解説記事2011年01月17日 【最新判決研究】 粉飾経理に係る棚卸商品過大計上損の帰属時期と減額更正の期間制限(2011年1月17日号・№386)
最新判決研究
粉飾経理に係る棚卸商品過大計上損の帰属時期と減額更正の期間制限
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
東京地裁平成21年(行ウ)第380号
平成22年9月10日判決
一、事実
(1)X会社(原告)は、農薬等の販売を業とする青色申告法人の株式会社であるが、次の各事業年度において、棚卸資産について次の各金額を実際の額よりも過大に計上し(以下「本件粉飾」という。)、それぞれ法人税の確定申告をした。
平成10年9月期 1億円
平成11年9月期 6億円
平成12年9月期 2億 500万円
平成13年9月期 5億9,500万円
平成14年9月期 4億5,300万円
合計 19億5,300万円
その後、X会社は、事業年度を12月決算に変更し、平成14年12月期分法人税について、本件粉飾に係る棚卸資産過大計上分19億5,300万円を損益計算書の特別損失の項目に棚卸商品過大計上損の科目で計上し(以下この損失を「本件損失」という。)、これを損金の額に計上し、翌期に繰り越すべき欠損金の額を25億2,172万円余として、確定申告をした。
次いで、X会社は、平成15年12月期分法人税について、繰越欠損金22億2,123万円余を控除し、所得金額0円、翌期へ繰り越す欠損金の額を3億49万円余として確定申告をし、平成16年12月期分法人税について、繰越欠損金2億6,673万円余を控除し、所得金額0円、翌期への繰り越す欠損金の額を3,375万円余として確定申告をした(その後、X会社は、平成15年12月期分法人税について、翌期へ繰り越す欠損金の額を3,375万円余減額する修正申告を行っている。)。
(2)これに対し、処分行政庁は、平成17年7月、税務調査(以下「前回調査」という。)を行い、顧問税理士から本件粉飾について説明を受けたが、平成14年12月期分法人税の申告について修正申告を慫慂しなかった。その後、処分行政庁は、X会社が平成15年12月期分法人税の修正申告をした後、平成17年9月28日付で、平成16年12月期分法人税について、翌期へ繰り越すべき欠損金の額を1,986万円余とする更正処分(以下「前回更正」という。)をした。
次いで、処分行政庁は、平成19年10月、税務調査(以下「今回調査」という。)を実施し、平成14年12月期分法人税について、本件損失が損金の額に算入できないことを説明し、修正申告を慫慂した。しかし、X会社は、これに応じなかった。
そこで、処分行政庁は、平成19年11月28日付で、平成14年9月期分法人税について、当期の粉飾金額4億5,300万円を認容する減額更正(以下「平成14年9月期更正」という。)をし、平成14年12月期分法人税について、本件損失の損金算入を否認する更正(以下「平成14年12月期更正」という。)と平成16年12月期分法人税について所得金額2億6,022万円余とする更正(以下「平成16年12月期更正」といい、平成14年12月期更正と併せて以下「本件各更正」という。)等をした。
X会社は、本件各更正を不服として、審査請求を経て、国(被告)に対し、本件各更正の取消しを求めて本訴を提起した。
なお、本件各更正が行われた平成19年11月28日段階では、平成15年12月期については3年の期間制限により、平成13年9月期以前については5年(減額)の期間制限により、それぞれ更正は行われなかったが、本件の争点と直接関係のない平成17年12月期及び平成18年12月期について、所要の更正等が行われている。
二、争点と当事者の主張
1 争 点
(1)平成14年12月期更正の違法性 本更正が、国税通則法70条、法人税法21条、57条、129条2項(注:現行1項、以下同じ。)、130条の各規定に違反し、かつ、信義則に違反するか。
(2)平成16年12月期更正の違法性 本更正が、実質的には、更正の期間制限を徒過している平成15年12月期分法人税について更正を行ったことになるか。
なお、上記争点のほか、本件の裁決についてもその違法性が争われているが、本稿では省略する。
2 X会社の主張
(1)平成14年12月期更正の違法性 イ 更正の期間制限について規定した国税通則法の規定の適用については、平成16年改正法附則17条により、改正前通則法70条が適用されるから、同条1項により、その更正期限は法定申告期限から3年であり、平成14年12月期更正は、この期限を徒過してされたものである。
また、平成14年12月期更正のうち、損失額を15億円増加させる部分は、国税通則法70条2項に定める更正の期間制限を徒過したもので違法である。
ロ 処分行政庁は、本件損失のうち平成14年9月期の4億5,300万円については同期のX会社の損失金として所得金額から減算する更正をしたが、残りの15億円については、その損失金が生じた各事業年度ごとに更正せず、平成14年12月期更正において一括更正したものである。したがって、平成14年12月期更正は、法人税法21条に違反する違法な処分である。
ハ 本件損失は、平成14年12月期の事業年度開始前5年以内の事業年度に生じた法人税法57条1項に規定する欠損金額(以下「青色欠損金」という。)であり、同条により翌期以後の各事業年度の所得から控除できる欠損金(純損失)であるから、過年度に生じた損失であるとして損金計上を認めなかった平成14年12月期更正は、同条に違反する違法な処分である。
ニ 法人税法129条2項は、事実を仮装して経理した法人が修正経理をした確定申告書を提出するまでは、減額更正をしないことができると規定しているが、更正してはならないとは規定していないところ、処分行政庁は、前回調査において、本件粉飾の事実を知ったのであるから、これを指摘して修正申告させる義務があったのに、これを怠っていたのであり、法人税法129条2項を適用して平成14年12月期更正をすべきであった。それにもかかわらず、法人税法22条3項を適用してされた平成14年12月期更正は、法令の適用を誤った違法なものである。
ホ 平成14年12月期更正については、その理由として「貴法人備え付けの帳簿書類を調査した結果所得金額の計算に誤りがあると認められる。」と記載されているが、今回調査においては、平成14年12月期の帳簿書類等の資料の提出を求められたことはなく、何ら調査はされていない。したがって、平成14年12月期更正は、法人税法130条1項及び2項に違反する違法な処分である。
ヘ 処分行政庁は、前回調査において、本件損失が棚卸商品を過大計上し課税標準を超えた金額を仮装経理して所得金額を過大に申告したものである事実及びそれらの事情や経緯を十二分に確認し、それに基づいて、平成14年12月期及び平成15年12月期の修正申告を求め、X会社は、これに応じて修正申告書を提出した。しかし、処分行政庁は、前回調査の結果、X会社に本件損失に係る修正は求めておらず、かえって、平成16年12月期についての減価償却費の償却超過額のうち、当該事業年度に係る償却限度額709万円余を損金の額に算入し、所得金額から減算する更正処分をしているが、これは、本件損失を平成14年12月期の損金と認めた上での処理であり、X会社の扱いを容認していたものである。したがって、これは処分行政庁による公式見解の表示に当たる。
そして、X会社は、平成14年12月期に本件損失を計上した処理が認められたと信じ、損金処理が正当であると認識していたので、その後もこれに基づき期限内申告及び納税を続けてきた。ところが、処分行政庁は、前回調査から2年3か月も経過し、更正期限が近付いた平成19年11月28日に本件各処分をしているのであって、これは、X会社の信頼を裏切る不誠実な処分であり、納税者であるX会社に不利益を招くものである。これは、信義誠実の原則に反する。
(2)平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期更正は、平成15年12月期の繰越欠損金を0円としてされたものである。ところが、X会社は、平成15年12月期分法人税の申告は、次期に繰り越す欠損金の額を2億5,988万円余としており、平成15年12月期分法人税については、何ら更正がされていない。そうすると、平成16年12月期更正は既に国税通則法70条1項による更正期限を過徒している平成15年12月期の法人税について更正を行ったことになり、違法であるから、平成16年12月期更正及び過少申告加算税の賦課決定は取り消されるべきである。
3 国の主張
(1)平成14年12月期更正の違法性 イ 平成14年12月期更正は、欠損金額を25億2,004万円余から5億6,704万円余に減少させたものであるところ、これらはそもそも平成14年12月期の欠損金額であり、同期の純損失等の金額であるから、平成14年12月期の「純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正」(通法70②三)に該当する。そして、平成14年12月期は、平成14年10月1日に開始していることから、更正に係る期間制限については、平成16年改正法附則17条2項により、改正後通則法70条2項が適用される。
そうすると、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の法定申告期限である平成15年2月28日から7年を経過する日である平成22年2月28日まですることができることとなり、同更正が平成19年11月28日にされていることから、更正の期間内に行われた適法なものである。
ロ 法人税法21条は、法人税の課税標準の意義を明らかにした規定にすぎず、前記3(編注・略)のとおり、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の所得の金額を課税標準としたものであるから、同条の規定に違反した処分ではない。
ハ 法人税法57条にいう「欠損金額」とは、各事業年度の所得の金額の計算において認識されるべきものであり、X会社が本件粉飾を是正するために計上した本件損失が青色欠損金でないことは明らかである。したがって、X会社の主張は失当である。
ニ 法人税法129条2項は、課税標準等が仮装経理により過大になっている場合には、粉飾決算を防止する観点から、更正をしないことを認めた条文であり、逆に、同条項の規定に基づいて更正をする権限を税務署長に認めた規定ではないし、更正をする場合であっても、その減額更正は法人税法22条3項の規定を根拠とするものである。そうすると、職権による減額更正が処分行政庁の裁量である以上、X会社が主張するように、前回調査時に処分行政庁が本件粉飾の事実を認識していたことが、処分行政庁が減額更正をしなければならない理由にはならない。
ホ 今回調査担当職員は、前回調査においてX会社から提出された資料をX会社らに示し、当該書類の記載事実に間違いのないこと及び当該書類に基づいて平成14年12月期の損金の額に棚卸商品過大計上損として本件損失の額を算入したことを確認した上で、X会社らに対し、本件損失の額が損金の額に算入できないことを説明している。
