カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2018年08月27日 【特別解説】 監査上の主要な検討事項(KAM)~欧州企業による開示事例の調査③~

特別解説
監査上の主要な検討事項(KAM)
~欧州企業による開示事例の調査③~

 本稿では、前回のパート②(本誌749号参照)に引き続いて、具体的なKAMの記載内容(リスクの内容やそれに対する監査人の対応等)を紹介することとしたい。なお、本稿で紹介するKAMは、各社のウェブサイトに掲載されている事業報告書(Annual reportやRegistration document)に添付されている監査報告書のKAMの部分を仮訳したものである。翻訳の誤りや訳文が読みづらい場合等もありえるが、その際はご容赦いただきたい。また、正確な理解のためには必要に応じて英語の原文をご参照いただければ幸いである。

カリリオン社の監査報告書に記載されたKAM
 2018年1月に、英国の建設業大手のカリリオン(Carillion)社が、即時の会社清算を裁判所に申請したと発表された。報道によると、カリリオン社は英国の建設業では第2位であり、公共案件に強みを持つ企業である。カリリオン社は多額の借入金の返済に行き詰まり、取引銀行や政府に資金支援を申し入れていたが、交渉で合意を得られなかったとのことであった。これまでのところ、粉飾決算や不正な経理等が行われていたとの報道は特にされておらず、いわゆる「不況型」の倒産であったと考えられる。
 2016年度までのアニュアルレポートが同社のウェブサイトに掲載されており、2013年12月期から2016年12月期までの4年分については、KAMが記載された監査報告書が添付されている。
 各年度のカリリオン社の監査報告書に記載されたKAM(risks of material misstatement)は、次のとおりであった(会計監査人は、いずれの年度もKPMGであった)。
・2013年度(3項目)  ・ 収益及びマージンの認識(工事進行基準他)
 ・ のれんの評価
 ・ 非反復的な営業及び非営業項目(いわゆる特別損益項目等)
・2014年度(2項目)  ・ 工事契約の収益、マージン、及び関連する債権と負債の認識
 ・ のれんの簿価
・2015年度(2項目。2014年度と同一)  ・ 工事契約の収益、マージン、及び関連する債権と債務の認識
 ・ のれんの簿価
・2016年度(3項目)  ・ 工事契約の収益、マージン、及び関連する債権と債務の認識
 ・ その他の収益(ライセンス契約に基づく収益)の判断
 ・ のれんの簿価
 工事進行基準等による工事契約に係る収益の認識は、カリリオン社に限らず建設業の企業全般に広く見られるKAMであり、のれんの簿価、のれんの評価、減損テスト等も、業種を問わず、記載されることが多い。なお、2016年度を含む、各年度のアニュアルレポートにおいて、カリリオン社は継続企業の前提に疑義がある旨の注記を一度も行っておらず、会計監査人も、監査報告書において、継続企業の前提に関して経営者が行った判断に同意している。

テスコ社における不正経理
 2014年の9月下旬、英国の大手小売業のテスコ社は、深刻な会計上の問題を発見し、通期の業績予想が2億5000万ポンド(当時の為替レートで約445億円)かさ上げされていたと公表した。英国のスーパー、百貨店等の小売事業者に時折見られるが、テスコ社の決算期(会計期間)は特殊で(注)、不正が発覚した会計年度は2015年2月28日に終了する53週間であり、前年度(=KAMの導入初年度)は、2014年2月22日に終了する52週間であった。不正経理(売上高の過大計上等)の発生の前後で、監査報告書にはどのようなKAMが記載され、不正経理の発生によってどのように変化したのであろうか。なお、テスコ社の会計監査人は、2013年度、2014年度ともに、PwCであった。
(注)国際会計基準(IAS)第1号「財務諸表の表示」の第37項では、「通常、企業は1年間についての財務諸表を継続的に作成する。しかし、実務上の理由で、例えば、52週間について報告することを選択する企業もある。本基準はこのような実務を妨げない。」とされている。

