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解説記事2007年12月17日 【解説】 電子記録債権法の要点(2007年12月17日号・№239)

解説
電子記録債権法の要点

 法務省民事局民事法制管理官 始関正光
 法務省民事局付 坂本三郎
 法務省民事局付 冨田 寛
 法務省民事局付 仁科秀隆


はじめに

 電子記録債権法が第166回通常国会において成立し、平成19年法律第102号として公布された。この法律は、金銭債権の取引の安全を確保することによって事業者の資金調達の円滑化等を図る観点から、電子債権記録機関が調製する記録原簿への電子記録をその発生、譲渡等の要件とする新たな類型の金銭債権である電子記録債権について定めるとともに、その電子記録を行う電子債権記録機関の業務、監督等について必要な事項を定めるものである。
 電子記録債権制度は、金銭債権について、指名債権とも手形債権とも異なる新たな類型の債権を創設するものであって、その運用の開始は、資金調達や債権流動化の実務に相当の影響を及ぼすものと予想されている。
 そこで、この法律について、その立法に至る経緯、電子記録債権制度の要点等を紹介することとしたい。
 なお、本稿中意見にわたる部分は筆者らの私見にすぎないことを予めお断りする。

Ⅰ 立法に至る経緯
 事業者の資金調達の手法として、売掛債権等の金銭債権を活用することの有用性が指摘されているが、そのための手段である指名債権の譲渡については債権の存在・内容を確認するためにコストを要することや二重譲渡リスク・人的抗弁の対抗を受けるリスクがあること等の問題点があり、また、手形については盗難・紛失のリスクがあることや券面の作成・保管・運搬のためにコストを要すること等の問題点があるため、これらの問題点を克服する必要がある1
 また、経済社会のIT化が進展するなかで、電子的な手段を用いた商取引や金融取引が発達してきており、これに対応して、金銭債権の電子的な手段を用いた譲渡について、利便性とともに法的安定性を確保する必要性が高まっている。
 そのため、電子的な手段による債権譲渡を推進する施策の検討を進めるべきことが、e-Japan戦略Ⅱ(平成15年7月2日)以降のIT戦略本部決定に掲げられ、これを受けて、法務省、金融庁、経済産業省において電子記録債権制度の整備に向けた検討が進められ、平成17年12月に、この3省庁により「電子債権に関する基本的な考え方」が取りまとめられ、電子債権制度の創設にあたっての基本的視点や、電子債権法制の骨格が明らかにされた2
 このような状況を背景として、法務大臣は、平成18年2月8日に開催された法制審議会第148回会議において、電子債権法制の整備について諮問を行い、これを受けて、同審議会は、専門の部会として、電子債権法部会(部会長:安永正昭神戸大学教授)を設置し、同部会において調査・審議を行うことを決定した。
 電子債権法部会では、同月から調査・審議を開始し、同年7月には「電子登録債権法制に関する中間試案」が決定されて、パブリック・コメントの手続に付され、一般からの意見募集が行われた。その後、同部会においては、意見募集の結果等を踏まえさらに審議を進め、平成19年1月16日に開催された第14回会議において「電子登録債権法制の私法的側面に関する要綱案」が決定された。この要綱案は、同年2月7日に開催された法制審議会第152回会議の審議に付され、全会一致で原案どおり「電子登録債権法制の私法的側面に関する要綱」として採択され、同日、法務大臣に答申された。
 また、金融庁においても、金融審議会第二部会・情報技術革新と金融制度に関するワーキンググループ合同会合(座長は、第二部会長である岩原紳作東京大学教授)において、電子債権記録機関のあり方についての検討が行われ、平成18年12月21日、「電子登録債権(仮称)の制定に向けて~電子登録債権の管理機関のあり方を中心として~」が取りまとめられた。
 法務省および金融庁においては、この2つの審議会の審議結果を踏まえて法律案の立案作業を進め、平成19年3月13日の閣議決定を経て、同月14日、電子記録債権法案を閣法第85号として第166回国会に提出した。
