コラム2015年03月23日 【税理士損害賠償訴訟判決紹介】 関与先企業の粉飾決算巡り税理士の賠償責任を認めず(2015年3月23日号・№587)

税理士損害賠償訴訟判決紹介
関与先企業の粉飾決算巡り税理士の賠償責任を認めず
原始資料に当たって実在性等を精査する義務なし

 本誌独占取材によりお伝えしている税理士への損害賠償請求事件(税賠訴訟)について、事実関係や裁判所の判断内容を詳しく知りたいという問い合わせが編集部に多数寄せられた。そこで、本誌が紹介した税賠訴訟について、その判決全文を一部加工のうえ随時紹介していく。

○ 関与先企業の不正経理(粉飾決算)をめぐり、顧問税理士が不正経理を是正せずに法人税の申告手続きを行ったことが、本件業務委任契約上の注意義務に違反するか否かが争われていた税賠訴訟で税理士側が勝訴した事件(本誌499号7頁で紹介)。裁判所は、本件委任業務契約では原始資料からの仕訳は関与先企業が行うものとの合意が成立していたと認定したうえで、税理士には仕訳データの基となった個別の取引の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はないと判断した。

事案の概要  本件は、税理士である被告に対し税務代理業務等を委任していた原告が、被告に対し、原告において9期にわたり合計約3億円の利益を過大に計上する不正経理がされたところ、被告が委任契約に基づく善管注意義務に違反しあるいは不法行為(使用者責任)により、上記不正経理を是正せずに税務申告手続をしたため、原告が合計6422万7778円の過大な法人税及び住民税を支払わざるを得なかったとして、債務不履行及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、上記過大納税額6422万7778円及び原告が被告に支払済みの顧問料その他の手数料合計3039万9843円の合計9462万7621円の損害賠償並びにこれに対する債務不履行に基づく損害賠償については請求日の翌日、不法行為に基づく損害賠償については不法行為日の後の日である本件訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

争いのない事実
(1)
原告は、税理士である被告に対し、平成2年6月ころ、税務代理、税務書類の作成、税務相談のほか、財務書類の作成、会計帳簿の作成の元となる仕訳データに基づく記帳の代行、その他財務に関する事務を委任し、被告はこれを受任した(以下「本件委任契約」という。なお、委任事務の具体的内容及び上記の業務以外の業務が委任事務に含まれるか否かについて当事者間に争いがあるため、後述する。)。
 その受任期間は、原告の平成3年2月期(平成2年3月1日から平成3年2月28日まで。原告の事業年度は前年の3月1日から当年の2月末日までであり、以下同様である。)から平成22年2月期の期中の平成21年8月までであった。
(2)原告が不正経理がされたと主張する時期は、平成13年2月期から平成21年2月期までである。
 そのうち、平成20年2月期と平成21年2月期は、原告には利益が生じておらず、原告は、住民税及び法人税の納税義務を負わなかった。

争点及び争点に関する当事者の主張
(1)被告の債務不履行の成否(本件委任契約の委任業務の内容、本件委任契約に基づく被告の善管注意義務の内容、同義務違反の有無)
(原告の主張)
 ア 本件委任契約の委任業務の内容
(ア)税務顧問、会計顧問及び関連帳票作成の業務
   原告は、被告に対し、本件委任契約において、税務顧問及び会計顧問として、一般的な税務代理、税務書類の作成、入金チェックから伝票起票、財務書類の作成、決算書類作成、会計帳簿の記帳代行、その前提として原始資料に基づく仕訳伝票のチェック等の業務を委任した。
(イ)経営コンサルタント業務
   原告は、被告に対し、本件委任契約において、経営コンサルタント業務、すなわち原告の財務の状況や業務成績を十分に把握し、改善策を提案するなどして、経営者をサポートする業務を委任した。
 イ 本件委任契約に基づく被告の善管注意義務の内容  被告は、本件委任契約に基づき、原告に対し、税務の専門家として、税務に関する法令及び実務に関する専門知識に基づいて、適切な助言や指導を行って確定申告書等の作成事務を行うべき義務を負う(税理士法1条、41条の3)。
 そして、記帳代行、財務書類の作成及び会計顧問を併せて受任した税理士は、特段の取り決めがない限り、①領収書や通帳といった原始資料から帳簿を作成する義務、②各決算整理仕訳を検討する義務、③原始資料と決算整理仕訳との整合性の確保や決算整理仕訳の精査といった、会社として通常行うであろうチェック作業を行う義務を負う。
 ウ 被告の善管注意義務違反の具体的内容  被告は、原告の経理担当者であるAと被告の従業員であり履行補助者であるBの共謀による不正経理について同人らの処理を黙認かつ放置し、以下のとおり本件委任契約上の善管注意義務に違反した。
(ア)未収購読料の水増し及び前受購読料の圧縮による購読料売上の過大計上
   被告は、原告の総勘定元帳を見れば上記購読料売上の過大計上を容易に認識し得た。また、被告の履行補助者であるBは、上記過大計上を知っていた。しかるに、被告は、原告に対し、原始資料の提出を求めて上記過大計上を確認し、適切な助言や指導を行わなかったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(イ)入金仮装による購読料売上の水増し
   被告は、帳簿の記載と郵便貯金通帳の残高との間に齟齬があることを認識し、上記購読料売上の水増しを認識したにもかかわらず、これを修正するよう適切な助言や指導を行わなかったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(ウ)長期滞留債権の貸倒処理回避
