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解説記事2017年01月23日 【新春インタビュー】 借用概念を巡る学説を検証する─第1回(2017年1月23日号・№675)

新春インタビュー
ヤフー・IBM事件や収益計上基準で弊害浮き彫り、納税者に実害も
借用概念を巡る学説を検証する─第1回

 「借用概念」という言葉は税法を学んだことのある者なら一度は耳にしたことがあるはずだが、昨年、IBM事件(2016年2月18日上告不受理決定)、ヤフー・IDCF事件(同年2月29日上告棄却)が相次いで確定し、また、企業会計基準委員会(ASBJ)が新たな収益認識基準の検討を進める中、我が国に存在する借用概念を巡る学説の弊害が浮き彫りになっている。
 現在の日本の学説では、借用概念を「原則として私法におけると同義に解すべきとする考え方」と捉える“統一説”が通説となっているが、これによると、税法の創設や改正の趣旨・目的と相容れない解釈が導き出されることになりかねない。実はIBM判決により法人税法132条の解釈が納税者にとって非常に厳しいものとなってしまった原因もこの通説にある。
 この問題は、近年、法人税法のみならず会社法や企業会計においても改正が続く中、既にかつてのトライアングル体制が崩壊しつつある法人税法と商法・会社法及び企業会計との関係をどのように考えればよいのかという長年の議論にも深く関係する。
 本稿では、財務省主税局において、平成12年のデリバティブ取引等の金融取引に係る法人税制の抜本改正、平成13年の組織再編成税制の創設、平成14年の連結納税制度の創設など、近年の法人税制改正の基礎となる改正を主導する中で、商法・会社法や会計基準を所管する当局との調整を幾度となく経験するとともに、ヤフー・IDCF事件でも国側で鑑定意見書を執筆された日本税制研究所代表理事で税理士の朝長英樹氏に、我が国の借用概念を巡る学説について意見を聞いた。
※全3回でお伝えします。

Ⅰ 我が国における税法解釈論の全体像

1 借用概念を巡る3つの学説
――まず、我が国の税法解釈論にはどのようなものがあるのかについてお聞きしたいと思います。
朝長
 我が国における税法の解釈論は、「わが国では、この点について見解が対立している(統一説・独立説・目的適合説)」(金子宏『租税法〔第21版〕』118・119頁、弘文堂、平成28年)というように、統一説、目的適合説、独立説の3つに分類できるという見解があります。私は、ドイツではそのように分類できるとしても、我が国でそのように分類することには疑問があると考えていますが、その理由に関しては後に触れさせて頂くこととして、我が国でもそのように分類できるという前提を置いた上で、話に入りたいと思います。
 これらの解釈論については、金子宏先生が「租税法と私法―借用概念及び租税回避について―」(租税法研究 第6号、1978年(昭和53年)、以下「租税法と私法」といいます。)の4頁で、ドイツの税法学者であるティプケの著作を引用し、次のように要約されています。
統一説:法秩序の一体性と法的安定性を基礎として、借用概念は原則として私法におけると同義に解すべきである、とする考え方
目的適合説:租税法においても目的論的解釈が妥当すべきであって、借用概念の意義は、それを規定している法規の目的との関連において探求すべきである、とする考え方
独立説:租税法が借用概念を用いている場合も、それは原則として独自の意義を与えられるべきであるとする見解
 これらの要約を読むと分かるとおり、これらの説は、「借用概念」というものをどのように解釈するのかということで見解が分かれることとなっています。すなわち、3つの説は、いずれも「借用概念論」を論ずるものとなっているわけです。

