解説記事2009年07月06日 【制度解説】 プロ投資家向け市場「TOKYO AIM」の創設と市場および上場制度の特徴(2009年7月6日号・№313)
解説
プロ投資家向け市場「TOKYO AIM」の創設と市場および上場制度の特徴
TOKYO AIM取引所自主規制グループディレクター 荒井啓祐
Ⅰ はじめに
株式会社東京証券取引所グループ(以下「東証」という)およびLondon Stock Exchangeplc(以下「LSE」という)が合弁で設立した株式会社TOKYO AIMは5月29日、金融庁より取引所免許を取得した(免許取得後、商号を「株式会社TOKYO AIM取引所」と変更。以下、同社および同社が運営する市場を単に「TOKYO AIM」という)。これを受けて同日、指定アドバイザー規程および有価証券上場規程を含むすべての取引所規則を発表した。
取引所規則は6月1日に施行し、これに伴い、TOKYO AIMは同日より取引所業務を開始している。また、6月11日には指定アドバイザー(以下「J-Nomad」という)6社を選定し、現在、取引所業務を本格化させている。
本稿では、TOKYO AIMの制度概要を紹介するが、文中意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りしておく。
Ⅱ TOKYO AIMの創設
1.経 緯 TOKYO AIM創設までの経緯には、大きく2つの流れがある。1つはTOKYO AIMの法的基盤となる「プロ向け市場制度」の創設であり、もう1つは、ロンドン証券取引所との提携である。
(1)プロ向け市場制度の創設(金融商品取引法の改正) 「プロ向け市場制度」創設の議論は、2007年春に、経済財政諮問会議のもとに置かれたグローバル化改革専門調査会の「金融・資本市場ワーキンググループ」のなかで最初に提案されたものである。同年4月には、同ワーキンググループの第一次報告という形で具体的提言がなされ、同時期の金融審議会においても同様の議論が行われ、同年6月の「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」による提言のなかに「プロ向け市場制度」に関するより具体的内容が含まれるに至った。
これらの議論においては、一般投資家に対しては投資家保護を進める一方、参加者をプロ投資家に限定することにより、自己責任原則のもとでより自由な活動を可能とするマーケットの存在についての具体的言及がなされ、「プロ向け市場制度」という発想が出された。
これらの提言を受け、同年秋の金融審議会において、プロ向け市場に係る詳細な制度設計についての議論が行われ、12月の金融審議会金融分科会第一部会報告、金融庁「金融・資本市場競争力強化プラン」の発表、2008年3月の金融商品取引法改正法案の国会提出、同年6月の成立を踏み、改正法は6か月間の周知期間、政令・内閣府令の整備を経て12月12日に施行されるに至った。
なお、改正法において導入された「プロ向け市場制度」の概要は、表1のとおりである。
(2)ロンドン証券取引所(LSE)との提携 国際的な取引所の合従連衡が活発化する昨今、東証も海外の取引所との連携を常に模索していた。そのようななか、2007年2月に、LSEとGrowth marketに関するいくつかの事項について共同で検討を進める旨の合意に至った。
その後、議論は本格的に進展し、「プロ向け市場制度」を利用しつつ、ロンドンAIMをモデルとした新しい取引所を合弁にて創設することで2007年10月に合意、公表に至った。
アジアへの橋頭堡を築きたいLSEと国際市場への新たな第一歩を踏み出したい東証の意向が、今般のTOKYO AIMの創設という具体的な形において一致をみたということとなる。
2.わが国資本市場の課題とTOKYO AIM TOKYO AIMは、現行のわが国資本市場に対する次の3つの課題を解決することを意識しつつ、創設されることとなった。
(1)ファンディングギャップの存在 1つ目は、資金調達側と供給側のニーズの乖離、いわゆる「ファンディングギャップ」の存在である。
