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解説記事2016年07月11日 【税制改正解説】 平成28年度における租税条約の改正について(2016年7月11日号・№650)

税制改正解説
平成28年度における租税条約の改正について
 井手亮太

第一 日本・インド租税条約の一部改正

はじめに
 我が国とインド共和国(以下「インド」という。)との間では、これまで平成元年(1989年)に締結(平成18年(2006年)に一部改正)された租税条約(以下「現行条約」という。)の下で二重課税の回避及び脱税の防止が図られてきた。緊密化する両国の経済関係を踏まえ、両国政府は、現行条約を改正するための交渉を開始することに合意し、平成27年(2015年)12月に「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とインド共和国政府との間の条約を改正する議定書」(以下、この議定書を「改正議定書」といい、改正議定書による改正後の条約を「改正後の条約」又は単に「条約」という。)についてニューデリーにおいて署名が行われた。
 改正議定書は、我が国及びインドにおいてそれぞれの国内手続(我が国においては国会の承認を得ることが必要(注))を経た後、その国内手続の完了を通知する外交上の公文の交換の日の翌日から30日目の日に効力を生ずることとなる。
 以下では、改正議定書による改正の主な内容について解説していくこととする。
(注)改正議定書は、第190回国会において承認された。

1 改正議定書第1条(条約第11条(利子)関連)
(1)利子に対する源泉地国免税(条約第11条3)
 条約第11条3においては、一方の締約国内において生ずる利子が当該一方の締約国(源泉地国)において免税となる機関である「政府の所有する金融機関」を「政府が全面的に所有する金融機関」に変更するとともに、免税となる利子につき、政府等によって保険の引受けが行われた債権に関して支払われた利子が追加されている。具体的には、以下のとおり規定されている。
① その利子の受益者が、他方の締約国の政府、その地方政府若しくは地方公共団体、その中央銀行又は他方の締約国の政府が全面的に所有する金融機関(以下「政府等」という。)である場合(本条3(a))
② その利子の受益者が他方の締約国の居住者であり、かつ、その利子が、政府等によって保証された債権、政府等によって保険の引受けが行われた債権又は政府等による間接融資に係る債権に関して支払われる場合(本条3(b))
(2)利子免税の対象となる機関(条約第11条4)  条約第11条4は、同条3に規定する「中央銀行」及び「政府が全面的に所有する機関」に該当するものを規定している。改正議定書では、インド側について、「インド総合保険公社」及び「ニューインディア保険会社」を追加している。また、日本側については、現行条約締結後の組織再編を反映して「日本輸出入銀行」、「海外経済協力基金」及び「国際協力事業団」を「株式会社国際協力銀行」及び「独立行政法人国際協力機構」に変更するとともに、新たに「独立行政法人日本貿易保険」を追加している。

2 改正議定書第2条(条約第26条(情報の交換)関連)
権限のある当局間の情報交換(条約第26条1)
 条約第26条1は、両締約国の権限のある当局は、条約の規定の実施又は両締約国若しくはそれらの地方政府若しくは地方公共団体が課す全ての種類の租税に関する両締約国の法令(その法令に基づく課税が条約の規定に反しない場合に限る。)の運用若しくは執行に関連する情報(文書及び文書の認証された謄本を含む。)を交換することを規定している。この情報の交換は、条約第1条(人的範囲)及び第2条(対象税目)の規定にかかわらず、両締約国の居住者でない者に関する情報や、条約の対象となる租税以外の租税に関する情報も対象となる。