2 「借用概念」であっても概念が同一とは限らない
朝長
 本来は3つの説のいずれも「借用概念論」を論ずるものであるにもかかわらず、我が国においては、統一説のみを「借用概念論」と呼ぶ傾向があり、また、「借用概念」であっても概念が同一であるとは限らないにもかかわらず、「借用概念」であれば概念は同一と考える傾向があります。しかし、こうした傾向は、3つの説の適否を正しく判断する妨げとなってしまいますので、まず、ここから改める必要があります。
 金子先生は、1968年2月(昭和43年2月)に、『租税判例百選』(有斐閣)における東京地裁昭和39年7月18日判決の評釈である「11 実質課税の原則(2)―納税者の利益に適用した例―」において、初めて「固有概念」と「借用概念」という用語を使っておられますが、これは、「租税法と私法」の注記によれば、ドイツの税法学者であるクルーゼの固有概念(eigener Begriff)と借用概念(entlehnter Begriff)の区別に従ったものである(注(2)、13頁)とのことです。
 上記の3つの説の説明は、他の法令において用いられている用語の「概念」と税法において用いられているその同じ用語の「概念」が同一である場合に、その同じ用語の「概念」を「借用概念」と呼ぶ、という理解を前提に読むと、意味が分からなくなります。「租税法と私法」の中では、これらの説について、「わが国における租税法の解釈論は、ドイツのそれによって強い影響を受けており、右の三つの見解も、ドイツの租税法解釈論において展開されてきた主要な傾向を要約したものである」(4頁)と述べられていますが、これらの説が唱えられたドイツでは、「借用概念」という用語は「概念」が同一であると理解されているわけではなく、既に他の法令において用いられている用語と同じ用語を法令で用いる場合には、通常、その用語は、他の法令における概念とおおむね同じ概念とされているであろうという理解の下に、「借用概念」という用語を用いているとのことです。ですから、その法令における概念が他の法令における概念と殆ど全く同じであることもあれば、ある程度の違いがあることもある、ということになります。
 「借用概念」がそもそもどのようなものかということを知る上で、一番参考になるのは、村井正先生が書かれた『現代租税法の課題』(東洋経済新報社、1973年(昭和48年))の第2章に収められている「租税法における「借用概念」の問題点」という論考です。これは1972年(昭和47年)に書かれたものです。
 この論考には、次のような記述があります。
 課税要件法は、私的取引法を前提とすることになり、その結果、私的取引法、すなわち民法、商法等で用いられている概念を直接、間接に使用せざるを得なくなる。そうした私法等の概念の借用は、必ずしも租税法に特殊な問題ではなく、たとえば行政法の領域においても考えられるし、むしろそれぞれの法域間において広くみられる現象である。(49頁)
 借用概念の定め方に応じて、解釈のバリエーションもさまざまであろうから、いちがいにはいえないであろうが、おおまかにいって、同一概念の法域間での意味内容のちがいを認めない、概念の絶対性をとる立場と、右のちがいを認める結果、同一概念の相対性を支持する立場とに大別することができるであろう。(49・50頁)
※引用部分の下線は、朝長税理士の指示を受けて引いたものであり、以下同様に、長い引用文には、適宜、重要な部分に下線を付している。
――前者の「概念の絶対性をとる立場」が統一説のことを指しているのは分かりますが、後者の「同一概念の相対性を支持する立場」とは、目的適合説と独立説のいずれを指すのでしょうか。
朝長
 目的適合説を指すことになります。村井先生は、上記の論考の中で上記の引用部分に続けて次のように述べておられます。
 特に右のうち、後者の考え方の背後には、租税法の固有の目的なり、解釈原則の存在が観念され、そうした目的、原則の果たす機能を積極的に評価する観点(目的論的解釈)が認められる。(50頁)
 要するに、村井先生は、学説の状況について、統一説と目的適合説に大別できると述べておられるわけです。すなわち、統一説と独立説、目的適合説と独立説、統一説と目的適合説と独立説ではなく、「統一説と目的適合説」に大別できる、と述べておられる点に留意する必要があります。

3 金子先生の税法の解釈論に関する主張の全体像
――現在、我が国の学界では、金子先生が採られている統一説が支持されていると言われているわけですね。
朝長
 そうです。
 『租税法』の中では、「借用概念は、原則として、本来の法分野におけると同じ意義に解すべきであろう」(119頁)というように統一説が主張されていますが、その前後の説明から、次頁①の3つがその理由となっていると解されます。
 また、「租税法と私法」の中では、何故そもそも「借用概念」と「固有概念」という区別をするようになったのかということについて、次頁②の2つが挙げられています。

