解説記事2006年08月14日 【会計解説】 企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」について(2006年8月14日号・№175)
実務解説
企業会計基準第9号
「棚卸資産の評価に関する会計基準」について
企業会計基準委員会 専門研究員 片山智二
はじめに
企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」(以下「本会計基準」という。)を平成18年7月5日に公表した。本会計基準については、平成17年10月19日に「棚卸資産の評価基準に関する論点の整理」を公表し、広く意見を求め、さらに、平成18年4月14日に公開草案を公表し、広くコメントの募集を行った後に、ASBJにおいて、寄せられたコメントを検討し、公開草案の修正を行った上で公表するに至ったものである。ここでは、本会計基準の概要を紹介するが、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを申し添える。
Ⅰ. 本会計基準の公表の経緯
わが国においては、これまで、棚卸資産の評価については、取得原価をもって棚卸資産の貸借対照表価額とする(原価法)が、時価が取得原価よりも下落した場合には時価による方法を適用して算定すること(低価法)ができるものとされてきた。ASBJでは、このように、企業により原価法と低価法の選択適用が認められていることに対する是非や、低価法を原則とする国際的な会計基準との調和の観点より、棚卸資産の評価基準について、見直しを行うべきではないかという意見も多い(脚注1)ことから、これまでの原価法と低価法の選択適用の見直しを中心に検討してきた。
なお、本会計基準は、棚卸資産の期末における評価基準及び開示について定めることを目的としており、先入先出法や後入先出法などの評価方法に関しては取り扱っていない。また、棚卸資産の評価基準及び開示に関しては、「企業会計原則」及び「原価計算基準」に定めがあるものの、本会計基準が優先して適用される。
Ⅱ. 棚卸資産の範囲
本会計基準は、すべての企業における棚卸資産の評価基準及び開示について適用することとされている。棚卸資産は、商品、製品、半製品、原材料、仕掛品等の資産であり、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産のほか、売却を予定しない資産であっても、販売活動及び一般管理活動において短期間に消費される事務用消耗品等も含まれる。また、棚卸資産には、未成工事支出金等、注文生産や請負作業についての仕掛中のものも含まれる。なお、売却には、通常の販売のほか、活発な市場が存在することを前提として、棚卸資産の保有者が単に市場価格の変動により利益を得ることを目的とするトレーディングを含む。
一方、棚卸資産であっても、他の会計処理により収益性の低下が適切に反映されている場合(例えば、未成工事支出金に対する工事損失引当金)には、本会計基準を適用する必要はない。また、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産であっても、金融商品会計基準に定める売買目的有価証券や、「研究開発費等に係る会計基準」に定める市場販売目的のソフトウェアのように、棚卸資産に該当せず、他の会計基準において取扱いが示されているものは、該当する他の会計基準の定めによる。
Ⅲ. 通常の販売目的で保有する棚卸資産
1. 通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準
(1)考え方
通常の販売目的(販売するための製造目的を含む。)で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする。この場合において、取得原価と当該正味売却価額との差額は当期の費用として処理する。
わが国において、これまで棚卸資産の評価基準が原則として原価法とされてきたが、これは、棚卸資産の原価を当期の実現収益に対応させることにより、適正な期間損益計算を行うことができると考えられてきたためといわれている。すなわち、当期の損益が、期末時価の変動、又は将来の販売時点に確定する損益によって歪められてはならないという考えから、原価法が原則的な方法であり、低価法は例外的な方法と位置付けられてきた。この低価法を原価法に対する例外と位置付ける考え方は、取得原価基準の本質を、名目上の取得原価で据え置くことにあるという理解に基づいたものと思われる。
