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解説記事2005年10月17日 【実務解説】 敵対的買収防衛策としての株式分割~夢真HD対日本技術開発のケースを中心として~(2005年10月17日号・№134)

敵対的買収防衛策としての株式分割
~夢真HD対日本技術開発のケースを中心として~

弁護士 間瀬まゆ子


1.はじめに

 従前より敵対的買収の防衛策として最も脚光を浴びていたのは商法上の新株予約権を用いたポイズン・ピルであった。しかし同時に、株式分割を防衛策として用いることも検討され、買収防衛策のうち、買収者登場時に講じる防衛策について平時のうちに開示して事前警告を行ういわゆる「事前警告型」の買収防衛策(注1)の中で、防衛策の一つとして株式分割を盛り込む事例が複数出てきた。例えば、本年4月28日に「当社株式の大規模な買付行為に関する対応方針」として買収防衛策を公表した松下電器産業のケースでも、同社が定めたルールを順守しない大規模買付者が現れた場合の対抗策として、新株予約権の発行と同時に、株式分割を行うことが掲げられている。
 そのような中、夢真ホールディングス(以下、「夢真HD」という)による日本技術開発(ジャスダック上場企業)株式のTOBに対し、日本技術開発が株式分割をもって対抗するという事案が話題を呼んだ。ニレコのケースでも、ニッポン放送のケースでも、買収防衛策に関わる判断が裁判所に持ち込まれ、買収がらみの紛争が法廷闘争に発展するケースが増えている印象があるが、この日本技術開発の案件でも、買収防衛策としての株式分割の適法性及びその差止の可否を巡って両当事者が法廷で争うこととなった(注2)。
 以下では、夢真HDの訴えを退け、株式分割の差止を認めない判断を下した東京地裁平成17年7月29日決定(最高裁ホームページの「下級裁主要判決情報」http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsfに掲載)を分析した上、買収防衛策としての株式分割に係る法的問題点について検証する。

2.事案の概要

 日本技術開発と夢真HDとの攻防の経緯をごく大雑把に述べると以下のようになる。詳細については上記東京地裁決定の中に記載されているので、そちらを参照されたい。
 夢真HDは、平成17年5月に、証券会社を通じて、日本技術開発の株式の51%を取得する意思があることを同社に伝え、6月24日までには発行済株式総数の6.42%の47万8000株を保有するに至った。そのため、日本技術開発が夢真HDに対して面会を申し入れた。両社の会談が実現したのは7月7日のことであった。この席上、夢真HDは業務提供を申し入れ、これに対する返事を日本技術開発が7月15日までに行うことになった。その翌日の7月8日に、日本技術開発は、「大規模買付行為への対応方針に関するお知らせ」を公表し、①事前に大規模買付者が取締役会に対し十分な情報を提供し、②取締役会による一定の評価期間が経過した後に大規模買付行為を解するという事前の情報提供に関するルールを定めたことを明らかにした。そして、このルールが遵守されなかった場合には、株式分割、新株予約権の発行等の対抗策を講じる場合があること、株式分割を行う場合には分割比率が最大1対5であること等も明らかにされた。
 7月11日、夢真HDの取締役会は、TOBを行うことを決議した。この際決められた買付価格は1株あたり550円であり、株式分割が行われる可能性を考慮して、希釈化防止条項をあらかじめ買付条件として定めることも決められた。その4日後の7月15日に、夢真HDは、関東財務局に上申書を提出した。その中で、①株式分割に備えて予め希釈化防止条項を設けておき、実際に株式分割がなされた場合には、分割比率に応じて買付予定の株券等の数を増加させるとともに、買付価格の修正を行うことも認められる、②TOBを撤回する条件として対象会社がTOB期間中に株式分割の基準日を設定することを指定し、これに基づきTOBを撤回することは認められる、との見解を示した(このあたりの証券取引法に関する問題点については後述する)。
 日本技術開発は、7月18日の取締役会で株式分割を決議した。分割比率は1対5、基準日は8月8日、効力発生日は10月3日にそれぞれ設定された。8月8日はもちろんTOBの期間中である。効力発生日の10月3日は、通常の実務と比較して相当遅い日を設定したものであるが、その背景には夢真HDによる買収を遅らせる意図があったと思われる。
 夢真HDは、7月20日、公開買付を開始した。買付価格は1株110円、買付予定の株券の数は349万1000株(発行済株式総数の46.8%)とされた。さらに、翌21日、同社は、東京地裁に株式分割差止の仮処分を申し立てた。加えて、7月25日に同じく東京地裁に取締役職務執行停止仮処分を申し立てたが、これは2日後に取り下げた。
 株式分割の差止の仮処分について、7月29日、東京地裁民事第8部(鹿子木康裁判長)は、夢真HDの申立を却下する決定を行った。両社が事前に不服申立権の放棄を行っていたため、この決定はすぐに確定した。
 その後、いわゆる「白馬の騎士」にあたるエイトコンサルタントが現れ、8月9日にTOBを開始した。日本技術開発の株価が夢真HDの設定した買付価格を下回って推移したため、夢真HDは、発行済株式総数の3.76%しか取得することができず、過半数確保に失敗した。この責任をとる形で、8月25日には、夢真HDの鎌田博史社長が辞任している。


