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解説記事2011年03月21日 【最新判決研究】 制限納税義務者に対する債務控除の範囲─被相続人に係る損害賠償債務の控除の可否─(2011年3月21日号・№395)

最新判決研究
制限納税義務者に対する債務控除の範囲
─被相続人に係る損害賠償債務の控除の可否─
品川芳宣
早稲田大学大学院教授

東京地裁平成20年(行ウ)第721号、平成22年7月2日判決
東京高裁平成22年(行コ)第266号、平成22年12月16日判決

一、事実
(1)X(原告、控訴人)は、アメリカの国籍を有し、現在、ブラジルに居住する者であり、相続税法1条の3第3項に該当するいわゆる制限納税義務者に該当する。Xは、平成17年1月17日に死亡した父甲を相続し(以下「本件相続」という。)、甲が有していた名古屋市、半田市及び東京都港区に所在する31筆の土地、家屋等(以下「本件不動産」という。)を相続した。
  甲は、昭和57年から平成17年に死亡するまでの間、繊維製品の製造、販売等を営むT紡績株式会社(昭和15年設立、名古屋市所在、以下「T会社」という。)の代表取締役を務めていた。また、Xも、平成4年6月19日から平成13年12月21日までの間、T会社の監査役を務めた。T会社は、国内の繊維業不況を打開するため、平成12年1月、同社所有の紡績機械(簿価約7億円、以下「本件機械」という。)をアメリカのP社へ170万ドル(換算1億8,020万円)で売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、最終的には、甲が関与するW社へ転売された。平成13年3月、T会社、P社及びW社は、T会社の経営悪化を理由に取引銀行等の指導により、本件売買契約について、P社がX会社に支払う売買代金を本件機械の帳簿価額を考慮して合計5億円(以下「本件売買代金」という。)の分割払いとし、P社が同代金を支払えない場合には、W社が直ちにX会社に同代金の全額を支払う旨合意した。しかし、本件売買代金は、W社の経営不振により、結果的には、弁済されることはなかった。
(2)その後、平成16年1月、T会社の更生手続が開始され、T会社管財人(以下「本件管財人」という。)は、平成16年2月及び3月、東京地方裁判所に対し、甲が本件売買契約等によりT会社に損害を与えたとして、旧商法266条等の規定に基づき、T会社が甲に対して有する5億円の損害賠償請求権の執行を保全するため、会社更生法99条に基づき、本件不動産について仮差押えの申立てをし、平成16年3月、同仮差押えの裁判(以下「本件仮差押え」という。)がされた。
  かくして、本件管財人は、東京地方裁判所に対し、甲及びXに対する役員等の責任に基づく損害賠償請求権の査定決定を求める申立てをした。同申立事件において、平成17年6月29日、甲及びXの弁護士と本件管財人との間で、概要次のとおり和解が成立した(以下「本件和解」という。)。
 ① Xは、T会社に対し、亡甲がT会社に対して支払うべき解決金の相続債務として、1億8,579万円余(以下、「本件解決金」という。)の支払義務があることを認める。
 ② Xは、T会社に対し、本件解決金から本件管財人に預託した3,040万円余(本件解決金に充当)を控除した1億5,538万円余を分割して支払う(以下「本件損害賠償債務」という。)。
 ③ T会社は、Xが本件解決金を完済したときは、本件仮差押申立事件を取り下げる。
   本件和解については、平成17年9月30日、本件管財人とXの代理人らによって、本件解決金が亡甲がT会社に対して負う旧商法266条1項4号及び5号に基づく損害賠償債務であるとする公正証書が作成された。また、平成15年10月1日から平成17年1月17日までの間に本件仮差押申立事件等に係る弁護士費用等499万円余(以下「本件弁護士費用」という。)を要した。
(3)かくして、Xは、本件相続に係る相続税について、本件損害賠償債務及び本件弁護士費用を相続財産の価額から控除して課税価格を計算し、平成17年11月17日、相続税申告書を処分行政庁(H税務署長)に提出した。
  これに対し、処分行政庁は、平成19年6月27日付けで、本件損害賠償債務及び本件弁護士費用は相続税法13条2項にいう「債務等」に該当しないとし、当該債務等の控除を否認する更正処分等(以下「本件処分」という。)をした。Xは、本件処分を不服として、不服申立ての前置を経て、国(被告、被控訴人)に対し、本件処分の取消しを求めて、本訴を提起した。

二、争点と当事者の主張

1 争  点
(1)本件損害賠償債務が債務控除の対象となるか(相続税法13条2項2号、3号又は5号該当性並びに14条1項該当性)
(2)本件弁護士費用が債務控除の対象となるか(相続税法13条2項2号、3号又は5号該当性)