企業においては、世界的な信用不安が高まるなか、エクイティファイナンスによる資金調達ニーズが高まっているが、現行のわが国資本市場においてこれらのニーズに応える環境にはない。
他方、投資家においても、投資先として将来的に高いリターンが期待できる企業を見出しにくい状況にあるといえる。
(2)国際的な市場としての存在感の低下 2つ目は、日本の資本市場が海外企業の資金調達の場としての存在感をまったく発揮できていないという点である。
ピーク時には127社を数えた東証外国企業の上場も現在ではわずか15社(2009年6月末現在)を数える状況にある。
(3)新興市場におけるボラティリティの高さ 3つ目は、新興市場といわれるマーケットのボラティリティの高さである。
東証第一部市場における投資家の売買状況は、個人投資家が30%弱であるのに対し、マザーズ、JASDAQ、ヘラクレス等のいわゆる新興3市場においてはいずれも80%に迫る水準にある。個人投資家は通常、短期的な売買を繰り返す傾向にもあることから、これら新興3市場の株価変動幅は極めて大きくなる傾向にある。
また、新規上場直後に価格・売買高ともピークを迎えてしまうことも多く、企業側からすれば上場後の資金調達が困難となっている情勢にあるといえる。
このような点は、成長資金の調達市場としての本来の新興市場の役割を必ずしも果たすものとはいえない面を有している。
Ⅲ TOKYO AIMの特徴
1.プリンシプルベースの考え方に基づく規則の運用 TOKYO AIMは、主要規則である、「指定アドバイザー規程」および「有価証券上場規程」のそれぞれの第1条(目的)において、「当取引所は、プリンシプルベースの考え方に基づき、この規程を運用する。」と規定していることにも表象されるように、制度運用にあたり、各規程の条項の趣旨ないしはそれらの条項に関連する原則的な事項を定めた条項の趣旨に沿って、個々のケースに応じて、機動的・適切な判断を行いつつ市場運営を行うことを基本思想としている。
市場の透明性・公正性を確保するという観点を踏まえることはもちろんであるが、このような「プリンシプルベースの考え方」において市場運営を図ることにより、TOKYO AIMにおいては、わかりやすい簡素な規則とプロ向け市場にふさわしい市場参加者による自律的な市場秩序の両立が実現できるものと考えている。
2.J-Nomad制度の導入 Nomad制度は、ロンドンAIMにおける市場運営手法の根幹をなす制度として機能しているが、TOKYO AIMでは、ロンドンAIMを参考として、J-Nomad制度を導入している。
J-Nomadとは、証券会社などコーポレート・ファイナンスに関わる専門家が、TOKYO AIMからの指定を受けて、その役割・機能を担うものである。J-Nomadは、新規上場時のみならず、上場後においても上場会社に対する上場適格性の維持に係る助言・指導義務を負う。
表2のとおり、J-Nomadは新規上場にあたり、新規上場申請者の上場適格性を調査・確認し、また上場後においては、適時開示等の担当上場会社の義務履行をフォローする義務を負う。
新規上場および上場維持のためには、上場会社はJ-Nomadとの間でJ-Nomad契約を締結していることが必須であり、J-Nomadを失った場合(J-Nomadとの契約関係を失った場合)には一定期間経過後に上場廃止となる。
J-Nomadは、J-Nomad契約を解消する場合には、担当上場会社に対し1か月以上前に事前催告を行う必要があり、上場会社はJ-Nomadとの契約関係を失った時点で整理銘柄に指定されることになる。整理銘柄に指定の後、8営業日目の午後3時までに新たなJ-Nomad契約が締結されない場合には、整理銘柄への指定後、11営業日目に上場廃止となる。
また、既存市場においては、各取引所が詳細な上場審査を行い、上場後は適時開示の指導、上場適格性の確認、上場廃止の検討・決定を行うのが一般的であるが、TOKYO AIMにおいては、プロ向け市場制度という枠組みにおいて、取引所とJ-Nomadとがこれらの役割を分担して果たす仕組みを特徴としている。
特に新規上場に際しては、TOKYO AIMは上場予定会社に対する上場適格性の調査・確認機能をJ-Nomadに委ねる制度を採っている。もちろん、TOKYO AIMは最終的な上場承認権限を有するが、実務的な流れは従来の新規上場プロセスとはやや異なることになるかと思う。
