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解説記事2018年01月22日 【特別解説】 固定資産の減損損失の戻入れ(2018年1月22日号・№723)

特別解説
固定資産の減損損失の戻入れ

はじめに

 わが国の「減損会計に係る会計基準」では、固定資産等について一度計上した減損損失を戻入れることは行わないとされているが(減損会計に係る会計基準三2)、IAS第36号「資産の減損」では、のれん以外の資産について認識した減損損失は、最後の減損損失を認識した以後に当該資産の回収可能価額の算定に用いた見積りに変更があった場合にのみ、戻入れをしなければならないとされている(第114項)。すなわち、企業は、各報告期間の末日において、過去の期間にのれん以外の資産について認識した減損損失がもはや存在しないか又は減少している可能性を示す兆候があるかどうかを検討しなければならず、そのような兆候が存在する場合には、当該資産の回収可能価額を見積らなければならない(第110項)。この点は、わが国の会計基準と国際財務報告基準(IFRS)間の主要な会計基準間の差異の一つとなっている。ちなみに、米国の会計基準であるASC360(FAS144)は、わが国の「減損会計に係る会計基準」と同様に、固定資産の減損損失の戻入れを禁止している。
 わが国の会計基準では認められていない固定資産の減損損失の戻入れであるが、IFRSにより財務諸表を作成・公表している我が国の企業(IFRS任意適用日本企業)では、どのような企業が固定資産の減損損失の戻入れを行い、その経緯、理由等をどのように開示しているのであろうか。2017年3月期までにIFRSを任意適用した110社について調査を行った。本稿では、2017年3月期、2016年12月期など、極力、各社の直近の有価証券報告書の注記を取り上げるように努めたが、それ以前の注記も一部含まれている。

減損損失の戻入れに関して、IAS第36号が要求している開示
 減損損失の戻入れを認識した企業は、資産の種類ごとに、当期中に純損益(及びその他の包括利益)に認識された減損損失の戻入れの金額、及びこれらの減損損失の戻入れを含んでいる包括利益計算書の表示科目を(セグメント情報を開示している企業は、各報告セグメントについて)開示しなければならない(IAS第36号第126項、第129項)。
 また、減損損失の戻入れが報告企業の財務諸表全体にとって重要な場合には、次の事項を開示しなければならないとされている(第130項)。
(a)減損損失の戻入に至った事象及び状況
(b)戻入れされた減損損失の金額
(c)個別資産の性質、資産が所属する報告セグメント等
(d)資金生成単位の詳細や、資産の種類ごとに、戻入れされた減損損失の金額等
(e)当該資産(資金生成単位)の回収可能価額が、売却費用控除後の公正価値又は使用価値のどちらであるか。
(f)回収可能価額が売却費用控除後の公正価値である場合には、売却費用控除後の公正価値を決定するために使用された基礎
(g)回収可能価額が使用価値の場合には、使用価値の現在および以前の見積り(もしあれば)に用いられた割引率
 また、当期中に戻入れされた減損損失の合計について、IAS第36号第130項に従って開示される情報がない場合には、次の情報を開示しなければならない(第131項)。
(a)減損損失の影響を受ける主な資産の種類及び減損損失の戻入れの影響を受ける主な資産の種類
(b)減損損失の戻入れをもたらした、主な事象及び状況

IFRS任意適用日本企業が行った、固定資産の減損損失の戻入れに関する開示
 ここからは、IFRS任意適用日本企業が行った、固定資産の減損損失の戻入れに関する開示をいくつか紹介したい。まず最初に、三井物産が2016年3月期に行った開示は次のとおりである。三井物産は、無形資産について、過去の期間に認識した減損損失を戻入れているが、戻入れた金額は100億円を超えており、他のIFRS任意適用日本企業の事例と比べても飛び抜けて大きい。減損損失を戻入れた理由としては、羽田空港発着便数の増加による貨物取扱数量の増加及びコスト削減を挙げている。
【三井物産 2016年3月期 無形資産の注記】  当連結会計年度において、機械・インフラセグメントに属する東京国際エアカーゴターミナル株式会社が、サービス委譲契約から生じる無形資産について、主に羽田空港発着便数の増加による貨物取扱数量の増加及びコスト削減を背景に、回収可能価額12,075百万円として、11,808百万円の減損損失の戻入れを計上しております。当該回収可能価額は使用価値を用いており、割引率は、資金生成単位の固有のリスクを反映した市場平均と考えられる収益率を合理的に反映する率を使用しております。
 次に、アンリツの事例を取り上げる。アンリツは、本社地区の使用計画を一部見直し、過年度に閉鎖を決定していた建物構築物を継続使用することに変更したことを、減損損失戻入れの理由として挙げている。
【アンリツ 2015年3月期 14.減損損失及び減損損失の戻入れ】  当連結会計年度において、本社地区の使用計画を一部見直し、過年度に閉鎖を決定していた建物構築物を継続使用することに変更したため、573百万円の戻入れを認識しております。なお、回収可能価額は使用価値により算定しており、使用価値は同業他社の加重平均資本コストを基礎とした割引率12.9%を用いて見積っております。