3.買収防衛策としての株式分割の法的問題点

1. 証券取引法上の問題点
(1)買付価格の引下げと公開買付の撤回の可否
  例えば、200円の買付価格でTOBを開始した後、対象会社において1対4の株式分割を行った場合、株式の価値は50円に目減りするので、買収者としてはTOBの買付価格を50円に下方修正したいわけであるが、実はこれが現行法では認められていない。証券取引法27条の6第3項が、買付価格の引下げを「行うことができない」として、一切の例外を設けていないためである。
  それでは、買付の撤回が認められるかというと、実務家の間ではこれも難しいのではないかと考えられていた。というのは、現行法が原則として公開買付の撤回を禁止し、ごく限定的な場合にのみ撤回を認めているためである(証券取引法27条の11、同法施行令14条)。
  そうなると、買収者が高い価格での買付を強いられ、予想外の高額な買付コストを負担させられる恐れがあったのである。
  ところが、夢真HDと日本技術開発の間の紛争が公に知られることとなった後、金融庁は、対象会社の株式分割が、「公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事実」(証券取引法27条の11第1項)として政令に列挙されたうちの、合併や破産申立等の「事項に準ずる事項」(同法施行令14条1項1号ヲ)に該当するとの見解を示した。すなわち、公開買付書に指定しておけば、株式分割が行われた場合に、公開買付を撤回できるとの見解を明らかにしたのである。
  株式分割が、合併・破産申立・上場廃止等に「準ずる事項」と言えるのか、解釈論としては疑問の残るところではあるが、金融庁は現実的な解決策として上記のような結論をとったものと考えられる。

証券取引法27条の6第3項
  買付け等の引下げ、買付予定の株券等の減少、買付け等の期間の短縮その他の政令で定める買付条件等の変更は、前2項の規定にかかわらず、行うことができない
証券取引法27条の11第1項
  公開買付者は、公開買付開始公告をした後においては、公開買付けに係る申込みの撤回及び契約の解除(以下この節において「公開買付けの撤回等」という。)を行うことができない。ただし、公開買付者が公開買付開始公告及び公開買付届出書において公開買付けに係る株券等の発行者の業務若しくは財務に関する重大な変更その他の公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事情(政令で定めるものに限る。)が生じたときは公開買付けの撤回等をすることがある旨の条件を付した場合又は公開買付者に関し破産手続開始の決定その他の政令で定める重要な事情の変更が生じた場合には、この限りでない。
証券取引法施行令14条1項
  法第27条の11第1項に規定する政令で定めるものは、次に掲げるものとする。ただし、第一号及び第二号に掲げるものにあつては、軽微なものとして内閣府令で定める基準に該当するものを除く。 
① 対象者の業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと(公開買付開始公告を行つた日以後に公表されたものに限る。)。 
 イ 株式交換
 ロ 株式移転
 ハ 会社の分割
 ニ 合併
 ホ 解散(合併による解散を除く。)
 へ 破産手続開始、再生手続開始又は更生手続開始の申立て
 ト 資本の減少
 チ 営業の全部又は一部の譲渡、譲受け、休止又は廃止
 リ 証券取引所に対する株券の上場の廃止に係る申請
 ヌ 証券業協会に対する株券の登録の取消しに係る申請
 ル 預金保険法(昭和四十六年法律第三十四号)第74条第5項の規定による申出
 ヲ イからルまでに掲げる事項に準ずる事項で公開買付者が公開買付開始公告及び公開買付届出書(法第27条の3第2項に規定する公開買付届出書をいう。以下この条において同じ。)において指定したもの
 ② 以下略