このような役割の変化に関して、証券会社の一部にはやや戸惑いの声があるのも事実のようである。ロンドンAIMにおいては会計士、弁護士等へのアウトソーシング機能を上手に駆使しつつ、責任の範囲を明確にし、有効に機能しているようである。
わが国においても、今後、時間と経験を要するかもしれないが、資本市場をめぐる新しいビジネスモデルとして、TOKYO AIMに限らず、他の市場にもこのような制度が拡張していくことが期待される。
なお、J-Nomadの担い手としては、基本的には証券会社を想定しているが、ロンドンAIMでもみられるように、将来的には監査法人の参入も想定されるところである。
今般、6月11日にTOKYO AIMの指定したJ-Nomadは、次の証券会社6社となっている
(五十音順)。
・大和証券エスエムビーシー株式会社
・日興シティグループ証券株式会社
・野村證券株式会社
・みずほインベスターズ証券株式会社
・みずほ証券株式会社
・三菱UFJ証券株式会社
3.上場制度の主な特徴 TOKYO AIMは前述の「プロ向け市場制度」に基づき、ロンドンAIMの制度を大幅に取り入れながら、まったく新しい証券市場としてスタートした。
以下では、その上場制度について主な特徴を掲げる。
(1)数値基準のない上場基準 上場基準において、既存市場にみられるような株主数、時価総額、流動性比率、利益等の数値基準は一切設けず、表3のように規定した上場適格性要件に照らし、J-Nomadが会社の上場適格性を調査および確認する仕組みを導入した。
これは、ロンドンAIMの市場運営手法にならったものであり、自己責任原則に立脚したプロ向け市場という枠組みにふさわしい市場運営手法であると考えている。
数値基準を排除することによって、様々なTOKYO AIMの使い方が出てくると考えている。
たとえば、株主数基準がないという点において、上場時に資金調達を行わずに、上場のみの実現を図っておき、その後の市場動向・市況環境をみながら、しかるべきタイミングにおいて資金調達を行うという資本政策も選択可能であり、あるいは、従前は未公開・私募の世界で行ってきた資金調達をTOKYO AIMを使いながら実施することも考えられるところである。
資金調達のタイミング・規模において選択肢の幅が広がるものと期待するところである。
(2)上場審査期間の短縮・明確化 上場申請から上場承認までの期間について、原則10営業日であることを明確にしている。
既存市場では、上場審査に要する時間によってまちまちであり、最低でも2~4か月程度を要しているのが実態といえる。
TOKYO AIMでは、既存市場に比して、上場申請から上場承認までの期間を格段に短縮し、この期間を最短で10営業日とすることを明確にしている。
このことは、発行会社にとって、上場時の資金調達が市況動向に機動的に対応しやすくなる環境を整えたものといえるだろう。
(3)開示言語としての英語の許容 開示言語は、「日本語または英語」とした。TOKYO AIMは、英語のみによる上場が可能となる日本で最初の、唯一の市場である。
これは、海外企業の上場を格段に容易にしたほか、海外市場への直接上場を検討している日本企業にとっても、その選択肢を増やすことになるものと考えている。
(4)多様な会計基準の許容 会計基準は、「日本会計基準、米国会計基準、国際会計基準、その他の会計基準」としている。国際会計基準に関してはその導入について、すでに議論が行われているところではあるが、当面は国際会計基準での上場が唯一可能な日本市場となる。
会計基準については、どこの監査法人に依頼するかという問題と表裏の関係にある。
つまり、日本語、日本会計基準を求めるということは、すなわち日本の監査法人を利用するということとほぼ同義であることを意味するが、海外企業にとって、英語や中国語を不自由なく使える日本の監査法人のスタッフを確保することは、コスト面も考えると極めてハードルが高く、日本への上場について固い意思を持った企業でない限り、最初から上場対象市場としての選択肢にも入れてもらえないというのが、これまでの日本市場の実情ではなかったかと思われる。