2 Xの主張
(1)本件損害賠償債務の債務等該当性
 イ 本件仮差押えによって保全されている本件損害賠償債務を弁済しなければ、相続人が本件不動産の所有権を失うことは間違いなく、当該債務は当然に国内財産に関する債務と認められるべきであって、担保物権における目的物と被担保債権と同様の関係が認められるから、相続税法13条2項2号が規定する場合と利益状況は同一である。したがって、本件損害賠償債務は、同号に該当する。
   また、そのように解さなければ、相続税の課税価格を担税力に配慮して実質的な正味財産とする相続税法の本旨に反することになる。
 ロ 亡甲及びXが本件和解によって本件損害賠償債務を負担し、本件損害賠償債務を弁済しなければ、本件仮差押えによって所有権に対する制限が生じ、譲渡等の処分が制限されている本件不動産を本件相続によって取得することはできなかったはずである。したがって、本件損害賠償債務は、相続財産である本件不動産を取得、維持するために生じた債務であって、相続税法13条2項3号に該当する。
 ハ 亡甲は、ワンマン経営者としてT会社に君臨しており、仮に死亡退職に際してT会社から役員退職慰労金が支給されれば、これが相続財産とみなされてXの相続税の課税価格に算入されることから、T会社自体が相続財産を生み出す母体となることも併せて考慮すると、実質的にはT会社を亡甲が有している営業所又は事業所と同様に解することができるから、T会社の役員としての損害賠償債務である本件損害賠償債務は同項5号にいう「当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務」に該当する。
 ニ 亡甲は、本件相続開始前において、本件管財人との間で本件損害賠償債務に関する和解交渉を始めたのであるから、既に相当額の損害賠償義務の負担を覚悟していたというべきであるし、いまだ本件相続税の申告期限(相続開始より10か月)が経過していない本件和解の成立時点において、本件損害賠償債務の金額が確定していたことからすると、本件相続時点において、亡甲が負担する本件損害賠償債務は確実な債務であったというべきである(相続税法14条1項該当)。
(2)本件弁護士費用の債務等該当性  本件弁護士費用は、本件不動産を確保するための本件仮差押えの解除、本件和解等において生じたものであるから、本件損害賠償債務に準じて相続税法13条2項に規定する「債務等」として相続財産の価額から控除されるべきある。

3 国の主張
(1)本件損害賠償債務の債務等該当性
 同債務は、相続税法13条2項2号、3号又は5号に明示する「債務等」に該当しないから、相続財産の価額から控除することはできない。また、Xは、T会社の監査役を務めていたのであるから、亡甲と連帯して損害賠償の責を負うことになる。
(2)本件弁護士費用  同費用についても、本件損害賠償債務と同じ理由により、相続財産の価額から控除することはできない。

