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資料2014年11月10日 【主要判例】 平成24(わ)3568 所得税法違反被告事件

事件番号 平成24(わ)3568
事件名 所得税法違反被告事件
裁判年月日 平成26年11月10日
裁判所名・部 大阪地方裁判所  第12刑事部
判示事項の要旨 高級クラブにおいて「社長」の肩書を持つ被告人が源泉徴収義務者に該当しないと判断された事例

主文
被告人は無罪。
理由
第1 公訴事実の要旨及び争点等
1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,大阪市甲区乙a丁目b番c号の丙会館地下1階において,クラブ『X』を経営し,同クラブで稼働する従業員等に対する給与の支払をするとともに,ホステスに対する報酬の支払をする源泉徴収義務者であったものであるが,平成21年8月から平成23年7月までの間,同クラブで稼働する従業員等に対し,給与として合計1億3163万1960円を,同クラブで稼働するホステスに対し,報酬として合計6億276万7900円をそれぞれ支払った際,これらの従業員等に対する給与について所得税として合計3143万1591円を,ホステスに対する報酬について所得税として合計4797万4278円をそれぞれ源泉徴収し,各法定納期限までに大阪府丁市戊d丁目e番f号所在の所轄己税務署に納付しなければならないのに,これを納付せず,もって源泉徴収して納付すべき所得税合計7940万5869円を納付しなかった。」というものである。
そして,本件において,公訴事実記載の源泉所得税不納付の事実があったことは争いがなく証拠上も優に認められる。争点は,被告人が,クラブ「X」(以下「X」という。)の源泉徴収義務者であったか否かである。検察官は,被告人は,AとXを共同経営していたから,Aとともに,稼働する従業員等に対する給与及びホステスに対する報酬(以下「本件給与等」ともいう。)についての源泉徴収義務者であったと主張する。これに対し,弁護人は,XはAが単独で経営しており,被告人はAの従業員にすぎず,本件給与等に対する源泉徴収義務を負う立場にはなかったから,真正身分を欠き,無罪であると主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。
2 源泉徴収義務者の意義
源泉徴収義務者について,所得税法183条1項は「給与等の支払をする者」,同法204条1項は「報酬若しくは料金,契約金又は賞金の支払をする者」として定める。給与や報酬等の支払をする者と支払を受ける者との間に特に密接な関係があって,徴税上特別の便宜を有し,その能率を挙げ得ることが,そのような支払をする者に源泉徴収義務が課された趣旨であることに鑑みると,かかる特に密接な関係とは,それが濫用的脱法的である場合は別として,原則として,雇用契約や請負契約等の法律上の債権債務関係を意味すると解され,給与等の支払をする者とは,本来の債務者あるいはこれに準ずる関係にある者とみるのが相当である。そして,Xは,個人経営のクラブであったから,通常は,その経営者が債権債務関係の当事者といえる。そこで,被告人がXの経営者といえるかについて検討する。
3 本件の特異性
本件において検察官は,前述のとおり,XはAと被告人の共同経営であると主張しているが,検察官が証人として請求したX関係者は,A本人のみならず全員(被告人の母親を除く。)がXは被告人の単独経営であったと証言しており,他方,弁護人請求証人や被告人側の証人は,全員がAの単独経営であったと証言しており,Aと被告人がXを共同経営していたとする証拠は,捜査段階における被告人の検察官調書しかない。しかし,AがXの経営者であったことは,検察官も前提にする当事者間に争いがない事実であり,また証拠上も後述するとおり確実に認定できる事実であって,本件における動かし難い事実といえる。ところで,検察官が立証の中心に据える被告人の検察官調書によれば,本件の源泉所得税の不納付犯は,Aと被告人との共謀共同正犯という構成も考えられるところ,検察官は,Aは源泉徴収義務者であるが,納付すべき所得税を納付しなかった事実の認識及び認容に欠けるとして,被告人の単独正犯として起訴している。本件における検察官の立証は,このような特異な経過をたどっているが,その大きな原因の一つとして,庚国税局が,被告人の強い希望があったとはいえ,肝心のAから直接事情を聞かないまま,当時の被告人の説明を前提に,被告人のみを源泉徴収義務者として本件を処理したこともあって,Aの源泉所得税の不納付犯という観点からの調査,捜査が十分になされず,被告人とAを比較対照する形で源泉徴収義務者性の検討が十分になされなかった点が指摘できる。