3 改正議定書第3条(条約第26条のA(徴収共助)関連)
(1)租税の徴収における支援(条約第26条のA1)
 条約第26条のA1は、滞納租税債権一般について徴収共助が行われることを規定している。この徴収共助は、条約第1条(人的範囲)及び第2条(対象税目)の規定にかかわらず、両締約国の居住者でない者に関する滞納租税や、条約の対象となる租税以外の租税にも適用される。両締約国の権限のある当局は、徴収共助の実施方法を合意によって定めることを規定している。
(2)租税債権の範囲(条約第26条のA2)  条約第26条のA2は、同条の対象となる「租税債権」の範囲を規定している。「租税債権」とは、条約第2条(対象税目)に規定する条約の対象となる租税(我が国については、所得税、法人税、復興特別所得税、復興特別法人税及び地方法人税が、インドについては、所得税(加重税を含む。)が該当する。)及び次の①から③までに掲げる租税の額並びにその租税の額に関する利子、行政上の金銭罰(注1)及び徴収又は保全の費用(注2)をいう。
① 我が国については、消費税、相続税及び贈与税(条約第26条のA2(a))
② インドについては、資産税、物品税、サービス税、売上税及び付加価値税(条約第26条のA2(b))
③ その他の租税で両締約国の政府が合意するもの(条約第26条のA2(c))
(注1)「その租税の額に関する利子、行政上の金銭罰」とは、我が国においては、延滞税、利子税、過少申告加算税等の附帯税がこれに該当する。
(注2)「徴収又は保全の費用」とは、我が国においては、滞納処分費がこれに該当する。

第二 日本・ドイツ租税協定の全面改正

はじめに
 我が国とドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」という。)との間では、これまで昭和41年(1966年)に締結(昭和54年(1979年)及び昭和58年(1983年)に一部改正)された租税協定(以下「旧協定」という。)の下で二重課税の回避及び脱税の防止が図られてきた。旧協定は、効力が生じて以来50年が経過しており、現在の経済関係にそぐわない内容となっていたため、両国政府は、旧協定を改正するための交渉を開始することに合意し、平成23年(2011年)12月に政府間交渉を開始した。その結果、平成27年(2015年)12月に「所得に対する租税及びある種の他の租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とドイツ連邦共和国との間の協定」(以下「協定」という。)及び「議定書」について東京において署名が行われた。
 協定は、両国のそれぞれの国内手続(我が国においては、国会の承認を得ることが必要(注))を経た後、その国内手続が完了したことを相手国に通告することとされており、遅い方の通告が受領された日の翌日から30日目の日に効力を生ずることとなる。
 以下では、協定の主な内容について解説していくこととする。
(注)本協定は、第190回国会において承認された。

1 事業利得(第7条)
(1)「恒久的施設なければ課税なし」の原則及び「帰属主義」(本条1)
 本条1は、企業が事業活動によって取得する利得に対する課税に関して、二つの原則を規定している。
 一つはいわゆる「恒久的施設なければ課税なし」の原則で、一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて他方の締約国内において事業を行わない限り、一方の締約国においてのみ租税を課することができるとされている。
 もう一つはいわゆる「帰属主義」の原則で、一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて他方の締約国内において事業を行う場合には、本条2の規定によりその恒久的施設に帰せられる利得に対しては、他方の締約国において租税を課することができることとされている。
(2)恒久的施設に帰せられる利得の計算(本条2)  本条2は、本条及び第22条(二重課税の除去)の規定の適用上、各締約国において恒久的施設に帰せられる利得は、企業がその恒久的施設及びその企業の他の構成部分を通じて果たす機能、使用する資産及び引き受ける危険を考慮した上で、その恒久的施設が同一又は類似の条件で同一又は類似の活動を行う分離し、かつ、独立した企業であるとしたならば、特にその企業の他の構成部分との取引においても、その恒久的施設が取得したとみられる利得とすることを規定している。
 本条2の下では、①恒久的施設の果たす機能及び事実関係に基づいて、取引、資産、リスク及び資本を恒久的施設に帰属させるとともに、②恒久的施設とその企業の他の構成部分との取引(以下「内部取引」という。)を認識し、その内部取引が独立企業間価格で行われたものとして、恒久的施設に帰せられる利得を算定することとなる。
 なお、内部取引の認識は、あくまでも恒久的施設に帰せられる利得の算定のために認識されるものであって、協定の他の条に及ぶものではない。例えば、恒久的施設とその企業の他の構成部分との間の金銭貸借に基づく利子の支払を恒久的施設に帰せられる利得を算定するために認識するとしても、利子に対する課税関係を規定する第11条(利子)の適用に関しては、その支払は利子として認識されない。
(3)恒久的施設に帰せられる利得の対応的調整(本条3)  一方の締約国が、いずれかの締約国の企業の恒久的施設に帰せられる利得を本条2の規定により調整し、それに伴い、他方の締約国において租税を課されたその企業の利得に租税を課する場合には、双方の締約国が同一の利得について課税するという二重課税の状態が生ずることになる。本条3は、このような状況に対応するため、他方の締約国は、一方の締約国が行った調整について同意する場合には、その利得に対する二重課税を除去するために必要な範囲に限り、その利得に対して他方の締約国において課された租税の額について適当な調整(対応的調整)を行うことを規定している。なお、一方の締約国が行った調整について他方の締約国の権限のある当局が同意しない場合には、両締約国の権限のある当局は、合意によって、その場合に生ずる全ての二重課税を除去するよう努めることとされている。
(4)本条と他の条との関係(本条4)  本条4は、配当や利子など、他の条で別個に取り扱われる種類の所得が企業の利得に含まれている場合には、他の条の規定が優先的に適用されることを規定している。もっとも、第10条6(配当)、第11条3(利子)、第12条3(使用料)及び第20条2(その他の所得)は、これらの所得の支払の基因となった資産が、これらの所得が生ずる締約国内に所在する恒久的施設と実質的な関連を有する場合には、本条が適用されることを規定している。

