解説記事2015年04月06日 【未公開裁決事例紹介】 不動産譲渡代金の減額は、“貸倒れ”によるもの(2015年4月6日号・№589)
未公開裁決事例紹介
不動産譲渡代金の減額は、“貸倒れ”によるもの
審判所、請求人の更正の請求を認める
○不動産譲渡に係る所得税の確定申告後の譲渡代金減額による更正の請求が認められるか否かが争われた事案で、審判所が、当該減額は所法64条1項の要件を満たすと判断し、更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消した事例(平成26年10月28日裁決)。
基礎事実 請求人とX社(寿司・割烹店経営)は、平成22年1月21日、当時請求人がX社に対して賃貸中の宅地および同宅地上の建物(以下、併せて「本件各不動産」という)を請求人からX社に譲渡する旨の不動産売買契約を次のとおり締結した(以下、本件各不動産の譲渡を「本件譲渡」という)。なお、上記不動産売買契約において、X社が請求人に対する支払を怠った場合等に期限の利益を喪失する旨の定めはなかった。
(イ)讃渡代金は合計×××とする。
(ロ)譲渡代金のうち×××は、本件各不動産の賃貸借に関しX社が請求人に差し入れている保証金×××と相殺する。
(ハ)残代金13,500,000円(以下「本件残代金」という)は、平成22年1月から54回に分割し、毎月末日に250,000円を支払う。
X社は、上記の不動産売買契約において、本件残代金の支払債務を担保するため、平成22年1月26日、本件各不動産について、抵当権者を請求人、債務者をX社、債権額を13,500,000円とする抵当権(以下「本件抵当権」という)を設定し、同日、これを原因とする抵当権設定登記を経由した。
本件各不動産には、本件抵当権に優先する先順位の根抵当権として、平成6年5月18日に根抵当権者を×××、債務者をX社、債権の範囲を保証委託取引、極度額を30,000,000円(平成11年3月19日に75,000,000円へ変更)とする根抵当権(以下「本件先順位根抵当権」という)が設定されている。
請求人およびX社は、平成24年7月31日、本件残代金に係る債権の額を、同日現在の未払残高7,450,000円から1,000,000円減額して6,450,000円とする旨(以下、この1,000,000円の減額を「本件減額」という)および返済は毎月末日までに100,000円を請求人の銀行口座に振り込む旨の覚書(以下「本件覚書」という)を取り交わした。
争点および主張 本事案の争点は、本件減額は、所得税法152条に規定する事由に該当するか否か。当事者双方の主張は、表のとおり。
審判所の判断
(1)法令解釈等 イ 所得税法は、第36条1項において、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定的に発生した場合には、その時点で、所得の実現があったものとして当該権利発生の時期の属する課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。この建前の下においては、一般に、一定額の金銭の支払を目的とする債権は、その現実の支払がされる以前に同支払があったものと同様に課税されることとなるので、課税後に至りその債権が貸倒れ等によって回収不能となった場合には、現実の収入がないにもかかわらず課税を受ける結果となることを避けられない。そこで、法は収入金額または総収入金額とされた債権の全部または一部について、その後、現実の収入を得られない事情が生じた場合には、その得られないこととなった部分の金額を必要経費に算入し(同法51条2項)、または当該部分の金額に係る所得がなかったものとする(同法64条1項)ことにより、税負担の公平を図っているものと解される。
そして、上記のとおり、課税の対象となる所得の実現の時期について規定した所得税法36条1項の趣旨が、納税者の恣意を排し、課税の公平を図るところにあり、また、同法51条2項および同法64条1項が、同法36条1項の規定により所得の実現があったとされた債権の全部または一部について、例外的に現実の収入を得られない事情が生じた場合における税負担の調整措置として規定されたものと解されることからすれば、同法64条1項に規定する収入金額の一部を「回収することができないこととなった場合」に該当するというには、例えば、納税者が単に値引きをしたり、恣意的に回収しないこととしただけでは足らず、客観的にみて当該債権の回収の見込みのないことが確実になったと認められる場合、言い換えれば、当該債権について回収の見込みのないことが客観的に明らかな状況において、当該債権が法的に消滅した場合または客観的にこれと同視し得る状態にある場合であることを要すると解するのが相当である。
ロ ところで、所得税法64条1項に規定する収入金額の一部を「回収することができないこととなった場合」に該当するか否かの判定は、債務者の資産、経営、事業および信用の状況、債権取立ての手段・方法並びに債権者による回収努力その他の諸事情から総合的に判断するほかないところ、これらの諸事情は、不可視的な事由に関わる問題で判断が困難な場合がある。
そこで、所得税基本通達64-1は、同通達51-11ないし51-16の取扱いに準ずる旨を定めているところ、そのうち同通達51-11は、貸金等の全部または一部の切捨てをした場合について、債権回収が不能である事例を類型化し、なるべく可視的な基準を設けて、課税実務の画一的な処理を図ろうとしたものであり、当審判所も相当と認める。
ハ そして、所得税基本通達51-11の(4)は、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した場合、その通知した債務免除額を挙げているところ、同通達51-11の(1)ないし(3)が法的・私的整理において切り捨てられた金額がある場合として債務者の倒産状態あるいはこれに準ずる状況を前提としていることに鑑みれば、これらと並列して定められている同通達51-11の(4)の「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合」に当たるか否かは、単に債務者の債務超過の状態が相当期間継続しているということだけで認定することはできない。例えば、債務者において、破産、民事再生、強制執行等の手続を受け、あるいは、事業閉鎖、死亡、行方不明、刑の執行等により他から融資を受ける見込みもなく、事業再興が望めない場合はもとより、債務者にそのような事情がなくとも、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、資産および信用の状況、債権者による回収努力等の諸事情に照らして、当該債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかである状況において、債務免除により当該債権が法的に消滅した場合であることを要すると解するのが相当であり、一部免除の場合については、当該債権のうち特定された一部(免除対象部分)について、その全額が回収不能であることが客観的に明らかであることが必要である。
