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解説記事2015年08月10日 【最新判決研究】 分掌変更による役員退職慰労金の「退職所得」性と分割支払金の損金性(2015年8月10日号・№606)

最新判決研究
分掌変更による役員退職慰労金の「退職所得」性と分割支払金の損金性
東京地裁平成27年2月26日判決(平成24年(行ウ)第592号)
 筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣

一、事実

(1)X会社(原告)は、自動専用機、治工具等の設計製作等を業とする株式会社(同族会社)であるが、同社の創業者甲が平成19年8月31日に代表取締役を辞任して非常勤取締役になったこと(以下「本件分掌変更」という。)に伴い、甲に対する退職慰労金として2億5000万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支給することを決定し、同日、本件退職慰労金のうち7500万円(以下「本件第一金員」という。)を支払い、同金員を平成19年8月期分法人税の所得金額の計算上損金の額に算入し、次いで、平成20年8月29日、1億2500万円(以下「本件第二金員」という。)を支払い、同金員を平成20年8月期分法人税の所得金額の計算上損金の額に算入して、それぞれ確定申告を行い、上記各月分の源泉所得税については、それぞれ所得税法上の退職所得に当たるものとして、所得税額を納付した。
 これに対し、処分行政庁は、平成23年5月27日、本件第二金員が退職給与又は退職所得に当たらないとして、平成20年8月期分法人税について更正等(以下「本件更正等」)を行い、源泉所得税について納税の告知等(以下「本件告知等」という。)をした。X会社は、上記各処分を不服として、前審手続を経て、国(被告)に対し、上記各処分の取消しを求めて本訴を提起した。
(2)甲は、昭和34年12月、訴外人МらとともにS有限会社を設立した後、昭和51年3月、S有限会社の一部を引き継いでX会社を創設し、その創設時から平成19年8月まで代表取締役を務めた。X会社の発行済株式数の全部が、甲、甲の妻及び甲の子2名によって所有され、役員も、同人らによって占められている。
 本件退職慰労金は、X会社の役員退職慰労金規程(以下「本件規程」という。)の定めによる金額の範囲内で決定されるが、その要旨は、次のとおりである。
① 本件規程により取締役会が決定し、株主総会で承認された額
② 退職慰労金の額は、次の算式による。
 退職時の報酬月額×役員在任年数×最終役位係数
 上記の役位係数は、会長3.0、社長4.0、副社長2.5等であり、役員及び報酬月額に変更がある場合には、役員在期中の最高額とする。役員在任年数には、S有限会社の役員勤続年数の2分の1を加算する。
③ 取締役会は、特に功績顕著と認められる役員に対しては、前記②の金額に50%を超えない範囲、また、創業役員に対しては100%を超えない範囲で加算することができる。
④ 退職慰労金の支給時期は、株主総会での承認又は株主総会直後の取締役会での決定後2月以内とする。ただし、経済の景況、会社の業績いかん等により、当該役員又はその遺族と協議の上、支給の時期、回数、方法について別に定めることができる。
 また、X会社は、甲に対し、本件分掌変更の直前までは月額87万円の役員報酬を支払い、同変更後は月額40万円支給している。
 なお、X会社は、平成22年6月3日、取締役会を開催し、本件退職慰労金を2億5000万円から2億2000万円に減額する旨の決議(以下「本件減額決議」という。)をした。
 かくして、本件退職慰労金の最終の算定根拠は、次の金額の合計額である。
 87万円(最終月額)×49年(勤続年数)×4(功績倍率)≒1億7000万円(退職金)
 1億7000万円×30%≒5000万円(功労加算金)

二、争点及び当事者の主張

1 争  点
(1)本件告知等の適法性
 本件第二金員の退職所得性(退職基因要件、労務対価要件及び一時金要件を満たしているか。)
(2)本件更正等の適法性  本件第二金員の損金性(退職給与該当性及び損金算入時期及び更正の理由附記の程度)
 なお、更正の理由附記については、以下省略する。

