解説記事2014年01月27日 【最新判決研究】 役員退職給与の適正額の算定方法(2014年1月27日号・№532)
最新判決研究
役員退職給与の適正額の算定方法
東京地裁平成25年3月22日判決(平成23年(行ウ)第421号)
東京地裁平成25年7月18日判決(平成25年(行コ)第169号)
筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣
一、事実
(1)X会社(原告、控訴人)は、不動産賃貸業、損害保険代理等を営む同族会社であるが、平成16年12月1日から同17年11月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分法人税につき、代表取締役甲が平成17年1月10日死亡退職したことに対し、役員退職給与6,032万円(以下「本件退職給与」という。)及び弔慰金384万円を支給し、いずれも所得金額の計算上損金の額に算入して確定申告をした。
これに対し、処分行政庁は、本件退職給与のうち1,248万円を超える4,784万円が法人税法(平成18年改正前のもの、以下「法」という。)36条にいう「不相当に高額な部分の金額」に当たるとして、当該金額の損金算入を否認する更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定」という。)をした。X会社は、本件更正等を不服として、前審手続を経て、国(被告、被控訴人)に対し本訴を提起した。
(2)甲は、生前、X会社の代表取締役を務めるほか、X会社のグループ会社であるA会社、B会社、C会社及びD会社の各取締役を務めており、甲の死亡退職により、A会社から退職給与7,210万円及び弔慰金618万円、B会社から退職給与4,950万円及び弔慰金300万円、C会社から退職給与4,080万円及び弔慰金300万円、並びに、D会社から退職給与6,615万円及び弔慰金560万円の支給を受けた。これらの関係各会社からの役員退職給与についても、いずれも不相当に高額であるということで課税処分を受け、各社とも、本件と同様な取消訴訟を提起している。
なお、X会社は、平成4年3月3日に設立され、甲は、それ以降同社の代表取締役を務め、その勤続年数は13年である。また、甲のX会社代表取締役としての報酬は、平成14年12月以降、月額32万円であった。
二、争点及び当事者の主張
1 争 点 (1)本件役員退職給与の額のうち、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」として、本件事業年度の損金の額に算入されない金額があるか否か(以下「争点1」という。)
(2)国税通則法(以下「通則法」という。)65条4項に規定する「正当な理由」があるか(以下「争点2」という。)。
2 X会社の主張 (1)法人の役員退職給与の適正額の判断に当たっては、当該法人と同種の事業を営み、かつ、その事業規模が類似する法人である同業類似法人の退職給与の支給状況が重要な基準となるとともに、併せてその役員の当該法人に対する貢献度その他の特殊事情も考慮されるべきである。
そして、同業類似法人における役員退職給与の支給状況と比較するための方法としての功績倍率法等は、納税者に有利な方法が適用されるべきである。
(2)そこで、同業類似法人の抽出基準につき、TKC全国会発行に係る平成19年度版Y-BAST(以下「本件TKCデータ」という。)から抽出したところ、合計4法人を抽出することができ、そのうち功績倍率が不明である1法人を除いた3法人(以下「本件TKCデータ同業類似法人」という。)の功績倍率の最高値は3.0倍であったから、本件役員退職給与適正額は、これを参考として算定すべきである。
(3)甲は、少なくともX会社の設立当初より平成17年に死亡退職するまでの13年間、X会社の代表取締役として、総務、経理、受発注等の各種事務処理及び人材教育育成等の人事業務を担うとともに、遅くとも平成5年ころからはX会社の取引金融機関との間でX会社を債務者とする一切の債務につき個人で包括的に連帯保証するなど、社会通念上ごく一般的に行われる程度を超え、X会社に対する貢献を果たしてきたものである。そして、甲は、上記業務や巨額の個人保障等による過度の負担により、うつ病に罹患し、その治療中に自殺したものであって、その精神的不調及び死亡とX会社における業務等との間に因果関係があることは明らかである。
このような甲のX会社に対する貢献度その他の特殊事業を考慮し、退職慰労金の加算制度を採用している会社における加算金支給率が、基本慰労金の30パーセント以下としていることからすれば、本件役員給与適正額を算定するに当たってもこれを基礎とすべきである。
(4)以上によれば、本件退職給与適正額は、本件退職給与額である6,032万円か、少なくとも甲の最終月報酬である32万円に、本件TKCデータ同業類似法人の功績倍率の最高値である3.0倍及び甲の勤続年数である13年を乗じた上、これに甲の功労加算として130パーセントを乗じて算定された1,622万4,000円となるから、本件退職給与適正額1,248万円としてされた本件更正は、法36条及び法施行令72条に反し、違法である。
(5)本件においては、一般的な納税者は、法36条及び法施行令72条の規定から相当な退職給与の額を一義的に判断することができないから、本件賦課決定については、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当することは明らかである。
3 国の主張 (1)本件退職給与適正額は、平均功績倍率法により算定することが合理的であり、国の本件退職給与適正額の算定過程における同業類似法人の抽出方法及び抽出結果には合理性があり、本件退職給与適正額の算定に当たり、特に考慮すべき役員個人の事情があるとは認められないから、本件退職給与6,032万円のうち国が抽出した本件同業類似法人の平均功績倍率1.18に従って算定した490万8,800円を超える5,541万1,200円については、「不相当に高額な部分の金額」に該当する。
(2)国が本件訴訟において抽出した関東信越国税局管内から抽出した本件同業類似法人は3件であるところ、同業類似法人の抽出件数自体は直ちに抽出結果の合理性を否定すべき理由とはならない。
そして、同業類似法人の抽出結果についてみても、本件同業類似法人の事業規模について、X会社の売上金額、所得金額、総資産金額、純資産価額及び資本金をそれぞれ100として本件同業類似法人の上記各項目の数額を指数化したもの(以下「本件同業類似法人指数」という。)の平均値を見ると、各項目(ただし、X会社の金額がマイナスである所得金額を除く。)ごとの平均値はそれぞれ134、227、957、589であり、それらの平均値も477であって、いずれもX会社の指数(100)を大きく上回っており、X会社にとって不利とはなっていないから、本件同業類似法人の抽出結果は合理的である。
(3)X会社は、本件退職給与の額の算定に当たり、法人税法施行令(以下「施行令」という。)72条に規定している考慮すべき事情を考慮したという事情は見受けられないのであるから、過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合であるとはいえない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
1 争点1について (1)法36条及び法施行令72条の規定の趣旨は、法人の役員に対する退職給与が法人の利益処分たる性質を有することが多いことから、上記の基準に照らして一般に相当と認められる金額に限り必要経費として損金算入を認め、それを超える部分の金額については損金算入を認めないことによって、実態に即した適正な課税を行うことにあると解される。そして、上記法36条及び法施行令72条の規定に照らせば、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」を含むか否かを判断するためには、当該退職役員がその法人の業務に従事した期間及びその退職の事情を考慮するとともに、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの、すなわち、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況等と比較して検討するのが相当である。
(2)国が本件退職給与適正額の算定方法として用いた平均功績倍率法は、①最終月額報酬は、通常、当該退職役員の在職期間中における報酬の最高額を示すものであるとともに、退職の直前に大幅に引き下げられたなどの特段の事情がある場合を除き、当該退職役員の在職期間中における法人に対する功績の程度を最もよく反映しているものといえること、②勤続年数は、法施行令72条が明文で規定する「当該役員その内国法人の業務に従事した期間」に相当すること、③功績倍率は、役員退職給与額が当該退職役員の最終月額報酬に勤続年数を乗じた金額に対し、いかなる倍率になっているかを示す数値であり、当該退職役員の法人に対する功績や法人の退職支給支払能力など、最終月額報酬及び勤続年数以外の役員退職給与の額に影響を及ぼす一切の事情を総合評価した係数であるということができることからすれば、法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法というべきである。
本件においては、上記のとおり、甲のX会社の代表取締役としての報酬は、平成14年12月以降、月額32万円であり、退職の直前にその報酬が大幅に引き下げられたなどの特段の事情があるとは認められないことからすれば、本件退職給与適正額の算定については、平均功績倍数により算定すべきである。
(3)次に、国が本件同業類似法人を抽出するために用いた抽出基準が合理的であると認められるか否かについて検討する。