ニ また、その免除対象部分の全額が回収不能であることは、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。
(2)認定事実 イ 請求人は、平成22年1月の本件譲渡の後、X社から経営悪化のため毎月の弁済額を減額してほしいと求められたことがあったがこれを拒否し、その後、平成24年7月分の弁済が滞ったため、X社に催促したところ、経営の悪化を理由に減額してほしい旨を再度求められ、本件覚書の締結当時の経済情勢等を考慮し、本件減額の申出に応じた。ただし、本件減額の金額を1,000,000円と算定したことについて確たる根拠を明らかにする資料は存在しない。
ロ 本審査請求において、本件残代金の支払状況を示す資料として、請求人から提出された「X社よりの返済一覧表」と称する書面の記載内容は別表2(編注:省略)のとおりである。なお、本件減額の後、請求人の督促にかかわらず、平成24年8月から平成25年3月までの間は、平成24年11月中に2回で合計50,000円の弁済と平成25年2月の50,000円の弁済を除いて、X社からの弁済はなく、同年4月以降月額50,000円が弁済されるようになった。
ハ X社が経営する寿司店の店舗数は漸減傾向にあるが、本件譲渡に関する不動産売買契約締結時から本審査請求時に至るまでの間に、同社が事業を停止したことを認めるに足りる証拠は存在しない。
ニ 本件抵当権が、その設定から現在に至るまでの間に、実行されたと認めるに足りる証拠は存在しない。
ホ X社の貸借対照表上に記載された純資産の金額は、平成22年9月30日決算において債務超過に転じた以降、平成23年9月30日決算、平成24年9月30日決算がそれぞれ債務超過となっている。
また、これら各決算期において、年金事務所に対する未払金がそれぞれ×××を超えて計上されているほか、損益計算書上、×××余の営業損失と×××余の経常損失がそれぞれ生じている状態である。
ヘ ×××は、平成23年10月18日に、本件先順位根抵当権の被担保債権に当たるX社の保証委託に係る保証の主債務について、債権者であった金融機関に対して保証債務を履行した。さらに、平成24年3月28日には、同じく×××を根抵当権者とする根抵当権が設定されたX社の代表者が所有する物件が、同年4月5日には、×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社の所有物件が、いずれも売却されている。
また、X社の平成24年9月30日決算において、×××に対する本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務の額は156,000,000円余として顕在化している。
ト X社は、平成22年9月3日決算ないし平成24年9月30日決算の各決算期において、反対債権を有しない各取引先に対し、いずれの決算期においても計10,000,000円を超える売掛金債権を有していた。
(3)当てはめ 請求人は、所得税法152条に基づき更正の請求を行ったものであるが、同条に基づく更正の請求が認められるためには、同法63条若しくは同法64条または所得税法施行令274条に規定する事実が生じたことが要件となる。
そこで、本件を判断するに当たっては、本件減額が、所得税法施行令274条に規定する「無効(1号)」若しくは「取り消された(2号)」に該当するか否かについて、また、本件減額がされた経緯および状況に鑑みて所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった場合」に該当するか否かについて、以下順に検討する。
イ 所得税法施行令274条に規定する各事実に該当するか否か (イ)所得税法施行令274条1号
所得税法施行令274条1号は、各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときを挙げている。
一方、上記(2)のイに加えて、請求人の主張内容を考慮しても、本件減額は、本件譲渡の後、経済情勢の変化やX社の資力の悪化等の事情を考慮して、双務契約である不動産売買契約のうち、不動産の所有権移転の効果はそのままに、売却代金支払債務の一部を減じたものと認められるから、債務を一部免除したものとみるべきであり、本件譲渡の基礎となる不動産売買契約自体がそもそも無効であったというものではない。
そうすると、本件減額は所得税法施行令274条1号に規定する事実に該当しない。
(ロ)所得税法施行令274条2号
所得税法施行令274条2号は、各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたときを挙げている。
請求人とX社との不動産売買契約、本件覚書によれば、X社による本件残代金の弁済が当初の約定どおりに進んでいれば、本件覚書の締結時点における本件残代金の残額は6,000,000円(13,500,000円-250,000円×30回)となっており、本件覚書の締結された平成24年7月末日を弁済期として更に250,000円が支払われるべきところ、同日時点における本件残代金の実際の残額は7,450,000円であったと認められる。そうすると、X社は、同日時点で本件残代金の支払債務のうち同年6月までに弁済期の到来したものの一部である1,450,000円(7,450,000円-6,000,000円)については、既に履行遅滞に陥っていたものと認められる。
以上の経緯の下にされた本件減額につき、請求人は、売買代金の支払が当初の契約どおり履行されない状況から本件減額にやむを得ず応じたものであって、その結果、本件譲渡に係る不動産売買契約の一部が取消しとなった旨を主張する。
しかしながら、契約の取消しとは契約自体に元来あった瑕疵を原因として遡ってその効果がなかったことにするというものであり、本件減額の合意のように契約後の履行遅滞を原因とするものは含まれない。
そうすると、本件減額は所得税法施行令274条2号に規定する事実に該当しない。
ロ 所得税法64条1項に規定する事実に該当するか否か 請求人は、本件減額は「後発的事由による譲渡対価の減額」であって貸倒れではない旨主張する。
