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解説記事2018年02月12日 【論考】 所得税法における控除制度のあり方(2018年2月12日号・№726)

論考
所得税法における控除制度のあり方
 神奈川大学法学部教授 葭田英人

Ⅰ はじめに

 税制改正の焦点である所得税改革として、2018年度税制改正大綱において、2020年1月から給与所得者(サラリーマン)の「給与所得控除」や年金受給者の「公的年金控除」を10万円引き下げるとともに、すべての納税者が受けられる「基礎控除」を10万円引き上げ、高所得者を増税する方針を盛り込んだ。
 これによって年収850万円を超える給与所得者が増税となる一方、「給与所得控除」が受けられないフリーランスや自営業者は減税になる。中・低所得の給与所得者は、給与所得控除の縮小分と基礎控除の増額分が相殺され増税とはならない。高所得者に多くの負担を求め、中・低所得を支える「所得の再分配」の機能を強化する狙いがある。
 さらに、「公的年金控除」も、年金以外に年1,000万円以上の収入がある者の控除を縮小し、年金収入が1,000万円を超える高額年金受給者の控除額に上限を設け、「給与所得控除」と「公的年金控除」の二重取りを防ぐこととしている。
 また、2017年度税制改正において配偶者控除制度が見直されたが、世帯主の所得控除38万円を受けられる配偶者の年収を103万円以下から150万円以下に引き上げ、パートがもう少し働けるという改正に留まった。税制上の働く壁をなくすことを目的とした配偶者控除制度の改正であったはずなのに、夫婦世帯や正社員である配偶者の働き方を考慮し、女性の就労促進につながる税制になっているのか、疑問が残る内容となった。
 所得税は抜本改革が避けられないといわれ続けてきたにもかかわらず、2017年度税制改正において議論となった夫婦控除の導入や、以前から問題となっている所得控除から税額控除への転換など抜本改革が、2018年度税制改正大綱においても棚上げとなっている。税制全体の将来像が見えない状況で一部の高所得者に負担増をしわ寄せするやり方は、公平・中立の観点から批判を免れない。
 そこで、本稿において、所得控除と税額控除の性格と課題を比較検討し、税制改革における配偶者控除制度や給与所得控除の改正を通して、所得税における控除制度の課題を明らかにし、そのあり方を考察する。

Ⅱ 所得控除の意義と問題点
 所得控除とは、各種所得の金額の計算上考慮されなかった支出や損失に対して、税負担の調整を行う目的から設けられた制度である。つまり、個人の担税力は所得の大小にかかわらず災害等により多額の損害を受けたり(雑損控除)、多額の医療費を支払ったり(医療費控除)、扶養家族が多い(扶養控除)などの個人的事情により担税力が減殺される。また、個人の最低限度の生活を保障するために所得のうちそこまでは課税されないという課税最低限の考慮(基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除)や、通常の者に比べ生活上の経費の考慮(障害者控除、寡婦(夫)控除、勤労学生控除)が要請される。さらに、特定の支出を社会政策上の要請(社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、地震保険料控除、寄付金控除)から奨励するために税制上の配慮が必要となる。このような理由から所得控除が制度化されたのである。
 基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除および扶養控除は、所得のうち本人およびその家族の最低限度の生活を維持するのに必要な部分で担税力をもたず、憲法25条において、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(同条1項)。国は、すべての生活部面において社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(同条2項)。」とされ、課税最低限を規律する役割を果たしている。しかし、所得税は超過累進税率を採用していることから、これらの所得控除は、高所得者の税負担を軽減する効果が大きい。そのため、所得再分配機能に支障が生じている。
 一方、国民すべてが享受することができる基礎控除は、まさしく課税最低限の性格を有していることから、その金額(現行38万円:改正後48万円)の水準については再検討を要する重要な事項である。

Ⅲ 税額控除の意義と問題点
 税額控除とは、二重課税の調整や政策目的により算出税額から一定金額を控除する制度である。具体的に、受取配当に対する二重課税を緩和するための配当控除と、国際的二重課税を調整するための外国税額控除、住宅取得促進のための政策税制としての住宅借入金等特別控除などのほか、政策的観点から租税特別措置法にいくつかの制度が規定されている。
 税額控除には、高所得者ほど税負担が軽減されるという所得控除の弊害がなくなり、所得再分配が促進される効果がある。しかし、所得控除から税額控除に移行した場合、課税最低限となる所得が増加したのか減少したのか分かりにくくなる可能性がある。

Ⅳ 所得控除と税額控除の比較
 課税標準となる所得金額から一定金額を控除する所得控除は、同じ金額を控除しても累進税率に応じて実際の税の軽減額に差が生ずるので、高所得者層の税負担軽減効果の方が大きい。それに対して、所得の高低にかかわりなく控除される税額控除は、一律に一定金額の税負担が軽減することから、低所得者層に対する税負担軽減の効果は大きい。つまり、所得控除の方が逆進的であるのに対して、税額控除は、納税者の担税力に応じて課税することにより租税公平負担が実現するという応能負担原則に合致した制度である。