 電子記録債権法案は、国会においては、同年6月7日に衆議院財務金融委員会に付託され、同月13日に趣旨説明が行われ、同月15日、法務委員会との連合審査が行われた後、質疑、採決がされて、賛成多数で可決すべきものとされ、同日中に、衆議院本会議においても賛成多数で可決された。同法案は、同日中に参議院財政金融委員会に付託されて趣旨説明が行われ、同月19日に質疑の後、賛成多数で可決すべきものとされ、同月20日、参議院本会議においても賛成多数で可決されて、法律として成立した。そして、電子記録債権法は、同月27日に法律第102号として公布された。
 なお、この法律は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされている(附則1条)。

Ⅱ 制度の要点

1.電子記録債権の概念等
(1)電子記録債権の定義
 電子記録債権とは、「その発生又は譲渡についてこの法律の規定による電子記録を要件とする金銭債権」であり(電子記録債権法2条1項。以下、同法については条名のみを掲げる)、発生記録によって発生する通常の電子記録債権(15条)のほか、保証記録によって発生する電子記録保証債務履行請求権(31条)と、電子記録保証人が出えんをして支払等記録を受けることによって発生する特別求償権(35条)が電子記録債権に含まれる3
 電子記録債権が、その発生について電子記録を効力要件としているのは、手形の振出において手形用紙への所要の記載が要件とされるのに相当するものであって、電子記録を要件とし、かつ、債権の内容が電子記録により定まるものとすること(9条1項)により、債権の可視性を高め、指名債権譲渡にまつわる前記の問題点を解消しようとするものである。
 電子記録債権の譲渡について電子記録を効力要件としているのも、手形債権の譲渡において券面への裏書が要件とされるのに相当するものであって、譲渡記録をしなければ譲渡の効力を生じないこととすること(17条)により、債権の所在についての可視性を高めるとともに、債権の二重譲渡が生じないようにして、債権譲渡のためのコストとリスクを軽減しようとするものである4
 このように、電子記録債権においては、電子記録が債権の発生や譲渡の効力要件となるものであるが、これは、紙媒体を用いることのリスクとコストという手形が持つ前述の問題点を解消するためである。そして、後述するとおり、電子記録債権には、手形についての取引の安全確保のための措置と同様の措置を講じているので、電子記録債権は、大雑把にいえば、ペーパーレスの手形のような法的性質を有するものであるということができる。
 もっとも、手形には支払金額や支払期日等の限定された事項の記載しか許されないのに対して、電子記録債権は、分割払いの約定や、利息・遅延損害金の定め、期限の利益喪失約定など、様々な事項を、電子債権記録機関が許容する範囲で任意に記録することができる(16条2項、5項)。この点は電子記録債権が手形と大きく異なる点であって、シンジケート・ローンのような複雑な債権の流動化等の様々な活用が可能な設計となっているものである。
(2)電子記録等の意義  電子記録債権は前述のとおり電子記録を発生等の効力要件とするものであるが、この電子記録は、電子債権記録機関(2条2項)が調製する電磁的な帳簿(記録媒体)である記録原簿(同条3項)に記録事項(同条5項)を記録することによって行われる(3条)。
 これは、不動産登記において、登記官が、登記簿に登記をして登記記録を作成するのに似た取扱いであって、電子債権記録機関が不動産登記における登記官に、記録原簿が不動産登記簿に、電子記録が個々の登記に、債権記録(2条4項)が各土地・建物についての登記記録に、それぞれ概ね相当することになる5
 たとえば、発生記録をすることによって発生する通常の電子記録債権においては、発生記録や譲渡記録、変更記録などが電子記録であり、これらの電子記録を当該電子記録債権ごとに集めて記録した電子データが債権記録であり、債権記録を記録した電磁的な帳簿(記憶媒体)が記録原簿ということになる6
(3)電子記録債権の法的特徴等  電子記録債権は電子記録を発生等の要件とするものであることから、電子記録債権は次のような法的特徴を有している。