   継続的な取引停止後1年以上が経過した売掛債権(長期滞留債権)については貸倒損失を計上できるとされている(法人税法ママ基本通達9-6-3)ところ、本件の長期滞留債権についても貸倒引当金又は貸倒損失の計上をすることが可能であり、当然そのように処理されるべきであった。そして、長期滞留債権が存在することは帳簿上明白であり、一般的な税理士としての知識と経験があれば容易に認識できる事実であり、かつ同事実を認識すれば、貸倒処理を施した上で税務申告書を作成すべきであったにもかかわらず、被告は、これをするよう適切に助言や指導を行わなかったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(エ)売掛金の他勘定振替による貸倒処理回避
   上記のような全く無関係な科目間の振替は本来あり得ず、一般的な税理士としての知識と経験があれば、かかる処理がされた資料を見れば、その異常さを容易に認識できたはずである。しかるに、被告は、原告に対し、新たな原始資料の提出を求め、あるいはこれら異常な処理の基となった原始資料を確認し、適切な助言や指導を行わなかったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(オ)根拠のない売掛金及び売上の計上
   被告は、毎年決算書の作成にあたり売掛金の明細書を作成していたのであるから、税理士として一般的な注意を払い、確定申告書等の記載と原始資料の記載を照合して、根拠のない売掛金及び売上について疑問を持ち、原告に対して説明を求め、追加資料の提出を促し、適切な助言や指導を行うべきであったにもかかわらず、これをしなかったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(カ)経費の圧縮(役員生保積立金への振替による圧縮分)
   上記の仕訳が不適切であることは、一般的な税理士としての知識と経験があれば一見して容易に判断できるにもかかわらず、被告は、適切な助言や指導を行うことなく、同仕訳をそのまま放置し、同仕訳を基に確定申告を行ったものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(キ)経費の圧縮(事業保険積立金への振替による圧縮分)
   業務状況に大きな変更のない原告において賃借料が1000万円近くも減額されるなどということは社会通念上あり得ず、一般的な知識と経験を有する税理士であれば、上記①の処理(編集部注・平成21年2月末において「残高修正」と称して貸借料957万2295円をマイナスし資産である事業保険積立金に同額を振り替えた仕訳処理)について直ちに疑問を持ち、原始資料等に当たるはずであるが、被告は、そのような確認作業を行わず、適切な助言や指導を行わなかった。
   また、上記②の処理(編集部注・平成20年9月から平成21年2月にかけて支払われた確定給付年金の掛金537万7910円について経費である福利厚生費に計上せず、資産である事業保険積立金に計上した仕訳処理)は、それ自体異常であるばかりか、確定拠出年金の掛金は、前期までは普通預金を相手方として福利厚生費の借方に計上されていたから、被告は、その変化に容易に気付くことができたはずであるが、同処理について確認作業を行わず、適切な助言や指導を行わなかった。以上の事実から、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(ク)役員積立金の過大計上
   被告は、原始資料を調査確認して、適切な助言や指導を行わず、これを放置したものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(ケ)社債発行費の償却不実施
   被告は、原始資料を調査確認して、適切な助言や指導を行わず、これを放置したものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
(コ)保証料の償還不実施
   被告は、原始資料を調査確認して、適切な助言や指導を行わず、これを放置したものであり、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反がある。
 エ 履行補助者の故意過失(略)
 オ 被告の主張に対する反論
(ア)被告は、試算表の各勘定科目の残高が正しいかどうかを原告の経理担当者であるAに対して確認してきた旨主張するが、被告は、その残高確認を原告代表者ないしA以外の役員にしておらず、Aに確認をしたとしても善管注意義務を履行したことにはならない。
(イ)被告は、貸倒処理及び償却処理について原告の経理担当者であるAを通して原告の意思を確認してきた旨主張するが、被告は、それを原告代表者ないしA以外の役員にしていない。貸倒処理及び償却処理は会社にとって重要な事項であり、単なる日常の出納に関する記帳代行業務とは異なるから、被告は、原告代表者ないしA以外の役員に確認するべきであった。被告は、Aに確認をしていたとしても善管注意義務を履行したことにはならない。
(被告の主張)
 ア 本件委任契約の委任業務の内容について
(ア)被告の受任業務には、原始資料から仕訳をすること、原始資料と試算表、決算書の残高を照合することや、各勘定科目残高の実在性の確認をするということは含まれていない。また、原告によってなされた残高の確認や被告に対するその報告を疑い、監査役が行うような監査業務を行うことも、被告の受任業務ではない。税理士が法人の決算書において勘定科目残高の実在性を原始資料に当たり確認しなければならないという法的な根拠はなく、旧税理士報酬規定においても会計業務は付随業務とされており、そこにおいても、原始資料に当たり残高を確認することは明記されていない。会計顧問としての業務あるいは会計業務に関する税理士の受任業務の内容は個別に約定されるべきものであるが、原告被告間の顧問契約で特別の約定はしていない。