他方で,被告人は,後述するとおり,Aと20年近くにわたり二人三脚でクラブ経営に携わり,クラブ経営に精通しており,また,本件については,庚国税局に対し,Xは自分の単独経営であるとして,Aに対して事情聴取するなら調査には一切協力しないとして,被告人単独経営を前提にした税務処理を迫ったという経緯がある。
このようにして,本件では,オーナーママであるAと長年二人三脚でクラブ経営に携わってきた被告人が,Xの源泉徴収義務者にあたるのか,具体的にはXの経営者なのか幹部従業員に過ぎないのかが争われることとなった。
第2 被告人はXの経営者といえるかについて
1 Xの営業状況とA及び被告人の待遇について
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) Xの営業状況
Xは,平成14年9月頃に開業された個人営業のクラブである。Aは「オーナーママ」と呼ばれ主に営業面でのトップとして,被告人は開業当初は「副社長」という肩書で,7,8年後頃からは「社長」という肩書でホステスによる営業以外の黒服と呼ばれる裏方業務全般を行うラインのトップとして業務を行ってきた。Xには,他にクラブ経営面で中核的な人物はいない。
Xは,着席するだけで4万円が請求される高級クラブとして営業してきており,月額概ね平均して5000万円弱程度の売上げを上げていた。平成21年8月から平成23年7月までの間は,A以外のママと呼ばれる売上げによる歩合制報酬となる幹部ホステスが4ないし6名,それ以外の日給制のホステスが時期により変動があるが概ね20名後半から30名前半の規模で営業していた。
(2) Aと被告人の利得や費用負担について
ア Aについて
Aの利得は,売上げの変動にかかわらず月額500万円とされており,当該月の売上げで支払えなかった場合には,翌月の売上げから支払われるなどしており,現実に月額500万円が支払われていた。この利得額は,AがXの仕事を休んでいた期間においても支払われていた。
幹部ホステスの中には月額報酬が200万円を超える者もいたが,A以外のホステスは,自分の客に対する売上げの未収金を回収できなかった場合には,各自の報酬額から未収金相当額が控除されることとなっており,前記のような高額報酬の幹部ホステスも100万円以上の未収金相当額を控除され,実質的な所得は100万円前後になることもあった。このように営業部門のホステスにとって未収金の負担の有無は極めて重要なことであったが,Aは,そのような個人負担がなかった。
また,経費帳の記載等から明らかなように,Aは,他のクラブでの飲食や美容治療の費用を,Xの経費として計上していたことが認められるが,他のホステスでこのような経費計上は認められていなかった。
イ 被告人について
Xでの被告人の利得は,経費込みで月額120万円と定められていたが,実際には,経費の支払後の残金から利得を得ており,額面どおりの利得を得たことはほとんどなく,現実には月平均で80万円から100万円程度の金額を得ていたにすぎず,分割で受け取ることも多かった。その金額を他の黒服の従業員と比較すると,副社長の肩書を持つ者が月額で100万円(経費込み),その次のポストの専務の肩書を持つ者が月額で80万円(経費込み)であった。
ウ 小括
以上のように,その利得の面から考えると,Aは,Xの売上額の約1割という極めて高額の利得を固定的に得ており,未収金相当額の個人負担がないことから考えても,幹部ホステスと比べて破格の待遇となっている。また,Aは,X関係者の中で唯一,個人的な費用についてもXの費用として計上することが認められており,その中には必ずしも営業活動に直結するとはいえない費用も含まれている。このようにAの待遇は,他のホステスと同系列のトップという評価では到底足りない特別なものであり,経営者として考えなければ合理性がない待遇といえる。これに対し,被告人は,その金額や他の黒服従業員同様に経費が個人負担となっていることからみても,黒服従業員と同系列のトップと評価することのできる待遇といえる。そして,被告人とAとで,その利得の面で5倍以上の開きがある。このような事情は,営利活動における経営者か否かの判断において,両者を同様に扱うことを困難とする事情といえる。
なお,帳簿等の記載によっても,Xの現金売上げの相当額がA預かりとなっていることが認められるから,Aは,単に営業をし,利益を得るだけではなく,売上金の現実的な管理もしていたといえる。
2 従業員の採用等について
