解説記事2018年12月17日 【未公開裁決事例紹介】 インド法人への技術役務、料金は使用料に該当せず(2018年12月17日号・№767)

未公開裁決事例紹介
インド法人への技術役務、料金は使用料に該当せず
審判所、「人的役務の提供の対価」に該当

○インド所在の外国法人に対する業務委託料が国内源泉所得の一つである「人的役務の提供に係る対価」にみなされるか否かが争われた事案。国税不服審判所は、日印租税条約に規定する「技術上の役務に対する料金」が「使用料」に含まれると解することはできず、また、本件各業務は、科学技術等に関する専門的知識又は特別の技能を有するインド法人の当該知識又は技能を活用して行う人的役務の提供であり、本件各業務の対価である本件各金員は、当該人的役務の提供を主たる内容とする事業を行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価に対応すると指摘。本件各金員は、国内源泉所得の一つである所得税法161条2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされ、請求人は、本件各金員の支払の際、源泉徴収義務を負うと認められると判断した(平成30年2月15日、棄却)。

基礎事実等
(1)事案の概要
 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、インド共和国所在の外国法人に対し医薬化学物質の研究・化学合成業務及びコンサルティング業務を委託し、同国内において提供を受けた当該業務に対する料金として業務委託料を支払っていたところ、原処分庁が、当該業務委託料について、所得税法(平成26年法律第10号による改正前のものをいう。以下同じ。)第161条《国内源泉所得》第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」に対応することから、所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とインド共和国政府との間の条約(平成元年条約第8号。以下「日印租税条約」という。)及び所得税法第162条《租税条約に異なる定めがある場合の国内源泉所得》の規定により、同法第161条第2号の国内源泉所得とみなされるとして、源泉徴収に係る所得税及び復興特別所得税(以下、源泉徴収に係る所得税を「源泉所得税」といい、源泉所得税と源泉徴収に係る復興特別所得税とを併せて「源泉所得税等」という。)の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該業務委託料について、同条第7号に規定する「使用料」に対応するものであって、同条第2号に規定する対価に対応するものではないなどとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。
(2)関係法令(略)
(3)基礎事実及び審査請求に至る経緯
 当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
イ 請求人は、医薬品製造販売業を営む法人である。
ロ 請求人は、インド共和国(以下、単に「インド」という。)に所在する次の各外国法人(以下、併せて「本件各インド法人」という。)に対し、インド国内におけるそれぞれ以下の内容の業務(以下「本件各業務」という。)を委託した。
(イ)××××××××××に対し、平成21年1月頃から、医薬化学物質に関する合成及び実験並びに化合物の分析等
(ロ)××××××××(旧商号:××××××××)に対し、平成22年5月頃から、化学化合物のカスタム合成等
(ハ)××××××××に対し、平成23年9月頃から、インドにおける薬事法規制等に関するコンサルティング
ハ 請求人は、平成24年3月から平成27年12月までの期間(以下「本件期間」という。)に、別表1(略)のとおり、本件各インド法人に対して、本件各業務の対価として、業務委託料(検査及び実験に使用する薬品の仕入費用やインド規制当局に対する申請に係る実費を除く。以下、「本件各金員」という。)を支払った。
  なお、本件各インド法人は、本件期間において、日本国内に恒久的施設を有していない。
ニ 原処分庁は、平成29年3月28日付で、本件各金員が、日印租税条約第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金」に該当し、同条第6項並びに所得税法第162条及び同法第161条第2号の各規定により、国内源泉所得に該当するとして、同法第212条の規定に基づき、請求人に対し、別表2(略)及び別表3(略)の「納税告知処分」欄記載のとおりの源泉所得税又は源泉所得税等の各納税告知処分(以下「本件各納税告知処分」という。)並びに別表2(略)及び別表3(略)の「賦課決定処分」欄記載のとおりの不納付加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
  なお、本件各インド法人は、それぞれ、本件各金員の最初の支払を受ける日の前日までに、請求人を経由して、租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令(平成25年総務省、財務省令第2号及び平成26年総務省、財務省令第4号による改正前のもの。以下「租税条約実施特例法省令」という。)第2条《相手国居住者等配当等に係る所得税の軽減又は免除を受ける者の届出等》第1項に規定する届出書を提出していなかったことから、原処分庁は、本件各納税告知処分に当たり、日印租税条約第12条第2項に規定する10%の限度税率を適用せず、平成24年3月23日から同年12月25日までの支払分に係る源泉所得税について20%の税率、平成25年1月10日から平成27年12月15日までの支払分に係る源泉所得税等について20.42%の税率を適用した。
ホ 請求人は、原処分を不服として、平成29年6月12日、審査請求をした。

争点および主張  請求人は、本件各金員の支払の際、源泉徴収義務を負うか(特に、本件各金員は、所得税法第162条後段の規定により、国内源泉所得の一つである同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされるか。)。
 当事者の主張はのとおり。