しかし、取得原価基準は、将来の収益を生み出すという意味においての有用な原価、すなわち回収可能な原価だけを繰り越そうとする考え方であるとみることもできる。また、今日では、例えば、「金融商品に係る会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)や「固定資産の減損に係る会計基準」において、収益性が低下した場合には、回収可能な額まで帳簿価額を切り下げる会計処理が広く行われている。
そのため、棚卸資産についても収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合には、品質低下や陳腐化が生じた場合に限らず、帳簿価額を切り下げることが考えられる。収益性が低下した場合における簿価切下げは、取得原価基準の下で回収可能性を反映させるように、過大な帳簿価額を減額し、将来に損失を繰り延べないために行われる会計処理である。棚卸資産の収益性が当初の予想よりも低下した場合において、回収可能な額まで帳簿価額を切り下げることにより、財務諸表利用者に的確な情報を提供することができるものと考えられる。
また、それぞれの資産の会計処理は、基本的に、投資の性質に対応して定められていると考えられることから、収益性の低下の有無についても、投資が回収される形態に応じて判断することが考えられる。棚卸資産の場合には、固定資産のように使用を通じて、また、債権のように契約を通じて投下資金の回収を図ることは想定されておらず、通常、販売によってのみ資金の回収を図る点に特徴がある。このような投資の回収形態の特徴を踏まえると、評価時点における資金回収額を示す棚卸資産の正味売却価額が、その帳簿価額を下回っているときには、収益性が低下していると考え、帳簿価額の切下げを行うことが適当である(上記の表参照)。

なお、これまでは、低価法を例外的処理と位置付けてきたことと相俟って、品質低下・陳腐化評価損と低価法評価損の間には、その取扱いに明確な差異がみられた。しかし、発生原因は相違するものの、正味売却価額が下落することにより収益性が低下しているという点からみれば、会計処理上、それぞれの区分に相違を設ける意義は乏しいと考えられることから、これらを収益性の低下の観点からは相違がないものとして取り扱うこととしている。
(2)正味売却価額の取扱い
本会計基準においては、「正味売却価額」とは、売価(購買市場と売却市場とが区別される場合における売却市場の時価)から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したものをいうこととしている。「購買市場」とは当該資産を購入する場合に企業が参加する市場をいい、「売却市場」とは当該資産を売却する場合に企業が参加する市場をいう。棚卸資産の売却市場において、市場価格が存在する場合には、当該市場価格に基づく価額を売価とするが、棚卸資産については、市場価格が存在することは多くない。そのため、企業は、売却市場における合理的に算定された価額による必要がある。当該価額は、同等の棚卸資産を売却市場で実際に販売可能な価額として見積ることが適当であり、これには、実務上、期末前後での販売実績に基づく価額や、特定の販売先との間の契約で取り決められた一定の売価も含まれる。なお、実務上、収益性が低下していないことが明らかであり、事務負担をかけて収益性の低下の判断を行うまでもないと認められる場合には、正味売却価額を見積る必要はないと考えられる。
また、本会計基準では、これまでの実務を踏まえ、営業循環過程から外れた滞留又は処分見込等の棚卸資産について、合理的に算定された価額によることが困難な場合には、正味売却価額まで切り下げる方法に代えて、その状況に応じ、帳簿価額を処分見込価額(ゼロ又は備忘価額を含む。)まで切り下げる方法や一定の回転期間を超える場合、規則的に帳簿価額を切り下げるような方法により収益性の低下の事実を適切に反映するよう処理することとしている。
さらに、本会計基準においては、製造業における原材料等のように再調達原価の方が把握しやすく、正味売却価額が当該再調達原価に歩調を合わせて動くと想定される場合には、継続して適用することを条件として、再調達原価(最終仕入原価を含む。以下同じ。)によることができることとしている。ここでの「再調達原価」とは、購買市場と売却市場とが区別される場合における購買市場の時価に、購入に付随する費用を加算したものをいうこととしている。