テスコ社の2013年度の監査報告書において記載されたKAM
 不正経理が発覚する前の年度である2013年度(テスコ社の場合には、2014年2月22日に終了する52週間)は、英国の企業の監査報告書に対して、KAMが始めて導入された事業年度であった。当時は現在にも増して事例が少なく、テスコ社に限らず、英国中の上場企業とその会計監査人が、協議と情報収集、試行錯誤を重ねていたことと思われる。
 この2013年度にテスコ社の監査報告書に記載されたKAM(Area of particular audit focus)は6項目であり、具体的には次のとおりであった。
① 収益の認識
② 有形固定資産の減損
③ 売却目的保有の資産の評価
④ テスコ銀行における引当金と準備金
⑤ 経営者による内部統制の無効化リスク
⑥ 収益認識における不正リスク
 このうち、⑤と⑥について、実際の記載内容を紹介することとしたい。
 ⑤の経営者による内部統制の無効化リスクについて、リスクの概要(Area of focus)には、「英国及びアイルランドのISAが、監査人に対して、この点を検討することを要求している(ISAs(UK&Ireland)require that we consider this)」と1行記載されているのみであり、リスクの内容についての具体的な記述は一切なされていない。これに対して、監査上の対応の記載は、次のとおりであった。
 「私たちは、不適切な行為に対してスタッフが内部通報を行うための取り決めを含む、テスコグループの全般的な統制環境を評価するとともに、上級経営者と内部監査部門にインタビューを行った。私たちは、重要な会計上の見積りと財務諸表に関連する判断を検証し、不正による重要な虚偽表示リスクの存在を示すことがある、取締役会の偏向の証拠を検討した。私たちは、手作業による仕訳入力をテストし、私たちの作業を実施するタイミングについて、会社側が想定しない要素を組み込んだ。」
 ⑥の収益認識における不正リスクの概要については、「ISAは、収益認識について不正リスクが存在すると推定している。なぜなら、計画したとおりの成果を達成することについて経営者がプレッシャーを感じることがあるためである。したがって私たちは、取引の発生と、それらについて、テスコグループが収益を記録する権利を得た期において記録したかどうかに着目した。」と記載されている。一方、監査上の対応は、「関連するITシステムにおける収益の記録に関する内部統制をテストし、年間に記録された収益について実証テストを実施した。私たちは、小売売上取引が現金の受領で裏付けられていることをテストするとともに、通例でない、又は規則的でない項目を識別するために、収益勘定に記入された仕訳入力をテストした。」と記載されていた。
 2013年度がKAM導入の初年度であったという事情を差し引いて考えても、経営者による内部統制無効化のリスクの概要について、具体的な記載もないまま、「ISAが要求しているから、とりあえずKAMとして記載した」と言わんばかりの記載がなされたのは大変残念であり、不幸なことであったといえるであろう。