 上記の①と②を見ると、統一説の主張の全体像が分かり易いと思われますので、適宜、これらを参照しながら話を進めたいと思います。

4 統一説と目的適合説のいずれが正しいのか?
――上記の統一説の説明では「借用概念は原則として・・・・・私法における概念と同義に解すべき」とされていますが、この説明の中の「原則」を狭く解すれば、統一説の存在意義は無くなってしまうのではないでしょうか。
朝長
 そうなりますね。この説明の「原則」は「全て」に近いと解するべきでしょう。
――目的適合説は、法の規定はその趣旨・目的に合うように解釈する必要がある、というものですよね。
朝長
 そうです。法の規定は、それぞれ趣旨・目的があって創設されたり改正されたりするわけですから、その目的に合うように解釈する必要があり、税法も例外ではない、と主張する説です。
 上記の3つの説が提唱されたドイツでは、既に数十年前から、学説及び判例において目的適合説が支持されている、と言われています。
 私自身も、3つの説の中では、この目的適合説に妥当性があると考えています。
 独立説は、税収の確保と公平な課税という二つの税法に固有の目的を考慮して、税法の規定を独自に解釈するべきであるというものです。この「税収の確保」というのは、立法における基準とはなっても解釈における基準とはならないと思われますし、独立説を採られる学者は我が国には見当たらないように思われますので、本日は独立説には触れなくてもよいでしょう。
 したがって、統一説と目的適合説の検証を通じて、我が国における借用概念を巡る学説について意見を述べたいと思います。

5 統一説と目的適合説の間に存在する“大きな隔たり”
――お話を聞いていると、ドイツと我が国とでは、税法の解釈論のレベルに非常に大きな差があるように感じます。
朝長
 私はドイツの研究をしているわけではありませんので詳しいことは分かりませんが、谷口勢津夫先生をはじめとしてドイツの紹介をされている先生方の論考を読んでみますと、学説と判例等のいずれにおいても、大きな差があるのは事実だと思います。
 我が国の税法の解釈論は、60年遅れか70年遅れになってしまうのでしょうが、いずれはドイツの後を追うことになるものと思われます。
――ドイツでは目的適合説が通説で、我が国では統一説が通説であるということですが、やはり2つの説の違いは大きいということでしょうか。
朝長
 そうですね。
 谷口先生は、1998年(平成10年)に起稿された「借用概念と目的論的解釈」(税法学 539号、日本税法学会、以下「借用概念と目的論的解釈」といいます。)の中で、ドイツにおいて目的適合説が通説及び判例の立場となっていることを詳細に紹介されていますが、最後の部分で、金子先生の「租税法と私法」の「この二つの説は完全に対立し合うものではない。」(11頁)と述べられている部分などを注記で挙げつつ、次のように述べておられます。
 借用概念と目的論的解釈との関係に絞って考えてみると、主観的―目的論的解釈を重視する目的適合説は、我が国で通説的地位を占める見解(統一説)との間にさほど大きな隔たりがあるとは考えられず、むしろ、それを分析・評価するうえで有益な示唆を与えてくれるように思われる。(132頁)
 この部分は、谷口先生が我が国では「統一説」を支持されておられるのではないかと受け取れる主張ともなっているわけですが、私はこの主張には疑問を感じています。
 冒頭に掲げた3つの説の内の統一説と目的適合説の説明を読めば直ぐに分かるとおり、両説は基本的な考え方が根本的に違っており、また、『租税法』の中で統一説を採った判決が数多く列挙されていることからも分かるとおり、いずれの説を採るのかによって課否の判断が分かれるものが少なからず存在します。

Ⅱ ドイツの税法の解釈論

1 ドイツでは統一説が支配的とする『租税法』の記述の正否
――3つの説はドイツの学説を我が国にそのまま移入したものでしょうから、ドイツでどの説が支持されているのかということは非常に重要ではないでしょうか。
朝長
 我が国における3つの説を巡る議論は、その殆どがドイツにおける議論の焼き直しのような状態になっていると見受けられますので、ドイツにおける学説と判例の動向は非常に重要であり、我が国においても、3つの説のいずれを採るべきかという判断に大きな影響を与えるものであると思っています。
 『租税法』においても、「第6章 租税法の解釈と適用」「第1節 租税法の解釈」「2 租税法と私法」「(1) 借用概念と固有概念」のところで、次のとおり、統一説と独立説を対比し、ドイツでは統一説が支配的であるという旨の記述がなされています。
 借用概念について問題となるのは、それを他の法分野で用いられているのと同じ意義に解すべきか、それとも徴収確保ないし公平負担の観点から異なる意義に解すべきかの問題である。この点につき、ドイツでは、租税通則法の制定までは同義に解すべきであるとの見解が強かったが、租税通則法の制定とともに別意に解することを妨げないとの見解が強くなり、その傾向はナチス時代になってますます強くなったが、第二次世界大戦後、再び振子がもとに戻って、現在では、原則として同義に解すべきであるとの見解が支配的である。(118頁)
――目的適合説には触れられていないのですか?
朝長
 ドイツにおける借用概念を巡る記述は上記の部分だけで、目的適合説の話は出てきません。
 「同義に解すべきであるとの見解」と「別意に解することを妨げないとの見解」の2つに学説を分けるということになれば、目的適合説は後者に分類されることになりますが、目的適合説が「ナチス時代になってますます強くなった」説というわけではありませんので、上記の記述は注意して読んで頂く必要があります。ナチス時代に濫用されたと言われているのは独立説です。
 このような学説の整理は、先ほどご紹介した村井先生の統一説と目的適合説の2つに区分した整理とは基本的に異なるもので、どちらが適切な整理であるのかという問題もありますが、いずれにしても、ドイツでは現在統一説が支配的である、という旨の『租税法』の上記の記述の正否は必ず明確にする必要があると考えています。