また、企業が複数の売却市場に参加し得る場合、すなわち、消費者への直接販売と代理店経由の間接販売や、正規販売とアウトレット、特定の販売先との契約により一定の売価で販売することが決定されている場合とそのような契約がない場合のように、特定の棚卸資産に関して企業自身が複数の販売経路を有しており、その販売経路ごとに売価が異なるような場合、企業は売価の高い市場に参加することが想定されるが、その売価は、売手である当該企業が実際に販売できると見込む売価であることに留意する必要がある。なお、複数の売却市場が存在し、売価が異なる場合であっても、棚卸資産をそれぞれの市場向けに区分できないときには、それぞれの市場の販売比率に基づいた加重平均売価等によることとなる。
なお、小売業等の業種において、棚卸資産の評価方法として売価還元法を採用している場合が多いが、本会計基準においては、このような場合においても、期末における正味売却価額が帳簿価額よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とすることとしている。ただし、値下額等が売価合計額に適切に反映されている場合には、次に示す値下額及び値下取消額を除外した売価還元法の原価率により求められた期末棚卸資産の帳簿価額は、収益性の低下に基づく簿価切下額を反映したものとみなすことができることとしている(下記の算式を参照)。

(3)収益性低下の判断及び簿価切下げの単位
本会計基準では、収益性の低下の有無に係る判断及び簿価切下げは、原則として個別品目ごとに行うが、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行うことが適切と判断されるときには、継続して適用することを条件として、その方法によることとしている。
これは、棚卸資産に関する投資の成果は、通常、個別品目ごとに確定することから、収益性の低下を判断し、簿価切下げを行う単位も個別品目単位であることが原則であるが、補完的な関係にある複数商品の売買を行っている企業において、いずれか一方の売買だけでは正常な水準を超えるような収益は見込めないが、双方の売買では正常な水準を超える収益が見込めるような場合や、同じ製品に使われる材料、仕掛品及び製品を1グループとして扱うような場合には、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行う方が投資の成果を適切に示すことができると判断されることから、複数の品目を一括りとして取り扱うことが適当と考えられるためである。
(4)洗替え法と切放し法
本会計基準では、前期に計上した簿価切下額の戻入れに関しては、継続適用を条件として、当期に戻入れを行う方法(洗替え法)と行わない方法(切放し法)のいずれかの方法を棚卸資産の種類ごとに、また、売価の下落要因を区分把握できる場合には、物理的劣化や経済的劣化、若しくは市場の需給変化の要因ごとに選択適用できることとしている。
2. 通常の販売目的で保有する棚卸資産の開示
(1)損益の表示
通常の販売目的で保有する棚卸資産について、収益性の低下による簿価切下額(前期に計上した簿価切下額を戻し入れる場合には、当該戻入額相殺後の額)は売上原価とするが、棚卸資産の製造に関連し不可避的に発生すると認められるときには製造原価として処理するとしている。このように、収益性が低下した場合において、原材料等に係る簿価切下額のうち、例えば品質低下に起因する簿価切下額など製造に関連し不可避的に発生すると認められるものについては、製造原価として処理することとなるが、そのような場合であっても、当該簿価切下額の重要性が乏しいときには、売上原価へ一括計上することができるものと考えられる。
また、収益性の低下に基づく簿価切下額が、重要な事業部門の廃止や災害損失の発生のような臨時の事象に起因し、かつ、多額であるときには、特別損失に計上する。この場合には、洗替え法を適用していても、当該簿価切下額の戻入れを行ってはならない。
なお、洗替え法を採用する企業において、前期末に計上した簿価切下額の戻入額の損益計上区分と、当期の簿価切下額の損益計上区分とが異なる場合、前期の戻入額と販売による当期の売上総利益のマイナス(販売されていない場合には、追加の簿価切下額)が両建計上されてしまうため、両者を同じ区分に計上することが適当である。
(2)注 記
本会計基準では、通常の販売目的で保有する棚卸資産について、これまでの低価法による棚卸資産の評価減に関する取扱いや国際的な会計基準に鑑み、収益性の低下による簿価切下額(前期に計上した簿価切下額を戻し入れる場合には、当該戻入額相殺後の額)を、注記による方法又は売上原価等の内訳項目として独立掲記する方法により示さなければならないこととした。ただし、当該金額の重要性が乏しい場合には、この限りではない。