(1) 前述のとおり,源泉徴収義務者は,原則として,雇用契約や請負契約等の法律上の債務者と考えられるから,ホステスや黒服従業員との雇用契約や請負契約の主体が誰かが重要となる。この点,関係各証拠によれば,アルバイト的なホステスや黒服の従業員を採用する権限は,黒服従業員であってもそのポストに応じて認められており,例えば専務の肩書を持つ黒服ナンバー3の者には,日給4万円までのホステスを採用する権限があったことが認められる。これらの権限は,経営者から一部の権限がそれらの者に委託されたものと考えられるから,源泉徴収義務者かどうかの判断にとっては,Xの営業に大きな影響を与える高額報酬の幹部ホステスの採用権限を誰が持っていたかが重要になる。
(2) 幹部ホステスの採用権限等
ア Aの証言
Aは,Xにおけるホステスの採用は,被告人が担当しており,自らは給与等が低額のホステスを数名採用したことがあった程度であり,いずれにしても最終的な採否の決定権限は被告人にあった旨供述する。また,ホステスの最終的な契約解除の決定権限も,被告人にあった旨供述する。しかし,Aは,前述のとおり営業面のトップとしての地位にあり,Xの中で破格の待遇を受け,他にそのような立場の者はおらず,その立場もXの営業活動に依っていたのであるから,クラブの営業成績に多大な影響を与えるホステスの採用について関与していなかったとは到底考えられない。むしろ,営業面のトップとしてホステスの採用について積極的な関与と監督をしていたと考えるのが常識的である。これらからすると,ホステスの採用等に関するAの供述は到底信用できない。
イ BやCの証言
Xで黒服従業員として勤務していたBは,アルバイトのホステスについては,黒服従業員各自に採用の裁量があったものの,ママと呼ばれるような幹部ホステスの採用については,Aの許可が必要であり,被告人ではなかった旨証言している。また,AからXへの転職を勧誘されたCは,当時,別のクラブで月額報酬約200万円の売上げトップのホステスだったが,AからXで働くことを勧誘され,その際,報酬についてはCが希望する額でいいことや,入店した場合には,当時のC付きの顧客については,Xのママを含む他のホステス付きとなっていた顧客についても,当該ホステス付きからC付きに変更すると言われていたこと,条件については自分の店だから言ってくれたらそうしてあげると言われていたこと等を供述し,更にこうした勧誘の際に被告人は同席していなかったと証言する。
検察官は,B証言やC証言について,被告人から証人出廷を依頼されたり,被告人の妻の同級生であったこと等から,その証言は信用できないと主張する。しかし,Bは,Xの元従業員であったに過ぎず,Aからも信頼を得ていた等と証言しており,被告人に一方的に有利に供述するような人的関係にはないことが認められるし,Aに関して分からない点は分からないと述べるなど,その証言態度は真摯なものである。そして,その供述内容は,前記1で検討したAと被告人のXの待遇の違いに照らして合理的な内容であるから,全体として信用性が高いといえる。また,Cの証言は,クラブトップの引き抜きであれば,合理的と考えられる勧誘内容であり,証言に出てくるAの立場についても,前記1で検討したAの待遇から考えれば合理的な内容といえ,特にAに関して誇張して証言している事情は見あたらない。また,その勧誘の場に被告人がいなかったと証言している点については,反対尋問すらされておらず,Cの証言内容が非常に具体的で,かつ合理的であることを考えると,特にこの点についてのみ虚偽の供述をしているとは考えられない。さらに,検察官が指摘する被告人との人的つながりについても,被告人の妻の小,中学校時代の同級生というに過ぎず,Cの証言内容の合理性に照らせば,その信用性を減殺する事情にはならない。以上からC証言は,全体として信用性が高いといえる。
ウ 幹部ホステスの採用権限
Cの勧誘は,いわば売れっ子ホステスの引き抜きであり,幹部ホステスとして高条件での勧誘になり,また,Xの他の幹部ホステスとの調整も必要となる条件での勧誘になるから,Xの経営にとって大きな意味がある勧誘といえ,採用権限ある者が,直接面接するのが通常と考えられる。したがって,このようなC証言やB証言を踏まえると,AがCに対する採用条件をCの対応に応じて提示することができたのは,Aが幹部ホステスの採用権限を有していたからであり,また,そのような重要な採用の際,被告人が直接面接していないのは,被告人には,そのような重要な採用について,最終的な権限がなかったからと考えるのが合理的である。
以上によれば,Aには,ママなどの役職の付いたホステスを含むホステスの雇用についての最終的な決定権限があり,自分にはなかった旨の被告人の公判供述の信用性は高いといえる。