2 ドイツでは無限定目的適合説が通説
――先ほど谷口先生がドイツの学説等を詳しく解説されているという話が出ましたが、谷口先生はドイツにおける税法の解釈論の状況をどのように述べておられるのでしょうか。
朝長
 谷口先生は、「借用概念と目的論的解釈」において、次のとおり、先ほどの『租税法』の見解とは全く違うことを述べておられます。
 これまで紹介されてきたのは、主に80年代初頭までの議論であったが、それによれば、ドイツでも基本的には統一説の立場が学説及び判例において支持されているということであった。ところが、その後ドイツでは、通説及び判例の立場は目的適合説に移行してきている。(106頁)
 さらに、次のように、ドイツの学説の状況を説明されています。
 Tipkeによれば、統一説から目的適合説へと方向転換が始まったのは、1965年頃であるということであるが、現在では、なお統一説を唱える一部の論者を除いて、目的適合説が、しかも、少なくとも理論上は(中略)無限定目的適合説が、学説において広範な支持を得ているように思われる。(109頁)
――現在は無限定目的適合説が通説である、ということですか。 
朝長
 そういうことになります。

3 ドイツの連邦憲法裁判所も目的適合説が正しいという「決定」を出している
朝長
 「借用概念と目的論的解釈」の中では、ドイツにおける判例等の動向に関しても言及がなされています。
 そこでは、「借用概念の解釈に関して、連邦財政裁判所の判例に統一的な「立場」なり「傾向」を見いだすことは、困難であるように思われる」(131頁)という感想が述べられていますが、「連邦憲法裁判所は、1990年代になって、借用概念の解釈問題について正面から判断を下した」(125頁)と紹介した上で、連邦憲法裁判所第2部第3予備審査部の1991年12月27日決定(BStBl.1992 Ⅱ,212;StuW 1992,186)について、詳しく解説が行われており、この「決定」は、「借用概念の解釈について目的適合説の立場を明確に説示した」(126頁)とされています。
 この「借用概念と目的論的解釈」の解説の一部を引用させて頂くと、次のとおり「法概念の相対性」を確認するものとなっており、我が国の内閣法制局の長官を長く務められた林修三先生が著された『法令解釈の常識』(日本評論社)や同じく内閣法制局の第3部長等を歴任された荒井勇先生が著された『税法解釈の常識』(税務研究会出版局)において述べられていることと同旨の内容となっています。
 民事法と税法とが、同一の事実を別の視点から別の価値判断の観点のもとで判断する、対等の地位に置かれた同じランクの法領域であることからして既に、当事者によって選択された事実形成に対する民事法上の評価が、関連する税法上の規定の解釈に関して、[税法に対して]優位することも基準となることもないのである(中略)。当事者は、確かに、事実を契約によって形成することができるが、しかし、租税法律が前もって与えられたその形成に結びつける、税法上の効果を決定することはできない。その限りにおいて、民事法の適用に関して先行ということはいえても、優位ということはいえない。
 税法は-あらゆる他の法領域と同じく-それ自身の固有の要件を定めている。租税法律が他の法領域から借用された概念を含む場合でも、税法が、その限りにおいて、そのときどきの法領域、例えば民事法、営業法或いは社会法の価値判断に従っているか、又はその借用概念を用いて税法固有の要件を形成しているかは、解釈によって確認されるべきである。税法上の規定が、民事法上よく知られた術語を使用する場合、税法は、民事法上表現された要件要素、例えば婚姻、特定の夫婦財産制(中略)ないし遺贈(中略)を受け入れることができるが、同様に、民事法で発展してきた概念内容(中略)を、例えば賃貸借(中略)や営業(中略)のような固有の課税要件要素の特徴づけのために、用いることもできるのである。このような『法概念の相対性』(中略)は、一体的ではあるが専門領域に応じて細分化された、一つの法秩序の中にその基礎がある。(126・127頁)
――連邦憲法裁判所も、税法の解釈論において目的適合説が正しいという決定を下している、ということですか。
朝長
 そうです。民事法と税法は対等の地位に置かれており、税法も、他の法と同じように、「それ自身の固有の要件を定めている」ものであって、『法概念の相対性』ということを踏まえて解釈をしなければならない、ということです。