2 国の主張 (1)甲は、本件分掌変更によりX会社を退職しておらず、本件退職慰労金は、少なくとも形式的には退職基因要件を満たさないし、本件第二金員は、本件退職慰労金規程の定めに従って支払われたものではない。
(2)本件退職慰労金は、X会社と別法人であるS有限会社における役員在任期間を考慮して算定しているから、本件退職慰労金は、実質的にみて、労務対価要件を満たしていない。
(3)本件第二金員は、「平成20年8月以降(3年以内)」に支払われるものとされた金員であり、「一時」に一括で支払われることが予定されていなかった。
(4)法人が役員の退職の事実がないにもかかわらず当該役員に支給する役員退職給与については、法人税基本通達9-2-32にいう役員の分掌変更等の場合の退職給与に当たり、いわば特例的に損金算入が認められることになる。そして、同通達にいう「退職給与として支給した給与」とは、現実に支給した退職給与のことを指し、原則として、未払退職給与は含まない趣旨である。
(5)法人税基本通達9-2-28(以下「本件通達」という。)ただし書が設けられた趣旨については、① 期中に病気又は死亡等により役員が退職したため取締役会等で内定した退職給与を支払ったが、当該退職給与に関する株主総会の決議等が翌期になるという場合において、原則的な取扱いにより支払時の損金算入を認めないとすることは、当該退職給与の支払時に所得税の源泉徴収等がされていること等から、税務上は必ずしも実態に即していないと考えられること、② 株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ること等から、法人が役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものである。
 しかし、本件通達は、「退職した役員」(実際に退職した役員)に対する退職給与の額の損金算入時期を定めたものであり、分掌変更に際して支給される金員のように、特例的に退職給与として損金算入することが認められる場合にまで適用することを予定したものではない。本件においても、甲は、X会社を退職していないのであるから、本件通達が適用されないことは明らかである。

3 X1らの主張 (1)本件第二金員は、本件株主総会及び本件取締役会における支給決定に従い、本件退職慰労金の一部として支給されたものであり、本件第二金員が退職基因要件を満たしていることは明らかである。
(2)本件退職慰労金の算定基準となった役員在任年数には、S有限会社における役員勤続年数のうちの5年が加算されているが、X会社は、S有限会社の宇都宮支社の事業を引き継いで創業された会社であり、本件規程においても、S有限会社における勤続年数の合算に係る規定が現に置かれているので、役員に対する退職慰労金の算定に当たっては、S有限会社当時における功績をX会社に対する功績として勘案する必要がある。したがって、本件第二金員は、労務対価要件を満たしている。
(3)退職所得は、「退職により一時に受ける給与」と定義されていることからも明らかなとおり、「一時に」支払われれば足り、「一時に一括で」支払われる必要はない。
(4)法人税基本通達9-2-32を特例通達と解することは、租税法律主義に反するものである。
 そして、本件第二金員は、既に主張したとおり、退職所得としての要件をいずれも満たし、所得税法上の退職所得に該当するものであるから、法人税法上の退職所得に該当することも明らかである。
(5)本件通達ただし書は、中小企業の会計慣行を踏まえ、役員退職慰労金の支給時における損金経理を条件として、支給時の損金算入を認めたものであり、役員退職慰労金の支給が、退職と同視し得る職務分掌変更等に基因するものである場合においても同様である。さらに、本件会計処理は、法人税法22条4項に定める公正処理基準に従ったものである。

