解説記事2016年09月05日 【ニュース特集】 所得税の源泉徴収義務を巡る最近の訴訟トラブル(2016年9月5日号・№657)
ニュース特集
非居住者に対する源泉義務が争われた税務訴訟は企業側敗訴
所得税の源泉徴収義務を巡る最近の訴訟トラブル
報酬や給与などの特定の所得を支払う際に発生する所得税の源泉徴収義務をめぐり、「税務署と源泉徴収義務者」、「源泉徴収義務者と受給者(源泉税の負担者)」との間で生じたトラブルが裁判にまで発展するケースが後を絶たない。本特集では、源泉税が問題となった裁判事例で、ここ最近判決が下された2つの事例に関する裁判所の判断内容などをお伝えする。1つは、不動産会社である企業(源泉徴収義務者)が不動産を購入する際に、売主(受給者)が源泉徴収の対象となる非居住者であるか否かを確認する義務を怠った企業側が敗訴したもの。もう1つは、税務署から源泉税の納税告知処分を受けた企業側が源泉税を納付する前に受給者に対し不当利得返還請求を提起し支払いを求めたが、企業側が敗訴したものだ。
不動産購入に関する源泉徴収義務、非居住者か否かの確認義務が問題に
非居住者から国内にある土地等を購入した者は、その土地等の譲渡対価を支払う際に所得税(復興特別所得税を含む)を源泉徴収しなければならない(所法161、212①等)。
最初に紹介する事例は、不動産会社である原告企業が売主から国内の不動産を購入する際に、その支払い対価から源泉徴収を行う必要があったか否かという点である。
原告企業は、売主から国内の不動産を購入する際に、建物における売主の生活ぶりや売買契約書締結の際に確認した住民票等から売主を日本国内の居住者であると判断し、譲渡対価を支払う際に源泉徴収をしていなかった。これに対し税務署は、売主に関する税務調査(近隣居住の親族への質問検査や法務省入国管理局及びIRS(米国内国歳入庁)に対する照会など)の結果、売主は非居住者であると判断し、原告企業に対し納税告知処分を行った(なお、原告企業に対し不納付加算税は賦課されていない)。
この処分を不服とする原告企業は、相手方(売主)が非居住者か否かを確認すべき注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には源泉徴収義務を負わないというべきであると指摘。この点を踏まえ原告企業は、売主の住民票等により売主の住所が本件建物所在地であることを確認していることなどから、原告企業は通常行うべき注意義務を尽くしたにもかかわらず売主が非居住者であることを確認できなかったと指摘したうえで、原告企業は源泉徴収義務を負わないと主張した。
地裁、米国の家族関係や資産状況等を具体的に質問し確認すべきと指摘
これに対し裁判所は、売主の住所は本件建物の住所地であると原告企業の担当者が考えたこと自体は至極自然なことであったと指摘する一方で、①売主が売却交渉開始後に約1か月にわたり渡米し、原告企業の担当者はこれを認識していたこと、②売主が担当者に対し以前米国で生活していた旨を説明したことを踏まえれば、例えば売主が米国と日本を行き来するなどしている可能性をも踏まえ売主が非居住者であったか否かを検討する必要があったと判断した。
さらに、裁判所は、③売主が譲渡代金を26口に分割して米国口座に振込送金することを依頼したこと、④売主が手渡したメモに記載された米国口座の名義人の名前にダブルネーム(複合姓)が記載されていたこと、⑤原告企業の担当者は売主の住所として米国内の住所を送金依頼書に記入していたことを指摘。これらの点を踏まえ裁判所は、原告企業の担当者は売主が非居住者である可能性をも踏まえて売主に対しその具体的な生活状況等(出入国の有無・頻度、米国における滞在期間、米国における家族関係や資産状況等などの客観的な事情)に関する質問をするなどして売主が非居住者であるか否かを確認すべき義務を負っていたと判断した。
そのうえで裁判所は、原告企業が売主の住民票等の公的な書類を確認したからといって、そのことのみをもって注意義務を尽くしたということはできないと指摘し、税務署の納税告知処分を適法と結論付けた(平成28年5月19日判決・控訴あり)。
税務署が納税告知処分、受給者に対する不当利得返還請求が問題に
次に紹介する事例は、税務署から源泉税の納税告知を受けた原告企業が受給者である被告(中小企業診断士である)に対し、不当利得返還請求権に基づき源泉税相当額の支払いを請求していた事件である。
本件の発端は、被告が本件業務(海外でのビジネスコース運営等)に従事した対価等として、原告企業がA社(被告が代表者)名義の口座に送金した金員について、税務署が源泉税の納税告知処分を行ったことに始まる。この処分を受けた原告企業は、源泉税の任意納付を行わない一方で(なお税務署から源泉税の強制徴収を受けていない)、被告に対し不当利得返還請求権に基づく源泉税相当額の支払いを求める訴訟を提起した。
