カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2018年06月11日 【特別解説】 IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」~IFRS早期適用日本企業の事例~(2018年6月11日号・№742)

特別解説
IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」~IFRS早期適用日本企業の事例~

はじめに

 企業の業績のトップラインを決める会計基準であるIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益(2014年5月公表)」が、いよいよ今年度(2018年12月期)から強制適用される。それに先立ち、わが国でIFRSを任意適用して有価証券報告書を作成・提出している企業(以下「IFRS任意適用日本企業」という。)においても、IFRS第15号を早期適用する例が出始めている。本稿では、2017年12月期決算においてIFRS第15号を早期適用したIFRS任意適用日本企業5社(楽天、花王、キリンホールディングス、協和発酵キリン及びウルトラファブリックスホールディングス)が行ったIFRS第15号に基づく開示を見てみることにしたい。(本稿で取り上げる各社の開示は、すべて2017年12月期のものである。)

IFRS第15号の開示に関する規定  企業は、次のすべてに関する定量的情報及び定性的情報を開示しなければならないとされている(第110項)。
(a)顧客との契約
(b)当該契約にIFRS第15号を適用する際に行った重要な判断及び当該判断の変更
(c)顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産
 これらのそれぞれについて、各社が行った開示を抜粋して紹介することとしたい。

顧客との契約  企業は、顧客との契約について、表1に掲げた項目を開示しなければならないとされている。

【表1】顧客との契約について、企業が開示を求められる項目
開示項目
の種類
IFRS15号の規定 開示が求められる事項
全般的事項 第113項 ・顧客との契約から認識した収益(その他の源泉と区別して表示する)
・企業の顧客との契約から生じた債権又は契約資産について(IFRS 第9号に従って)認識した減損損失
収益の分解 第114項
第115項
・収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性がどのように経済的要因の影響を受けるのかを描写する区分に分解する。
・分解した収益の開示と、各報告セグメントについて開示される収益情報との間の関係を理解できるようにするための十分な情報を開示する。
契約残高に関する情報
第116項
第117項
第118項
・顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高
・当報告期間に認識した収益のうち期首現在の契約負債残高に含まれていたもの
・当報告期間に、過去の期間に充足した履行義務から認識した収益
・履行義務の充足の時期が通常の支払時期にどのように関連するのか、及びそれらの要因が契約資産及び契約負債の残高に与える影響
・当報告期間中の契約資産及び契約負債の残高の重大な変動の説明
履行義務に関する情報
第119項
第120項
第121項
第122項
・企業が履行義務を充足する通常の時点
・重大な支払条件
・企業が移転を約束した財又はサービスの内容
・返品及び返金の義務並びにその他の類似の義務
・製品保証及び関連する義務の種類
・報告期間末現在で未充足の履行義務に配分した取引価格の総額
・開示した金額を企業がいつ収益として認識すると見込んでいるのかの説明
・企業は、第121項における実務上の便法を適用しているかどうか

収益の分解  まず、事業別と地域別の両面から収益を分解している花王の開示例を紹介すると事例1のとおりである。

 また、主要なサービスラインとセグメントごとに収益を分解している楽天の開示例は次のとおりである(事例2参照)。
 これまでのわが国においても、事業の種類別や地域別のセグメント情報の開示は行われていたが、両社の開示を見ると、IFRS第15号に基づくとこれまでよりもかなり詳細かつ具体的な開示が要求されることが分かる。

契約残高に関する情報  契約残高に関する情報については、協和発酵キリンの事例を取り上げる(事例3参照)。

【事例3】協和発酵キリン 顧客との契約から生じた債権と契約負債の内訳
(単位:百万円)
当連結会計年度
(2017年12月31日)
前連結会計年度
(2016年12月31日)
移行日
(2016年1月1日)
顧客との契約から生じた債権
受取手形及び売掛金 97,102 100,076 106,576
契約負債 11,256 14,802 17,948
(注)契約負債の期首残高のうち認識した収益の金額は、当連結会計年度において6,158百万円、前連結会計年度において5,378百万円であります。また、過去の期間に充足した履行義務から認識した収益の金額は、当連結会計年度において11,040百万円、前連結会計年度において4,938百万円であり、主なものはマイルストン収入及びランニング・ロイヤリティ収入であります(以下略)。

