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解説記事2018年12月03日 【論考】 取締役に対する適切な報酬のあり方―会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案(仮案)を踏まえて―(2018年12月3日号・№765)

論考
取締役に対する適切な報酬のあり方
―会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案(仮案)を踏まえて―
 神奈川大学法学部教授 葭田英人

Ⅰ はじめに

 2018年10月24日、法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会において、会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案(仮案)(以下、要綱案(仮案)という。)がとりまとめられた。なかでも、「取締役の報酬等」に関する規律の見直しとして、①取締役の報酬等の決定方針、②金銭でない報酬等に係る株主総会の決議による定め、③取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定の再一任、④取締役の報酬等である株式及び新株予約権に関する特則、⑤情報開示の充実、が盛り込まれた。これらの項目については、法制審議会総会において要綱案が採択され、2019年に改正案が国会に提出される見込みである。
 取締役の報酬等を適切な職務執行のためのインセンティブとして機能するような見直しが必要ではないかという指摘や、取締役に対して適切なインセンティブを付与するために、株式報酬等や業績連動報酬(株式会社の業績等に連動させる報酬)などの重要性が指摘されていた。このようなインセンティブ報酬を付与する場合に、会社法における取締役の報酬等に関する規律の運用が必ずしも明確ではないことから、「取締役の報酬等」に関する規律の見直しの提案がされた。
 そこで、要綱案(仮案)における「取締役の報酬等」に関する規律の見直しについて、その課題を検討し、取締役に対する適切なインセンティブ報酬のあり方を考察する。

Ⅱ 取締役の報酬等の決定方針
 「取締役の報酬等の決定方針」については、要綱案(仮案)において、つぎのように提案がされた。
 株式会社において、取締役の報酬等の内容に係る決定に関する方針(各取締役の報酬等についての報酬等の種類ごとの比率に係る決定の方針、業績連動報酬等の有無およびその内容に係る決定の方針、各取締役の報酬等の内容に係る決定の方法の方針等)を定め、または改定する取締役の報酬等に関する議案を株主総会に提出した取締役は、その株主総会において、その方針とその議案との関係を説明しなければならないものとする(要綱案(仮案)第2部第1・1(1))。
 現行法においては、指名委員会等設置会社の報酬委員会は、取締役、執行役、会計参与が受ける個人別の報酬等の内容に係る決定に関する方針を定め、それに従い個人別の額、具体的な算定方法および金銭でない場合の個人別の具体的な内容を決定しなければならない(会社法404条3項・409条)。しかし、「取締役の報酬等の決定方針」を定める義務がある指名委員会等設置会社以外の株式会社にまで定める義務を求める提案がされた。監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)および監査等委員会設置会社の取締役会は、取締役の報酬等の決定方針の決定もしくは改定するときには、株主に対して、取締役の報酬等の必要性および合理性を説明する義務を求められている。

Ⅲ 金銭でない報酬等に係る株主総会の決議による定め
 「金銭でない報酬等に係る株主総会の決議による定め」については、要綱案(仮案)において、つぎのように提案がされた。
 取締役の報酬等のうち金銭でないもの、具体的には、その株式会社の株式または新株予約権を報酬等とする場合、定款にその事項を定めていないときは、株主総会の決議により、株式については、その株式の数(株式の種類および種類ごとの数)の上限およびその株式の交付の条件の概要、新株予約権については、その新株予約権の数の上限および内容の概要を定めるものとする(要綱案(仮案)第2部第1・1(2))。
 つまり、取締役の報酬等のうち株式報酬や新株予約権報酬を行うときには、既存株主の持株比率が低下するだけでなく、希釈化による損失が生ずる可能性がある。したがって、株主総会で株主の判断を受けることが適切であることから、株式や新株予約権の具体的な内容を明らかにし、それらの報酬等についての株主総会での決議事項の明確化を求めるものである。

