解説記事2011年09月05日 【法令解説】 国際裁判管轄に関する民事訴訟法等の改正の要点(2011年9月5日号・№417)
法令解説
国際裁判管轄に関する民事訴訟法等の改正の要点
法務省民事局付検事 福田 敦
Ⅰ はじめに
国際裁判管轄に関する規定の新設を主な内容とする「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律」(平成23年法律第36号。以下「改正法」といい、条文は特に断らない限り改正後の民事訴訟法の条文をいう)が、第177回国会において成立し、平成23年5月2日に公布された(脚注1)。
本稿は、改正法の概要を紹介するものであるが、本稿中意見にわたる部分は、筆者の個人的見解にすぎないことをあらかじめお断りする。
Ⅱ 改正に至る経緯等
1 国際裁判管轄の意義 国際裁判管轄とは、外国の企業や個人が当事者となる渉外的な要素を有する事件について、日本の裁判所が審理することができるかどうかという問題である。
たとえば、日本の企業が、日本の裁判所に対し、外国の企業を被告とする訴えを提起した場合、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するのであれば、日本の裁判所において審理が行われることとなるが、日本の裁判所が国際裁判管轄を有しないのであれば、日本の裁判所は当該訴えを却下することとなる。
2 法改正の必要性 改正前の民事訴訟法には、国際裁判管轄についての明文の規定は存在しなかった。このため、裁判所は、判例等に基づき、基本的には民事訴訟法の国内土地管轄の規定に依拠しつつ、各事件における個別の事情を考慮し、「特段の事情」がある場合には日本の裁判所の国際裁判管轄を否定するという枠組みにより国際裁判管轄の有無を判断してきた(脚注2)。
しかしながら、これらの判例は、個々の訴えの類型に即して国際裁判管轄の判断基準を示したものではなく、一般的な準則を示したものにすぎないため、判例の示した準則のみでは、必ずしも明確性、法的安定性および当事者の予測可能性を十分に担保することができないことから、国際裁判管轄に関する具体的な規律を定める必要性が指摘されてきた。
この点、平成8年の民事訴訟法改正の際、財産権上の訴えに関する国際裁判管轄の規律が検討の対象とされたものの、当時、ヘーグ国際私法会議において、国際裁判管轄に関する一般的かつ広範な条約を作成することが検討されていたことなどから、国内法制の整備は見送られた。ところが、同会議におけるその後の交渉の結果、管轄合意に関する小規模な条約が採択されるにとどまり、近い将来、国際裁判管轄についての包括的な多国間条約が作成される見込みは失われた。これにより、国際裁判管轄の法制化は国内法の整備に委ねられることとなった。
このような背景を踏まえ、今般、民事訴訟法および民事保全法の一部が改正され、財産権上の訴えおよび保全命令事件に関する国際裁判管轄の規律が整備されるに至った(脚注3)。
3 法改正の意義 第1に、改正法は、具体的な訴えの類型ごとに日本の裁判所が国際裁判管轄を有する場合等を定めている。これにより、裁判所が適用すべきルールが明確化され、国際裁判管轄の存否が問題となる民事訴訟の適正かつ迅速な解決が期待される。
第2に、国際裁判管轄に関するルールが明確になることにより、国際取引に従事する企業や個人は、いかなる場合に日本の裁判所の国際裁判管轄が認められるかを予測しつつ、国際裁判管轄に関する合意の交渉をすることが可能となり、国際取引の円滑化にも資すると考えられる。
第3に、改正法は、消費者契約および労働関係に関する訴えについて、当事者間の経済力・交渉力の格差が大きいこと、国内の事案に比して、消費者および労働者の裁判所へのアクセスの保障に配慮する必要性が高いことなどに鑑み、国際裁判管轄に関する特則を設けており、消費者および労働者の権利保護が図られている点でも意義を有する。
Ⅲ 民事訴訟法に関する改正の概要
1 訴えの類型にかかわらず生じる国際裁判管轄
(1)自然人に対する訴え 改正法は、自然人を被告とする訴えについて、被告の住所等が日本国内にあるときに、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の2第1項)。これは、国際的な事案においても、相当な準備をして訴えを提起することのできる原告と、不意に訴えを提起されて応訴を余儀なくされる被告との間の衡平を図る趣旨である。
被告の住所がない場合または住所が知れない場合には、居所を基準に管轄権が定められ、国内外に被告の住所も居所もない場合またはその所在が知れない場合には、被告の最後の住所が基準となる。
(2)法人その他の社団または財団に対する訴え 改正法は、法人その他の社団または財団(以下「法人等」という)を被告とする訴えにつき、①その主たる事務所または営業所(以下「事務所または営業所」を「営業所等」という)が日本国内にあるとき、②その営業所等がない場合またはその所在地が知れない場合において、その代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の2第3項)。
2 訴えの類型ごとの国際裁判管轄