まず、抽出対象地域を関東信越国税局管内(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、新潟県及び長野県)としたことについてみるに、同業類似法人を抽出するに当たっては、X会社の所在地は、長野県であるところ、関東信越国税局管内の各県は、いずれも関東又は甲信越地域に属しており、一般に、これらが一つの地域単位として経済事情その他において一定の共通性を有するものと認められていることに照らせば、合理性が認められるというべきである。
次に、X会社の本件事業年度の売上金額は5,142万2,113円であり、そのうち地代家賃収入が4,754万5,474円であり、損保手数料収入が387万6,639円であることが認められることに照らせば、X会社の主たる事業は、不動産賃貸業であるというべきである。したがって、国が「日本標準産業分類・小分類・691不動産賃貸業(貸家業、貸間業を除く。)及び692貸家業、貸間業」を基幹の事業としていることを基準としたことは、合理的であるというべきである。
また、調査対象事業年度を平成13年2月1日から平成18年9月30日までの間に終了する事業年度とし、この間に代表取締役の退職があり、かつ、退職理由が死亡である代表取締役に対して退職給与の支払があることを基準としたことも、合理的である。
そして、調査対象事業年度における売上金額が2,571万1,056円以上1億0,284万4,226円以下であることを基準としたことについてみるに、X会社の本件事業年度の売上金額が5,142万2,113円であることから、上記抽出基準は、売上金額がX会社の2分の1以上2倍以下である法人を抽出対象とするものであり、X会社とその事業規模が類似する法人を抽出するための基準として合理的である。
それに加え、本件同業類似法人指数についてみても、本件同業類似法人の各項目(売上金額、総資産価額、純資産価額、資本金)ごとの3社の平均値はそれぞれ134、227、957、589であって、いずれもX会社の指数である100を上回っていることを併せ考えれば、本件同業類似法人は、X会社の同業類似法人とするに足りるだけの類似性を有するものと認められるというべきである。
(4)X会社は、本件退職給与適正額の算定方法について、最高功績倍率こそが有力な参考基準になるというべきであり、本件TKCデータから、本件TKCデータ同業類似法人の最高功績倍率である3.0倍を基礎とすべきである旨主張する。
しかし、上記のとおり、平均功績倍率法が法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であるというべき根拠の1つは、抽出された同業類似法人の功績倍率の平均値である平均功績倍率を用いることにより、同業類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値を得られることにあるところ、仮に、功績倍率の最高値である最高功績倍率を用いることとした場合には、その抽出された同業類似法人の中に不相当に過大な退職給与を支給した法人があった場合に明らかに不合理な結論を招くこととなる。
そうすると、最高功績倍率を用いるべき場合とは、平均功績倍率を用いることにより、同業類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値を得ることができるとはいえない場合、すなわち、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合や、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合などに限られるというべきである。
これを本件についてみるに、国が本件同業類似法人を抽出するために用いた抽出基準は、上記のとおり、いずれも合理的であると認められ、本件同業類似法人のうち最高功績倍率2.07を示す法人とX会社とが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことも併せ考えれば、最高功績倍率法を用いるべき場合には当たらないというべきである。
また、本件TKCデータ同業類似法人についてみても、そもそも本件TKCデータは、税理士及び公認会計士からなる任意団体であるTKC全国会が各会員に対して実施したアンケートの回答結果から構成されており、その対象法人はTKC全国会の会員が関与しているものに限られている上、X会社が用いた抽出基準は、その抽出対象地域について何ら限定することなく全国としていること等から、国が用いた抽出基準に比べ、その対象地域及び業種の類似性の点において劣るものといわざるを得ない。
(5)X会社は、甲の職務状況に鑑み、本件退職給与適正額の算定に当たっては相当程度の功労加算が認められるべきであると主張する。
しかし、法施行令72条が、役員退職給与の適正額の算定要素として、業務に従事した期間、退職の事情及び同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況等を列挙している趣旨は、当該退職役員又は当該法人に存する個別事情のうち、役員退職給与の適正額の算定に当たって考慮することが合理的であるものについては考慮すべきであるが、必ずしも個別事情として顕著とは言い難い種々の事情については、原則として同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握するものとし、これを考慮することによって、役員退職給与の適正額に反映されるべきものとしたことにあると解される。
そうすると、当該退職役員及び当該法人に存する個別事情であっても、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りるというべきである。
そこで、甲について、上記のような極めて特殊な事情があると認められるか否かについて検討する。
まず、甲のX会社における業務内容についてみるに、証拠によれば、甲は、平成4年にX会社を設立するに当たり、その事務作業をほぼ一人で行い、その後、平成17年に死亡退職するまでの13年間にわたり、X会社の代表取締役として、総務、経理、労務管理等の各種事務全般に携わり、このほかにも、X会社の保険代理店業務に係る顧客が交通事故を起こした現場に出向くなどの対応をしていたことが認められるものの、他方で、上記のとおり、甲は、X会社に関する業務のほかに、X会社のグループ企業であるA会社、B会社、C会社及びD会社の各取締役として、それぞれの業務をも並行して行っていた上、証拠によれば、X会社には、甲以外に上記各種事務を担当する従業員がおり、甲の指示、監督の下にこれらの事務を行っていたことが認められる。
これらの事実に照らすと、甲は、13年間にわたり、X会社の代表取締役として、総務、経理、労務管理等の各種事務全般に深く携わるなどし、X会社に対して相当程度の貢献を果たしてきたことは認められるものの、そのX会社における業務内容が、およそ社会通念上一般に代表取締役の業務内容として想定され得ないほどの時間や労力を費やすなど特殊なものであったとはいいがたく、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があるとまでは認められない。
次に、甲がX会社の借入金債務を包括的に連帯保証していたこと等に関しては、金融機関が法人に対して融資を行うに当たっては、その是非は別として、代表取締役等の役員を保証人とすることを条件とすることが広く一般的に行われているから、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があるとは認められない。
さらに、甲が、X会社における各種事務や巨額の個人保証等による過度の負担により、うつ病に罹患し、その治療中に自殺したものであると主張する点についてみるに、証拠によれば、甲は、自律神経失調症ないしうつ病に罹患しており、その治療中に自殺したものであると認められる。しかし、本件の証拠によると、結局のところ、甲がうつ病に罹患し、自殺するに至った要因が、X会社における各種事務や巨額の個人保証等による過度の負担であったとまで認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
以上によれば、本件退職給与適正額の算定に当たって相当程度の功労加算が認められるべきであるとのX会社の主張は採用することができない。
(6)以上のとおり、国が本件退職給与適正額の算定方法として平均功績倍率法を用いたこと及びその採用した本件同業類似法人の抽出基準は、いずれも合理的であるということができ、これによれば、本件退職給与適正額は、上記のとおり490万8,800円であって、本件役員退職給与の額6,032万円のうち上記金額を超える5,541万1,200円については、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」に該当し、損金の額に算入されるべきものではないところ、上記のとおり、本件更正は、本件退職給与の額のうち上記金額の範囲内である4,784万円について損金の額に算入されるべきものではないとしてされたものであるから、結局、適法であるというべきである。
2 争点2について 本件においては、証拠によれば、X会社が本件退職給与の額を決定するに当たっては、役員退職給与の適正額の算定方法として功績倍率法や1年当たり平均額法があることを知らなかったため、これらの方法によることなく、飯田信用金庫の理事や公務員の退職給与の額、甲のX会社における業務内容や甲が従業員であれば業務上自殺したとして労災認定されていたであろうことなどを考慮し、本件退職給与の額を決定したことが認められるが、それを考慮したからといって、施行令72条に規定する相当な退職給与の額を決定するに当たり考慮すべき事情を考慮したものとは到底いえない。そして、X会社が主張するその他の点を考慮しても、納税者に過少申告加算税を賦課することが不相当又は酷になる場合であるとは認められない。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却(請求棄却)。 (1)当裁判所も、X会社の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決のとおりであるから、これを引用する。