そうすると、今回調査に基づいて行った平成14年12月期更正は、帳簿書類の調査を行ったものであることが明らかであるから、法人税法130条1項に反した違法は認められない。
ヘ 前回調査時に粉飾決算に係る関係書類を前回調査担当職員に手交した事実があるとしても、X会社は職権による減額更正を求めておらず、また、処分行政庁がX会社に対し減額更正をすることを約束した等の特段の事情もない。そうすると、職権により更正処分をするかどうかは、処分行政庁の裁量に属することであるから、平成13年9月期以前の申告について減額更正がされなかったとしても、信義則上の問題は生じない。
(2)平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期の繰越欠損金の当期控除額を0円として更正したことは、法人税法上の所得金額の計算規定に従って行われたものであるから、適法である。また、平成15年12月期の申告については何ら更正を行っていない。
三、判決要旨
請求棄却。
1 平成14年12月期更正の違法性 (1)法人税の課税標準等及び税額等は、確定した決算に基づく法人の各事業年度の所得の金額等を申告することにより確定するが、税務署長は、申告された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったときなどは、納税者による修正申告又は税務署長による更正により、適正な課税標準等及び税額等に是正することとされている。
しかし、利益がないにもかかわらず利益があるように仮装する経理処理(仮装経理)を行ういわゆる粉飾決算をした法人が、仮装経理に基づく過大申告をした場合については、法人税法129条2項は、税務署長は、当該法人がその後の事業年度の確定した決算において修正の経理をし、これに基づく確定申告書が提出されるまで更正しないことができることとし、また、減額更正処分がされた後の還付方法についても、法人税法70条及び134条の2において、全額を一時に還付することなく、更正の日の属する事業年度前1年間の各事業年度の法人税相当額だけを還付し、残額はその減額更正を行った事業年度の開始の日以後5年以内に開始する事業年度の法人税額から順次控除することとされている。これは、自ら粉飾決算をして意識的に多く納めた税金を、還付加算金を付して一時に還付するということは、数年間の税金を一時に還付するという点において財政を不安定にするおそれがあるのみならず、申告納税制度の本旨からみても好ましくないこと、また、粉飾決算をなくして真実の経理公開を確保しようという要請とも相容れないものであることから、粉飾決算をした法人が自ら仮装経理状態を是正するまでは減額更正を留保し、また、還付についても通常の場合より不利に扱うことにするとともに、その是正方法も一定の厳格な方法によって過去の事業年度の経理を修正した事実を明確に表示することを義務付け、その負担により、財政の安定を図ると同時に粉飾決算を未然に防止することをも目的とするものと解される。
(2)内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金に算入すべき金額については、法人税法22条3項が規定しており、同項1号は、「当該事業年度の収益に係る売上原価」を損金に算入すべきものとしているところ、本件損失は、平成10年9月期から平成14年9月期までの各事業年度の売上原価で当該各事業年度において損金に算入しなかったものであるから、「平成14年12月期の収益に係る売上原価」に該当しないことは明らかである。また、X会社が平成14年12月期において、本件損失すべてを棚卸商品過大計上損として計上する財務会計上の修正の経理をしたとしても、当該事業年度においてこれに相当する損失が生じているわけではないから、本件損失は、同項3号にいう「当該事業年度の損失」には該当しない。さらに、本件損失が平成14年12月期の費用の販売費、一般管理費その他の費用(同項2号)に該当しないことは明らかである。
したがって、本件損失は平成14年12月期の損失に該当せず、これを当該事業年度の損金に算入されるべきものでないとした処分行政庁の判断は正当なものであると認めることができる。
(3)国税通則法70条2項の規定は、平成16年に改正されたところ、純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正の期間制限について、平成16年改正前国税通則法は、当該更正に係る国税の法定申告期限から5年を経過する日としていたが、改正後国税通則法は、これを7年と規定するものとなり、当該規定は、改正法附則17条2項により、平成13年4月1日以後に開始した事業年度において生じた純損失等の金額について適用されることとされた。
そして、平成14年12月期は、平成14年10月1日から同年12月31日までの事業年度であり、その法定申告期限は平成15年2月28日である(法人税法74条1項参照)から、その更正に係る期間制限については、改正後国税通則法70条2項が適用され、その期間は7年で、更正の期限は平成22年2月28日までということになる。そして、平成14年12月期更正は、前記のとおり、平成19年11月28日にされているのであるから、更正の期間制限内にされたものであるということができる。
したがって、平成14年12月期更正が国税通則法70条2項に違反するというX会社の主張は、採用できない。
(4)平成14年12月期更正は、X会社の平成14年12月期の課税標準である所得の金額を算出するに当たり、損金に算入されていた本件損失が、当該事業年度の損金に算入されるべきでないとし、これを減算して当該事業年度の所得の金額を算出し、それを当該事業年度の課税標準としたものであり、その判断は相当なものであって、法人税法21条に違反するものではない。
X会社は、平成14年12月期更正は過年度分を一括更正したものであるかのような主張をするが、上記に照らせば、そのようなものではないことは明らかである。また、X会社は、本件損失については、平成10年9月期から平成14年9月期までの粉飾決算を行った各事業年度の損金に各事業年度における粉飾決算に係る損失額を算入して課税標準を算出すべきであるということを前提に上記主張をしているものとも解されるところ、そのようにしてX会社に有利に過去の申告の是正を求めるための方法として、更正の請求の手続(通法23)がある。ところが、X会社は、上記各事業年度の法人税に係る確定申告につき更正の請求をしておらず、かつ、更正の請求をすることができる期間(法定申告期限から1年以内)を経過していることが明らかである。それにもかかわらず、X会社が平成14年12月期に係る法人税の確定申告において行ったように、上記各事業年度の後の事業年度である平成14年12月期において、本件損失をまとめて計上することを認めることは、そのようにして更正の請求に代替する手段を認めることになり、国税通則法が更正の請求の制度を設け、その期間制限を設けたことと相容れないものというべきである。
(5)法人税法57条1項は、青色申告法人について欠損金額の繰越控除ができる場合について規定しているところ、同条1項にいう繰越控除が認められる青色欠損金とは、「欠損金額」が同法2条19号において、「各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう。」と定義されていることから明らかなとおり、各事業年度の所得の金額の計算において算出されるべきものである。
ところが、本件損失は、平成10年12月期から平成14年9月期までの間に生じたものであり、X会社は、本件粉飾決算を是正するためにこれを平成14年12月期において一括して損金として計上したものであるから、これは、平成14年12月期において生じた損金ではない。したがって、本件損失は、平成14年12月期において法人税法57条1項により繰越控除が認められる欠損金額に当たらないことは明らかである。
(6)平成14年12月期更正は、本件損失が平成14年12月期の損金の額に算入すべき金額である当該事業年度の収益に係る売上原価に当たらないことを理由とするものであり、法人税法22条3項に基づくものということができるから、平成14年12月期更正に法令適用の誤りはないというべきである。
これに対し、X会社が平成14年12月期更正に適用されるべきであると主張する法人税法129条2項は、前記のとおり、粉飾決算をした法人については、税務署長は、当該法人が修正の経理をしてこれに基づく確定申告書が提出するまで更正しないことができる旨を規定したもので、粉飾決算をした法人についての更正の根拠規定となるものではないというべきであり、ましてや、税務署長に更正処分を義務付けた規定と解することはできない。また、同項は、粉飾決算をした事業年度の申告に係る更正について規定したものであり、粉飾決算をした後の修正の経理をした事業年度の申告に係る更正について規定したものではないことも明らかである。
したがって、平成14年12月期更正を法人税法129条2項に基づき行うべきであるとするX会社の主張は採用できない。
なお、X会社の主張が、前回調査時において、法人税法129条2項に基づく更正をすべきであったとするものであったとしても、上記のとおり、同項は、税務署長による更正の根拠規定や義務付け規定ではなく、同項により処分行政庁の更正が義務付けられることはないというべきであるし、そのことをおくとしても、仮に処分行政庁が前回調査時に本件粉飾の事実を認識していたとしても、更正をするかどうかは処分行政庁の裁量に属する事項であって、処分行政庁が更正をしなかったことが違法であるということはできないというべきである。
(7)法人税法130条1項の規定の趣旨によれば、当該事業年度の帳簿書類のうち当該更正の内容と整合しない部分について調査しないでした更正処分は、違法となる余地があるというべきである。
しかしながら、証拠及び弁論の全趣旨によれば、今回調査担当職員は、今回調査において、平成14年12月期の確定申告書及びそれに添付された損益計算書並びに前回調査においてX会社から提出された資料を調査しているところ、上記損益計算書の特別損失の項目に棚卸商品過大計上損として計上されていた金額が、平成10年9月期から平成14年9月期までの間の各事業年度において、棚卸商品として過大に計上したものに相当する金額であること及び同金額が上記確定申告書において損金に算入されていることを確認したことが認められるから、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の帳簿書類を調査した上で行われたものであるということができ、法人税法130条1項に違反するものではないと認めることができる。X会社は、X会社事務所で行われた今回調査においてX会社に備え付けられた平成14年12月期に係る帳簿書類を改めて調査しなかったことをもって法人税法130条1項違反があった旨主張するようであるが、前記のとおりの同項の趣旨に照らせば、たとえそれが前回調査の際に入手したものであったとしても、X会社から提出された当該事業年度の帳簿書類を調査している以上、帳簿書類の調査をしないという違法があったということはできない。