三、一審判決要旨

請求棄却。

1 本件損害賠償債務の債務等該当性
(1)相続税法13条2項は、制限納税義務者においては、当該相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものについては、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で同法13条2項各号に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額によると規定するところ、同項の趣旨は、同法が制限納税義務者の課税財産を同法施行地である国内の財産に限定した(同法2条2項)ことに対応して、その差し引くべき債務もまたその財産に関するもので、その者が支払うべきもののみに限定するという点にある。そして、同法13条2項2号は、当該財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保されている債務を控除すべき債務として掲げているが、その趣旨は、当該財産は、これらの担保権の設定により既にその交換価値を債権者に掌握され、担保権が設定された範囲においては実質的に被相続人の責任財産を構成しない財産となっており、相続人において被担保債権の弁済を行わなければその担保権が実行されて当該財産の所有権を失い、又は、取り戻すことができないことから、これらの担保権によって担保された債務は国内財産に関する債務と認められるため、控除の対象としたものと解される。他方、一般の先取特権は、同法施行地にある財産(課税財産)のみを目的とする担保物権ではないから、上記趣旨が妥当しないため、同号において一般先取特権を掲げていないものと解される。
  このような立法趣旨によれば、同号によって控除される債務は、国内財産を直接の目的とする担保物権で担保された債務に限定されているというべきである。これに対し、債務者の総財産を責任財産とする一般債務については、当該(一般)債務の弁済をしない場合に特定の財産の所有権等が必然的に失われる関係にはない。仮にこのような一般債務に係る債権を保全するために特定の不動産を目的として仮差押えがされたとしても、会社更生法99条による場合も含め、仮差押えは当該財産が債務者の責任財産から散逸することを防止し、将来の強制執行を確保するための手段にすぎず(民事執行法59条2項、87条2項参照)、仮差押えをした債権者が当該財産の強制執行によって弁済(配当)を受ける必然性はなく、また、当該財産は依然として一般債権者の引き当てとなる責任財産であるから、仮差押えをした債権者は、強制執行をした後においても、優先弁済権がなく、競売を通じて得られた換価代金から一般債権者として配当を受け得るにすぎない。逆に、他に債権者が存在することが想定される以上、仮に債務者が当該被保全債権に対する弁済を行ったとしても、当該財産に対する将来の強制執行の可能性は排除されない。このように一般債務については、それを被保全債権とする仮差押えがされたとしても、当該債務の弁済の有無と当該財産の所有権の保持、喪失との関係は相続税法13条2項2号所定の担保権で担保される債務と当該不動産との関係におけるような密接なものではなく、このような債務を当該国内財産に関する債務ということはできない。そうすると、同項の前記趣旨や同項が控除される債務を限定列挙していることに照らして、仮差押えがされた場合における被保全債権に係る債務が同項2号に該当すると解することはできないというべきである。
(2)相続税法13条2項3号は、上記の同項の趣旨を前提として、当該財産の未払取得代金、未払修繕費等の当該財産の取得、管理、維持のために生じた債務については、当該国内財産に関して生じた費用としての性質を有する債務であるため、控除の対象としたものであると解される。
  上記相続税法13条2項3号の立法趣旨に加え、同項が控除される債務を限定列挙していることに照らせば、当該財産の取得、管理、維持のために生じた債務については、上記のような性質を有する債務に限られると解するべきである。
  本件においては、本件損害賠償債務は、本件機械の売買に関して発生した亡甲のT会社に対する代表取締役としての旧商法266条1項4号及び5号に基づく損害賠償責任にすぎず、国内財産である本件不動産とは無関係に生じたものであって、本件不動産に関して生じた費用としての性質を有するものではないから、Xが相続により取得した国内財産について、亡甲がそれらの財産を取得するため、又は維持・管理するために生じた債務とはいえない。
  以上に対し、Xは、亡甲及びこれを相続したXが本件和解によって本件損害賠償債務を負担し、本件損害賠償債務を弁済しなければ、本件仮差押えによって譲渡等の処分が制限されている本件不動産を本件相続によって取得することはできなかったはずであるから、本件損害賠償債務は、本件の相続財産を取得するために要した債務であるなどと主張する。
  しかしながら、Xが主張する点は、結局のところ、亡甲には債権者の引き当てとなる財産が本件不動産程度しかなかったという事情をいうものにすぎず、仮にXの主張を前提とすれば、被相続人(債務者)の債務に対して責任財産が不足している場合、責任財産を相続財産として確保するために弁済をするならば、すべての債務が被相続人の責任財産を構成する財産の維持のために生じた債務に該当する可能性を有することとなるが、そのような解釈が相続税法13条2項の趣旨に反することは明らかというべきであるから、Xの主張は失当というべきである。
(3)相続税法13条2項5号は、上記の同項の趣旨を前提として、被相続人が国内に営業所又は事業所を有していた場合において、営業所又は事業所を有する者の当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の権利が課税財産とされることから(同法10条1項13号参照)、これに対応して、国内における被相続人の営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務についても控除の対象に含めることとして、同法13条2項1号ないし4号に規定する債務に該当しないものであっても、国内の営業所又は事業所に帰属する債務であれば控除の対象としたものと解される。
  このような趣旨にかんがみれば、同項5号における「営業所」、「事業所」及び「営業」、「事業」の各概念についても、課税財産との対応関係を維持するため、同法10条1項13号と異なる解釈をするべきではないし、通常の語義を離れて特別な解釈を施す必要もないというべきである。すなわち、「営業」とは、営利の目的をもって同種の行為を反復継続して行うことをいい、「事業」とは、一定の目的をもってされる同種の行為の反復継続的遂行をいい、「営業所」とは、商人の営業の本拠で、営業上の主要な活動が行われる一定の場所をいい、「事業所」とは、事業を行う場所をいうものと解される。
  しかるに、亡甲が死亡の際、T会社の代表取締役であることとは別に、個人として国内に営業所又は事業所を有し、何らかの営業又は事業を行っていた事実は認められないし、そもそも、本件損害賠償債務は亡甲に対するT会社に対する代表取締役としての損害賠償責任に基づくものであるから、亡甲(被相続人)の営業上又は事業上の債務には該当しない。
  したがって、本件損害賠償債務は、同号に該当しない。
  以上に対し、Xは、①亡甲はワンマン経営者としてT会社に君臨していたから、実質的にみるとT会社は亡甲が有していた営業所又は事業所と同様に解し得ること、②仮に亡甲が死亡退職に際して役員退職慰労金等を支給される場合にはT会社が相続財産を生み出す母体として亡甲の営業所等とみ得ることを理由に、本件損害賠償債務は「当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務」に該当する旨主張する。
  しかしながら、①いわゆるワンマン経営者であったとしても、代表取締役に就任していることをもって営業又は事業ということはできないし、独立した法人格を有する法人を個人の営業(営業所)又は事業(事業所)とみることもできないから、T会社が亡甲の営業所又は事業所であるとしたり、それらと同視することができるとしたりするXの主張は失当である。また、②相続税法10条1項6号は、退職手当金等の給与を支払った者の住所又は本店等の所在する場所にその給与(財産)が所在するものとしているが、その本店等が、被相続人の営業所又は事務所とみられるものとしているわけではないし、Xの主張するようなことを理由にT会社を亡甲の営業所等とみる余地はない。
  したがって、Xの主張はいずれも採用することはできない。
(4)以上によれば、本件損害賠償債務の相続税法14条1項該当性について判断するまでもなく、本件損害賠償債務が債務控除の対象とならないことは明らかというべきである。