2 配当(第10条)
(1)居住地国の課税(本条1)
 本条1は、一方の締約国の居住者である法人が他方の締約国の居住者に支払う配当に対しては、配当を受け取る者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)において課税することができることを規定している。
(2)源泉地国の課税(本条2及び3)  本条2は、配当を支払う法人が居住者とされる一方の締約国(源泉地国)においても課税することができることを規定するとともに、その配当の受益者が他方の締約国の居住者である場合に源泉地国において課税することができる税率の上限(限度税率)を規定している。
 具体的には、配当の受益者が、その配当の支払を受ける者が特定される日(いわゆる基準日)をその末日とする6か月の期間を通じて、その配当を支払う法人の議決権のある株式の10%以上を直接に所有する法人(組合を除く。)である場合には限度税率は5%(本条2(a))とされ、それ以外の場合には15%(本条2(b))とされている。
 さらに、本条3は、一定の場合に源泉地国の課税を免除することを規定している。
 具体的には、配当の受益者が、その配当の支払を受ける者が特定される日(いわゆる基準日)をその末日とする18か月の期間を通じ、その配当を支払う法人の議決権のある株式の25%以上を直接に所有する法人(組合を除く。)である場合には、その配当は源泉地国において免税とされる。
(3)「配当」の定義(本条5)  本条5は、「配当」の定義を規定している。協定の適用上、「配当」とは、株式、受益株式、鉱業株式、発起人株式その他利得の分配を受ける権利(信用に係る債権を除く。)から生ずる所得及びその分配を行う法人が居住者とされる締約国の租税に関する法令上株式から生ずる所得と同様に取り扱われる他の所得をいう。

3 利子(第11条)
(1)源泉地国免税(本条1)
 本条1は、一方の締約国において生じ、他方の締約国の居住者が受益者である利子に対しては、利子の受益者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)においてのみ課税できることを規定している。
(2)「利子」の定義(本条2)  本条2は、「利子」の定義を規定している。「利子」とは、担保の有無及び債務者の利得の分配を受ける権利の有無を問わず、全ての種類の信用に係る債権から生じた所得をいう。また、他の所得でその所得が生じた締約国の租税に関する法令上貸付金から生じた所得と同様に取り扱われるものも「利子」に該当するとされている。ただし、第10条(配当)に規定する「配当」に該当する所得及び支払の遅延に対して課される損害金は、本条の適用上「利子」には該当しないこととされている。

4 使用料(第12条)
(1)源泉地国免税(本条1)
 本条1は、一方の締約国において生じ、他方の締約国の居住者が受益者である使用料に対しては、使用料の受益者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)においてのみ課税できることを規定している。
(2)使用料の定義(本条2)  本条2は、「使用料」の定義を規定している。「使用料」とは、以下の対価として受領される全ての種類の支払金をいう。
① 文学上、芸術上又は学術上の著作物(映画フィルムを含む。)の著作権、特許権、商標権、意匠、模型、図面、秘密方式又は秘密工程の使用又は使用の権利
② 産業上、商業上又は学術上の経験に関する情報

