取引に限って適用されてきた。船舶建造の請負取引について移転価格税制が適用された例は、本件課税処分が初めてのことであり、世界的にも例を見ない。
(2)本件各取引について独立価格比準法の適用はない。
仮に、本件各取引において、独立企業間価格を算定するにしても、本件課税処分で採用された独立価格比準法は、原価額が同一であることを前提として判断している点で、問題がある。すなわち、船価決定においては、原価額がその重要な要素となっているところ、本件各取引では、原価額は大きく異なっている。そのような事実を無視して、一方の価格で、他方の独立企業間価格として採用することは、およそ許されない。
(3)仮に、独立価格比準法によることが正しいとしても、Yは、その比較対象となる取引の選択を誤っている。
船舶建造請負取引で、比較対象となる取引を選択する場合に、まず考慮されるべきことは、スペックの差異(仕様差・艤装品の有無など)であり、次に、契約日の差である(竣工日は船価決定上必ずしも重要な要素ではない。)。その上で、契約価格(売上計上金額)、利益率についても考慮しなければならない。なお、スペック等が類似している船舶が複数ある場合には、契約価格及び利益率がもっとも低いものを選択すべきことになる。
(4)独立価格比準法を本件各取引に適用した場合には、①S-1190取引については、独立企業間価格と船価の差は2億1000万円となり、船価の約5%であって独立企業間価格の「幅」の範囲内であり、②S-1209取引及びS-1218取引については、独立企業間価格と船価に差はなく、④S-1230取引については、独立企業間価格と船価の差は6000万円であり、船価の約5%であって、独立企業間価格の「幅」の範囲内である。
(5)審査請求段階における訴訟物は、いわゆる争点主義により、S-486取引に対する課税処分及びS-1190取引に対する課税処分の2つと解されるところ、S-486取引は、本件裁決の中で、国外関連取引における船価が適正な独立企業間取引であったと認定されている。
しかるに、Yは、平成4年3月期に関する更正処分で、いまだ取り消されていない税額があることを奇貨として、S-486取引について、審査請求時と同じ理由に基づき、実際の取引船価は独立企業間価格に満たないと主張している。しかし、そのことは、本件裁決の拘束力に反することになるから、許されない。
Yの主張
(1)移転価格税制は、客観的に措置法所定の要件に該当する所得の移転があれば、企業グループの経営戦略に経済的合理性があるか否かに関係がなく適用されるのであるから、Xの主張は、その前提において誤っている。
独立企業間価格が認定できない取引について、移転価格税制が適用されないのは、たまたま、そのような事実認定ができないことの結果であって、およそ、船舶建造請負取引にあっては、独立企業間価格が認定できないとかいえるものではない。
(2)独立企業間価格の算定方法は、措置法66条の4に、複数のものが提示されているところであるが、独立企業間価格は、観念的、一義的に存在することを前提として、所定のいずれかの方法によって算定しても、等しく、独立企業間価格として認められるのである。
本件課税処分を行うにあたり算定した独立価格比準法は、独立企業間価格算定の基本となるべきもので、比較対象取引と当該国外関連取引との間で、相当程度に正確な差異の調整ができるときは、調整項目が少なくなり、誤差が生じにくいため、最も信頼度の高い方法とされている。しかも、Yは、本件各取引と比較対象する取引を、すべて、当該法人が行った取引の中から選択したので(内部価格比準法)、一層、合理的な算定方法ということになる。なお、Xは、独立企業間価格の「幅」なる概念を持ち出して、その主張を裏付けようとするが、その主張自体、認めることができない。
(3)本件各取引における比較対象取引、独立企業間価格、損金不算入額は、以下のとおりである(略)。各取引において、損金不算入額を前提として、法人税等を算出していくと、本件課税処分の金額と一致する。なお、Yが選択した比較対象取引は、いずれも決済条件、契約日付等を除いて、対価の額に影響するような差異はなかったから、いずれも、本件各取引と契約時期が最も近いものを選択した。
(4)裁決において原処分の一部が取り消され、その後、課税処分取消請求訴訟が提起された場合には、いわゆる総額主義により、取り消しされた部分を含めた原処分全部が訴訟物になるのである。しかも、裁判所は、国税通則法102条1項の「関係行政庁」には該当しない。そこで、裁判所が、裁決に拘束されることはなく、判決では、裁決で取り消された点も含めて、改めて判断がされることになる。したがって、訴訟の当事者は、訴訟の対象となっている訴訟物に関し、自由に主張することができるのである。訴訟における訴訟物についてまで、裁決の拘束力が及ぶわけではない。
判決要旨
請求棄却。
1 船舶建造請負取引に対する移転価格税制適用の可否
(1)本件規定は、第2項に定める方法により算定した独立企業間価格を用い、第1項が定めている各要件に照らして、移転価格税制適用の有無を決するという構造になっているから、Xが指摘している「比較可能性」の問題は、第2項によって独立企業間価格を算定する過程において問題となる。その際、取引の種類などによっては、定められた各方法により、独立企業間価格を算定できない場合も出てくることが想定できるところであるから、そのような場合には、そもそも移転価格税制が適用されないことになる。
しかし、そうであるからといって、本件規定第1項の要件に、「比較可能性があること」に加え、限定解釈をしなければならないとする根拠もない。問題は、結局のところ、本件各取引において…本件規定第2項に定められている「独立企業間価格」を観念することができるか否かに帰着するものと解される。
(2)各証拠及び弁論の全趣旨によると、わが国における移転価格税制は、企業活動の国際化の進展に伴い、海外の特殊関係企業(国外関連者)との取引において、価格操作による所得の海外移転に対処し、諸外国と共通の基盤に立脚し、適正な国際課税を実現するために制定されたものであること、移転価格税制は、国際的な企業グループ内における財貨移転に関する価格が、必ずしも自由市場価格ではなく行われていること(自由競争市場で、非関連者間で行われた場合の価格と乖離する事態を生じていること)に対処して、適正な課税処分を課すための仕組みであること、そこで、グループ内取引における価格調整の結果、所得が国外に移転されていると評価し得るときは、その取引を正常な状態(独立企業間価格)にひき直して課税所得を算出し、租税債務のゆがみを取り除くことを目的としていること、グループ企業間では、価格設定を通じ、脱税や、租税回避が行われる例がみられるが、移転価格税制自体は、当事者の意図を考慮せず、現実の価格を独立企業間価格に修正するものであること、諸外国でもこれと同様の税制が採用され、わが国でも、昭和61年に、措置法66条の5(国外関連者との取引に係る課税の特例)として新設され採用されたものであることが認められる。
このような制度制定の経緯、趣旨などに照らすと、移転価格税制は、企業グループ内における所得の移転を把握し、適正な課税を実現することを目的としたもので、反面、当該取引における価格設定の目的・理由などについては問わないものであるから、取引の価格設定が、Xにとって「経済的合埋性」を有するか否かについては、これを検討する必要がないものというべきである。
(3)Xは、さらに、国外関連者が、例えば、パナマ共和国などの無税国に存在しているときは、相手国課税者との衝突がなく、相手国から、独立企業間価格の妥当性について検証される余地がないので、移転価格税制は適用がないとも主張する。しかし、本件規定をみても、無税国の国外関連者との取引について排除するとの規定はない。課税権の衝突がないから、相手国から独立企業間価格の妥当性について検証されることもないという点は、Xが指摘しているとおりかと思われるが、そのことから、無税国の国外関連者との取引について排除しなければならないとの結論が出てくるものでもない。
2 独立価格比準法を用いることの適否
(1)独立価格比準法とは、法人と国外関連者との取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産について、特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引と、取引段階、取引数量その他の条件が同種の状況の下で売買した場合のその取引の対価の額に相当する金額(条件に差異がある場合において、その差異により生じる対価の額の差が調整できるときは、その調整を行った後の対価の額を含む。)をもって独立企業間価格とする方法である。そして、同方法は、理論的には、最も適切かつ容易な方法であり、基本的に、他の方法よりも優れているものと理解されているところである。