(2)分割により発行される株式がTOBの対象となるか
  夢真HDのケースでは、TOBを開始する前に日本技術開発が株式分割を行うことを明らかにしたため、TOBにより買い付ける株式の価格を、分割により希釈されることを前提とした価格に設定することができた(注3)。したがって、前述のような買付コストの増大という問題は生じなかった。
  ただ、日本技術開発が、株式分割の効力発生日を公開買付期間の終了日(8月12日)よりも後の10月3日に設定したため、法的に未だ存在しない株式までTOBにより買い付けることが可能かどうかという問題は残った。
  この点、公開買付が「株券等」の買付(証券取引法27条の2参照)であることからすると、新株券が未発行であるばかりでなく、未だ法的にも存在しない状態の株式を、公開買付の対象とすることはできないようにも思える。しかし、ここでも金融庁は、早々に、このような株式も公開買付による取得が可能であるとの見解を示した。
  さらに、後述する東京地裁の決定も、判決理由の中で、「公開買付けの買付期間後に効力が生ずる株式分割によって付与される株式についても公開買付けの対象となり得ると解することができる」と述べた(注4)。
  そのため、実務的には今後、株式分割の効力発生日前であっても新株券が買付の対象とされることになる。

2. 商法上の問題点
 このように、株式分割をもって対抗された場合のTOBの撤回も可能とされ、また、新株券も買付の対象にすることが認められたので、株式分割がいつ公表されるかにかかわらず、買収者は最終的にはTOBの目的を達することができることが明らかになった。したがって、買収防衛策としての株式分割は、買収される時期を引き延ばすだけの効果しか持たないこととなったといえる(注5)。

 しかし、前述のとおり従前は株式分割のTOBへの影響がどの程度かが判然としなかったため、株式分割決議により公開買付者が多大な損害を被る可能性が指摘されていた。そのため、そのような場合に、株式分割を差し止めることが可能かということも問題となっていた。
(1)差止の可否
  ニレコやニッポン放送の新株予約権につき、この発行を差し止める仮処分決定が裁判所で出されたことは記憶に新しい。支配権に争いのある会社で特定の株主の持株比率を低下させる目的で第三者割当増資をした場合、商法280条の10の不公正発行にあたるとして差止の仮処分が認容されてきたが、この条文が同法280条の39第4項で新株予約権に準用されている。上記の裁判所の決定も、これらの条文を根拠として出されたものである。
  株式分割についても同様に差止が認められるかというと、これが容易なことではない。というのも、株式分割については、商法280条の10のような明文の規定がない。そのため、差止を請求するには、①商法272条の取締役の違法行為差止請求権を根拠とするか、あるいは、②株式分割を決定した取締役会決議の無効を主張して(注6)差止を求めるというような手段によるほかないことになるのである。しかし、①については、取締役の違法行為とそれにより会社に「回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞」があることが必要とされるが、その疎明は困難であるし、そもそも6ヶ月間の株式保有要件が課されておりこの要件を満たさない場合にはこの請求をすることができない。また、②についても、株式分割を決定した取締役会決議が無効であることに加えて、無効な決議である場合に株式分割を仮に差し止めることができることまで認められる必要があるところ、具体的にどのようなケースであれば差止まで認められるのかは未だに判然としない。もちろん、②の場合にも決議が無効であることの前提として、株式分割決議の法令・定款違反を言わなければならない。
  そのため、従前より、株式分割を差し止める仮処分を得ることは容易ではないと考えられていた。
(2)取締役の損害賠償責任
  株式分割を差し止められない場合でも、損害を被った買収者が、取締役に損害賠償を請求することは可能と考えられる(商法266条の3)。この点、株式分割の差止を認めなかった東京地裁の決定も、「仮に債権者(注:夢真HDのこと)が本件株式分割により何らかの損害を被るとしても、それは、本件取締役会決議を理由とする損害賠償請求権(同法266条の3)によっててん補すべき性質のものであると解される。」と判示し、損害賠償請求が認められる可能性を示した。
  株式分割自体は認められるのにもかかわらず、取締役が賠償責任を負うということに違和感を覚える向きもあるかもしれないが、両者は理論的にパラレルでなければならないものではなく、また、裁判所にすれば、影響力の大きい差止よりも取締役の責任の方が認めやすいという事情もあり、そのようなことが生じうるのである。
  なお、夢真HDのTOBに先がけて日本技術開発は株式分割を行うことを公表したわけであるが、その判断の前提として、株式の買付価格を下げられないことによって夢真HDが被った損害について役員が賠償責任を負わされることのないようにという配慮もあったものと思われる。