2 本件弁護士費用の債務等該当性
(1)本件弁護士費用のうち、役員損害賠償請求権査定申立事件及び公正証書作成に関する部分について
 役員損害賠償請求権査定申立事件及び公正証書作成に関する弁護士報酬は、前提事実のとおり、本件管財人が申し立てた本件査定申立事件への応訴及び本件和解内容を反映した本件公正証書作成に要した弁護士報酬であるところ、これら弁護士報酬が生ずる原因となった本件損害賠償債務が相続税法13条2項2号又は3号の「債務」に該当しないことは上記のとおりであるし、その他、これら弁護士報酬等が上記各号の「債務」に該当する事情もうかがわれない以上、本件弁護士費用が、上記各号に該当するとは認められない。
 また、本件弁護士費用が同項5号に該当するか検討するに、亡甲は、死亡の際、T会社の代表取締役ではあったものの、取締役であること自体が業務ないし事業に該当するとはいえない上、国内に営業所又は事業所を有し、何らかの営業又は事業を行っていた事実は認められないから、本件弁護士費用が亡甲の「営業上又は事業上の債務」に該当することはないというべきである。
 したがって、役員損害賠償請求権査定申立事件及び公正証書作成に関する弁護士報酬は、相続税法13条2項2号、3号及び5号には該当せず、これに該当する旨のXの主張は採用することができない。
(2)本件弁護士費用のうち、名古屋市中区所在の不動産売却に関するアドバイスに対応する部分について  本件弁護士費用のうち、名古屋市中区所在の不動産売却に関するアドバイスに対応する部分は、当該不動産の売買契約締結直後、その登記が具備される前に、本件管財人によって当該不動産を含む本件不動産に本件仮差押えの登記が行われ、上記売買契約に基づく物件変動がこれに劣後することとなったため、弁護士に依頼して仮差押えを外して売却することを可能としたことに対する報酬等であるところ、当該譲渡に係る不動産自体は、本件相続時においては既に相続財産ではなくなっており、相続財産である本件不動産等との関係において、上記の行為をもってその取得のためのものということができないことはもちろん、その維持又は管理のためのものと位置づけることもできないから、当該弁護士報酬が本件不動産の取得等のために生じた債務ということはできない。
 また、亡甲は、死亡の際、T会社の代表取締役ではあったものの、国内に営業所又は事業所を有し、何らかの営業又は事業を行っていた事実は認められず、上記弁護士報酬等の対価としての委任事項の内容も、亡甲の営業ないし事業として行われたとは認められないから、亡甲の「営業上又は事業上の債務」には該当しない。
 なお、前記のとおり本件損害賠償債務が債務控除の対象とならない以上、本件弁護士費用が本件損害賠償債務に付随し、又は、これと同質であるとして同項各号のいずれかに該当すると認めることもできない。

四、控訴審判決要旨

控訴棄却。
(1)当裁判所も、本件損害賠償債務等は、いずれも相続財産から控除すべき債務には該当せず、本件処分はいずれも適法であって、Xの本件請求はいずれも理由がないと判断するものであるが、その理由は、次のとおり、Xの当審における主張に対する判断を加えるほかは、原判決のとおりであるからこれを引用する。
(2)Xは、亡甲が生前本件損害賠償債務を弁済していれば同債務が課税されることはなかった旨主張する。しかし、相続税法13条2項の各号に該当しない限り、債務控除の対象とはならないと解されるのであり、亡甲が生前において本件損害賠償債務等を弁済していれば、Xが相続できた積極財産はその分減額となるという実質的理由のみで、債務控除が認められるものではない。
  また、Xは、本件仮差押えによって担保される債務は、「国内財産を直接の目的とする担保物権で担保される債務」に限りなく類似するものであり、本件不動産と本件仮差押えに係る被保全債権との間には、留置権等の担保物権と被担保債権との間と同様の強い結合関係が認められ、租税法の解釈適用においては、当該関係条項の文言にかかわらず、当該事案の事実関係や当該条項の趣旨等を総合勘案して行われるべき旨を主張する。
  しかし、相続税法13条2項2号によれば、同号によって控除される債務は、国内財産を直接の目的とする担保物権で担保された債務に限定されるものと解されるのであり、同号を限定列挙と解すれば課税の公平を著しく害する結果となるとのXら主張は、独自の見解であって、採用することができない。そして、仮差押えは、将来の強制執行を確保するための手段であって、仮差押えをした債権者は、競売を通じて得られた換価代金から一般債権者として配当を受け得るにすぎず、一般債務については、それを被保全債権とする仮差押えがされたとしても、当該債務の弁済の有無と当該財産の所有権の保持、喪失との関係は担保権で担保される債務と当該不動産との関係におけるような密接なものではないといわざるを得ない。したがって、本件不動産と本件仮差押えに係る被保全債権との間には、留置権等の担保物権と被担保債権との間と同様の強い結合関係が認められる旨の控訴人の主張は、独自の見解であって、採用することができない。
(3)Xは、本件損害賠償債務を弁済しなければ、本件仮差押えによって譲渡等の処分が禁止されている本件不動産を本件相続によって取得することはできなかったのであるから、本件損害賠償債務は、本件の相続財産を取得するために要した債務にほかならず、相続税法13条2項3号の「その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務」に該当する旨主張する。しかし、本件損害賠償債務は、本件機械の売買に関して発生した亡甲のT会社に対する代表取締役としての旧商法266条1項4号及び5号に基づく損害賠償債務であるから、国内財産である本件不動産とは無関係に生じたものであって、Xが相続により取得した国内財産について、亡甲がそれらの財産を取得するため、又は維持・管理するために生じた債務ということはできない。
(4)Xは、亡甲はワンマン経営者としてT会社に君臨していたわけであるから、T会社こそが亡甲が死亡の際この法律の施行地に有していた「営業所又は事業所」に該当すると解することもでき、かつ、亡甲は単なる代表取締役であったにとどまらず、T会社のオーナーとしての地位も有していたのであり、同社の実質的支配者として取締役会も開かず同社のすべての経営判断をその一存で行っていたのであるから、正に亡甲とT会社は一体であったと評価することができるし、あるいは、本件損害賠償債務は、亡甲が当該「営業所又は事業所」となるT会社の経営上の落度から生じたものであるから、相続税法13条2項5号にいう「当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務」に該当すると解することも可能である旨主張する。しかし、亡甲がT会社の代表取締役であり、ワンマン経営者として君臨していたからといって、独立した法人格を有するT会社について、亡甲個人の営業所又は事業所とみることはできないし、亡甲の死亡退職に際してT会社から役員退職慰労金が支給されれば当該役員退職慰労金は相続財産とみなされるからといって、そのことがT会社を亡甲の営業所又は事務所とみるべき根拠となると解することもできない。本件損害賠償債務は、亡甲のT会社に対する代表取締役としての損害賠償責任に基づくものであって、亡甲の営業上又は事業上の債務に該当する余地はないというべきである。
(5)Xは、本件弁護士費用が、本件損害賠償債務の発生において生じたものであるから、同債務に準じて相続財産から控除されるべき旨主張する。
  しかし、本件損害賠償債務が相続税法13条2項に掲げる「債務」に該当するとは認められない以上、その付随費用として、本件弁護士費用が相続税法13条2項に掲げる「債務等」に該当するという余地はない。