(2)まず、独立価格比準法を用いて独立企業間価格を算定する場合、その比較対象となるべき取引とは、①国外関連取引に係る棚卸資産と「同種の棚卸資産の取引」であり、②国外関連取引と取引段階、取引数量その他が「同種の状況の下でされた取引」であるが、「同種の棚卸資産の取引」と認められるためには、資産の性状・構造・機能等の面で、物理的・化学的な相当程度の類似性が必要になると解されるし(但し、多少の差異があっても、価格に影響を及ぼす程度のものでなければ、これを同種の取引であると判断し、合理的な方法によって、その差異を調整することが可能であれば、同種の資産とする。)、また、「同種の状況の下でされた取引」と認められるためには、取引の段階、数量、時期、引渡条件、支払条件、取引市場などを考慮して、その類似性が検討されるべきである。例えば、取引段階が小売段階なのか、卸売段階なのか、取引量が価格に影響を及ぼしているかなどを検討する必要がある他、市場価格は、季節要因や一般的な経済市況の変化によっても変動するため、取引時期の合理的な近接性も問題となってくるところである。
本件各取引は、船舶の請負取引であるが、船舶建造請負取引をことさら別なものとして取り扱うべき事情もないので、独立価格比準法を用いて独立企業間価格を算定する場合には、本件各取引と「同種の棚卸資産」であって、かつ、「同種の状況の下でされた取引」を選択して、算定すべきものと解される。
(3)独立企業間価格を算定する方法には、独立価格比準法のほか、①再販売価格基準法、②原価基準法、③その他の方法が認められているところ、課税庁が、独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法のいずれの方法を採るべきかについては、何らの規定がなく、課税庁の判断に委ねられているところである。しかも、本件では、Xから、独立企業間価格を算定するにつき、独立価格比準法を用いるよりも、上記の①ないし③の方法によることが、より適切であり、優れているとの主張、立証もされていないから、Yが、本件各取引に係る独立企業間価格を算定することについて、独立価格比準法を採用したこと自体には、特に、問題もない。
3 調整項目
(1)Xは、「国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同種の状況の下でされた取引であること」の認定のため、Yが本件課税処分をする際に考慮した5つの項目(決済条件に起因するもの、建造延期に起因するもの、追加発注に起因するもの、契約月日に起因するもの、追加装備等に起因するもの)のほかに、①事業戦略に起因するもの、②投下資本に起因するもの、③取引数量に起因するものの3項目を、船価に影響を及ぼす差異として、調整項目に加えるべきであると主張するので、以下、検討する。
Xのいわゆる「事業戦略」は、国外関連者との関係を利用して、通常の対価とは異なる船価を設定し、国外関連者との間で所得移転を繰り返しているものに他ならない。そして、そのようなことは、移転価格税制がまさしく問題にしている「所得の国外移転」を意味するものというべきである。したがって、いわゆる「事業戦略」の存在は、移転価格税制を適用するについての妨げとなることはない。
仮に、Xの事業戦略が、結果として、空き船台を解消し、それによるコスト削減効果が発揮されていたとしても、そのことを、比較可能性を検討する際の調整項目としては認めることはできない。
(2)Xは、国外関連取引と非関連取引との間では、空き船台解消に係るコスト低減効果、コスト削減効果、工期の長短に係る原価の差異、受注コストの低減化などにより、総原価の額(投下費用)に差異が生じるから、その点を考慮項目とすべきである旨主張する。
しかし、Xの上記主張は、空き船台を解消することによるコスト低減効果、コスト削減効果、工期の長短に係る原価の差異、受注コストの低減化などの効果を、すべて、国外関連取引が享受することを前提としたものであるところ、X自身、別のところでは、そのようなコスト低減、削減によって、非関連者船の価格を据え置き、Xの国際競争力を維持しているとも説明しているのであって、Xが上記のような前提に立って議論すること自体、認めることができない。
(3)「取引数量」が調整項目の1つであることは、本件規定からも明らかである。しかるに、本件各取引も、そして、その比較対象取引も、いずれも1隻の舶舶に係る建造請負契約であって、その間に、取引数量の差異があるわけではないと認められる。そこで、本件各取引については、「取引数量」が異なるものと判断して、調整しなければならないものではない。
Xは、本件各取引が継続的な契約であり、「取引数量」に差異があるとも主張する。しかし、本件各取引が継続的な取引であるとしても、本件各取引は、結局、個々の契約であって、本件各証拠によっても、あらかじめ船価が取り決められていると認められるわけではないから、本件各取引の「取引数量」はいずれも1隻と認めるしかないのである。
4 独立企業間価格の「幅」
(1)なるほど、独立企業間価格は、あくまで類似の取引との比較可能性があることを前提としているものであって、差異の調整をするにしても、完全に、同一の条件で調整ができるとは限らないから、調整上の誤差という意味での価格の「幅」ということが出てくることは予想できるし、その結果、納税者の負担が増えることが出てくるとは解される。
しかし、移転価格税制は、当該取引の対価と独立企業間価格に差異があって、その差異があることで法人の所得が減少している場合に、当該取引が独立企業間価格で行われたものと看做して、所得計算を行うものであるから、独立企業間価格は、本件規定が定める算定方法に基づいて、一義的に定められるべきものである。上記OECDの見解や、価格の幅なるものを認めている上記見解も、比較対象取引が複数存在し、そのいずれか1つに絞り込むことが相当でない場合に限って、「幅」なる概念を認める可能性を示唆ないし支持しているものである。しかし、Xの主張は、これとは異なり、比較対象取引を1つに絞り込むことができた場合でも、なお、「幅」の概念を持ち出して、本件各取引とYが算出した「独立企業間価格」との価格差は20パーセント以内に収まっているから、本件課税処分は違法であるというのである。このような見解が、上記の見解と異なるものであることは明らかで、いわばX独自の見解といわざるを得ないものであり、採ることはできない。
5 比較対象取引の選定
(1)各証拠及び弁論の全趣旨によると、Yは、S-1190取引の比較対象取引としてS-1195取引を、S-1209取引及びS-1218取引の比較対象取引としてS-1206取引を、S-1230取引の比較対象取引としてS-1229取引を、S-486取引の比較対象取引としてS-482取引を各選択したこと、各取引の契約内容は、決済条件などに差異があるものの、おおむね同一であること、その選択基準としては、契約締結日が近接している点を重視したものであることが各認められる。なお、S-1229取引だけは、契約日が約1年離れているが、当該船型の取引数が少ないことに照らすと、やむをえないものと解される。
(2)比較対象取引が選択された経緯については、例えば、S-1195取引(S-1190取引の比較対象取引)に関しては、次のとおりである。
S-1195取引の契約日は、S-1190取引の翌日に造船契約が締結されたものであり、契約内容も、決済条件以外には、価格変動をもたらすような差異はない。なお、S-1195の船価も含めて、Xが同時期に行った他の同型船の建造のうち、比較可能性が最も高いものと認められる。
Xは、比較対象取引として、S-1188取引を妥当とするが、S-1195取引と比較してみた結果は、別紙(略)に記載したとおりであって、契約日の近似性からみて、S-1195取引を比較対象取引として選択することに相当性があると認められる。
(その他の取引についても、それぞれ選定の合理性が容認されている。詳細は、省略)
6 独立価格比準法による場合の「あてはめ」
(1)各証拠及び弁論の全趣旨によると、Yは、前記のとおり選択した比較対象取引について、個別事情に基づく差異を調整し、独立企業間価格を算出していること、そして、その独立企業間価格に基づいて法人税などを計算した場合、本件課税処分による金額になることが認められる。そして、Yが行った差異の調整は、次に述べる2点を除いて、移転価格税制に関する諸文献に紹介されている一般的取扱いに適合しており、これに反するところはないとも認められる。
(2)ところで、本件裁決においては、次の2点で、本件課税処分に問題があったことが指摘されている。まず、S-486取引については、用船料運用益に係る機会損失面における差異の調整が必要であり、独立企業間価格から1億円を控除すると、S-486取引については移転価格税制が適用できないものとされた。そして、次に、S-1209取引及びS-1218取引について、比較対象取引であるS-1206取引から5000万円を減額調整すべきであり、Yが、S-1209取引及びS-1218取引の取引金額にそれぞれ5000万円を加算したことは妥当でないとして、本件課税処分の一部が取り消されたのである。そして、Yも、本件訴訟の中では、本件裁決の違法について何らかの具体的な主張はしていないばかりか、当裁判所の検討したところでも、本件裁決について、格別、不合理な点があるとも認められないので、本件裁決に何らかの違法があるとは言い難い。なお、Yは、S-486取引について、傭船契約を前提として行われたものであることに関する証拠として、対外投資に係る金銭の貸付契約に関する届出書を提出しているが、同書面は、平成3年8月29日に作成されたものにすぎず、S-486取引について、平成元年5月24日当時に傭船契約が締結されていたとか、あるいは、締結される予定であったとかいった事実が認められるわけではない。