裁判所は、まず、源泉徴収義務がある「弁護士……その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬」(所法204①二)には、企業診断員の業務に関する報酬が含まれ(所令320②)、企業診断員には中小企業診断士の登録等規則により登録された中小企業診断士が含まれると指摘。被告は中小企業診断士であり、その専門性を生かして海外業務に従事したことが認められることからすれば、被告は所得税法204条1項2号所定の業務として本件業務に従事し、原告企業からその報酬として金員の支払いを受けたというべきであることから、同法204条1項2号により源泉徴収の対象になると判断した。
次に、不当利得返還請求に関し裁判所は、源泉税は本来は徴収義務者である原告企業が被告から源泉徴収して納付することが予定されているものであること、不当利得返還請求権を発生させる法律要件である利得と損失はいずれも現実に発生していることを要するものであることからすれば、原告企業が源泉税を現実に任意納付又は強制徴収されていたのであれば被告に利得が生じ、原告企業に損失が生じたものと認めることができると指摘。現時点では納税告知に関する源泉税を原告企業は任意納付しておらず、税務署から源泉税の強制徴収を受けていないため、いまだ原告企業に発生した損失はなく、これに対応する被告の利得も発生していないと指摘し、不当利得返還請求に関する原告企業の主張を斥けた(平成28年5月31日判決・控訴あり)。
非居住者に対する源泉義務が争われた税務訴訟は企業側敗訴
所得税の源泉徴収義務を巡る最近の訴訟トラブル
報酬や給与などの特定の所得を支払う際に発生する所得税の源泉徴収義務をめぐり、「税務署と源泉徴収義務者」、「源泉徴収義務者と受給者(源泉税の負担者)」との間で生じたトラブルが裁判にまで発展するケースが後を絶たない。本特集では、源泉税が問題となった裁判事例で、ここ最近判決が下された2つの事例に関する裁判所の判断内容などをお伝えする。1つは、不動産会社である企業(源泉徴収義務者)が不動産を購入する際に、売主(受給者)が源泉徴収の対象となる非居住者であるか否かを確認する義務を怠った企業側が敗訴したもの。もう1つは、税務署から源泉税の納税告知処分を受けた企業側が源泉税を納付する前に受給者に対し不当利得返還請求を提起し支払いを求めたが、企業側が敗訴したものだ。
不動産購入に関する源泉徴収義務、非居住者か否かの確認義務が問題に
非居住者から国内にある土地等を購入した者は、その土地等の譲渡対価を支払う際に所得税(復興特別所得税を含む)を源泉徴収しなければならない(所法161、212①等)。
最初に紹介する事例は、不動産会社である原告企業が売主から国内の不動産を購入する際に、その支払い対価から源泉徴収を行う必要があったか否かという点である。
原告企業は、売主から国内の不動産を購入する際に、建物における売主の生活ぶりや売買契約書締結の際に確認した住民票等から売主を日本国内の居住者であると判断し、譲渡対価を支払う際に源泉徴収をしていなかった。これに対し税務署は、売主に関する税務調査(近隣居住の親族への質問検査や法務省入国管理局及びIRS(米国内国歳入庁)に対する照会など)の結果、売主は非居住者であると判断し、原告企業に対し納税告知処分を行った(なお、原告企業に対し不納付加算税は賦課されていない)。
この処分を不服とする原告企業は、相手方(売主)が非居住者か否かを確認すべき注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には源泉徴収義務を負わないというべきであると指摘。この点を踏まえ原告企業は、売主の住民票等により売主の住所が本件建物所在地であることを確認していることなどから、原告企業は通常行うべき注意義務を尽くしたにもかかわらず売主が非居住者であることを確認できなかったと指摘したうえで、原告企業は源泉徴収義務を負わないと主張した。
▶売主は米国人男性と結婚し米国に居住、入国時(年数回)のみ国内建物で生活 |
原告企業に土地等を譲渡した売主は、昭和27年に米国に留学後に米国人男性と結婚し2人の子をもうけ、米国の社会保障番号及び米国籍を取得。売主は、日本国籍喪失の届出を行っていなかったことから日本国内の住所が住民票上の住所地とされていたものの(平成23年3月に職権により消除)、米国住居で生活していた。また、売主は、相続により取得した日本国内の土地上に本件建物を新築したうえでその土地の一部を駐車場として経営し、その管理事務を行うために年1回から4回程度日本に入国し本件建物で1人生活していた(滞在期間は1年の半分を満たさず)。 |
地裁、米国の家族関係や資産状況等を具体的に質問し確認すべきと指摘
これに対し裁判所は、売主の住所は本件建物の住所地であると原告企業の担当者が考えたこと自体は至極自然なことであったと指摘する一方で、①売主が売却交渉開始後に約1か月にわたり渡米し、原告企業の担当者はこれを認識していたこと、②売主が担当者に対し以前米国で生活していた旨を説明したことを踏まえれば、例えば売主が米国と日本を行き来するなどしている可能性をも踏まえ売主が非居住者であったか否かを検討する必要があったと判断した。