三、判決要旨

請求認容。
(1)甲は、本件分掌変更により、X会社の代表権を喪失し、非常勤となって、その役員報酬額も半額以下とされたのであるから、X会社を一旦退職したのと同視できる状況にあったということができる。そして、前記認定のとおり、X会社は、① 本件株主総会において、甲に対し、本件分掌変更に伴う退職慰労金を支給することとして、その支給金額等の詳細は取締役会が決定することを決議し、② 本件総会決議を受けた本件取締役会において、甲に対する退職慰労金を2億5000万円とし、これを分割支給すること等を決議して、③ 甲に対し、本件退職慰労金の一部として、平成19年8月31日に7500万円(本件第一金員)を、平成20年8月29日に1億2500万円(本件第二金員)を、それぞれ支給したのであり、これらの事実経緯に鑑みれば、本件第二金員は退職基因要件を満たしているというべきである。
 なお、X会社は、平成19年8月当時において、本件株主総会及び本件取締役会に係る議事録を作成していないが、X会社が同族会社であり、原則として株主総会等の議事録を作成していなかったことに鑑みれば、開催当時に作成した議事録が存在しないからといって、本件株主総会及び本件取締役会が開催されなかったということはできない(なお、X会社の株主が甲及びその親族の僅か4人であることに照らせば、甲が親族との食事会における話合いの結果をもって、X会社の株主総会としての決議としたことが特段不自然、不合理であるということはできず、株主全員による決議であることに照らせば、その有効性にも特段問題はない。)。
(2)X会社は、本件退職慰労金規程において、① 退任時の報酬月額、② 役員在任年数、③ 最終役位係数を基礎として、役員退職慰労金を算定する旨を定めているところ、本件退職慰労金が本件規程に基づいて算定されたものであることは、本件計算書の記載内容からも明らかである。そして、本件退職慰労金が、上述のとおり、X会社における役員在任期間等を勘案して算定されたものであることに鑑みれば、本件退職慰労金が本件役員に対する報酬の後払いとしての性質を有しているものと解することができるから、本件退職慰労金は、労務対価要件を満たしているというべきである。
 なお、本件退職慰労金の算定において、S有限会社における役員勤続年数が考慮されているからといって、X会社がS有限会社の事業の一部を引き継いでいること等からみて、本件退職慰労金の一部ないし全部について、労務対価要件が失われるものと解することはできない。
(3)退職を基因として支払われる金員が複数回にわたって分割支給されたからといって、そのことのみをもって、当該金員が一時金要件を満たさないということができないことは明らかである。なお、所得税基本通達201-3は、退職手当等の分割払等をする場合の源泉徴収税額の計算等について定めており、また、国税庁は、上記通達の内容をホームページにおいても公表している。
 X会社は、平成19年8月、本件退職慰労金を3年以内に支給する旨の本件取締役会決議をしており、同月及び平成20年8月に本件各金員が支払われた事実に照らしても、本件退職慰労金が年金の形式で定期的、継続的に支給されるものに当たらないことは明らかである。よって、本件第二金員は、一時金要件を満たしているというべきである。
(4)法人税法上、役員退職給与は、法人の所得の計算上、損金の額に算入することができるものとされているところ、その趣旨は、役員退職給与は、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部であって、報酬の後払いとしての性格を有することから、役員退職給与が適正な額の範囲で支払われるものである限り、定期的に支払われる給与と同様、経費として、法人の所得の金額の計算上損金に算入すべきものであることによるものと解される。そして、同法は、「退職給与」について、特段の定義規定は置いていないものの、同法34条1項が損金の額に算入しないこととする給与の対象から役員退職給与を除外している趣旨に鑑みれば、同項にいう退職給与とは、役員が会社その他の法人を退職したことによって初めて支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべきである。そして、役員の分掌変更又は改選による再任等がされた場合において、例えば、常勤取締役が経営上主要な地位を占めない非常勤取締役になるなど、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められるときは、上記分掌変更等の時に退職給与として支給される給与も、従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する限りにおいて、同項にいう「退職給与」に該当するものと解することができる。
 この点、甲は、本件分掌変更により、X会社の代表取締役を辞任して、非常勤取締役となっているところ、甲がX会社の代表権を失い、その給与も半額以下となっていることに照らせば、甲は実質的にX会社を退職したと同様の事情にあるということができる。
 以上によれば、本件第二金員は、法人税法上の「退職給与」に該当するというべきである。
(5)本件通達ただし書の趣旨は、① 事業年度の中途において、役員が病気や死亡等により退職したため、取締役会等で内定した退職給与の額を実際に支給するものの、当該退職給与に係る株主総会等の決議が翌事業年度に実施されるという場合において、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て相当ではなく、また、② 株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであり、このような場合においても、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとするのは、企業の実情に反することから、法人が、役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものであると解される。