(1)債務の履行地 ア たとえば、日本の企業と外国の企業との間で売買契約が結ばれ、外国の企業が日本国内で製品を引き渡すことに合意したとする。また、日本の企業と外国の企業が売買契約において、日本法を準拠法と定め、日本の関連法令によれば製品の引渡地が日本国内であったとする。このような場合、製品の引渡しに関する紛争は、引渡地である日本の裁判所で審理されることが当事者の意思にかなう。
そこで、改正法は、契約上の債務の履行の請求を目的とする訴えについて、①契約において定められた債務の履行地が日本国内にあるとき、または②契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第1号)。
イ 上記アの例において、日本の企業が債務不履行を理由として外国の企業との売買契約を解除し、既に引き渡した製品の返還を求めるとする。この場合の訴訟物は法定債権たる不当利得返還請求権であるが、契約上の債務に関するものとして、上記アと同様の規律を適用することが当事者の意思にかなう。
そこで、改正法は、契約上の債務に関して行われた事務管理または生じた不当利得に関する請求、契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴えについても、上記①および②の場合には、日本の裁判所に提起することができると定めている(同号)。
(2)財産所在地 日本の企業が外国の企業を被告として訴えを提起する場合、その外国の企業が日本国内に差押可能な財産を有するときは、債権者である原告が債務名義を得て、その財産に対して強制執行をすることができるようにする必要がある。
そこで、改正法は、財産権上の訴えで金銭の支払いを請求するものについて、被告の差押可能財産が日本国内にあるときは、その財産の価額が著しく低いときを除き、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第3号)。
(3)営業所等の所在地 外国の企業が、日本国内に営業所を有し、その業務として日本の企業と取引をしたところ、後にこの取引を巡る紛争が発生した場合、その紛争に係る訴えについては、その営業所の所在する日本の裁判所が審理することができるようにすることが相当である。
そこで、改正法は、日本国内に営業所等を有する者に対する訴えでその営業所等における業務に関するものについては、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第4号)。
(4)日本において事業を行う者に対する訴え 外国の法人等は、日本国内に営業所を設置することなく、日本向けのウェブサイトを開設するなどして、その業務に関する取引を行うことが可能であるが(脚注4)、このような取引を巡り紛争が生じることがある。この場合、3条の3第4号の場合と同様、営業所を設置していない外国の法人等についても、その者の日本における業務に関する訴えについては、日本の裁判所に提起することができるようにすることが相当である。
そこで、改正法は、日本において事業を行う者に対する訴えについて、当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるときには、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第5号)。
(5)不法行為に関する訴え たとえば、日本に住所を有する人が、日本国内を旅行中の外国人の運転する自動車と接触し、傷害を負ったことから、当該外国人に対し、不法行為に基づき、損害賠償を求める訴えを提起するとする。このような場合、加害行為地である日本国内には、事故を起こした自動車や目撃者などの証拠方法が存在し、被害者にとっても便宜であることから、日本の裁判所に訴えを提起することができるようにする必要がある。
そこで、改正法は、不法行為があった地(加害行為地および結果発生地をいう)が日本国内にあるときは、原則として、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第8号)。
(6)不動産に関する訴え 不動産の所在地には、係争物である土地・建物、登記簿が存在するなど証拠調べに便宜であり、また、利害関係者が近くに居住していることも多い。
そこで、改正法は、不動産に関する訴えについて、不動産が日本国内にある場合には、日本の裁判所に訴えを提起することができると定めている(3条の3第11号)。
3 消費者契約および労働関係に関する訴え
(1)消費者契約に関する訴え 改正法は、消費者が事業者に対する訴えを提起する場合について、消費者契約締結時の消費者の住所または訴え提起時の消費者の住所が日本国内にあれば、日本の裁判所に訴えを提起することができると定めている(3条の4第1項)。
これに対し、事業者から消費者に対する訴えについては、改正法は、3条の3の規定は適用しないと定めている(3条の4第3項)。これによれば、外国の事業者が日本に住所を有する消費者を訴える場合には、原則として、消費者の住所地のある日本の裁判所で訴えを提起しなければならないこととなる。