 日本板硝子は、2016年3月期、2017年3月期と、2期続けて有形固定資産の減損損失の戻入益を計上している。戻入れの理由としては、資産の回収可能価額の再評価や、フロートガラス製造ライン1基の再稼働決定を挙げている。
【日本板硝子2017年3月期10.個別開示項目】  当連結会計年度(2017年3月期)における有形固定資産等の減損損失の戻入益、並びにリストラクチャリング費用に係る引当金の戻入益は、主として当社グループがイタリア(ベニス)所在のフロートガラス製造ライン1基の再稼働を決定したことに伴い発生したものです。また、前連結会計年度(2016年3月期)における有形固定資産等の減損損失の戻入益は、主としてイタリア所在の資産について回収可能価額を再評価した結果、発生したものです。

 日本電産も、開示内容はシンプルだが、日本板硝子と同様に、資産の回収可能価額の再検討を減損損失戻入れの理由として挙げている。
【日本電産 2017年3月期 12.有形固定資産】  減損損失の戻入れは、主としてタイ所在の資産(主に建物、機械及び装置)について回収可能価額を再検討した結果によるものです。

 日立化成は、表1に掲げた表形式を使って注記を行っている。減損損失を戻入れた理由は、資産の回収可能価額の増加としている。


すかいらーくとスシローグローバルホールディングスが行った注記
 次に、飲食業に属する2社が行った開示例を紹介する。すかいらーく(表2参照)とスシローグローバルホールディングス(以下「スシロー」)(表3参照)はいずれも、収益力が回復した店舗について、過去に認識した有形固定資産(事業資産)の減損損失を戻入れている。スシローは、減損損失を戻入れた店舗は、前連結会計年度2店舗、当連結会計年度6店舗である旨を開示しているが、飲食業はきわめて多くの店舗を展開している場合が多く、一般的に、出店・退店のサイクルも早い。退店等の意思決定等に伴って、減損損失の計上も頻繁に行われているが、逆に収益性が回復する場合も少なからず存在し、来店客数や収益率等、定められた管理指標が一定の水準を超えた場合には、過去の期間に計上した減損損失の戻入れが行われている可能性がある。IFRS任意適用日本企業の中には、すかいらーくやスシローのほか、トリドール、コロワイド、コメダホールディングスなど、飲食業界に属し、多くの店舗を持つ企業も多いだけに、これらの企業の固定資産の減損損失の計上や戻入れの状況には、今後も注目していきたいと考えている。
 このほか、有形固定資産や無形資産の注記などから、日本たばこ産業(2016年12月期)、日立物流(2017年3月期)、花王(2016年12月期)、豊田自動織機(2017年3月期)の各社も減損損失の戻入れを行ったことが確認できたが、金額が僅少であったこと等もあって、減損損失の戻入れが生じた理由や経緯等は、特に開示されていなかった。
 なお、固定資産の減損損失の戻入益は、連結損益計算書上は、「その他の収益」に含められている事例がほとんどであった。