(イ)被告の受任業務には、経営コンサルタント業務は含まれない。
 イ 本件委任契約に基づく被告の善管注意義務の内容について
 (原告の主張)イ
のうち、被告が、本件委任契約に基づき、原告に対し、税務の専門家として、税務に関する法令及び実務に関する専門知識に基づいて、適切な助言や指導を行って確定申告書等の作成事務を行うべき義務を負う(税理士法1条、41条の3)ことは認め、その余は否認ないし争う。
 ウ 被告の善管注意義務違反の具体的内容について (ア)全般的な反論
 a 原始資料から仕訳を作成していたのは原告側であり、本件における粉飾行為は、すべて仕訳作成時において原告側によって仕組まれたものである。被告が本来の税理士業務に付随する業務として行っていた記帳代行業務の実態は機械的なものであった。特に平成19年2月期の決算からは、原告がエクセルデータによって仕訳を作成し、被告がこれを会計ソフトに読み込ませて毎月の試算表を作成するものであった。原告から送られるエクセルデータは約1000もの仕訳の一覧表であり、仕訳のエクセルデータ作成の段階で不正があったとしても容易に発見できない。また、被告は、会計監査業務を受任しているわけではないから、原始資料に当たって不正経理があるか否かの調査を行う義務はない。もっとも、被告は、異常と思われるものがあれば、原告の経理担当者に確認をとり、同人から間違いはないとの報告を受け、さらに、決算時においては、原告の経理担当者に試算表の各勘定科目の残高が正しいかどうかを確認し、間違いはないとの報告を受けていた。
 b (原告の主張)ウの(ア)、(イ)、(エ)ないし(ク)については、原告によって作成された仕訳によって行われたものであり、決算時の残高確認においても、被告は、原告の経理担当者から残高は正しいとの報告を受けていた。被告にはそれ以上の調査義務はない。
 (原告の主張)ウの(ウ)、(ケ)及び(コ)については、法人において処理をするか否かを選択できるものであるところ、原告は、これらを処理しないという意思決定をしたものである。被告は、原告の経理担当者を通してその都度原告の意思確認をしており、被告に善管注意義務違反はない。
 c 被告は、常にBから報告を受け同人に対し指示を出しており、Bに漫然と業務を任せていたわけではない。
(イ)個別的な反論(上記(ア)で述べたもの以外のもの)
 a 未収購読料の水増し及び前受購読料の圧縮による購読料売上の過大計上について
 (a)原告が主張する購読料売上の過大計上の事実は不知。
 (b)未収購読料の水増し額や前受購読料の圧縮額に係る原告の計算方法は誤っている。すなわち、前受金を不正に圧縮して売上を過大にしたという場合、その不正額は、決算額の前受金の残高をその期の正確な前受金残高と比較しなければ表されないはずである。しかし、原告の計算は、決算額の前受金の残高を前期の残高と比較していて、これでは正確な不正額が算出されるはずがない。この点、未収入金も同様である。
 b 入金仮装による購読料売上の水増しについて
 (a)原告が主張する入金仮装による購読料売上の水増しの事実は、平成18年2月期の時点では不知。
 (b)被告は、平成19年4月に原告の経理担当者であるAから上記事実を聞かされ、その後、原告に対し、再三にわたり訂正の意思決定をするよう求めた。しかし、原告は、訂正しようとはせず、訂正の仕訳を作成してこなかった。
 c 長期滞留債権の貸倒処理回避について
 (a)原告が主張する長期滞留債権の存在及び同債権について貸倒処理がされていなかった事実は不知。
 (b)営業債権については原告が管理しており、被告にはその実在性や回収の困難性を調査する義務はない。
 (c)被告は、原告の経理担当者であるAから、上からの指示で長期滞留債権の損金処理を見送るとの回答を得ていた。
 d 売掛金の他勘定振替による貸倒処理回避について
 (a)原告が主張する売掛金の存在及びそれが回収不能になった事実は不知。
 (b)この仕訳は資産の交換仕訳であるから、仕訳自体では不正な利益や過大な納税は生じない。原告は、この仕訳自体では不平な利益や過大な納税は生じないことを認めつつ、売掛金が計上されたときに不正な利益及び過大な納税があったと主張するが、その時期も金額も相手方も、何ら明らかではない。
 (c)原告は仕訳が異常であることを認識できたはずであると主張するが、上記(ア)aのとおり、原告作成の仕訳がエクセルデータによって送られるようになった平成19年2月期の決算以降のものであるから、被告は、それを容易に発見できない。
 e 根拠のない売掛金及び売上の計上について
   原告が主張する売掛金の存在について不知。
 f 経費の圧縮(役員生保積立金への振替による圧縮分)について
 (a)原告は、本来経費を相手に計上すべきであったと主張するが、その勘定科目と金額が示されておらず、経費が圧縮されたという原告の主張は明らかではない。
 (b)原告は仕訳が異常であることを認識できたはずであると主張するが、上記(ア)aのとおり、原告作成の仕訳がエクセルデータによって送られるようになった平成19年2月期の決算以降のものであるから、被告は、それを容易に発見できない。
 g 経費の圧縮(事業保険積立金への振替による圧縮分)について