 まず、電子記録債権は、売掛債権や貸金債権等の指名債権の支払いのために、あるいは支払いに代えて発生させるのが通常であると考えられるが、この場合における売掛債権等の電子記録債権の発生の原因となった債権と電子記録債権とは別個の債権である。この点は、手形債権が、売掛債権等の原因債権とは別個の債権とされているのと同様であって、電子記録債権は、原因債権の存否や瑕疵の有無にかかわらず、当事者双方の請求に基づいて電子債権記録機関が発生記録をすれば、当該発生記録において記録された内容の債権として成立することになる。
 このように、電子記録債権は原因債権とは別個の債権であるから、原因債権の支払いの手段として電子記録債権を発生させる場合であっても、原因債権は当然には消滅しない。原因債権が電子記録債権の発生の時点で消滅するかどうかは、手形の場合と同様に、当事者の意思によって定まり、当事者の意思が不明な場合には、現実に支払いがされなければ債権者の金銭的満足は得られないことから、電子記録債権は原因債権の支払いのために発生されたもので、当該発生によっては原因債権は消滅しないと解される。
 そして、原因債権と電子記録債権が併存する場合に、いずれの債権を先に行使すべきかも、当事者の意思によって定まり、当事者の意思が不明である場合には、たとえば、口座間送金決済に関する契約に係る支払いによる旨の記録(16条2項1号)がされているときは、債務者としては電子記録債権を先に行使することを期待するのが通常といえること等から、電子記録債権を先に行使すべきとする意思であると解される。
 また、原因債権と電子記録債権が併存し、かつ、原因債権を行使することが許容される場合において、債権者が原因債権を行使するときは、支払等記録をせずに原因債権を弁済してしまうと、その後に当該電子記録債権を取得した者から請求を受け、二重払いの危険が生じることから、債務者は、債務者が支払等記録の請求をすることについて債権者が承諾するのと引換えに支払う旨の抗弁(25条3項)を主張することができると解される7
 ところで、電子記録債権は、電子記録をすることを発生等の要件とする債権であるから、手形債権や指名債権等の既存の債権とは異なる種類の債権として新たに創設されるものである。したがって、手形や指名債権は今後も存続するので、電子記録債権制度の運用が開始された後も、手形を利用したり、現在行われている指名債権を活用した資金調達の手法を用いることも可能である。
 なお、電子記録債権は、前述のとおり、金銭債権の一種である。これは、電子記録債権制度が、金銭債権を活用した事業者の資金調達の円滑化等に資するために創設されたことによるものである。

2.私法上の規律に係る要点
(1)電子記録債権の発生等の要件
 電子記録債権の発生等の効力が生ずるには、電子債権記録機関によって電子記録がされることが必要となることは前述のとおりであるが、電子記録は、原則として、当事者双方の請求がなければすることができない(5条1項)。
 この当事者双方による電子記録の請求の方式については、法律上の限定はなく、各電子債権記録機関が、業務規程において、電子的な方式に限るのか、ファクシミリや書面の提出という方式も認めるのか、不動産登記におけるように共同での請求を要求するのか否か等を定めることになると考えられる(56条)。ちなみに、電子債権記録機関が共同請求を要求せず、当事者が別々に請求した場合には、すべての者が電子記録の請求をした時に、電子記録の請求の効力が生ずる(5条3項)。
 電子記録債権の発生や譲渡の効力発生要件としての当事者の意思表示は、当事者双方の電子記録の請求の意思表示のみで足り、それ以外に、発生や譲渡についての当事者間の合意ないし契約が成立することは要件ではない。12条1項および13条が「電子記録の請求における相手方に対する意思表示」という用語を使っているのは、電子記録の請求という1個の意思表示のなかに、電子債権記録機関に対して電子記録をすることを求める意思表示のほかに、相手方との間で当該電子記録(発生記録や譲渡記録)によって生ずる法律効果を生じさせる意思表示もされていると考えることを示している8