Ⅳ 取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定の再一任
 「取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定の再一任」については、要綱案(仮案)において、つぎのように提案がされた。
 取締役会設置会社においては、各取締役(監査等委員である取締役を除く。)の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、取締役会の決議によって定めなければならないものとする。この場合、非公開会社の取締役会は、その決議によって、報酬等の決定を取締役に委任することができるものとする。ただし、公開会社は、株主総会の決議により、取締役会の決議によって報酬等の決定の全部又は一部を取締役に委任することができる旨を定めることができるものとする(要綱案(仮案)第2部第1・1(3))。
 会社法上、取締役の報酬等の額、算定方法、具体的内容については、定款で定めていないときは、株主総会の決議によって定めるものとしている(会社法361条1項)。しかし、取締役の個人別の報酬等の額が明らかになることを避けるために、株主総会では取締役全員の報酬等の額の最高限度のみを定めて、取締役の個人別の報酬等の内容の決定を委任された取締役会が、その決定を代表取締役に再一任することが実務上されていることが問題となっている。
 このような再一任については、取締役会による代表取締役に対する監督に不適切な影響を与える可能性があるため、禁止すべきであるという指摘や、再一任をする場合には、株主総会の決議による明示の承認を要するものとすべきであるという指摘がされている。もっとも、非公開会社においては、再一任をすることに合理性がある場合もあるという指摘もされている。そこで、公開会社において、取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定を取締役に再一任するためには、株主総会の決議を要するものとする案である(注1)。つまり、利益相反の問題が生じる可能性が高い代表取締役等への再一任を制限しようとするものである。

Ⅴ 取締役の報酬等である株式及び新株予約権に関する特則
 上場会社の取締役へ適切なインセンティブを与えるという観点から、株式報酬等が注目されている。要綱案(仮案)第2部第1・1(4)において、①取締役(取締役であった者を含む。)のみに対して、現物出資の方法によらず、金銭の払込みを要しないで株式を報酬等として交付することができるとする。②新株予約権をストックオプションとして交付する場合には、新株予約権の行使に際し、取締役(取締役であった者を含む。)のみに対して、財産の出資を要しないことができるとする提案がされた。これは、株式を交付する報酬制度が広がっていることや、行使に際し出資を要しない新株予約権の交付が行われていることなどから、このような提案がされている。 
 なお、部会においては、交付される株式と新株予約権には議決権の有無などの違いがあることや、このような見直しが実質的に取締役による労務出資を認めることとなること、無償で取締役が議決権を取得することによる不当な経営者支配を助長するおそれがあることなどの問題点の指摘があった(注2)。

Ⅵ 情報開示の充実
 現行法上、公開会社は、取締役を含む会社役員の報酬等に関する事項を事業報告の内容に含めなければならないこととされている(会社法施行規則121条4号等)。部会において、事業報告における会社役員の報酬等に関する開示の内容は不十分であり、これを充実するための見直しをすべきであるという指摘がされたため、会社役員の報酬等に関する事項について、公開会社における事業報告による情報開示に関する規定の充実を図ることが提案された(注3)。
 現行法上、事業報告では、報酬等の種類に応じた開示までは求められていない。しかし、取締役を含む会社役員の報酬等の透明性および公平性、その必要性および合理性を確保し、役員報酬によってどのようにインセンティブが付与されているか、株主が的確に知ることができるようにするため、①報酬等の決定方針に関する事項、②報酬等についての株主総会の決議に関する事項、③取締役会の決議による報酬等の決定の委任に関する事項、④業績連動報酬等に関する事項、⑤職務執行の対価として株式会社が交付した株式または新株予約権等に関する事項、⑥報酬等の種類ごとの総額、の開示を求める提案がされた(要綱案(仮案)第2部第1・1(5))。
 なお、報酬等の額の個人別の事業報告における開示については、プライバシーの保護や開示の意義の観点から問題となる。現行の開示制度でも、報酬額が1億円以上の取締役は有価証券報告書で個人別に開示されており、1億円未満の報酬額の個人別開示の必要性は乏しいように思われる。また、個人別の報酬額の開示は求めないにしても、報酬の種類の割合については、個人別あるいは類型別(社内取締役・社外取締役)に開示される必要性はある。つまり、経営陣に適切なインセンティブを与え、その成果を判断するための情報開示が求められる。