(2)最終月額報酬、勤続年数及び平均功績倍率を用いて役員退職給与の適正額を算定する平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であって、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合、あるいは、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合など、平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って最高功績倍率法を適用すべきところ、本件では抽出基準が必ずしも十分ではないとはいえないし、本件同業類似法人のうち最高功績倍率を示す法人とX会社とが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことからすれば、最高功績倍率法を用いるべき場合に当たるとはいえない。また、国が本件同業類似法人を抽出する際の抽出基準とした抽出対象地域、基幹の事業、調査対象事業年度及び調査対象事業年度における売上金額はいずれも合理的であり、甲に功労加算すべき特殊事情があるとは認められない。
五、解説
はじめに 本件は、同族会社の代表取締役甲が死亡退職した場合に支給された役員退職給与(本件退職給与)の適正額が幾許であるかが争われたものである。役員退職給与の適正額が争われた争訟事例(注1)は多いので、適正額の算定方法も、定着してきているとも言える。
しかしながら、その算定方法をどのように適用するかについては、当該事案における諸事情について的確な判断を要するので、個別性が強いことも事実である。その諸事情については、本件では、代表取締役が死亡退職したこと、甲の最終報酬月額が相当に低いこと、甲がX会社のグループ会社である4社の取締役を務めそれらの各会社から役員退職給与と弔慰金の支給を受けていること、X会社が長野県飯田市に所在しているため関東信越国税局の管内よりも名古屋経済圏に位置しているものと認められること、また、その比準要素が必ずしも適切とはいえないこと、等が挙げられる。
よって、これらの諸事情等を考慮した上で、本件各判決の問題点等について検討することとする。
1 過大役員退職給与の損金不算入 (1)役員が任期満了等の理由によって退職した場合には、その役員に対して退職慰労金が支給される場合が多い。そして、その退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものであれば、会社法(旧商法)上の役員報酬に該当するものと解されている(注2)。この役員報酬については、旧商法時代から、取締役等によるお手盛り支給を防ぐため、定款の定め又は株主総会を決議を要することとされている。
現行の会社法361条1項は、役員報酬の規制について、次のように定めている。
「 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)について次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一、報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二、報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な方法
三、報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容」
以上のように、会社法においては、取締役が自己の報酬について恣意的な支給を行うことができないように、牽制規定を設けているわけであるから、税法上もそれに配慮した損金算入規制があって然るべきである。
(2)本件退職給与が支給された当時(平成17年)の法36条は、「過大な役員退職給与の損金不算入」というタイトルの下に、次のように定めていた(注3)。
「 内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額の部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」
そして、法施行令72条は、「法第36条(〈略〉)に規定する政令で定める金額は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額とする。」と定めている(注4)。
2 適正額の算定方法とその問題点 (1)前述のように、役員退職給与の適正額は、業務に従事した期間、退職の事情、類似法人の支給状況によって判定(算定)されるのであるが、従前の裁判例では、具体的な算定方法として次のような方法が採用されている。
① 平均功績倍率法
この方法は、本判決でも採用されているが、退職役員の最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に類似法人における平均功績倍率を乗じて算定する方法である。この方法は、従前の裁判例において最も多く採用されているが(注5)、最終報酬月額が少ない場合(無い場合もある。)には適正額が算定し難いこと、類似法人の選定が困難であること、退職役員の功績が反映し難いこと、特別の退職事情が判定されないこと等の難点がある。
② 最高功績倍率法
この方法は、最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に類似法人の最高功績倍率を適用して算定する方法である。この方法は、平均功績倍率法の難点を解消するためにまま適用される場合(注6)があるが、類似法人の選定が困難であることは平均功績倍率法の場合と同じである。
③ 1年当たり支給額法
この方法は、勤続年数に類似法人における役員退職給与の勤続年数1年当たりの支給額を乗じて算定する方法である。この1年当たり支給額についても、最高額と平均額のいずれを採用するかが問題になるが、後者が採用される場合が多い。この方法は、退職役員の最終報酬月額が低すぎる場合等に、功績倍率法の適用が適切でないときに、採用される場合が多い(注7)。
④ その他の方法
その他の方法としては、統計的手法によって適正額を算定した方法(注8)、国家公務員退職手当に比準して適正額を算定した方法(注9)等がみられる。
(2)以上述べたように、役員退職給与の適正額の算定方法は、基本的には、功績倍率法又は1年当たり支給額法に絞られるが、いずれの場合も、類似法人を如何に適切に選定するかが問題となる。そして、この選定においては、最大の難点は、納税者側から選定できないことである。納税者側は、本件でもそうであるように、TKC全国会が公表している役員退職給与の支給状況に係るデータ位しか利用できないのである。それに加え、国が提示する類似法人についても、国が守秘義務を盾に実名を明かすことはないので、納税者としても当該類似法人の存在自体も信じ難いことになる。
他方、国における類似法人の選定も、課税実務が国税局単位で行われているため、同じ国税局管内の類似法人を選定することになるが、その妥当性も問題となる。現に、本件のX会社は、長野県飯田市に所在しているが、同市はむしろ名古屋経済圏に属しているわけであるから、新潟県や関東4県を含む関東信越国税局管内の法人とは経済的立地の類似性が低いと言えるはずである。
更に、法施行令72条が「同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの」から類似法人を選定することとしているので、課税の実務では、各法人の売上金額に着目した「倍半基準」(注10)が採用されることが多いが(本件でもそうである。)、他の類似項目がないがしろにされる場合も多い(本件については、後述する。)
(3)次に、税法における類似法人の選定は、何も役員退職給与の適正額を算定するばかりではなく、そのほかにも課税関係を確定するために、同様又は類似の選定が行われているが、それらとの整合性が問題となる。
例えば、退職給与以外の役員報酬の適正額の判定においても類似法人と比準することとされており(法令70一)、移転価格税制における独立企業間価格の算定においても比準法人の選定が必要であり(措法66の4②)、推計による更正又は決定(所法156、法法131)においても同業者との経営内容の比較(同業者率の採用)が不可欠であり、非上場株式の価額の評価においても類似会社比準方式(所基通23~35共-9(4)八、法基通4-15(3)、同9-1-13(3))や類似業種比準方式(評基通180)が採用されている。
これらの各種の課税方式において類似法人の類似性の選定においては、各争訟事件において見られるところによれば、国(課税庁)も、ある事件で採用した理屈が別の事件で都合が悪ければ、逆の理屈を採用している場合も見受けられる。このことは、類似性の判定が如何に恣意的になり易くかつ難しいことであることを示すのであるが、納税者としては、争訟事件の中で、そのような国(課税庁)側の異なる税目の各事件における国の主張の矛盾を衝くことも必要であろう。
3 甲に対するグループ会社の役員退職給与の支給状況 (1)前記1で述べたように、甲は、X会社の代表取締役を務めるほか、同社のグループ会社4社の取締役を務めており、死亡退職に伴い、各社から次のような役員退職給与の支給を受けている。また、それらの支給額はいずれも過大であるとする課税処分を受けたので、各社とも、当該各課税処分について取消訴訟を提起している。
① A社 退職給与7,210万円及び弔慰金618万円。同社は、昭和45年に設立され、精密部品の機械加工業とし、資本金1,500万円、売上金額12億7,567万円である。甲の勤務期間は35年である。課税処分では、6,308万円余を超える901万円余が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第418号)。
② B社 退職給与4,950万円及び弔慰金300万円。同社は、平成6年に設立され、精密部品の機械加工を業とし、資本金1,000万円、売上金額2億1,028万円余である。甲の勤務期間は、11年である。課税処分では、990万円を超える3,960万円が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第419号)。