そこで、本件課税処分は、本件裁決において取り消された部分は違法であるものの、その余の部分は適法であって、Xの本件請求は理由がないというべきである。
四、解説
はじめに
移転価格税制は、国際間にわたる特殊関連企業間の取引について、それぞれの企業から生じる課税所得を適正に反映させることにより、所得(税額)の海外移転を防止し、国家間の所得の適正配分を図ると同時に、我が国の課税権を確保しようとするものである。
この場合、問題となるのが、国家間の特殊関連企業間における資産の売買、役務提供等に係る取引価格すなわち移転価格(Transfer Price)である。この移転価格が幾許かによって、当該企業グループに関する我が国に帰属する所得(ひいては税額)が決定することとなる(反面、当該相手国の帰属所得も決定されることになる。)から、移転価格の決定は、国家間(国際間)の租税収入の鍵を握ることになる。そして、移転価格の是非は、「独立企業間価格」によって判断されることになる。
このように論じてくると、移転価格税制とその中核となる「独立企業間価格」の決定は、いわゆる国際租税(課税)の固有な問題であると考えられる。しかしながら、国内の企業間における資産の売買、役務提供等に係る取引価格の当否については、無償・低額取引における収益計上(法法22②)、寄附金の認定(法法37⑦⑧)等においても同様に論じられているところである。そして、無償取引等に係る当該資産の価額(時価)と「独立企業間価格」との異同も、問題とされるところである。
かくして、本判決は、「独立企業間価格」が法廷で争われた最初の事例として注目されているところであるが、国内取引に係る課税問題とも対比しつつ論じることとする。
1 移転価格税制の概要
(1)法人が、当該法人に係る国外関連者(外国法人で、当該法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数の100分の50以上の株式の数を直接又は間接に保有する関係その他「特殊の関係」のあるものをいう。)との間で資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引を行った場合に、当該取引(以下「国外関連取引」という。)につき、当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき、又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは、当該法人の当該事業年度の所得に係る法人税法その他の法人税に関する法令の規定の適用については、当該国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなされる(措置法66の4①)。
そして、このように、独立企業間価格で行ったものとみなされた取引に関しては、国外関連取引の対価の額と当該国外関連取引に係る独立企業間価格との差額は、当該法人の所得金額の計算上、その全額が損金不算入とされる(措置法66の4④)。また、その見合いで、法人が支出した寄附金の額のうち、当該法人に係る国外関連者に対するものは、原則として、その全額が損金不算入とされる(措置法66の4③)。
(2)本件に即していうと、Xは製造した船舶をA等の国外関連者等を通じて輸出しているものであるから、その輸出価格(移転価格)が当該船舶に係る独立企業間価格に満たないとき(低額譲渡をしたと認められるとき)には、当該輸出価格と当該独立企業間価格との差額が、Xの所得金額の計算上、その全額が損金不算入となる。
逆に、Xが輸入業者であれば、その輸入価格(移転価格)が当該独立企業間価格を超えるとき(高額買入れと認められるとき)には、その差額の全額が損金不算入となる。
このように、移転価格税制においては、資本関係等において特殊の関係のある国外関連者との国家間にまたがる取引については、より税負担の少ない国に所得を移転するように移転価格(輸出価格又は輸入価格)を操作することも可能であることを想定して、当該取引に係る独立企業間価格を基準にして、当該独立企業間価格と当該移転価格との差額を所得金額に加算するものである。
もっとも、このようなあるべき取引価格(時価)と実際の取引価格との差額を所得金額に加算する等の調整は、何も移転価格税制のみならず、国内取引における無償取引における収益認定(法法22②)、寄附金課税(法法37①⑦⑧)等にも共通するものである。
そのため、アメリカにおける移転価格課税の根拠規定である内国歳入法482条(注1)は、国内外取引に共通して適用されている。
(3)なお、前述のように、国外関連者との国外関連取引の取引価格が独立企業間価格と異なるときは、独立企業間価格によって取引が行われたものとみなされ、当該差額が所得金額に加算される課税処分が行われる。この課税処分について不服がある場合には、通常、本件のような取消訴訟を提起することなく、いわゆる相互協議の申立てによって二国間の二重課税の回避を努めることとなる(措置法66の4⑲等参照)。
この相互協議は、相手国と租税条約が締結されている場合に限られる(措置法66の4⑲かっこ書等参照)が、移転価格課税のほか、①恒久的施設(PE)の課税に関する事項、②源泉課税に関する事項、③無差別扱いに関する事項等においても行われる(注2)。
本件においては、Aらの国外関連者がいずれも我が国と租税条約を締結していないパナマに所在していることもあって、相互協議を申し立てることができない。なお、租税条約が締結されている場合においても、相互協議の申立てと取消訴訟の提起の併存は可能である。
そのほか、本件では直接の争点とされていないが、国外関連者、特殊の関係、国外関連取引等の範囲とその解釈・認定、移転価格税制特有の質問検査権の行使規定(措置法66の4⑦~⑭)、更正・決定の期間制限等(同⑯⑰)、推定課税規定(同⑦)の内容等に留意する必要がある。
2 独立企業間価格の算定方法
(1)本件における最大の問題は、独立企業間価格をどのようにして算定するかである。そして、本件において採用されている独立価格比準法の意義とその適用のあり方、更には他の算定方法との関係も理解して置く必要がある。
独立企業間価格とは、国外関連取引が棚卸資産の販売又は購入に該当するか否かに応じ、次に掲げる方法により算定した金額をいう(措置法66の4②)。
Ⅰ 棚卸資産の販売または購入 次に掲げる方法(④に掲げる方法は、①から③までに掲げる方法を用いることができない場合に限り、用いることができる。)
① 独立価格比準法(特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額(当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他に差異のある状況の下で売買をした取引がある場合において、その差異により生じる対価の額を含む。)に相当する金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
② 再販売価格基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(以下「再販売価格」という。)から通常の利潤の額(当該再販売価格に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
③ 原価基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入、製造の他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額(当該原価の額に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を加算して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
④ ①から③までに掲げる方法に準ずる方法その他政令で定める方法
Ⅱ 前号に掲げる取引以外の取引 次に掲げる方法(②に掲げる方法は、①に掲げる方法を用いることができない場合に限り、用いることができる。)
① Ⅰの①から③までに掲げる方法と同等の方法
② Ⅰの④に掲げる方法と同等の方法
(2)以上の措置法本法に定める独立価格比準法、再販売価格基準法及び原価基準法が基本3法と称され、基本3法のほか政令で定める方法として、利益分割法(比較利益分割法及び残余利益分割法を含む。)及び取引単位営業利益法がある(措置法施行令39の12⑧)。
例えば、利益分割法とは、法人又は国外関連者による棚卸資産の購入、製造、販売その他の行為に係る所得が、これらの行為のために両者が支出した費用の額、使用した固定資産の価額その他これらの者が当該所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属するものとして計算した金額をもって独立企業間価格とする(措置法施行令39の12⑧一)。
また、基本3法に準ずる方法とは、個々の取引の態様等によって基本3法に準ずる方法によれない場合に、これらの方法の考え方に準拠した合理的な方法をいう。例えば、独立価格比準法と原価基準法を組み合わせる方法、独立価格比準法における「同種の棚卸資産」、再販売価格基準法及び原価基準法における「同種又は類似の棚卸資産」の範囲を合理性のある幅の限度で拡大する方法等が考えられる(注3)。