 なお、電子記録は、電子記録債権の発生(保証記録による電子記録保証債務履行請求権の発生と支払等記録による特別求償権の発生を含む)と譲渡の効力要件であるだけでなく、混同による電子記録債権の消滅(22条1項ただし書)、意思表示による電子記録債権の内容の変更(26条)、質権の設定(36条1項)等においても効力要件であり、また、信託の第三者対抗要件でもある(48条1項)。他方で、混同以外の原因による電子記録債権の消滅や譲渡以外の原因(相続や合併等)による電子記録債権の移転については、電子記録は効力要件にも対抗要件にもならない9
 もっとも、たとえば、電子記録債務者が支払期日前に繰上弁済をした場合などでは、その旨の支払等記録をしておかないと、後述する人的抗弁の切断が生ずるおそれがある。
(2)取引の安全確保の枠組み  電子記録債権は、金銭債権を活用した資金調達をしやすくするために創設されるものであることから、取引の安全を確保するために、次の各措置を講じている。
① 電子記録債権の権利内容は債権記録の記録によって定まり(9条1項)、債権記録に電子記録債権の債権者または質権者として記録されている者は電子記録債権に係る権利者であると推定することとして(同条2項)、電子記録債権の内容および帰属が債権記録によって明らかになるようにしている。
② 心裡留保または錯誤により意思表示が無効となる場合の第三者や、詐欺または強迫により意思表示が取り消された後の第三者について、民法上は保護規定が設けられていないが、当該第三者が善意・無重過失であれば、これを保護することとしている(12条1項)。
③ 無権代理人が電子記録の請求をした場合には、相手方に重大な過失がない限り、無権代理人の免責を認めないこととして、軽過失でも免責を認める民法117条2項よりも免責要件を厳格化している(13条)。
④ 電子債権記録機関が不実の電子記録をしたり、無権代理人等の請求に基づく電子記録をしたことによって損害が生じた場合における被害者の当該電子債権記録機関に対する損害賠償請求について、過失の証明責任を転換し、電子債権記録機関の代表者および使用人その他の従業者が無過失であったことを電子債権記録機関が証明しない限り、電子債権記録機関が損害賠償責任を負うこととしている(11条、14条)。
⑤ 電子記録債権の譲渡について、手形の裏書による譲渡と同様に、善意取得の規定(19条)と人的抗弁の切断の規定(20条)を設けている。
⑥ 債務者が債権記録に電子記録債権の債権者または質権者として記録されている者に支払いをした場合には、手形所持人への支払いの場合と同様に、悪意または重大な過失がない限り、たとえその者が無権利者であったとしても、その支払いは有効であるとする支払免責の規定を設けている(21条)。
⑦ 手形保証と同様の独立性を有する電子記録保証(2条9項)の制度を用意し(33条1項)、主たる債務者として記録されている者がその主たる債務を負担しない場合であっても、電子記録保証人は、電子記録保証債務を負担するものとすることにより、手形を手形保証人や裏書人の信用によって流通させることができるのと同様に、電子記録債権の譲渡人や第三者が電子記録保証をすることにより、これらの者の信用によって流通させることができるようにしている。その際、電子記録保証を手形における裏書人の遡求義務に相当するものとしても活用することができるようにするため、電子記録保証人が弁済等をした場合の求償権について、裏書人の再遡求権と類似の内容のものとし、これを特別求償権と呼ぶこととしている(35条)。
 なお、以上の各措置のうち、②、⑤および⑦については、消費者が電子記録債権の当事者とさせられることによって、その利益(割賦販売法によって抗弁の接続を受ける等の利益)が害される事態の生ずることを防止するための消費者保護措置を併せて講じている。
(3)その他の主な規律  電子記録債権は金銭債権を活用した資金調達等を容易にすることを目的とするものであり、シンジケート・ローンのような複雑な内容の金銭債権の流動化にも活用したいとのニーズに応えるため、前述のとおり、様々な事項を任意的に記録して債権の内容とすることを許容している。
 また、電子記録債権を活用した資金調達の手法を多様化するため、質権の制度を設け、これについても記録原簿への電子記録をその効力要件としている(36条~42条)ほか、信託への活用も可能としている(48条)。
 さらに、特定の電子記録債権の一部分のみを譲渡して資金調達に活用したい等のニーズに応えるため、電子記録債権の分割の制度を用意している(43条~47条)。