Ⅳ. トレーディング目的で保有する棚卸資産
1. トレーディング目的で保有する棚卸資産の評価基準
トレーディング目的で保有する棚卸資産については、本会計基準においては、市場価格に基づく価額をもって貸借対照表価額とし、帳簿価額との差額(評価差額)は、当期の損益として処理することとしている。
当初から加工や販売の努力を行うことなく単に市場価格の変動により利益を得るトレーディング目的で保有する棚卸資産については、投資者にとっての有用な情報は棚卸資産の期末時点の市場価格に求められると考えられることから、市場価格に基づく価額をもって貸借対照表価額とすることとしている。その場合、活発な取引が行われるよう整備された、購買市場と販売市場とが区別されていない単一の市場(例えば、金の取引市場)の存在が前提となる。また、そうした市場でトレーディングを目的に保有する棚卸資産は、売買・換金に対して事業遂行上等の制約がなく、市場価格の変動にあたる評価差額が企業にとっての投資活動の成果と考えられることから、その評価差額は当期の損益として処理することが適当と考えられる。
トレーディング目的で保有する棚卸資産として分類するための留意点や保有目的の変更の処理は、金融商品会計基準における売買目的有価証券に関する取扱いに準じる。トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る会計処理は、売買目的有価証券の会計処理と同様であるため、その具体的な適用は、金融商品会計基準に準じることとしている。したがって、金融商品会計基準のほか、その具体的な指針等(たとえば、金融商品会計に関する実務指針)も参照する必要がある。
2. トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る損益の表示
トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る損益は、原則として、純額で売上高に表示する。
Ⅴ. 適用時期等
1. 適用時期
本会計基準は、企業側の受入準備を考慮し、平成20年4月1日以後開始する事業年度から適用することとしている。ただし、平成20年3月31日以前に開始する事業年度から適用することができる。
なお、本会計基準を早期適用する場合には、次の点に留意する必要がある。
(1)一部適用は認められないこと
通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準に係る会計処理と、トレーディング目的で保有する棚卸資産の評価基準に係る会計処理を、時期を違えて適用することによる弊害を防ぐため、本会計基準の早期適用にあたり一部適用は認めない。
(2)連結財務諸表における連結子会社にも適用すること
本会計基準を早期適用する場合には、財務諸表提出会社の個別財務諸表と連結財務諸表の両方について同時に適用する。
(3)早期適用にあたっては、受入準備が整った段階から適用できること
本会計基準を早期適用する場合であっても期首からの適用を前提としているが、受入準備が整った段階から適用することができる。そのため、受入準備が整っていないという理由により、中間会計期間末には、早期適用しないときでも、その後受入準備が整った場合には、事業年度末から適用することができる。
ただし、この場合には、中間・年度の会計処理の首尾一貫性が保持されていない場合の取扱いに準じて、本会計基準が中間会計期間には適用されていない旨、その理由及び当中間会計期間で本会計基準を適用した場合の当中間財務諸表に与える影響額を注記する。
2. 適用初年度の取扱い
本会計基準が適用される最初の事業年度において、簿価切下額が多額に発生し、それが期首の棚卸資産に係るものである場合には、次のいずれかの方法により特別損失に計上することができる。なお、この場合には、洗替え法を適用していても、当該簿価切下額の戻入れを行ってはならない。
① 本会計基準を期首在庫の評価から適用したとみなし、期首在庫に含まれる変更差額を特別損失に計上する方法
② 本会計基準を期末在庫の評価から適用するが、期末在庫に含まれる変更差額のうち前期以前に起因する部分を特別損失に計上する方法
(かたやま・ともじ)
脚注
1 棚卸資産の評価基準については、財団法人財務会計基準機構における審議テーマ等の検討機関であるテーマ協議会より、平成13年11月に、レベル2の優先度(比較的優先順位の高いグループであるレベル1以外のグループ)とした提言がなされている。当該提言は、ASBJのホームページ( http://www.asb.or.jp/html/theme_advisory/suggestion/suggestion.pdf )参照のこと。