(8)信義則の法理は法の一般原理であるが、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、同法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等や公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用を考えるべきものである。そして、上記の特別の事情の存在が認められるためには、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、納税者がその表示を信頼して行動したところ、後に上記表示に反する課税処分により経済的不利益を受けたこと並びに上記信頼及びこれに基づく行動につき納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解するのが相当である(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事第152号93頁)。
そして、上記のように信義則の適用につき慎重であるべき租税法律主義の特質を考慮すれば、様々な状況の下で行われる税務職員の見解の表示のすべてが信頼の対象となる公的見解の表示となるものでないことはいうまでもなく、納税者はもともと自己の責任と判断の下に行動すべきものであることからすれば、信頼の対象となる公的見解の表示であるというためには、少なくとも、税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解の表示であることが必要であるというべきである。
ところが、X会社が主張するところの、前回調査の結果本件損失を平成14年12月期の損金に計上することについて修正を求められなかったこと並びに他の理由による平成14年12月期等に係る修正申告の慫慂及び前回更正がされたことは、本件損失に関する平成14年12月期における本件損失の処理を正当なものとして容認する内容の税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解の表示であるとは認められない。
2 平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期更正は、前記のとおり、平成16年12月期における繰越欠損金の当期控除額が、前回更正における2億5,988万円余から0円に減少することを理由とするものである。
そして、証拠によれば、平成13年9月期の確定申告における翌期へ繰り越す欠損金の額は0円であることが認められるところ、平成14年12月期における翌期へ繰り越す欠損金の額は、前提のとおり平成14年9月期更正及び平成14年12月期更正により、10億2,172万円余となる。
上記の平成14年12月期繰越欠損金は、法人税法57条により、まず平成15年12月期の所得金額から控除されるところ、平成15年12月期における繰越欠損金の控除前における所得金額(平成15年12月期修正申告後のもの)は、平成15年12月期修正申告における繰越欠損金の当期控除額と同額であるから、その金額は、前提事実のとおり、22億4,198万円余である。
したがって、上記の平成15年12月期における所得金額22億4,198万円余から平成14年12月期における繰越欠損金10億2,172万円余を控除すると、平成15年12月期における翌期へ繰り越す欠損金の額は0円となる。よって、平成16年12月期における繰越欠損金の額を0円とした平成16年12月期更正は、正当なものであると認めることができる。
四、解説
本件は、過年度の粉飾経理(本件粉飾)によって生じた架空棚卸商品を当該粉飾経理最終事業年度の翌年度において一括して「棚卸商品過大計上損」(本件損失)として特別損失に計上したことに対し、当該計上損の損金算入を否認する更正等の適否が争われたものである。
本件のような粉飾経理が行われ、それを後年度において修正して当該修正損を損金処理をする場合には、当該修正の方法、当該修正損の帰属年度、当該修正の時期によっては減額更正をし得る期間制限との関係等が問題となる。また、本件においては、訴訟の対象となった各事業年度に係る税務調査(今回調査)前に税務調査(前回調査)が行われ、その段階では粉飾経理についてなんら指摘がされなかった場合には、X会社が主張するような信義則の適用、更正の理由の内容等も問題となり得るとも考えられる。
いずれにしても、粉飾経理それ自体は、企業経営上の必要悪とさえ言われているところであるが、粉飾経理の修正等については、法人税法上の特例が設けられているところであるので、当該修正を誤ると不測な損失を被ることになる。また、当該修正等の不手際に顧問税理士が関わると、当該税理士に対して、損害賠償請求事件が惹起されることもある(注1)。そこで、本稿においては、それらの諸問題について検討し、本判決の当否を検証することとする。
1 所得金額計算の通則と繰越欠損金 (1)法人税法上、法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人の課税標準は、「各事業年度の所得の金額」である(法法21)。そして、法人の各事業年度の所得の金額は、「当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額」である(法法22①)。
この場合、各事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売等の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額である(法法22②)。また、本件で問題となる各事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、①当該事業年度の収益に係る売上原価等の原価の額、②当該事業年度の販売費等の費用の額及び③当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの、である(法法22③)。
以上のような所得金額の計算に関し、「所得」とは、全ての経済的利得の増加であると観念する包括的所得概念(又は純資産増加説)を意味するものと解されている(注2)。したがって、「益金」とは、純資産増加の原因となるべき一切のものをいい(注3)、「損金」とは、純資産減少の原因となるべき一切のものをいう(注4)、と解される(注5)。
また、各事業年度の益金の額又は損金の額に算入すべきものは、「所得の金額」が各事業年度ごとに期間的に計算されることに照らし、当該事業年度に生じた各取引に係る収益の額又は当該事業年度に生じた各取引に係る原価の額、費用の額及び損失の額に限られるものと解される。すなわち、それらの額の帰属年度が、所得金額計算の重要な要素となる。換言すると、当該事業年度に帰属しない原価の額等は、当該事業年度の益金の額又は損金の額を構成しないことになる。
(2)次に、本件で問題となる損金の額については、その別段の定めの一つとして、繰越欠損金控除制度がある。すなわち、X会社のような青色申告法人については、「確定申告書を提出する内国法人の各事業年度開始の日前7年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額(〈略〉)がある場合には、当該欠損金額に相当する金額は、当該各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。」(法法57①)と定められている(注6)。これは、前述の所得金額を期間的に計算することの大きな例外である。
そして、この場合の「欠損金額」とは、「各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう。」(法法2一九)と定められている。したがって、この欠損金額は、「当該事業年度の損金の額」と「当該事業年度の益金の額」の差額概念として把握されるものであって、本件損失のように、「当該事業年度の損金の額に算入すべきものでないもの」が含まれている場合には、当該損失の額は本来の「欠損金額」から排除されるものと解される。
(3)このような法人税法上の所得金額の計算規定に関し、X会社は、平成14年12月期更正が、本件損失を当該事業年度の損金の額に算入しなかったことは法人税法21条に違反し、かつ、本件損失が平成14年12月期の損金額であるにもかかわらず損金額算入を否定したのは法人税法57条に違反する旨主張する。
これに対し、本判決は、平成14年12月期更正について、前述のように、本件損失が平成14年12月期の損金の額に算入されないものであるから、法人税法21条の規定に違反するものではなく、また、本件損失が平成14年12月期において生じたものではないから同法2条19号にいう「欠損金額」に当たらず、同法57条の欠損金額の繰越控除の対象にならない旨判示した。
このような判断は、前記(1)及び(2)において述べた法人税の所得金額の計算規定とその解釈論に照らし、相当なものであると解される。
2 税務署長の更正権限と粉飾経理の場合の特例 (1)我が国の法人税については、申告納税方式が採用されており、同方式により税額が確定される。申告納税方式とは、「納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長又は税関長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長又は税関長の処分により確定する方式」(通法16①一)である。したがって、申告納税方式の下では、税務署長の調査と処分が不可欠となっている。
かくして、税務署長は、「納税申告書の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」(通法24)ことになる。この規定からは、納税者が税額等を過大に申告しても、あるいは過少に申告していても、いずれについてもそれらを正すために更正することになる。
なお、課税実務においては、税務調査終了後修正申告の慫慂が行われる場合が多いが、国税通則法は、納税者は、「……更正があるまでは、……を修正する納税申告書を税務署長に提出することができる。」(注7)(通法19①)と定めているのであるから、税務署長は調査後更正するのが法の予定しているところである。
(2)このような税務署長による更正の原則に関し、法人税法は、その特例を設けている。すなわち、法人税法129条1項(本件係争時は2項)は、法人が課税標準とされるべき所得金額を超えて所得金額を申告(過大申告)している場合に、「その超える金額のうちに事実を仮装して経理したところに基づくものがあるときは、税務署長は、……当該事実を仮装して経理した内国法人が当該事業年度又は連結事業年度後の各事業年度又は各連結事業年度において当該事実に係る修正の経理をし、かつ、当該修正の経理をした事業年度の確定申告書又は連結事業年度の連結確定申告書を提出するまでの間、更正しないことができる。」と定めている。
この場合、「修正の経理」とは、「過年度の仮装経理は、当期の営業活動や財務活動ではないから、右仮装経理による損益の修正は、企業会計原則(損益計算書原則六特別損益・注解注12特別損益条項について)に則れば、特別損益項目中で前期損益修正損等として計上されるべきことになる。」(注8)と解されている。