欧州のIFRS適用企業による開示例(ロシュ)
 IFRS適用の「先進国」である欧州の企業を見ても、固定資産の減損損失の戻入れを行っている企業はそれほど多くなく、減損損失計上の経緯や理由等を詳細に開示している例はさらに少ない。少し古い事例になるが、スイスの大手製薬企業であるロシュ社が、2013年度のアニュアル・レポートで行った開示は次のとおりである。
【ロシュ社が2013年度のアニュアル・レポートで行った開示】 (減損損失の戻入れ)
 2013年10月14日、製薬部門は、ライセンス化された生物製剤と予想されるパイプラインの成長に対する増大する需要を満たすため、生物学的医薬品製造グローバル・ネットワークの能力を増強する投資の詳細を公表した。投資はドイツのペンツブルク、スイスのバーゼル、米国のヴァカヴィル及びオーシャンサイドにまたがるものである。カリフォルニア州ヴァカヴィルにあるバルク薬剤の製造装置は、当時はまだ免許を受けておらず、当時のグローバルな製造ネットワークの前提条件の再評価の一環として、2009年に事業が中止され、全額評価減された。ヴァカヴィルのバルク製剤の製造装置が供用可能になるためには設備投資が必要であるが、それは、2015年に実施される予定である。免許を取得するための活動を再開し、いったん中止されたヴァカヴィルにおけるバルク製剤の製造装置を、商業生産に向けて供用可能にするための準備を再開するという意思決定を当社グループが行った結果、2013年度に、531百万スイスフランの有形固定資産の減損損失の戻入が行われた。531百万スイスフランの減損損失の戻入れは、再度供用される資産が当初に減損処理された時点の簿価から、減損損失が生じなかったと仮定した場合に、中断期間中に計上されていたであろう減価償却費を控除した簿価を表している。

参考:1スイスフラン=115.8円(2013年12月末日現在)

 有形固定資産の減損損失を戻入れるためには、「過去の期間にのれん以外の資産について認識した減損損失がもはや存在しないか又は減少している可能性を示す兆候がある」必要がある。そのような兆候としては、いったん供用が中止された資産の利用を再開する旨の意思決定が行われるなど、ある程度はっきりした、分かりやすい何らかの「区切り」が必要になるものと考えられる。

終わりに
 固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書の4.3(2)では、減損損失の戻入れを行わない考え方として、「減損処理は回収可能価額の見積りに基づいて行われるため、その見積りに変更があり、変更された見積りによれば、減損損失が減額される場合には、減損損失の戻入れを行う必要があるという考え方がある。しかし、本基準においては、減損の存在が相当程度確実な場合に限って減損損失を認識及び測定することとしていること、また、戻入れは事務的負担を増大させるおそれがあることなどから、減損損失の戻入れは行わないこととした。」とされている。
 一方、IAS第36号が減損損失の戻入れを要求する理由は、「結論の根拠」で次のように記載されている(IAS第36号BCZ184項)。
(1)フレームワーク及び従前には資産から生じるとは予測されていなかった将来の経済的便益は、その確率が高くなったときに再評価するという考え方に準拠している。
(2)減損損失の戻入れは再評価ではなく、戻入れによって資産の帳簿価額が、減損損失が認識されていなかった場合の減価償却費控除後の当初原価を超えることとならない限り、取得原価会計に準拠している。したがって、減損損失の戻入れは損益計算書で認識し、償却後取得原価を超える金額は再評価額として会計処理すべきである。
(3)減損損失は見積りに基づいて認識され、測定される。減損損失の測定の変動は見積りの変更と類似のものとなる。IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」は、会計上の見積りの変更は、(a)変更がその期間のみに影響を与える場合には、変更に係る期間について、又は(b)変更が、変更に係る期間及び将来の期間に影響を与える場合には、その両方について、その純損益の算定に織り込むべきであると要求している。
(4)減損損失の戻入れは、利用者に資産又は資産グループの将来の便益の可能性についてより有用な方向性を提供する。
(5)減価償却は、もはや目的適合性のない従前の減損損失は反映しないので、当期及び将来の期間の営業業績がより公平に説明されるであろう。減損損失の戻入の禁止は、ある年度については減価償却費を低くして大きな損失を計上し、その後の年度にはより大きな利益を計上するなど、濫用をもたらす可能性がある。
 少々雑駁な言い方になるが、IFRSでは、概念フレームワークの考え方により忠実であることを重視して、減損損失の戻入れを要求しているのに対し、我が国の会計基準は、事務的な負担の増大にまで目配りした、実務的な基準といえそうである。
 このところ、我が国の株価は上昇基調にあり、業種間でばらつきはみられるものの、企業の業績は総じて堅調である。業績や市況の回復を受けて、いったん断念していた投資や設備の稼働を再開させる(再検討する)企業が出てくることは十分に考えられるであろうし、本稿で紹介した外食産業に限らず、多くの店舗を展開する業種の企業においても、店舗の収益性の回復に伴って、減損損失の戻入れが出てくる可能性があるであろう。固定資産の減損損失の戻入れは、IFRSの任意適用が始まるまで、わが国では全く見られなかった処理や開示であるだけに、今後どのような事例が出てくるか、注目していきたい。

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