③ C社 退職給与4,080万円及び弔慰金300万円。同社は、平成7年に設立され、精密部品の機械加工を業とし、資本金1,000万円、売上金額1億4,280万円余である。甲の勤務期間は、10年である。課税処分では、900万円を超える3,180万円について損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第422号)。
④ D社 退職給与6,615万円及び弔慰金560万円。同社は、平成10年に設立され、ホテル・旅館の経営等を業とし、資本金1,000万円、売上金額5億3,132万円余である。甲の勤務期間は、7年である。課税処分では、1,470万円を超える5,145万円が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第423号)。
(2)前述のように、グループ各社の甲に対する退職給与については、いずれも過大であるということで課税処分を受け、その適正額をめぐって法廷で争われることになったのであるが、東京地方裁判所における各社の甲に対する退職給与の適正額は、次のとおりである。
① A社 甲の最終報酬月額が零であるということで、1年当たり平均額法(5社の平均139万円余)が適用され、適正額は、4,883万円余とされた。
② B社 甲の最終報酬月額が30万円であるということで、平均功績倍率法(3社の平均2.28)が適用され、適正額は、752万円余とされた。
③ C社 甲の最終報酬月額が30万円であるということで、平均功績倍率法(3社の平均1.49)が適用され、適正額は、447万円とされた。
④ D社 甲の最終報酬月額が70万円であるということで、平均功績倍率法(2社の平均1.91)が適用され、適正額は、935万円余とされた。
以上のように、各判決においては、当該適正額の判定において、最終報酬月額がない場合には1年当たり平均額が適用され、最終報酬月額がある場合には平均功績倍率法が適用されている。そして、各判決とも、当該適正額が、各課税処分において損金不算入とした基準額(同処分上の適正額)を下回るということで、当該各課税処分を適法であると判断している。これらの判定上の問題点については、本件にも共通しているので、次に、本件に即してそれらの問題点を検討することとする。
4 本件退職給与の適正額 (1)前記1から3までに述べたことを前提に、本件における甲に対する役員退職給与の適正額が幾許であるかの判定においては、前記3で述べたように、甲に対し、グループ会社5社全体で合計2億8,887万円もの役員退職給与が支払われているという事実が最も大きな影響を及ぼすものと考えられる。そのことが、本件更正の際の処分行政庁の判断にも、また、本訴における各裁判官の心証にも大きな影響を及ぼしたものと推測される。
しかしながら、本件におけるX会社が甲に対して支給した本件退職給与の適正額が幾許であるかについては、本来、X会社と甲に関する諸事情によって判断されるべきであろうから、その観点から主要な点について検討すると、次のことが指摘できる。
まず、前記2で述べたように、本件で採用されている平均功績倍率法は、最終報酬月額が低すぎるときは不適切な方法である。特に、役員在職中は、自己の報酬をも削って献身的に会社の業績向上に勤めた役員に対し、その功績に報いるために、せめて退職慰労金を多額に支給することが考えられるが、その場合に、税法が形式論のみで否定することは極めて不合理である。本件においては、甲の最終報酬月額が32万円であるということなので、相当に低い金額である。現に、国が選定した類似法人3社における最終報酬月額の平均が70万円であるというのであるから、甲のそれはその半分にも満たない。このような状況にある場合には、最終報酬月額を修正するか(注11)、あるいは、最高功績倍率を適用する方が合理的であると考えられる。
(2)次に、類似法人の選定については、国側は好んで「倍半基準」を適用するが、本件においても、類似法人3社とX会社の売上金額がその範ちゅうに入っているからその合理性が担保されていることを強調し、本判決もそれに同調している。しかしながら、事業規模の判定には、売上金額のほか総資産価額が重要な指標となる(注12)。また、役員退職給与の支給に当たっては、当該役員の功績が反映されている純資産価額や退職前数年間の利益金額が重視されるはずである。
然るに、売上金額以外に、国が類似法人の指標として採用している所得金額、総資産価額、純資産価額及び資本金については、その要素として重複するものがあったり、単年度の所得金額が採用されたりして、役員退職給与の適正額の判定要素として適切とは言えない。しかも、類似法人3社の所得金額がいずれもマイナスであるということは、退職給与の支給額の平均が必然的に低くなることを意味している。そのことが、本件で適用される平均功績倍率が1.18という非常に低い率を適用する結果となっている。更に、X会社は、長野県飯田市に所在しているのに、関東信越国税局の管内から選定しているというのも、経済圏を異にしているから合理性を欠くということも前述したとおりである。そのほか、甲の死亡原因については、職務との関係がもう少し検討されて然るべきであると考えられる。
以上のように、本件退職給与の適正額の判定については、むしろ不合理な点が目につくところであるが、冒頭に述べたように、グループ各社から相当多額な役員退職給与と慰労金が支払われているという事実に照らせば、前述の不合理性も矮小化されるのかも知れない。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、不動産業等を業とする同族会社の代表取締役が死亡退職した際に支給された役員退職給与(本件退職給与)の適正額が争われた事案である。本件更正では、本件退職給与6,032万円のうち、1,248万円を超える4,784万円を損金不算入としたのであるが、本判決は、国の主張を全面的に認め、類似法人3社の平均功績倍率1.18を適用して当該適正額を490万円余であると認定し、本件更正に係る前記1,248万円を下回るから、本件更正を適法とした。
本件のように、役員退職給与の適正額について平均功績倍率を適用する事例は、一番多く見られるところであるが、当該倍率が1.18という低率であることは珍しいと言える。その点では、本判決は、一つの事例として意義あると言える。
(2)しかしながら、前述してきたように、本判決には、種々の問題がある。まず、中小法人であるとはいえ、「代表取締役」の月額報酬が非常に低いにもかかわらず、機械的に平均功績倍率を適用することに合理性が認められない。しかも、前述のように、類似法人3社がいずれも欠損法人であったために、功績倍率が非常に低く抑えられているという問題もある。このような場合には、最終報酬月額を修正するとか、最高功績倍率を適用するとか、1年当たり支給額法を適用するとか、という選択肢もあったはずである。
また、類似法人の選定にも種々の問題があることは、前記4において述べたとおりである。このように、本判決における役員退職給与の適正額の認定については、種々の問題点を指摘できるところである。しかし、甲が、X会社の代表取締役を務めるほか、グループ会社4社の取締役を兼ね、それぞれ相当額の役員退職給与の支給を受けていたという特別事情を考慮すると、本判決のような判断にも相応の説得力があるとも考えられる。
(注1)過大役員退職給与の損金不算入の是非が争われた事例については、品川芳宣「役員報酬の税務事例研究」(財経詳報社 平成14年)304頁以下、品川芳宣「重要租税判決の実務研究」(大蔵財務協会 平成17年)299頁以下等参照。
(注2)最高裁昭和39年12月11日第二小法廷判決(民集18巻10号2143頁)、同昭和44年10月28日第三小法廷判決(判例時報577号92頁)、同昭和56年5月11日第二小法廷判決(同1009号124頁)、味村治・品川芳宣「役員報酬の法律と実務 新訂第二版」(商事法務研究会 平成13年)5頁等参照。
(注3)平成18年改正後の法人税法34条2項は、通常の報酬と退職給与とを区分せず、「役員に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額で政令で定める金額」を損金不算入にすることとし、退職給与については、法人税法施行令70条2号において、改正前の72条と同様のことを定めている。
(注4)当時の役員退職給与を含めた役員報酬課税の問題点については、品川芳宣「役員報酬課税の問題点と方向性」JICPAジャーナル2006年2月号39頁、同「役員給与課税の本質を衝く!」本誌2008年4月14日号27頁等参照。
(注5)東京地裁昭和46年6月29日判決(行裁例集22巻6号885頁)、東京高裁昭和49年1月31日判決(税資74号293頁)、名古屋地裁平成2年5月25日判決(税資176号1042頁)、札幌地裁平成11年12月10日判決(税資245号703頁)等参照。
(注6)岐阜地裁平成2年12月26日判決(税資181号1104頁)、東京地裁昭和51年5月26日判決(税資88号862頁)、東京高裁昭和52年9月26日判決(税資95号597頁)、最高裁昭和60年9月17日第三小法廷判決(税資146号603頁)、仙台高裁平成10年4月7日判決(税資231号470頁)等参照。
(注7)札幌地裁昭和58年5月27日判決(行裁例集34巻5号930頁)、昭和61年9月1日裁決(裁決事例集32号231頁)、岡山地裁平成元年8月9日判決(税資173号432頁)等参照。
(注8)大阪地裁昭和44年3月27日判決(税資56号316頁)参照。
(注9)大阪高裁昭和54年2月28日判決(税資104号531頁)参照。
(注10)類似法人の選定において、対象となる法人の売上金額の2倍から2分の1に分布する法人を選定することをいう。
(注11)最終報酬月額を増額修正して平均功績倍率を適用した事例として、高松地裁平成5年6月29日判決(税資195号709頁)等参照。
(注12)国税庁の財産評価基本通達では、会社規模の判定基準として、取引金額及び総資産価額を最も重視している(評基通178)。