しかしながら、本件減額が、所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった」状況、すなわち本件減額の対象となる代金債権の一部が、いわば貸倒れとなった状況の下において行われたものであれば、本件減額が同項に該当することとなり、同法152条の更正の請求の要件を満たすことになる一方で、これに当たらない場合には、同要件を満たす余地はない。したがって、本件減額が所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった」から行われたものであるか否かの検討が必要となるところ、本件減額が同項に規定する事実に該当するか否かは、上記(1)のハのとおり、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した」と認められるか否かにより判断することとなる。
これを本件に当てはめてみると、上記(2)のホによれば、債務者X社は「債務超過の状態が相当期間継続し」ていたことが認められ、また、請求人は、本件減額についてX社との間で書面(本件覚書)を取り交わしていることから、「その債務者に対し債務免除額を書面により通知した」ことも認められる。
そして、本件減額が「その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において」行われたと認められるか否かを判断するについては、上記(1)のハのとおり、本件減額の対象である1,000,000円が終局的に回収不能となることが客観的に明らかであったと認められるか否かを判断すべきところ、本件減額の直前における債権額は7,450,000円であるから、本件減額の1,000,000円を控除した6,450,000円を超えて回収することができないことが明らかな場合には、本件減額の1,000,000円の全額が終局的に回収不能であることとなる。
以上の点を踏まえて検討したところ、次のとおりである。
(イ)本件減額の時点における状況について
A X社の信用状祝等について 当審判所の調査によれば、X社の貸借対照表上では、平成22年9月30日決算において×××の債務超過、平成23年9月30日決算で×××の債務超過、本件減額の合意がされた約2か月後の平成24年9月30日決算において×××余の債務超過が生じているばかりか、これらの決算においては、損益計算書上も、営業損失の状態が継続していた上、厚生年金の掛金と推認される年金事務所に対する未払金がそれぞれ×××を超えて計上されていた。また、その経営する寿司店の店舗数が漸減傾向にある状況が認められる。
このような状況の下で、×××は、平成23年10月18日に、本件先順位根抵当権の被担保債権に当たる、X社の保証委託に係る保証の主債務について、債権者であった金融機関に対して保証債務を履行し、平成24年3月28日には、同じく×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社代表者所有物件が、同年4月5日には、×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社所有物件が、いずれも売却され、その上で、本件減額の2か月後である同年9月30日決算において、×××に対する本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務の額は、極度額75,000,000円を大きく超える156,000,000円余として顕在化している。
これらの事情等からすると、本件減額の時点におけるX社の信用状況は、請求人が主張するとおり、相当程度悪化していたと認められる。
B 本件残代金の回収可能性について もっとも、その一方で、X社は、本件減額の時点において、企業として存続して事業を行い、事業資金および運転資金などの資金も存在していたと認められるほか、X社が、反対債権を有しない各取引先に対して10,000,000円以上の売掛金債権を有していたと認められる。
そして、本件減額の時点におけるX社は、本件減額の1,000,000円を超える1,450,000円の履行遅滞に陥っていたものであり、請求人としては即時に本件減額に相当する金額の履行を請求することができる立場にあったと認められるのである。
にもかかわらず、請求人が、本件残代金に係る債権を回収するために何らかの債権取立ての手段を講じたと認めることはできない。
そこで、請求人の債権取立ての手段・方法によっては、請求人がX社の有する売掛金等の事業上の債権から6,450,000円を超えて回収することが可能であったかについて、検討する。
C X社の任意弁済による回収可能性について 上記Bで説示したとおり、X社は、事業運営上の資金を有していたと認められるものの、X社が事業を運営する上においては仕入れおよび人件費等のランニングコストを支払う必要があるほか、年金事務所に対して優先的に弁済されるべき厚生年金の掛金が滞納となっていたことなどからすれば、X社が事業運営上の資金を有していたことをもって、請求人への弁済に充て得る資力を有しており、請求人が強く求めたとして任意弁済に応じたものということもできない。
現に、本件譲渡から本件減額に至るまでの間における弁済金額は減少の一途をたどっているほか、本件減額前の平成23年10月6日においては、額面500円の食事券(以下「食事券」という)1,000枚をもって本件譲渡に係る債務のうち500,000円の弁済に代えているのである。
そもそも、X社の経理の状況が示すように、本件減額の時点におけるX社の資金状態がひっ迫した状況にあったことが強く推認されるのである。
このような弁済状況および上記AのX社の信用状況等に鑑みれば、請求人が、本件減額に応じることなく、減額を求めるX社との交渉を継続し、X社に強く求めたとしても、X社の任意弁済により、本件残代金につき6,450,000円を超えて弁済を受けることができる見込みがあったとは考え難い。
D 法的手段による回収可能性について 次に、上記(2)のニおよび上記Bのとおり、請求人は本件残代金を回収するために何ら法的手段等を採っていない。
しかし、そもそも、本件残代金については、本件各不動産に抵当権が設定されているほかみるべき担保がない。そして、当審判所の調査によれば、本件各不動産には、根抵当権者を×××、債権の範囲を保証委託取引、極度額を75,000,000円とする本件先順位根抵当権が設定されているところ、×××は平成23年10月に上記保証委託に係る保証債務を履行して、X社に対する求償権を得ていること、本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務は極度額を大きく超える156,000,000円余として顕在化しているから、仮に請求人が本件抵当権の実行に及んだとしても、本件減額の時点で、本件抵当権の実行によって本件残代金を回収することは客観的に不可能であるといえる。