 記録事項等の開示については、譲渡履歴が取引先に関する情報であって秘匿性が高いこと等を考慮し、原則として、債権記録に記録されている者だけが自己の権利義務の確認に必要な範囲でのみ開示を受け得ることとしつつ、シンジケート・ローンの流動化への活用において機関投資家や格付機関にも開示したいとの要望等に応えて、電子債権記録機関による開示の範囲の拡張を関係者の同意を要件としつつ許容している(87条)。

3.電子債権記録機関に係る要点  電子債権記録機関は、電子記録債権制度において中核的な役割を担うものであることから、電子記録債権法は電子債権記録機関の業務、監督等に関する規定を置いて、その適正を確保することとしている。
(1)電子債権記録機関の意義  電子債権記録機関とは、電子債権記録業を行う者として主務大臣の指定を受けた株式会社である(2条2項、51条1項、56条)。電子記録債権がペーパーレスの手形のようなものであることは前述のとおりであるが、手形の場合、その作成、流通、決済は、すべて民間の手によって行われ、官公署が直接関与することとはなっていないので、電子記録債権制度においても、「民間にできることは民間に」の思想のもと、電子債権記録機関を民間企業である株式会社に委ねることとされたものである。
 その一方で、電子記録債権の内容が債権記録の記録により定まり、また、電子記録名義人に権利推定効が働くこと等の電子記録の効力に照らすと、電子記録が適正かつ確実に行われるかどうかが電子記録債権制度の死命を制するといっても過言でない。
 そこで、社債・株式等振替制度における振替機関や株券等保管振替機関などと同様に指定制を採用し、電子債権記録業を委ねるに足りる者として主務大臣の指定を受けた株式会社のみが電子債権記録機関となることとされたものである。
(2)電子債権記録機関の指定等  電子債権記録機関の指定は、指定を受けようとする者からの所要の申請があった場合にのみ行われ(52条)、会社の組織機構、定款や業務規程、財産的基礎、収支の見込み、人的構成といった各側面において、電子債権記録業を適正かつ確実に遂行することができると認められるものであることが指定の要件とされている(51条1項)。
 また、財産的基礎との関係で、電子債権記録機関の資本金額および純資産額は5億円以上の政令で定める額でなければならないこととされ(53条)、会社のガバナンスの観点から、会社法の一定の規定は電子債権記録機関には適用除外されている(54条)。さらに、電子債権記録機関の役職員には秘密保持義務が刑罰の制裁付きで課せられている(55条、96条)。
 なお、電子債権記録機関は、1つには限定されておらず、多様な主体が参入して、様々な用途に電子記録債権を活用することが可能な仕組みとなっている。
(3)電子債権記録機関の業務  電子債権記録機関は、電子債権記録業およびこれに附帯する業務以外の業務を行うことができない(57条)。情報流用を抑止するなど、電子債権記録機関の公正性・中立性を確保し、他業の破綻リスクの電子債権記録業への影響を遮断する等のために、専業の機関とされたものである。
 ただし、利用者の利便や業務の効率化等のために、電子債権記録機関が、電子債権記録業の一部を、主務大臣の承認を受けて、銀行等その他の者に委託することができることとされている(58条1項)。
(4)口座間送金決済等  電子記録は当事者の請求によって行うのが原則であることは前述のとおりであるが、電子記録債権の支払いの場合には、支払期日に債務者の銀行口座から債権者の銀行口座への口座間の送金処理をすることによって支払いが行われるのが一般的であると想定されるところ、この場合には、債務者による送金手続が債権者の支払等記録の承諾(25条1項3号)に先立って行われるため、支払いと当該承諾との同時履行を確保すること(同条3項)ができない。
 そこで、電子債権記録機関は、電子記録債権の当事者が口座間送金決済等による支払方法を選択した場合には、当該送金等による支払いに関与した銀行等から通知を受けることによって、当事者の請求によらないで、職権で支払等記録をしなければならないこととしている(59条、62条~66条)。