もちろん、英語と国際会計基準を認めた結果、ただちに海外企業の上場を誘致できるということではないが、TOKYO AIMの創設により、ようやくシンガポール、香港など他の海外取引所と同じスタートラインに立てることになるのではなかろうか。
アジアの企業にとっては、英語と国際会計基準で上場準備を進め、マーケット環境や自らのビジネスの方向性を見極めながら、最終段階で上場市場を選択すれば足り、その選択肢のなかにTOKYO AIMが入ることを期待するものである。
(5)監査証明対象期間の短縮 監査証明は、直前事業年度分のみで可としている。
たとえば、東証マザーズにおいては直近2期分を求めていることに鑑みると、1年は早く上場することが可能になるものと考えられる。
また、監査基準については、日本において一般に公正妥当と認められる監査の基準またはこれと同等の基準とすることを、監査証明の作成については、監査法人によること等を有価証券上場規程施行規則において明記している。
(6)内部統制報告書提出の任意化 TOKYO AIMにおいては、内部統制報告書の提出、開示は任意としている。
既存市場においては、すでに内部統制報告書の提出が義務付けられている。TOKYO AIMの上場会社にとっても無論、内部統制が整備されているかどうかは、上場適格性の調査・確認においても重要な項目とはなるが、TOKYO AIMには、設立後間もないアーリーステージにある企業や海外企業を含め、様々な企業が上場することが想定されるため、金融商品取引法で規定される内部統制報告書の提出は任意とすることとした。
上場会社がJ-Nomadと相談しつつ、それぞれの方法で投資家に対する必要なアピールを行うことが求められる。
(7)四半期開示の任意化 四半期開示についても任意とした。
既存市場においては、2008年4月1日以後に開始する事業年度から四半期開示が義務付けられているわけであるが、TOKYO AIMにおいては、上述のとおり、様々なタイプの企業の上場が想定されることから、どのような開示手法を通じ投資家にアピールするかは各社に委ねることとし、通期・半期の開示のみを義務とすることとした。
たとえば、資源系の企業で、当面は利益が出ないものの将来的な高いリターンが魅力となるような企業においては、投資家にとって四半期開示はあまり有効ではないものと考えられる一方、外食産業等であれば、むしろ投資家は月次の売上開示を欲するかもしれない。
取引所が必要な開示の内容を考え、それを一律に義務化するということではなく、規制を最小化する一方で、上場会社を含めた市場利用者の創意工夫を最大限発揮してもらうというのがTOKYO AIMの基本姿勢である。
なお、業績予想についても既存市場においては事実上義務化されているなか、TOKYO AIMにおいてはこれを任意としている。
(8)ファイナンス時の開示項目の簡素化 特定証券情報の記載様式は、有価証券届出書の記載項目を参考にした。
これは、TOKYO AIMの開示に対する基本スタンスとして、投資家がプロであるから開示項目を大幅に減らすということではなく、むしろ投資分析・判断に必要な情報は積極的に開示すべきとの考えによるものである。
ただし、簡素化できるものは簡素化を行うという姿勢から、たとえば、①「経理の状況」については、これまでは連結・単体両方の財務諸表について直近2期分求めていたものを連結のみとする、②「主要な経営指標等の推移」(いわゆるハイライト情報)については、連結・単体直近5期分の記載から連結直近3期分のみの記載とする、③特別情報における財務諸表を求めないなどの対応を図っているところである。
以上の特徴を既存市場と比較してまとめると、表4のとおりとなる。
Ⅳ おわりに
TOKYO AIMは、国内初のプロ向け市場であるのみならず、世界を見渡しても稀な、ブランドニューなチャレンジであるといえる。
TOKYO AIMは、既存市場では満たせない様々なニーズを始め、広範囲なニーズを満たすリスクキャピタル・マーケットであり、現行の資本市場の概念を構造的に変えうるマーケットと認識される。
長期的な視点に立ち、市場の発展を目指して参る所存であるので、発行会社、投資家、市場関係者ほか、すべての関係者の方々に、より一層のご理解・ご協力をお願いする次第である。