役員退職給与の適正額の算定方法
東京地裁平成25年3月22日判決(平成23年(行ウ)第421号)
東京地裁平成25年7月18日判決(平成25年(行コ)第169号)
筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣
一、事実
(1)X会社(原告、控訴人)は、不動産賃貸業、損害保険代理等を営む同族会社であるが、平成16年12月1日から同17年11月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分法人税につき、代表取締役甲が平成17年1月10日死亡退職したことに対し、役員退職給与6,032万円(以下「本件退職給与」という。)及び弔慰金384万円を支給し、いずれも所得金額の計算上損金の額に算入して確定申告をした。
これに対し、処分行政庁は、本件退職給与のうち1,248万円を超える4,784万円が法人税法(平成18年改正前のもの、以下「法」という。)36条にいう「不相当に高額な部分の金額」に当たるとして、当該金額の損金算入を否認する更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定」という。)をした。X会社は、本件更正等を不服として、前審手続を経て、国(被告、被控訴人)に対し本訴を提起した。
(2)甲は、生前、X会社の代表取締役を務めるほか、X会社のグループ会社であるA会社、B会社、C会社及びD会社の各取締役を務めており、甲の死亡退職により、A会社から退職給与7,210万円及び弔慰金618万円、B会社から退職給与4,950万円及び弔慰金300万円、C会社から退職給与4,080万円及び弔慰金300万円、並びに、D会社から退職給与6,615万円及び弔慰金560万円の支給を受けた。これらの関係各会社からの役員退職給与についても、いずれも不相当に高額であるということで課税処分を受け、各社とも、本件と同様な取消訴訟を提起している。
なお、X会社は、平成4年3月3日に設立され、甲は、それ以降同社の代表取締役を務め、その勤続年数は13年である。また、甲のX会社代表取締役としての報酬は、平成14年12月以降、月額32万円であった。
二、争点及び当事者の主張
1 争 点 (1)本件役員退職給与の額のうち、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」として、本件事業年度の損金の額に算入されない金額があるか否か(以下「争点1」という。)
(2)国税通則法(以下「通則法」という。)65条4項に規定する「正当な理由」があるか(以下「争点2」という。)。
2 X会社の主張 (1)法人の役員退職給与の適正額の判断に当たっては、当該法人と同種の事業を営み、かつ、その事業規模が類似する法人である同業類似法人の退職給与の支給状況が重要な基準となるとともに、併せてその役員の当該法人に対する貢献度その他の特殊事情も考慮されるべきである。
そして、同業類似法人における役員退職給与の支給状況と比較するための方法としての功績倍率法等は、納税者に有利な方法が適用されるべきである。
(2)そこで、同業類似法人の抽出基準につき、TKC全国会発行に係る平成19年度版Y-BAST(以下「本件TKCデータ」という。)から抽出したところ、合計4法人を抽出することができ、そのうち功績倍率が不明である1法人を除いた3法人(以下「本件TKCデータ同業類似法人」という。)の功績倍率の最高値は3.0倍であったから、本件役員退職給与適正額は、これを参考として算定すべきである。
(3)甲は、少なくともX会社の設立当初より平成17年に死亡退職するまでの13年間、X会社の代表取締役として、総務、経理、受発注等の各種事務処理及び人材教育育成等の人事業務を担うとともに、遅くとも平成5年ころからはX会社の取引金融機関との間でX会社を債務者とする一切の債務につき個人で包括的に連帯保証するなど、社会通念上ごく一般的に行われる程度を超え、X会社に対する貢献を果たしてきたものである。そして、甲は、上記業務や巨額の個人保障等による過度の負担により、うつ病に罹患し、その治療中に自殺したものであって、その精神的不調及び死亡とX会社における業務等との間に因果関係があることは明らかである。
このような甲のX会社に対する貢献度その他の特殊事業を考慮し、退職慰労金の加算制度を採用している会社における加算金支給率が、基本慰労金の30パーセント以下としていることからすれば、本件役員給与適正額を算定するに当たってもこれを基礎とすべきである。
(4)以上によれば、本件退職給与適正額は、本件退職給与額である6,032万円か、少なくとも甲の最終月報酬である32万円に、本件TKCデータ同業類似法人の功績倍率の最高値である3.0倍及び甲の勤続年数である13年を乗じた上、これに甲の功労加算として130パーセントを乗じて算定された1,622万4,000円となるから、本件退職給与適正額1,248万円としてされた本件更正は、法36条及び法施行令72条に反し、違法である。
(5)本件においては、一般的な納税者は、法36条及び法施行令72条の規定から相当な退職給与の額を一義的に判断することができないから、本件賦課決定については、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当することは明らかである。
3 国の主張 (1)本件退職給与適正額は、平均功績倍率法により算定することが合理的であり、国の本件退職給与適正額の算定過程における同業類似法人の抽出方法及び抽出結果には合理性があり、本件退職給与適正額の算定に当たり、特に考慮すべき役員個人の事情があるとは認められないから、本件退職給与6,032万円のうち国が抽出した本件同業類似法人の平均功績倍率1.18に従って算定した490万8,800円を超える5,541万1,200円については、「不相当に高額な部分の金額」に該当する。
(2)国が本件訴訟において抽出した関東信越国税局管内から抽出した本件同業類似法人は3件であるところ、同業類似法人の抽出件数自体は直ちに抽出結果の合理性を否定すべき理由とはならない。
そして、同業類似法人の抽出結果についてみても、本件同業類似法人の事業規模について、X会社の売上金額、所得金額、総資産金額、純資産価額及び資本金をそれぞれ100として本件同業類似法人の上記各項目の数額を指数化したもの(以下「本件同業類似法人指数」という。)の平均値を見ると、各項目(ただし、X会社の金額がマイナスである所得金額を除く。)ごとの平均値はそれぞれ134、227、957、589であり、それらの平均値も477であって、いずれもX会社の指数(100)を大きく上回っており、X会社にとって不利とはなっていないから、本件同業類似法人の抽出結果は合理的である。
(3)X会社は、本件退職給与の額の算定に当たり、法人税法施行令(以下「施行令」という。)72条に規定している考慮すべき事情を考慮したという事情は見受けられないのであるから、過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合であるとはいえない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
1 争点1について (1)法36条及び法施行令72条の規定の趣旨は、法人の役員に対する退職給与が法人の利益処分たる性質を有することが多いことから、上記の基準に照らして一般に相当と認められる金額に限り必要経費として損金算入を認め、それを超える部分の金額については損金算入を認めないことによって、実態に即した適正な課税を行うことにあると解される。そして、上記法36条及び法施行令72条の規定に照らせば、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」を含むか否かを判断するためには、当該退職役員がその法人の業務に従事した期間及びその退職の事情を考慮するとともに、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの、すなわち、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況等と比較して検討するのが相当である。
(2)国が本件退職給与適正額の算定方法として用いた平均功績倍率法は、①最終月額報酬は、通常、当該退職役員の在職期間中における報酬の最高額を示すものであるとともに、退職の直前に大幅に引き下げられたなどの特段の事情がある場合を除き、当該退職役員の在職期間中における法人に対する功績の程度を最もよく反映しているものといえること、②勤続年数は、法施行令72条が明文で規定する「当該役員その内国法人の業務に従事した期間」に相当すること、③功績倍率は、役員退職給与額が当該退職役員の最終月額報酬に勤続年数を乗じた金額に対し、いかなる倍率になっているかを示す数値であり、当該退職役員の法人に対する功績や法人の退職支給支払能力など、最終月額報酬及び勤続年数以外の役員退職給与の額に影響を及ぼす一切の事情を総合評価した係数であるということができることからすれば、法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法というべきである。
本件においては、上記のとおり、甲のX会社の代表取締役としての報酬は、平成14年12月以降、月額32万円であり、退職の直前にその報酬が大幅に引き下げられたなどの特段の事情があるとは認められないことからすれば、本件退職給与適正額の算定については、平均功績倍数により算定すべきである。
(3)次に、国が本件同業類似法人を抽出するために用いた抽出基準が合理的であると認められるか否かについて検討する。
まず、抽出対象地域を関東信越国税局管内(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、新潟県及び長野県)としたことについてみるに、同業類似法人を抽出するに当たっては、X会社の所在地は、長野県であるところ、関東信越国税局管内の各県は、いずれも関東又は甲信越地域に属しており、一般に、これらが一つの地域単位として経済事情その他において一定の共通性を有するものと認められていることに照らせば、合理性が認められるというべきである。
