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解説記事2012年03月26日 【実務解説】 大口株主による株式売却とインサイダー取引規制(2012年3月26日号・№444)

実務解説
大口株主による株式売却とインサイダー取引規制
  長島・大野・常松法律事務所 弁護士 鈴木謙輔
                弁護士 石川晃啓

Ⅰ はじめに──平成23年度税制改正を踏まえて──

 大口株主が上場株の売買をする場合、金融商品取引法(金商法)上のインサイダー取引規制が1つの重大な関心事となる。平成23年度税制改正により、上場株に係る配当所得について申告分離課税ではなく総合課税を受ける大口株主の株式保有割合要件が5%以上から3%以上へ引き下げられており(租税特別措置法8条の4第1項1号)(脚注1)、特に株式保有割合が3%以上5%未満の上場株主において、株式売却への関心の高まりがみられる。
 本稿では、上場会社の大口株主が株式売却を行う場合について、インサイダー取引規制(金商法166条)(脚注2)のポイントを改めて振り返りながら、実務上の留意点を解説する。
 なお、本稿の内容はいずれも筆者らの個人的な見解であり、筆者らが現在所属し、または過去に所属した団体・組織の見解を示すものではないことにご留意いただきたい。

Ⅱ インサイダー取引規制の概要

1 規制要件
 インサイダー取引規制の要件は、金商法166条に詳細に定められているが、上場株の売買を行う場面に関して概観すると、
・上場会社の「会社関係者等」は、
・「重要事実」を知った場合、
・それが「公表」される前に、
・「売買等」をしてはならない
とシンプルに表現することができる。
 なお、インサイダー取引規制は一般的に形式犯であるといわれており、法令が定める一定の行為類型に該当すれば違反となるので、注意する必要がある。例えば、取引により行為者に利益が生じたことは要件とされていないし、取引にあたって重要事実を「利用した」ことや重要事実に「基づいて」行ったことも要件とされていない。
 以下においては、上記要件のうち「会社関係者等」「重要事実」「公表」「売買等」についてそれぞれ解説する。
(1)会社関係者等  規制対象となる主体の「会社関係者等」は、「会社関係者」と「情報受領者」に大別される。
 「会社関係者」とは、表1に掲げる身分を有する者であり、これらの者が表1にそれぞれ掲げる場面に該当する場合に、インサイダー取引規制の対象となる(金商法166条1項各号)。なお、これらの身分を有していた間に重要事実を知っていた場合には、これらの身分を有しなくなった後1年間は、引き続き会社関係者に該当し、規制対象となる。

 上場会社の大口株主は、表1に該当しうる(会社法上、原則として株式保有割合3%以上の株主が会計帳簿閲覧請求権を有することとされている)ほか、上場会社の役員である場合には表1に該当しうるし、また、上場会社との間で投資契約等の契約を締結している場合や契約の交渉をしている場合には表1に該当しうるので、規制対象となる場面が必ずしも株主としての権利行使を通じて重要事実を知ったときに限られないことに注意する必要がある。
 また、会社関係者から重要事実の伝達を受けた者(一次情報受領者)もインサイダー取引規制の対象となる。この点、一次情報受領者からさらに重要事実の伝達を受けた者(二次情報受領者)は原則として規制対象とはならない(金商法166条3項)(脚注3)。ただし、一次情報受領者に該当するか否かは実質的に判断され、他人を形式的に介在させたとしても一次情報受領者として規制対象となりうる(脚注4)。
(2)重要事実  規制対象となる情報の「重要事実」は、金商法166条2項に詳細に規定されている(表2参照)。

 これらのうち決定事実、発生事実および決算情報(表2)については、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(取引規制府令)で一定の基準が定められているものがあり、その基準に照らして重要性が認められるもののみが「重要事実」となる(取引規制府令49条~53条、55条)。例えば、上場会社に係る決定事実(表2の①)のうち新株の発行については、払込金額の総額が1億円未満と見込まれるものは「重要事実」から除かれる(取引規制府令49条1号イ)。
 なお、「重要事実」のうち決定事実(表2)については、特にその発生時期に留意する必要がある。
 すなわち、「業務執行を決定する機関」が一定の事項を「行うことについての決定」をしたことが決定事実に該当するところ、「業務執行を決定する機関」は、会社法所定の機関(取締役会等)に限らず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足り、その会社における意思決定の実情・具体的な手続に応じて判断されると考えられている。また、「行うことについての決定」は、新株の発行等それ自体やその実施に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものと解されているが、特に未確定の事項について決定が行われた場合に、具体的にどのような内容を決定すればこれに該当するかは一義的に明確ではない(脚注5)。このため、具体的な事実関係によっては、決定事実が早期に発生していたと判断される可能性もある。
 さらに、法令で具体的に規定されている決定事実、発生事実および決算情報(表2)に該当しない場合であっても、重要と思われる事実については、いわゆるバスケット条項(表2)に該当する可能性がある。バスケット条項については、通常の投資者がその事実を知った場合に、上場株について当然に「売り」または「買い」の判断を行うと認められるものであればこれに該当すると考えられているが、軽微基準は定められておらず、その外延は明確でないため、個別事例ごとの慎重な判断が求められる。
(3)公   表  重要事実について「公表」がなされればインサイダー取引規制の対象とならないが、その「公表」は、表3に掲げる方法に限定されている(金商法166条4項、金融商品取引法施行令30条)。例えば、上場会社等のウェブサイトに情報を掲載するのみでは、「公表」に該当しない。