5 特典を受ける権利(第21条)  本条1から7まではいわゆる特典制限規定(LOB:Limitation on Benefits)を、本条8はいわゆる主要目的テスト規定(PPT:Principal Purpose Test)を、本条9は国内法令上の濫用防止規定と協定との関係について規定している。

6 相互協議手続(第24条)
(1)納税者の申立て(本条1)
 本条1は、いずれか一方又は双方の締約国の措置により協定の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、その事案について、一方又は双方の締約国の法令上の救済手段(異議申立て、訴訟の提起など)とは別に、自己が居住者である締約国(第23条1(国民無差別)の規定の適用に関しては自己が国民である締約国)の権限のある当局に対して申立てをすることができることを規定している。ただし、その申立ては、その課税措置の最初の通知の日から3年以内にしなければならないこととされている。
(2)相互協議及び合意の実施(本条2)  本条2は、本条1の申立てを受けた権限のある当局は、その申立てを正当と認める場合であって、かつ、自らの措置のみでは満足すべき解決を与えることができない場合には、他方の締約国の権限のある当局との合意によってその事案を解決するよう努めなければならないことを規定している。権限のある当局間で合意が成立した場合には、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、その合意を実施しなければならないこととされている。
(3)協定の解釈又は適用に関する相互協議(本条3)  本条3は、両締約国の権限のある当局は、協定の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義についても合意によって解決するよう努めなければならないこと、及び、条約に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができることを規定している。
(4)権限のある当局の直接通信(本条4)  本条4は、本条2及び3の合意に達するため、両締約国の権限のある当局は、直接相互に通信すること(両締約国の権限のある当局及びその代表者により構成される合同委員会を通じて通信することを含む。)ができることを規定している。
(5)仲裁(本条5)  本条5は、協定の規定に適合しない課税を受けたとして申し立てられ相互協議の対象となった事案について、権限のある当局間で一定の期間内に事案の解決ができない場合における第三者による仲裁について、以下のとおり規定している。
① 両締約国の権限のある当局が、一方の締約国の権限のある当局から他方の締約国の権限のある当局に対し事案に関する協議の申立てをした日から2年以内に当該事案を解決するための合意に達することができない場合に、相互協議の申立てを行った者が仲裁手続に入ることを要請するときは、当該事案の未解決の事項は仲裁に付託される。ただし、当該未解決の事項についていずれかの締約国の裁判所又は行政審判所が既に拘束力のある決定を行った場合又は両締約国の権限のある当局が、当該未解決の事項が仲裁による解決に適しないことについて合意し、かつ、申立てを行った者に対してその旨を当該他方の締約国の権限のある当局に対する当該申立ての日から2年以内に通知した場合には、仲裁に付託されない。
② 仲裁決定は、事案によって直接影響を受ける者が、仲裁決定を実施する両締約国の権限のある当局の合意を受け入れない場合を除き、両締約国を拘束し、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施される。
③ 両締約国の権限のある当局は、この仲裁の手続の実施方法を合意によって定めることとされている。

7 情報の交換(第25条)  権限のある当局間の情報交換(本条1)
 本条1は、両締約国の権限のある当局は、協定の規定の実施又は両締約国、それらの州若しくはそれらの地方政府若しくは地方公共団体が課す全ての種類の租税に関する法令(その法令に基づく課税が協定の規定に反しない場合に限る。)の運用若しくは執行に関連する情報を交換することを規定している。また、この情報の交換は、第1条(対象となる者)及び第2条(対象となる租税)の規定にかかわらず、両締約国の居住者でない者に関する情報や、協定の対象となる租税以外の租税に関する情報も対象となることが規定されている。