次に、X会社の本件事業年度の売上金額は5,142万2,113円であり、そのうち地代家賃収入が4,754万5,474円であり、損保手数料収入が387万6,639円であることが認められることに照らせば、X会社の主たる事業は、不動産賃貸業であるというべきである。したがって、国が「日本標準産業分類・小分類・691不動産賃貸業(貸家業、貸間業を除く。)及び692貸家業、貸間業」を基幹の事業としていることを基準としたことは、合理的であるというべきである。
また、調査対象事業年度を平成13年2月1日から平成18年9月30日までの間に終了する事業年度とし、この間に代表取締役の退職があり、かつ、退職理由が死亡である代表取締役に対して退職給与の支払があることを基準としたことも、合理的である。
そして、調査対象事業年度における売上金額が2,571万1,056円以上1億0,284万4,226円以下であることを基準としたことについてみるに、X会社の本件事業年度の売上金額が5,142万2,113円であることから、上記抽出基準は、売上金額がX会社の2分の1以上2倍以下である法人を抽出対象とするものであり、X会社とその事業規模が類似する法人を抽出するための基準として合理的である。
それに加え、本件同業類似法人指数についてみても、本件同業類似法人の各項目(売上金額、総資産価額、純資産価額、資本金)ごとの3社の平均値はそれぞれ134、227、957、589であって、いずれもX会社の指数である100を上回っていることを併せ考えれば、本件同業類似法人は、X会社の同業類似法人とするに足りるだけの類似性を有するものと認められるというべきである。
(4)X会社は、本件退職給与適正額の算定方法について、最高功績倍率こそが有力な参考基準になるというべきであり、本件TKCデータから、本件TKCデータ同業類似法人の最高功績倍率である3.0倍を基礎とすべきである旨主張する。
しかし、上記のとおり、平均功績倍率法が法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であるというべき根拠の1つは、抽出された同業類似法人の功績倍率の平均値である平均功績倍率を用いることにより、同業類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値を得られることにあるところ、仮に、功績倍率の最高値である最高功績倍率を用いることとした場合には、その抽出された同業類似法人の中に不相当に過大な退職給与を支給した法人があった場合に明らかに不合理な結論を招くこととなる。
そうすると、最高功績倍率を用いるべき場合とは、平均功績倍率を用いることにより、同業類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値を得ることができるとはいえない場合、すなわち、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合や、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合などに限られるというべきである。
これを本件についてみるに、国が本件同業類似法人を抽出するために用いた抽出基準は、上記のとおり、いずれも合理的であると認められ、本件同業類似法人のうち最高功績倍率2.07を示す法人とX会社とが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことも併せ考えれば、最高功績倍率法を用いるべき場合には当たらないというべきである。
また、本件TKCデータ同業類似法人についてみても、そもそも本件TKCデータは、税理士及び公認会計士からなる任意団体であるTKC全国会が各会員に対して実施したアンケートの回答結果から構成されており、その対象法人はTKC全国会の会員が関与しているものに限られている上、X会社が用いた抽出基準は、その抽出対象地域について何ら限定することなく全国としていること等から、国が用いた抽出基準に比べ、その対象地域及び業種の類似性の点において劣るものといわざるを得ない。
(5)X会社は、甲の職務状況に鑑み、本件退職給与適正額の算定に当たっては相当程度の功労加算が認められるべきであると主張する。
しかし、法施行令72条が、役員退職給与の適正額の算定要素として、業務に従事した期間、退職の事情及び同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況等を列挙している趣旨は、当該退職役員又は当該法人に存する個別事情のうち、役員退職給与の適正額の算定に当たって考慮することが合理的であるものについては考慮すべきであるが、必ずしも個別事情として顕著とは言い難い種々の事情については、原則として同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握するものとし、これを考慮することによって、役員退職給与の適正額に反映されるべきものとしたことにあると解される。
そうすると、当該退職役員及び当該法人に存する個別事情であっても、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りるというべきである。
そこで、甲について、上記のような極めて特殊な事情があると認められるか否かについて検討する。
まず、甲のX会社における業務内容についてみるに、証拠によれば、甲は、平成4年にX会社を設立するに当たり、その事務作業をほぼ一人で行い、その後、平成17年に死亡退職するまでの13年間にわたり、X会社の代表取締役として、総務、経理、労務管理等の各種事務全般に携わり、このほかにも、X会社の保険代理店業務に係る顧客が交通事故を起こした現場に出向くなどの対応をしていたことが認められるものの、他方で、上記のとおり、甲は、X会社に関する業務のほかに、X会社のグループ企業であるA会社、B会社、C会社及びD会社の各取締役として、それぞれの業務をも並行して行っていた上、証拠によれば、X会社には、甲以外に上記各種事務を担当する従業員がおり、甲の指示、監督の下にこれらの事務を行っていたことが認められる。
これらの事実に照らすと、甲は、13年間にわたり、X会社の代表取締役として、総務、経理、労務管理等の各種事務全般に深く携わるなどし、X会社に対して相当程度の貢献を果たしてきたことは認められるものの、そのX会社における業務内容が、およそ社会通念上一般に代表取締役の業務内容として想定され得ないほどの時間や労力を費やすなど特殊なものであったとはいいがたく、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があるとまでは認められない。
次に、甲がX会社の借入金債務を包括的に連帯保証していたこと等に関しては、金融機関が法人に対して融資を行うに当たっては、その是非は別として、代表取締役等の役員を保証人とすることを条件とすることが広く一般的に行われているから、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があるとは認められない。
さらに、甲が、X会社における各種事務や巨額の個人保証等による過度の負担により、うつ病に罹患し、その治療中に自殺したものであると主張する点についてみるに、証拠によれば、甲は、自律神経失調症ないしうつ病に罹患しており、その治療中に自殺したものであると認められる。しかし、本件の証拠によると、結局のところ、甲がうつ病に罹患し、自殺するに至った要因が、X会社における各種事務や巨額の個人保証等による過度の負担であったとまで認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
以上によれば、本件退職給与適正額の算定に当たって相当程度の功労加算が認められるべきであるとのX会社の主張は採用することができない。
(6)以上のとおり、国が本件退職給与適正額の算定方法として平均功績倍率法を用いたこと及びその採用した本件同業類似法人の抽出基準は、いずれも合理的であるということができ、これによれば、本件退職給与適正額は、上記のとおり490万8,800円であって、本件役員退職給与の額6,032万円のうち上記金額を超える5,541万1,200円については、法36条に規定する「不相当に高額な部分の金額」に該当し、損金の額に算入されるべきものではないところ、上記のとおり、本件更正は、本件退職給与の額のうち上記金額の範囲内である4,784万円について損金の額に算入されるべきものではないとしてされたものであるから、結局、適法であるというべきである。
2 争点2について 本件においては、証拠によれば、X会社が本件退職給与の額を決定するに当たっては、役員退職給与の適正額の算定方法として功績倍率法や1年当たり平均額法があることを知らなかったため、これらの方法によることなく、飯田信用金庫の理事や公務員の退職給与の額、甲のX会社における業務内容や甲が従業員であれば業務上自殺したとして労災認定されていたであろうことなどを考慮し、本件退職給与の額を決定したことが認められるが、それを考慮したからといって、施行令72条に規定する相当な退職給与の額を決定するに当たり考慮すべき事情を考慮したものとは到底いえない。そして、X会社が主張するその他の点を考慮しても、納税者に過少申告加算税を賦課することが不相当又は酷になる場合であるとは認められない。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却(請求棄却)。 (1)当裁判所も、X会社の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決のとおりであるから、これを引用する。