(2)労働関係に関する訴え 改正法は、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争に係る訴え」(個別労働関係民事紛争(脚注5))に関する労働者から事業主に対する訴えについて、労務の提供の地が日本国内にある場合には、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の4第2項)。
また、改正法は、個別労働関係民事紛争に関する事業主から労働者に対する訴えについては、3条の3の規定は適用しないと定めている(3条の4第3項)。これによれば、外国の事業主が日本に住所を有する労働者を訴える場合には、原則として、労働者の住所地のある日本の裁判所で訴えを提起しなければならないこととなる。
4 管轄権の専属
(1)登記または登録に関する訴え 改正法は、登記または登録に関する訴えの管轄権について、登記または登録をすべき地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に専属すると定めている(3条の5第2項)。
これによれば、たとえば、日本国内にある土地に関する所有権移転登記手続請求に係る訴えの管轄権は、日本の裁判所に専属することとなる。
(2)知的財産権の存否または効力に関する訴え 改正法は、設定の登録により発生する知的財産権(特許権・実用新案権・意匠権・商標権等)で、日本において登録されたものの存否または効力に関する訴えの管轄権は、日本の裁判所に専属すると定めている(3条の5第3項)(脚注6)。
これは、設定の登録により発生する知的財産権は各国の行政処分により付与されることが多く、その権利の存否や有効性については、登録国の裁判所が最もよく判断することができると考えられるからである。
5 国際裁判管轄の合意(脚注7)
(1)原 則 改正法は、当事者間の国際裁判管轄の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしたものであれば、原則として有効であるとしている(3条の7第1項、2項)。
(2)消費者契約に関する紛争についての特則 改正法は、消費者契約に関する紛争を対象とする国際裁判管轄の合意は、次の2つの場合を除き、原則として無効としている(3条の7第5項)。これは、消費者契約において、消費者は、国際裁判管轄に関する約款の条項の意味を十分に理解せずに契約することが多く、また、契約締結時に消費者がそのような条項の削除を求めることは実際上困難であることを考慮したものである。
第1の例外は、事業者と消費者が、消費者契約締結時の消費者の住所がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨の国際裁判管轄の合意をする場合である(同項1号)。ただし、その合意が専属的な国際裁判管轄の合意であったとしても、付加的な合意とみなされる。
第2の例外は、消費者が国際裁判管轄の合意に基づきその合意に係る国の裁判所に訴えを提起したとき、または事業者が訴えを提起した場合において消費者がその合意を援用したときである(同項2号)。
(3)労働関係に関する紛争についての特則 改正法は、個別労働関係民事紛争を対象とする国際裁判管轄の合意は、次の2つの場合を除き、原則として無効としている(3条の7第6項)。これは、労働契約においては、事業者と労働者との間に交渉力・経済力の格差があることが多く、労働契約時においては、労働者がそのような条項を拒否することは実際上困難であることを考慮したものである。
第1の例外は、労働契約終了時の合意で、最後の労務提供地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意をした場合である(同項1号)。たとえば、日本に住む労働者が労働契約終了時に事業主と競業避止義務に関する合意をし、同時にその合意事項を巡る紛争は日本の裁判所において解決する旨の国際裁判管轄の合意をする場合には、当該国際裁判管轄に関する合意は有効とされる。ただし、その合意が専属的な国際裁判管轄の合意であったとしても、付加的な合意とみなされる。
第2の例外は、労働者が国際裁判管轄の合意に基づきその合意に係る国の裁判所に訴えを提起したとき、または事業主が訴えを提起した場合において労働者がその合意を援用したときである(同項2号)。
6 特別の事情による訴えの却下 改正法は、新設された国際裁判管轄に関する規定を適用すると、日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなる場合においても、裁判所が、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理および裁判をすることが当事者間の衡平を害し、または適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部または一部を却下することができると定めている(3条の9)。
ただし、専属的な国際裁判管轄の合意に基づく訴えについては、本条は適用されない。このような合意がある場合にまで事後的にその効力を否定することを認めると、国際裁判管轄の合意をすることにより管轄の有無を巡る紛争を防止しようとした当事者の意図に反すると考えられるからである。