4 『租税法』の引用元のティプケとクルーゼも目的適合説論者
――先ほどの3つの説の説明はティプケの著作の説明から要約されたものであり、固有概念と借用概念の区別はクルーゼに倣ったものとのことでしたが、ティプケとクルーゼは、どのような説を主張しているのでしょうか。
朝長
 「借用概念と目的論的解釈」においても、この2人はいずれも目的適合説の論者とされています。
――統一説ではなく、目的適合説の論者ということですか。
朝長
 そうです。いずれも、統一説は誤っていると主張している論者です。
 『租税法』においては、ドイツの現在の学説の状況について、統一説と独立説の主張を対比して統一説が支持されている旨の記述がなされていますが、本来は、村井先生のように目的適合説と統一説の主張を対比するのが適切であると考えています。
 谷口先生は、「借用概念と目的論的解釈」の中の「無限定目的適合説」に関して述べた後の部分でクルーゼの著作を引用しつつ、クルーゼの主張を次のように紹介されています。
 Kruseも、「今日では自明のこととなっているが、同一の法律の諸概念は、表現が同じであっても、必ず同じ意味に解釈しなければならないわけではないし、異なる法律の、同じ表現の諸概念は、なおさら、同じ意味に解釈しなければならないわけではない。いやそれどころか、表現が同じ概念を別意に解釈するように強制することを、意味関連、法律目的及び他の考えられ得るすべての理由が、正当化することが有り得るのである。」と述べている。(110頁)
 このクルーゼの主張は、荒井勇先生や林修三先生の主張よりも、法律が異なれば同じ用語であっても違う概念として解釈するのが当然であるということを強く主張しているようにさえ感じられます。

5 法秩序の一体性の見地を形式的に突き詰めれば、実質的法治国家原則を侵害
朝長
 谷口先生の「借用概念と目的論的解釈」においては、ドイツにおいて学説の通説と判例が統一説から目的適合説に変わる過程において、目的適合説の立場から統一説に対し、次のように「法秩序の一体性の見地を形式的に突き詰めていくと、税法の基礎にある実質的法治国家原則が、侵害されるおそれがある」(112頁)という批判がなされたとされています。
 「このような[税法と民事法との]規律関心の相違は、周知のとおり、同一の事実に関する租税上の判断と民事法上の判断とが互いに食い違うことが有り得るということを帰結する。しかしながら、そのような食い違いには矛盾はない。それは、むしろ、立法上の適正な細分化の結果である。価値判断の相違(中略)は、一体的な法秩序の内部において、一般にしばしばみられるところである。……。もし、法秩序の一体性を援用して、これらの段階づけられた価値判断の中に、矛盾を認めるのであれば、関連する法関係に応じてそれぞれ適正な区別を設けている法秩序の一体性及び完結性は、結果の一致(中略)と取り替えられることになろうし、ひいては、現行の租税国家の憲法原則が変性させられることになろう。」(112・113頁)
 この部分をもう少し分かり易く意訳してみると、税法上の判断と民事法上の判断とが違ったとしても、それはむしろ税法と民事法とがそれぞれ適正に創られているということを意味するものであって、そのような判断の相違は、法が異なればしばしば見られることであり、そのような判断の相違を無くして一致させようとすることは、それぞれの法を適正に区別して設けることとしている憲法の原則を変性させるものである、ということになります。
 我が国においても、憲法84条に「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定められていますが、我が国の憲法も、当然のことながら税を課さないことではなく税を課すことを予定しており、税を課すための法律を制定してその法律の定めるところに従って税を課すことを求めているわけであって、そのような「租税国家の憲法原則」が「変性させられること」があってはならないわけです。
 この統一説に対する批判は、憲法体系の下に税法が存在することの意義を再確認させるものであって、正鵠を射たものと言ってよいものであり、ドイツにおける学説の通説と判例が統一説から目的適合説に変わったことも十分に頷ける、と考えています。
――税の話は、納税義務があるというところから出発せざるを得ないというわけですね。
 我が国において統一説を採る者は、この批判に対しどのように答えることになるのでしょうか。
朝長
 統一説の立場からこの批判に有効な反論をすることは難しいものと思っています。