エ 被告人の検察官調書
なお,被告人の検察官調書(乙4)には,被告人が,ホステス等の雇用及び解雇について,Aへの報告をした上で,被告人が最終的な判断をしていたとの記載がある。しかしながら,この記載の直前には,ホステス等の雇用に当たっての条件を被告人の側で調えた上で,Aにその旨を報告し,同人の最終的な了解を得た上で被告人が雇用を決定していたとの記載があるし,別の検察官調書(乙2)では,ホステスの採用について判断すると言っても,私が最終的な決定権限を持っているわけではなく,店の経営状況から適切と判断される雇用条件を暫定的に決めた上で,Aに報告し,Aの了承を得て,雇用するかどうかの最終判断をしてもらっていましたとの記載もあり,被告人の検察官調書全体の理解として,被告人にホステスの最終的な雇用権限があったと理解することには疑問がある。実際に幹部ホステスを被告人の裁量で採用した例が具体的には供述されているわけでもないし,黒服従業員にも一定の範囲で認められていた採用権限との違いも意識されていない。
また,被告人は,Aと長年にわたり,クラブの経営に関与してきたから,ホステスの採用実務には長けていたであろうし,ホステスの善し悪しの見立てもそれなりにできたであろうから,Aや他の従業員から相談を受けたり,助言をしたことはあったであろうことが推察でき,そのような実態があったことから,前述のようなあたかも被告人に最終的な決定権があったかのような記載になったとも考えられ,被告人の前述の検察官調書の記載から,被告人にホステス等の最終的な採用権限があったと認めることはできない。
オ 以上によれば,高額報酬の幹部ホステスの採用権限はAにあって被告人にはなく,その点から,従業員の採用や解雇を決める最終的決定権限は,Aにあって,被告人にはなく,被告人にはAのホステス等の採用に関する最終的決定権限に由来する他の黒服従業員のラインのトップとしての決定権しかなかったと認めるのが相当である。
3 X以前の経緯を踏まえた検討
□ 被告人は,高校卒業後の昭和62年頃に,大阪市内でも有数の繁華街であるミナミにあるクラブに黒服従業員であるウエイターとして稼働するようになり,その店でホステスをしているAと知り合った。平成6年には,Aと被告人が中心となって,ミナミでクラブ「Y」の業務を開始した。当時26歳の被告人は,Yにおいて,専務の肩書で黒服のトップとしてホステスの出勤管理,営業中のホステスをどの客に付けるかいった差配,売上げや経費に関する計算や支払等の業務を行っており,報酬は月額70万円程度であった。他方,Aは,Aの証言によっても,少なくとも,途中からは,収入は月額500万円で前述した未収金の個人負担はなしという待遇になり,自由出勤の形態で業務に携わっていた。その後,平成9年になると,A及び被告人は,前記Yを閉店し,ミナミの別の場所にクラブ「Z」を開店した。被告人は,同店でもY同様,「専務」の肩書で黒服のトップとして業務に従事しており,報酬は月額80万円程度であった。平成14年8月,A及び被告人は,Zを閉店し,その後,大阪市甲区乙にXを開店させた。前述のとおり,Xにおいて,Aは,「オーナーママ」と呼ばれ,被告人は,当初は「副社長」の肩書で,7,8年後からは「社長」の肩書で黒服のラインのトップとして業務に携わっていた。XでのAや被告人の待遇等は前述したとおりである。
(2) 以上によれば,Aと被告人は,平成6年のY以降,二人三脚でクラブ経営に携わってきたといえるが,被告人は,その当時から黒服のラインのトップとしてXにおけるのと変わらない業務をしていたといえる。年齢や経歴を考えても,当時の被告人に,Yを開店,運営していく資金力があるはずがなく,また,その肩書,待遇からみても,被告人が経営者でなかったことは明らかといえる。他方で,Aは,この当時から,Xと同様の待遇を得,また,それ以前のクラブ時代から売れっ子のナンバーワンホステスとして稼働していたから,スポンサーを含めそれなりの資金調達能力があったであろうことは合理的に推測できるから,Yの経営者はAであり,被告人はその従業員に過ぎなかったといえる。そしてY以降,Z,Xと二人の役割,立場,関係が変わったといった事情は見あたらない。したがって,このようなX以前の経緯を踏まえると,XにおけるAと被告人の役割,立場,関係も,従前と同様のものであったと考えるのが合理的である。被告人は,YやZの経営に関し,捜査段階においては,Aが他者から資金提供を受けて開業した旨述べているが,その内容は前述したところを踏まえれば極めて合理的であり,他方で,Aは,被告人がYやZを単独で経営していた旨証言するが,全く不合理な内容で,到底信用できない。