(3)以上の独立企業間価格については、特に基本3法にみられるように、無償取引における収益認識、寄附金課税等における当該資産の「…の時の価額」すなわち当該資産の時価の解釈・認定に共通している。
すなわち、本件で問題となっている独立価格比準法によって算定される価格は、「特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額に相当する金額」であるというのであるから、税法における伝統的な時価概念である客観的交換価額(不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額)に共通している。
もっとも、前述の基本3法のほか政令で定める方法として掲げられる利益分割法等は、移転価格税制が国家間の税金の取り合いの中から生じたものと言えるから利益配分的な性格が強く、純粋な時価概念から乖離してきたものと考えられる。
3 本件における独立価格比準法の適用
(1)本件においては、独立価格比準法によって本件課税処分が行われ、X側も他に適切な算定方法が存することを全く主張せず、本判決も、独立価格比準法の適用を適法と認めたものである。その意味では、本件においては、独立価格比準法以外の算定方法を採用する余地はなく、専ら同法の適用の是非を論じれば足りるものと考えられる。
本件においては、Xは、製造した船舶をAらの国外関連者に輸出するとともに、他の非関連者にも輸出していたというものである。そのため、Yは、本件課税処分に当たって、S-1190取引等国外関連取引と総トン数、載貨重量、オイル積み容量、契約日、竣工日等が類似する非関連者取引に係る船舶の取引価額と対比して独立企業間価格を算定している。これらの取引の対比においては、Xという同一の製造会社において、国外関連者と非関連者とのそれぞれの取引が存在し、両者間の取引価格が異なるが故に当該利益率等も明らかに異なるというものである。したがって、それらの対比においては、両者に大きな差があることも明らかであり、かつ、その対比における合理性も容易に容認し得る状況にあると認められる。
かくして、本判決は、「「同種の棚卸資産の取引」と認められるためには、資産の性状・構造・機能等の面で、物理的・化学的な相当程度の類似性が必要と解される…また、「同種の状況の下でされた取引」と認められるためには、取引の段階、数量、時期、引渡条件、支払条件、取引市場などを考慮して、その類似性が検討されるべきである。」と判示し、その非関連取引の選択の合理性を容認している。
(2)これに対し、Xは、空き船台解消に係るコスト低減効果、取引数量等の調整項目を主張するのであるが、本判決は、前述のように、当該主張をいずれも排斥している。Xが主張するようなコスト低減効果があるにしても、その効果を国外関連取引にのみ付加することは説得力を有しないものと考えられる。
また、Xは、算定された独立企業間価格に一定の「幅」を設け、当該「幅」の範囲内に納まれば、移転価格課税はできない旨主張しているが、その主張も本判決で斥けられている。
この幅の問題は、確かに、複数の算定方法からもたらされる数値それ自体には、それぞれ異なることが予想され、その意味での幅は生じるであろうが、一旦その算定方法に合理性が容認されて独立企業間価格が算定された場合には、更に「幅」を設けることは、措置法66条の4第1項の文言解釈からも到底容認できないであろう。
そのほか、Xは、移転価格税制は船舶建造請負取引や無税国(タックス・ヘイブン)との取引には該当しない旨主張している。このような主張も、結局、本判決が判示するように、Xの独自の見解と云わざるを得ないであろう。
4 本判決の意義と問題点
(1)本件は、移転価格税制に関する課税処分が初めて法廷で争われ、初めての判決が出されたということで注目されていた。その意味では、本判決が判示する移転価格税制の立法趣旨、独立企業間価格の意義、独立価格比準法の適用要件等については、判決で容認された先例として今後の実務に役立つものと考えられる。
しかも、移転価格税制に関する課税処分については、前述したように、毎年相当件数の紛争事件が生じているが、従来、その全てが相互協議での解決が図られているので、その内容が公開されるわけではなく、その法律問題が公けに議論されることが少なかった。そのため、移転価格税制の問題点については、紛争事件の事情を承知している当該企業の関係者と課税当局の関係者の説明等で理解されてきた。
その意味でも、移転価格税制の関係条項の解釈論等が公開の法廷で論争され、一つの結論を見たことは意義のあることである。
(2)しかしながら、本件の事案については、既に論じてきたように、やや単純な事件のようであり、その論点も自ら限られることになる。
その中にあって、本件の独立企業間価格の算定において用いられた独立価格比準法については、独立企業間価格が当事者間の利害にとらわれず恣意性のない自由な取引価格(時価)を追求する趣旨に最も合致していると言える。また、この独立価格比準法は、移転価格課税とは関係のない無償取引等における当該資産の「価額」(時価)と評価方法に最も類似するものである。したがって、両者の比較がもっと検討されて然るべきであると考えられる。
いずれにしても、移転価格税制については、今後国際間の「税金の取合い」が一層激しくなることが予測され、それに伴って紛争事件も多発することが予測されるが、相互協議によって密室で解釈されるばかりでなく、法廷での論争が一層増加する方が租税法の発展のために望ましいものと考えられる。
(注1)米国内国歳入法482条は、次のように規定している。
「2以上の組織、営業若しくは事業(法人格を有するか否か、合衆国において設立されたものであるか否か、及び連結申告をする要件を満たしているか否かを問わない)が、同一の利害関係者によって直接又は間接に所有され又は支配されている場合には、財務長官又はその代理人は、脱税を防止するため又は当該組織、営業若しくは事業の所得を正確に算定するために必要と認めるときは、当該組織、営業若しくは事業の間において、総所得、所得控除、税額控除又はその他の控除を配分し、割り当て又は振替えることができる。
無形資産(第936条(h)(3)(B)に規定するものに限る)の譲渡又は実施権の供与の場合には、当該譲渡又は実施権の供与に係る所得金額は、その無形資産に帰すべき所得の金額と釣り合いのとれたものでなければならない。」
(注2)我が国の相互協議の現状と問題点については、中山清(国税庁相互協議室長)「相互協議の現状と課題」租税研究2004年11月号111頁参照。なお、同稿によると、2003年の相互協議発生件数は、移転価格課税30件、その他92件合計122件となっている。
(注3)羽床正秀・古賀陽子「移転価格税制詳解 平成16年版」(大蔵財務協会)377頁等参照。
品川芳宣 (しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)、『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい)他多数。
移転価格税制における独立企業間価格の算定
松山地裁平成11年(行ウ)第7号平成16年4月14日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
一、事実
(1)X(原告)会社は、船舶の製造、修繕等を業とする株式会社であるが、次の各社(パナマ国籍)が租税特別措置法(以下「措置法」という。)66条の4(平成4年改正前66条の5、以下「本件規定」という。)第1項に定めるXの国外関連者に該当する。
A、B、B'、C、C'、D、D'、E
X会社は、これら国外関連者との間で、次の国外関連取引(以下「本件各取引」という。)をした。
① S-486取引
Xは、平成元年5月24日、Aとの間で、船舶建造請負契約(船価24億5000万円)を締結し、平成3年9月17日、船舶S-486を引き渡した。
② S-1190取引
Xは、平成2年5月24日、B-B'との間で船舶建造請負契約(船価46億5000万円)を締結し、平成3年9月25日、船舶S-1190を引き渡した。なお、同船は、B-B'両者の共有である。
③ S-1209取引
Xは、平成4年10月13日、C-C'との間で船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、平成5年7月30日、船舶S-1209を引き渡した。
④ S-1218取引
Xは、平成5年1月27日、Dとの間で、船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、同年11月29日、船舶S-1218を引き渡した。
⑤ S-1230取引
Xは、平成5年6月15日、Eとの間で船舶建造請負契約(船価30億円)を締結し、平成6年1月26日、船舶S-1230を引き渡した。
(2)Xは、平成4年3月期(同3年4月1日から同4年3月31日まで)及び平成6年3月期(同5年4月1日から同6年3月31日まで)の各事業年度分法人税について、それぞれ法定申告期限内に確定申告をし、その後、平成5年3月18日及び平成6年12月19日に、それぞれ修正申告をした。修正申告後の所得金額は、次のとおりである。