Ⅴ 控除制度の改正

1 配偶者控除の改正
 2017年度税制改正において、2018年1月から配偶者控除・配偶者特別控除が適用される配偶者の年収を103万円以下から150万円以下に引き上げ、150万円を超えても9段階で控除額を縮小し、年収201万円未満は控除の一部を受けられるようにするが、世帯主の年収が1,120万円を超えると控除額を段階的に減らし、1,220万円で適用外とする所得制限を設ける。つまり、配偶者特別控除の見直しにより、その対象となる配偶者の給与所得金額を103万円超201万円以下とし、その控除額を世帯主の給与所得金額と配偶者の給与所得金額に応じて行う改正がなされた。
 配偶者の年収が103万円を超えると世帯主が配偶者控除を受けられなくなる。そこで、課税が発生しないよう配偶者控除の適用可能な範囲で就業調整するものと解されている。しかし、1987年度の税制改正において、配偶者の所得の大きさに応じて控除額を段階的に減少させる配偶者特別控除の創設により、配偶者の年収が103万円を超えても世帯収入の税引後手取額が減少してしまうという手取りの逆転現象が解消され、配偶者控除による103万円の壁は税制上なくなった。
 しかし、配偶者の年収が103万円を超えるところから、配偶者自身の所得税や住民税の納税義務が発生し、配偶者の年収103万円以下が企業の配偶者手当の支給基準となっていることから、配偶者の就業調整が解消されたわけではない。このため、配偶者控除の見直しによる就業調整の是正は限定的にならざるを得ない。 
 また、社会保険においては、配偶者の年収が130万円以上となると世帯主の扶養となることはできず、健康保険や年金について、配偶者自身が社会保険料を支払わなければならない。なお、2016年10月から大企業のパートの社会保険料の徴収基準が年収106万円に下がった。
 2018年1月から世帯主の所得控除38万円を受けられる配偶者の年収が103万円から150万円に上がったことから、パート主婦は働きに出やすくなった。しかし、社会保険の130万円の壁が存在することから、就業調整は配偶者の年収が130万円まで行われることになる。
 このように社会保険の壁が存在することから、税制と社会保障の見直しが整合しているとは言い難い。さらに、フルタイムで働きたいという配偶者には、依然として150万円の壁がある。したがって、女性の社会進出を阻害しているとする批判は解消されない。