4 被告人が共同経営者である旨の被告人自身の供述の評価
被告人は,平成24年6月末から7月上旬にかけて,検察官に対し,XをAと共に共同経営してきた旨供述しており,また,同年3月12日には,Aに対し,自己が共同経営者であることを自認するようなメールを送信している点を検討する。
まず,前述した被告人の検察官調書には,被告人がXの共同経営者であることを認める内容が記載されている。しかし,その内容を検討すると,具体的な記載があるのは,Aが経営者であったことに関する部分であって,被告人の経営者性に関する記載は,単に共同して経営したとの宣言的な表現に止まるものが多い。被告人に関する具体的な記載の多くは,経理や資金繰りに関することが中心であるが,これは黒服トップの幹部従業員の業務としても説明できることであって,本件で重要となるAとは待遇面で格段の違いがあるのに,なぜ共同経営者といえるのか,二人三脚は被告人が20代のY時代以降続いているが,いつから「共同経営」になったのか等の本件における肝心な部分の記載は全くない。また幹部ホステスの最終的決定権については,前述したように供述調書全体をみると一貫しない記載がなされている。
被告人の検察官調書がこのような中途半端な記載になったのは,被告人自身が,Y以来,長年Aと二人三脚でやってきたという自覚はあり,クラブでの業務には精通し,裏方のトップとして業務を仕切ってきた以上,自分にもある種の責任があるという趣旨で共同経営と言われても仕方がないとの感覚を持っており,検察官も,それ以上のことを追及しなかったからと考えると説明がつく。したがって,被告人が検察官調書でいう「共同経営」は,裏方トップとしての責任という程度のイメージに過ぎないから,本件における経営者性の判断に関して証拠価値は低いといわざるを得ない。
3月12日のメールについても,同様の評価が妥当する。
5 被告人の経営者性を示唆する事情等の検討
本件においては,被告人がXの共同経営者であることを示唆する方向の事情もあるので,その点を検討する。
(1) Xの経理処理や営業上の差配
被告人は,Xの経理全般を仕切っており,Xの経理に精通していたといえる。
しかし,それは,黒服として裏方業務のトップにある者として当然のことであり,その会計処理の内容も,事務的なものであって,被告人が経営者でないと見なければ説明が付かないような会計処理は見当たらない。また,被告人がホステスの配席指示をしたり,イベントを企画し,売上げを上げる努力をしたり,又は,ミーティングを開催したりした点も,黒服のラインのトップとして取った行動と見ても何ら不自然でない。このような仕事は,被告人は,20代のY時代から行っている業務であって,これらの事実は,被告人が黒服のラインのトップの幹部従業員であることを示す事実に過ぎず,被告人が経営者であることまで示す事実とはいえない。
(2) 各種届出における名義人
被告人は,本件当時,Xの店舗賃貸借契約,店舗の火災保険契約,顧客の未収金の支払先の入金口座,その他営業許可の名義人等になっており,また,被告人は,自ら名義人となってXの所得税の確定申告をしている。
しかしながら,経営面で連続したクラブ営業と考えられるY,Z,Xの流れの中でそれらの各種名義人をみてみると,Aの名義は一度もなく,他方で,被告人以外にも複数の従業員名義で届けられており,その中で幹部従業員は1名であり,他は単なる一従業員であって,実質的な名義貸しがごく普通に行われていたといえ,Xの経営者は誰かを考える上で,届出における名義人は重要な目安にはならない。したがって,被告人が,当時,各種届出の名義人となっていたことが,被告人が幹部従業員ではなく経営者であることを示す事実とはいえない(検察官は,名義貸し料をもらっている従業員がいることから,そのような名義貸し料をもらっていない被告人の場合は,単なる名義貸しではないと主張するが,被告人は,Xにおいて幹部従業員であり,単なる従業員ではないから,その扱いに差があってもおかしなことではなく,被告人が名義貸し料を得ていないことが,被告人の経営者性を推認させる事実とはいえない。)。
