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解説記事2011年09月12日 【実務解説】 内部者取引管理アンケートにみる上場会社のインサイダー取引未然防止体制(2011年9月12日号・№418)

実務解説

内部者取引管理アンケートにみる上場会社のインサイダー取引未然防止体制
 東京証券取引所自主規制法人上場管理部 調査役
 (前東京証券取引所自主規制法人売買審査部 調査役) 三木 亨

Ⅰ はじめに

 東京証券取引所自主規制法人は、本年1月末から、大阪、名古屋、福岡、札幌の各地証券取引所と合同で「第三回全国上場会社内部者取引管理アンケート」(以下「本アンケート」「今回のアンケート」等という)を実施し、本年8月29日、調査報告書を公表した(脚注1)。
 本アンケートは、平成23年1月1日時点で全国の証券取引所に上場していたすべての内国上場会社3,648社を対象として調査票を郵送する形式で実施したものであり、本調査報告書は回答の得られた2,387社(有効回答率65.4%)のデータを分析して取りまとめたものである。
 本アンケートは、平成19年の第一回、平成21年の第二回に続く第三回であるが、各回とも上場会社各社のインサイダー取引未然防止体制の現状を把握し、インサイダー取引に係る法令遵守意識の向上を促すことを目的として実施しているものである。
 本稿では以下、本アンケートから読み取ることのできる上場会社のインサイダー取引の未然防止体制の現状を紹介し、若干の考察を加えることとする。
 なお、文中意見にわたる部分はすべて筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織・団体の見解を代表するものではないことを予めお断りしておく。

Ⅱ 本アンケートにみるインサイダー取引未然防止体制の現状

1 内部者取引管理規程の整備状況(本アンケート・問1~3)
(1)内部者取引管理規程の有無
 今回のアンケートでも、第一回・第二回に続き、内部者取引管理規程の有無に関する設問を設けたところ、既に97.0%の上場会社において内部者取引管理規程が存在することが明らかとなった。
 しかし、その一方で、いまだに規程が存在しない上場会社も少数ながら存在することが明らかとなった。かかる上場会社においては早急に規程を整備することが望まれる(脚注2)。
(2)内部者取引管理規程の改訂状況  ひとたび内部者取引管理規程を作成したとしても、それに永続的に依拠することは妥当とはいえず、適時・適切なアップデートを図る必要がある。
 この点、今回のアンケートでは、直近の規程の見直し時期を具体的に問うたところ、直近の見直し時期が平成10年以前であるとの回答も散見され、必ずしも規程の適時・適切なアップデートがなされていないことが明らかとなった。
 規程を見直すべきタイミングについては、一般的には、関係法令が改正されたとき、会社の規模や体制が変化したとき等が挙げられるが、近時はM&A等の組織再編も活発に行われており、かかるM&Aを契機として規程を見直すことも必要になり得ると考えられる。
 また、今回のアンケートでは、役職員からの意見聴取を契機として規程を見直したとの回答もみられた。具体的には、規制が厳格過ぎるとの意見に応じて規制を一定程度緩和したという例である。
 会社としてはインサイダー取引の未然防止のために厳格な規制を課す方向に流れがちであるが、役職員の資産形成の自由を保障する観点からは、規制の必要性の小さい職員に過度な規制を課すことは妥当といえず、かかる取組みは参考になると思われる。

2 重要事実としての管理開始時期(本アンケート・問4~5)
(1)決定事実
 インサイダー取引規制上の重要事実のなかのいわゆる決定事実(金商法166条2項1号)について、いかなる時点から重要事実としての管理を開始するかは、上場会社各社の重大な関心事であると思われる。
 この点、第二回のアンケート(問7)では同旨の設問について、「重要事実となる情報を特定の機関で決定したとき」と回答した会社が最も多く(33.4%)、第二回の調査報告書中で「33.4%の上場会社が取締役会等のいわゆる機関決定を重要事実の決定のタイミングとしていることが明らかになっています。前回(第一回)の40.0%から多少の改善がみられるものの、未だ社数にして約1,000社もの上場会社において、重要事実の認識・管理時期が遅いと思われる結果となりました」と指摘したところである。
 しかし、第二回アンケートの選択肢中の「特定の機関」の意味するところが必ずしも明らかではないとの指摘があったことから、今回のアンケートでは選択肢に変更を加え、より具体的な回答を得ることを試みたところ、図表1のとおりの結果が得られた。