 また、「公表」は基本的に上場会社等が行う必要があるため、上場会社等からの公表なくスクープ報道がなされた場合は、「公表」に該当しない。
(4)売 買 等  規制対象となる行為の「売買等」とは、上場株に係る売買その他の有償の譲渡・譲受けまたはデリバティブ取引をいう(金商法166条1項柱書)。
 証券会社を通じて市場で売買をする場合はもちろん、市場外で相対取引をする場合も規制対象となる。他方、無償で行う贈与や相続は規制対象とならない。
 なお、誰が売買等を行っているかは実質的に判断され、他人の名義で取引をする場合(例えば、家族や知人、資産管理会社の名義で取引をする場合)であっても、実質的に売買等を行う者としてインサイダー取引規制の対象となりうるので、注意する必要がある。
(5)適用除外  上記の要件を満たす場合であっても、例外的にインサイダー取引規制の対象とならない場合が法令上具体的に列挙されている(金商法166条6項各号)。例えば、法令上の義務に基づき売買等を行う場合(同項3号)や、後述する「クロクロ取引」(同項7号)や「知る前契約」(同項8号、取引規制府令59条1項1号等)に該当する場合は、規制対象とならない。

2 違反に対する制裁  インサイダー取引規制違反に対しては、厳格な刑事罰が定められている。
 取引を行った個人は、5年以下の懲役、500万円以下の罰金またはこれらの併科の対象となりうる(金商法197条の2第13号)。また、法人も5億円以下の罰金の対象となりうるので(金商法207条1項2号)、資産管理会社を通じて上場株を売却する際にはこの点にも注意する必要がある。
 違反行為により得た財産は没収され(金商法198条の2第1項)、没収できないときは犯人からその価額が追徴される(同条2項)。
 また、インサイダー取引規制違反は、課徴金の対象とされているため、違反者は課徴金納付命令の対象となりうる(金商法175条)。例えば、自己の計算により違法に上場株を売却した場合は、違反取引による売却価額と、重要事実公表後2週間の最安値の差額に基づき算定される課徴金額が賦課される。

Ⅲ 大口株主による株式売却に関する実務上の留意点

1 売却のタイミング
 上記で述べたように、大口株主が未公表の重要事実を知って上場株の売却を行った場合、インサイダー取引規制が問題となりうる。逆にいえば、大口株主が上場株を売却する場合であっても、未公表の重要事実を知らなければ違反とならない。
 例えば、通期ないし四半期の決算短信の内容は多くの場合重要事実を含むものであるところ、大口株主が上場会社の役員でもあり、決算短信の公表前にその内容を知るに至った場合には、その公表を待たずに株式売却を行うと、インサイダー取引規制違反となるリスクが高い。上場会社によっては、インサイダー取引防止に関する社内規程において、決算公表前後の一定期間における役職員による自社株の売買が禁止されているケースもあるため、注意を要する。
 また、重要事実にいつ接することとなるかは予測がつかないことも多く、ある時点において未公表の重要事実を知らなかったとしても、株式売却のタイミングを見定めているうちに未公表の重要事実を知ってしまい、その結果、その重要事実の公表がなされるまで株式売却ができなくなることも考えられる。特に大口株主の場合は、株価への影響を考慮し、大量に保有する上場株を少しずつ一定期間にわたって売却していくことも考えられるが、すべての株式の売却が完了する前に未公表の重要事実を知るに至った場合には、株式売却を中断せざるをえなくなる可能性がある。
 このような状況を回避する方策として、信託銀行各社が提供している有価証券処分信託を利用することが考えられる。
 有価証券処分信託に大口株主からの売却指図等のコントロールが及ばないことが適切に確保され、信託銀行において十分な情報遮断がなされている場合には、大口株主が、信託契約締結・信託設定の時点で未公表の重要事実を知らなければ、その後信託銀行において信託された上場株を売却する時点で未公表の重要事実を知っていたとしても、インサイダー取引規制に抵触せずに信託された上場株の売却が可能と考えられる(脚注6)。
 ただし、有価証券処分信託において、コントロールや情報の遮断措置等、インサイダー取引規制に抵触しないための十分な手当てがなされていることが前提となるため、注意を要する。