6 無限定目的適合説に立てば、借用概念と固有概念を区別する意味・実益なし
――ドイツでは無限定目的適合説が通説であるとのことですが、この無限定目的適合説では、借用概念と固有概念はどのような捉え方になるのでしょうか。
朝長
 谷口先生の「借用概念と目的論的解釈」では、無限定目的適合説は税法の規定の中の借用概念を解釈する場合には「目的論的解釈によって、民事法から借用された概念がどのように理解されるべきかが、判定されなければならないという見解」(108頁)であるため、「無限定目的適合説によれば、借用概念と固有概念との区別の意味及び実益はなくなることになろう」(同前)と述べられています。
 無限定目的適合説は、税法が用いている用語について、限定なく目的論的解釈によって解釈するというものですから、当然ながら論理的にも借用概念と固有概念を区別する意味及び実益は無くなる、ということになります。
 「租税法と私法」でも、次のとおり、同じことが述べられています。
 目的適合説をおし進めると、租税法のすべての規定は、その趣旨・目的にてらして解釈されるべきである、ということになるから、租税法上の概念を固有概念と借用概念に分類する意味と実益は失われる。(11頁)

7 我が国の立法の立場からの解釈論は無限定目的適合説と事実上一致
――ドイツの通説である無限定目的適合説では、借用概念と固有概念を区別する意味・実益はないということになっているわけですね。
朝長
 そうです。
 先ほどの連邦憲法裁判所の「決定」、クルーゼの主張の紹介や実質的法治国家原則の侵害の説明を読むと、それらは、林修三先生が著された『法令解釈の常識』や荒井勇先生が著された『税法解釈の常識』において述べられていることと事実上同じと言ってよいと思われます。
 我が国の税法以外の法律にも同じ用語を用いている例は無数に存在するわけですが、税法以外の法律の解釈論においては、そもそも「借用概念」や「固有概念」という用語さえ存在せず、当然のことながら、上記の林先生や荒井先生の著作にも、そのような用語は全く出てきません。そのような用語を用いる意味も実益もないからです。
――わざわざ統一説と目的適合説の2つを挙げてどちらが正しいのかという議論をする必要もないわけですね。
朝長
 そういうことです。
 ドイツにおける税法の解釈論の議論は、既に遥か以前に、税法だけに他の法と異なる特別な解釈論があるわけではない、という当たり前の結論を確認して現在に至っている、ということではないかと思っています。ドイツがこの当たり前の結論に落ち着いたことから、林先生や荒井先生の主張内容もこれと同じものになっているのだと考えています。