(あらい・けいすけ)
プロ投資家向け市場「TOKYO AIM」の創設と市場および上場制度の特徴
TOKYO AIM取引所自主規制グループディレクター 荒井啓祐
Ⅰ はじめに
株式会社東京証券取引所グループ(以下「東証」という)およびLondon Stock Exchangeplc(以下「LSE」という)が合弁で設立した株式会社TOKYO AIMは5月29日、金融庁より取引所免許を取得した(免許取得後、商号を「株式会社TOKYO AIM取引所」と変更。以下、同社および同社が運営する市場を単に「TOKYO AIM」という)。これを受けて同日、指定アドバイザー規程および有価証券上場規程を含むすべての取引所規則を発表した。
取引所規則は6月1日に施行し、これに伴い、TOKYO AIMは同日より取引所業務を開始している。また、6月11日には指定アドバイザー(以下「J-Nomad」という)6社を選定し、現在、取引所業務を本格化させている。
本稿では、TOKYO AIMの制度概要を紹介するが、文中意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りしておく。
Ⅱ TOKYO AIMの創設
1.経 緯 TOKYO AIM創設までの経緯には、大きく2つの流れがある。1つはTOKYO AIMの法的基盤となる「プロ向け市場制度」の創設であり、もう1つは、ロンドン証券取引所との提携である。
(1)プロ向け市場制度の創設(金融商品取引法の改正) 「プロ向け市場制度」創設の議論は、2007年春に、経済財政諮問会議のもとに置かれたグローバル化改革専門調査会の「金融・資本市場ワーキンググループ」のなかで最初に提案されたものである。同年4月には、同ワーキンググループの第一次報告という形で具体的提言がなされ、同時期の金融審議会においても同様の議論が行われ、同年6月の「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」による提言のなかに「プロ向け市場制度」に関するより具体的内容が含まれるに至った。
これらの議論においては、一般投資家に対しては投資家保護を進める一方、参加者をプロ投資家に限定することにより、自己責任原則のもとでより自由な活動を可能とするマーケットの存在についての具体的言及がなされ、「プロ向け市場制度」という発想が出された。
これらの提言を受け、同年秋の金融審議会において、プロ向け市場に係る詳細な制度設計についての議論が行われ、12月の金融審議会金融分科会第一部会報告、金融庁「金融・資本市場競争力強化プラン」の発表、2008年3月の金融商品取引法改正法案の国会提出、同年6月の成立を踏み、改正法は6か月間の周知期間、政令・内閣府令の整備を経て12月12日に施行されるに至った。
なお、改正法において導入された「プロ向け市場制度」の概要は、表1のとおりである。

(2)ロンドン証券取引所(LSE)との提携 国際的な取引所の合従連衡が活発化する昨今、東証も海外の取引所との連携を常に模索していた。そのようななか、2007年2月に、LSEとGrowth marketに関するいくつかの事項について共同で検討を進める旨の合意に至った。
その後、議論は本格的に進展し、「プロ向け市場制度」を利用しつつ、ロンドンAIMをモデルとした新しい取引所を合弁にて創設することで2007年10月に合意、公表に至った。
アジアへの橋頭堡を築きたいLSEと国際市場への新たな第一歩を踏み出したい東証の意向が、今般のTOKYO AIMの創設という具体的な形において一致をみたということとなる。
2.わが国資本市場の課題とTOKYO AIM TOKYO AIMは、現行のわが国資本市場に対する次の3つの課題を解決することを意識しつつ、創設されることとなった。
(1)ファンディングギャップの存在 1つ目は、資金調達側と供給側のニーズの乖離、いわゆる「ファンディングギャップ」の存在である。
企業においては、世界的な信用不安が高まるなか、エクイティファイナンスによる資金調達ニーズが高まっているが、現行のわが国資本市場においてこれらのニーズに応える環境にはない。