 (a)確定給付年金の掛金については、保険会社に支払われる保険料が資産と費用のいずれにもなることがあり、原始資料を有する原告側でこれを判断している。このように、全額保険積立金ということもあり得るケースであり、支払時の相手方勘定を事業保険積立金とする仕訳はごく一般にあり得るものである。したがって、仕訳内容を確認しても、不正であることに気付くことは不可能である。
 (b)原告は仕訳が異常であることを認識できたはずであると主張するが、上記(ア)aのとおり、原告作成の仕訳がエクセルデータによって送られるようになった平成19年2月期の決算以降のものであるから、被告は、それを容易に発見できない。
 h 役員保険積立金の過大計上について
   保険積立金という勘定科目が使われていると、経理担当者に保険に関する仕訳の知識があると考えられ、その仕訳は正しいと推測される。また、保険積立金については、資産にすべきところを損金としてしまい修正申告をする場合がよくあるが、費用にすべきところを資産にする誤りはほとんど見られないところである。
 i 社債発行費の償却不実施について
  上記(ア)bのとおり
 j 保証料の償却不実施について
  上記(ア)bのとおり
 エ 履行補助者の故意過失(略)
(2)Bによる不法行為の成否及び被告の使用者責任の有無(略)
(3)原告の損害の有無及び額
(原告の主張)
 ア 過大な法人税及び住民税の負担
 原告は、被告の本件委任契約上の善管注意義務違反及び不法行為により、平成13年2月期から平成21年2月期までの間、別紙2(編集部注・略)記載のとおり、合計6422万7778円の過大な法人税及び住民税を納付せざるを得ず、同額の損害を被った。
 イ 被告に支払った顧問料その他の手数料  原告は、被告が本件委任契約上の委任業務において全く適切に義務を履行しなかったにもかかわらず、平成13年から平成22年8月中間期までの間、顧問料その他の手数料名目で合計3039万9843円を支払ったことにより、同額の損害を被った。
(被告の主張)
 ア 過大な法人税及び住民税の負担について
 不知
 イ 被告に支払った顧問料その他の手数料について  原告が被告に対し、顧問料その他の手数料を支払ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

裁判所の判断
1 争点(1)(被告の債務不履行の成否(本件委任契約の委任業務の内容、本件委任契約に基づく被告の善管注意義務の内容、同義務違反の有無))について
(1)本件委任契約の委任業務の内容
 ア
 本件委任契約の委任業務に、税務代理、税務書類の作成、税務相談のほか、財務書類の作成、会計帳簿の作成の元となる仕訳データに基づく記帳の代行、その他財務に関する事務が含まれていたことについては、当事者間に争いがない。
 イ 本件の争点は、本件委任契約の委任業務に、①税務顧問、会計顧問及び関連帳票作成の業務が含まれ、その内容として、財務書類の作成及び会計帳簿の記帳代行の前提として原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が含まれるか否か、②経営コンサルタント業務が含まれるか否かである。本件委任契約に関して原被告間で締結された契約書は存在しない。したがって、口頭により、あるいは黙示的にいかなる合意が成立したかを検討する。
 ウ 税務顧問及び関連帳票作成の業務について  本件委任契約の内容として、原被告間に税務顧問契約が締結されたこと、関連帳票作成の業務が本件委任契約の委任業務に含まれたことは、当事者間に争いがない。
 エ 会計顧問の業務について  会計顧問については、原被告間で同顧問契約が締結されたことを明確に示す証拠はないが、証拠<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成20年10月1日に株式会社C会計マネージメント(以下「C会計」という。)を設立し、その後の平成21年6月には、原告に対し、被告が「税務顧問料」及び「法人税並びに消費税及び地方消費税確定申告手続」の名目で、C会計が「会計顧問料」及び「関連帳票作成料」の名目で月額換算すると合計約23万円を請求し、それを受領しているところ、C会計設立後に原被告間の本件委任契約の委任業務の内容を変更する旨の合意があったわけではなく、原告とC会計との間で別途新たな委任契約が締結されたということもなく、報酬額も本件委任契約締結当初から変更はなく、被告(及びC会計)が実際に行う委任業務の内容もC会計設立の前後で変更がなかったことが認められるから、C会計設立後の委任業務に税務顧問及び関連帳票作成の業務のほかに会計顧問の業務が含まれていたという以上、同設立前の本件委任契約においても会計顧問の業務が委任業務に含まれていたものと推認するのが相当である。
 被告は、会計顧問料を請求しているのはC会計であり、会計顧問業務は本件委任契約の委任業務には含まれない旨主張するが、上記認定の事実からすれば、上記顧問料の請求方法は、単に被告側において請求方法を変更したものに過ぎないものというべきであり、それをもって会計顧問業務が本件委任契約の委任業務に含まれないとはいえない。
 オ 税務顧問、会計顧問及び関連帳票作成の業務の内容並びに経営コンサルティング業務が委任業務に含まれるか否か  原告は、税務顧問、会計顧問及び関連帳票作成の業務として会計帳簿の記帳代行業務が含まれているところ、一般に会計帳簿の記帳代行業務を受任する税理士は原始資料から会計帳簿を作成する業務も併せて行っていること、本件委任契約による報酬額が月額約23万円と高額であることからすれば、当然に本件委任契約の委任業務に原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務も含まれていたと解釈すべきである旨主張し、また、報酬が上記のとおり高額であることに加え、被告が原告に対し本件委任契約締結当初から約10年間にわたり経営分析資料を交付していたことから、委任業務には経営コンサルタント業務も含まれていた旨主張する。