 顧客との契約から生じた売掛金や受取手形等の債権の残高の開示は特に目新しいものではないと思われるが、契約資産及び契約負債の残高や、当期に認識した収益のうち期首現在の契約負債残高に含まれていたものや、当期中に、過去の期間に充足した履行義務から認識した収益などの情報については、新たにデータを取り直す必要が生じる企業が多いと考えられる。

履行義務に関する説明  履行義務の充足時期に関する、キリンホールディングスの開示は事例4のとおりである。

【事例4】キリンホールディングス 履行義務の充足時期
 技術収入のうち、履行義務が一時点で充足されないものについては、対価を契約負債として計上し、開発協力等の関連する履行義務に従い一定期間にわたって収益として認識しております。残存履行義務に配分した取引価格の総額及び収益の認識が見込まれる期間は、以下のとおりであります。
(単位:百万円)
前年度
(2016年12月31日)
当年度
(2017年12月31日)
1年以内 6,169 4,098
1年超2年以内 3,525 3,194
2年超3年以内 1,815 1,425
3年超 3,293 2,540
合 計 14,802 11,256

 また、花王は、実務上の便法を利用して、情報の記載を省略している(事例5参照)。

【事例5】花王 残存履行義務に配分した取引価格
 当社グループにおいては、個別の予想契約期間が1年を超える重要な取引がないため、実務上の便法を使用し、残存履行義務に関する情報の記載を省略しております。また、顧客との契約から生じる対価の中に、取引価格に含まれていない重要な金額はありません。

当該契約にIFRS第15号を適用する際に行った重要な判断及び当該判断の変更  契約にIFRS第15号を適用する際に行った重要な判断(判断の変更を含む)に関する情報については、企業は、履行義務の充足の時期と、取引価格及び履行義務への配分額を決定する際に用いた判断及び当該判断の変更を説明しなければならない(第123項)。
 ここで企業は、一定の期間にわたり充足する履行義務について、収益を認識するために使用した方法(アウトプット法、インプット法など)と、その方法を選択した理由の説明(第124項)、一時点で充足される履行義務について、企業は、約束した財又はサービスに対する支配を顧客がいつ獲得するのかを評価する際に行った重要な判断を開示しなければならない(第125項)。
 各社ともに、収益認識の要件(履行義務が充足される時期や方法等)を、手がけている主要なビジネスごとに詳細に開示している一方で、ウルトラファブリックスホールディングスは、同社グループの収益認識の要件をシンプルに説明している(事例6参照)。

【事例6】ウルトラファブリックスホールディングス 収益認識の重要な会計方針(一部省略あり)
 当社グループの収益認識の要件は以下のとおりです。
① 物品の販売
 物品の販売からの収益は、物品の所有に伴う重要なリスク及び経済価値が買手に移転したときに認識しており、通常は物品の引渡時点で認識しています。物品の販売からの収益は、返品、値引き、割戻し及び売上割引を控除後の受領した又は受領可能となる対価の公正価値から、割引、割戻し又は関連する税金を控除した金額で測定しています。
② サービスの提供
 当社グループにおけるサービス提供は、主として生産委託契約に基づく製品の組立加工、設備等の販売に付随して発生する技術指導等であり、通常短期間で完了します。当該取引の収益は、サービス提供時に発生主義で認識しております。

顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産  顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産について、企業は、顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際に行った判断と、各報告期間に係る償却の決定に使用している方法、顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストから認識した資産について、資産の主要区分別(例えば、顧客との契約の獲得のためのコスト、契約前コスト及びセットアップコスト)の期末残高、当報告期間に認識した償却及び減損損失の金額を開示しなければならない(第127項、第128項)。
 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産については、実務上の便法を利用せずに原則的な開示を行った楽天の事例を取り上げる(事例7参照)。

【事例7】楽天 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産
(単位:百万円)
前連結会計年度
(2016年12月31日)
当連結会計年度
(2017年12月31日)
契約獲得のためのコストから認識した資産 33,094 43,027
契約履行のためのコストから認識した資産
5,573 6,863
合 計 38,667 49,890
 当社グループは、顧客との契約獲得のための増分コスト及び契約に直接関連する履行コストのうち、回収可能であると見込まれる部分について資産として認識しており、連結財政状態計算書上は「その他の資産」に計上しています。契約獲得のための増分コストとは、顧客との契約を獲得するために発生したコストで、当該契約を獲得しなければ発生しなかったであろうものです。