したがって、本件においては、平成14年12月期分法人税の確定申告において、本件粉飾に係る本件損失が当該事業年度の損金の額に算入されていたことに対し、前回調査が行われた段階で、税務署長が当該事業年度及び平成14年9月期以前の各事業年度について更正しなかったことの当否が問題となる。
(3)かくして、本判決は、前記法人税法129条1項の規定につき、「粉飾決算をした法人については、税務署長は、当該法人が修正の経理をしてこれに基づく確定申告書が提出するまで更正しないことができる旨を規定したもので、粉飾決算をした法人についての更正の根拠規定となるものではないというべきであり、ましてや、税務署長に更正処分を義務付けた規定と解することはできない。」と判示し、本件において、本件粉飾に係る各事業年度について国税通則法23条1項に定める更正の請求を行っていないのであるから、処分行政庁が前回調査終了後当該各事業年度について減額更正をしなかったからといって違法となるものではない旨判示している。
確かに、本判決が判示するように、法人税法129条1項の規定は、税務署長に対して減額更正を義務づけている規定ではないが、過年度の粉飾経理について「修正の経理」をして当該修正の経理をした事業年度の確定申告書を提出するときには、通常、法定申告期限から1年以上経過している場合が多いであろうから、本判決が指摘するような更正の請求(通法23①)はできない場合がほとんどである。
そうであれば、法人税法129条1項の規定の要件(修正の経理等)を満たして減額更正の要請があった場合には、更正の請求を待つまでもなく、税務署長側にも減額更正の義務が生じるものと解される(このことは、法人税法129条1項の規定の要件を満たした場合に、後発的事由に基づく更正の請求制度がないことが問題であることを意味する。)。もっとも、本件の事実関係においては、X会社が平成14年12月期分法人税の確定申告において、法人税法129条1項の規定の要件を満たしているか否かは定かでない。
3 更正の期間制限と平成16年改正 (1)国税についてのいわゆる増額更正と賦課決定は、原則として、当該国税の法定申告期限から3年を経過した日以後においてはすることができない(通法70①)。しかし、法人税については、原則として、法定申告期限から5年を経過した日以後においてはすることができない(同前かっこ書)とされている。
他方、国税の納付すべき税額を減少させる更正(いわゆる減額更正)又は賦課決定は、当該国税の法定申告期限から5年を経過する日まですることができる(通法70②)。また、次に掲げる更正については、他の国税の更正の期間制限は原則どおり5年であるが、法人税については、純損失等の金額に係るものに限り、法定申告期限から7年を経過する日まですることができる(同前かっこ書)。
① 純損失等の金額で当該課税期間において生じたもの若しくは還付金の額を増加させる更正又はこれらの金額があるものとする更正
② 純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正
(2)(1)の更正等の期間制限の規定は、法人税について欠損金の繰越期間の延長に対応し平成16年に改正されたものである。当該改正前においては、法人税についても、他の国税と同様、法定申告期限から増額更正等は3年、減額更正等は5年であった。その平成16年改正に伴う経過措置は、次のように定められていた(国税通則法平成16年改正法附則17条)。
① 法人税の増額更正を5年に延長する規定は、施行日(平成16年4月1日)以後に法定申告期限が到来するものについて適用し、施行日前に当該期限又は日が到来したものについては、なお従前の例による(附則17①)。
② 法人税の純損失等の金額に係る更正を7年に延長する規定は、法人の平成13年4月1日以後に開始した事業年度等において生じた純損失等の金額について適用し、法人の同日前に開始した事業年度等において生じた純損失等の金額については、なお従前の例による(附則17②)。
(3)かくして、本訴においては、X会社は、平成14年12月期更正が前記経過措置の適用を誤ったもので期間制限を経過したものである旨主張した。これに対し、本判決は、「平成14年12月期は、平成14年10月1日から同年12月31日までの事業年度であり、その法定申告期限は平成15年2月28日である(法人税法74条1項参照)から、その更正に係る期間制限については、改正後通則法70条2項が適用され、その期間は7年で、更正の期限は平成22年2月28日までということになる。」とし、平成19年11月28日にされた平成14年12月期更正は適法である旨判示した。
平成16年国税通則法改正の経過措置が解りづらいこともあって、X会社のような主張が生じたのであるが、前記経過措置の規定に照らして、本判決が下されたものである。
4 更正の理由付記と信義則の適用 (1)平成14年12月期更正について、青色申告に係る更正の理由付記が問題(違法)とされたのは、当該更正の基となった今回調査において、平成14年12月期の帳簿書類等の資料の提出を求められたこともないのに、付記理由には「帳簿書類を調査した結果」と記載されていることが、事実に反することが記載されている、というものである。
これに対し、本判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、今回調査担当職員が前回調査においてX会社から提出された資料も調査していると認定した上で、当該理由付記は適法であると判示している。
確かに、国税通則法24条に規定する更正に当たって、何ら調査しなかったり実質的に調査をしないでされた更正は、違法になる(注9)。しかし、この場合の「調査」とは、「課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解せられる。すなわち、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念である。」(注10)と解されている。
したがって、今回調査において前回調査の際に提出された帳簿書類等を調査しているというのであるから、本判決の判示するところとなる。
(2)本件において信義則の適用が問題となっているのは、処分行政庁が、平成17年7月に前回調査を実施し、平成14年12月期における本件損失の損金処理を認識し、かつ、平成15年12月期分法人税について、修正申告を慫慂しながら、本件粉飾に係る各事業年度の減額更正をせず、当該減額更正の期間制限が経過した平成19年11月になって本件各処分を行って、X会社に損失を与えたことが原因となっている。
これに対し、本判決は、租税法における信義則の適用要件(注11)を明確にした最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(訟務月報34巻4号853頁)を引用し、前述のような事実については、「平成14年12月期における本件損失の処理を正当なものとして容認する内容の税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解」(公的見解)の表示とは認められない旨判示し、信義則の適用を否定している。
確かに、本件においては、その事実関係に照らし、信義則の適用は認め難いであろう。しかし、前記「2」で述べたように、X会社が、平成14年12月期において本件粉飾について修正の経理を明確にし、処分行政庁に対して過年度の減額更正を要請している場合には、処分行政庁に減額更正の義務が生じるものと解される。この点、本判決は、国税通則法23条1項に定める更正の請求が必要であると判示しているが、それが無理であることは前述した。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、過去5事業年度に渡って粉飾経理(本件粉飾)が行われ、当該最終事業年度の翌事業年度(平成14年12月期)に本件粉飾に係る損失(本件損失)を一括して特別損失として損金処理したことに対し、本件損失の損金算入を否認した平成14年12月期更正と本件粉飾に係る各事業年度分法人税について減額更正をしなかったことの適否が争われたものである。このような事例は、実務上まま生じるが、争訟事件が限られているだけに実務の参考になるものと考えられる。
また、本件は、過年度に粉飾経理が行われ、それを修正経理する場合の課税処理のあり方が問題となったのであるが、係争の対象となった平成14年12月期更正が行われた平成19年11月の2年4か月前に前回調査が行われたものの、本件粉飾と本件損失の計上について、処分行政庁が何ら指摘(処分)しなかったこと、法人税の更正の期間制限が平成16年の税制改正で変更され、その経過措置の規定が適用されるという特殊性がある。
(2)そのため、本訴においては、粉飾経理に係る単なる課税処理にとどまらず、前述のような更正の理由付記や信義則の適用も問題となった。それらについての本判決の判示が相当であることは前述した。
しかしながら、法人税法129条の適用に関しては、本判決は、当該規定の要件の充足した上で、国税通則法23条1項に定める更正の請求をしなければ減額更正を求められない旨判示しているが、前述したように、現行の更正の請求の規定(国税通則法23条等)からは本判決が判示するような手続は予定されていないように考えられる。そのことは、法人税法129条と更正の請求制度の不備を意味することになるものとも考えられる。
なお、係争の対象となった本件各処分のうち、平成16年12月期更正については、当事者の主張と本判決の紹介にとどめることとする。
(注1)前橋地裁平成14年6月12日判決(平成10年(ワ)第483号)、東京高裁平成15年2月27日判決(平成14年(ネ)第3787号)等参照。これらの判決については、品川芳宣「仮装経理処理を誤り嘆願書を提出しなかった場合の損害賠償義務」本誌40号22頁等参照。
(注2)金子宏『租税法 第15版』(弘文堂、平成22年)169頁等参照。
(注3)昭和25年制定の旧法人税基本通達51参照。
(注4)前出(注3)通達52参照。
(注5)品川芳宣『課税所得と企業利益』(税務研究会、昭和57年)4頁等参照。
(注6)欠損金額の繰越控除が7年とされたのは平成16年の改正であり、繰越期間は5年であった。
(注7)したがって、納税者は、加算税の軽減・免除、延滞税の減少等が期待される場合に、自主的に修正申告すれば足りることになる。
(注8)大阪地裁平成元年6月29日判決(税資170号952頁)。同判決の評釈については、品川芳宣『重要租税判決の実務研究 増補改訂版』(大蔵財務協会、平成17年)462頁参照。
(注9)名古屋高裁昭和51年9月29日判決(税資89号792頁)、大阪地裁昭和49年1月31日判決(訟務月報20巻7号108頁)等参照。
(注10)大阪地裁昭和51年3月30日判決(税資88号179頁)。同旨大阪地裁昭和45年9月22日判決(行裁例集21巻9号1148頁)、仙台高裁昭和63年1月27日判決(税資163号104頁)、広島地裁平成4年10月29日判決(税資193号274頁)等参照。