 しかし、まず、会計顧問の業務は、税理士法2条2項が定める付随業務に含まれると解されるところ、その業務内容について一般的に規定する法令や定まった解釈が存在する訳ではなく、その業務内容は契約当事者間の合意により個別に決定されるものというべきである。したがって、被告が会計顧問であることから、直ちに、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が委任業務に含まれていたということはできない。また、会計帳簿の記帳代行業務が本件委任契約の委任業務に含まれているとしても、そのことから直ちに、その前提として原始資料に基づいて仕訳をして会計帳簿を作成する業務、あるいは、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務までが委任業務に含まれていたということはできず、これが含まれていたか否かは、やはり契約当事者間の個別の合意の内容によるものというべきである。
 この点、税理士Dの意見書<証拠略>には、①東京税理士会の税理士業務要覧(平成21年9月)の記載を引用し、会計顧問の業務は、財務書類の作成やその基本となる適正な会計処理を指導することであり、記帳代行や財務書類の作成を通じて会計上の不正を知り得た場合は、当然に是正するための指導及び助言を行う義務がある、②インターネットで記帳代行業者を検索した結果、全ての記帳代行業者が原始資料からの帳簿の作成を含めて「記帳代行」と称していることを引用し、記帳代行を受任した場合、特段の取り決めがない限り、原始資料から帳簿を作成する業務を受任していたと考えられる、③財務書類の作成を受任した場合、決算整理仕訳の作成も受任していたと換言でき、決算整理仕訳の一つ一つを検討する必要があるとの意見が記載されている。このうち、①については、税理士法1条、41条の3の規定に照らし正当な意見であると解するが、このことから、会計顧問の業務に、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が必然的に含まれることまでの意見を述べるものではないと解される。②については、記帳代行を受任した場合には原始資料からの帳簿の作成も受任する事例が多いということを述べるに過ぎず、別の箇所で「委任の形態は契約により様々なものがあり得る」と記載しているとおり、当事者間の合意内容にかかわらず、記帳代行を受任した場合には必然的に原始資料から帳簿を作成する業務も委任業務に含まれるということまでの意見を述べるものとは解されない。また、③については、財務書類の作成を受任した場合に決算整理仕訳の一つ一つを検討する必要があることは当然の意見と解するが、財務書類の作成を受任した場合、決算整理仕訳の作成も受任していたと換言できるとの部分は、個々の決算整理仕訳については顧客たる法人内部の会計処理上の意思決定を要する事項が当然に含まれているのであるから、かかる事項の決定も含めた仕訳の作成業務も含むとの意見を述べるものとは解されず、当事者間の合意内容にかかわらず、財務書類の作成を受任した場合には必然的に原始資料から仕訳を作成する業務も委任業務に含まれるということまでの意見を述べるものとは解されない。したがって、同意見書を踏まえても、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務までが本件委任契約の委任業務に含まれるか否かは、契約当事者である原被告間の合意の内容によるものというべきであることには変わりがない。このことは、経営コンサルタント業務についても同様である。
 そこで、以下、原被告間の本件委任契約の委任業務の内容に係る合意の内容について検討する。
 カ 前提となる事実 (ア)本件委任契約締結時の関係者間のやりとり
  平成2年6月ころ、原告代表者と被告は、当時の原告の経理を担当する総務部長であったEの同席の下初めて対面し、税務顧問等を含む本件委任契約を締結した。
(イ)原告における原始資料からの仕訳伝票作成と被告の委任業務遂行の状況
 a 原告においては、本件委任契約締結以前は、会計、財務及び税務の経験を長く積んでいたEが、会計帳簿、財務書類及び税務書類の作成を1人で行っていた。本件委任契約締結後は、Eが原始資料を基に仕訳を行い、被告の事務所(以下「被告事務所」という。)へ仕訳伝票を持ち込み、被告事務所が仕訳伝票の内容をパソコンに入力して試算表を作成し、Eに対し、試算表の内容に誤りがないかを確認した。また、決算期にも、被告事務所は、Eに対し、各勘定科目の残高に誤りがないかを確認した。原告は、被告に、仕訳の基となる原始資料を預けることはなく、被告も、上記残高等の確認に際し、被告自身が直接原始資料を確認することはなく、Eを通して確認する方法をとっていた。上記試算表に基づき、被告は、財務書類及び税務書類を作成し所轄税務署への確定申告書の税務申告手続を代理して行った。平成12年10月、Eが原告を退社し、後任のAが原告の経理事務を担当するようになったが、上記のような原被告間の業務の流れには変更がなかった。
 b 被告事務所おいては、当初Fが対原告の担当者であったが、同人が退職した平成4年9月以降、本件委任契約が終了するまで、被告事務所の職員のBが対原告の担当者であった。