さらに、上記(2)のトの売掛金債権に対して債権執行をすることも考えられないではないが、請求人は一債権者であったにすぎず、X社が売掛金債権を有する売掛先を把握することは困難であったというべきである。
仮に請求人が当該売掛先を把握できたとしても、X社は本件残代金を弁済するにつき期限の利益を有していたことから、本件減額の時点において、請求人が取得できる可能性のある債務名義は、既に履行遅滞に陥っていた1,450,000円であり、6,450,000円を超える額の債務名義を取得することができたわけではないし、残額については、単純に期限が到来した時点で債権執行をすれば足るものともいえないことは、後記(ロ)で説示するとおりである。
そのうえ、請求人がX社の売掛金債権に対する債権執行に及んだ後は、当該売掛先がX社との取引を停止するなどにより、X社が倒産状態に陥ることも十分に考えられる。なお、上記(2)のホのとおりX社は債務超過の状態にあったところ、厚生年金の掛金に係る債務および人件費等に係る債務に加え、×××に対し多額の債務を負っていたと認められることなどからすれば、仮に破産手続が開始されたとしても、請求人が6,450,000円を超える額の配当を得られたとは考え難いし、仮に再生手続が開始されたとしても、再生計画認可の決定がされた場合に切り捨てられることとなる金額が1,000,000円を超えるであろうこともまた容易に推認されるというべきである。
以上によれば、仮に、請求人が法的手段によってX社からの回収を試みたとしても、請求人がX社から6,450,000円を超えて回収することができたとは認められない。
E 小括 上記AないしDの状況からみると、債務者であるX社からの請求人に対する本件減額の申出は、平成22年9月30日決算以降大幅な債務超過となり、所有不動産等の担保余力も無くなったことなどから資金繰りに窮し、×××から代位弁済されるに至ったX社が、請求人に対しても、分割弁済額の減額を申し出たり食事券による代物弁済を行ったりするなどしていたが、これらの方策によっても穴埋めすることができない恒常的な履行遅滞が生じる状況となったために行われたものとみるのが相当である。
他方で、債権者たる請求人においては、X社からの弁済が滞り、分割弁済額についても徐々に減額するなど、X社との交渉を行う中で、請求人が、本件減額の後の弁済をX社が確実に行うであろうことを期待して、やむなく本件減額の申出に応じることとしたものと認められる。
そして、本件減額の1,000,000円という金額が詳細な算定を経て回収不能な額を精緻に分析した結果でないとしても、既に認定・説示したとおり任意弁済の期待できない状況の中でX社との折衝に現に当たっていた請求人において応諾することとした額である上、実際上記Dの各法的手段等を考慮に入れた場合においても同金額について回収することが現実的といえないことからすれば、本件減額の1,000,000円については、回収不能となることが客観的に明らかであったものと認めることが相当である。
(ロ)本件減額の時点において想定される回収手段について
本件減額の時点で請求人が採り得る回収手段としては、上記(イ)のCまたはDの方法のほかにも、請求人がX社からの減額の申出に応じないまま本件残代金に係る債務の弁済期到来を待ち、当該弁済期到来後に本件残代金の全額について債務名義を取得し、債権執行を試みる方法が一応考えられる。
しかしながら、請求人が長期間にわたってX社からの減額の申出に応じず態度を硬化させたまま訴訟等へ移行した場合には、当然、X社の側においても請求人による強制執行を警戒し、売掛先との取引形態を変更するなどの対策を講じるおそれが高まるばかりか、時間が長くなればそれだけ請求人以外の債権者において請求人の動きを察知するおそれも高くなり、債権執行の時点において当該他の債権者による差押えや配当要求がされることにより、請求人の債権執行が奏功する可能性は相対的に低くなるといえる。
そうすると、想定上はこのような回収手段を考え得るとしても、本件減額の時点からみれば、将来における不確定要素を多く含む回収手段である上、上記のとおりその実効性についても甚だ疑問であり、上記(イ)の認定を覆すに足りないというべきである。
(ハ)所得税基本通達51-12について
所得税基本通達51-12は、貸金等について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとすることはできない旨定めており、かかる定めは当審判所も相当と認める。しかしながら、本件では、本件抵当権を実行しようとしても無剰余で取り消されてしまうことが明らかであり、本件抵当権から債権の回収をすることは不可能であったことは上記(イ)のDのとおりであるのであって、上記通達の定める解釈によっても、このような場合にまで担保物を処分した後でなければ貸倒れとすることができないものではない。
(ニ)まとめ
以上説示したところによれば、本件減額の時点において、請求人がX社から6,450,000円を超えて回収することができないこと、すなわち本件減額の1,000,000円以上の金額が回収することができない金額に該当していたことは客観的に明らかであったと認められ、本件減額は、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した場合に該当すると認められ、所得税法64条1項の要件を満たすということができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ハ 結論 以上のとおり、本件減額が所得税法152条に規定する事由に該当するとの請求人の主張には理由があり、かつ、所得税法64条1項によれば、本件減額に係る金額は請求人の平成22年分の譲渡所得の金額の計算上、なかったものとみなすべきであるところ、同項を適用することなく譲渡所得の金額の計算がされた請求人の納付すべき税額は過大であるから、本件更正の請求について更正をすべき理由がないとしてされた原処分は、その全部を取り消すべきである。
不動産譲渡代金の減額は、“貸倒れ”によるもの
審判所、請求人の更正の請求を認める
○不動産譲渡に係る所得税の確定申告後の譲渡代金減額による更正の請求が認められるか否かが争われた事案で、審判所が、当該減額は所法64条1項の要件を満たすと判断し、更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消した事例(平成26年10月28日裁決)。