他方、投資家においても、投資先として将来的に高いリターンが期待できる企業を見出しにくい状況にあるといえる。
(2)国際的な市場としての存在感の低下 2つ目は、日本の資本市場が海外企業の資金調達の場としての存在感をまったく発揮できていないという点である。
ピーク時には127社を数えた東証外国企業の上場も現在ではわずか15社(2009年6月末現在)を数える状況にある。
(3)新興市場におけるボラティリティの高さ 3つ目は、新興市場といわれるマーケットのボラティリティの高さである。
東証第一部市場における投資家の売買状況は、個人投資家が30%弱であるのに対し、マザーズ、JASDAQ、ヘラクレス等のいわゆる新興3市場においてはいずれも80%に迫る水準にある。個人投資家は通常、短期的な売買を繰り返す傾向にもあることから、これら新興3市場の株価変動幅は極めて大きくなる傾向にある。
また、新規上場直後に価格・売買高ともピークを迎えてしまうことも多く、企業側からすれば上場後の資金調達が困難となっている情勢にあるといえる。
このような点は、成長資金の調達市場としての本来の新興市場の役割を必ずしも果たすものとはいえない面を有している。
Ⅲ TOKYO AIMの特徴
1.プリンシプルベースの考え方に基づく規則の運用 TOKYO AIMは、主要規則である、「指定アドバイザー規程」および「有価証券上場規程」のそれぞれの第1条(目的)において、「当取引所は、プリンシプルベースの考え方に基づき、この規程を運用する。」と規定していることにも表象されるように、制度運用にあたり、各規程の条項の趣旨ないしはそれらの条項に関連する原則的な事項を定めた条項の趣旨に沿って、個々のケースに応じて、機動的・適切な判断を行いつつ市場運営を行うことを基本思想としている。
市場の透明性・公正性を確保するという観点を踏まえることはもちろんであるが、このような「プリンシプルベースの考え方」において市場運営を図ることにより、TOKYO AIMにおいては、わかりやすい簡素な規則とプロ向け市場にふさわしい市場参加者による自律的な市場秩序の両立が実現できるものと考えている。
2.J-Nomad制度の導入 Nomad制度は、ロンドンAIMにおける市場運営手法の根幹をなす制度として機能しているが、TOKYO AIMでは、ロンドンAIMを参考として、J-Nomad制度を導入している。
J-Nomadとは、証券会社などコーポレート・ファイナンスに関わる専門家が、TOKYO AIMからの指定を受けて、その役割・機能を担うものである。J-Nomadは、新規上場時のみならず、上場後においても上場会社に対する上場適格性の維持に係る助言・指導義務を負う。
表2のとおり、J-Nomadは新規上場にあたり、新規上場申請者の上場適格性を調査・確認し、また上場後においては、適時開示等の担当上場会社の義務履行をフォローする義務を負う。

新規上場および上場維持のためには、上場会社はJ-Nomadとの間でJ-Nomad契約を締結していることが必須であり、J-Nomadを失った場合(J-Nomadとの契約関係を失った場合)には一定期間経過後に上場廃止となる。
J-Nomadは、J-Nomad契約を解消する場合には、担当上場会社に対し1か月以上前に事前催告を行う必要があり、上場会社はJ-Nomadとの契約関係を失った時点で整理銘柄に指定されることになる。整理銘柄に指定の後、8営業日目の午後3時までに新たなJ-Nomad契約が締結されない場合には、整理銘柄への指定後、11営業日目に上場廃止となる。
また、既存市場においては、各取引所が詳細な上場審査を行い、上場後は適時開示の指導、上場適格性の確認、上場廃止の検討・決定を行うのが一般的であるが、TOKYO AIMにおいては、プロ向け市場制度という枠組みにおいて、取引所とJ-Nomadとがこれらの役割を分担して果たす仕組みを特徴としている。
特に新規上場に際しては、TOKYO AIMは上場予定会社に対する上場適格性の調査・確認機能をJ-Nomadに委ねる制度を採っている。もちろん、TOKYO AIMは最終的な上場承認権限を有するが、実務的な流れは従来の新規上場プロセスとはやや異なることになるかと思う。