 本件通達ただし書の趣旨は、上記のとおりであるところ、各証拠及び弁論の全趣旨によれば、① 企業においては、資金繰りの観点から、役員退職給与を複数年度にわたって分割支給することもあること、② 役員退職給与を分割支給する場合において、その額が確定した事業年度において全額を未払金に計上して損金経理するのではなく、本件通達ただし書に依拠して、分割支給をする都度、その金額を当該事業年度における退職給与として損金経理するという取扱い(以下、このような取扱いを「支給年度損金経理」という。)をしている中小企業も少なくないこと、③ 複数の文献が、本件通達ただし書に依拠して、役員退職給与を分割支給する場合に支給年度損金経理が可能である旨を紹介しており、多数の税理士や公認会計士が、自らのウェブサイトにおいて、同様の会計処理を紹介していることが認められる。この点、本件通達ただし書は、役員退職給与を分割支給する場合について直接言及したものではないものの、退職給与を複数年度にわたり分割支給した場合において、その都度、分割支給した金額を損金経理する方法についても、その適用を排除するものではないと解される。
 前述のとおり、X会社は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員をその支給日の属する平成20年8月期の損金に算入しているところ、本件通達について、役員が法人を完全に退職した場合につき、例外的に支給年度損金経理を認めたものであり、甲がX会社を退職していない本件事案において、本件通達ただし書に基づき支給年度損金経理をすることは許されないという趣旨の国の主張は認められない。
(6)X会社は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理を行っているところ、前記認定のとおり、支給年度損金経理は、企業が役員退職給与を分割支給した場合に採用することのある会計処理の一つであり、多数の税理士等が、本件通達ただし書を根拠として、支給年度損金経理を紹介しているのであって、本件通達ただし書が昭和55年の法人税基本通達の改正により設けられたものであり、これに依拠して支給年度損金経理を行うという会計処理は、相当期間にわたり、相当数の企業によって採用されていたものと推認できることをも併せ考えれば、支給年度損金経理は、役員退職給与を分割支給する場合における会計処理の一つの方法として確立した会計慣行であるということができる。
 そして、支給年度損金経理が公正妥当なものといえるかどうかについてみるに、上述のとおり、支給年度損金経理は、本件通達ただし書に依拠した会計処理であり、現実に退職給与が支給された場合において、当該支給金額を損金経理することにより、企業会計(税務会計)上、退職給与が支給された事実を明確にするというものにすぎず、当該事業年度における所得金額を不当に軽減するものではない。また、本件通達本文によれば、退職給与の額を確定した年度において、現実に当該退職給与を支給しない場合には、これを未払金として損金経理することになるところ、個人企業や同族会社が法人の相当数を占めているという我が国の現状を前提とした場合、実際に支給する予定のない退職金相当額を未払金として損金計上することにより、租税負担を軽減するおそれがあることも否定できないのであって、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理が、本件通達本文による会計処理との対比において、所得金額を不当に軽減するおそれのあるものであるということもできない。
 また、本件通達ただし書は、飽くまでも現実に支給した退職給与を損金経理した場合において、当該退職給与を損金に算入するという課税上の取扱い(税務会計)を許容したものにすぎず、いわゆる企業会計の在り方やその当否について規定したものではない。しかしながら、本件通達ただし書は、退職給与の額が確定した年度において、当該退職給与を損金経理せず、現実に退職給与を支給した年度において、当該支給額を損金経理するという会計処理を前提としていることは、その文言上、明らかである。そうである以上、本件通達ただし書は、そのような会計処理を行う企業があるという実態を前提として規定されたものであると解されるし、ある企業が、本件通達ただし書に基づく税務処理をしようとした場合には、税務会計の基底となる企業会計の段階において、支給年度損金経理をすることが前提となっているということもできる。
 もとより、法人税基本通達は、課税庁における法人税法の解釈基準や運用方針を明らかにするものであり、行政組織の内部において拘束力を持つものにすぎず、法令としての効力を有するものではない。しかしながら、租税行政が法人税基本通達に依拠して行われているという実情を勘案すれば、企業が、法人税基本通達をもしんしゃくして、企業における会計処理の方法を検討することは、それ自体至極自然なことであるということができる。さらに、金融商品取引法が適用されない中小企業においては、企業会計原則を初めとする会計基準よりも、法人税法上の計算処理(税務会計)に依拠して企業会計を行っている場合が多いという実態があるものと認められるところ、少なくともそのような中小企業との関係においては、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理は、一般に公正妥当な会計慣行の一つであるというべきである。
 以上検討したところによれば、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理は、法人税法22条4項に定める「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下「公正処理基準」という。)に従ったものということができる。