Ⅶ 取締役に対する適切なインセンティブ報酬
 要綱案(仮案)が求める取締役に対する適切なインセンティブ報酬は、コーポレートガバナンス・コード(補充原則4-2①)において、「取締役会は、経営陣の報酬等が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである」とされている。
 中長期的な業績と連動する報酬とは、3年以上の期間の業績や株価に連動して報酬内容が決定される報酬をいう。賞与のように単年度の短い期間の業績と連動させて決定される短期業績連動報酬とは区別される。
 また、取締役の報酬等として、現金報酬と自社株報酬が挙げられている。現金報酬は、業績指標に連動するものと、株価に連動するものに分けられる。自社株報酬には、①新株予約権を報酬として交付するストックオプション、②報酬相当額を信託に拠出し、信託がその資金を原資に自社株式を取得して、一定期間経過後に取締役にその株式を交付する株式交付信託、③一定期間の譲渡制限が付与された現物自社株式を取締役に付与することにより、譲渡制限が解除されるまでその株式を譲渡することができないため、中長期的に株価が向上するリストリクテッド・ストック、④中長期的な業績目標達成度合に応じて現物自社株式を取締役に付与するパフォーマンス・シェア、などがある。いずれも取締役の報酬額を自社株の株価に連動させ、株価を向上させるインセンティブを付与する方式である。なお、③と④は、欧米では一般的に利用されているが、日本ではあまり採用されていない。今後、採用する企業が増えるものと思われる。
 日本企業の取締役の報酬等は、固定金銭報酬が大部分を占め、欧米の企業に比べ中長期業績連動報酬の割合が低いといわれている。このような業績連動性の低すぎる報酬体系は、「経営リスクをとらず事なかれ主義に徹して任期を全うする」という印象を株主や機関投資家に対して与えかねない(注4)。
 一方、欧米のインセンティブ報酬は、取締役に過度なリスクテイクを行うインセンティブとして機能している可能性がある。欧米のコーポレートガバナンス・コードは、取締役に過度なリスクテイクを抑止する方向でなされているのに対し、わが国のコーポレートガバナンス・コードは、取締役による適切なリスクテイクを推奨する方向となっている(注5)。
 インセンティブ報酬が、強引な経営や粉飾決算とならないように、健全なリスクテイクを促すことを目的として機能させるためには、何に連動させるべきか。それぞれの会社の実情にあわせて、会社自身が創意工夫すべきものである。コーポレートガバナンス・コードは、取締役の報酬等をインセンティブとして機能させるために、業績目標達成度合を客観的に評価し、取締役の報酬等に適正に反映させる仕組みを設計することを求めているといえる。
 また、税制においても、平成29年度税制改正において、利益や株価等に連動する給与として、包括的な業績連動給与の概念が創設され(法人税法34条5項)、①定期同額給与(同条1項1号)、②事前確定届出給与(同条1項2号)、③一定の要件を満たす業績連動給与(同条1項3号)に該当すれば損金算入が可能とされた。これまで硬直的であった役員報酬税制について、損金算入可能な株式報酬や中長期業績連動報酬を拡大する方向で大きく方針変更がされた(注6)。

Ⅷ むすび
 取締役に適切なインセンティブを与えることでリスクテイクを促し、その成果をチェックする仕組みを作ることは、コーポレートガバナンスにおいて重要なことであり、株式報酬等や業績連動報酬といったインセンティブ報酬は、中長期的な企業価値の向上に向けた効果的手段である。要綱案(仮案)における「取締役の報酬等」に関する規律の見直しは、株主総会の議案の内容や理由説明、報酬等の決定プロセス等の改善強化につながるものであり、コーポレートガバナンス改革の観点から注目すべきものである。
 インセンティブ報酬は、業績や株価の変動に応じて取締役の報酬が変化するため、中長期的な企業価値変動にもつながることから、役員報酬体系の設計は、経営の基本方針に沿って取締役に対して適切なインセンティブを付与することにつなげなければならない。それによって役員のリスクテイクに対するインセンティブ向上の効果が期待できる。
 重要なことは、取締役の報酬等の決定プロセスが透明化されることであり、取締役の報酬等の決定方針やインセンティブ報酬の内容を開示することである。もちろん、単純に欧米企業の役員報酬制度を取り入れるのではなく、株式報酬等や業績連動報酬といったインセンティブ報酬の新しい仕組みを導入するためには、会社ごとに相応しい役員報酬制度の見直しを検討する必要がある。
(注1)法務省民事局参事官室「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案の補足説明」(平成30年2月)27頁。
(注2)法務省民事局参事官室、前掲注(1)、28頁。
(注3)法務省民事局参事官室、前掲注(1)、28頁。
(注4)内ケ崎茂・山口敦子「役員報酬改革の潮流と課題―コーポレートガバナンス・コードの実践」信託フォーラム4号(2015)47頁。
(注5)樋口 達・山内宏光『コーポレートガバナンス・コードが求める取締役会のあり方』(商事法務・2016)43頁。
(注6)石綿学・酒井真・渡辺邦広・梶元孝太郎「中長期業績連動報酬・株式報酬の新展開―平成29年度税制改正後の役員報酬の枠組み―」商事法務2134号(2017)4頁。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は、『基本がわかる会社法』(三省堂・2017)、『信託の法制度と税制』(税務経理協会・2017)、『合同会社の法制度と税制(第二版)』編著(税務経理協会・2015)など。

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