このような役割の変化に関して、証券会社の一部にはやや戸惑いの声があるのも事実のようである。ロンドンAIMにおいては会計士、弁護士等へのアウトソーシング機能を上手に駆使しつつ、責任の範囲を明確にし、有効に機能しているようである。
わが国においても、今後、時間と経験を要するかもしれないが、資本市場をめぐる新しいビジネスモデルとして、TOKYO AIMに限らず、他の市場にもこのような制度が拡張していくことが期待される。
なお、J-Nomadの担い手としては、基本的には証券会社を想定しているが、ロンドンAIMでもみられるように、将来的には監査法人の参入も想定されるところである。
今般、6月11日にTOKYO AIMの指定したJ-Nomadは、次の証券会社6社となっている
(五十音順)。
・大和証券エスエムビーシー株式会社
・日興シティグループ証券株式会社
・野村證券株式会社
・みずほインベスターズ証券株式会社
・みずほ証券株式会社
・三菱UFJ証券株式会社
3.上場制度の主な特徴 TOKYO AIMは前述の「プロ向け市場制度」に基づき、ロンドンAIMの制度を大幅に取り入れながら、まったく新しい証券市場としてスタートした。
以下では、その上場制度について主な特徴を掲げる。
(1)数値基準のない上場基準 上場基準において、既存市場にみられるような株主数、時価総額、流動性比率、利益等の数値基準は一切設けず、表3のように規定した上場適格性要件に照らし、J-Nomadが会社の上場適格性を調査および確認する仕組みを導入した。

数値基準を排除することによって、様々なTOKYO AIMの使い方が出てくると考えている。
たとえば、株主数基準がないという点において、上場時に資金調達を行わずに、上場のみの実現を図っておき、その後の市場動向・市況環境をみながら、しかるべきタイミングにおいて資金調達を行うという資本政策も選択可能であり、あるいは、従前は未公開・私募の世界で行ってきた資金調達をTOKYO AIMを使いながら実施することも考えられるところである。
資金調達のタイミング・規模において選択肢の幅が広がるものと期待するところである。
(2)上場審査期間の短縮・明確化 上場申請から上場承認までの期間について、原則10営業日であることを明確にしている。
既存市場では、上場審査に要する時間によってまちまちであり、最低でも2~4か月程度を要しているのが実態といえる。
TOKYO AIMでは、既存市場に比して、上場申請から上場承認までの期間を格段に短縮し、この期間を最短で10営業日とすることを明確にしている。
このことは、発行会社にとって、上場時の資金調達が市況動向に機動的に対応しやすくなる環境を整えたものといえるだろう。
(3)開示言語としての英語の許容 開示言語は、「日本語または英語」とした。TOKYO AIMは、英語のみによる上場が可能となる日本で最初の、唯一の市場である。
これは、海外企業の上場を格段に容易にしたほか、海外市場への直接上場を検討している日本企業にとっても、その選択肢を増やすことになるものと考えている。
(4)多様な会計基準の許容 会計基準は、「日本会計基準、米国会計基準、国際会計基準、その他の会計基準」としている。国際会計基準に関してはその導入について、すでに議論が行われているところではあるが、当面は国際会計基準での上場が唯一可能な日本市場となる。
会計基準については、どこの監査法人に依頼するかという問題と表裏の関係にある。
つまり、日本語、日本会計基準を求めるということは、すなわち日本の監査法人を利用するということとほぼ同義であることを意味するが、海外企業にとって、英語や中国語を不自由なく使える日本の監査法人のスタッフを確保することは、コスト面も考えると極めてハードルが高く、日本への上場について固い意思を持った企業でない限り、最初から上場対象市場としての選択肢にも入れてもらえないというのが、これまでの日本市場の実情ではなかったかと思われる。
もちろん、英語と国際会計基準を認めた結果、ただちに海外企業の上場を誘致できるということではないが、TOKYO AIMの創設により、ようやくシンガポール、香港など他の海外取引所と同じスタートラインに立てることになるのではなかろうか。