企業会計基準第9号
「棚卸資産の評価に関する会計基準」について
企業会計基準委員会 専門研究員 片山智二
はじめに
企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」(以下「本会計基準」という。)を平成18年7月5日に公表した。本会計基準については、平成17年10月19日に「棚卸資産の評価基準に関する論点の整理」を公表し、広く意見を求め、さらに、平成18年4月14日に公開草案を公表し、広くコメントの募集を行った後に、ASBJにおいて、寄せられたコメントを検討し、公開草案の修正を行った上で公表するに至ったものである。ここでは、本会計基準の概要を紹介するが、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを申し添える。
Ⅰ. 本会計基準の公表の経緯
わが国においては、これまで、棚卸資産の評価については、取得原価をもって棚卸資産の貸借対照表価額とする(原価法)が、時価が取得原価よりも下落した場合には時価による方法を適用して算定すること(低価法)ができるものとされてきた。ASBJでは、このように、企業により原価法と低価法の選択適用が認められていることに対する是非や、低価法を原則とする国際的な会計基準との調和の観点より、棚卸資産の評価基準について、見直しを行うべきではないかという意見も多い(脚注1)ことから、これまでの原価法と低価法の選択適用の見直しを中心に検討してきた。
なお、本会計基準は、棚卸資産の期末における評価基準及び開示について定めることを目的としており、先入先出法や後入先出法などの評価方法に関しては取り扱っていない。また、棚卸資産の評価基準及び開示に関しては、「企業会計原則」及び「原価計算基準」に定めがあるものの、本会計基準が優先して適用される。
Ⅱ. 棚卸資産の範囲
本会計基準は、すべての企業における棚卸資産の評価基準及び開示について適用することとされている。棚卸資産は、商品、製品、半製品、原材料、仕掛品等の資産であり、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産のほか、売却を予定しない資産であっても、販売活動及び一般管理活動において短期間に消費される事務用消耗品等も含まれる。また、棚卸資産には、未成工事支出金等、注文生産や請負作業についての仕掛中のものも含まれる。なお、売却には、通常の販売のほか、活発な市場が存在することを前提として、棚卸資産の保有者が単に市場価格の変動により利益を得ることを目的とするトレーディングを含む。
一方、棚卸資産であっても、他の会計処理により収益性の低下が適切に反映されている場合(例えば、未成工事支出金に対する工事損失引当金)には、本会計基準を適用する必要はない。また、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産であっても、金融商品会計基準に定める売買目的有価証券や、「研究開発費等に係る会計基準」に定める市場販売目的のソフトウェアのように、棚卸資産に該当せず、他の会計基準において取扱いが示されているものは、該当する他の会計基準の定めによる。
Ⅲ. 通常の販売目的で保有する棚卸資産
1. 通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準
(1)考え方
通常の販売目的(販売するための製造目的を含む。)で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする。この場合において、取得原価と当該正味売却価額との差額は当期の費用として処理する。
わが国において、これまで棚卸資産の評価基準が原則として原価法とされてきたが、これは、棚卸資産の原価を当期の実現収益に対応させることにより、適正な期間損益計算を行うことができると考えられてきたためといわれている。すなわち、当期の損益が、期末時価の変動、又は将来の販売時点に確定する損益によって歪められてはならないという考えから、原価法が原則的な方法であり、低価法は例外的な方法と位置付けられてきた。この低価法を原価法に対する例外と位置付ける考え方は、取得原価基準の本質を、名目上の取得原価で据え置くことにあるという理解に基づいたものと思われる。