 「決定」の時期について、本年6月6日の村上ファンド事件最高裁決定では、「公開買付け等の実現可能性が全くあるいはほとんど存在せず、一般の投資者の投資判断に影響を及ぼすことが想定されないために、同条2項(=金商法167条2項)の『公開買付け等を行うことについての決定』というべき実質を有しない場合があり得るのは別として、上記『決定』をしたというためには、上記のような機関(=実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関)において、公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しないと解するのが相当である」と述べられている(注・下線部は筆者が付記した)。
 本決定中の「実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関」が具体的にいかなる機関を指すかについては、文字どおり「実質的」な検討が必要となるため、上場会社全社に当てはまるような一般論を提示することはできない。この点は各社において自社の意思決定プロセス等を慎重に検討して判断する必要があろう。
 そして、「決定」の時期については実質的な検討が必要であることから、今回のアンケート結果についても直ちに「早すぎる」「遅すぎる」といった評価をすることはできない。
 ただ、少なくとも「⑧会社法所定の決定権限のある機関(一般的には取締役会)による決定」を選択した会社では、実際には当該機関決定以前にインサイダー取引規制上の「決定」に至っているおそれが大きく、運用の改善が必要であると思われる(なお、⑧以外を選択した会社の運用がインサイダー取引規制に適合していることを保証するものではないので、留意されたい)。
(2)決算情報  インサイダー取引規制上の重要事実のなかのいわゆる決算情報(金商法166条2項3号)についても、いかなる時点から重要事実としての管理を開始するかについて、上記決定事実と同様の形式でアンケートを実施したところ、図表2のとおりの結果が得られた。

 この結果についても直ちに一定の評価をすることは困難であるが、過去の裁判例において「取締役会の決議によって最終的に公表数値が具体的に確定しなければ、これが算出されたことにならない、と解したのでは、証券取引市場の公正性及び健全性に対する投資者の信頼を確保しようとする立法趣旨は没却されてしまうことがしばしば生ずることになる」(脚注3)と述べられていることや上記村上ファンド事件最高裁決定の趣旨に照らすと、少なくとも「⑤会社法所定の決定権限のある機関(一般的には取締役会)の決定」を選択した会社では、運用の改善が必要であると思われる(なお、上記同様、⑤以外を選択した会社の運用がインサイダー取引規制に適合していることを保証するものではないので、留意されたい)。

3 自社株売買の管理手続等(本アンケート・問9)
(1)自社株売買の管理手続
 上場会社における役職員の自社株売買の管理手続については、図表3のとおり、前回と比較して大きな差異は認められなかった。

 前回と比較して5ポイント以上の増減があったものとしては、重要情報に接する可能性の高い職員について許可型を採用する会社が5.9ポイント増加したこと、配偶者・同居家族について無関知型を採用する会社が5.8ポイント増加したことが挙げられる。
 前者は、インサイダー取引の摘発が依然として続くなかで、重要情報に接する可能性が高いがゆえにインサイダー取引に及ぶおそれも大きいと思われる役職員について、より厳格な管理手続を採用する動きと考えられる。
 後者は、配偶者や同居家族のインサイダー取引の未然防止は一義的には情報管理の徹底によって達成すべきものであると考える会社が増加するに至ったのではないかと考えられる。
(2)J-IRISS(ジェイ・アイリス)  自社株売買の管理手続を履践することの主目的は当然ながら自社役職員のインサイダー取引の未然防止にあるが、同じ目的を達成するための取組みとしてJ-IRISS(Japan-Insider Regis-tration&Identification Support System)というシステムが存在する。
 紙幅の都合上、J-IRISSの詳細については日本証券業協会のウェブサイトに譲ることとするが(脚注4)、平成23年7月、日本証券業協会および全国の証券取引所は、J-IRISSに登録していない上場会社の代表者に宛ててJ-IRISS登録に関する要請文を発出した(脚注5)。
 また、インサイダー取引に関する法令等を所管する金融庁および証券取引等監視委員会は、J-IRISSの有用性に言及したうえで市場関係者に対し積極的な活用を改めて要請した(脚注6)。
 このような登録促進活動によりJ-IRISSに登録している上場会社の比率は引き続き上昇しているところであり、未登録の上場会社におかれては早急に登録を検討されたい。