(注11)詳細については、品川芳宣「税法における信義則の適用について──その法的根拠と適用要件──」税務大学校論叢8号1頁(昭和49年)参照。
粉飾経理に係る棚卸商品過大計上損の帰属時期と減額更正の期間制限
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
東京地裁平成21年(行ウ)第380号
平成22年9月10日判決
一、事実
(1)X会社(原告)は、農薬等の販売を業とする青色申告法人の株式会社であるが、次の各事業年度において、棚卸資産について次の各金額を実際の額よりも過大に計上し(以下「本件粉飾」という。)、それぞれ法人税の確定申告をした。
平成10年9月期 1億円
平成11年9月期 6億円
平成12年9月期 2億 500万円
平成13年9月期 5億9,500万円
平成14年9月期 4億5,300万円
合計 19億5,300万円
その後、X会社は、事業年度を12月決算に変更し、平成14年12月期分法人税について、本件粉飾に係る棚卸資産過大計上分19億5,300万円を損益計算書の特別損失の項目に棚卸商品過大計上損の科目で計上し(以下この損失を「本件損失」という。)、これを損金の額に計上し、翌期に繰り越すべき欠損金の額を25億2,172万円余として、確定申告をした。
次いで、X会社は、平成15年12月期分法人税について、繰越欠損金22億2,123万円余を控除し、所得金額0円、翌期へ繰り越す欠損金の額を3億49万円余として確定申告をし、平成16年12月期分法人税について、繰越欠損金2億6,673万円余を控除し、所得金額0円、翌期への繰り越す欠損金の額を3,375万円余として確定申告をした(その後、X会社は、平成15年12月期分法人税について、翌期へ繰り越す欠損金の額を3,375万円余減額する修正申告を行っている。)。
(2)これに対し、処分行政庁は、平成17年7月、税務調査(以下「前回調査」という。)を行い、顧問税理士から本件粉飾について説明を受けたが、平成14年12月期分法人税の申告について修正申告を慫慂しなかった。その後、処分行政庁は、X会社が平成15年12月期分法人税の修正申告をした後、平成17年9月28日付で、平成16年12月期分法人税について、翌期へ繰り越すべき欠損金の額を1,986万円余とする更正処分(以下「前回更正」という。)をした。
次いで、処分行政庁は、平成19年10月、税務調査(以下「今回調査」という。)を実施し、平成14年12月期分法人税について、本件損失が損金の額に算入できないことを説明し、修正申告を慫慂した。しかし、X会社は、これに応じなかった。
そこで、処分行政庁は、平成19年11月28日付で、平成14年9月期分法人税について、当期の粉飾金額4億5,300万円を認容する減額更正(以下「平成14年9月期更正」という。)をし、平成14年12月期分法人税について、本件損失の損金算入を否認する更正(以下「平成14年12月期更正」という。)と平成16年12月期分法人税について所得金額2億6,022万円余とする更正(以下「平成16年12月期更正」といい、平成14年12月期更正と併せて以下「本件各更正」という。)等をした。
X会社は、本件各更正を不服として、審査請求を経て、国(被告)に対し、本件各更正の取消しを求めて本訴を提起した。
なお、本件各更正が行われた平成19年11月28日段階では、平成15年12月期については3年の期間制限により、平成13年9月期以前については5年(減額)の期間制限により、それぞれ更正は行われなかったが、本件の争点と直接関係のない平成17年12月期及び平成18年12月期について、所要の更正等が行われている。
二、争点と当事者の主張
1 争 点
(1)平成14年12月期更正の違法性 本更正が、国税通則法70条、法人税法21条、57条、129条2項(注:現行1項、以下同じ。)、130条の各規定に違反し、かつ、信義則に違反するか。
(2)平成16年12月期更正の違法性 本更正が、実質的には、更正の期間制限を徒過している平成15年12月期分法人税について更正を行ったことになるか。
なお、上記争点のほか、本件の裁決についてもその違法性が争われているが、本稿では省略する。
2 X会社の主張
(1)平成14年12月期更正の違法性 イ 更正の期間制限について規定した国税通則法の規定の適用については、平成16年改正法附則17条により、改正前通則法70条が適用されるから、同条1項により、その更正期限は法定申告期限から3年であり、平成14年12月期更正は、この期限を徒過してされたものである。
また、平成14年12月期更正のうち、損失額を15億円増加させる部分は、国税通則法70条2項に定める更正の期間制限を徒過したもので違法である。
ロ 処分行政庁は、本件損失のうち平成14年9月期の4億5,300万円については同期のX会社の損失金として所得金額から減算する更正をしたが、残りの15億円については、その損失金が生じた各事業年度ごとに更正せず、平成14年12月期更正において一括更正したものである。したがって、平成14年12月期更正は、法人税法21条に違反する違法な処分である。
ハ 本件損失は、平成14年12月期の事業年度開始前5年以内の事業年度に生じた法人税法57条1項に規定する欠損金額(以下「青色欠損金」という。)であり、同条により翌期以後の各事業年度の所得から控除できる欠損金(純損失)であるから、過年度に生じた損失であるとして損金計上を認めなかった平成14年12月期更正は、同条に違反する違法な処分である。
ニ 法人税法129条2項は、事実を仮装して経理した法人が修正経理をした確定申告書を提出するまでは、減額更正をしないことができると規定しているが、更正してはならないとは規定していないところ、処分行政庁は、前回調査において、本件粉飾の事実を知ったのであるから、これを指摘して修正申告させる義務があったのに、これを怠っていたのであり、法人税法129条2項を適用して平成14年12月期更正をすべきであった。それにもかかわらず、法人税法22条3項を適用してされた平成14年12月期更正は、法令の適用を誤った違法なものである。
ホ 平成14年12月期更正については、その理由として「貴法人備え付けの帳簿書類を調査した結果所得金額の計算に誤りがあると認められる。」と記載されているが、今回調査においては、平成14年12月期の帳簿書類等の資料の提出を求められたことはなく、何ら調査はされていない。したがって、平成14年12月期更正は、法人税法130条1項及び2項に違反する違法な処分である。
ヘ 処分行政庁は、前回調査において、本件損失が棚卸商品を過大計上し課税標準を超えた金額を仮装経理して所得金額を過大に申告したものである事実及びそれらの事情や経緯を十二分に確認し、それに基づいて、平成14年12月期及び平成15年12月期の修正申告を求め、X会社は、これに応じて修正申告書を提出した。しかし、処分行政庁は、前回調査の結果、X会社に本件損失に係る修正は求めておらず、かえって、平成16年12月期についての減価償却費の償却超過額のうち、当該事業年度に係る償却限度額709万円余を損金の額に算入し、所得金額から減算する更正処分をしているが、これは、本件損失を平成14年12月期の損金と認めた上での処理であり、X会社の扱いを容認していたものである。したがって、これは処分行政庁による公式見解の表示に当たる。
そして、X会社は、平成14年12月期に本件損失を計上した処理が認められたと信じ、損金処理が正当であると認識していたので、その後もこれに基づき期限内申告及び納税を続けてきた。ところが、処分行政庁は、前回調査から2年3か月も経過し、更正期限が近付いた平成19年11月28日に本件各処分をしているのであって、これは、X会社の信頼を裏切る不誠実な処分であり、納税者であるX会社に不利益を招くものである。これは、信義誠実の原則に反する。
(2)平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期更正は、平成15年12月期の繰越欠損金を0円としてされたものである。ところが、X会社は、平成15年12月期分法人税の申告は、次期に繰り越す欠損金の額を2億5,988万円余としており、平成15年12月期分法人税については、何ら更正がされていない。そうすると、平成16年12月期更正は既に国税通則法70条1項による更正期限を過徒している平成15年12月期の法人税について更正を行ったことになり、違法であるから、平成16年12月期更正及び過少申告加算税の賦課決定は取り消されるべきである。
3 国の主張
(1)平成14年12月期更正の違法性 イ 平成14年12月期更正は、欠損金額を25億2,004万円余から5億6,704万円余に減少させたものであるところ、これらはそもそも平成14年12月期の欠損金額であり、同期の純損失等の金額であるから、平成14年12月期の「純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正」(通法70②三)に該当する。そして、平成14年12月期は、平成14年10月1日に開始していることから、更正に係る期間制限については、平成16年改正法附則17条2項により、改正後通則法70条2項が適用される。
そうすると、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の法定申告期限である平成15年2月28日から7年を経過する日である平成22年2月28日まですることができることとなり、同更正が平成19年11月28日にされていることから、更正の期間内に行われた適法なものである。
ロ 法人税法21条は、法人税の課税標準の意義を明らかにした規定にすぎず、前記3(編注・略)のとおり、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の所得の金額を課税標準としたものであるから、同条の規定に違反した処分ではない。
ハ 法人税法57条にいう「欠損金額」とは、各事業年度の所得の金額の計算において認識されるべきものであり、X会社が本件粉飾を是正するために計上した本件損失が青色欠損金でないことは明らかである。したがって、X会社の主張は失当である。
ニ 法人税法129条2項は、課税標準等が仮装経理により過大になっている場合には、粉飾決算を防止する観点から、更正をしないことを認めた条文であり、逆に、同条項の規定に基づいて更正をする権限を税務署長に認めた規定ではないし、更正をする場合であっても、その減額更正は法人税法22条3項の規定を根拠とするものである。そうすると、職権による減額更正が処分行政庁の裁量である以上、X会社が主張するように、前回調査時に処分行政庁が本件粉飾の事実を認識していたことが、処分行政庁が減額更正をしなければならない理由にはならない。
ホ 今回調査担当職員は、前回調査においてX会社から提出された資料をX会社らに示し、当該書類の記載事実に間違いのないこと及び当該書類に基づいて平成14年12月期の損金の額に棚卸商品過大計上損として本件損失の額を算入したことを確認した上で、X会社らに対し、本件損失の額が損金の額に算入できないことを説明している。
そうすると、今回調査に基づいて行った平成14年12月期更正は、帳簿書類の調査を行ったものであることが明らかであるから、法人税法130条1項に反した違法は認められない。