しかし、取得原価基準は、将来の収益を生み出すという意味においての有用な原価、すなわち回収可能な原価だけを繰り越そうとする考え方であるとみることもできる。また、今日では、例えば、「金融商品に係る会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)や「固定資産の減損に係る会計基準」において、収益性が低下した場合には、回収可能な額まで帳簿価額を切り下げる会計処理が広く行われている。
そのため、棚卸資産についても収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合には、品質低下や陳腐化が生じた場合に限らず、帳簿価額を切り下げることが考えられる。収益性が低下した場合における簿価切下げは、取得原価基準の下で回収可能性を反映させるように、過大な帳簿価額を減額し、将来に損失を繰り延べないために行われる会計処理である。棚卸資産の収益性が当初の予想よりも低下した場合において、回収可能な額まで帳簿価額を切り下げることにより、財務諸表利用者に的確な情報を提供することができるものと考えられる。
また、それぞれの資産の会計処理は、基本的に、投資の性質に対応して定められていると考えられることから、収益性の低下の有無についても、投資が回収される形態に応じて判断することが考えられる。棚卸資産の場合には、固定資産のように使用を通じて、また、債権のように契約を通じて投下資金の回収を図ることは想定されておらず、通常、販売によってのみ資金の回収を図る点に特徴がある。このような投資の回収形態の特徴を踏まえると、評価時点における資金回収額を示す棚卸資産の正味売却価額が、その帳簿価額を下回っているときには、収益性が低下していると考え、帳簿価額の切下げを行うことが適当である(上記の表参照)。

なお、これまでは、低価法を例外的処理と位置付けてきたことと相俟って、品質低下・陳腐化評価損と低価法評価損の間には、その取扱いに明確な差異がみられた。しかし、発生原因は相違するものの、正味売却価額が下落することにより収益性が低下しているという点からみれば、会計処理上、それぞれの区分に相違を設ける意義は乏しいと考えられることから、これらを収益性の低下の観点からは相違がないものとして取り扱うこととしている。
(2)正味売却価額の取扱い
本会計基準においては、「正味売却価額」とは、売価(購買市場と売却市場とが区別される場合における売却市場の時価)から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したものをいうこととしている。「購買市場」とは当該資産を購入する場合に企業が参加する市場をいい、「売却市場」とは当該資産を売却する場合に企業が参加する市場をいう。棚卸資産の売却市場において、市場価格が存在する場合には、当該市場価格に基づく価額を売価とするが、棚卸資産については、市場価格が存在することは多くない。そのため、企業は、売却市場における合理的に算定された価額による必要がある。当該価額は、同等の棚卸資産を売却市場で実際に販売可能な価額として見積ることが適当であり、これには、実務上、期末前後での販売実績に基づく価額や、特定の販売先との間の契約で取り決められた一定の売価も含まれる。なお、実務上、収益性が低下していないことが明らかであり、事務負担をかけて収益性の低下の判断を行うまでもないと認められる場合には、正味売却価額を見積る必要はないと考えられる。
また、本会計基準では、これまでの実務を踏まえ、営業循環過程から外れた滞留又は処分見込等の棚卸資産について、合理的に算定された価額によることが困難な場合には、正味売却価額まで切り下げる方法に代えて、その状況に応じ、帳簿価額を処分見込価額(ゼロ又は備忘価額を含む。)まで切り下げる方法や一定の回転期間を超える場合、規則的に帳簿価額を切り下げるような方法により収益性の低下の事実を適切に反映するよう処理することとしている。
さらに、本会計基準においては、製造業における原材料等のように再調達原価の方が把握しやすく、正味売却価額が当該再調達原価に歩調を合わせて動くと想定される場合には、継続して適用することを条件として、再調達原価(最終仕入原価を含む。以下同じ。)によることができることとしている。ここでの「再調達原価」とは、購買市場と売却市場とが区別される場合における購買市場の時価に、購入に付随する費用を加算したものをいうこととしている。