 c 平成19年2月期の途中である平成18年中に、被告事務所は、「××××」と称する仕訳入力ソフトを導入し、上記入力作業を手入力ではなくデータを読み込ませる方法により行うことに変更した。その後も、Aが原始資料を基に仕訳を行うことには変更はなく、Aがエクセルデータの「仕訳日記帳」と題する仕訳データと「月次集計」とも称する月計表を作成して、これを被告事務所に送付し、被告事務所において、上記仕訳データを仕訳入力ソフトに読み込ませ試算表を作成することとなった。上記仕訳データは、約1000の仕訳の一覧表によって構成されるものであった。被告事務所は、Aに対し、試算表の内容に誤りがないかを確認し、決算期にも、各勘定科目の残高に誤りがないかを確認した。原告が被告に仕訳の基となる原始資料を預けなかったこと、被告が直接原始資料を確認することはなかったことは、上記aのころから変更はなかった。上記試算表に基づき、被告は、財務書類及び税務書類を作成し所轄税務署への確定申告書の税務申告手続を代理して行った。
 d 上記a及びcの委任業務の流れについて、原告が被告に対して異議を述べたことはなかった。なお、本件委任契約締結当時から現在の原告代表者である××××が原告の代表者であったが、平成19年4月26日から平成21年4月24日までは△△△が原告の代表者となり、同日以降再度××××が原告の代表者となった。
(ウ)経営分析資料の交付
 被告は、原告に対し、本件委任契約締結後から平成12年ころまでの間、原告から求めがあれば、貸借対照表及び損益計算書のほか、総合推移損益計算書、総合推移製造原価報告書、部門別損益管理表、部門別原価管理表、比較部門別損益管理表、比較部門別原価管理表、総合推移部門別損益管理表、総合推移部門別原価管理表、変動損益推移表、比較損益レーダー・チャート、経営分析表、業績推移図表、損益分岐点図表、比較損益グラフ等の経営分析資料を交付していた。なお、平成13年ころ以降は、被告が原告に上記経営分析資料を交付することはなくなった。
 キ 検討 (ア)上記で認定したとおり、原告においては、本件委任契約締結前から、経理担当者のEが経理事務の長い経験を有し、原始資料からの仕訳、会計帳簿、財務書類及び税務書類の作成を行い、その能力を有していたところ、本件委任契約締結後においても、Eが原始資料から仕訳を行うことについて変更はなく、被告事務所においてその仕訳伝票をEから受け取って会計帳簿の記帳代行、財務書類及び税務書類の作成を行うという業務の流れがとられ、その業務の流れは、原告の経理担当者がEからAに引き継がれても変わらず、平成18年中に仕訳入力ソフトの導入に伴い仕訳伝票の授受が仕訳データの授受に変わった以外は、本件委任契約締結当初から契約終了時までの約19年間変更がなかったものであり、その間、被告が原始資料から仕訳を行わないことについて原告が異議を述べたことはなかったものである。かかる事実からすると、本件委任契約締結に際し、原被告間において、原始資料から仕訳を行う業務までを委任業務に含める旨の合意が成立したものと推認することはできず、原始資料からの仕訳は原告が行うものとの合意が成立したものと推課せざるを得ない(この点、被告は、本人尋問において、原告の経理担当者であるEとの間で上記内容の具体的な合意が成立し、原始資料からの仕訳は原告が行うことを前提にして東京税理士会の旧報酬規程に定められた金額から6割を減額した金額で顧問料を合意した旨供述するところ、信用することができる。)。また、原告が原始資料から仕訳を行った結果である仕訳伝票あるいは仕訳データは膨大な分量であること、原告が被告に仕訳の基となる原始資料を預けることはなかったこと、被告が原始資料を直接確認する作業を行っていないことについて原告が異議を述べたことはなかったことから、本件委任契約締結に際し、原被告間において、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務までを委任業務に含める旨の合意が成立していたと推認することもできない。
(イ)この点、被告が原告に対し平成12年ころまで原告の経営分析資料を交付していたことが認められ、この限りで、被告が原告に対し経営コンサルタント業務の一内容といい得る役務を提供していたものということができる。しかし、証拠(証人G)によれば、上記経営分析資料も、被告が原告の原始資料を閲覧した上でなければ作成できない資料ではなく、会計帳簿の記帳代行に際して原告から提供を受けた仕訳を構成し直すことにより作成できる資料であると認められるから、上記事実をもって、本件委任契約の委任業務に、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が含まれていたことを推認することはできない。
(ウ)また、原告は、月額約23万円の報酬額は高額であることをもって、本件委任契約に基づく委任業務に、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が含まれていないことは到底想定し得ない事態であることが明白である旨主張する。しかし、証拠(被告本人)によれば、本件委任契約締結時において、顧問料の交渉は被告とEとの間で行われ、原始資料に基づく仕訳作成を原告において行うことを前提に東京弁理士会の旧報酬規程に定めた額から6割減額した金額で顧問料の合意が成立したものと認められ(なお、<証拠略>によれば、顧問料自体は10数万円であったことが認められる。)、原告が本件委任契約締結後に、被告が実際に行っている委任業務に対して報酬額が高額すぎるとの異議を述べたことも認められないのであるから、上記報酬額をもって、本件委任契約の委任業務に原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が含まれていたと推認することはできない。