(2)最終月額報酬、勤続年数及び平均功績倍率を用いて役員退職給与の適正額を算定する平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法36条及び法施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であって、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合、あるいは、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合など、平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って最高功績倍率法を適用すべきところ、本件では抽出基準が必ずしも十分ではないとはいえないし、本件同業類似法人のうち最高功績倍率を示す法人とX会社とが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことからすれば、最高功績倍率法を用いるべき場合に当たるとはいえない。また、国が本件同業類似法人を抽出する際の抽出基準とした抽出対象地域、基幹の事業、調査対象事業年度及び調査対象事業年度における売上金額はいずれも合理的であり、甲に功労加算すべき特殊事情があるとは認められない。
五、解説
はじめに 本件は、同族会社の代表取締役甲が死亡退職した場合に支給された役員退職給与(本件退職給与)の適正額が幾許であるかが争われたものである。役員退職給与の適正額が争われた争訟事例(注1)は多いので、適正額の算定方法も、定着してきているとも言える。
しかしながら、その算定方法をどのように適用するかについては、当該事案における諸事情について的確な判断を要するので、個別性が強いことも事実である。その諸事情については、本件では、代表取締役が死亡退職したこと、甲の最終報酬月額が相当に低いこと、甲がX会社のグループ会社である4社の取締役を務めそれらの各会社から役員退職給与と弔慰金の支給を受けていること、X会社が長野県飯田市に所在しているため関東信越国税局の管内よりも名古屋経済圏に位置しているものと認められること、また、その比準要素が必ずしも適切とはいえないこと、等が挙げられる。
よって、これらの諸事情等を考慮した上で、本件各判決の問題点等について検討することとする。
1 過大役員退職給与の損金不算入 (1)役員が任期満了等の理由によって退職した場合には、その役員に対して退職慰労金が支給される場合が多い。そして、その退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものであれば、会社法(旧商法)上の役員報酬に該当するものと解されている(注2)。この役員報酬については、旧商法時代から、取締役等によるお手盛り支給を防ぐため、定款の定め又は株主総会を決議を要することとされている。
現行の会社法361条1項は、役員報酬の規制について、次のように定めている。
「 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)について次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一、報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二、報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な方法
三、報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容」
以上のように、会社法においては、取締役が自己の報酬について恣意的な支給を行うことができないように、牽制規定を設けているわけであるから、税法上もそれに配慮した損金算入規制があって然るべきである。
(2)本件退職給与が支給された当時(平成17年)の法36条は、「過大な役員退職給与の損金不算入」というタイトルの下に、次のように定めていた(注3)。
「 内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額の部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」
そして、法施行令72条は、「法第36条(〈略〉)に規定する政令で定める金額は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額とする。」と定めている(注4)。
2 適正額の算定方法とその問題点 (1)前述のように、役員退職給与の適正額は、業務に従事した期間、退職の事情、類似法人の支給状況によって判定(算定)されるのであるが、従前の裁判例では、具体的な算定方法として次のような方法が採用されている。
① 平均功績倍率法
この方法は、本判決でも採用されているが、退職役員の最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に類似法人における平均功績倍率を乗じて算定する方法である。この方法は、従前の裁判例において最も多く採用されているが(注5)、最終報酬月額が少ない場合(無い場合もある。)には適正額が算定し難いこと、類似法人の選定が困難であること、退職役員の功績が反映し難いこと、特別の退職事情が判定されないこと等の難点がある。
② 最高功績倍率法
この方法は、最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に類似法人の最高功績倍率を適用して算定する方法である。この方法は、平均功績倍率法の難点を解消するためにまま適用される場合(注6)があるが、類似法人の選定が困難であることは平均功績倍率法の場合と同じである。
③ 1年当たり支給額法
この方法は、勤続年数に類似法人における役員退職給与の勤続年数1年当たりの支給額を乗じて算定する方法である。この1年当たり支給額についても、最高額と平均額のいずれを採用するかが問題になるが、後者が採用される場合が多い。この方法は、退職役員の最終報酬月額が低すぎる場合等に、功績倍率法の適用が適切でないときに、採用される場合が多い(注7)。
④ その他の方法
その他の方法としては、統計的手法によって適正額を算定した方法(注8)、国家公務員退職手当に比準して適正額を算定した方法(注9)等がみられる。
(2)以上述べたように、役員退職給与の適正額の算定方法は、基本的には、功績倍率法又は1年当たり支給額法に絞られるが、いずれの場合も、類似法人を如何に適切に選定するかが問題となる。そして、この選定においては、最大の難点は、納税者側から選定できないことである。納税者側は、本件でもそうであるように、TKC全国会が公表している役員退職給与の支給状況に係るデータ位しか利用できないのである。それに加え、国が提示する類似法人についても、国が守秘義務を盾に実名を明かすことはないので、納税者としても当該類似法人の存在自体も信じ難いことになる。
他方、国における類似法人の選定も、課税実務が国税局単位で行われているため、同じ国税局管内の類似法人を選定することになるが、その妥当性も問題となる。現に、本件のX会社は、長野県飯田市に所在しているが、同市はむしろ名古屋経済圏に属しているわけであるから、新潟県や関東4県を含む関東信越国税局管内の法人とは経済的立地の類似性が低いと言えるはずである。
更に、法施行令72条が「同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの」から類似法人を選定することとしているので、課税の実務では、各法人の売上金額に着目した「倍半基準」(注10)が採用されることが多いが(本件でもそうである。)、他の類似項目がないがしろにされる場合も多い(本件については、後述する。)
(3)次に、税法における類似法人の選定は、何も役員退職給与の適正額を算定するばかりではなく、そのほかにも課税関係を確定するために、同様又は類似の選定が行われているが、それらとの整合性が問題となる。
例えば、退職給与以外の役員報酬の適正額の判定においても類似法人と比準することとされており(法令70一)、移転価格税制における独立企業間価格の算定においても比準法人の選定が必要であり(措法66の4②)、推計による更正又は決定(所法156、法法131)においても同業者との経営内容の比較(同業者率の採用)が不可欠であり、非上場株式の価額の評価においても類似会社比準方式(所基通23~35共-9(4)八、法基通4-15(3)、同9-1-13(3))や類似業種比準方式(評基通180)が採用されている。
これらの各種の課税方式において類似法人の類似性の選定においては、各争訟事件において見られるところによれば、国(課税庁)も、ある事件で採用した理屈が別の事件で都合が悪ければ、逆の理屈を採用している場合も見受けられる。このことは、類似性の判定が如何に恣意的になり易くかつ難しいことであることを示すのであるが、納税者としては、争訟事件の中で、そのような国(課税庁)側の異なる税目の各事件における国の主張の矛盾を衝くことも必要であろう。
3 甲に対するグループ会社の役員退職給与の支給状況 (1)前記1で述べたように、甲は、X会社の代表取締役を務めるほか、同社のグループ会社4社の取締役を務めており、死亡退職に伴い、各社から次のような役員退職給与の支給を受けている。また、それらの支給額はいずれも過大であるとする課税処分を受けたので、各社とも、当該各課税処分について取消訴訟を提起している。
① A社 退職給与7,210万円及び弔慰金618万円。同社は、昭和45年に設立され、精密部品の機械加工業とし、資本金1,500万円、売上金額12億7,567万円である。甲の勤務期間は35年である。課税処分では、6,308万円余を超える901万円余が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第418号)。
② B社 退職給与4,950万円及び弔慰金300万円。同社は、平成6年に設立され、精密部品の機械加工を業とし、資本金1,000万円、売上金額2億1,028万円余である。甲の勤務期間は、11年である。課税処分では、990万円を超える3,960万円が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第419号)。