Ⅲ 法的安定性

1 「法的安定性」を確保するために必要なこととは?
――法的安定性を確保するために同じ用語は同一・・に解すべきであるという統一説の主張にも説得力があるように思われるのですが、その点は如何でしょうか。
朝長
 ドイツにおいても、統一説の論者はそのように主張しているとのことですし、金子先生も、「租税法と私法」において「目的適合説をとった場合に、借用概念についてとかく自由な解釈がおこなわれやすく、その結果として租税法律主義のそもそもの狙いである法的安定性と予測可能性がそこなわれる危険性のあることは否定できない」(11頁)と述べておられ、『租税法』においても「借用概念は他の法分野におけると同じ意義に解釈するのが、租税法律主義=法的安定性の要請に合致している」(119頁)と述べておられます。
 しかし、「法的安定性」とは、本来、ある「法」の分野において「ある行為の法的効果が安定して予見可能な状態にあること」をいうものであって、「法」を超えた「法的効果」などというものを想定したものではないはずです。税法において定められている行為について、税法の観点からその概念を捉えるのではなく、他の法の観点からその概念を捉えなければならないということになれば、その行為として捉えられるものが税法において予定されているものとは異なることとなり、当然のことながら、その行為の課税関係は税法において予定されているものとは異なるものとなってしまうわけで、税法の分野においては、むしろ法的安定性が損なわれるということになってしまわざるを得ません。
 税法解釈における「法的安定性」は、税法を超えたところで語るべきものではなく、税法の分野において語るべきものです。税法の規定の中に用いられている用語の解釈を明確化することは、「法的安定性」の確保のために重要なことですが、それはその用語の税法における解釈を政省令や通達等によって示すことで行うべきことであって、他の法におけるその用語と同じ用語の解釈を税法に持ち込んで税法における解釈とすることによって行うべきことではない、と考えています。

2 税法の分野における法的安定性に資するのは無限定目的適合説
朝長
 無限定目的適合説による解釈と適用の積み重ねが出来てくると、税法の分野における法的安定性と予測可能性が高まり、税法以外の法からその法の趣旨・目的によって形作られた概念が税法に持ち込まれて税法における取扱いが不安定になったり予測できないものになったりするということも無くなります。
――税の考え方や理論を作って行けば、法的安定性や予測可能性も確保されるようになると。
朝長
 統一説には、税法の規定の趣旨・目的を軽視したり税法を他の法よりも劣位に置いたりして「税の固有の理論が無いのが理論だ」と主張するようなところが多分にありますので、統一説を採ることにより、税の固有の理論が十分に育たず、その結果、税法の分野における法的安定性と予測可能性が確保されにくくなるという問題が生じてこざるを得なくなる、と考えています。
――統一説は、税法の分野における法的安定性と予測可能性に関しては、むしろマイナスに働く側面がある、ということですね。
朝長
 他の法分野の法令解釈の状況を見ると、法令の各条項の一言一句まで、学者の数と同じくらいの解釈があるのではないかと思うくらい、さまざまな解釈が示されているものが少なくありませんが、税法に関してはそれが無いことが大きな問題であると考えています。税の固有の理論が十分に育っていないということは、特に納税者にとって大きなマイナスになっていると感じます。

3 用語を疑義なく定義しようとすれば定義が無限に拡大
――現実には、他の法において用いられている用語と同じ用語を税法の中で使いながらその用語の定義がないというケースも多々あります。こうした用語の定義をどうするのかという問題は残りませんか。
朝長
 そのような用語は、未だ政省令や通達等によって定義が示されていない状態にあるものということになりますが、同じような状態の用語は、税法に限らず他の法にも無数に存在します。
 全ての法に関して言えることですが、解釈に疑義がある用語については出来るだけ定義を設ける努力をする必要があります。
 ただし、そのようなものを疑義なく定義しようとすれば、その定義の中に用いる共通用語を更に定義しなければならなくなり、定義が無限に拡大するということを理解しておく必要があります。
 法の中で用いられている用語を疑義なく定義できるということであれば、そもそも統一説か目的適合説かという議論が起こることもないわけです。
 法の規定を読むだけの立場にあると、定義が必要だと考える用語にしか関心が向かないのが通例ですが、法の規定を書く立場に立つと、当然のことながら、その用語だけでなく、その用語を定義しようとする文言やその文言の中に用いる用語のことも考えることになります。
――定義を設けるのも簡単ではない、ということですね。
朝長
 「借用概念」と言われる用語の多くは、借用元とされる他の法の中にも定義規定が設けられていません。他の法の中に明確な定義規定が設けられていれば、税法における用語の意味内容も書き易くなり、共通するところと異なるところがかなりはっきりすることになるはずですが、「法人税法」の「法人」の定義規定さえいずれの法にも存在しないのが現実です。
(第2回に続く)

朝長英樹 ともなが ひでき
 財務省主税局において、金融取引に係る法人税制の抜本改正(平成12年)・組織再編成税制の創設(平成13年)・連結納税制度の創設(平成14年)などを主導。
 税務大学校研究部において、事業体税制等を研究。平成18年7月に税務大学校教授を最後に退官。
 現在、日本税制研究所 代表理事、朝長英樹税理士事務所 所長

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