平成4年3月期 66億8424万円余
平成6年3月期 128億7079万円余
これに対し、Y(被告)税務署長は、平成8年3月11日、平成4年3月期分法人税につき、船価が独立企業間価格に満たないものとして、S-486取引につき1億2979万円余及びS-1190取引につき9億607万円余合計10億3586万円余の損金算入を否認し、平成6年3月期分法人税につき、同様に、S-1209取引につき7億1897万円余、S-1218取引につき5億8921万円余及びS-1230取引につき4億8605万円余合計17億9424万円余の損金算入を否認して、それぞれ更正処分等(以下「本件課税処分」という。)をした。
Xは、本件課税処分を不服とし、審査請求をし、平成11年7月5日、所得金額を次のとおり一部取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)があったが、なお、不服があるとし、本件課税処分の取消しを求めて、本訴を提起した。
平成4年3月期 1億2900万円(S-486取引分)
平成6年3月期 9800万円(S-1209及びS-1218取引分)
二、争点と当事者の主張
争点
(1)移転価格税制を船舶建造取引に適用することの可否
(2)本件各取引につき独立企業間価格を算定する場合の方法
(3)独立価格比準法による本件取引への適用
(4)S-486取引に係る裁決の拘束力
Xの主張
(1)船舶建造請負取引は、取引ごと、取引相手ごとに、個別的色彩の強い取引であって、国外関連者の建造価格たる船価には、そもそも「比較可能性」が前提となる「独立企業間価格」を観念することはできない。
すなわち、移転価格税制は、自動車・家電製品・日常用品などの大量生産がされる規格商品取引を適用対象として想定されたものであり、実際にも、かかる取引に限って適用されてきた。船舶建造の請負取引について移転価格税制が適用された例は、本件課税処分が初めてのことであり、世界的にも例を見ない。
(2)本件各取引について独立価格比準法の適用はない。
仮に、本件各取引において、独立企業間価格を算定するにしても、本件課税処分で採用された独立価格比準法は、原価額が同一であることを前提として判断している点で、問題がある。すなわち、船価決定においては、原価額がその重要な要素となっているところ、本件各取引では、原価額は大きく異なっている。そのような事実を無視して、一方の価格で、他方の独立企業間価格として採用することは、およそ許されない。
(3)仮に、独立価格比準法によることが正しいとしても、Yは、その比較対象となる取引の選択を誤っている。
船舶建造請負取引で、比較対象となる取引を選択する場合に、まず考慮されるべきことは、スペックの差異(仕様差・艤装品の有無など)であり、次に、契約日の差である(竣工日は船価決定上必ずしも重要な要素ではない。)。その上で、契約価格(売上計上金額)、利益率についても考慮しなければならない。なお、スペック等が類似している船舶が複数ある場合には、契約価格及び利益率がもっとも低いものを選択すべきことになる。
(4)独立価格比準法を本件各取引に適用した場合には、①S-1190取引については、独立企業間価格と船価の差は2億1000万円となり、船価の約5%であって独立企業間価格の「幅」の範囲内であり、②S-1209取引及びS-1218取引については、独立企業間価格と船価に差はなく、④S-1230取引については、独立企業間価格と船価の差は6000万円であり、船価の約5%であって、独立企業間価格の「幅」の範囲内である。
(5)審査請求段階における訴訟物は、いわゆる争点主義により、S-486取引に対する課税処分及びS-1190取引に対する課税処分の2つと解されるところ、S-486取引は、本件裁決の中で、国外関連取引における船価が適正な独立企業間取引であったと認定されている。
しかるに、Yは、平成4年3月期に関する更正処分で、いまだ取り消されていない税額があることを奇貨として、S-486取引について、審査請求時と同じ理由に基づき、実際の取引船価は独立企業間価格に満たないと主張している。しかし、そのことは、本件裁決の拘束力に反することになるから、許されない。
Yの主張
(1)移転価格税制は、客観的に措置法所定の要件に該当する所得の移転があれば、企業グループの経営戦略に経済的合理性があるか否かに関係がなく適用されるのであるから、Xの主張は、その前提において誤っている。
独立企業間価格が認定できない取引について、移転価格税制が適用されないのは、たまたま、そのような事実認定ができないことの結果であって、およそ、船舶建造請負取引にあっては、独立企業間価格が認定できないとかいえるものではない。
(2)独立企業間価格の算定方法は、措置法66条の4に、複数のものが提示されているところであるが、独立企業間価格は、観念的、一義的に存在することを前提として、所定のいずれかの方法によって算定しても、等しく、独立企業間価格として認められるのである。
本件課税処分を行うにあたり算定した独立価格比準法は、独立企業間価格算定の基本となるべきもので、比較対象取引と当該国外関連取引との間で、相当程度に正確な差異の調整ができるときは、調整項目が少なくなり、誤差が生じにくいため、最も信頼度の高い方法とされている。しかも、Yは、本件各取引と比較対象する取引を、すべて、当該法人が行った取引の中から選択したので(内部価格比準法)、一層、合理的な算定方法ということになる。なお、Xは、独立企業間価格の「幅」なる概念を持ち出して、その主張を裏付けようとするが、その主張自体、認めることができない。
(3)本件各取引における比較対象取引、独立企業間価格、損金不算入額は、以下のとおりである(略)。各取引において、損金不算入額を前提として、法人税等を算出していくと、本件課税処分の金額と一致する。なお、Yが選択した比較対象取引は、いずれも決済条件、契約日付等を除いて、対価の額に影響するような差異はなかったから、いずれも、本件各取引と契約時期が最も近いものを選択した。
(4)裁決において原処分の一部が取り消され、その後、課税処分取消請求訴訟が提起された場合には、いわゆる総額主義により、取り消しされた部分を含めた原処分全部が訴訟物になるのである。しかも、裁判所は、国税通則法102条1項の「関係行政庁」には該当しない。そこで、裁判所が、裁決に拘束されることはなく、判決では、裁決で取り消された点も含めて、改めて判断がされることになる。したがって、訴訟の当事者は、訴訟の対象となっている訴訟物に関し、自由に主張することができるのである。訴訟における訴訟物についてまで、裁決の拘束力が及ぶわけではない。
判決要旨
請求棄却。
1 船舶建造請負取引に対する移転価格税制適用の可否
(1)本件規定は、第2項に定める方法により算定した独立企業間価格を用い、第1項が定めている各要件に照らして、移転価格税制適用の有無を決するという構造になっているから、Xが指摘している「比較可能性」の問題は、第2項によって独立企業間価格を算定する過程において問題となる。その際、取引の種類などによっては、定められた各方法により、独立企業間価格を算定できない場合も出てくることが想定できるところであるから、そのような場合には、そもそも移転価格税制が適用されないことになる。
しかし、そうであるからといって、本件規定第1項の要件に、「比較可能性があること」に加え、限定解釈をしなければならないとする根拠もない。問題は、結局のところ、本件各取引において…本件規定第2項に定められている「独立企業間価格」を観念することができるか否かに帰着するものと解される。
(2)各証拠及び弁論の全趣旨によると、わが国における移転価格税制は、企業活動の国際化の進展に伴い、海外の特殊関係企業(国外関連者)との取引において、価格操作による所得の海外移転に対処し、諸外国と共通の基盤に立脚し、適正な国際課税を実現するために制定されたものであること、移転価格税制は、国際的な企業グループ内における財貨移転に関する価格が、必ずしも自由市場価格ではなく行われていること(自由競争市場で、非関連者間で行われた場合の価格と乖離する事態を生じていること)に対処して、適正な課税処分を課すための仕組みであること、そこで、グループ内取引における価格調整の結果、所得が国外に移転されていると評価し得るときは、その取引を正常な状態(独立企業間価格)にひき直して課税所得を算出し、租税債務のゆがみを取り除くことを目的としていること、グループ企業間では、価格設定を通じ、脱税や、租税回避が行われる例がみられるが、移転価格税制自体は、当事者の意図を考慮せず、現実の価格を独立企業間価格に修正するものであること、諸外国でもこれと同様の税制が採用され、わが国でも、昭和61年に、措置法66条の5(国外関連者との取引に係る課税の特例)として新設され採用されたものであることが認められる。
このような制度制定の経緯、趣旨などに照らすと、移転価格税制は、企業グループ内における所得の移転を把握し、適正な課税を実現することを目的としたもので、反面、当該取引における価格設定の目的・理由などについては問わないものであるから、取引の価格設定が、Xにとって「経済的合埋性」を有するか否かについては、これを検討する必要がないものというべきである。