Ⅳ 民事保全法に関する改正の概要
改正法は、民事保全手続についての国際裁判管轄についても規定を設け、日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき、または仮に差し押さえるべき物もしくは係争物が日本国内にあるときは、日本の裁判所に保全命令の申立てをすることができると定めている(民事保全法11条)。
Ⅴ 施行期日および経過措置
改正法は、公布の日(平成23年5月2日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される(附則1条)。
また、改正法の規定は、本法の施行後に提起される訴えおよび保全命令の申立てに適用される(附則2条1項、3項)。ただし、国際裁判管轄の合意についての規定は、本法の施行後にした合意について適用される(同条2項)。
脚注
1 本法律の条文等については、法務省ホームページhttp://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00034.html参照。
2 主要な判例として、最判昭56・10・16民集35・7・1224(マレーシア航空事件)、最判平9・11・11民集51・10・4055(ファミリー事件)がある。
3 改正法は、人事訴訟法を一部改正し、人事に関する訴えおよび人事訴訟を本案とする保全命令事件については、本法の規定は適用されないことを明らかにしている(附則5条)。
4 平成14年の商法改正により営業所の設置義務が廃止されたことから、現在、日本において取引を継続してしようとする外国会社には、営業所を設置しているものと、営業所を設置せずに日本における代表者を定めているものとが存在する。
5 具体例として、解雇の効力を争う紛争、賃金や退職金の支払いを求める紛争等が挙げられる。
6 知的財産権の侵害に係る訴え(損害賠償の訴え、差止めの訴えなど)は、3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」に当たると解される。
7 国際裁判管轄の合意(条文では、「管轄権に関する合意」との用語が用いられている)とは、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについての当事者間の合意をいう。国際裁判管轄の合意には、法定の管轄原因を有する国の裁判所に加え、他の国の裁判所にも訴えを提起することができる旨の付加的な合意と、合意した国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の専属的な合意とがあり得る。
国際裁判管轄に関する民事訴訟法等の改正の要点
法務省民事局付検事 福田 敦
Ⅰ はじめに
国際裁判管轄に関する規定の新設を主な内容とする「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律」(平成23年法律第36号。以下「改正法」といい、条文は特に断らない限り改正後の民事訴訟法の条文をいう)が、第177回国会において成立し、平成23年5月2日に公布された(脚注1)。
本稿は、改正法の概要を紹介するものであるが、本稿中意見にわたる部分は、筆者の個人的見解にすぎないことをあらかじめお断りする。
Ⅱ 改正に至る経緯等
1 国際裁判管轄の意義 国際裁判管轄とは、外国の企業や個人が当事者となる渉外的な要素を有する事件について、日本の裁判所が審理することができるかどうかという問題である。
たとえば、日本の企業が、日本の裁判所に対し、外国の企業を被告とする訴えを提起した場合、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するのであれば、日本の裁判所において審理が行われることとなるが、日本の裁判所が国際裁判管轄を有しないのであれば、日本の裁判所は当該訴えを却下することとなる。
2 法改正の必要性 改正前の民事訴訟法には、国際裁判管轄についての明文の規定は存在しなかった。このため、裁判所は、判例等に基づき、基本的には民事訴訟法の国内土地管轄の規定に依拠しつつ、各事件における個別の事情を考慮し、「特段の事情」がある場合には日本の裁判所の国際裁判管轄を否定するという枠組みにより国際裁判管轄の有無を判断してきた(脚注2)。
しかしながら、これらの判例は、個々の訴えの類型に即して国際裁判管轄の判断基準を示したものではなく、一般的な準則を示したものにすぎないため、判例の示した準則のみでは、必ずしも明確性、法的安定性および当事者の予測可能性を十分に担保することができないことから、国際裁判管轄に関する具体的な規律を定める必要性が指摘されてきた。
この点、平成8年の民事訴訟法改正の際、財産権上の訴えに関する国際裁判管轄の規律が検討の対象とされたものの、当時、ヘーグ国際私法会議において、国際裁判管轄に関する一般的かつ広範な条約を作成することが検討されていたことなどから、国内法制の整備は見送られた。ところが、同会議におけるその後の交渉の結果、管轄合意に関する小規模な条約が採択されるにとどまり、近い将来、国際裁判管轄についての包括的な多国間条約が作成される見込みは失われた。これにより、国際裁判管轄の法制化は国内法の整備に委ねられることとなった。