四、解説

はじめに
 本件は、同族会社の創業者である代表取締役が同職を辞し非常勤取締役になったこと(本件分掌変更)に起因して支給されることとなった本件退職慰労金の一部の後払いである本件第二金員が支払われた場合に、同金員が所得税法上の「退職所得」に当たるか、同金員が法人税法上の「退職給与」としての損金性を有するか、同金員が支払日基準によって平成20年8月期の損金の額に算入できるか、等が争われたものである。
 原告のX会社は、役員及び株主とも家族によって構成されている典型的な同族会社であるだけに、役員退職慰労金の支給額の決定手続や支払方法において、取扱い通達が予定しているような手続を適正に履践していないため、本件更正等及び本件告知等を受けることとなった。よって、上記各処分の取消しを求める本訴においては、本件第二金員の支給をめぐって、主として、その実質と形式のいずれを重視するかが争われることとなった。

1 所得税法上の「退職所得」の意義 (1)所得税法30条1項は、「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(〈略〉)に係る所得をいう。」と定めている。この退職所得の意義については、従業員の勤務年数を5年間で打ち切ることとし、5年ごとに退職金を支給し、その後本人の希望により同じ条件で勤務を継続することができる場合に、当該退職金が給与所得に当たるか退職所得に当たるかが争われた事案につき、最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民集37巻7号962頁)(注1)(以下「最高裁昭和58年9月判決」という。)は、次のとおり判示して、給与所得に当たる旨判断した。
 「ある金員が、右規定にいう『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」
 また、最高裁昭和58年12月6日第三小法廷判決(訟務月報30巻6号1065頁)(注2)も、上記判決と同様に判示し、10年ごとに打ち切り支給された退職金名義の金員を給与所得と判断している。
 かくして、本訴においても、本件第二金員が、「退職所得」に当たるか否かについて、①勤務関係の終了によって給付されたものか、②労務の対価の後払いの性質を有するか、及び③一時金として支払われたか、が審理されることになった。
(2)次に、所得税法30条1項にいう「これらの性質を有する給与」に該当するためには、前掲最高裁判決が判示するように、「形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とする」と解されるところ、所得税基本通達においても、完全に「勤務関係の終了」という事実がない場合にも、退職金等の名義で支給される金員について「退職所得」として取り扱うことにしている(所基通30-2、30-2の2、30-3、30-4、30-5参照)。
 その取扱いの中で、本件のような役員の分掌変更等に伴って支給される次のような給与については、「退職所得」として取り扱う旨定めている(所基通30-2(3))。
 「(3)役員の分掌変更等により、例えば、常勤役員が非常勤役員(常時勤務していない者であっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められるものを除く。)になったこと、分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね50%以上減少)したことなどで、その職務の内容又はその地位が激変した者に対し、当該分掌変更等の前における役員であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与」