(3)Xは、さらに、国外関連者が、例えば、パナマ共和国などの無税国に存在しているときは、相手国課税者との衝突がなく、相手国から、独立企業間価格の妥当性について検証される余地がないので、移転価格税制は適用がないとも主張する。しかし、本件規定をみても、無税国の国外関連者との取引について排除するとの規定はない。課税権の衝突がないから、相手国から独立企業間価格の妥当性について検証されることもないという点は、Xが指摘しているとおりかと思われるが、そのことから、無税国の国外関連者との取引について排除しなければならないとの結論が出てくるものでもない。
2 独立価格比準法を用いることの適否
(1)独立価格比準法とは、法人と国外関連者との取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産について、特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引と、取引段階、取引数量その他の条件が同種の状況の下で売買した場合のその取引の対価の額に相当する金額(条件に差異がある場合において、その差異により生じる対価の額の差が調整できるときは、その調整を行った後の対価の額を含む。)をもって独立企業間価格とする方法である。そして、同方法は、理論的には、最も適切かつ容易な方法であり、基本的に、他の方法よりも優れているものと理解されているところである。
(2)まず、独立価格比準法を用いて独立企業間価格を算定する場合、その比較対象となるべき取引とは、①国外関連取引に係る棚卸資産と「同種の棚卸資産の取引」であり、②国外関連取引と取引段階、取引数量その他が「同種の状況の下でされた取引」であるが、「同種の棚卸資産の取引」と認められるためには、資産の性状・構造・機能等の面で、物理的・化学的な相当程度の類似性が必要になると解されるし(但し、多少の差異があっても、価格に影響を及ぼす程度のものでなければ、これを同種の取引であると判断し、合理的な方法によって、その差異を調整することが可能であれば、同種の資産とする。)、また、「同種の状況の下でされた取引」と認められるためには、取引の段階、数量、時期、引渡条件、支払条件、取引市場などを考慮して、その類似性が検討されるべきである。例えば、取引段階が小売段階なのか、卸売段階なのか、取引量が価格に影響を及ぼしているかなどを検討する必要がある他、市場価格は、季節要因や一般的な経済市況の変化によっても変動するため、取引時期の合理的な近接性も問題となってくるところである。
本件各取引は、船舶の請負取引であるが、船舶建造請負取引をことさら別なものとして取り扱うべき事情もないので、独立価格比準法を用いて独立企業間価格を算定する場合には、本件各取引と「同種の棚卸資産」であって、かつ、「同種の状況の下でされた取引」を選択して、算定すべきものと解される。
(3)独立企業間価格を算定する方法には、独立価格比準法のほか、①再販売価格基準法、②原価基準法、③その他の方法が認められているところ、課税庁が、独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法のいずれの方法を採るべきかについては、何らの規定がなく、課税庁の判断に委ねられているところである。しかも、本件では、Xから、独立企業間価格を算定するにつき、独立価格比準法を用いるよりも、上記の①ないし③の方法によることが、より適切であり、優れているとの主張、立証もされていないから、Yが、本件各取引に係る独立企業間価格を算定することについて、独立価格比準法を採用したこと自体には、特に、問題もない。
3 調整項目
(1)Xは、「国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同種の状況の下でされた取引であること」の認定のため、Yが本件課税処分をする際に考慮した5つの項目(決済条件に起因するもの、建造延期に起因するもの、追加発注に起因するもの、契約月日に起因するもの、追加装備等に起因するもの)のほかに、①事業戦略に起因するもの、②投下資本に起因するもの、③取引数量に起因するものの3項目を、船価に影響を及ぼす差異として、調整項目に加えるべきであると主張するので、以下、検討する。
Xのいわゆる「事業戦略」は、国外関連者との関係を利用して、通常の対価とは異なる船価を設定し、国外関連者との間で所得移転を繰り返しているものに他ならない。そして、そのようなことは、移転価格税制がまさしく問題にしている「所得の国外移転」を意味するものというべきである。したがって、いわゆる「事業戦略」の存在は、移転価格税制を適用するについての妨げとなることはない。
仮に、Xの事業戦略が、結果として、空き船台を解消し、それによるコスト削減効果が発揮されていたとしても、そのことを、比較可能性を検討する際の調整項目としては認めることはできない。
(2)Xは、国外関連取引と非関連取引との間では、空き船台解消に係るコスト低減効果、コスト削減効果、工期の長短に係る原価の差異、受注コストの低減化などにより、総原価の額(投下費用)に差異が生じるから、その点を考慮項目とすべきである旨主張する。
しかし、Xの上記主張は、空き船台を解消することによるコスト低減効果、コスト削減効果、工期の長短に係る原価の差異、受注コストの低減化などの効果を、すべて、国外関連取引が享受することを前提としたものであるところ、X自身、別のところでは、そのようなコスト低減、削減によって、非関連者船の価格を据え置き、Xの国際競争力を維持しているとも説明しているのであって、Xが上記のような前提に立って議論すること自体、認めることができない。
(3)「取引数量」が調整項目の1つであることは、本件規定からも明らかである。しかるに、本件各取引も、そして、その比較対象取引も、いずれも1隻の舶舶に係る建造請負契約であって、その間に、取引数量の差異があるわけではないと認められる。そこで、本件各取引については、「取引数量」が異なるものと判断して、調整しなければならないものではない。
Xは、本件各取引が継続的な契約であり、「取引数量」に差異があるとも主張する。しかし、本件各取引が継続的な取引であるとしても、本件各取引は、結局、個々の契約であって、本件各証拠によっても、あらかじめ船価が取り決められていると認められるわけではないから、本件各取引の「取引数量」はいずれも1隻と認めるしかないのである。
4 独立企業間価格の「幅」
(1)なるほど、独立企業間価格は、あくまで類似の取引との比較可能性があることを前提としているものであって、差異の調整をするにしても、完全に、同一の条件で調整ができるとは限らないから、調整上の誤差という意味での価格の「幅」ということが出てくることは予想できるし、その結果、納税者の負担が増えることが出てくるとは解される。
しかし、移転価格税制は、当該取引の対価と独立企業間価格に差異があって、その差異があることで法人の所得が減少している場合に、当該取引が独立企業間価格で行われたものと看做して、所得計算を行うものであるから、独立企業間価格は、本件規定が定める算定方法に基づいて、一義的に定められるべきものである。上記OECDの見解や、価格の幅なるものを認めている上記見解も、比較対象取引が複数存在し、そのいずれか1つに絞り込むことが相当でない場合に限って、「幅」なる概念を認める可能性を示唆ないし支持しているものである。しかし、Xの主張は、これとは異なり、比較対象取引を1つに絞り込むことができた場合でも、なお、「幅」の概念を持ち出して、本件各取引とYが算出した「独立企業間価格」との価格差は20パーセント以内に収まっているから、本件課税処分は違法であるというのである。このような見解が、上記の見解と異なるものであることは明らかで、いわばX独自の見解といわざるを得ないものであり、採ることはできない。
5 比較対象取引の選定
(1)各証拠及び弁論の全趣旨によると、Yは、S-1190取引の比較対象取引としてS-1195取引を、S-1209取引及びS-1218取引の比較対象取引としてS-1206取引を、S-1230取引の比較対象取引としてS-1229取引を、S-486取引の比較対象取引としてS-482取引を各選択したこと、各取引の契約内容は、決済条件などに差異があるものの、おおむね同一であること、その選択基準としては、契約締結日が近接している点を重視したものであることが各認められる。なお、S-1229取引だけは、契約日が約1年離れているが、当該船型の取引数が少ないことに照らすと、やむをえないものと解される。
(2)比較対象取引が選択された経緯については、例えば、S-1195取引(S-1190取引の比較対象取引)に関しては、次のとおりである。
S-1195取引の契約日は、S-1190取引の翌日に造船契約が締結されたものであり、契約内容も、決済条件以外には、価格変動をもたらすような差異はない。なお、S-1195の船価も含めて、Xが同時期に行った他の同型船の建造のうち、比較可能性が最も高いものと認められる。
Xは、比較対象取引として、S-1188取引を妥当とするが、S-1195取引と比較してみた結果は、別紙(略)に記載したとおりであって、契約日の近似性からみて、S-1195取引を比較対象取引として選択することに相当性があると認められる。