このような背景を踏まえ、今般、民事訴訟法および民事保全法の一部が改正され、財産権上の訴えおよび保全命令事件に関する国際裁判管轄の規律が整備されるに至った(脚注3)。
3 法改正の意義 第1に、改正法は、具体的な訴えの類型ごとに日本の裁判所が国際裁判管轄を有する場合等を定めている。これにより、裁判所が適用すべきルールが明確化され、国際裁判管轄の存否が問題となる民事訴訟の適正かつ迅速な解決が期待される。
第2に、国際裁判管轄に関するルールが明確になることにより、国際取引に従事する企業や個人は、いかなる場合に日本の裁判所の国際裁判管轄が認められるかを予測しつつ、国際裁判管轄に関する合意の交渉をすることが可能となり、国際取引の円滑化にも資すると考えられる。
第3に、改正法は、消費者契約および労働関係に関する訴えについて、当事者間の経済力・交渉力の格差が大きいこと、国内の事案に比して、消費者および労働者の裁判所へのアクセスの保障に配慮する必要性が高いことなどに鑑み、国際裁判管轄に関する特則を設けており、消費者および労働者の権利保護が図られている点でも意義を有する。
Ⅲ 民事訴訟法に関する改正の概要
1 訴えの類型にかかわらず生じる国際裁判管轄
(1)自然人に対する訴え 改正法は、自然人を被告とする訴えについて、被告の住所等が日本国内にあるときに、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の2第1項)。これは、国際的な事案においても、相当な準備をして訴えを提起することのできる原告と、不意に訴えを提起されて応訴を余儀なくされる被告との間の衡平を図る趣旨である。
被告の住所がない場合または住所が知れない場合には、居所を基準に管轄権が定められ、国内外に被告の住所も居所もない場合またはその所在が知れない場合には、被告の最後の住所が基準となる。
(2)法人その他の社団または財団に対する訴え 改正法は、法人その他の社団または財団(以下「法人等」という)を被告とする訴えにつき、①その主たる事務所または営業所(以下「事務所または営業所」を「営業所等」という)が日本国内にあるとき、②その営業所等がない場合またはその所在地が知れない場合において、その代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の2第3項)。
2 訴えの類型ごとの国際裁判管轄
(1)債務の履行地 ア たとえば、日本の企業と外国の企業との間で売買契約が結ばれ、外国の企業が日本国内で製品を引き渡すことに合意したとする。また、日本の企業と外国の企業が売買契約において、日本法を準拠法と定め、日本の関連法令によれば製品の引渡地が日本国内であったとする。このような場合、製品の引渡しに関する紛争は、引渡地である日本の裁判所で審理されることが当事者の意思にかなう。
そこで、改正法は、契約上の債務の履行の請求を目的とする訴えについて、①契約において定められた債務の履行地が日本国内にあるとき、または②契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第1号)。
イ 上記アの例において、日本の企業が債務不履行を理由として外国の企業との売買契約を解除し、既に引き渡した製品の返還を求めるとする。この場合の訴訟物は法定債権たる不当利得返還請求権であるが、契約上の債務に関するものとして、上記アと同様の規律を適用することが当事者の意思にかなう。
そこで、改正法は、契約上の債務に関して行われた事務管理または生じた不当利得に関する請求、契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴えについても、上記①および②の場合には、日本の裁判所に提起することができると定めている(同号)。
(2)財産所在地 日本の企業が外国の企業を被告として訴えを提起する場合、その外国の企業が日本国内に差押可能な財産を有するときは、債権者である原告が債務名義を得て、その財産に対して強制執行をすることができるようにする必要がある。
そこで、改正法は、財産権上の訴えで金銭の支払いを請求するものについて、被告の差押可能財産が日本国内にあるときは、その財産の価額が著しく低いときを除き、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第3号)。
(3)営業所等の所在地 外国の企業が、日本国内に営業所を有し、その業務として日本の企業と取引をしたところ、後にこの取引を巡る紛争が発生した場合、その紛争に係る訴えについては、その営業所の所在する日本の裁判所が審理することができるようにすることが相当である。
そこで、改正法は、日本国内に営業所等を有する者に対する訴えでその営業所等における業務に関するものについては、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第4号)。