五、解説

はじめに
 本件は、相続税法上のいわゆる制限納税義務が、被相続人が国内に有していた財産(本件不動産)を相続した場合に、被相続人に係る損害賠償債務等(本件損害賠償債務及び本件弁護士費用)が相続税法13条2項に規定する「債務等」に該当するか否かが主として争われたものである。
 本件のように、被相続人(親)が日本人であって長年国内で蓄積した財産を相続人(子)が国外で相続することは、最近のグローバル化の中でよく見かけることである。しかし、その場合の現行の相続税法上の課税関係に合理性があるとも思われない。すなわち、その場合の被相続人に係る債務等の控除は、相続税法13条2項の規定によって律せられるのであるが、当該条項は、明治38年の相続税創設の際に設けられたものを昭和22年の動乱期に一部修正されたものであるが、それらの立法趣旨も必ずしも明らかにされていない。
 また、本件の場合に、Xが国内に居住していれば、本件損害賠償債務等は控除されるものであるが、国外に居住しているだけの理由で当該控除が否定されるという理由も明らかではない。
 そうであれば、相続税法13条2項等の規定を最近の最高裁判所の判決にみられるように弾力的に解する余地も考えられそうであるが、本件各判決とも当該条項を形式的に適用しているにすぎない。その点についても、納得し難い問題を残している。
 いずれにしても、相続税法13条2項等の規定の解釈が法廷で争われることは、今後増加するものと見込まれるので、本件各判決の是非を検討することも重要な課題であると考えられる。

1 制限納税義務者に対する課税方法 (1)相続税法上の相続税の納税義務者は、①相続又は遺贈により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有する者、②相続又は遺贈により財産を取得した日本国籍を有する個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(当該個人又は当該相続若しくは遺贈に係る被相続人が当該相続又は遺贈に係る相続の開始前5年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがある場合に限る。)、③相続又は遺贈によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(②に該当するものを除く。)及び④贈与により相続時精算課税の規定(相法21の9③)の適用を受ける財産を取得した個人(①から③に該当するものを除く。)に区分される(相法1の3)。
  これらの納税義務者については、①及び②が無制限納税義務者と称され、③が制限納税義務者と称される。本件のXは、③に該当する制限納税義務者である。
(2)相続税の課税財産の範囲については、無制限納税義務者に対しては、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部(国の内外を問わず)について、相続税が課され、制限納税義務者に対しては、その者が相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものについて、相続税が課される(相法2)。
  次に、相続税の課税価格については、無制限納税義務者については、当該相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額であり、制限納税義務者については、当該相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものの合計額である(相法11の2)。
  そして、課税価格に算入すべき価額については、無制限納税義務者においては、相続等により取得した財産の価額から、①被相続人の債務で相続開始の際現に有するもの(公租公課を含む。)及び②被相続人に係る葬式費用の額が控除される(相法13①)が、制限納税義務者においては、この法律の施行地にある財産の価額から被相続人の債務で次に掲げるものの金額が控除される(相法13②)。
 ① その財産に係る公租公課
 ② その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保される債務
 ③ ①及び②に掲げる債務を除くほか、その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務
 ④ その財産に関する贈与の義務
 ⑤ ①から④に掲げる債務を除くほか、被相続人が死亡の際この法律の施行地に営業所又は事業所を有していた場合においては、当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務
   かくして、制限納税義務者においては、被相続人の債務でこの法律の施行地にあるものであっても、上記の①から⑤に該当しないものについては、相続財産の価額から控除されないことになる。そのため、本件損害賠償債務についても、当該債務が上記の①から⑤に該当するか否かが問題となる。
   なお、このように、相続財産の価額から控除される債務は、「確実と認められるものに限る。」(相法14①)とされている。本件においても、本件損害賠償債務及び本件弁護士費用について、この「確実性」も争点とされたものであるが、本件の各判決とも、本件損害賠償債務等が相続税法13条2項に掲げる「債務等」に該当しない以上、当該債務等の「確実性」を論じるまでもない旨判示している。