また、企業が複数の売却市場に参加し得る場合、すなわち、消費者への直接販売と代理店経由の間接販売や、正規販売とアウトレット、特定の販売先との契約により一定の売価で販売することが決定されている場合とそのような契約がない場合のように、特定の棚卸資産に関して企業自身が複数の販売経路を有しており、その販売経路ごとに売価が異なるような場合、企業は売価の高い市場に参加することが想定されるが、その売価は、売手である当該企業が実際に販売できると見込む売価であることに留意する必要がある。なお、複数の売却市場が存在し、売価が異なる場合であっても、棚卸資産をそれぞれの市場向けに区分できないときには、それぞれの市場の販売比率に基づいた加重平均売価等によることとなる。
なお、小売業等の業種において、棚卸資産の評価方法として売価還元法を採用している場合が多いが、本会計基準においては、このような場合においても、期末における正味売却価額が帳簿価額よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とすることとしている。ただし、値下額等が売価合計額に適切に反映されている場合には、次に示す値下額及び値下取消額を除外した売価還元法の原価率により求められた期末棚卸資産の帳簿価額は、収益性の低下に基づく簿価切下額を反映したものとみなすことができることとしている(下記の算式を参照)。

(3)収益性低下の判断及び簿価切下げの単位
本会計基準では、収益性の低下の有無に係る判断及び簿価切下げは、原則として個別品目ごとに行うが、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行うことが適切と判断されるときには、継続して適用することを条件として、その方法によることとしている。
これは、棚卸資産に関する投資の成果は、通常、個別品目ごとに確定することから、収益性の低下を判断し、簿価切下げを行う単位も個別品目単位であることが原則であるが、補完的な関係にある複数商品の売買を行っている企業において、いずれか一方の売買だけでは正常な水準を超えるような収益は見込めないが、双方の売買では正常な水準を超える収益が見込めるような場合や、同じ製品に使われる材料、仕掛品及び製品を1グループとして扱うような場合には、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行う方が投資の成果を適切に示すことができると判断されることから、複数の品目を一括りとして取り扱うことが適当と考えられるためである。
(4)洗替え法と切放し法
本会計基準では、前期に計上した簿価切下額の戻入れに関しては、継続適用を条件として、当期に戻入れを行う方法(洗替え法)と行わない方法(切放し法)のいずれかの方法を棚卸資産の種類ごとに、また、売価の下落要因を区分把握できる場合には、物理的劣化や経済的劣化、若しくは市場の需給変化の要因ごとに選択適用できることとしている。
2. 通常の販売目的で保有する棚卸資産の開示
(1)損益の表示
通常の販売目的で保有する棚卸資産について、収益性の低下による簿価切下額(前期に計上した簿価切下額を戻し入れる場合には、当該戻入額相殺後の額)は売上原価とするが、棚卸資産の製造に関連し不可避的に発生すると認められるときには製造原価として処理するとしている。このように、収益性が低下した場合において、原材料等に係る簿価切下額のうち、例えば品質低下に起因する簿価切下額など製造に関連し不可避的に発生すると認められるものについては、製造原価として処理することとなるが、そのような場合であっても、当該簿価切下額の重要性が乏しいときには、売上原価へ一括計上することができるものと考えられる。
また、収益性の低下に基づく簿価切下額が、重要な事業部門の廃止や災害損失の発生のような臨時の事象に起因し、かつ、多額であるときには、特別損失に計上する。この場合には、洗替え法を適用していても、当該簿価切下額の戻入れを行ってはならない。
なお、洗替え法を採用する企業において、前期末に計上した簿価切下額の戻入額の損益計上区分と、当期の簿価切下額の損益計上区分とが異なる場合、前期の戻入額と販売による当期の売上総利益のマイナス(販売されていない場合には、追加の簿価切下額)が両建計上されてしまうため、両者を同じ区分に計上することが適当である。
(2)注 記
本会計基準では、通常の販売目的で保有する棚卸資産について、これまでの低価法による棚卸資産の評価減に関する取扱いや国際的な会計基準に鑑み、収益性の低下による簿価切下額(前期に計上した簿価切下額を戻し入れる場合には、当該戻入額相殺後の額)を、注記による方法又は売上原価等の内訳項目として独立掲記する方法により示さなければならないこととした。ただし、当該金額の重要性が乏しい場合には、この限りではない。
Ⅳ. トレーディング目的で保有する棚卸資産
1. トレーディング目的で保有する棚卸資産の評価基準