(4)日本において事業を行う者に対する訴え 外国の法人等は、日本国内に営業所を設置することなく、日本向けのウェブサイトを開設するなどして、その業務に関する取引を行うことが可能であるが(脚注4)、このような取引を巡り紛争が生じることがある。この場合、3条の3第4号の場合と同様、営業所を設置していない外国の法人等についても、その者の日本における業務に関する訴えについては、日本の裁判所に提起することができるようにすることが相当である。
そこで、改正法は、日本において事業を行う者に対する訴えについて、当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるときには、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第5号)。
(5)不法行為に関する訴え たとえば、日本に住所を有する人が、日本国内を旅行中の外国人の運転する自動車と接触し、傷害を負ったことから、当該外国人に対し、不法行為に基づき、損害賠償を求める訴えを提起するとする。このような場合、加害行為地である日本国内には、事故を起こした自動車や目撃者などの証拠方法が存在し、被害者にとっても便宜であることから、日本の裁判所に訴えを提起することができるようにする必要がある。
そこで、改正法は、不法行為があった地(加害行為地および結果発生地をいう)が日本国内にあるときは、原則として、日本の裁判所に提起することができると定めている(3条の3第8号)。
(6)不動産に関する訴え 不動産の所在地には、係争物である土地・建物、登記簿が存在するなど証拠調べに便宜であり、また、利害関係者が近くに居住していることも多い。
そこで、改正法は、不動産に関する訴えについて、不動産が日本国内にある場合には、日本の裁判所に訴えを提起することができると定めている(3条の3第11号)。
3 消費者契約および労働関係に関する訴え
(1)消費者契約に関する訴え 改正法は、消費者が事業者に対する訴えを提起する場合について、消費者契約締結時の消費者の住所または訴え提起時の消費者の住所が日本国内にあれば、日本の裁判所に訴えを提起することができると定めている(3条の4第1項)。
これに対し、事業者から消費者に対する訴えについては、改正法は、3条の3の規定は適用しないと定めている(3条の4第3項)。これによれば、外国の事業者が日本に住所を有する消費者を訴える場合には、原則として、消費者の住所地のある日本の裁判所で訴えを提起しなければならないこととなる。
(2)労働関係に関する訴え 改正法は、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争に係る訴え」(個別労働関係民事紛争(脚注5))に関する労働者から事業主に対する訴えについて、労務の提供の地が日本国内にある場合には、日本の裁判所が管轄権を有すると定めている(3条の4第2項)。
また、改正法は、個別労働関係民事紛争に関する事業主から労働者に対する訴えについては、3条の3の規定は適用しないと定めている(3条の4第3項)。これによれば、外国の事業主が日本に住所を有する労働者を訴える場合には、原則として、労働者の住所地のある日本の裁判所で訴えを提起しなければならないこととなる。
4 管轄権の専属
(1)登記または登録に関する訴え 改正法は、登記または登録に関する訴えの管轄権について、登記または登録をすべき地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に専属すると定めている(3条の5第2項)。
これによれば、たとえば、日本国内にある土地に関する所有権移転登記手続請求に係る訴えの管轄権は、日本の裁判所に専属することとなる。
(2)知的財産権の存否または効力に関する訴え 改正法は、設定の登録により発生する知的財産権(特許権・実用新案権・意匠権・商標権等)で、日本において登録されたものの存否または効力に関する訴えの管轄権は、日本の裁判所に専属すると定めている(3条の5第3項)(脚注6)。
これは、設定の登録により発生する知的財産権は各国の行政処分により付与されることが多く、その権利の存否や有効性については、登録国の裁判所が最もよく判断することができると考えられるからである。
5 国際裁判管轄の合意(脚注7)
(1)原 則 改正法は、当事者間の国際裁判管轄の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしたものであれば、原則として有効であるとしている(3条の7第1項、2項)。
(2)消費者契約に関する紛争についての特則 改正法は、消費者契約に関する紛争を対象とする国際裁判管轄の合意は、次の2つの場合を除き、原則として無効としている(3条の7第5項)。これは、消費者契約において、消費者は、国際裁判管轄に関する約款の条項の意味を十分に理解せずに契約することが多く、また、契約締結時に消費者がそのような条項の削除を求めることは実際上困難であることを考慮したものである。
第1の例外は、事業者と消費者が、消費者契約締結時の消費者の住所がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨の国際裁判管轄の合意をする場合である(同項1号)。ただし、その合意が専属的な国際裁判管轄の合意であったとしても、付加的な合意とみなされる。