2 適用除外の利用
(1)クロクロ取引
 大口株主が未公表の重要事実を知っている場合であっても、その未公表事実を知っている他の会社関係者等に対して市場外で上場株を売却することは、インサイダー取引規制に抵触しない(「クロクロ取引」、金商法166条6項7号)。
 ただし、売買当事者双方が知っている未公表の重要事実に齟齬がある場合(例えば、大口株主において、買受人が知らない未公表の重要事実を知っている場合)には、この適用除外を利用できないと考えられているため、売買当事者双方が知っている未公表事実の内容に齟齬がないか慎重に確認する必要がある。また、買受人がインサイダー取引規制に違反して上場株を転売することを大口株主が認識している場合にはこの適用除外を利用できない(同号かっこ書)。
(2)知る前契約  また、大口株主が未公表の重要事実を知る前に一定の契約を締結し、その履行として上場株を売却する場合は、法令で定める一定の要件を満たす限り、インサイダー取引規制に抵触しない(「知る前契約」、金商法166条6項8号)。
 この適用除外を利用するためには、取引規制府令59条1項各号に掲げる要件を充足する必要があるところ、これらの要件は限定的に定められているので、留意する必要がある(例えば、同項1号では、上場会社との間で「知る前契約」を締結することが求められ、その契約において履行期日または履行期限が定められていることが必要とされている)(脚注7)。

3 資産管理会社を通じた保有の場合  上記Ⅱ1(4)で述べたとおり、実質的に株式売却を行う個人に着目してインサイダー取引規制が適用されるため、個人が(直接自らではなく)その支配下の資産管理会社において保有する上場株を売却する場合においても、その個人が自ら保有している上場株を売却する場合と基本的には同様の点に留意する必要がある。
 また、上場株自体の売却ではなく、資産管理会社の株式の売却や資産管理会社の組織再編を行うことによって、実質的に上場株を売却する場合と同様の経済的効果を指向することが考えられる。
 インサイダー取引規制との関係においては、これらの手段のうち、まず資産管理会社の株式の売却による場合は、上場株自体が譲渡されるわけではないので、原則として規制対象とはならないと考えられる。
 資産管理会社の組織再編については、資産管理会社と他の会社との合併により上場株を移転する場合には規制対象とならないと解されているが、他方で、資産管理会社から他の会社へ事業譲渡により上場株を移転する場合には規制対象となりうると考えられており(脚注8)、組織再編の手段によって取扱いが異なりうるため注意する必要がある。

鈴木謙輔 すずき けんすけ
 長島・大野・常松法律事務所 パートナー弁護士。2000年弁護士登録、06年スタンフォード大学ロースクール(LL.M.)修了、07年~09年金融庁総務企画局市場課専門官。「課徴金制度の見直しに係る政府令整備の要点」(本誌294号14頁)など。
石川晃啓 いしかわ あきひろ
 長島・大野・常松法律事務所 弁護士。2008年弁護士登録。金融規制法、ストラクチャードファイナンス、クロスボーダー取引など、金融・企業法務全般を担当。

脚注
1 この改正の概要については、井内正和「平成23年度税制改正における所得税関係の改正について」本誌424号19頁参照。この改正は、平成23年10月1日以後に支払いを受けるべき配当について適用される(平成23年法律第82号附則26条)。
2 金商法166条とは別に、金商法167条は公開買付者等関係者に係るインサイダー取引規制を規定するが、この規制は、上場株について公開買付けや5%超の買集め行為の実施・中止がある場合等に関するものであり、本稿の対象としない。また、大口株主による株式売却については、金商法上の大量保有報告(金商法2章の3)や主要株主等の売買報告等の規制(金商法163条以下)など、インサイダー取引規制以外の規制についても留意する必要があるが、これらの規制についても本稿の対象としない。
3 一次情報受領者から重要事実の伝達を受けた者が、一次情報受領者と同じ法人に所属する場合であって、その者の職務に関しその重要事実を知った場合には、例外的に規制対象となる(金商法166条3項後段)。例えば、会社関係者から重要事実の伝達を受けた者が、その者の所属する会社の役員に報告した場合には、当該役員も規制対象となる。
4 日新汽船事件(東京簡裁略式命令平成2年9月26日資料版/商事法務81号35頁)では、上場会社の役員から使者を介して重要事実の伝達を受けた者が一次情報受領者として処罰されている。
5 以上につき、日本織物加工事件(最判平成11年6月10日刑集53巻5号415頁)等参照。
6 上場会社が自己株式取得を行う場合に関するものではあるが、金融庁および証券取引等監視委員会が平成20年11月18日に公表した「インサイダー取引規制に関するQ&A」参照。
7 なお、取引規制府令59条1項各号に掲げる場合のいずれにも該当しない場合であっても、「その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等」(法166条6項8号)として、重要事実を知ったことと無関係に行われる売買等を適用除外とする余地を認める見解もあるが、適用除外が認められる範囲等について解釈は確立されておらず、慎重な検討を要する。
8 組織再編の手段が個々の権利義務を承継させる行為(特定承継。例えば、事業譲渡)か権利義務を一括して承継させる行為(包括承継。例えば、合併)かにより「売買等」に該当するか否かが異なると考えられている(金融審議会「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」が平成23年12月15日に公表した報告書5頁参照)。なお、この報告書の内容は平成24年1月27日開催の第26回金融審議会総会・第14回金融分科会合同会合において報告され、これに沿った金商法改正案が同年3月9日に国会に提出されている。この改正案によれば、事業譲渡による移転のみならず合併による移転も「売買等」に該当し、原則として規制対象となるが、一定の場合(承継資産に占める上場株の割合が低い場合等)に適用除外が認められることとなる。

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