2 相続税法13条2項の沿革と性格 (1)相続税は、明治38年に導入されたものであるが、その目的は日露戦争の戦費調達にあったとされる。その導入時の相続税法(以下「旧相続税法」という。)は、現行法の制限納税義務者に対する課税に相当するものとして、次のように定めていた(旧相続税法3条2項)。
  「被相続人カ本法施行ニ住所ヲ有セサルトキハ相続開始ノ際本法施行地ニ在ル相続財産ノ価額ニ相続開始前1年内ニ被相続人カ本法施行地ニ在ル財産ニ付為シタル贈与ノ価額ヲ加ヘタルモノヨリ左ノ金額ヲ控除シタルモノヲ以テ課税価格トス
 ① 其ノ財産ニ係ル公課
 ② 其ノ財産ヲ目的トスル留置権、特別ノ先取特権、質権又ハ抵当権ヲ以テ担保セラル債務
 ③ 其ノ財産ニ関スル贈与ノ義務」
   この規定から解るように、当時は遺産課税方式が採用されていたので、国内に住所を有するか否かは被相続人を対象としていたものであり、制限納税義務者に対する課税は、主として、外国人が国内で財産を形成していて外国人による相続が発生した場合が想定されている。したがって、本件のように、被相続人が日本人で国内に住所を有する場合には、当該条項は適用されず、債務全体について控除が行われることになる。
(2)次いで、昭和22年に旧相続税法が全文改正され、相続税の課税方式が、遺産課税方式から遺産取得課税方式に改められた。その際、制限納税義務者に対する債務控除については、前述の旧相続税法の規定を基にし、「その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務」及び「被相続人が死亡の際、この法律の施行地に有している営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務」が加えられ、現行法へ引き継がれている。
  この立法趣旨については、「制限納税義務者は、そもそも課税対象となる相続財産が国内財産のみに限定されているため(担税力が認められる範囲が限定されている。)、無制限納税義務者と同様に確実な債務について一切認めることは担税力の不当な減少を招くことになるため、国内財産に対応する債務として認められるものを13条2項で列挙し、これに該当するもののみを債務控除の対象としたものと解される。」(注1)旨説明される。しかしながら、当該改正が戦後の動乱期に行われたこともあって、国内財産に対応する債務が何故に相続税法13条2項各号に限定されるのかという各号についての立法趣旨は、明らかにされていない。
  そのため、本件のように、被相続人が日本人(居住者)であって専ら国内において財産を形成して債務を有し、相続人(子)が偶々外国に居住していて制限納税義務者となっている場合に、当該債務の控除が制限されると(相続税法13条2項各号が限定的に解釈されると)、むしろ担税力(正味財産)がないにもかかわらず、不当に課税されるという結果を招くことになる。

3 本件損害賠償債務等の性質 (1)本件各判決の事実認定によると、本件で債務控除の可否で問題となった本件損害賠償債務及び本件弁護士費用の事実関係の要点は、次のとおりである。
  Xの父甲は、国内の繊維不況を打開するため、当時遊休状態にあった本件機械をアメリカのP社、W社へ1億8,020万円で譲渡したのであるが、その後、取引銀行の指導により、当該売買代金を5億円に改訂し、その回収を図ったが、弁済されることはなかった。その3年後、T会社に更生手続が開始され、本件管財人が本件機械の売買により甲がT会社に対して損害を与えたとして、甲に対して有する5億円の損害賠償請求権の執行を保全するため、本件不動産について本件仮差押えがされた。当該損害賠償請求訴訟は、甲の死5月後に和解(本件和解)となり、Xが、甲の相続債務として本件損害賠償債務を支払うことになったものである。この一連の訴訟等に関連し、Xは、本件弁護士費用を支払うことになったというものである。
  この事実関係において、①XがT会社の監査役を務めていたこともあって、本件損害賠償債務のうちXの責に帰す部分が存するか、②本件損害賠償債務及び本件弁護士費用が、相続税法14条1項にいう「確実と認められるもの」に当たるかも問題となった。これらの点について、本件各判決は、①については、本件損害賠償債務が甲に帰属することを前提としながらも、当該債務が相続税法13条2項各号に掲げる「債務等」に当たらないとし、②については、①の結論をもって、債務の確実性を論じるまでもないとして、Xの請求を棄却している。
(2)このような本件各判決の結論については、相続税法13条2項各号の規定を形式的に解釈する限りでは一つの考えであろう。しかし、本件の事実関係に即して実質的に考察した場合には、幾つかの疑問が生じる。
  その一つは、前述したように、相続税法13条2項の規定は、旧相続税法の規定を基としているものであるが、同法が、遺産課税方式の下に、被相続人の住所が国内に存するか否かを基準にして制限納税義務者を定め、それについての債務控除を定めていたことである。すなわち、明治時代において旧相続税法の下で制限納税義務者(被相続人)となる者は、ほとんど外国人に限定されることであろうから、当該外国人の本国における債務等と混同しないように、国内債務を限定したものと思料される。因みに、旧相続税法の下では、甲は無制限納税義務者に該当することになるから、本件損害賠償債務のような債務等は、甲の債務等として当然のことながら債務控除の対象となるはずである。そうであれば、本件のような場合に、相続税法13条2項各号の規定を弾力的に解する余地があるように考えられる。
  その二つは、本件の損害賠償訴訟は、本件相続開始の約1年前に始まり、かつ、和解交渉も甲の生前に始まり、本件和解が成立して、本件損害賠償債務が甲に帰属するものとして確定したのが本件相続開始後約5月後である。この場合、本件和解が甲の生前に成立し、本件損害賠償債務と本件弁護士費用が支払われていれば、それらに見合う財産は相続税の課税対象にならなかったはずである。そうであれば、本件和解の成立時期如何によって課税関係が激変するのも首肯し難いところであるので、本件各判決の相続税法13条2項の解釈に疑問が生じることになる。
  以上のような二つの疑問点については、いずれも本件において相続税法13条2項の規定を単に形式的に解するのみではなく、実質的に解する余地があって然るべきことを示唆するものである。そこで、そのような実質的な解釈に参考となる裁判例(判例)を次に検討することとする。