さらに、裁判所は、③売主が譲渡代金を26口に分割して米国口座に振込送金することを依頼したこと、④売主が手渡したメモに記載された米国口座の名義人の名前にダブルネーム(複合姓)が記載されていたこと、⑤原告企業の担当者は売主の住所として米国内の住所を送金依頼書に記入していたことを指摘。これらの点を踏まえ裁判所は、原告企業の担当者は売主が非居住者である可能性をも踏まえて売主に対しその具体的な生活状況等(出入国の有無・頻度、米国における滞在期間、米国における家族関係や資産状況等などの客観的な事情)に関する質問をするなどして売主が非居住者であるか否かを確認すべき義務を負っていたと判断した。
そのうえで裁判所は、原告企業が売主の住民票等の公的な書類を確認したからといって、そのことのみをもって注意義務を尽くしたということはできないと指摘し、税務署の納税告知処分を適法と結論付けた(平成28年5月19日判決・控訴あり)。
▶生活の本拠を米国住居と認定、売主は所得税法上の「非居住者」と判断 |
最初に紹介した税務訴訟では、売主が所得税法上の非居住者に該当するか否かも争点の1つとなっていた。この点に関し裁判所は、①米国で米国籍及び社会保障番号を取得し、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国していること、②平成10年以降多くて年4回日本に入国しているものの、その滞在期間は1年の半分にも満たないこと、③平成12年11月に米国住居を購入し、平成13年以降は同住居で長男と同居して生活していたことに鑑みれば、譲渡日(平成20年3月)における売主の生活の本拠は米国住居であったと認定。また、譲渡日において日本国内に1年以上居所を有していなかったと認定したうえで、売主は所得税法上の「非居住者」であると判断した。 |
税務署が納税告知処分、受給者に対する不当利得返還請求が問題に
次に紹介する事例は、税務署から源泉税の納税告知を受けた原告企業が受給者である被告(中小企業診断士である)に対し、不当利得返還請求権に基づき源泉税相当額の支払いを請求していた事件である。
本件の発端は、被告が本件業務(海外でのビジネスコース運営等)に従事した対価等として、原告企業がA社(被告が代表者)名義の口座に送金した金員について、税務署が源泉税の納税告知処分を行ったことに始まる。この処分を受けた原告企業は、源泉税の任意納付を行わない一方で(なお税務署から源泉税の強制徴収を受けていない)、被告に対し不当利得返還請求権に基づく源泉税相当額の支払いを求める訴訟を提起した。
裁判所は、まず、源泉徴収義務がある「弁護士……その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬」(所法204①二)には、企業診断員の業務に関する報酬が含まれ(所令320②)、企業診断員には中小企業診断士の登録等規則により登録された中小企業診断士が含まれると指摘。被告は中小企業診断士であり、その専門性を生かして海外業務に従事したことが認められることからすれば、被告は所得税法204条1項2号所定の業務として本件業務に従事し、原告企業からその報酬として金員の支払いを受けたというべきであることから、同法204条1項2号により源泉徴収の対象になると判断した。
次に、不当利得返還請求に関し裁判所は、源泉税は本来は徴収義務者である原告企業が被告から源泉徴収して納付することが予定されているものであること、不当利得返還請求権を発生させる法律要件である利得と損失はいずれも現実に発生していることを要するものであることからすれば、原告企業が源泉税を現実に任意納付又は強制徴収されていたのであれば被告に利得が生じ、原告企業に損失が生じたものと認めることができると指摘。現時点では納税告知に関する源泉税を原告企業は任意納付しておらず、税務署から源泉税の強制徴収を受けていないため、いまだ原告企業に発生した損失はなく、これに対応する被告の利得も発生していないと指摘し、不当利得返還請求に関する原告企業の主張を斥けた(平成28年5月31日判決・控訴あり)。
▶納付前の源泉税不足分、不当利得返還請求が認められた裁判事例も |
2番目に紹介した裁判事例では、原告企業が源泉税を納付する前に行った受給者に対する不当利得返還請求が棄却される結果となったが、今回の裁判事例とは反対に源泉税を納付する前の不当利得返還請求が認められた裁判事例も存在する。 具体的にみると、この裁判事例で企業(原告)は、退職金の源泉税不足分を税務署に納付する前に、退職者(被告)に対し不当利得返還請求に基づく支払を請求していた。これに対し裁判所は、所得税法183条1項において給与の支払者はその支払いの際にその給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに国に納付しなければならない旨が規定されている点を指摘。この点を踏まえ裁判所は、企業は退職者に対し源泉税分として預かり置くべき金額を含めた金額を退職者に振り込んでいるため、同過誤払金は不当利得金として企業が退職者に対し返還請求できると解されるとしたうえで、企業による不当利得返還請求を認める判断を示した(東京地裁平成27年11月24日判決)。 |
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