ヘ 前回調査時に粉飾決算に係る関係書類を前回調査担当職員に手交した事実があるとしても、X会社は職権による減額更正を求めておらず、また、処分行政庁がX会社に対し減額更正をすることを約束した等の特段の事情もない。そうすると、職権により更正処分をするかどうかは、処分行政庁の裁量に属することであるから、平成13年9月期以前の申告について減額更正がされなかったとしても、信義則上の問題は生じない。
(2)平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期の繰越欠損金の当期控除額を0円として更正したことは、法人税法上の所得金額の計算規定に従って行われたものであるから、適法である。また、平成15年12月期の申告については何ら更正を行っていない。
三、判決要旨
請求棄却。
1 平成14年12月期更正の違法性 (1)法人税の課税標準等及び税額等は、確定した決算に基づく法人の各事業年度の所得の金額等を申告することにより確定するが、税務署長は、申告された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったときなどは、納税者による修正申告又は税務署長による更正により、適正な課税標準等及び税額等に是正することとされている。
しかし、利益がないにもかかわらず利益があるように仮装する経理処理(仮装経理)を行ういわゆる粉飾決算をした法人が、仮装経理に基づく過大申告をした場合については、法人税法129条2項は、税務署長は、当該法人がその後の事業年度の確定した決算において修正の経理をし、これに基づく確定申告書が提出されるまで更正しないことができることとし、また、減額更正処分がされた後の還付方法についても、法人税法70条及び134条の2において、全額を一時に還付することなく、更正の日の属する事業年度前1年間の各事業年度の法人税相当額だけを還付し、残額はその減額更正を行った事業年度の開始の日以後5年以内に開始する事業年度の法人税額から順次控除することとされている。これは、自ら粉飾決算をして意識的に多く納めた税金を、還付加算金を付して一時に還付するということは、数年間の税金を一時に還付するという点において財政を不安定にするおそれがあるのみならず、申告納税制度の本旨からみても好ましくないこと、また、粉飾決算をなくして真実の経理公開を確保しようという要請とも相容れないものであることから、粉飾決算をした法人が自ら仮装経理状態を是正するまでは減額更正を留保し、また、還付についても通常の場合より不利に扱うことにするとともに、その是正方法も一定の厳格な方法によって過去の事業年度の経理を修正した事実を明確に表示することを義務付け、その負担により、財政の安定を図ると同時に粉飾決算を未然に防止することをも目的とするものと解される。
(2)内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金に算入すべき金額については、法人税法22条3項が規定しており、同項1号は、「当該事業年度の収益に係る売上原価」を損金に算入すべきものとしているところ、本件損失は、平成10年9月期から平成14年9月期までの各事業年度の売上原価で当該各事業年度において損金に算入しなかったものであるから、「平成14年12月期の収益に係る売上原価」に該当しないことは明らかである。また、X会社が平成14年12月期において、本件損失すべてを棚卸商品過大計上損として計上する財務会計上の修正の経理をしたとしても、当該事業年度においてこれに相当する損失が生じているわけではないから、本件損失は、同項3号にいう「当該事業年度の損失」には該当しない。さらに、本件損失が平成14年12月期の費用の販売費、一般管理費その他の費用(同項2号)に該当しないことは明らかである。
したがって、本件損失は平成14年12月期の損失に該当せず、これを当該事業年度の損金に算入されるべきものでないとした処分行政庁の判断は正当なものであると認めることができる。
(3)国税通則法70条2項の規定は、平成16年に改正されたところ、純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正の期間制限について、平成16年改正前国税通則法は、当該更正に係る国税の法定申告期限から5年を経過する日としていたが、改正後国税通則法は、これを7年と規定するものとなり、当該規定は、改正法附則17条2項により、平成13年4月1日以後に開始した事業年度において生じた純損失等の金額について適用されることとされた。
そして、平成14年12月期は、平成14年10月1日から同年12月31日までの事業年度であり、その法定申告期限は平成15年2月28日である(法人税法74条1項参照)から、その更正に係る期間制限については、改正後国税通則法70条2項が適用され、その期間は7年で、更正の期限は平成22年2月28日までということになる。そして、平成14年12月期更正は、前記のとおり、平成19年11月28日にされているのであるから、更正の期間制限内にされたものであるということができる。
したがって、平成14年12月期更正が国税通則法70条2項に違反するというX会社の主張は、採用できない。
(4)平成14年12月期更正は、X会社の平成14年12月期の課税標準である所得の金額を算出するに当たり、損金に算入されていた本件損失が、当該事業年度の損金に算入されるべきでないとし、これを減算して当該事業年度の所得の金額を算出し、それを当該事業年度の課税標準としたものであり、その判断は相当なものであって、法人税法21条に違反するものではない。
X会社は、平成14年12月期更正は過年度分を一括更正したものであるかのような主張をするが、上記に照らせば、そのようなものではないことは明らかである。また、X会社は、本件損失については、平成10年9月期から平成14年9月期までの粉飾決算を行った各事業年度の損金に各事業年度における粉飾決算に係る損失額を算入して課税標準を算出すべきであるということを前提に上記主張をしているものとも解されるところ、そのようにしてX会社に有利に過去の申告の是正を求めるための方法として、更正の請求の手続(通法23)がある。ところが、X会社は、上記各事業年度の法人税に係る確定申告につき更正の請求をしておらず、かつ、更正の請求をすることができる期間(法定申告期限から1年以内)を経過していることが明らかである。それにもかかわらず、X会社が平成14年12月期に係る法人税の確定申告において行ったように、上記各事業年度の後の事業年度である平成14年12月期において、本件損失をまとめて計上することを認めることは、そのようにして更正の請求に代替する手段を認めることになり、国税通則法が更正の請求の制度を設け、その期間制限を設けたことと相容れないものというべきである。
(5)法人税法57条1項は、青色申告法人について欠損金額の繰越控除ができる場合について規定しているところ、同条1項にいう繰越控除が認められる青色欠損金とは、「欠損金額」が同法2条19号において、「各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう。」と定義されていることから明らかなとおり、各事業年度の所得の金額の計算において算出されるべきものである。
ところが、本件損失は、平成10年12月期から平成14年9月期までの間に生じたものであり、X会社は、本件粉飾決算を是正するためにこれを平成14年12月期において一括して損金として計上したものであるから、これは、平成14年12月期において生じた損金ではない。したがって、本件損失は、平成14年12月期において法人税法57条1項により繰越控除が認められる欠損金額に当たらないことは明らかである。
(6)平成14年12月期更正は、本件損失が平成14年12月期の損金の額に算入すべき金額である当該事業年度の収益に係る売上原価に当たらないことを理由とするものであり、法人税法22条3項に基づくものということができるから、平成14年12月期更正に法令適用の誤りはないというべきである。
これに対し、X会社が平成14年12月期更正に適用されるべきであると主張する法人税法129条2項は、前記のとおり、粉飾決算をした法人については、税務署長は、当該法人が修正の経理をしてこれに基づく確定申告書が提出するまで更正しないことができる旨を規定したもので、粉飾決算をした法人についての更正の根拠規定となるものではないというべきであり、ましてや、税務署長に更正処分を義務付けた規定と解することはできない。また、同項は、粉飾決算をした事業年度の申告に係る更正について規定したものであり、粉飾決算をした後の修正の経理をした事業年度の申告に係る更正について規定したものではないことも明らかである。
したがって、平成14年12月期更正を法人税法129条2項に基づき行うべきであるとするX会社の主張は採用できない。
なお、X会社の主張が、前回調査時において、法人税法129条2項に基づく更正をすべきであったとするものであったとしても、上記のとおり、同項は、税務署長による更正の根拠規定や義務付け規定ではなく、同項により処分行政庁の更正が義務付けられることはないというべきであるし、そのことをおくとしても、仮に処分行政庁が前回調査時に本件粉飾の事実を認識していたとしても、更正をするかどうかは処分行政庁の裁量に属する事項であって、処分行政庁が更正をしなかったことが違法であるということはできないというべきである。
(7)法人税法130条1項の規定の趣旨によれば、当該事業年度の帳簿書類のうち当該更正の内容と整合しない部分について調査しないでした更正処分は、違法となる余地があるというべきである。
しかしながら、証拠及び弁論の全趣旨によれば、今回調査担当職員は、今回調査において、平成14年12月期の確定申告書及びそれに添付された損益計算書並びに前回調査においてX会社から提出された資料を調査しているところ、上記損益計算書の特別損失の項目に棚卸商品過大計上損として計上されていた金額が、平成10年9月期から平成14年9月期までの間の各事業年度において、棚卸商品として過大に計上したものに相当する金額であること及び同金額が上記確定申告書において損金に算入されていることを確認したことが認められるから、平成14年12月期更正は、平成14年12月期の帳簿書類を調査した上で行われたものであるということができ、法人税法130条1項に違反するものではないと認めることができる。X会社は、X会社事務所で行われた今回調査においてX会社に備え付けられた平成14年12月期に係る帳簿書類を改めて調査しなかったことをもって法人税法130条1項違反があった旨主張するようであるが、前記のとおりの同項の趣旨に照らせば、たとえそれが前回調査の際に入手したものであったとしても、X会社から提出された当該事業年度の帳簿書類を調査している以上、帳簿書類の調査をしないという違法があったということはできない。