(その他の取引についても、それぞれ選定の合理性が容認されている。詳細は、省略)
6 独立価格比準法による場合の「あてはめ」
(1)各証拠及び弁論の全趣旨によると、Yは、前記のとおり選択した比較対象取引について、個別事情に基づく差異を調整し、独立企業間価格を算出していること、そして、その独立企業間価格に基づいて法人税などを計算した場合、本件課税処分による金額になることが認められる。そして、Yが行った差異の調整は、次に述べる2点を除いて、移転価格税制に関する諸文献に紹介されている一般的取扱いに適合しており、これに反するところはないとも認められる。
(2)ところで、本件裁決においては、次の2点で、本件課税処分に問題があったことが指摘されている。まず、S-486取引については、用船料運用益に係る機会損失面における差異の調整が必要であり、独立企業間価格から1億円を控除すると、S-486取引については移転価格税制が適用できないものとされた。そして、次に、S-1209取引及びS-1218取引について、比較対象取引であるS-1206取引から5000万円を減額調整すべきであり、Yが、S-1209取引及びS-1218取引の取引金額にそれぞれ5000万円を加算したことは妥当でないとして、本件課税処分の一部が取り消されたのである。そして、Yも、本件訴訟の中では、本件裁決の違法について何らかの具体的な主張はしていないばかりか、当裁判所の検討したところでも、本件裁決について、格別、不合理な点があるとも認められないので、本件裁決に何らかの違法があるとは言い難い。なお、Yは、S-486取引について、傭船契約を前提として行われたものであることに関する証拠として、対外投資に係る金銭の貸付契約に関する届出書を提出しているが、同書面は、平成3年8月29日に作成されたものにすぎず、S-486取引について、平成元年5月24日当時に傭船契約が締結されていたとか、あるいは、締結される予定であったとかいった事実が認められるわけではない。
そこで、本件課税処分は、本件裁決において取り消された部分は違法であるものの、その余の部分は適法であって、Xの本件請求は理由がないというべきである。
四、解説
はじめに
移転価格税制は、国際間にわたる特殊関連企業間の取引について、それぞれの企業から生じる課税所得を適正に反映させることにより、所得(税額)の海外移転を防止し、国家間の所得の適正配分を図ると同時に、我が国の課税権を確保しようとするものである。
この場合、問題となるのが、国家間の特殊関連企業間における資産の売買、役務提供等に係る取引価格すなわち移転価格(Transfer Price)である。この移転価格が幾許かによって、当該企業グループに関する我が国に帰属する所得(ひいては税額)が決定することとなる(反面、当該相手国の帰属所得も決定されることになる。)から、移転価格の決定は、国家間(国際間)の租税収入の鍵を握ることになる。そして、移転価格の是非は、「独立企業間価格」によって判断されることになる。
このように論じてくると、移転価格税制とその中核となる「独立企業間価格」の決定は、いわゆる国際租税(課税)の固有な問題であると考えられる。しかしながら、国内の企業間における資産の売買、役務提供等に係る取引価格の当否については、無償・低額取引における収益計上(法法22②)、寄附金の認定(法法37⑦⑧)等においても同様に論じられているところである。そして、無償取引等に係る当該資産の価額(時価)と「独立企業間価格」との異同も、問題とされるところである。
かくして、本判決は、「独立企業間価格」が法廷で争われた最初の事例として注目されているところであるが、国内取引に係る課税問題とも対比しつつ論じることとする。
1 移転価格税制の概要
(1)法人が、当該法人に係る国外関連者(外国法人で、当該法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数の100分の50以上の株式の数を直接又は間接に保有する関係その他「特殊の関係」のあるものをいう。)との間で資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引を行った場合に、当該取引(以下「国外関連取引」という。)につき、当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき、又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは、当該法人の当該事業年度の所得に係る法人税法その他の法人税に関する法令の規定の適用については、当該国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなされる(措置法66の4①)。
そして、このように、独立企業間価格で行ったものとみなされた取引に関しては、国外関連取引の対価の額と当該国外関連取引に係る独立企業間価格との差額は、当該法人の所得金額の計算上、その全額が損金不算入とされる(措置法66の4④)。また、その見合いで、法人が支出した寄附金の額のうち、当該法人に係る国外関連者に対するものは、原則として、その全額が損金不算入とされる(措置法66の4③)。
(2)本件に即していうと、Xは製造した船舶をA等の国外関連者等を通じて輸出しているものであるから、その輸出価格(移転価格)が当該船舶に係る独立企業間価格に満たないとき(低額譲渡をしたと認められるとき)には、当該輸出価格と当該独立企業間価格との差額が、Xの所得金額の計算上、その全額が損金不算入となる。
逆に、Xが輸入業者であれば、その輸入価格(移転価格)が当該独立企業間価格を超えるとき(高額買入れと認められるとき)には、その差額の全額が損金不算入となる。
このように、移転価格税制においては、資本関係等において特殊の関係のある国外関連者との国家間にまたがる取引については、より税負担の少ない国に所得を移転するように移転価格(輸出価格又は輸入価格)を操作することも可能であることを想定して、当該取引に係る独立企業間価格を基準にして、当該独立企業間価格と当該移転価格との差額を所得金額に加算するものである。
もっとも、このようなあるべき取引価格(時価)と実際の取引価格との差額を所得金額に加算する等の調整は、何も移転価格税制のみならず、国内取引における無償取引における収益認定(法法22②)、寄附金課税(法法37①⑦⑧)等にも共通するものである。
そのため、アメリカにおける移転価格課税の根拠規定である内国歳入法482条(注1)は、国内外取引に共通して適用されている。
(3)なお、前述のように、国外関連者との国外関連取引の取引価格が独立企業間価格と異なるときは、独立企業間価格によって取引が行われたものとみなされ、当該差額が所得金額に加算される課税処分が行われる。この課税処分について不服がある場合には、通常、本件のような取消訴訟を提起することなく、いわゆる相互協議の申立てによって二国間の二重課税の回避を努めることとなる(措置法66の4⑲等参照)。
この相互協議は、相手国と租税条約が締結されている場合に限られる(措置法66の4⑲かっこ書等参照)が、移転価格課税のほか、①恒久的施設(PE)の課税に関する事項、②源泉課税に関する事項、③無差別扱いに関する事項等においても行われる(注2)。
本件においては、Aらの国外関連者がいずれも我が国と租税条約を締結していないパナマに所在していることもあって、相互協議を申し立てることができない。なお、租税条約が締結されている場合においても、相互協議の申立てと取消訴訟の提起の併存は可能である。
そのほか、本件では直接の争点とされていないが、国外関連者、特殊の関係、国外関連取引等の範囲とその解釈・認定、移転価格税制特有の質問検査権の行使規定(措置法66の4⑦~⑭)、更正・決定の期間制限等(同⑯⑰)、推定課税規定(同⑦)の内容等に留意する必要がある。
2 独立企業間価格の算定方法
(1)本件における最大の問題は、独立企業間価格をどのようにして算定するかである。そして、本件において採用されている独立価格比準法の意義とその適用のあり方、更には他の算定方法との関係も理解して置く必要がある。
独立企業間価格とは、国外関連取引が棚卸資産の販売又は購入に該当するか否かに応じ、次に掲げる方法により算定した金額をいう(措置法66の4②)。
Ⅰ 棚卸資産の販売または購入 次に掲げる方法(④に掲げる方法は、①から③までに掲げる方法を用いることができない場合に限り、用いることができる。)
① 独立価格比準法(特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額(当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他に差異のある状況の下で売買をした取引がある場合において、その差異により生じる対価の額を含む。)に相当する金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
② 再販売価格基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(以下「再販売価格」という。)から通常の利潤の額(当該再販売価格に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