(5)監督等  電子債権記録機関による業務の適切かつ確実な遂行を図るため、資本金額の減少、定款・業務規程の変更、電子債権記録業の休止、合併等の組織再編、解散等について、主務大臣の認可を受けなければ効力を生じないものとしている(69条~71条、78条~82条)ほか、報告徴求および立入検査(73条)、業務改善命令(74条)、指定の取消し(75条)、電子債権記録機関が破綻した場合の業務移転命令(76条)など、所要の検査・監督規定を整備している。
(しせき・まさみつ/さかもと・さぶろう/とみた・かん/にしな・ひでたか)

脚注 1 手形については、本文に述べた問題点等もあって、その取扱量が激減しており、これに代わるものとして、一括決済方式や電子手形サービスといった手形レス商品が開発されている。しかし、これらの手形レス商品は、現行法のもとでは、指名債権の譲渡または債務引受けという法形式を利用して行わざるを得ないところ、指名債権は、本文に述べたとおり、その流通性の観点において問題点が多い。そこで、手形と同様の流通性確保機能を有しながら、紙を使わないことによって、手形の問題点をも克服することができる新たな金銭債権の制度の創設が要望されていたものである。
2 電子記録債権は、その検討の当初の段階においては、紙に代えて電子的な手法を用いることに着目して、「電子債権」と仮称されていたが、その後、電子商取引によって生じた債権全般を指すように誤解されるおそれがあるとの指摘がされたことから、検討の途中の段階で、「電子登録債権」に仮称が変更された。しかしながら、法律案の立案作業の終盤になって、「登録」という用語は国の行政機関が行う場合に用いられることが多いが、電子記録を行う電子債権記録機関は民間会社であることから、「登録」という用語を用いるのは相当でない等の指摘がされた。そこで、民間会社が電子的な記録を行うことによって債権が発生し、譲渡されるという制度の骨格をより端的に示す名称として「電子記録債権」を用いることになったものである。
3 電子記録保証債務履行請求権は、その発生については保証記録という電子記録を要件とするが、保証の一種として随伴性を有するため、主たる債務と切り離して独立に譲渡をすることはできない。2条1項が、電子記録債権の定義につき、電子記録を要件とするのが「発生又は譲渡」であるとしているのはこのためであり、通常の電子記録債権と特別求償権については、発生および譲渡の双方につき、電子記録が効力要件となる。
4 電子記録債権の譲渡に二重譲渡リスクが生じないのは、電子記録債権の譲渡記録は、記録原簿上の現在の名義人と譲渡を受けようとする者の双方の請求によってすることになる(5条1項、2条7項および8項)ので、電子記録名義人であるAがBに電子記録債権を譲渡した場合、譲渡記録によって電子記録名義人はBとなるため、もはやAは、Cに当該電子記録債権を二重に譲渡することができないためである。これは、土地をBに譲渡して、その旨の移転登記を経由したAが、もはや同一土地をCに譲渡する登記義務者とはなり得ないのと同じである。
5 電子記録が登記に概ね相当するといっても、異なる点も少なくない。たとえば、不動産登記においては、権利の移転は「移転登記」によって公示されるが、電子記録債権の場合には、その譲渡は「譲渡記録」によって行い(17条)、相続や合併などの一般承継が生じたことは「変更記録」という方式によって公示し(29条2項)、法定代位による債権の移転は「支払等記録」によって公示する(24条5号)こととしている。これは、電子記録債権の譲渡には、善意取得や人的抗弁の切断という特別の効力が生ずるので、譲渡だけを譲渡記録という方式によって記録し、これらの効力が生じないものについては、別の電子記録をすることとしたものである。また、不動産登記においては、ある登記の記録事項の全部を削除(抹消)する場合には「抹消登記」をし、登記事項の一部が当初より誤っていた場合には「更正登記」をし、登記事項の一部について登記後に内容を変更する場合には「変更登記」をすることとされているが、電子記録債権の場合には、これらのすべての場合について「変更記録」を行うこととしている(26条、27条、29条4項)。これは、電子債権記録機関が民間企業であることから、様々な種類の電子記録を使い分けることを要求すると過誤が生ずるおそれがあること等を考慮したものである。