4.東京地裁平成17年7月29日決定

1. 争点

 夢真HDは、株式分割差止の仮処分を申し立てるに際して、被保全権利(注7)につき以下の3つの主張を展開した。
① 商法280条の10が適用または類推適用される。
② 取締役会決議無効確認を本案とする被保全権利(争いのある権利関係)がある。取締役会決議の無効原因は、証券取引法157条(不正取引行為の禁止)違反、商法218条(株式分割)・機関権限の分配秩序違反及び民法90条(公序良俗)違反。
③ 営業権に基づく差止請求権という被保全権利を有する。
 これを受けて、裁判所は以下のとおりに争点を整理した。
(1)株式分割について商法280条の10の適用または類推適用があるか。適用または類推適用がある場合、本件株式分割に法令違反があり、または本件株式分割が著しく不公正な方法によるものか。
(2)本件取締役会決議は無効であるか。無効である場合、本件株式分割を仮に差し止めることができるか。
(3)本件株式分割が債権者の営業権を侵害するものであるか。営業権を侵害すると認められる場合、本件株式分割を仮に差し止めることができるか。
(4)本件申立に保全の必要性があるか。

2. 裁判所の判断
(1)商法280条の10の適用または類推適用
  まず、株式分割に対する商法280条の10の適用および類推適用については、いずれも否定した。同条の趣旨を、議決権割合の低下や株価の減少に伴う損害といった不利益を株主が受けるおそれがあるため、それを事前に救済することにあるとした上で、株式分割については、「議決権割合や株式の総体的価値に変更はないから、通常は、株式の議決権割合が低下するとか、株主が株価の減少に伴う損害を受けるとかいう不利益を受けるおそれを想定することができない」として、同条の適用だけでなく類推適用をも否定したのである。
(2)取締役会決議が無効か
  次に、取締役会決議の効力を検討する前提として、判決はまず日本技術開発の取締役会が決議した株式分割の当否について述べている。すなわち、一般論として、取締役会が買収者に対して「必要な情報提供と相当な検討期間を得られないことを理由に株主全体の利益保護の観点から相当な手段をとることが許容される場合も存する」とした上で、「敵対的買収者が真に会社に回復し難い損害をもたらす事情が認められないにもかかわらず、取締役会が公開買付けに対する対抗手段として、公開買付けを事実上不可能ならしめる手段を用いることは証券取引法の趣旨に反し、また、直ちに新株発行や新株予約権の発行を行うことは、商法の定める機関権限の分配の法意に反し、相当性を欠くおそれが高い」と判示した。その上で、その判断基準については、「取締役会が採った対抗手段の相当性については、取締役会が当該対抗手段を採った意図、当該対抗手段をとるに至った経緯、当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度、当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果等を総合的に考慮して判断するべきである。」との基準を示した。
  そして、日本技術開発の株式分割については、「その経緯において批判の余地がないではない」としつつも、取締役会が保身を図る目的で決議したわけではないこと、株主の権利の実質的変動をもたらすものではないこと、公開買付けの効力の発生を引き延ばす効果しかないことを理由として、「直ちに相当性を欠き、取締役会がその権限を濫用したものとまでいうことができない」と結論づけた。
  ただし、「仮に、本件株式分割の結果、本件公開買付けに事実上著しい支障を来したと認められる場合には、対抗手段としての相当性を欠くと解する余地もないではない」とも指摘しているので、TOBを撤回せざるをえなくなるようなケースであれば、株式分割決議が相当性を欠くと認定された可能性もあると思われる。
  そして、商法218条1項については、法律上決議できない事項を決議したものではなく同項違反にならないことは明らかとし、権限分配秩序違反の主張については、そもそも機関権限分配秩序違反が取締役会決議の無効原因にならない等として、それぞれ夢真HD側の主張を採用しなかった。また、証券取引法157条違反・民法90条違反についても夢真HDの主張を排斥した(注8)。
(3)営業権侵害の有無について
  ここでは、夢真HDが主張する「証券取引法が定める公開買付制度を利用して株式を取得し営業を行う」という権利自体の存在を否定した。