8 租税の徴収における支援(第26条)
(1)租税の徴収における支援(本条1)
 本条1は、両締約国が、相手国において滞納された租税(租税債権)の徴収につき相互に支援すること(徴収共助)を規定している。徴収共助は、第1条(対象となる者)及び第2条(対象となる租税)の規定にかかわらず、両締約国の居住者でない者に関する滞納租税や、協定の対象となる租税以外の租税にも適用される。
(2)租税債権の範囲(本条2)  本条2は、本条の対象となる「租税債権」の範囲を規定している。「租税債権」とは、次の①及び②に掲げる租税の額並びにその租税の額に関する利子、行政上の金銭罰(注1)及び徴収又は保全の費用(注2)をいう。
① 我が国については、所得税、法人税、復興特別所得税、復興特別法人税、地方法人税、消費税、地方消費税、相続税及び贈与税(本条2(a))
② ドイツについては、所得税、法人所得税、連帯付加税、付加価値税、保険税、純資産税、相続税、贈与税、営業税及び不動産取得税(本条2(b))
③ その他の租税で両締約国の政府が外交上の公文の交換により合意するもの(本条2(c))
④ 上記①から③までに掲げる租税に加えて又はこれに代わってこの協定の署名の日(平成27年(2015年)12月17日)の後に課される租税であって、上記①から③までに掲げる租税と同一であるもの又は実質的に類似するもの(本条2(d))
(注1)「その租税の額に関する利子、行政上の金銭罰」とは、我が国においては、延滞税、利子税、過少申告加算税等の附帯税がこれに該当する。
(注2)「徴収又は保全の費用」とは、我が国においては、滞納処分費がこれに該当する。

第三 日本・チリ租税条約の締結

はじめに
 我が国とチリ共和国(以下「チリ」という。)との間には、これまで租税条約は存在しなかったが、緊密化する両国の経済関係を踏まえ、両国政府は、租税条約を締結するための交渉を開始することに合意し、平成27年(2015年)10月に正式交渉を開始した。その結果、平成28年(2016年)1月に「所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とチリ共和国との間の条約」(以下「条約」という。)及び「所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とチリ共和国との間の条約に関する議定書」(以下「議定書」という。)についてサンティアゴにおいて署名が行われた。
 条約は、両国のそれぞれの国内手続に従って承認され(我が国においては、国会の承認を得ることが必要(注))、その承認を通知する外交上の公文の交換を行った日に効力を生ずることとなる。
 以下では、条約の主な内容について解説していくこととする。
(注)本条約は、第190回国会において承認された。