2 給与所得控除等の見直し  2017年12月14日に決定された2018年度税制改正大綱において、「様々な形で働く人を応援し、「働き方改革」を後押しする観点から、特定の収入にのみ適用される給与所得控除や公的年金等控除から、どのような所得にでも適用される基礎控除に、負担調整の比重を移していくことが必要である。こうした基本的考え方の下、負担の変動が急激なものとならないようにするため、まずは、給与所得控除・公的年金等控除を10万円引き下げるとともに、基礎控除を同額引き上げることとする。
 給与所得控除については、平成26年度税制改正大綱において、「現行水準は、所得税の課税ベースを大きく浸食しており、実際の給与所得者の勤務関連支出に比しても、また主要国の概算控除額との比較においても過大となっていることから、中長期的には主要国並みの控除水準とすべく、漸次適正化のための見直しが必要である」との基本的方向性が示され、同年度改正において、給与所得控除の上限245万円(給与収入1,500万円超)から220万円(給与収入1,000万円超)に25万円引き下げた。
 平成30年度税制改正においても、給与所得控除の上限の引下げを行う。具体的には、給与収入が850万円を超える場合の給与所得控除額を195万円に引き下げる。ただし、子育てや介護に対して配慮する観点から、22歳以下の扶養親族が同一生計内にいる者や特別障害者控除の対象となる扶養親族等が同一生計内にいる者については、負担増が生じないよう措置を講ずる。
 公的年金等控除については、給与所得控除とは異なり収入が増加しても控除額に上限はなく、年金以外の所得がいくら高くても年金のみで暮らす者と同じ額の控除が受けられるなど、高所得の年金所得者にとって手厚い仕組みとなっている。また、諸外国は、基本的に、拠出段階、給付段階のいずれかで課税される仕組みとなっているが、わが国は、拠出段階では全額控除され、給付段階でも公的年金等控除が受けられ、拠出・給付の両段階で十分な課税がなされない仕組みとなっている。
 こうした点を踏まえ、世代内・世代間の公平性を確保する観点から、公的年金等控除について、公的年金等収入が1,000万円を超える場合、控除額に上限(見直し後の上限額:195.5万円)を設けることとする。また、公的年金等収入以外の所得金額が1,000万円を超える場合には控除額を10万円引き下げ、2,000万円を超える場合には控除額を20万円引き下げることとする。
 わが国の基礎控除については、所得の多寡によらず一定金額を所得から控除する所得控除方式が採用されているが、高所得者にまで税負担の軽減効果を及ぼす必要性は乏しいのではないか、高所得者ほど税負担の軽減効果が大きいことは望ましくないのではないかとの指摘がある。
 主要国においては、一定の課税所得までは税率を0とする「ゼロ税率方式」や、課税所得に累進税率を適用した後に一定の控除額を差し引く「税額控除方式」、所得控除方式を維持しつつ高所得者について控除額を逓減・消失させる「逓減・消失型の所得控除方式」が採用されており、いずれもわが国の所得控除方式と比べて所得再分配機能が高い。
 「ゼロ税率方式」や「税額控除方式」は、所得再分配機能の強化に寄与するものの、現行の所得控除方式から変更した場合、負担の変動が急激なものとなりかねないことから、「逓減・消失型の所得控除方式」を採用する。基礎控除は、人的控除の中で最も基本的な控除であり、より広い所得階層に適用されるべきものであることを踏まえ、所得金額の2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失する仕組みとする。(注)」という内容が公表された。
 今回、所得税の控除制度を見直すのは、働き方の多様化に対応する為に行われるとされている。働き方の多様化とは、給与所得者と同様の働き方であっても、フリーランスや自営業者としての扱いで報酬を得る働き方など、給与等として報酬を得ない人が近年増加傾向にある。雇用形態が多様化する中、給与所得者への手厚い控除のあり方を見直し、フリーランスや自営業者など同じような働き方をしている人との控除の格差を是正するためである。  
 給与所得控除は給与等にのみ適用がある制度であり、フリーランスや自営業者などのような働き方の人には適用されない。同じように働いているのにもかかわらず、給与所得者には最低65万円(改正後55万円)もの給与所得控除があり、フリーランスや自営業者には実際に負担した必要経費しか認められないという不公平をなくす為に今回の改正は行われるとされている。しかし、給与所得控除の引下げは課税最低限の額を引き下げることになり、憲法25条において規定されている最低保障額を侵害するおそれがある。
 また、中・低所得者の税負担は、基礎控除の拡大分と相殺して増えないが、高所得者の負担は増える。給与所得者の場合、年収850万円以下では変化なしで、年収850万円超で増税となり、年収1,000万円の人では年4万5千円ほどの負担増になる可能性がある。実質的に、多くの人にとっては、あまり変わらない内容となっているが、フリーランス、自営業者などの個人事業主は、基礎控除が10万円増えるため減税となる。
 さらに、年金所得から差し引く「公的年金等控除」についても、収入の高い人を中心に控除額が縮小し、所得の高い高齢者は増税となる。高所得者に過度の税負担を求めれば、働く意欲が低下し、消費の停滞を招き、経済の活性化を阻害する可能性がある。
 給与所得控除の見直しの結果、年収850万円を超える約230万人、給与所得者の約4%で負担が増加する。一方、フリーランスや自営業者は減税となり、約900億円の増税になる。税制の公平性・中立性を担保すべきなのに、増税策のために高所得者に負担が偏る流れは経済の活力を低下させる可能性がある。
 また、給与所得に比べ、透明性が低い事業所得や農業所得の「クロヨン問題」を解消し、所得の捕捉率を高める施策と体制の整備をしないで、高所得者の負担増だけでは公正であるということはできない。

Ⅵ 控除制度のあり方
 2018年度税制改正大綱において、働き方の多様化に対応する為の給与所得控除の見直しがなされ、高所得者の給与所得控除を縮小し、誰もが適用になる基礎控除を拡充した。2017年度の配偶者控除の見直しなど、ここ数年高所得者の負担を増やす改正が続いている。所得税の将来を見据えた税制の抜本改革になっているのか疑問が残る内容である。
 少なくとも、所得控除方式では累進税率により高所得者ほど税負担の軽減効果が大きくなることから、所得の多寡にかかわらず税負担の軽減額が一定になり、中立的な所得格差是正効果が大きい税額控除方式へ転換する必要がある。
 さらに、課税最低限以下の所得者はそもそも所得税の納税義務を負わないため、所得税法上の減税措置は効果がない。したがって、所得控除や税額控除などの措置は有効ではない。そこで、税額控除による税額軽減効果を享受できない低所得者に対し、税額控除しきれない分を還付し、低所得者への所得保障の一種として機能する給付付き税額控除制度を採用すべきである。今後、課税の公平・中立・簡素の観点から、所得控除や税額控除などのあり方を税制全体として総合的に見直す必要がある。
(注)自由民主党・公明党「平成30年度税制改正大綱 平成29年12月14日」3頁~5頁。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は、『基本がわかる会社法』(三省堂・2017)、『信託の法制度と税制』(税務経理協会・2017)、『合同会社の法制度と税制(第二版)』編著(税務経理協会・2015)など。

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