3. 本決定の意義
 従前より困難と言われていた株式分割の差止の仮処分が、多くの専門家が予想していたとおり認められなかったわけであるが、取締役決議が無効かを判断するに際して株式分割決議の相当性を検討するに際して、「仮に、本件株式分割の結果、本件公開買付けに事実上著しい支障を来したと認められる場合には、対抗手段としての相当性を欠くと解する余地もないではない」と言っているので、TOBに著しい支障が生じた場合には株式分割が差し止められることもありうるとも読みうる内容となっている。決議内容が相当でなければ直ちに取締役会決議が無効だということになるものでもないとは思うが、若干の不安定さを残す決定内容となっているのである。
 ただ、買収防衛策が相当とされるかの基準を示した点は、今後の実務においても重要な意義を有すると思われる。第三者割当増資に関し、従前の実務では、いわゆる「主要目的ルール」の考え方が有力であり、会社に資金調達の必要があるかが、新株発行が「著しく不公正な方法」によるものかどうか判断される際の重要な要素となっていた。しかし、ニッポン放送事件やニレコの事件の一連の裁判例では、資金調達目的の有無を問わず、敵対的買収防衛目的の新株予約権の発行も一般論としては認められうるという判断が示された。今回の裁判所の決定も、この流れを踏襲するものである。
 今回の決定でも、買収者と現経営陣のいずれに経営を委ねるべきかの判断は株主によってされるべきとの大前提が示された。その上で、取締役会としては、株主に対して適切な情報提供を行うために、敵対的買収者に対して事業計画の提案と相当な検討期間の設定を任意で要求することができ、合理的な要求に応じない買収者に対しては、「必要な情報提供と相当な検討期間を得られないことを理由に株主全体の利益保護の観点から相当な手段をとることが許容される場合も存する」と判示し、この「相当」性の判断要素については、2(2)で述べたような基準を提示したのである。
 これによって裁判所の判断が確立したとまでは言えないが、今後はこれらの決定がリーディングケースとなって、同様な判断が続くことが予想される。
 最後に、注意すべきは、取締役会が実施した買収防衛策により買収者が損害を被った場合に、取締役が善管注意義務違反による損害賠償すべき場合があることを裁判所が明言した点である。今後、現経営陣に対する損害賠償請求が実際に行われる事態も想定されるので、買収防衛策を検討している経営陣は、その点も念頭におきつつより慎重な判断をすることが必要になる。

5.改正の動向

 本年7月7日付で公表された自民党企業統治に関する委員会の「公正なM&Aルールに関する提言」等を受け、本年7月以降、金融審議会の公開買付制度等ワーキング・グループにおいて買収防衛策と公開買付規制のあり方が検討されている。その中では、TOBの撤回の要件を緩和することや、買付価格の下方修正を認めること等も議論されており、これらが認められた場合、買収防衛策としての株式分割の実効性は弱まり、一方で差止という問題も生じなくなる可能性がある。
 今後、どのような結論が導かれるのかが注目される。

(注1)買収防衛策として、新株予約権(ポイズン・ピル)を平時に発行する方式と対比して、事前警告型と呼ばれる。松下以外にも、アイダエンジニアリング、東芝等が導入を明らかにしている。
(注2)買収がらみにかかわらず、大企業が、法的に疑義のある事項について裁判所の判断を求めるという傾向が強まっている。株主の意識の向上に伴い、代表訴訟のリスクをこれまで以上に意識する経営者が増えているためと思われる。
(注3)夢真HDは、当初1株550円としていた買付価格を110円に引き下げてTOBを開始した。
(注4)後に、仮処分の申立自体は認められなかった夢真HDサイドが、実質的には勝訴だとコメントしたのであるが、それはこの部分で自己に有利な判断が得られたためである。
(注5)日本技術開発のケースでは、買収者である夢真HDが50パーセント超の株式を取得するという目的を達しうる時期を10月3日以降まで遅らせる効果があった(東京地裁の決定もこの点に触れている)。また、TOB開始後に分割を行うことが明らかにされたようなケースでは、一度撤回して再度TOBを行わなければならないので、当然引き延ばしの効果があることになる。
(注6)取締役会決議の内容・手続に瑕疵がある場合について特別の訴えの規定はなく、瑕疵がある場合の無効は、誰から誰に対してでもまた何時いかなる方法でも主張できるとされている。内容の瑕疵としては法令・定款違反、手続的瑕疵としては招集通知漏れ、定足数不足、特別利害関係を有する取締役の参加による決議成立などが考えられる。なお、軽微な手続上の瑕疵により決議自体が当然無効になるわけではなく、無効な決議に基づく取締役の行為が当然に無効となるわけではない(江頭憲治郎「株式会社法・有限会社法第4版」359ページ)。
(注7)訴訟は、その訴えの提起から判決の確定まで相当の時間を有するため、判決が確定した時点ではせっかくもらった判決が意味をなさないという事態も生じうる。そこで認められているのが仮差押等の民事保全手続である。夢真HDが申し立てた差止の仮処分もこの民事保全手続の一つである。民事保全の申立に際しては、①被保全権利(または争いのある権利関係)と②保全の理由を明らかにする必要がある。
(注8)営業権に関する主張と同様、証券取引法157条及び民法90条違反の主張は元々採用されにくいものであり、夢真HD側もそれを理解した上で付加したものと思われる。

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