基礎事実 請求人とX社(寿司・割烹店経営)は、平成22年1月21日、当時請求人がX社に対して賃貸中の宅地および同宅地上の建物(以下、併せて「本件各不動産」という)を請求人からX社に譲渡する旨の不動産売買契約を次のとおり締結した(以下、本件各不動産の譲渡を「本件譲渡」という)。なお、上記不動産売買契約において、X社が請求人に対する支払を怠った場合等に期限の利益を喪失する旨の定めはなかった。
(イ)讃渡代金は合計×××とする。
(ロ)譲渡代金のうち×××は、本件各不動産の賃貸借に関しX社が請求人に差し入れている保証金×××と相殺する。
(ハ)残代金13,500,000円(以下「本件残代金」という)は、平成22年1月から54回に分割し、毎月末日に250,000円を支払う。
X社は、上記の不動産売買契約において、本件残代金の支払債務を担保するため、平成22年1月26日、本件各不動産について、抵当権者を請求人、債務者をX社、債権額を13,500,000円とする抵当権(以下「本件抵当権」という)を設定し、同日、これを原因とする抵当権設定登記を経由した。
本件各不動産には、本件抵当権に優先する先順位の根抵当権として、平成6年5月18日に根抵当権者を×××、債務者をX社、債権の範囲を保証委託取引、極度額を30,000,000円(平成11年3月19日に75,000,000円へ変更)とする根抵当権(以下「本件先順位根抵当権」という)が設定されている。
請求人およびX社は、平成24年7月31日、本件残代金に係る債権の額を、同日現在の未払残高7,450,000円から1,000,000円減額して6,450,000円とする旨(以下、この1,000,000円の減額を「本件減額」という)および返済は毎月末日までに100,000円を請求人の銀行口座に振り込む旨の覚書(以下「本件覚書」という)を取り交わした。
争点および主張 本事案の争点は、本件減額は、所得税法152条に規定する事由に該当するか否か。当事者双方の主張は、表のとおり。
【表】 |
請 求 人 | 原処分庁 |
本件減額は、貸倒れではなく、後発的事由による譲渡対価の減額である。高齢者である請求人が、X社に免除する理由はない。 請求人は、本件譲渡に係る譲渡代金の支払債務が当初の契約どおり履行されない状況に鑑み、事業が悪化しているX社からの本件減額の求めにやむなく応じたものであり、本件覚書の締結により本件減額が確定し、契約の一部が取消しとなったのであるから、本件減額は、所得税法152条に規定する事由に該当する。 本件更正の請求が認められない場合、請求人の分離課税長期譲渡所得に対する税率は17.75パーセントとなり、納付すべき税額が過大となって、所得税法に基づかない違法な税率を課されることとなる。 | 本件減額は、所得税法64条1項に規定する「収入金額又は総収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合」および「政令(所得税法施行令274条)で定める事実」のいずれにも該当せず、所得税法152条に規定する事由に該当しない。 なお、所得税法施行令274条には「各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」または「取り消すことのできる行為が取り消されたこと」と規定されているところ、本件減額は、請求人がX社に対し1,000,000円を免除したものであり、「無効」および「取消し」のいずれにも当たらない。 |
審判所の判断
(1)法令解釈等 イ 所得税法は、第36条1項において、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定的に発生した場合には、その時点で、所得の実現があったものとして当該権利発生の時期の属する課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。この建前の下においては、一般に、一定額の金銭の支払を目的とする債権は、その現実の支払がされる以前に同支払があったものと同様に課税されることとなるので、課税後に至りその債権が貸倒れ等によって回収不能となった場合には、現実の収入がないにもかかわらず課税を受ける結果となることを避けられない。そこで、法は収入金額または総収入金額とされた債権の全部または一部について、その後、現実の収入を得られない事情が生じた場合には、その得られないこととなった部分の金額を必要経費に算入し(同法51条2項)、または当該部分の金額に係る所得がなかったものとする(同法64条1項)ことにより、税負担の公平を図っているものと解される。
そして、上記のとおり、課税の対象となる所得の実現の時期について規定した所得税法36条1項の趣旨が、納税者の恣意を排し、課税の公平を図るところにあり、また、同法51条2項および同法64条1項が、同法36条1項の規定により所得の実現があったとされた債権の全部または一部について、例外的に現実の収入を得られない事情が生じた場合における税負担の調整措置として規定されたものと解されることからすれば、同法64条1項に規定する収入金額の一部を「回収することができないこととなった場合」に該当するというには、例えば、納税者が単に値引きをしたり、恣意的に回収しないこととしただけでは足らず、客観的にみて当該債権の回収の見込みのないことが確実になったと認められる場合、言い換えれば、当該債権について回収の見込みのないことが客観的に明らかな状況において、当該債権が法的に消滅した場合または客観的にこれと同視し得る状態にある場合であることを要すると解するのが相当である。
ロ ところで、所得税法64条1項に規定する収入金額の一部を「回収することができないこととなった場合」に該当するか否かの判定は、債務者の資産、経営、事業および信用の状況、債権取立ての手段・方法並びに債権者による回収努力その他の諸事情から総合的に判断するほかないところ、これらの諸事情は、不可視的な事由に関わる問題で判断が困難な場合がある。
そこで、所得税基本通達64-1は、同通達51-11ないし51-16の取扱いに準ずる旨を定めているところ、そのうち同通達51-11は、貸金等の全部または一部の切捨てをした場合について、債権回収が不能である事例を類型化し、なるべく可視的な基準を設けて、課税実務の画一的な処理を図ろうとしたものであり、当審判所も相当と認める。