アジアの企業にとっては、英語と国際会計基準で上場準備を進め、マーケット環境や自らのビジネスの方向性を見極めながら、最終段階で上場市場を選択すれば足り、その選択肢のなかにTOKYO AIMが入ることを期待するものである。
(5)監査証明対象期間の短縮 監査証明は、直前事業年度分のみで可としている。
たとえば、東証マザーズにおいては直近2期分を求めていることに鑑みると、1年は早く上場することが可能になるものと考えられる。
また、監査基準については、日本において一般に公正妥当と認められる監査の基準またはこれと同等の基準とすることを、監査証明の作成については、監査法人によること等を有価証券上場規程施行規則において明記している。
(6)内部統制報告書提出の任意化 TOKYO AIMにおいては、内部統制報告書の提出、開示は任意としている。
既存市場においては、すでに内部統制報告書の提出が義務付けられている。TOKYO AIMの上場会社にとっても無論、内部統制が整備されているかどうかは、上場適格性の調査・確認においても重要な項目とはなるが、TOKYO AIMには、設立後間もないアーリーステージにある企業や海外企業を含め、様々な企業が上場することが想定されるため、金融商品取引法で規定される内部統制報告書の提出は任意とすることとした。
上場会社がJ-Nomadと相談しつつ、それぞれの方法で投資家に対する必要なアピールを行うことが求められる。
(7)四半期開示の任意化 四半期開示についても任意とした。
既存市場においては、2008年4月1日以後に開始する事業年度から四半期開示が義務付けられているわけであるが、TOKYO AIMにおいては、上述のとおり、様々なタイプの企業の上場が想定されることから、どのような開示手法を通じ投資家にアピールするかは各社に委ねることとし、通期・半期の開示のみを義務とすることとした。
たとえば、資源系の企業で、当面は利益が出ないものの将来的な高いリターンが魅力となるような企業においては、投資家にとって四半期開示はあまり有効ではないものと考えられる一方、外食産業等であれば、むしろ投資家は月次の売上開示を欲するかもしれない。
取引所が必要な開示の内容を考え、それを一律に義務化するということではなく、規制を最小化する一方で、上場会社を含めた市場利用者の創意工夫を最大限発揮してもらうというのがTOKYO AIMの基本姿勢である。
なお、業績予想についても既存市場においては事実上義務化されているなか、TOKYO AIMにおいてはこれを任意としている。
(8)ファイナンス時の開示項目の簡素化 特定証券情報の記載様式は、有価証券届出書の記載項目を参考にした。
これは、TOKYO AIMの開示に対する基本スタンスとして、投資家がプロであるから開示項目を大幅に減らすということではなく、むしろ投資分析・判断に必要な情報は積極的に開示すべきとの考えによるものである。
ただし、簡素化できるものは簡素化を行うという姿勢から、たとえば、①「経理の状況」については、これまでは連結・単体両方の財務諸表について直近2期分求めていたものを連結のみとする、②「主要な経営指標等の推移」(いわゆるハイライト情報)については、連結・単体直近5期分の記載から連結直近3期分のみの記載とする、③特別情報における財務諸表を求めないなどの対応を図っているところである。
以上の特徴を既存市場と比較してまとめると、表4のとおりとなる。

Ⅳ おわりに
TOKYO AIMは、国内初のプロ向け市場であるのみならず、世界を見渡しても稀な、ブランドニューなチャレンジであるといえる。
TOKYO AIMは、既存市場では満たせない様々なニーズを始め、広範囲なニーズを満たすリスクキャピタル・マーケットであり、現行の資本市場の概念を構造的に変えうるマーケットと認識される。
長期的な視点に立ち、市場の発展を目指して参る所存であるので、発行会社、投資家、市場関係者ほか、すべての関係者の方々に、より一層のご理解・ご協力をお願いする次第である。
(あらい・けいすけ)
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