③ C社 退職給与4,080万円及び弔慰金300万円。同社は、平成7年に設立され、精密部品の機械加工を業とし、資本金1,000万円、売上金額1億4,280万円余である。甲の勤務期間は、10年である。課税処分では、900万円を超える3,180万円について損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第422号)。
④ D社 退職給与6,615万円及び弔慰金560万円。同社は、平成10年に設立され、ホテル・旅館の経営等を業とし、資本金1,000万円、売上金額5億3,132万円余である。甲の勤務期間は、7年である。課税処分では、1,470万円を超える5,145万円が損金不算入とされた(東京地裁平成25年3月22日判決・平成23年(行ウ)第423号)。
(2)前述のように、グループ各社の甲に対する退職給与については、いずれも過大であるということで課税処分を受け、その適正額をめぐって法廷で争われることになったのであるが、東京地方裁判所における各社の甲に対する退職給与の適正額は、次のとおりである。
① A社 甲の最終報酬月額が零であるということで、1年当たり平均額法(5社の平均139万円余)が適用され、適正額は、4,883万円余とされた。
② B社 甲の最終報酬月額が30万円であるということで、平均功績倍率法(3社の平均2.28)が適用され、適正額は、752万円余とされた。
③ C社 甲の最終報酬月額が30万円であるということで、平均功績倍率法(3社の平均1.49)が適用され、適正額は、447万円とされた。
④ D社 甲の最終報酬月額が70万円であるということで、平均功績倍率法(2社の平均1.91)が適用され、適正額は、935万円余とされた。
以上のように、各判決においては、当該適正額の判定において、最終報酬月額がない場合には1年当たり平均額が適用され、最終報酬月額がある場合には平均功績倍率法が適用されている。そして、各判決とも、当該適正額が、各課税処分において損金不算入とした基準額(同処分上の適正額)を下回るということで、当該各課税処分を適法であると判断している。これらの判定上の問題点については、本件にも共通しているので、次に、本件に即してそれらの問題点を検討することとする。
4 本件退職給与の適正額 (1)前記1から3までに述べたことを前提に、本件における甲に対する役員退職給与の適正額が幾許であるかの判定においては、前記3で述べたように、甲に対し、グループ会社5社全体で合計2億8,887万円もの役員退職給与が支払われているという事実が最も大きな影響を及ぼすものと考えられる。そのことが、本件更正の際の処分行政庁の判断にも、また、本訴における各裁判官の心証にも大きな影響を及ぼしたものと推測される。
しかしながら、本件におけるX会社が甲に対して支給した本件退職給与の適正額が幾許であるかについては、本来、X会社と甲に関する諸事情によって判断されるべきであろうから、その観点から主要な点について検討すると、次のことが指摘できる。
まず、前記2で述べたように、本件で採用されている平均功績倍率法は、最終報酬月額が低すぎるときは不適切な方法である。特に、役員在職中は、自己の報酬をも削って献身的に会社の業績向上に勤めた役員に対し、その功績に報いるために、せめて退職慰労金を多額に支給することが考えられるが、その場合に、税法が形式論のみで否定することは極めて不合理である。本件においては、甲の最終報酬月額が32万円であるということなので、相当に低い金額である。現に、国が選定した類似法人3社における最終報酬月額の平均が70万円であるというのであるから、甲のそれはその半分にも満たない。このような状況にある場合には、最終報酬月額を修正するか(注11)、あるいは、最高功績倍率を適用する方が合理的であると考えられる。
(2)次に、類似法人の選定については、国側は好んで「倍半基準」を適用するが、本件においても、類似法人3社とX会社の売上金額がその範ちゅうに入っているからその合理性が担保されていることを強調し、本判決もそれに同調している。しかしながら、事業規模の判定には、売上金額のほか総資産価額が重要な指標となる(注12)。また、役員退職給与の支給に当たっては、当該役員の功績が反映されている純資産価額や退職前数年間の利益金額が重視されるはずである。
然るに、売上金額以外に、国が類似法人の指標として採用している所得金額、総資産価額、純資産価額及び資本金については、その要素として重複するものがあったり、単年度の所得金額が採用されたりして、役員退職給与の適正額の判定要素として適切とは言えない。しかも、類似法人3社の所得金額がいずれもマイナスであるということは、退職給与の支給額の平均が必然的に低くなることを意味している。そのことが、本件で適用される平均功績倍率が1.18という非常に低い率を適用する結果となっている。更に、X会社は、長野県飯田市に所在しているのに、関東信越国税局の管内から選定しているというのも、経済圏を異にしているから合理性を欠くということも前述したとおりである。そのほか、甲の死亡原因については、職務との関係がもう少し検討されて然るべきであると考えられる。
以上のように、本件退職給与の適正額の判定については、むしろ不合理な点が目につくところであるが、冒頭に述べたように、グループ各社から相当多額な役員退職給与と慰労金が支払われているという事実に照らせば、前述の不合理性も矮小化されるのかも知れない。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、不動産業等を業とする同族会社の代表取締役が死亡退職した際に支給された役員退職給与(本件退職給与)の適正額が争われた事案である。本件更正では、本件退職給与6,032万円のうち、1,248万円を超える4,784万円を損金不算入としたのであるが、本判決は、国の主張を全面的に認め、類似法人3社の平均功績倍率1.18を適用して当該適正額を490万円余であると認定し、本件更正に係る前記1,248万円を下回るから、本件更正を適法とした。
本件のように、役員退職給与の適正額について平均功績倍率を適用する事例は、一番多く見られるところであるが、当該倍率が1.18という低率であることは珍しいと言える。その点では、本判決は、一つの事例として意義あると言える。
(2)しかしながら、前述してきたように、本判決には、種々の問題がある。まず、中小法人であるとはいえ、「代表取締役」の月額報酬が非常に低いにもかかわらず、機械的に平均功績倍率を適用することに合理性が認められない。しかも、前述のように、類似法人3社がいずれも欠損法人であったために、功績倍率が非常に低く抑えられているという問題もある。このような場合には、最終報酬月額を修正するとか、最高功績倍率を適用するとか、1年当たり支給額法を適用するとか、という選択肢もあったはずである。
また、類似法人の選定にも種々の問題があることは、前記4において述べたとおりである。このように、本判決における役員退職給与の適正額の認定については、種々の問題点を指摘できるところである。しかし、甲が、X会社の代表取締役を務めるほか、グループ会社4社の取締役を兼ね、それぞれ相当額の役員退職給与の支給を受けていたという特別事情を考慮すると、本判決のような判断にも相応の説得力があるとも考えられる。
(注1)過大役員退職給与の損金不算入の是非が争われた事例については、品川芳宣「役員報酬の税務事例研究」(財経詳報社 平成14年)304頁以下、品川芳宣「重要租税判決の実務研究」(大蔵財務協会 平成17年)299頁以下等参照。
(注2)最高裁昭和39年12月11日第二小法廷判決(民集18巻10号2143頁)、同昭和44年10月28日第三小法廷判決(判例時報577号92頁)、同昭和56年5月11日第二小法廷判決(同1009号124頁)、味村治・品川芳宣「役員報酬の法律と実務 新訂第二版」(商事法務研究会 平成13年)5頁等参照。
(注3)平成18年改正後の法人税法34条2項は、通常の報酬と退職給与とを区分せず、「役員に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額で政令で定める金額」を損金不算入にすることとし、退職給与については、法人税法施行令70条2号において、改正前の72条と同様のことを定めている。
(注4)当時の役員退職給与を含めた役員報酬課税の問題点については、品川芳宣「役員報酬課税の問題点と方向性」JICPAジャーナル2006年2月号39頁、同「役員給与課税の本質を衝く!」本誌2008年4月14日号27頁等参照。
(注5)東京地裁昭和46年6月29日判決(行裁例集22巻6号885頁)、東京高裁昭和49年1月31日判決(税資74号293頁)、名古屋地裁平成2年5月25日判決(税資176号1042頁)、札幌地裁平成11年12月10日判決(税資245号703頁)等参照。
(注6)岐阜地裁平成2年12月26日判決(税資181号1104頁)、東京地裁昭和51年5月26日判決(税資88号862頁)、東京高裁昭和52年9月26日判決(税資95号597頁)、最高裁昭和60年9月17日第三小法廷判決(税資146号603頁)、仙台高裁平成10年4月7日判決(税資231号470頁)等参照。
(注7)札幌地裁昭和58年5月27日判決(行裁例集34巻5号930頁)、昭和61年9月1日裁決(裁決事例集32号231頁)、岡山地裁平成元年8月9日判決(税資173号432頁)等参照。
(注8)大阪地裁昭和44年3月27日判決(税資56号316頁)参照。
(注9)大阪高裁昭和54年2月28日判決(税資104号531頁)参照。
(注10)類似法人の選定において、対象となる法人の売上金額の2倍から2分の1に分布する法人を選定することをいう。
(注11)最終報酬月額を増額修正して平均功績倍率を適用した事例として、高松地裁平成5年6月29日判決(税資195号709頁)等参照。
(注12)国税庁の財産評価基本通達では、会社規模の判定基準として、取引金額及び総資産価額を最も重視している(評基通178)。
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