4 上場会社における啓発活動(本アンケート・問13等)  「仏作って魂入れず」ということわざがあるが、インサイダー取引に関しても、役職員のインサイダー取引の未然防止のためには、社内規程等を整備するのみ、すなわち「仏を作る」のみでは十分ではない。インサイダー取引が悪であることや社内規程の内容等について役職員に周知し、「魂を入れる」ことが必要不可欠である。
 この点、既に上場会社においては各社各様の啓発活動を実施しているところであるが、いかなる啓発活動が効果的であるかについては唯一絶対の解があるわけではなく、各社において試行錯誤を重ねているところと思われる。
 そこで、今回のアンケートでは、いかなる啓発活動が効果的と考えるかを問うたところ、社内の担当者や社外の専門家を講師として行う集合研修や動画視聴、経営トップによるメッセージの発信といった啓発活動が効果的であるとの意見が多かった。事業所が各地に点在している上場会社のように、集合研修等の実施が容易でない会社もあると思われるが、やはり役職員の自主的な学習のみに任せるのみではなく、会社から能動的に働きかけることは有用であると思われる。
 なお、今回のアンケートでは啓発活動の具体的内容、頻度、1回当たりの時間等についても設問を設け、調査結果を公表しているので、各社の取組みの参考にされたい。

5 子会社の未然防止体制整備(本アンケート・問19~22)  インサイダー取引規制においては、子会社の役職員もインサイダー取引の主体となり(金商法166条1項柱書)、子会社に係る情報もインサイダー取引規制上の重要事実となる(同条2項5号~8号)とされている。
 よって、上場会社の子会社においても未然防止体制を整備することが望ましいと考えられるが、今回のアンケートで初めて、子会社の規程の整備状況や啓発活動の実施状況について調査を行ったところ、子会社(特に海外子会社)については必ずしも未然防止体制の整備が進んでいないと思われる結果となった。
 子会社の未然防止体制を整備するには人的体制・物的体制の整備など、様々なコストを要すると思われるが、ひとたびインサイダー取引が発生したときのダメージの大きさに鑑みると、発生のリスクの大小を勘案しながら、順次、体制整備を進めることが望ましいであろう。

6 売買管理・情報管理体制についての自己評価(本アンケート・問23)  現在の売買管理・情報管理体制についての自己評価については、図表4のとおり、「適切な水準にある」と回答した会社が売買管理については前回より0.8ポイント増加したものの、情報管理については前回より6.6ポイント減少する結果となった。

 情報管理について「適切な水準にある」と回答した会社が減少した原因は必ずしも明らかでないものの、企業の情報漏洩事件が後を絶たないなかで、自社の情報管理体制に不安を感じるに至った会社が増加したことが一因と思われる。
 また、情報技術の発展に伴い、役職員個々人が広く社会に向けて情報を発信することのできるツール(ブログ、ツイッター等)が普及しており、このことも上場会社に不安を抱かせる一因になっていると考えられる。
 証券取引等監視委員会の公表資料(脚注7)によると、平成21年度・22年度ともにインサイダー取引に対する課徴金勧告事案の過半数が情報受領者によるものであり、このことからも情報管理がインサイダー取引の未然防止に直結することは明白である。
 東京証券取引所でも、有価証券上場規程(脚注8)において、上場会社に望まれる事項の1つとして、内部者取引の未然防止に向けた情報管理体制の整備を挙げている。
 上場会社各社においては、情報管理の徹底がインサイダー取引の未然防止に直結することを改めて認識したうえで、情報管理体制の整備に努めることが望まれる。