2 法人税法上の「役員退職給与」の損金性 (1)法人税法34条1項は、役員に対して支給する給与については、同項が定める「定期同額給与」、「事前確定届出給与」及び「利益連動給与」以外は損金の額に算入しないこととしている。しかし、役員に対して支給する「退職給与」については、当該損金不算入給与から除いている(法法34①)ので、ある給与が「退職給与」と認められ、かつ、当該給与が「不相当に高額」(法法34②)でない限り、損金の額に算入されることになる。
 この場合、所得税法の場合と同様、「勤務関係の終了」等がない場合に支給される「退職金」名義の金員の「退職給与」該当性が問題となるが、法人税基本通達においても、当該金員の損金算入を認める範囲を明らかにしている(法基通9-2-30~9-2-39)。その中で、本件で問題になっている「役員の分掌変更等の場合の退職給与」の取扱いについて、次のとおり定めている(法基通9-2-32)。
 「9-2-32 法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。
 (1)常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。
 (2)取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号((使用人兼務役員とされない役員))に掲げる要件のすべてを満たしている者を除く。)になったこと。
 (3)分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。
 (注)本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。」
(2)この取扱い通達において留意すべきことは、注書において、「本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。」と定めていることである。この点について、国税庁の担当者は、次のように説明している(注3)。
 「退職給与は、本来「退職に因り」支給されるものであるが、本通達においては引き続き在職する場合の一種の特例として打ち切り支給を認めているものであり、あくまでも法人が分掌変更等により「実質的に退職したと同様の事情にあると認められる」役員に対して支給した臨時的な給与を退職給与として認める趣旨である。したがって、本通達の適用により退職給与とされるものは、法人が実際に支払ったものに限られ、未払金等に計上したものは含まれないこととなるのである。」
 しかし、同通達が、「原則として」として、既払であることに例外があり得ることを認めていることについて、同担当者は、次のように説明している(注4)。
 「ただし、退職給与という性格上、その法人の資金繰り等の理由による一時的な未払金等への計上までも排除することは適当ではないことから、「原則として」という文言が付されているものである(このような場合であっても、その未払いの期間が長期にわたったり、長期間の分割支払いとなっているような場合には本通達の適用がないことは当然であろう。)。」
 このような取扱い通達の考え方に照らすと、本件においては、本件退職慰労金のうち本件第一金員以外は確定した事業年度において未払金となったのであるが、その場合には、上記説明にいう「資金繰り等の理由」がどの範囲まで認められるかということと、次に述べる法人税法上の費用等の計上時期との関係が問題となる。

3 「役員退職給与」の損金計上時期 (1)本件退職慰労金は、会社法上の「報酬等」(同法361①)の一部として支払われる(注5)ものであるから、企業会計上「費用」(一般管理費等)として計上されるものである。また、法人税法上も、同法22条3項2号にいう「販売費、一般管理費その他の費用」に該当するものと解される。
 そうであれば、当該費用の損金算入時期(帰属事業年度)については、「当該事業年度終了の日までに債務の確定しないもの」(法法22③二)は除かれるので、「債務の確定」した事業年度に限ることになる。この場合の「債務の確定」とは、次に掲げる要件のすべてに該当するものと解されている(法基通2-2-12)(注6)。
① 当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立していること。
② 当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
③ 当該事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。
 この債務確定基準は、法人税法が特に認める場合を除き、引当金や見積り費用等の計上を認めない趣旨であると一般的に解されている(注7)。
(2)このような費用計上における債務確定基準の原則に対し、法人税基本通達9-2-28(本件通達)は、役員退職給与の損金算入時期について、次のように取り扱うとしている。
 「9-2-28 退職した役員に対する退職給与の額の損金算入の時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とする。ただし、法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める。」
 この取扱いの本文は、退職給与の額が確定した日の属する事業年度の損金の額に算入するということなので、債務確定基準に則っている。しかし、ただし書は、いわゆる現金基準を認めているところであり、結果的には、法人側に利益操作の余地を与えている。この点について、国税庁の担当者は、次のように説明している。(注8)。
 「しかしながら、例えば、社内的に役員退職給与規程等の内規を有する法人が、取締役会等の決議により当該規程等に基づいて退職給与を支払いこれを費用として計上しているような場合についてまで、原則的な取扱いにより支払時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て余りにも頑なであるといわざるを得ない。さらに、当該退職給与の支払時に所得税の源泉徴収又はみなし相続財産としての相続税課税がされているにもかかわらず、株主総会の決議等を経ていないということのみをもって、法人税法上、支払時の損金算入を認めないとすることについては、会社法上はともかくとして、税務上は必ずしも実態に即していないと考えられる。
 他方、株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであろう。このような場合においても、原則的な取扱いしか認めないとすれば、……実態として損金として認めてよいようなものであるときは、やや実情に反するというべきであろう。」