ハ そして、所得税基本通達51-11の(4)は、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した場合、その通知した債務免除額を挙げているところ、同通達51-11の(1)ないし(3)が法的・私的整理において切り捨てられた金額がある場合として債務者の倒産状態あるいはこれに準ずる状況を前提としていることに鑑みれば、これらと並列して定められている同通達51-11の(4)の「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合」に当たるか否かは、単に債務者の債務超過の状態が相当期間継続しているということだけで認定することはできない。例えば、債務者において、破産、民事再生、強制執行等の手続を受け、あるいは、事業閉鎖、死亡、行方不明、刑の執行等により他から融資を受ける見込みもなく、事業再興が望めない場合はもとより、債務者にそのような事情がなくとも、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、資産および信用の状況、債権者による回収努力等の諸事情に照らして、当該債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかである状況において、債務免除により当該債権が法的に消滅した場合であることを要すると解するのが相当であり、一部免除の場合については、当該債権のうち特定された一部(免除対象部分)について、その全額が回収不能であることが客観的に明らかであることが必要である。
ニ また、その免除対象部分の全額が回収不能であることは、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。
(2)認定事実 イ 請求人は、平成22年1月の本件譲渡の後、X社から経営悪化のため毎月の弁済額を減額してほしいと求められたことがあったがこれを拒否し、その後、平成24年7月分の弁済が滞ったため、X社に催促したところ、経営の悪化を理由に減額してほしい旨を再度求められ、本件覚書の締結当時の経済情勢等を考慮し、本件減額の申出に応じた。ただし、本件減額の金額を1,000,000円と算定したことについて確たる根拠を明らかにする資料は存在しない。
ロ 本審査請求において、本件残代金の支払状況を示す資料として、請求人から提出された「X社よりの返済一覧表」と称する書面の記載内容は別表2(編注:省略)のとおりである。なお、本件減額の後、請求人の督促にかかわらず、平成24年8月から平成25年3月までの間は、平成24年11月中に2回で合計50,000円の弁済と平成25年2月の50,000円の弁済を除いて、X社からの弁済はなく、同年4月以降月額50,000円が弁済されるようになった。
ハ X社が経営する寿司店の店舗数は漸減傾向にあるが、本件譲渡に関する不動産売買契約締結時から本審査請求時に至るまでの間に、同社が事業を停止したことを認めるに足りる証拠は存在しない。
ニ 本件抵当権が、その設定から現在に至るまでの間に、実行されたと認めるに足りる証拠は存在しない。
ホ X社の貸借対照表上に記載された純資産の金額は、平成22年9月30日決算において債務超過に転じた以降、平成23年9月30日決算、平成24年9月30日決算がそれぞれ債務超過となっている。
また、これら各決算期において、年金事務所に対する未払金がそれぞれ×××を超えて計上されているほか、損益計算書上、×××余の営業損失と×××余の経常損失がそれぞれ生じている状態である。
ヘ ×××は、平成23年10月18日に、本件先順位根抵当権の被担保債権に当たるX社の保証委託に係る保証の主債務について、債権者であった金融機関に対して保証債務を履行した。さらに、平成24年3月28日には、同じく×××を根抵当権者とする根抵当権が設定されたX社の代表者が所有する物件が、同年4月5日には、×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社の所有物件が、いずれも売却されている。
また、X社の平成24年9月30日決算において、×××に対する本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務の額は156,000,000円余として顕在化している。
ト X社は、平成22年9月3日決算ないし平成24年9月30日決算の各決算期において、反対債権を有しない各取引先に対し、いずれの決算期においても計10,000,000円を超える売掛金債権を有していた。
(3)当てはめ 請求人は、所得税法152条に基づき更正の請求を行ったものであるが、同条に基づく更正の請求が認められるためには、同法63条若しくは同法64条または所得税法施行令274条に規定する事実が生じたことが要件となる。
そこで、本件を判断するに当たっては、本件減額が、所得税法施行令274条に規定する「無効(1号)」若しくは「取り消された(2号)」に該当するか否かについて、また、本件減額がされた経緯および状況に鑑みて所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった場合」に該当するか否かについて、以下順に検討する。
イ 所得税法施行令274条に規定する各事実に該当するか否か (イ)所得税法施行令274条1号
所得税法施行令274条1号は、各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときを挙げている。
一方、上記(2)のイに加えて、請求人の主張内容を考慮しても、本件減額は、本件譲渡の後、経済情勢の変化やX社の資力の悪化等の事情を考慮して、双務契約である不動産売買契約のうち、不動産の所有権移転の効果はそのままに、売却代金支払債務の一部を減じたものと認められるから、債務を一部免除したものとみるべきであり、本件譲渡の基礎となる不動産売買契約自体がそもそも無効であったというものではない。
そうすると、本件減額は所得税法施行令274条1号に規定する事実に該当しない。
(ロ)所得税法施行令274条2号
所得税法施行令274条2号は、各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたときを挙げている。
請求人とX社との不動産売買契約、本件覚書によれば、X社による本件残代金の弁済が当初の約定どおりに進んでいれば、本件覚書の締結時点における本件残代金の残額は6,000,000円(13,500,000円-250,000円×30回)となっており、本件覚書の締結された平成24年7月末日を弁済期として更に250,000円が支払われるべきところ、同日時点における本件残代金の実際の残額は7,450,000円であったと認められる。そうすると、X社は、同日時点で本件残代金の支払債務のうち同年6月までに弁済期の到来したものの一部である1,450,000円(7,450,000円-6,000,000円)については、既に履行遅滞に陥っていたものと認められる。
以上の経緯の下にされた本件減額につき、請求人は、売買代金の支払が当初の契約どおり履行されない状況から本件減額にやむを得ず応じたものであって、その結果、本件譲渡に係る不動産売買契約の一部が取消しとなった旨を主張する。