1 配当(第10条)
(1)居住地国の課税(本条1)
 本条1は、一方の締約国の居住者である法人が他方の締約国の居住者に支払う配当に対しては、配当を受け取る者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)において課税することができることを規定している。
(2)源泉地国の課税(本条2及び3)  本条2は、配当を支払う法人が居住者とされる一方の締約国(源泉地国)においても課税することができることを規定するとともに、その配当の受益者が他方の締約国の居住者である場合に源泉地国において課税することができる税率の上限(限度税率)を規定している。
 具体的には、配当の受益者が、その配当の支払を受ける者が特定される日(いわゆる基準日)をその末日とする6か月の期間を通じて、その配当を支払う法人の議決権の25%以上を直接に所有する法人である場合には限度税率は5%(本条2(a))とされ、それ以外の場合には15%(本条2(b))とされている。
 また、本条2では、本条2の規定が、配当を支払う法人のその配当に充てられる利得に対する課税に影響を及ぼすものではないことも規定されている。
 さらに、本条3は、配当の受益者が他方の締約国の年金基金である場合に源泉地国の課税を免除することを規定している。ただし、その配当が、当該年金基金が事業を遂行することにより又は関連企業を通じて取得されたものである場合は、本条3を適用しないこととされている。
(3)チリにおいて納付される追加税の適用除外(本条4)  チリの国内法上、配当に対しては追加税が課されることとなっているが、本条4は、配当に対する源泉地国課税を制限することを定めた本条2及び3は、チリにおいて納付される追加税には適用しないことを規定している。したがって、チリにおいては、本条2又は3の規定にかかわらず、国内法の規定に従って追加税が課されることとなる。
 これは、チリの国内法が、法人に対する課税と株主が受け取る配当に対する課税が二重課税となることを調整するための方法として、いわゆるインピュテーション方式を採用していることに基因している。チリにおけるインピュテーション方式の下では、配当支払法人が支払った第一区分税(我が国の法人税に相当)の税額を、株主に分配されたものと見なして株主の課税ベースに一度含めた上で株主段階での追加税の税額を計算することとした上で、株主は、自身に分配されたものと見なされた第一区分税の額と同額を追加税の計算において税額控除することが認められている。したがって、追加税に対して限度税率を適用して源泉地国課税を制限すると、税額控除によって追加税の納付税額が僅少となる。このため、本条4を規定し、追加税の課税権が実質的に失われることを回避している。
 なお、現在のチリの国内法に基づき、我が国の居住者が実際に受け取る配当の額と実際にチリにおいて納付することとなる追加税の額とを用いて配当に対する実質的な税率を算出すると、約10%となる。
(注)本条4の規定は、追加税の税率が過度に高率でないこと及び追加税の額の計算に当たって第一区分税の額の全額を税額控除できることが前提となっている。これらの前提が失われた場合は本条4の規定を維持する必要性や妥当性を欠くこととなるため、議定書5では、チリの法令に基づいて課される追加税の税率が35%を超える場合、又は納付すべき追加税の額を決定するに当たり、第一区分税の全額を控除することができなくなる場合には、本条4の規定を適用せず、本条2の規定に基づいて課される租税について両締約国において20%の限度税率が適用されることを規定している。加えて、上記の場合又はチリが他国との条約においてチリにおいて納付される追加税の適用を制限することに合意する場合、両締約国は、特典の均衡を回復するために条約を改正することを目的として協議することが規定されている。
(4)「配当」の定義(本条5)  本条5は、「配当」の定義を規定している。条約の適用上、「配当」とは、株式その他利得の分配を受ける権利(信用に係る債権を除く。)から生ずる所得及びその他の権利から生ずる所得であってその分配を行う法人の居住地国の租税に関する法令上株式から生ずる所得と同様に取り扱われる所得をいう。