テスコ社の2014年度の監査報告書において記載されたKAM
 不正発覚直後の2014年度(2015年2月28日に終了する53週間)の監査報告書に記載されたKAMは、どのようになったであろうか。
 KAM(Areas of focus)に記載された項目は、前期よりも2項目増えて、計8項目であった。
① 収益の認識
② 収益(Commercial income)-過年度の影響
③ 有形固定資産の減損
④ 棚卸資産
⑤ 関連会社における投資の減損
⑥ テスコ銀行における引当金と準備金
⑦ 経営者による内部統制の無効化リスク
⑧ 法令等への準拠
 このうち、②、⑦、⑧について、実際の記載内容を紹介することとしたい。
 ②の「収益(Commercial income)-過年度の影響」のリスクの概要(Area of focus)の記載は次のとおりであった。
 「当グループは、財務諸表において過年度に認識した収益が2013年度において53百万ポンド、2014年度において155百万ポンド過大表示されていたと発表した。取締役は、過年度に関連する金額を正確に決定し、どの年度に影響が及んだかを決定することは不可能であると結論した。しかし、経営者は過年度に関連する金額について質的及び量的な見積りを行った。過年度に関連する潜在的な虚偽表示の値を見積った後、取締役はこれらの金額が、過年度の財務諸表の修正再表示が必要なくらい重要性があるかどうかを評価した。取締役は、過年度に関連する金額は多額(significant)ではあるが、会計上の観点から見て重要性がなく(not material)、その結果、2013年度の財務諸表の修正再表示は不要という結論に達した。」
 これに対する監査上の対応は、次のとおりであった。
 「私たちは、経営者による、過年度に関連する値に関する質的及び量的な分析や判断を批判的に検討(challenged)し、経営者による評価は妥当であると考えた。2013年度における見積影響額は53百万ポンドであり、私たちが適用した重要性の金額である150百万ポンドを下回っている。また、2012年度末及び2013年度末の貸借対照表における影響額(それぞれ155百万ポンドと208百万ポンド)は、テスコグループの各事業年度末の総資産残高の0.5%を下回っている。過年度に関する見積額の内容と量を慎重に検討した結果、私たちは、これらの金額は多額ではあるが、財務諸表を修正再表示するほどの重要性はないとする取締役の見解に同意した。過年度分の見積り影響額は、当期の損益計算書に反映されており、テスコグループはこれを一回限りの項目(one-off item)として識別した。私たちはこの会計処理に同意し、アニュアルレポート上で会社が行った、過年度の財務諸表における虚偽表示の影響に関する詳細な開示を支持する。」

 不正会計の露見や前事業年度における簡潔すぎる記載への反省もあってか、「⑦経営者による内部統制の無効化リスク」に関する記述はかなり詳細である。まず、経営者による内部統制の無効化リスクの概要としては、「収益の過大表示の問題について、英国においてSFO(重大不正捜査局)による捜査が行われている。私たちはそれらの事項に対する経営者による内部統制無効化の影響について検討した。すでに述べたように、私たちはこの領域を重視し、私たちが重要な虚偽表示リスクに適切に対応したことが担保されるようにテストを立案した。今年、テスコグループが直面した試練を契機として、取締役は、より高度な判断が求められる財務諸表のそれらの領域について、より厳密に検証するようになった。この検証の結論を導出するにあたっては、過度の保守主義が適用されるリスクが存在する。私たちは判断を要する領域を監査する際、及び財務諸表が適正に表示されているかどうかについての全般的なレビューを実施する際に、このリスクを検討した。」
 これらのリスクに対する監査上の対応は、次のとおりであった。
 「私たちは、テスコグループが収益の虚偽表示を公表した2014年9月以降の変更点を中心に、テスコグループの統制環境を評価した。具体的には次の手続を実施した。
 ・ 統治責任者(監査役等)の独立性や客観性、及び彼らに提供される情報の質と適時性を含む、全般的なガバナンスと監督プロセスを理解した。私たちは特に、取締役会の構成員や上級幹部が最近交代したことによる影響が、監督プロセスにどのような影響を与えたかを検討した。
 ・ テスコグループの行動規範と内部通報プロセス、グループを通じたコミュニケーションを検討した。2014年9月以降、取締役会は、社風、誠実性及び倫理観の重要性を強調した、グループ全体にわたるコミュニケーションプログラムを立ち上げた。
 ・ 内部監査部門が行った作業の範囲と結果を検証した。2014年9月の発表以降、内部監査部門は、英国における収益計上のプロセスに対するレビューの実施、及び重要な会計上の判断を要する領域を取り巻く内部統制の検証を重視した作業プログラムを完了した。私たちは、監査手続の計画と実施にあたり、この作業の結果を考慮した。
 ・ 収益計上のプロセス及び内部統制に対する変更点を評価し、変更点について、従業員に対する研修が行われていることを確認した。これらの変更は会計期間の途中で行われたため、1会計期間全体を通じて運用されていない。したがって私たちは、2015年度の収益の監査の一環として、これらの内部統制について重要な依拠はしなかった。
 ・ 私たちはまた、手作業による仕訳入力をテストし、テストのために抽出するサンプルや作業実施の時期について、顧客が想定しない要素を組み込んだ。
 ・ 私たちは、重要な虚偽表示リスクを示す経営者の偏向の有無の証拠とするため、財務諸表に関連する重要な会計上の見積りと判断を検証した。これらの見積りには、上記で述べた減損や引当の領域が含まれている。私たちの財務諸表に対する全般的な意見に示されているように、私たちは保守主義の水準が許容範囲に収まっていると考えた。」