また,被告人は,検察官に対して,クラブ経営に当たり,税金をごまかすことは当然であり,種々の届出等の名義人になるということは,税金事件で検挙される際,経営者として,真っ先に疑いを向けられる対象となるリスクを背負うことになるから,Aは,そうした実態を十分に理解した上で,不正な税務申告をしていたことが露見した際,自分に疑いの目が向かないよう,従業員を名義人としていた旨供述している(乙2)。Aは,公判廷において,Xは,被告人の単独経営であり,自らはXの経営者ではないと証言するが,少なくともAがXの経営者であることは本件において動かし難い事実であって,その証言内容は極めて不合理なものであり,その証言態度は,何としてでも未納源泉所得税の支払を免れようとする姿勢と評価できる。そのようなAの証言態度を踏まえると,被告人の前記供述は信用性があり,Xの確定申告を含め,被告人が供述するような趣旨から,被告人が名義人となっていたとみる方が自然である。
そうすると,かかる事実をもって,被告人が,経営者であることを基礎付けることは困難である。
(3) 被告人の肩書
被告人は,Xにおいて「社長」という肩書であった。しかし,X開業当初は,副社長という肩書であり,業務としてはほぼXと同じであったと考えられるYやZでは専務という肩書であった。このようにクラブの黒服のラインの肩書は,必ずしも法的な権限を意識したものではなく,対外的なものに過ぎないことが多い。現に,前述したように全体として信用性が肯定できるBやCは,被告人は社長と呼ばれていたが,経営者はオーナーママと呼ばれていたAであったと思う旨証言している。したがって,「社長」という肩書から被告人の経営者性を判断することはできない。
(4) Dへの対応
被告人は,Xが屋号を変更した後のWについて,平成24年6月に,顧客のクレジットカード払いの早期立替業務を行っていた株式会社Dに対し,立替金の振込先を被告人名義の口座に変更する手続を行い,その後,7月には,Dから振込先をA側の人物名義の口座に変更する話があった際,強い口調で「W」が自分の店である趣旨の発言をして変更手続に抗議したことがあり,このような行動は,通常,経営者でなければできない行動ともいえる。
しかしながら,この頃,被告人は,未納源泉所得税の支払等をめぐりAと争っており,被告人がその支払をしなければいけない可能性が生ずる事態に陥っていたことを考えると,経営者でなかったとしても,高額の未納源泉所得税の支払に備えるため,かつての振込先であった自己の銀行口座に振り込むように依頼したと考えることも十分にできる。したがって,この発言が,被告人は幹部従業員であって経営者ではないとの認定に矛盾するものではない。
6 総合判断
上記のように,①被告人のX営業による利得は,Aの利得の5分の1かそれ以下にとどまっており,Aの待遇は,経営者と考えなければ合理的でない待遇であるが,被告人の待遇は,幹部従業員のトップとして考えても合理的なものであること,②Aは,幹部ホステスに関し裁量で採用を決定する権限があったと認められるが,被告人には,そのような権限はなく,ホステスを含むXにおける従業員の採否の最終的決定権はAのみが持っていたと認められること,③Aと被告人は,被告人が20代に開店したY以降二人三脚でクラブを経営してきたが,Y当時,被告人が経営者とはいえないことは明らかであり,その後経営が,被告人を含む共同経営に変わったことを示す事情がないことが指摘できる。そして,自分が共同経営者であることを認める被告人の検察官調書は信用することができず,その他被告人が経営者であることを示唆する方向の事情も,それ以外の説明が十分に可能といえる。以上によれば,被告人は,Xの幹部従業員に過ぎず,共同経営者ではなかったと認められる。
第3 被告人が幹部従業員であることを前提にした源泉徴収義務者性
検察官は,Aが上位者で優位な立場にあったとしても,源泉徴収義務者は,支払の係る経済的出捐の効果の帰属主体となるにふさわしい実体を有する者に当たるとして,被告人が源泉徴収義務者であると主張する。
しかし,前述のとおり,被告人は,Aの僅か5分の1しか利得配分を受けておらず,給与等の計算は,黒服従業員のトップとして事実上行っていたにすぎないのであるから,そのような者を経済的出捐の効果の帰属主体などといえるはずもなく,被告人を源泉徴収義務者とみることはできない。
第4 被告人の源泉徴収義務者該当性
以上検討したとおり,XはAの単独経営であり,被告人はいわば黒服従業員のトップとして経理等の業務に従事していた幹部従業員にすぎず,被告人は,ホステスや黒服従業員の請負,雇用契約の主体には当たらない。
したがって,被告人は,本件給与等の源泉徴収義務者に該当しない。
そして,結局のところ,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
平成26年11月10日
大阪地方裁判所第12刑事部
裁判長裁判官 遠 藤 邦 彦
裁判官 森 嶌 正 彦
裁判官 臼 倉 尭 史

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