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解説記事2005年03月14日 【解説】 ストックオプション訴訟の経験―最高裁判決は不満、ベンチャー企業でのSOは正に宝くじ(2005年3月14日号・№106)

解説
ストックオプション訴訟の経験
―最高裁判決は不満、ベンチャー企業でのSOは正に宝くじ

NPO法人 IAIジャパン 理事長 八幡惠介


はじめに

 ストックオプションの行使益が給与所得か一時所得か、その所得区分を巡って国税と納税者が法廷で争ってきた訴訟に最高裁の判決が出て一応の決着を見た。最高裁の判決を最初に言い渡された者として、今回の一連の裁判を通して感じたことは決して筆者一人の感想ではなく、今後のベンチャー社会構築に関わるものであり、ベンチャーを支援するエンジェルにとっても身近な問題と言える。

ストックオプションとは何か?

 そもそもストックオプションなる概念が日本には存在せず、アメリカ企業に勤務したものだけがその制度の恩典に浴したことから事件は始まる。すなわち、IBM、フォード自動車、モトローラ、テキサスインスツルメンツ、アプライドマテリアルズ、LSIロジック、といった先端産業の外資系企業で役員として勤務した人たちが給与の他にストックオプションを付与されたのである。多くの日本人はアメリカ親会社勤務ではなく、その子会社である日本法人に勤務していた。ストックオプションといわれてもそれがどのような効果を生むのか、ほとんどの日本人は理解していなかった時代であった。
 筆者はNECのアメリカ法人の社長をしていたため、シリコンバレーで多くのベンチャー企業関係者と知己になり、彼の地で優秀な人材を招き、つなぎ止め、やる気を起こさせる仕組みとしてのストックオプションについて学ぶ機会があったので、みずからも転職してストックオプションの付与を受けることになった時にはおぼろげながらその効用を理解していたつもりである。アメリカではオプションの行使に際して発生する株式の市場価格と行使価格の差(行使益)は、(キャピタルゲイン部分が)通常所得とみなされ、給与と同率で課税されることも知っていた。多くの場合ストックオプションはキャッシュレスエクササイズ(オプションの行使と同時に株を市場で売却して行使益だけを受け取る)され、オプションを行使して株式を保有するのはむしろ例外といえる。したがって、株式投資で得たキャピタルゲイン税(通常所得に比べ税率が低い)がかかることはまれで通常所得の税のみがかかるのが普通といえる。
 筆者がはじめてオプションを行使したのは1991年であったと思うが、外資系企業の日本法人経営者として毎年公認会計士事務所を使って確定申告していたので、ストックオプションの行使益をどの所得区分で申告するかを会計士に相談したところ、外資系の会社経営者は税務署の指導で一時所得として申告するのが通常との見解であった。一時所得としての課税は給与所得の課税よりもずっと軽いので、アメリカに比べると有利だとの印象を持った。しかし、税制は日米で異なり、所得控除の少ない日本の税制の中でストックオプションが優遇されても違和感はまったくなかった。その後も継続してオプション行使益を一時所得として確定申告し、2000年に給与所得に区分が変わったと聞くまでなんら疑問を持たないで継続していた。