 「⑧法令等への準拠」のリスクの概要は次のとおりであった。
 「2014年9月に収益の過大表示に関する発表を行って以来、テスコ社は英国においてSFO(重大不正捜査局)による捜査を受けている。当該捜査の結果は、今後しばらくは不明である。しかしながら、捜査の結果罰金が課されるようであれば、それは多額になると思われる。この時点において将来の罰金に備えた引当が必要かどうかを取締役が評価するにあたって、高度な判断が要求されると想定して、この領域を重視した。」
 これに対する監査上の対応は、次のとおりであった。
「・状況を理解し協議するために、私たちはテスコ内外の法務チームと面談した。
 ・取締役が備えるべき金額に気付いているかどうかを検討するために、取締役会と経営会議の議事録を通読した。
 ・SFOによる捜査に関連するアニュアルレポートでの開示を通読した。
 ・経営者確認書を通じて、この時点においては引当金の計上は不要であることを経営者に確認した。」

おわりに
 これまで3回に分けて、わが国よりも先行してKAMを導入した、英国や欧州大陸各国の企業の監査報告書に記載されたKAMの調査分析を行ったが、あと数年のうちに米国やわが国の企業においてもKAMが導入され、足並みが揃うことになる。
 ISA701の第2項では、監査上の主要な事項のコミュニケーションの目的は、「実施された監査に関する透明性を強化することにより、監査報告書の情報価値を高めることにある」とされている。わが国に限らず、これまで監査人が、自ら実施した監査についての情報を外部に公表することはほとんどなく、専門用語の難解さや分かりにくさ等もあいまって、監査の過程はブラックボックスであるという批判が各方面から根強くなされてきた。今回のKAMの導入により、監査人は説明責任を十分かつ適切に果たすべきであるという意見がある一方で、監査の信頼性を回復し、世間一般に監査の意義を認めさせる千載一遇の機会であるといった声も聞かれる。
 IFRSや米国基準に比べると、制度上要求される開示内容が質量ともに乏しく、企業による開示の内容も、良くも悪しくも横並びで個性に乏しいといわれるわが国において、KAMが期待されたとおりの成果を挙げられるかどうかは未知数である。また、顧客との間の守秘義務や、これまでの画一的な監査報告書に慣れ親しんできた監査人は、情報を外部に提供することについて、企業以上に不慣れである。
 しかしながら、KAMがわが国で導入されれば、それは、投資家をはじめとする財務諸表利用者が、監査の品質を評価するための有力な情報になることは間違いないと思われる。監査人としては、難解な用語や紋切り型の表現の使用を避けつつ、自らの言葉で監査上の重要な事項や実施した監査手続等を分かりやすく記載しなければならないであろう。非常に高いハードルであり、相当な覚悟と発想の転換が必要と考えざるを得ない。
 幸いなことに、欧州の先行事例の調査結果や分析を読むと、細かな問題点はあるものの、全体的に見ればKAMの導入は成功であり、監査報告書の有用性が大幅に向上したという評価がなされている。監査人は思い切った対応を行い、財務諸表の利用者や当局は監査人の努力を好意的に受け止めて、一定の評価を与えているように思われる。そして、導入1年目よりも2年目以降のほうが、KAMの記載はより具体的になり、質が向上したという評価もなされている。わが国も、外国のこれらの先例に学びつつ、良い流れに乗って後に続かなければならない。
 制度の導入当初は、ある程度の「産みの苦しみ」は避けられないかもしれないが、良質なKAMが記載されることによって企業や株主が監査の品質を適切に評価できるようになり、監査法人の側でもより高品質な監査を提供するインセンティブが強化される、それによりさらに監査への信頼感が高まる、というポジティブなサイクルが回ることを期待したい。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索