 当社グループにおいて資産計上されている契約獲得のための増分コストは、主に顧客を獲得するために発生した入会関連費用です。又契約履行のためのコストは、主に楽天カードの作成費用です。資産計上された当該入会関連費用は、楽天カードへの新規入会者に付与した楽天スーパーポイントに関するコストであり、契約を獲得しなければ発生しなかった増分コストです。なお、当該費用を資産計上する際には、カードの有効稼動会員割合等を加味した上で、回収が見込まれる金額のみを資産として認識しています。また、当該資産については、会員のカード利用による決済サービスの提供という履行義務が充足されるカード会員の見積契約期間に応じた10年間の均等償却を行っています。

 また、契約コストから認識した資産については、計上時及び四半期ごとに回収可能性の検討を行っています。検討に当たっては、当該資産の帳簿価額が、カード会員との契約が継続すると見込まれる期間にわたり関連するクレジットカード関連サービスと交換に企業が受け取ると見込んでいる対価の残りの金額から、当該サービスの提供に直接関連し、まだ費用として認識されていないコストを差し引いた金額を超過しているかどうか判断を行っています。これらの見積り及び仮定は、前提とした状況が変化すれば、契約コストから認識した資産に関する減損損失を損益に認識することにより、契約コストから認識した資産の金額に重要な影響を及ぼす可能性があるため、当社グループでは、当該見積りは重要なものであると判断しています。前連結会計年度及び当連結会計年度において、契約コストから認識した資産から生じた償却費は、それぞれ6,870百万円及び9,299百万円です。

 また、花王は、顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産についても、実務上の便法を利用している(事例8参照)。

【事例8】花王 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産
 当連結会計年度において、顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産の額に重要性はありません。また、認識すべき資産の償却期間が1年以内である場合には、実務上の便法を使用し、契約の獲得の増分コストを発生時に費用として認識しております。

終わりに  平成30年3月30日、わが国の企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下「収益認識会計基準」という。)」及び同適用指針(企業会計基準適用指針第30号)を公表した。収益認識会計基準と適用指針は平成33年(2021年)4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用され(早期適用も可能)、わが国企業の損益計算書(連結及び個別)のトップラインである売上計上や開示の実務が変わることになる。
 本稿でも紹介したように、IFRS第15号は多くの開示項目を定めているが、わが国の収益認識会計基準は、顧客との契約から生じる収益について、「企業の主要な事業における主な履行義務の内容」と、「企業が当該履行義務を充足する(収益を認識する)通常の時点」の開示のみを求めている(第80項)。
 現時点では、IFRS第15号とわが国の収益認識会計基準との間に開示項目で差があることについて、ASBJは、「収益認識会計基準を早期適用する段階では、各国の早期適用の事例及びわが国のIFRS第15号の準備状況に関する情報が限定的であり、IFRS第15号の注記事項の有用性とコストの評価を十分に行うことができないため、必要最低限の定めを除き、基本的に注記事項は定めないこととし、収益認識会計基準が適用される時(平成33年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首)まで(準備期間を含む)に、注記事項の定めを検討する」としている。
 収益認識会計基準は、IFRS第15号の規定をほぼそのまま取り入れる形で作成するとともに、わが国特有の実務を織り込んだ「IFRS第15号の定めを基礎とした以外のもの」や多くの設例を適用指針に組み込むといった方式や、開示項目の段階的な検討など、その作成のプロセスは、これまでのわが国の会計基準設定の歴史からすると、異例ずくめであったといえる。グローバルな比較可能性を確保するために、IFRS第15号や米国のTopic606が適用される時期にわが国の会計基準の開発・適用時期も合わせなければならないという厳しい制約の元で、わが国においても、関係者が少しでも納得感をもって広く受け入れられるような基準を作るために最善の選択を行った結果であろう。
 今後グローバルな比較可能性を確保しつつも、わが国の実務にも目配りをした収益認識会計基準を作っていくためには、IFRS第15号を適用している欧州企業やTopic606を適用している米国企業に加え、わが国のIFRS任意適用企業による開示の調査分析も必須であると思われる。強制適用までのあと3年程度の「準備期間」をフルに生かして、不必要な手間をかけることなく十分な開示が行われ、実務においても円滑な導入がなされるようにしなければならない。 

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索