2 利子(第11条)
(1)居住地国の課税(本条1)
 本条1は、一方の締約国内において生じ、他方の締約国の居住者に支払われる利子に対しては、利子を受け取る者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)において課税することができることを規定している。
(2)源泉地国の課税(本条2及び3)  本条2は、利子が生じた一方の締約国(源泉地国)においても課税することができることを規定し、その利子の受益者が他方の締約国の居住者である場合に源泉地国が課税することができる税率の上限(限度税率)を規定している。
 具体的には、利子の受益者が、以下の①から⑤までのいずれかに該当する場合には限度税率は4%(本条2(a))とされ、それ以外の場合には、本条2の規定が適用されることとなる日から2年の期間については15%(本条3)、それ以降の期間については10%(本条2(b))とされている。
① 銀行
② 保険会社
③ 関連しない者との取引に係る貸金業又は金融業を継続して営むことによって実質的に総所得を取得する企業(当該利子を支払う者と関連しないものに限る。また、ここでいう「貸金業又は金融業」には、信用状の発行、保証の提供及びクレジット・カードのサービスの提供に関する事業を含む。)
④ 機械又は設備を販売した企業(信用供与による当該機械又は設備の販売の一環として生じた債権に関して当該利子が支払われる場合に限る。)
⑤ 上記①から④までに掲げるもの以外の企業で、当該利子の支払が行われる課税年度の直前の3課税年度において、その負債の50%を超える部分が金融市場において発行された債券又は有利子預金から成り、かつ、その資産の50%を超える部分が当該企業と関連しない者に対する信用に係る債権から成る企業
 上記規定の適用上、企業は、ある者と第9条1(a)又は(b)(関連企業)に規定する関係を有しない場合には、その者と関連しないものとされる。
(注)議定書7は、チリが他国との間で、利子に対する源泉地国での課税を我が国との間よりも更に制限する内容の条約を締結した場合は、我が国からの要請に基づき、そのような制限を我が国との間でも適用することができるよう条約を改正することを目的として協議することを規定している。
(3)バックトゥバック融資の取扱い(本条4)  条約においては、受益者が本条2(a)に規定する一定の者である場合、そうでない場合よりも有利な限度税率が適用されることとなる。そのため、本来であれば本条2(b)が適用されるべき者が受益者である融資取引を、本条2(a)が適用される一定の者を介在させるバックトゥバック融資とすることにより、利子の源泉地国での課税を軽減させるおそれが生ずることとなる。
 本条4は、このようなバックトゥバック融資に関する取決めを利用することにより、利子の源泉地国で有利な限度税率の適用を受けることを阻止することを意図している。具体的には、バックトゥバック融資の一環として金融機関が受け取る利子については、有利な限度税率を適用せず、その総額の10%を限度として課税することができるとしている。
(注)議定書6では、本条に規定する「バックトゥバック融資に関する取決め」とは、特に、一方の締約国の居住者である金融機関が他方の締約国内において生じた利子を受領し、かつ、当該金融機関が当該利子と同等の利子を他の者(当該他方の締約国内から直接に利子を受領するとしたならば当該利子について当該他方の締約国において本条2(a)に規定する限度税率の適用を受けることができなかったとみられるものに限る。)に支払うように組成される全ての種類の取決めをいうことを規定している。
(4)「利子」の定義(本条5)  本条5は、「利子」の定義を規定している。「利子」とは、担保の有無を問わず、全ての種類の信用に係る債権から生じた所得、特に、公債、債券又は社債から生じた所得(公債、債券又は社債の割増金を含む。)をいう。また、他の所得でその所得が生じた締約国の租税に関する法令上貸付金から生じた所得と同様に取り扱われるものも「利子」に該当するとされている。
(5)利子の源泉地の定め(本条7)  本条7は、利子の源泉地を規定している。具体的には、利子の支払者が一方の締約国の居住者である場合には、その利子は、当該一方の締約国内で生じたものとされる。ただし、利子の支払の基因となった債務が、その利子の支払者(いずれかの締約国の居住者であるか否かを問わない。)が一方の締約国内に有する恒久的施設又は固定的施設について生じ、かつ、その恒久的施設又は固定的施設によって負担されるものであるときは、その利子は、当該一方の締約国内で生じたものとされる。

3 使用料(第12条)
(1)居住地国の課税(本条1)
 本条1は、一方の締約国内において生じ、他方の締約国の居住者に支払われる使用料に対しては、使用料を受け取る者が居住者とされる他方の締約国(居住地国)において課税することができることを規定している。
(2)源泉地国の課税(本条2)  本条2は、使用料が生じた一方の締約国(源泉地国)においても課税することができることを規定し、その使用料の受益者が他方の締約国の居住者である場合に源泉地国が課税することができる税率の上限(限度税率)について、産業上、商業上又は学術上の設備の使用又は使用の権利に対する使用料の場合は2%(本条2(a))とされ、それ以外の場合には10%(本条2(b))とされている。
(注)議定書7は、チリが他国との間で、使用料に対する源泉地国での課税を我が国との間よりも更に制限する内容の条約を締結した場合は、我が国からの要請に基づき、そのような制限を我が国との間でも適用することができるよう条約を改正することを目的として協議することを規定している。
(3)「使用料」の定義(本条3)  本条3は、「使用料」の定義を規定している。「使用料」とは、以下の対価として受領される全ての種類の支払金をいう。
① 文学上、芸術上又は学術上の著作物(映画フィルム又はフィルム、テープその他画像若しくは音の再生の手段を含む。)の著作権、特許権、商標権、意匠、模型、図面、秘密方式又は秘密工程その他これらに類する無体財産権の使用又は使用の権利
② 産業上、商業上又は学術上の設備の使用又は使用の権利
③ 産業上、商業上又は学術上の経験に関する情報
(4)使用料の源泉地の定め(本条5)  本条5は、使用料の源泉地を規定している。具体的には、使用料の支払者が一方の締約国の居住者である場合には、その使用料は、当該一方の締約国内で生じたものとされる。ただし、使用料を支払う債務が、その使用料の支払者(いずれかの締約国の居住者であるか否かを問わない。)が一方の締約国内に有する恒久的施設又は固定的施設について生じ、かつ、その恒久的施設又は固定的施設によって負担されるものであるときは、その使用料は、当該一方の締約国内で生じたものとされる。