(8)信義則の法理は法の一般原理であるが、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、同法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等や公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用を考えるべきものである。そして、上記の特別の事情の存在が認められるためには、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、納税者がその表示を信頼して行動したところ、後に上記表示に反する課税処分により経済的不利益を受けたこと並びに上記信頼及びこれに基づく行動につき納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解するのが相当である(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事第152号93頁)。
そして、上記のように信義則の適用につき慎重であるべき租税法律主義の特質を考慮すれば、様々な状況の下で行われる税務職員の見解の表示のすべてが信頼の対象となる公的見解の表示となるものでないことはいうまでもなく、納税者はもともと自己の責任と判断の下に行動すべきものであることからすれば、信頼の対象となる公的見解の表示であるというためには、少なくとも、税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解の表示であることが必要であるというべきである。
ところが、X会社が主張するところの、前回調査の結果本件損失を平成14年12月期の損金に計上することについて修正を求められなかったこと並びに他の理由による平成14年12月期等に係る修正申告の慫慂及び前回更正がされたことは、本件損失に関する平成14年12月期における本件損失の処理を正当なものとして容認する内容の税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解の表示であるとは認められない。
2 平成16年12月期更正の違法性 平成16年12月期更正は、前記のとおり、平成16年12月期における繰越欠損金の当期控除額が、前回更正における2億5,988万円余から0円に減少することを理由とするものである。
そして、証拠によれば、平成13年9月期の確定申告における翌期へ繰り越す欠損金の額は0円であることが認められるところ、平成14年12月期における翌期へ繰り越す欠損金の額は、前提のとおり平成14年9月期更正及び平成14年12月期更正により、10億2,172万円余となる。
上記の平成14年12月期繰越欠損金は、法人税法57条により、まず平成15年12月期の所得金額から控除されるところ、平成15年12月期における繰越欠損金の控除前における所得金額(平成15年12月期修正申告後のもの)は、平成15年12月期修正申告における繰越欠損金の当期控除額と同額であるから、その金額は、前提事実のとおり、22億4,198万円余である。
したがって、上記の平成15年12月期における所得金額22億4,198万円余から平成14年12月期における繰越欠損金10億2,172万円余を控除すると、平成15年12月期における翌期へ繰り越す欠損金の額は0円となる。よって、平成16年12月期における繰越欠損金の額を0円とした平成16年12月期更正は、正当なものであると認めることができる。
四、解説
本件は、過年度の粉飾経理(本件粉飾)によって生じた架空棚卸商品を当該粉飾経理最終事業年度の翌年度において一括して「棚卸商品過大計上損」(本件損失)として特別損失に計上したことに対し、当該計上損の損金算入を否認する更正等の適否が争われたものである。
本件のような粉飾経理が行われ、それを後年度において修正して当該修正損を損金処理をする場合には、当該修正の方法、当該修正損の帰属年度、当該修正の時期によっては減額更正をし得る期間制限との関係等が問題となる。また、本件においては、訴訟の対象となった各事業年度に係る税務調査(今回調査)前に税務調査(前回調査)が行われ、その段階では粉飾経理についてなんら指摘がされなかった場合には、X会社が主張するような信義則の適用、更正の理由の内容等も問題となり得るとも考えられる。
いずれにしても、粉飾経理それ自体は、企業経営上の必要悪とさえ言われているところであるが、粉飾経理の修正等については、法人税法上の特例が設けられているところであるので、当該修正を誤ると不測な損失を被ることになる。また、当該修正等の不手際に顧問税理士が関わると、当該税理士に対して、損害賠償請求事件が惹起されることもある(注1)。そこで、本稿においては、それらの諸問題について検討し、本判決の当否を検証することとする。
1 所得金額計算の通則と繰越欠損金 (1)法人税法上、法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人の課税標準は、「各事業年度の所得の金額」である(法法21)。そして、法人の各事業年度の所得の金額は、「当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額」である(法法22①)。
この場合、各事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売等の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額である(法法22②)。また、本件で問題となる各事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、①当該事業年度の収益に係る売上原価等の原価の額、②当該事業年度の販売費等の費用の額及び③当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの、である(法法22③)。
以上のような所得金額の計算に関し、「所得」とは、全ての経済的利得の増加であると観念する包括的所得概念(又は純資産増加説)を意味するものと解されている(注2)。したがって、「益金」とは、純資産増加の原因となるべき一切のものをいい(注3)、「損金」とは、純資産減少の原因となるべき一切のものをいう(注4)、と解される(注5)。
また、各事業年度の益金の額又は損金の額に算入すべきものは、「所得の金額」が各事業年度ごとに期間的に計算されることに照らし、当該事業年度に生じた各取引に係る収益の額又は当該事業年度に生じた各取引に係る原価の額、費用の額及び損失の額に限られるものと解される。すなわち、それらの額の帰属年度が、所得金額計算の重要な要素となる。換言すると、当該事業年度に帰属しない原価の額等は、当該事業年度の益金の額又は損金の額を構成しないことになる。
(2)次に、本件で問題となる損金の額については、その別段の定めの一つとして、繰越欠損金控除制度がある。すなわち、X会社のような青色申告法人については、「確定申告書を提出する内国法人の各事業年度開始の日前7年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額(〈略〉)がある場合には、当該欠損金額に相当する金額は、当該各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。」(法法57①)と定められている(注6)。これは、前述の所得金額を期間的に計算することの大きな例外である。
そして、この場合の「欠損金額」とは、「各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう。」(法法2一九)と定められている。したがって、この欠損金額は、「当該事業年度の損金の額」と「当該事業年度の益金の額」の差額概念として把握されるものであって、本件損失のように、「当該事業年度の損金の額に算入すべきものでないもの」が含まれている場合には、当該損失の額は本来の「欠損金額」から排除されるものと解される。
(3)このような法人税法上の所得金額の計算規定に関し、X会社は、平成14年12月期更正が、本件損失を当該事業年度の損金の額に算入しなかったことは法人税法21条に違反し、かつ、本件損失が平成14年12月期の損金額であるにもかかわらず損金額算入を否定したのは法人税法57条に違反する旨主張する。
これに対し、本判決は、平成14年12月期更正について、前述のように、本件損失が平成14年12月期の損金の額に算入されないものであるから、法人税法21条の規定に違反するものではなく、また、本件損失が平成14年12月期において生じたものではないから同法2条19号にいう「欠損金額」に当たらず、同法57条の欠損金額の繰越控除の対象にならない旨判示した。
このような判断は、前記(1)及び(2)において述べた法人税の所得金額の計算規定とその解釈論に照らし、相当なものであると解される。
2 税務署長の更正権限と粉飾経理の場合の特例 (1)我が国の法人税については、申告納税方式が採用されており、同方式により税額が確定される。申告納税方式とは、「納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長又は税関長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長又は税関長の処分により確定する方式」(通法16①一)である。したがって、申告納税方式の下では、税務署長の調査と処分が不可欠となっている。
かくして、税務署長は、「納税申告書の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」(通法24)ことになる。この規定からは、納税者が税額等を過大に申告しても、あるいは過少に申告していても、いずれについてもそれらを正すために更正することになる。
なお、課税実務においては、税務調査終了後修正申告の慫慂が行われる場合が多いが、国税通則法は、納税者は、「……更正があるまでは、……を修正する納税申告書を税務署長に提出することができる。」(注7)(通法19①)と定めているのであるから、税務署長は調査後更正するのが法の予定しているところである。
(2)このような税務署長による更正の原則に関し、法人税法は、その特例を設けている。すなわち、法人税法129条1項(本件係争時は2項)は、法人が課税標準とされるべき所得金額を超えて所得金額を申告(過大申告)している場合に、「その超える金額のうちに事実を仮装して経理したところに基づくものがあるときは、税務署長は、……当該事実を仮装して経理した内国法人が当該事業年度又は連結事業年度後の各事業年度又は各連結事業年度において当該事実に係る修正の経理をし、かつ、当該修正の経理をした事業年度の確定申告書又は連結事業年度の連結確定申告書を提出するまでの間、更正しないことができる。」と定めている。
この場合、「修正の経理」とは、「過年度の仮装経理は、当期の営業活動や財務活動ではないから、右仮装経理による損益の修正は、企業会計原則(損益計算書原則六特別損益・注解注12特別損益条項について)に則れば、特別損益項目中で前期損益修正損等として計上されるべきことになる。」(注8)と解されている。