(エ)なお、被告は、原告に提出した平成20年11月6日付け「中小企業の会計に関する指針の適用に関するチェックリスト」<証拠略>において、「原告から提供された情報に基づき、次のとおり確認を行いました。」との本文の下、「預貯金」欄に「残高証明書又は預金通帳等により残高を確認したか。」とある部分に「YES」とチェックを付しており、原告は、これを根拠に、被告が原始資料に基づいて預貯金等の残高確認をしていたことを主張する。しかし、同チェックリストは、税理士が作成主体の文書ではあるが、必ずしも税理士自身が全ての確認事項を確認したことを要するものとは解されず、会社の経理担当者が確認した旨の報告を税理士が確認したことをもって「確認を行いました。」と記述することが許容される文書と解することができるから、<証拠略>の記載をもって、被告が原始資料に基づいて預貯金等の残高確認をしていたことを認めることはできない。
(2)本件委任契約上の被告の善管注意義務の内容及び同義務違反の有無  上記のとおり、本件委任契約の委任業務に、原始資料から会計帳簿を作成する業務、あるいは、原始資料に基づき仕訳伝票をチェックする業務が含まれていたとはいえないから、本件委任契約上の被告の善管注意義務には、原告が作成した仕訳伝票あるいは仕訳データの基となった個別の取引の実在性、個別の資産あるいは負債の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務は含まれていなかったものというべきである。なお、被告が、原告が課税標準等の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装している事実があることを知ったときに直ちに是正するよう助言する義務を負うことは別論である(税理士法41条の3)。
 以下、原告が主張する各不正経理に関して、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があるか否かを個別に検討する。なお、被告の履行補助者であるBが、原告の経理担当者であるAと不正経理について共謀していたとすれば、被告の善管注意義務違反の有無にも影響が生じるが、その点は、後記(3)で別途検討する。
 ア 未収購読料の水増し及び前受購読料の圧縮による購読料売上の過大計上  原告は、総勘定元帳を見れば購読料売上の過大計上を容易に認識し得た旨主張するが、本件全証拠によっても、原告が購読料売上の過大計上を主張する平成16年2月期から平成21年2月期の各期において、総勘定元帳<証拠略>の記載から購読料売上の過大計上を容易に認識し得たと認めることはできない。また、被告に個別の取引の実在性、個別の資産あるいは負債の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はないから、被告が原告に対し原始資料の提出を求めて購読料売上の過大計上を確認し、助言や指導を行わなかったことが、本件委任契約上の善管注意義務違反に当たるとはいえない。
 イ 入金仮装による購読料売上の水増し  平成18年2月期に実在しない購読料売上2000万円が計上され、郵便貯金の残高が実際の残高よりも2000万円多く計上された事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、同購読料売上の計上は、平成17年10月分として409万9300円、同年11月分として407万5030円、同年12月分として382万5670円、平成18年1月分として400万円、同年2月分として400万円という内容について、平成18年2月期の決算期に追加で修正仕訳されて計上されたものであったことが認められる。
 原告は、上記購読料売上の水増しにつき、被告は平成18年2月期の決算期間中に認識していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、これが平成18年2月期の決算期に追加で修正仕訳されて計上されたものであるから、被告はその異常さを認識できたはずであるとも主張するが、被告に個別の売上の実在性及び郵便貯金の残高を原始資料に当たって精査すべき義務はなく、決算期においてAに残高の正確性を確認していたのであるから、被告がその異常さを認識できなかったとしてもやむを得ないというべきである。
 なお、被告も認めるとおり、被告は、遅くとも平成19年4月にはAから上記購読料売上の水増しの事実を聞いて認識するに至ったものであるが、証拠<証拠略>によれば、被告は、それ以降Aに対して2000万円を損失処理する修正申告をするよう働きかけたが、原告において修正申告する意思決定をしなかったことが認められるから、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえず、仮に平成18年2月期に原告が過大な法人税及び住民税の負担を負い、1年間の更正請求の期間を徒過したことにより税金の還付を受けられなかったとしても、原告にそれを賠償する責任はない。
 ウ 長期滞留債権の貸倒処理回避  被告に個別の資産の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はなく、同様に、個別の売掛金債権が長期滞留債権であったか否かについても原始資料に当たって精査すべき義務があったとはいえない。また、本件全証拠によっても、原告が主張する長期滞留債権が存在することが帳簿上明白であり、一般的な税理士としての知識と経験があれば容易に認識できたと認めることはできない。