4 参考にすべき裁判例  前述したように、本件各判決は、相続税法13条2項の規定を余りに形式的に解釈したことが問題である。しかし、租税法の解釈適用においては、「文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に、規定の趣旨目的に照らしてその意味内容を明らかにしなければならない」(注2)と解されており、当該関係条項の文言にかかわらず、当該事案の事実関係や当該条項の趣旨等を総合勘案して行われることが肝要である。そのような観点から租税法が解釈適用され、本件においても参考とすべき裁判例として、次のような事例を挙げることができる。
 ① 譲渡所得の金額の計算上、譲渡土地の所有期間中に支払った借入金利子が当該土地の取得費に当たるとされた事例(東京高裁昭和54年6月26日判決・行裁例集30巻6号1167頁、最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決・民集46巻5号492頁)
   所得税法38条1項は、「譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、その資産の取得に要した金額……」と定めているところ、かって、土地等を取得した後に支払う借入金利子は「取得費」に当たらないとする課税処分が行われ、それを適法と認める裁判例も多かった(注3)。
   しかし、前掲東京高裁昭和54年6月26日判決は、借入金で取得した土地の保有期間の借入金利子につき、所得税法38条1項の「その資産の取得に要した金額」という文言に拘泥することなく、当該借入金利子も当該土地取得との間に相当因果関係が認められる旨判示して、取得費算入を認めた。その後、国税庁は、従前の取扱いを変更する旨の通達を発遣し(現行所得税基本通達38-8参照)、前掲最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決も、同様な判断を示している。
 ② 土地区画整理事業途上の更地について小規模宅地の課税の特例の適用を認めた事例(最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決・裁時1428号36頁)
   租税特別措置法69条の3第1項は、「相続の開始の直前において、……居住の用に供されていた宅地等」について、相続税の課税価格の計算の特例(最高80%の減額)を認めることとしている。この「居住の用に供されていた」の解釈については、通達によって、相続開始直前において建築中の建物の敷地についても特例適用を認める弾力的取扱いが行われてきたが、土地区画整理事業途上の更地につき、特例適用を否認する課税処分が行われ、下級審判決(注4)も当該処分を適法と認めた。
   しかし、前掲最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決は、「やむを得ずそのような状況に立たされたためであるから、相続開始ないし相続税申告の時点において、……本件仮換地を居住の用に供する予定がなかったと認めるに足りる特段の事情のない限り、……居住の用に供されていた宅地」に当たるとして、原判決を取り消した。
 ③ ゴルフ会員権の名義書換料が当該ゴルフ会員権を譲渡した場合の譲渡所得金額の計算上の「取得費」に当たるとされた事例(最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決・訟務月報52巻3号1034頁)
   所得税法60条1項は、贈与により取得した資産の取得費について、受贈者が「引き続きこれを所有していたものとみなす」と規定し、受贈者が贈与者の当該資産の取得費を引き継ぐ旨を定めている。また、ゴルフ会員権の名義書換料は、取得費以外に譲渡所得の金額から控除される「設備費」又は「改良費」(所法38①)に該当するわけではない。そのため、国税庁も、ゴルフ会員権の名義書換料を当該ゴルフ会員権の譲渡所得の金額から控除しない課税処分を行い、東京高裁平成13年6月27日判決(税資250号順号8931頁)等も当該課税処分を適法と認めてきた。
   しかし、前掲最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決は、前述の所得税法60条1項及び同法38条1項の規定の文言に拘らず、父親から贈与を受けたゴルフ会員権に係る名義書換料が当該ゴルフ会員権を取得するための付随費用に当たるから当該取得費に含まれるとして、原判決を取り消した。この最高裁判決を契機として、国税通則法が改正され、「国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈その他の国税庁長官の法令の解釈が、更正又は決定に係る審査請求若しくは訴えについての裁決若しくは判決に伴って変更され」た場合には、それを事由に更正の請求ができることとなった(通法23②三、通令6①五、通法71①二等)。
 ④ 法人税における所得税額控除につき、確定申告書に記載した控除額が過少であることを事由に更正の請求が認められた事例(最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1307号105頁、民集登載予定)
   法人税法68条3項は、法人税額から控除できる所得税額につき、確定申告書に控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細書の記載がある場合に限り適用し、かつ、「この場合において、同項の規定による控除されるべき金額は、当該金額として記載された金額を限度とする。」と定めている。そのため、確定申告書に記載した所得税額が誤って過少であるとする更正の請求(通法23①)に対しても、記載金額が限度であるとして理由がない旨の通知処分が行われてきており、当該通知処分について、下級審判決(注5)はこれを適法と認めてきた。
   しかし、前掲最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決は、法人税の確定申告書に控除すべき所得税額を誤って過少に記載した場合に、正当に控除すべき金額について所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思であったことが見取れるときには、それを事由とする更正の請求は適法であるとして、原判決を変更し、上告人の請求を認容した。この最高裁判決も、法人税法68条3項の文言に拘泥しなかったものである。
 以上の各判決は、当該条項の文言に拘らず、当該事案の事実関係と当該条項の趣旨等を総合的に勘案して実質的に解釈された代表的なものである。もちろん、このような解釈は、前記各判決に限られるわけではない(注6)。したがって、本件の相続税13条2項各号の規定の解釈においても、参考とされるべきものと考えられる。