しかしながら、契約の取消しとは契約自体に元来あった瑕疵を原因として遡ってその効果がなかったことにするというものであり、本件減額の合意のように契約後の履行遅滞を原因とするものは含まれない。
そうすると、本件減額は所得税法施行令274条2号に規定する事実に該当しない。
ロ 所得税法64条1項に規定する事実に該当するか否か 請求人は、本件減額は「後発的事由による譲渡対価の減額」であって貸倒れではない旨主張する。
しかしながら、本件減額が、所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった」状況、すなわち本件減額の対象となる代金債権の一部が、いわば貸倒れとなった状況の下において行われたものであれば、本件減額が同項に該当することとなり、同法152条の更正の請求の要件を満たすことになる一方で、これに当たらない場合には、同要件を満たす余地はない。したがって、本件減額が所得税法64条1項に規定する「回収することができないこととなった」から行われたものであるか否かの検討が必要となるところ、本件減額が同項に規定する事実に該当するか否かは、上記(1)のハのとおり、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した」と認められるか否かにより判断することとなる。
これを本件に当てはめてみると、上記(2)のホによれば、債務者X社は「債務超過の状態が相当期間継続し」ていたことが認められ、また、請求人は、本件減額についてX社との間で書面(本件覚書)を取り交わしていることから、「その債務者に対し債務免除額を書面により通知した」ことも認められる。
そして、本件減額が「その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において」行われたと認められるか否かを判断するについては、上記(1)のハのとおり、本件減額の対象である1,000,000円が終局的に回収不能となることが客観的に明らかであったと認められるか否かを判断すべきところ、本件減額の直前における債権額は7,450,000円であるから、本件減額の1,000,000円を控除した6,450,000円を超えて回収することができないことが明らかな場合には、本件減額の1,000,000円の全額が終局的に回収不能であることとなる。
以上の点を踏まえて検討したところ、次のとおりである。
(イ)本件減額の時点における状況について
A X社の信用状祝等について 当審判所の調査によれば、X社の貸借対照表上では、平成22年9月30日決算において×××の債務超過、平成23年9月30日決算で×××の債務超過、本件減額の合意がされた約2か月後の平成24年9月30日決算において×××余の債務超過が生じているばかりか、これらの決算においては、損益計算書上も、営業損失の状態が継続していた上、厚生年金の掛金と推認される年金事務所に対する未払金がそれぞれ×××を超えて計上されていた。また、その経営する寿司店の店舗数が漸減傾向にある状況が認められる。
このような状況の下で、×××は、平成23年10月18日に、本件先順位根抵当権の被担保債権に当たる、X社の保証委託に係る保証の主債務について、債権者であった金融機関に対して保証債務を履行し、平成24年3月28日には、同じく×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社代表者所有物件が、同年4月5日には、×××を根抵当権者とする根抵当権の設定されたX社所有物件が、いずれも売却され、その上で、本件減額の2か月後である同年9月30日決算において、×××に対する本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務の額は、極度額75,000,000円を大きく超える156,000,000円余として顕在化している。
これらの事情等からすると、本件減額の時点におけるX社の信用状況は、請求人が主張するとおり、相当程度悪化していたと認められる。
B 本件残代金の回収可能性について もっとも、その一方で、X社は、本件減額の時点において、企業として存続して事業を行い、事業資金および運転資金などの資金も存在していたと認められるほか、X社が、反対債権を有しない各取引先に対して10,000,000円以上の売掛金債権を有していたと認められる。
そして、本件減額の時点におけるX社は、本件減額の1,000,000円を超える1,450,000円の履行遅滞に陥っていたものであり、請求人としては即時に本件減額に相当する金額の履行を請求することができる立場にあったと認められるのである。
にもかかわらず、請求人が、本件残代金に係る債権を回収するために何らかの債権取立ての手段を講じたと認めることはできない。
そこで、請求人の債権取立ての手段・方法によっては、請求人がX社の有する売掛金等の事業上の債権から6,450,000円を超えて回収することが可能であったかについて、検討する。
C X社の任意弁済による回収可能性について 上記Bで説示したとおり、X社は、事業運営上の資金を有していたと認められるものの、X社が事業を運営する上においては仕入れおよび人件費等のランニングコストを支払う必要があるほか、年金事務所に対して優先的に弁済されるべき厚生年金の掛金が滞納となっていたことなどからすれば、X社が事業運営上の資金を有していたことをもって、請求人への弁済に充て得る資力を有しており、請求人が強く求めたとして任意弁済に応じたものということもできない。
現に、本件譲渡から本件減額に至るまでの間における弁済金額は減少の一途をたどっているほか、本件減額前の平成23年10月6日においては、額面500円の食事券(以下「食事券」という)1,000枚をもって本件譲渡に係る債務のうち500,000円の弁済に代えているのである。
そもそも、X社の経理の状況が示すように、本件減額の時点におけるX社の資金状態がひっ迫した状況にあったことが強く推認されるのである。
このような弁済状況および上記AのX社の信用状況等に鑑みれば、請求人が、本件減額に応じることなく、減額を求めるX社との交渉を継続し、X社に強く求めたとしても、X社の任意弁済により、本件残代金につき6,450,000円を超えて弁済を受けることができる見込みがあったとは考え難い。
D 法的手段による回収可能性について 次に、上記(2)のニおよび上記Bのとおり、請求人は本件残代金を回収するために何ら法的手段等を採っていない。