したがって、本件においては、平成14年12月期分法人税の確定申告において、本件粉飾に係る本件損失が当該事業年度の損金の額に算入されていたことに対し、前回調査が行われた段階で、税務署長が当該事業年度及び平成14年9月期以前の各事業年度について更正しなかったことの当否が問題となる。
(3)かくして、本判決は、前記法人税法129条1項の規定につき、「粉飾決算をした法人については、税務署長は、当該法人が修正の経理をしてこれに基づく確定申告書が提出するまで更正しないことができる旨を規定したもので、粉飾決算をした法人についての更正の根拠規定となるものではないというべきであり、ましてや、税務署長に更正処分を義務付けた規定と解することはできない。」と判示し、本件において、本件粉飾に係る各事業年度について国税通則法23条1項に定める更正の請求を行っていないのであるから、処分行政庁が前回調査終了後当該各事業年度について減額更正をしなかったからといって違法となるものではない旨判示している。
確かに、本判決が判示するように、法人税法129条1項の規定は、税務署長に対して減額更正を義務づけている規定ではないが、過年度の粉飾経理について「修正の経理」をして当該修正の経理をした事業年度の確定申告書を提出するときには、通常、法定申告期限から1年以上経過している場合が多いであろうから、本判決が指摘するような更正の請求(通法23①)はできない場合がほとんどである。
そうであれば、法人税法129条1項の規定の要件(修正の経理等)を満たして減額更正の要請があった場合には、更正の請求を待つまでもなく、税務署長側にも減額更正の義務が生じるものと解される(このことは、法人税法129条1項の規定の要件を満たした場合に、後発的事由に基づく更正の請求制度がないことが問題であることを意味する。)。もっとも、本件の事実関係においては、X会社が平成14年12月期分法人税の確定申告において、法人税法129条1項の規定の要件を満たしているか否かは定かでない。
3 更正の期間制限と平成16年改正 (1)国税についてのいわゆる増額更正と賦課決定は、原則として、当該国税の法定申告期限から3年を経過した日以後においてはすることができない(通法70①)。しかし、法人税については、原則として、法定申告期限から5年を経過した日以後においてはすることができない(同前かっこ書)とされている。
他方、国税の納付すべき税額を減少させる更正(いわゆる減額更正)又は賦課決定は、当該国税の法定申告期限から5年を経過する日まですることができる(通法70②)。また、次に掲げる更正については、他の国税の更正の期間制限は原則どおり5年であるが、法人税については、純損失等の金額に係るものに限り、法定申告期限から7年を経過する日まですることができる(同前かっこ書)。
① 純損失等の金額で当該課税期間において生じたもの若しくは還付金の額を増加させる更正又はこれらの金額があるものとする更正
② 純損失等の金額で当該課税期間において生じたものを減少させる更正
(2)(1)の更正等の期間制限の規定は、法人税について欠損金の繰越期間の延長に対応し平成16年に改正されたものである。当該改正前においては、法人税についても、他の国税と同様、法定申告期限から増額更正等は3年、減額更正等は5年であった。その平成16年改正に伴う経過措置は、次のように定められていた(国税通則法平成16年改正法附則17条)。
① 法人税の増額更正を5年に延長する規定は、施行日(平成16年4月1日)以後に法定申告期限が到来するものについて適用し、施行日前に当該期限又は日が到来したものについては、なお従前の例による(附則17①)。
② 法人税の純損失等の金額に係る更正を7年に延長する規定は、法人の平成13年4月1日以後に開始した事業年度等において生じた純損失等の金額について適用し、法人の同日前に開始した事業年度等において生じた純損失等の金額については、なお従前の例による(附則17②)。
(3)かくして、本訴においては、X会社は、平成14年12月期更正が前記経過措置の適用を誤ったもので期間制限を経過したものである旨主張した。これに対し、本判決は、「平成14年12月期は、平成14年10月1日から同年12月31日までの事業年度であり、その法定申告期限は平成15年2月28日である(法人税法74条1項参照)から、その更正に係る期間制限については、改正後通則法70条2項が適用され、その期間は7年で、更正の期限は平成22年2月28日までということになる。」とし、平成19年11月28日にされた平成14年12月期更正は適法である旨判示した。
平成16年国税通則法改正の経過措置が解りづらいこともあって、X会社のような主張が生じたのであるが、前記経過措置の規定に照らして、本判決が下されたものである。
4 更正の理由付記と信義則の適用 (1)平成14年12月期更正について、青色申告に係る更正の理由付記が問題(違法)とされたのは、当該更正の基となった今回調査において、平成14年12月期の帳簿書類等の資料の提出を求められたこともないのに、付記理由には「帳簿書類を調査した結果」と記載されていることが、事実に反することが記載されている、というものである。
これに対し、本判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、今回調査担当職員が前回調査においてX会社から提出された資料も調査していると認定した上で、当該理由付記は適法であると判示している。
確かに、国税通則法24条に規定する更正に当たって、何ら調査しなかったり実質的に調査をしないでされた更正は、違法になる(注9)。しかし、この場合の「調査」とは、「課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解せられる。すなわち、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念である。」(注10)と解されている。
したがって、今回調査において前回調査の際に提出された帳簿書類等を調査しているというのであるから、本判決の判示するところとなる。
(2)本件において信義則の適用が問題となっているのは、処分行政庁が、平成17年7月に前回調査を実施し、平成14年12月期における本件損失の損金処理を認識し、かつ、平成15年12月期分法人税について、修正申告を慫慂しながら、本件粉飾に係る各事業年度の減額更正をせず、当該減額更正の期間制限が経過した平成19年11月になって本件各処分を行って、X会社に損失を与えたことが原因となっている。
これに対し、本判決は、租税法における信義則の適用要件(注11)を明確にした最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(訟務月報34巻4号853頁)を引用し、前述のような事実については、「平成14年12月期における本件損失の処理を正当なものとして容認する内容の税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解」(公的見解)の表示とは認められない旨判示し、信義則の適用を否定している。
確かに、本件においては、その事実関係に照らし、信義則の適用は認め難いであろう。しかし、前記「2」で述べたように、X会社が、平成14年12月期において本件粉飾について修正の経理を明確にし、処分行政庁に対して過年度の減額更正を要請している場合には、処分行政庁に減額更正の義務が生じるものと解される。この点、本判決は、国税通則法23条1項に定める更正の請求が必要であると判示しているが、それが無理であることは前述した。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、過去5事業年度に渡って粉飾経理(本件粉飾)が行われ、当該最終事業年度の翌事業年度(平成14年12月期)に本件粉飾に係る損失(本件損失)を一括して特別損失として損金処理したことに対し、本件損失の損金算入を否認した平成14年12月期更正と本件粉飾に係る各事業年度分法人税について減額更正をしなかったことの適否が争われたものである。このような事例は、実務上まま生じるが、争訟事件が限られているだけに実務の参考になるものと考えられる。
また、本件は、過年度に粉飾経理が行われ、それを修正経理する場合の課税処理のあり方が問題となったのであるが、係争の対象となった平成14年12月期更正が行われた平成19年11月の2年4か月前に前回調査が行われたものの、本件粉飾と本件損失の計上について、処分行政庁が何ら指摘(処分)しなかったこと、法人税の更正の期間制限が平成16年の税制改正で変更され、その経過措置の規定が適用されるという特殊性がある。
(2)そのため、本訴においては、粉飾経理に係る単なる課税処理にとどまらず、前述のような更正の理由付記や信義則の適用も問題となった。それらについての本判決の判示が相当であることは前述した。
しかしながら、法人税法129条の適用に関しては、本判決は、当該規定の要件の充足した上で、国税通則法23条1項に定める更正の請求をしなければ減額更正を求められない旨判示しているが、前述したように、現行の更正の請求の規定(国税通則法23条等)からは本判決が判示するような手続は予定されていないように考えられる。そのことは、法人税法129条と更正の請求制度の不備を意味することになるものとも考えられる。
なお、係争の対象となった本件各処分のうち、平成16年12月期更正については、当事者の主張と本判決の紹介にとどめることとする。
(注1)前橋地裁平成14年6月12日判決(平成10年(ワ)第483号)、東京高裁平成15年2月27日判決(平成14年(ネ)第3787号)等参照。これらの判決については、品川芳宣「仮装経理処理を誤り嘆願書を提出しなかった場合の損害賠償義務」本誌40号22頁等参照。
(注2)金子宏『租税法 第15版』(弘文堂、平成22年)169頁等参照。
(注3)昭和25年制定の旧法人税基本通達51参照。
(注4)前出(注3)通達52参照。
(注5)品川芳宣『課税所得と企業利益』(税務研究会、昭和57年)4頁等参照。
(注6)欠損金額の繰越控除が7年とされたのは平成16年の改正であり、繰越期間は5年であった。
(注7)したがって、納税者は、加算税の軽減・免除、延滞税の減少等が期待される場合に、自主的に修正申告すれば足りることになる。
(注8)大阪地裁平成元年6月29日判決(税資170号952頁)。同判決の評釈については、品川芳宣『重要租税判決の実務研究 増補改訂版』(大蔵財務協会、平成17年)462頁参照。
(注9)名古屋高裁昭和51年9月29日判決(税資89号792頁)、大阪地裁昭和49年1月31日判決(訟務月報20巻7号108頁)等参照。
(注10)大阪地裁昭和51年3月30日判決(税資88号179頁)。同旨大阪地裁昭和45年9月22日判決(行裁例集21巻9号1148頁)、仙台高裁昭和63年1月27日判決(税資163号104頁)、広島地裁平成4年10月29日判決(税資193号274頁)等参照。
(注11)詳細については、品川芳宣「税法における信義則の適用について──その法的根拠と適用要件──」税務大学校論叢8号1頁(昭和49年)参照。
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