5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、相続税法上のいわゆる制限納税義務者が、国内に住所を有し、かつ、国内で会社の代表取締役を務めていた被相続人が国内に有していた財産(本件不動産)を相続した場合に、被相続人の当該会社経営に係る損害賠償債務等(本件損害賠償債務及び本件弁護士費用)が、相続税法13条2項各号に想定する「債務等」に該当するか否かが主として争われたものである。
  本件の各判決は、前述のように、本件損害賠償債務及び本件弁護士費用について、相続税法13条2項2号、3号又5号に掲げる「債務」のいずれにも該当しないとして、当該債務控除を否認した課税処分を適法と認めたものである。
  近年、経済、人の移動のグローバル化が進む中、相続税・贈与税においても、国内に住所を有しない制限納税義務者の課税問題等が多発しているが、相続税法13条2項各号の適用の可否が法廷で争われたのは、本件が初めてのようである。その点では、本件各判決は、当該条項の解釈の先例として注目されるものである。
(2)しかしながら、本件で問題となっている相続税法13条2項の解釈適用については、前述したような問題がある。すなわち、まず、当該条項は、遺産課税方式を採用し、被相続人が制限納税義務者の判定の基礎としていた旧相続税法の規定を基にしていることである。しかも、当時、国内に住所を有しない制限納税義務者は、ほとんど外国人であって、日本人が制限納税義務者になることは余り想定されていなかった。また、旧相続税法時代であれば、本件における甲は、無制限納税義務者に該当するわけであるから、甲に対する本件損害賠償債務等は、当然に相続財産の価額から控除されることになる。したがって、それとのバランスが問題となる。
  更に、旧相続税法下の問題はともかくとして、本件において本件和解が甲の生前に成立して本件損害賠償債務及び本件弁護士費用が支払われていれば、当然のことながら、Xは、その支払後の相続財産について相続税を納付すれば足りることになる。それとのバランスにおいても、本件損害賠償債務等が相続開始時に未払い(債務)であるからと言ってそれらの控除を否定することは、相続により取得した正味財産に課税するという相続の本旨に悖ることになる。
  よって、本件損害賠償債務等に関する相続税法13条2項各号の解釈適用については、当該条項の文言のみに拘泥することなく、本件の実態に即して一層実質的な解釈が求められることになる。その実質的な解釈については、前記4で説明した各判決の考え方が参考にされるべきである。
  いずれにしても、本件については上告(上告申立て)がされているので、上告審の行方が注目されるところである。

(注1)大蔵省主税局調査課編『税の事典 上』(高文社、昭和26年)281頁。
(注2)金子宏『租税法 第15版』(弘文堂、平成22年)106頁。
(注3)東京地裁昭和46年9月30日判決(行裁例集22巻8・9号1356頁)、大阪地裁昭和48年9月6日判決(税資71号98頁)、大阪高裁昭和53年5月30日判決(同101号483頁)等参照。
(注4)福岡地裁平成16年1月20日判決(税資254号順号9513)及び福岡高裁平成16年11月26日判決(同254号順号9837)。
(注5)熊本地裁平成18年1月26日判決(判例タイムズ1274号153頁)、福岡高裁平成18年10月24日判決(判例タイムズ1274号148頁)等参照。
(注6)例えば、所得税法36条1項及び2項の規定に係る京都地裁昭和61年8月8日判決(訟務月報33巻4号1039頁)、大阪高裁昭和63年3月31日判決(同34巻10号2096頁)等参照。

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