6 電子記録債権のうち、電子記録保証債務履行請求権については、当該請求権独自の債権記録が作成されることはなく、当該電子記録保証が保証する主たる債務に係る電子記録債権についての債権記録に保証記録という電子記録がされることになる。また、特別求償権も、元となった電子記録保証が保証する主たる債務に係る電子記録債権についての債権記録に支払等記録という電子記録がされることによって発生することになり、当該特別求償権を対象とする分割記録がされない限り、特別求償権独自の債権記録が作成されることはない。さらに、発生記録によって発生する通常の電子記録債権であっても、その債権者または債務者が複数の場合(可分債務、連帯債務や、可分債権、不可分債権などの場合)には、債権者・債務者ごとに1つの債権が観念されるので、1つの債権記録に複数の電子記録債権が記録されていることになる。不動産登記法2条5号が「登記記録」を「一筆の土地又は一個の建物ごとに(中略)作成される電磁的記録」と定義しているのに対し、電子記録債権法2条4項が、「債権記録」について、「発生記録により発生する電子記録債権又は電子記録債権から第43条第1項に規定する分割をする電子記録債権ごとに作成される電磁的記録」と定義しているのは、このためである。
7 電子記録債権と原因債権との関係が、原因債権のみが第三者に譲渡された場合にどうなるかについても、手形の受取人が振出人に対する原因債権のみを第三者に譲渡した場合における取扱いと同様の取扱いになるものと解される。すなわち、原因債権の譲渡についての債務者対抗要件の取得(民法467条1項、動産債権譲渡特例法4条2項)の前に電子記録債権の発生記録がされたときは、債務者が異議を留めない承諾をしない限り、電子記録債権を発生させたことが「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」(民法468条2項、動産債権譲渡特例法4条3項)に該当し、債務者は、電子記録債権が先に行使されるべきである旨の抗弁や、電子記録債権についての支払等記録の請求をすることについて電子記録債権の債権者が承諾するのと引換えに支払う旨の抗弁を、原因債権の譲受人に対して主張することができると解される。これに対して、原因債権の譲渡についての債務者対抗要件が具備された後に電子記録債権の発生記録がされたときは、電子記録債権を発生させたことは通知を受けた後に生じた事由となるので、債務者が上記のような抗弁を原因債権の譲受人に対して主張することは認められず、結局、債務者は、電子記録債権と原因債権の二重払いのリスクを負うことになると解される。
8 発生記録や譲渡記録等の電子記録がされたことは債権記録によって明確になり、また、当事者双方によって電子記録の請求がされたことは、電子債権記録機関が保存する情報(86条)によって明確になるが、当事者間で電子記録債権を発生・譲渡等することについての合意(契約)がされたことをも電子記録債権の発生や譲渡の効力要件として取り扱うと、その立証を当該電子記録の当事者以外の者(たとえば、当該当事者からさらに譲渡を受けた電子記録名義人)がすることは困難であるから、電子記録債権の流通性を阻害することになってしまう。他方で、当事者双方から同一内容の電子記録の請求がされた場合には、その当事者間で電子記録債権の発生等についての意思の合致があると考えることができる。そこで、電子記録の請求という1個の意思表示のなかに、相手方当事者との間で発生記録や譲渡記録によって生ずる法律効果を生じさせる意思表示もされているものとして取り扱うこととしたものである。
9 たとえば、電子記録債権の支払いがされた場合に、当該支払いの当事者間においても、支払等記録がされない限りは当該電子記録債権が消滅しないとするのは不合理である。また、相続や合併等の一般承継は、一定の事由が生じ、または一定の手続が完了すれば法律上当然に生ずるものとされているので、電子記録債権についてだけ、電子記録をしない限りは債権移転の効力が生じないとすることも不合理である。そこで、これらについては、電子記録を効力要件とはしていない。

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