トレーディング目的で保有する棚卸資産については、本会計基準においては、市場価格に基づく価額をもって貸借対照表価額とし、帳簿価額との差額(評価差額)は、当期の損益として処理することとしている。
当初から加工や販売の努力を行うことなく単に市場価格の変動により利益を得るトレーディング目的で保有する棚卸資産については、投資者にとっての有用な情報は棚卸資産の期末時点の市場価格に求められると考えられることから、市場価格に基づく価額をもって貸借対照表価額とすることとしている。その場合、活発な取引が行われるよう整備された、購買市場と販売市場とが区別されていない単一の市場(例えば、金の取引市場)の存在が前提となる。また、そうした市場でトレーディングを目的に保有する棚卸資産は、売買・換金に対して事業遂行上等の制約がなく、市場価格の変動にあたる評価差額が企業にとっての投資活動の成果と考えられることから、その評価差額は当期の損益として処理することが適当と考えられる。
トレーディング目的で保有する棚卸資産として分類するための留意点や保有目的の変更の処理は、金融商品会計基準における売買目的有価証券に関する取扱いに準じる。トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る会計処理は、売買目的有価証券の会計処理と同様であるため、その具体的な適用は、金融商品会計基準に準じることとしている。したがって、金融商品会計基準のほか、その具体的な指針等(たとえば、金融商品会計に関する実務指針)も参照する必要がある。
2. トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る損益の表示
トレーディング目的で保有する棚卸資産に係る損益は、原則として、純額で売上高に表示する。
Ⅴ. 適用時期等
1. 適用時期
本会計基準は、企業側の受入準備を考慮し、平成20年4月1日以後開始する事業年度から適用することとしている。ただし、平成20年3月31日以前に開始する事業年度から適用することができる。
なお、本会計基準を早期適用する場合には、次の点に留意する必要がある。
(1)一部適用は認められないこと
通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準に係る会計処理と、トレーディング目的で保有する棚卸資産の評価基準に係る会計処理を、時期を違えて適用することによる弊害を防ぐため、本会計基準の早期適用にあたり一部適用は認めない。
(2)連結財務諸表における連結子会社にも適用すること
本会計基準を早期適用する場合には、財務諸表提出会社の個別財務諸表と連結財務諸表の両方について同時に適用する。
(3)早期適用にあたっては、受入準備が整った段階から適用できること
本会計基準を早期適用する場合であっても期首からの適用を前提としているが、受入準備が整った段階から適用することができる。そのため、受入準備が整っていないという理由により、中間会計期間末には、早期適用しないときでも、その後受入準備が整った場合には、事業年度末から適用することができる。
ただし、この場合には、中間・年度の会計処理の首尾一貫性が保持されていない場合の取扱いに準じて、本会計基準が中間会計期間には適用されていない旨、その理由及び当中間会計期間で本会計基準を適用した場合の当中間財務諸表に与える影響額を注記する。
2. 適用初年度の取扱い
本会計基準が適用される最初の事業年度において、簿価切下額が多額に発生し、それが期首の棚卸資産に係るものである場合には、次のいずれかの方法により特別損失に計上することができる。なお、この場合には、洗替え法を適用していても、当該簿価切下額の戻入れを行ってはならない。
① 本会計基準を期首在庫の評価から適用したとみなし、期首在庫に含まれる変更差額を特別損失に計上する方法
② 本会計基準を期末在庫の評価から適用するが、期末在庫に含まれる変更差額のうち前期以前に起因する部分を特別損失に計上する方法
(かたやま・ともじ)
脚注
1 棚卸資産の評価基準については、財団法人財務会計基準機構における審議テーマ等の検討機関であるテーマ協議会より、平成13年11月に、レベル2の優先度(比較的優先順位の高いグループであるレベル1以外のグループ)とした提言がなされている。当該提言は、ASBJのホームページ( http://www.asb.or.jp/html/theme_advisory/suggestion/suggestion.pdf )参照のこと。
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