しかし、そもそも、本件残代金については、本件各不動産に抵当権が設定されているほかみるべき担保がない。そして、当審判所の調査によれば、本件各不動産には、根抵当権者を×××、債権の範囲を保証委託取引、極度額を75,000,000円とする本件先順位根抵当権が設定されているところ、×××は平成23年10月に上記保証委託に係る保証債務を履行して、X社に対する求償権を得ていること、本件先順位根抵当権の被担保債権たる債務は極度額を大きく超える156,000,000円余として顕在化しているから、仮に請求人が本件抵当権の実行に及んだとしても、本件減額の時点で、本件抵当権の実行によって本件残代金を回収することは客観的に不可能であるといえる。
さらに、上記(2)のトの売掛金債権に対して債権執行をすることも考えられないではないが、請求人は一債権者であったにすぎず、X社が売掛金債権を有する売掛先を把握することは困難であったというべきである。
仮に請求人が当該売掛先を把握できたとしても、X社は本件残代金を弁済するにつき期限の利益を有していたことから、本件減額の時点において、請求人が取得できる可能性のある債務名義は、既に履行遅滞に陥っていた1,450,000円であり、6,450,000円を超える額の債務名義を取得することができたわけではないし、残額については、単純に期限が到来した時点で債権執行をすれば足るものともいえないことは、後記(ロ)で説示するとおりである。
そのうえ、請求人がX社の売掛金債権に対する債権執行に及んだ後は、当該売掛先がX社との取引を停止するなどにより、X社が倒産状態に陥ることも十分に考えられる。なお、上記(2)のホのとおりX社は債務超過の状態にあったところ、厚生年金の掛金に係る債務および人件費等に係る債務に加え、×××に対し多額の債務を負っていたと認められることなどからすれば、仮に破産手続が開始されたとしても、請求人が6,450,000円を超える額の配当を得られたとは考え難いし、仮に再生手続が開始されたとしても、再生計画認可の決定がされた場合に切り捨てられることとなる金額が1,000,000円を超えるであろうこともまた容易に推認されるというべきである。
以上によれば、仮に、請求人が法的手段によってX社からの回収を試みたとしても、請求人がX社から6,450,000円を超えて回収することができたとは認められない。
E 小括 上記AないしDの状況からみると、債務者であるX社からの請求人に対する本件減額の申出は、平成22年9月30日決算以降大幅な債務超過となり、所有不動産等の担保余力も無くなったことなどから資金繰りに窮し、×××から代位弁済されるに至ったX社が、請求人に対しても、分割弁済額の減額を申し出たり食事券による代物弁済を行ったりするなどしていたが、これらの方策によっても穴埋めすることができない恒常的な履行遅滞が生じる状況となったために行われたものとみるのが相当である。
他方で、債権者たる請求人においては、X社からの弁済が滞り、分割弁済額についても徐々に減額するなど、X社との交渉を行う中で、請求人が、本件減額の後の弁済をX社が確実に行うであろうことを期待して、やむなく本件減額の申出に応じることとしたものと認められる。
そして、本件減額の1,000,000円という金額が詳細な算定を経て回収不能な額を精緻に分析した結果でないとしても、既に認定・説示したとおり任意弁済の期待できない状況の中でX社との折衝に現に当たっていた請求人において応諾することとした額である上、実際上記Dの各法的手段等を考慮に入れた場合においても同金額について回収することが現実的といえないことからすれば、本件減額の1,000,000円については、回収不能となることが客観的に明らかであったものと認めることが相当である。
(ロ)本件減額の時点において想定される回収手段について
本件減額の時点で請求人が採り得る回収手段としては、上記(イ)のCまたはDの方法のほかにも、請求人がX社からの減額の申出に応じないまま本件残代金に係る債務の弁済期到来を待ち、当該弁済期到来後に本件残代金の全額について債務名義を取得し、債権執行を試みる方法が一応考えられる。
しかしながら、請求人が長期間にわたってX社からの減額の申出に応じず態度を硬化させたまま訴訟等へ移行した場合には、当然、X社の側においても請求人による強制執行を警戒し、売掛先との取引形態を変更するなどの対策を講じるおそれが高まるばかりか、時間が長くなればそれだけ請求人以外の債権者において請求人の動きを察知するおそれも高くなり、債権執行の時点において当該他の債権者による差押えや配当要求がされることにより、請求人の債権執行が奏功する可能性は相対的に低くなるといえる。
そうすると、想定上はこのような回収手段を考え得るとしても、本件減額の時点からみれば、将来における不確定要素を多く含む回収手段である上、上記のとおりその実効性についても甚だ疑問であり、上記(イ)の認定を覆すに足りないというべきである。
(ハ)所得税基本通達51-12について
所得税基本通達51-12は、貸金等について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとすることはできない旨定めており、かかる定めは当審判所も相当と認める。しかしながら、本件では、本件抵当権を実行しようとしても無剰余で取り消されてしまうことが明らかであり、本件抵当権から債権の回収をすることは不可能であったことは上記(イ)のDのとおりであるのであって、上記通達の定める解釈によっても、このような場合にまで担保物を処分した後でなければ貸倒れとすることができないものではない。
(ニ)まとめ
以上説示したところによれば、本件減額の時点において、請求人がX社から6,450,000円を超えて回収することができないこと、すなわち本件減額の1,000,000円以上の金額が回収することができない金額に該当していたことは客観的に明らかであったと認められ、本件減額は、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した場合に該当すると認められ、所得税法64条1項の要件を満たすということができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ハ 結論 以上のとおり、本件減額が所得税法152条に規定する事由に該当するとの請求人の主張には理由があり、かつ、所得税法64条1項によれば、本件減額に係る金額は請求人の平成22年分の譲渡所得の金額の計算上、なかったものとみなすべきであるところ、同項を適用することなく譲渡所得の金額の計算がされた請求人の納付すべき税額は過大であるから、本件更正の請求について更正をすべき理由がないとしてされた原処分は、その全部を取り消すべきである。
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