③ 原価基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入、製造の他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額(当該原価の額に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を加算して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
④ ①から③までに掲げる方法に準ずる方法その他政令で定める方法
Ⅱ 前号に掲げる取引以外の取引 次に掲げる方法(②に掲げる方法は、①に掲げる方法を用いることができない場合に限り、用いることができる。)
① Ⅰの①から③までに掲げる方法と同等の方法
② Ⅰの④に掲げる方法と同等の方法
(2)以上の措置法本法に定める独立価格比準法、再販売価格基準法及び原価基準法が基本3法と称され、基本3法のほか政令で定める方法として、利益分割法(比較利益分割法及び残余利益分割法を含む。)及び取引単位営業利益法がある(措置法施行令39の12⑧)。
例えば、利益分割法とは、法人又は国外関連者による棚卸資産の購入、製造、販売その他の行為に係る所得が、これらの行為のために両者が支出した費用の額、使用した固定資産の価額その他これらの者が当該所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属するものとして計算した金額をもって独立企業間価格とする(措置法施行令39の12⑧一)。
また、基本3法に準ずる方法とは、個々の取引の態様等によって基本3法に準ずる方法によれない場合に、これらの方法の考え方に準拠した合理的な方法をいう。例えば、独立価格比準法と原価基準法を組み合わせる方法、独立価格比準法における「同種の棚卸資産」、再販売価格基準法及び原価基準法における「同種又は類似の棚卸資産」の範囲を合理性のある幅の限度で拡大する方法等が考えられる(注3)。
(3)以上の独立企業間価格については、特に基本3法にみられるように、無償取引における収益認識、寄附金課税等における当該資産の「…の時の価額」すなわち当該資産の時価の解釈・認定に共通している。
すなわち、本件で問題となっている独立価格比準法によって算定される価格は、「特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額に相当する金額」であるというのであるから、税法における伝統的な時価概念である客観的交換価額(不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額)に共通している。
もっとも、前述の基本3法のほか政令で定める方法として掲げられる利益分割法等は、移転価格税制が国家間の税金の取り合いの中から生じたものと言えるから利益配分的な性格が強く、純粋な時価概念から乖離してきたものと考えられる。
3 本件における独立価格比準法の適用
(1)本件においては、独立価格比準法によって本件課税処分が行われ、X側も他に適切な算定方法が存することを全く主張せず、本判決も、独立価格比準法の適用を適法と認めたものである。その意味では、本件においては、独立価格比準法以外の算定方法を採用する余地はなく、専ら同法の適用の是非を論じれば足りるものと考えられる。
本件においては、Xは、製造した船舶をAらの国外関連者に輸出するとともに、他の非関連者にも輸出していたというものである。そのため、Yは、本件課税処分に当たって、S-1190取引等国外関連取引と総トン数、載貨重量、オイル積み容量、契約日、竣工日等が類似する非関連者取引に係る船舶の取引価額と対比して独立企業間価格を算定している。これらの取引の対比においては、Xという同一の製造会社において、国外関連者と非関連者とのそれぞれの取引が存在し、両者間の取引価格が異なるが故に当該利益率等も明らかに異なるというものである。したがって、それらの対比においては、両者に大きな差があることも明らかであり、かつ、その対比における合理性も容易に容認し得る状況にあると認められる。
かくして、本判決は、「「同種の棚卸資産の取引」と認められるためには、資産の性状・構造・機能等の面で、物理的・化学的な相当程度の類似性が必要と解される…また、「同種の状況の下でされた取引」と認められるためには、取引の段階、数量、時期、引渡条件、支払条件、取引市場などを考慮して、その類似性が検討されるべきである。」と判示し、その非関連取引の選択の合理性を容認している。
(2)これに対し、Xは、空き船台解消に係るコスト低減効果、取引数量等の調整項目を主張するのであるが、本判決は、前述のように、当該主張をいずれも排斥している。Xが主張するようなコスト低減効果があるにしても、その効果を国外関連取引にのみ付加することは説得力を有しないものと考えられる。
また、Xは、算定された独立企業間価格に一定の「幅」を設け、当該「幅」の範囲内に納まれば、移転価格課税はできない旨主張しているが、その主張も本判決で斥けられている。
この幅の問題は、確かに、複数の算定方法からもたらされる数値それ自体には、それぞれ異なることが予想され、その意味での幅は生じるであろうが、一旦その算定方法に合理性が容認されて独立企業間価格が算定された場合には、更に「幅」を設けることは、措置法66条の4第1項の文言解釈からも到底容認できないであろう。
そのほか、Xは、移転価格税制は船舶建造請負取引や無税国(タックス・ヘイブン)との取引には該当しない旨主張している。このような主張も、結局、本判決が判示するように、Xの独自の見解と云わざるを得ないであろう。
4 本判決の意義と問題点
(1)本件は、移転価格税制に関する課税処分が初めて法廷で争われ、初めての判決が出されたということで注目されていた。その意味では、本判決が判示する移転価格税制の立法趣旨、独立企業間価格の意義、独立価格比準法の適用要件等については、判決で容認された先例として今後の実務に役立つものと考えられる。
しかも、移転価格税制に関する課税処分については、前述したように、毎年相当件数の紛争事件が生じているが、従来、その全てが相互協議での解決が図られているので、その内容が公開されるわけではなく、その法律問題が公けに議論されることが少なかった。そのため、移転価格税制の問題点については、紛争事件の事情を承知している当該企業の関係者と課税当局の関係者の説明等で理解されてきた。
その意味でも、移転価格税制の関係条項の解釈論等が公開の法廷で論争され、一つの結論を見たことは意義のあることである。
(2)しかしながら、本件の事案については、既に論じてきたように、やや単純な事件のようであり、その論点も自ら限られることになる。
その中にあって、本件の独立企業間価格の算定において用いられた独立価格比準法については、独立企業間価格が当事者間の利害にとらわれず恣意性のない自由な取引価格(時価)を追求する趣旨に最も合致していると言える。また、この独立価格比準法は、移転価格課税とは関係のない無償取引等における当該資産の「価額」(時価)と評価方法に最も類似するものである。したがって、両者の比較がもっと検討されて然るべきであると考えられる。
いずれにしても、移転価格税制については、今後国際間の「税金の取合い」が一層激しくなることが予測され、それに伴って紛争事件も多発することが予測されるが、相互協議によって密室で解釈されるばかりでなく、法廷での論争が一層増加する方が租税法の発展のために望ましいものと考えられる。
(注1)米国内国歳入法482条は、次のように規定している。
「2以上の組織、営業若しくは事業(法人格を有するか否か、合衆国において設立されたものであるか否か、及び連結申告をする要件を満たしているか否かを問わない)が、同一の利害関係者によって直接又は間接に所有され又は支配されている場合には、財務長官又はその代理人は、脱税を防止するため又は当該組織、営業若しくは事業の所得を正確に算定するために必要と認めるときは、当該組織、営業若しくは事業の間において、総所得、所得控除、税額控除又はその他の控除を配分し、割り当て又は振替えることができる。
無形資産(第936条(h)(3)(B)に規定するものに限る)の譲渡又は実施権の供与の場合には、当該譲渡又は実施権の供与に係る所得金額は、その無形資産に帰すべき所得の金額と釣り合いのとれたものでなければならない。」
(注2)我が国の相互協議の現状と問題点については、中山清(国税庁相互協議室長)「相互協議の現状と課題」租税研究2004年11月号111頁参照。なお、同稿によると、2003年の相互協議発生件数は、移転価格課税30件、その他92件合計122件となっている。
(注3)羽床正秀・古賀陽子「移転価格税制詳解 平成16年版」(大蔵財務協会)377頁等参照。
品川芳宣 (しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)、『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい)他多数。
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