4 本件第二金員の「退職所得(退職給与)」性と損金算入時期 (1)本件においては、本件第二金員の支払いにつき、所得税に係る本件告知等の違法性と法人税に係る本件更正等の違法性が争われることとなったが、後者についての違法事由の一つである理由附記の程度(手続要件)についても争われたものの、実体要件において違法とされたので、本訴で審理されることはなかった。
 本件告知等の違法性については、本件第二金員が「退職所得」に当たるか否か。すなわち、最高裁昭和58年9月判決が示した3要件を充足しているか否かが審理された。その一つである「本件第二金員が勤務関係の終了によって給付されたもの」か否かについて、本判決は、本件の事実関係に照らし、甲は本件分掌変更によって、代表権を喪失し、非常勤となり、かつ、役員報酬額も半額以下とされたものであるから、X会社を一旦退職したのと同視できる状況にあった(勤務関係の終了)と認定し、本件株主総会の決議によって確定した本件退職慰労金の一部を後払いしたものと認められる旨判示した。
 この場合、分掌変更等に伴って支給された退職金名義の金員を「退職所得」として取り扱うことをあたかも所得税基本通達が特例として認めたものであり、特例であるが故に厳格に適用すべきである旨の解釈論があり、国側も他の取扱いを含めてそのことを一貫して主張している。しかし、それは、法律と通達の関係を誤解した主張にすぎない。
 けだし、所得税法30条1項は、「これらの性質を有する給与」も「退職所得」に当たると定めているところ、最高裁昭和58年9月判決は、同「給与」につき、「形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」と判示している。そして、この解釈に呼応し、所得税基本通達30-2等が、「退職所得」に当たる給与を例示しているものと解すべきであるから、殊更、恩典的特例と解すべきではない。そのことは、通達が法律の定める課税要件の例外(特例)を定めることは租税法律主義に反することからも首肯できる。
(2)また、本件退職慰労金の労務の対価性について、国側は、甲のS有限会社勤務の一部期間を算定の根拠にしていることが対価性に欠ける旨主張したが、本判決は、X会社がS有限会社の一部を引き継いで設立された経緯に鑑み、労務対価要件が失われるものではない旨判示している。これも、最高裁昭和58年9月判決の趣旨に則ったものと考えられる。また、本件第二金員も、本件退職慰労金の一部として支払われたものであるから、労務の対価性を有することになる。
 次に、本件第二金員が「一時金として支払われたこと」すなわち一時金要件を充足するか否かについては、退職金の年金支給との関係もあって解釈上問題が生じるものと考えられる。しかし、本判決は、本件退職慰労金が取締役会の決議により3年以内に支給する旨定められたことにより本件第二金員が支払われているものであるから、年金形式のような定期的、継続的に支給されたものではなく、一時金要件を満たしている旨判示している。これも、最高裁昭和58年9月判決が判示する「これらの性質を有する給与」の範囲内に納まるものと解したものであろう。
(3)次に、本件更正等の違法性については、本件第二金員が法人税法上の「役員給与」に該当するか否か、本件第二金員の損金算入時期如何にある。前者については、前述の「退職所得」該当性と共通するところがある。国は、役員の分掌変更等によって支払われる金員を特例的に「退職給与」と認めている法人税基本通達9-2-32は原則として未払金等を認めていないから、本件退職慰労金自体が「退職給与」に該当しない旨主張した。
 これに対し、本判決は、国の上記主張を排し、本件の事実関係に照らせば、甲が実質的にX会社を退職したと同様の事情があることを認定し、「本件第二金員が従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有していることも明らかである。」と判示した。
 このような「退職給与」該当性については、前掲(1)及び(2)で論じたことと同じことが言えると考えられる。
(4)次に、本件第二金員をそれを実際に支払った平成20年8月期の損金の額に算入することが認められるかが問題となる。法人税基本通達では、役員退職給与の損金算入時期について、本件通達のほか、同通達9-2-29が、退職給与を年金で支給する場合には、当該年金を支給した事業年度の損金の額に算入し、年金総額を未払金等に計上して損金経理をしても、当該処理を認めないとしている。また、国も、本件退職慰労金が「退職給与」性を有しないから、本件通達は適用できないとし、Xが平成19年8月期において本件退職慰労金の残額を残したのは実際に支給する予定がなかったものと認められる上、利益調整を意図したことが強くうかがえるから、当該損金算入は認められない旨主張していた。
 しかし、本判決は、「本件通達ただし書は、役員退職給与を分割支給する場合について直接言及したものではないものの、退職給与を複数年度にわたり分割支給した場合において、その都度、分割支給した金額を損金経理する方法についても、その適用を排除するものではないと解される。」と判示し、本件第二金員についても、当該ただし書の対象になり得ると判断した上で、いわゆる税務会計に依拠して会計処理を行っている中小企業に対しては、本件通達ただし書に依拠した本件のような支給年度損金経理は、公正処理基準に適うものである旨判示している。
 このような判断は、本判決の幾つかの判示事項の中でも最も注目すべきものであるが、役員退職慰労金の支給方法において資金繰り等に悩む中小企業にとって朗報であると言える。しかし、本件のような分割支給された本件第二金員について本件通達ただし書が適用し得るとしても、どの程度の分割支給であれば同ただし書が適用されるかについては、当該分割支給の実態に応じた判断が求められることになるものと考えられる。