Ⅲ おわりに
 今回のアンケートでは、最後の設問として、役職員の私的な株取引におけるインサイダー取引のような個人の犯罪についてまで、会社が未然防止体制を構築すべき理由についていかに考えるかを問うた。
 この設問について、従来は、役職員のインサイダー取引が発生し、課徴金勧告や刑事告発がなされると、それが大々的に報道されることにより会社の信用失墜、イメージダウンにつながり、場合によっては社内調査の負担等も発生することにより企業価値が毀損されることとなるので、かかる事態を防止する必要があると説明されることが多かったように思う。もちろん株式会社が営利を目的とする存在であることを前提とすると、このような説明は大いに納得できるものである。
 この点、今回のアンケートでは、未然防止体制を構築すべき理由として、このように「会社を守る」ことを理由として挙げた会社がやはり多数存在したが、それにとどまらず、「役職員を守る」ことを理由として挙げた会社や、さらには「市場の公正を守る」ことを理由として挙げた会社も多数存在した。
 筆者は東京証券取引所自主規制法人売買審査部在籍中、売買審査関係業務のみならず、上場会社におけるインサイダー取引未然防止の支援業務にも従事していたものであるが(脚注9)、今回のアンケートの結果、多数の上場会社がインサイダー取引の未然防止体制を構築することに極めて重要な意義を見出していることが改めて明らかとなった。
 今後も上場会社各社では、このように重要な意義を有するインサイダー取引の未然防止活動に尽力されることと思われるが、今回のアンケートと本稿がその一助になれば幸いである。

脚注
1 第一回~第三回(今回)の調査報告書全文を東京証券取引所のウェブサイトhttp://www.tse.or.jp/sr/unfair/houkoku.htmlに掲載しているので、参照されたい。なお、第二回の概況を紹介するものとして、栗田伸明「インサイダー取引に係る未然防止の取組みの現状」本誌326号4頁参照。
2 金融商品取引法において既にインサイダー取引が禁止されているにもかかわらず、それに加えて社内規程を整備する必要があるのかという疑問があり得るが、これに対する回答としては、本調査報告書38頁に掲載されているコラム1「自社株売買を山登りに例えると…」のなかでM部長が述べている内容を1つの考え方として参考にされたい。
3 東京地判平成4年9月25日資料版/商事法務105号230頁(マクロス事件判決)。
4 http://www.jsda.or.jp/katsudou/j-iriss/index.html参照。
5 日本証券業協会および全国の証券取引所がJ-IRISSに登録していない上場会社の代表者に宛てて発出した要請文「J-IRISSへの御登録のお願いについて」(平成23年7月付)については、http://www.tse.or.jp/sr/unfair/b7gje60000014jp9-att/j-iriss.pdf参照。
6 金融庁および証券取引等監視委員会は日本証券業協会および全国の証券取引所に宛てて発出した要請文「J-IRISSの活用等を通じたインサイダー取引の防止に向けた取組みについて」(平成23年6月27日付)のなかで、「J-IRISSへの登録は、上場会社の役職員によるインサイダー取引を防止するためのいわば“アラームシステム”として、社内規則等においてインサイダー取引の防止に向けた取組みを行っている上場会社にとっても、当該取組みの実効性を担保する機能を有しているなど、上場会社における法令遵守態勢の整備に資するものであります」と述べている。東京証券取引所グループに宛てて発出された要請文についてはhttp://www.tse.or.jp/sr/unfair/b7gje60000014jp9-att/sankou1.pdf参照。
7 証券取引等監視委員会事務局が公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」(平成23年6月版)(http://www.fsa.go.jp/sesc/actions/jirei_20110621.pdf)参照。
8 有価証券上場規程449条は「上場会社は、その役員、代理人、使用人その他の従業者による内部者取引の未然防止に向けて必要な情報管理体制の整備を行うよう努めるものとする。」と定める。
9 東京証券取引所自主規制法人では、東証COMLEC(コムレック、COMLECはCompliance Learning Centerの頭文字から成っている)においてコンプライアンス支援活動を実施しているので、必要に応じてご利用いただきたい。支援活動の詳細についてはhttp://www.tse.or.jp/sr/comlec/program.html参照。

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