長期滞留債権を貸倒処理することは法令により義務付けられたものではなく、当該法人が任意に決定することができるものであり、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の経理担当者であるAに対し、債権の貸倒処理をしないとの原告内部の意思決定の結果を確認した上で試算表を作成したことが認められるから、仮に原告が主張する貸倒処理がされなかった長期滞留債権の存在が認められたとしても、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 エ 売掛金の他勘定振替による貸倒処理回避  被告に個別の資産の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はないから、原告が主張する売掛金が仮に回収不能であったとしても、そのことを原始資料に当たって確認しなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。また、原告が主張する売掛金の事業保険積立金及び役員生保積立金への振替の仕訳が正常ではないことは、証人Gもその証言において認めるところではあるが、被告において、個々の仕訳について原始資料に当たって精査すべき義務はないことは上記のとおりであり、膨大な数の仕訳データの中から上記仕訳の異常さを発見できなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 オ 根拠のない売掛金及び売上の計上  被告に個別の資産の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はなく、仮に原告が主張する架空の売掛金及び売上の計上が認められたとしても、被告に善管注意義務違反があったとはいえない。
 カ 経費の圧縮(役員生保積立金への振替による圧縮分)  被告に個別の資産及び負債の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はなく、原告が主張する買掛金及び未払金の実在性、役員生命保険積立金の実在性、それぞれの相手方である勘定項目の内容等について原始資料に当たって確認しなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。また、買掛金及び未払金から役員生命保険積立金への仕訳が正常ではないことは、証人Gもその証言において認めるところではあるが、被告において、個々の仕訳について原始資料に当たって精査すべき義務はないことは上記のとおりであり、膨大な数の仕訳データの中から上記仕訳の異常さを発見できなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 キ 経費の圧縮(事業保険積立金への振替による圧縮分)  被告に個別の資産及び負債の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はなく、原告が主張する貸借料及び事業保険積立金の実在性、確定給付年金の掛金の性質等について原始資料に当たって確認しなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。また、膨大な数の仕訳データの中から上記各仕訳が異常である旨発見できなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 ク 役員保険積立金の過大計上  被告に個別の資産の実在性等を原始資料に当たって精査すべき義務はないから、××××名義の役員保険積立金の各期の実際の解約返戻金見込額を調査しなかったことについて、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 ケ 社債発行費の償却不実施  上記の場合と同様、証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の経理担当者であるAに対し、社債発行費の償却をしないとの原告内部の意思決定の結果を確認した上で試算表を作成したことが認められるから、原告が主張する社債発行費の償却不実施について、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
 コ 保証料の償却不実施  上記の場合と同様、証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の経理担当者であるAに対し、保証料の償却をしないとの原告内部の意思決定の結果を確認した上で試算表を作成したことが認められるから、原告が主張する保証料の償却不実施について、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったとはいえない。
  なお、原告は、各勘定科目の確認や貸倒処理及び償却処理についての意思確認は原告の経理担当者であるAにするのでは足りず、被告には原告代表者ないしA以外の役員にそれらを確認する義務があった旨主張するが、税理士が法人の経理担当者を通じて事実確認や意思確認を行うことは通常の方法として許容されるものというべきであり、これをもって委任契約上の義務違反に当たるとする根拠はなく、上記主張は採用できない。
(3)Bによる共謀の有無(略)
(4)
以上によれば、原告が主張する債務不履行につき、履行補助者であるBの故意あるいは過失も認められず、被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったと認めることはできない。
2 争点(2)(Bによる不法行為の成否及び被告の使用者責任の有無)について(略)

結  論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用のうえ、主文のとおり判決する(東京地方裁判所民事第43部・平成25年1月22日判決・確定)。

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