5 本判決の意義と問題点  以上のように、本判決は、甲の役員分掌変更に伴って取締役会において決定された本件退職慰労金のうち、当該決定事業年度の翌事業年度において分割支給された本件第二金員につき、所得税法上の「退職所得」性を認めて本件告知等を違法として取り消し、かつ、法人税法上の「退職給与」性と損金算入時期の適合性を認めて本件更正等を違法として取り消したものである。
 本件のような分掌変更に伴う役員退職慰労金の「退職所得」性等については、いずれも、所得税基本通達及び法人税基本通達の取扱いに依拠しているだけに、本件退職慰労金の決定方法や本件第二金員の支給方法が当該取扱いと若干異なっているため、本件告知等及び本件更正等が行われることも首肯できないわけではない。
 しかしながら、本判決は、前述したように、当該取扱いの文言に拘泥することなく、いわば大局的判断から、本件退職慰労金が、所得税基本通達30-2(3)及び法人税基本通達9-2-32に定めるところに適合すると判断し、かつ、本件第二金員についても、本件退職慰労金の一部が支給されたものであり、当該金員の支給時期も本件通達ただし書に適合しているものと判断している。このような判断は、役員報酬等の決定手続が明確でなく、かつ、支給時期(損金算入時期)が資金繰り等によって左右され易い中小企業にとって朗報である。また、本判決が、取扱い通達の文言に拘泥することなく、大局的見地から、X会社の税務処理を適法と判断したのは評価できる。このことは、一つの先例としても、実務上参考になる。
 しかしながら、役員退職慰労金の「退職所得」性、「退職給与」性、損金算入時期等について、取扱い通達の文言に拘泥する必要がないにしても、どの範囲まで課税上容認されるべきかについては、実務上依然として問題を残すものと考えられる。特に、損金算入時期についての本件通達ただし書に定める「支払い日」基準については、中小企業にとって必要性が高い反面、不当な利益操作の手段となり得るため、どの程度(範囲)まで容認されるかは一律に言い難いところがあるので、今後一層の検討を要する。
(注1)本判決の評釈については、谷口勢津夫「別冊ジュリスト」No.120(平成4年)58頁等参照。
(注2)本判決の評釈については、西本靖宏「別冊ジュリストNo.207」(平成23年)72頁等参照。
(注3)大澤幸宏編著「法人税基本通達逐条解説 7訂版」(税務研究会 平成26年)803頁。
(注4)前出(注3)803頁。
(注5)味村治・品川芳宣「役員報酬の法律と実務〔改訂版〕」(商事法務研究会 昭和61年)29頁、119頁、最高裁昭和39年12月11日第二小法廷判決(民集18巻10号2143頁)等参照。
(注6)この通達の考え方は、裁判例(秋田地裁昭和61年5月23日判決・税資152号169頁、東京高裁平成4年3月26日判決・税資188号958頁等参照)においても支持されている。
(注7)前出(注3)216頁等参照。
(注8)前出(注3)799頁。

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