4 減免の制限(第22条)
 主要目的テスト規定(本条1)
 本条1は、いわゆる主要目的テスト規定(PPT:Principal Purpose Test)を規定している。具体的には、条約の他の規定にかかわらず、全ての関連する事実及び状況を考慮して、条約の特典を受けることが、その特典を直接又は間接に得ることとなる仕組み又は取引の主たる目的の一つであったと判断することが妥当である場合には、その所得については、特典を与えられないこととしている(特典を与えることがこの条約の関連する規定の目的に適合することが立証されるときを除く。)。

5 相互協議手続(第25条)
(1)納税者の申立て(本条1)
 本条1は、いずれか一方又は双方の締約国の措置により条約の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、その事案について、一方又は双方の締約国の法令上の救済手段(異議申立て、訴訟の提起など)とは別に、自己が居住者である締約国(第24条1(国民無差別)の規定の適用に関しては自己が国民である締約国)の権限のある当局に対して申立てをすることができることを規定している。ただし、その申立ては、その課税措置の最初の通知の日から3年以内にしなければならないこととされている。
(2)相互協議及び合意の実施(本条2)  本条2は、本条1の申立てを受けた権限のある当局は、その申立てを正当と認める場合であって、かつ、自らの措置のみでは満足すべき解決を与えることができない場合には、他方の締約国の権限のある当局との合意によってその事案を解決するよう努めなければならないことを規定している。権限のある当局間で合意が成立した場合には、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、その合意を実施しなければならないこととされている。
(3)条約の解釈又は適用に関する相互協議(本条3)  本条3は、両締約国の権限のある当局は、条約の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義についても合意によって解決するよう努めなければならないこと、及び、条約に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができることを規定している。
(注)議定書8は、本条3に規定する「この条約の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義」には、条約の目的が国際的な二重課税を回避することであることを考慮して、特典の付与に関し、予定されていない又は意図されていない方法で条約の規定が利用される事案を含むことを確認している。
(4)権限のある当局の直接通信(本条4)  本条4は、本条2及び3の合意に達するため、両締約国の権限のある当局は、直接相互に通信すること(両締約国の権限のある当局又はその代表者により構成される合同委員会を通じて通信することを含む。)ができることを規定している。
(5)仲裁(本条5)  本条5は、条約の規定に適合しない課税を受けたとして申し立てられ相互協議の対象となった事案について、権限のある当局間で一定の期間内に事案の解決ができない場合における第三者による仲裁について、以下のとおり規定している。
① 両締約国の権限のある当局が、一方の締約国の権限のある当局から他方の締約国の権限のある当局に対し事案に関する協議の申立てをした日から2年以内に当該事案を解決するための合意に達することができない場合に、相互協議の申立てを行った者が仲裁手続に入ることを要請し、かつ両締約国の権限のある当局が合意するときは、当該事案の未解決の事項は仲裁に付託される。ただし、未解決の事項についていずれかの締約国の裁判所又は行政審判所が既に決定を行った場合には、仲裁に付託されない。
② 仲裁決定は、事案によって直接影響を受ける者が、仲裁決定を実施する両締約国の権限のある当局の合意を受け入れない場合を除き、両締約国を拘束し、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施される。
③ 両締約国の権限のある当局は、この仲裁の手続の実施方法を合意によって定めることとされている。

6 情報の交換(第26条)
 権限のある当局間の情報交換(本条1)
 本条1は、両締約国の権限のある当局が、条約の規定の実施又は両締約国若しくはそれらの地方政府若しくは地方公共団体が課す全ての種類の租税に関する法令(その法令に基づく課税が条約の規定に反しない場合に限る。)の運用若しくは執行に関連する情報を交換することを規定している。また、この情報の交換は、第1条(対象となる者)及び第2条(対象となる租税)の規定にかかわらず、両締約国の居住者でない者に関する情報や、条約の対象となる租税以外の租税に関する情報も対象となることが規定されている。

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