課税処分から訴訟へ

 1999年に所轄の荒川税務署から税務調査を行う旨通知があり、税務調査では税務署の担当者にストックオプションの説明を行ったが、税務署員にはストックオプションはまったく理解されない、との印象を持った。2000年になって、1996~98年のストックオプション行使益は給与所得なので、一時所得との税率差に相当する更正を遡って行う旨通告を受けた。その時、「まさか」と思ったが、当時確定申告を手伝ってくれていた税理士から更正処分を受けた上で国税不服審判所に不服を申し立てるのが筋だと助言され、直ちに本税分を納入し、異議申立てを行った。3ヵ月後に異議申立てを棄却する旨の異議決定書を受け取った。引き続き、国税不服審判所に対して審査請求を行ったが、所定の期間内に裁決がなかったため、弁護士事務所と相談の上、訴訟に踏み切った。
 地裁での審理は遅々として進まないとの印象であり、裁判官はストックオプションを理解していない、と感じた。しかし法廷を重ねるうちに「おや」と思う場面がしばしば現れ、裁判官が本訴訟案件に乗り気になってくれたな、との印象を持ち始めた。法廷では同種の訴訟を起こしていた他の4名の原告と並んで出廷することが多かったが、その誰もが同じ印象を持ったものである。特に2000年に給与所得、と認定し、3年遡及して更正し、徴税したことに対して裁判官が国税側に説明を求めた時には、ひょっとしたら勝てるかもしれない、と話し合った。3年間にわたって地裁で納税者と国税が争った結果、東京地裁民事2部の市村裁判長は判決で、ストックオプションが一時所得に当たり、給与所得には当たらない、とし、その法的根拠もストックオプションの付与の経過と、その性格を正確に理解したうえで示された。その判決文を読んだときには胸のつかえが降りてすっきりしたが、国税側は高裁に控訴し、第2段階に入ったのである。
 高裁は日ならずして開廷したが、最初の法廷で裁判長が本件は十分に議論が尽くされているから直ちに結審しましょう、といわれたときには「えっ」と思ったが、国税側はもっと驚いたに違いなく、両者が一度は審理の法廷を開いてくださいと申し入れた。3度目の法廷で判決が言い渡され、結果はよもやと思った逆転敗訴であり、その上判決文は地裁での判決の対極とも言える支離滅裂なものであった。判決の中では一時所得との解釈もあろうが、これは給与所得に該当するものと解するのが相当である、そして主文では多くの納税者が給与所得で税金を納めているのに、訴訟した者だけが一時所得で課税されるのは不正義である、と断じられ、あきれてものが言えなかった。市村裁判長(地裁)がきわめて明快に一時所得であって給与所得ではないと根拠を明らかにして裁かれた点についてはなんらの論理的な反論なしにである。その上、遡って更正処分したことには何の言及もないのである。
 当然これを不服として最高裁に上告し、以下の論点から憲法問題として申立てを行った。
1.租税法律主義違反
  「給与所得」とする明確な法律上の根拠・規定がないのに,課税庁の裁量で「給与所得」と解釈することは,予測可能性を保障した租税法律主義に違反する。解釈の変更を過去に遡らせることも同様である。
2.租税平等主義違反
  擬似ストックオプションでは付与時課税であり行使時に課税されない。同じような性質でありながら課税関係が異なるのは不平等である等。
3.適正手続保障違反
  不利益な処分をする以上,処分にその理由を明確に記載すべきである。しかるに、国が納得の行く説明なしにストックオプション行使益を一時から給与に所得区分変更を行い、さらにはその差額を3年遡って更正処分にし、徴税するというやり方は国民の計画的経済活動を著しく阻害したといわねばならず、これは租税法律主義に反し、国が守るべき信義にもとる、すなわち信義則違反である。
 これに対し、最高裁判所はいずれも憲法問題ではない、あるいは重要ではない、と一蹴し、あたかも高裁の判決をそのまま支持するように所得区分を給与と断じたのである。司法の最高機関であり、憲法の番人をもって任じる最高裁判所が審理もせずに憲法問題ではない、あるいは国民が国を信頼しているのに国が信義を守らないとの訴えを重要ではないと却下し、到底納得しがたい論理で外国親会社から付与されたストックオプションを行使して得た益を給与と認定した。
 最高裁が判決を出したことにより、行使益が給与と確定したことは争う余地がない。しかし、最高裁の認識はストックオプションを十分理解したものとは考えられず、むしろ、地裁の市村裁判長がこれを十分理解して判決を出した、と見るべきである。なぜなら、給与とは雇用関係があり、労働の対価として支払われるものであり、益が必ず出る(給与として支払われる)とはいえないストックオプションが給与でありうるわけはない。しかもオプションを付与された者が自分の判断で行使益を得るのであるから、給与の性格を持つとは言いがたい。

最高裁の判断はベンチャー企業に適用できるか

 さて、株式が公開されている場合は株価が市場で決定され、それに基づいて行使価格も設定され、株式市場の環境、業界の環境、会社の業績といった役員や社員の努力以外の要因で決まるとはいえ、株価を市場で観測することができる。しかし、ベンチャー企業の創業期において株式は流通性がないのみならず、その価値は客観的に決定することができない。価値に客観性がないものを給与として与えることは不合理であり、オプションを付与されたものが将来手にすることのできる「給与」の金額を予測することはおおよそ不可能といえる。のみならず、創業期のベンチャー企業が生き延びて株式公開または企業買収等により株式に流通性が生じる確率はきわめて低い。したがって未公開株によるストックオプションのほとんどは有名無実であり、付与された方もそれを覚悟で労務を提供するのである。このような報酬の体系は宝くじをもらうようなもので、多くの場合この宝くじは当たらないのである。これこそ市村裁判長が行使益は一時所得に当たるとした根拠の一部である。
 一方会計基準でストックオプションの費用はコストとして計上しなければならないと国際会計基準で認められ、2007年から施行されようとしている。公開株式の場合は行使価格が市場で決まった株価に基づくので明確といえなくないが、未公開株式のオプションは行使価格を決定する場合、必ずしも一元的な公式はない。このような場合に費用を算出し、コストとして計上することは一元的にできるのだろうか。算定に膨大な費用がかかるようではベンチャー企業はストックオプションを発行する意欲がなくなるのではないかと危惧される。ベンチャー企業にとってストックオプションは従来現金支出を伴わない成功報酬体系と位置づけられ、アメリカを中心に多用されてきた。高いリスクを負ってベンチャーを起業する経営者と創業期にリスクを負って参加する役員、社員にとっては行使価格の低いストックオプションは事業に成功してIPOできた暁に手にできる果実が大きなリターンとして夢を生み、それに向かって遮二無二がんばる基となってきた。シリコンバレーの夢物語は新しく起業するものにとって励みとなるのである。このようなすばらしい黄金の手錠をなくしてしまうのは決して得策とはいえない。このような観点から国際会計基準でコストに参入するのは公開株式によるストックオプションに限るべきである。
 以上の論点を整理すると、
1.ストックオプションの行使益は果たして給与であるか。もし給与であるなら、給与とはなんであるか
2.国税が裁量により決定した所得区分を10年以上も継続した後これをより税率の高い所得区分に裁量により変更し、その上変更した時点より遡って税を追徴することは公正といえるか
3.法治国家である日本国が法律によって定めるのでなく、その行政機関の裁量によって国民を不利に陥れ、裁量変更の説明がないというのは憲法で保障される国民の権利侵害にあたらないか
4.公開株式を使ったストックオプションと未公開株式によるストックオプションを一律に論じ、取り扱うことは妥当か
5.国際会計基準が定めるストックオプション費用のコスト参入は公開株式と未公開株式の別を問わず適用すべきか
 の5点にまとめられる。
 この裁判ではストックオプションという一般にはなじみのない件が争われたが、行政による裁量は身近なところにも及んでおり、他人事として済まされることではない。
 

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