第2の例外は、消費者が国際裁判管轄の合意に基づきその合意に係る国の裁判所に訴えを提起したとき、または事業者が訴えを提起した場合において消費者がその合意を援用したときである(同項2号)。
(3)労働関係に関する紛争についての特則 改正法は、個別労働関係民事紛争を対象とする国際裁判管轄の合意は、次の2つの場合を除き、原則として無効としている(3条の7第6項)。これは、労働契約においては、事業者と労働者との間に交渉力・経済力の格差があることが多く、労働契約時においては、労働者がそのような条項を拒否することは実際上困難であることを考慮したものである。
第1の例外は、労働契約終了時の合意で、最後の労務提供地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意をした場合である(同項1号)。たとえば、日本に住む労働者が労働契約終了時に事業主と競業避止義務に関する合意をし、同時にその合意事項を巡る紛争は日本の裁判所において解決する旨の国際裁判管轄の合意をする場合には、当該国際裁判管轄に関する合意は有効とされる。ただし、その合意が専属的な国際裁判管轄の合意であったとしても、付加的な合意とみなされる。
第2の例外は、労働者が国際裁判管轄の合意に基づきその合意に係る国の裁判所に訴えを提起したとき、または事業主が訴えを提起した場合において労働者がその合意を援用したときである(同項2号)。
6 特別の事情による訴えの却下 改正法は、新設された国際裁判管轄に関する規定を適用すると、日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなる場合においても、裁判所が、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理および裁判をすることが当事者間の衡平を害し、または適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部または一部を却下することができると定めている(3条の9)。
ただし、専属的な国際裁判管轄の合意に基づく訴えについては、本条は適用されない。このような合意がある場合にまで事後的にその効力を否定することを認めると、国際裁判管轄の合意をすることにより管轄の有無を巡る紛争を防止しようとした当事者の意図に反すると考えられるからである。
Ⅳ 民事保全法に関する改正の概要
改正法は、民事保全手続についての国際裁判管轄についても規定を設け、日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき、または仮に差し押さえるべき物もしくは係争物が日本国内にあるときは、日本の裁判所に保全命令の申立てをすることができると定めている(民事保全法11条)。
Ⅴ 施行期日および経過措置
改正法は、公布の日(平成23年5月2日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される(附則1条)。
また、改正法の規定は、本法の施行後に提起される訴えおよび保全命令の申立てに適用される(附則2条1項、3項)。ただし、国際裁判管轄の合意についての規定は、本法の施行後にした合意について適用される(同条2項)。
脚注
1 本法律の条文等については、法務省ホームページhttp://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00034.html参照。
2 主要な判例として、最判昭56・10・16民集35・7・1224(マレーシア航空事件)、最判平9・11・11民集51・10・4055(ファミリー事件)がある。
3 改正法は、人事訴訟法を一部改正し、人事に関する訴えおよび人事訴訟を本案とする保全命令事件については、本法の規定は適用されないことを明らかにしている(附則5条)。
4 平成14年の商法改正により営業所の設置義務が廃止されたことから、現在、日本において取引を継続してしようとする外国会社には、営業所を設置しているものと、営業所を設置せずに日本における代表者を定めているものとが存在する。
5 具体例として、解雇の効力を争う紛争、賃金や退職金の支払いを求める紛争等が挙げられる。
6 知的財産権の侵害に係る訴え(損害賠償の訴え、差止めの訴えなど)は、3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」に当たると解される。
7 国際裁判管轄の合意(条文では、「管轄権に関する合意」との用語が用いられている)とは、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについての当事者間の合意をいう。国際裁判管轄の合意には、法定の管轄原因を有する国の裁判所に加え、他の国の裁判所にも訴えを提起することができる旨の付加的な合意と、合意した国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の専属的な合意とがあり得る。
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