【表】当事者の主張(本件各金員は、「人的役務の提供に係る対価」にみなされるか)
原処分庁 請 求 人
(1)本件各金員は、日印租税条約第12条第4項の「技術上の役務に対する料金」に該当し、その支払者である請求人は日本の居住者であるから、同条第6項の規定により、日本において生じたものとされ、同条第2項の規定により、本件各金員について、国内法により租税を課すことができる。その際、所得税法第162条後段の規定により、本件各金員は、これに対応する同法第161条第2号ないし第12号に掲げる国内源泉所得とみなされる。
  そして、本件各業務はいずれも、所得税法第161条第2号及び所得税法施行令282条第3号に規定する人的役務(科学技術、経営管理その他の分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する者の当該知識又は技能を活用して行う役務)の提供を主たる内容とする事業であるといえる。そうすると、本件各金員は、所得税法第161条第2号に対応するものである。
  したがって、本件各金員は、所得税法第162条後段の規定により、同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」としての国内源泉所得とみなされる。
(2)上記(1)を前提にすると、請求人は、本件各金員の支払の際、所得税法第212条及び同法第213条《徴収税額》の規定に基づき源泉徴収義務を負う。
(1)以下の理由により、日印租税条約第12条第4項及び第6項に規定する「技術上の役務に対する料金」は、「使用料」であり、所得税法第161条第7号に対応するものであって、同条第2号に対応するものではない。そして、本件各金員は、日印租税条約第12条第4項の「技術上の役務に対する料金」に該当するので、「使用料」であり、所得税法第161条第7号に対応するものである。したがって、本件各金員は、所得税法第162条後段の規定により、同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」としての国内源泉所得とみなされるものではない。
 イ 「技術上の役務に対する料金」に関して定める日印租税条約第12条は、外務省のホームページ上に掲載された日印租税条約の日本語訳において、「使用料」と題されている。
 ロ 日印租税条約第12条は、OECD(経済協力開発機構)モデル条約第12条に対応するところ、同条の表題及び同条約のコメンタリーによれば、同条は、「使用料」の規定である。
 ハ OECD非加盟国であるインドは、OECDモデル条約第12条について「言及される支払いのいくつかは使用料を構成する場合があるとする見解を有する。」とする立場を表明していることからすると、同国は、「技術上の役務に対する料金」(日印租税条約第12条第4項)が「使用料」であると解していることがうかがわれる。
(2)上記(1)を前提にすると、以下の理由により、請求人は、本件各金員の支払の際、源泉徴収義務を負うものではない。
 イ 上記(1)のとおり、本件各金員は、所得税法第161条第7号に対応するものであるが、同号は、「技術上の役務に対する料金」について規定していないから、本件各金員は、同法第162条後段により、同法第161条第7号に掲げる国内源泉所得とみなされるものではない。
 ロ 本件各金員が「人的役務の提供に係る対価」としての国内源泉所得であるとする原処分庁の主張の(1)は、本件各金員が「使用料」ではないというものと解される。この主張を前提とすると、「使用料」ではない本件各金員は、本件各インド法人の事業所得となる。
  そうすると、本件各インド法人が本件期間において日本国内に恒久的施設を有していない以上、本件各金員に租税を課することができるのは、同条約第7条第1項前段の規定により、本件各インド法人が所在するインドのみであることになり、日本は、本件各金員に租税を課すことができない。
  また、このような本件各インド法人の事業所得について、請求人に源泉徴収義務を負わせることになると、プリザベーション・クローズ(租税条約は、これによって納税者に新たな負担を課したり、その負担を加重したりするものではなく、両締約国の国内法及び両締約国間のほかの協定に定める租税の減免措置を制限するものにはならないという考え方)に反する。

審判所の判断
 イ 検討
(イ)所得税法第162条は、前段で、二国間租税条約において国内源泉所得につき同法第161条の規定と異なる定めがある場合には、国内源泉所得は、その二国間租税条約に定めるところによる旨規定しているところ、日印租税条約第12条第2項は、技術上の役務に対する料金が生じた締結国においても当該締結国の法令に従って租税を課すことができる旨規定し、同条第6項は、技術上の役務に対する料金は、その支払者が一方の締結国の居住者である場合には、当該一方の締結国内において生じたものとされる旨規定している。このことからすると、日本法人が、インド法人に対して、インド国内において提供された技術上の役務に対する料金を支払う場合、当該料金は、同項の規定により、日本国内において生じたものとされ、同条第2項の規定により、日本の法令に従って租税を課すことができ、国内源泉所得となる。
  そして、所得税法第162条後段は、二国間租税条約により国内源泉所得とされたものをもってこれに対応する同法第161条第2号から第12号に掲げる国内源泉所得とみなす旨規定しているので、日本法人が、インド法人に対して支払う、インド国内において提供された技術上の役務に対する料金(上記のとおり、国内源泉所得となる。)のうち、人的役務の提供を主たる内容とする事業(同条第2号)、すなわち、科学技術、経営管理その他の分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する者の当該知識又は技能を活用して行う役務の提供を主たる内容とする事業(同号を受けた所得税法施行令第282条第3号)を行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価に対応するものは、所得税法第162条後段の規定により、国内源泉所得の一つである同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされることになる。
(ロ)以上のことを前提に、請求人が、本件各金員の支払の際、源泉徴収義務を負うか(特に、本件各金員が、所得税法第162条後段の規定により、国内源泉所得の一つである同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされるか。)について検討することになるが、上記によれば、本件各金員は、日本法人である請求人が、本件各インド法人に対して支払う、インド国内において提供された「技術上の役務に対する料金」(日印租税条約第12条第4項)であると認められるため、具体的には、本件各金員が、科学技術、経営管理その他の分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する者の当該知識又は技能を活用して行う役務(人的役務)の提供を主たる内容とする事業を行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価に対応するかについて検討することになる。
  この点、本件各金員は、本件各業務に係る対価であるところ、本件各業務のうち上記の(3)のロの(イ)及び(ロ)に掲げる各業務はいずれも、それらの受託者である各インド法人が医薬化学物質や化学化合物の合成、実験及び分析等を行うというものであったといえるから、これらの業務は、科学技術分野に関する専門的知識や特別の技能を有する上記各インド法人の当該知識又は技能を活用して行う役務の提供であったということができ、また、本件各業務のうち上記の(3)のロの(ハ)に掲げる業務は、その受託者であるインド法人がインドにおける薬事法規制等に関するコンサルティングを行うものであったといえるから、この業務は、インド薬事法規制分野に関する専門的知識を有する上記インド法人の当該知識又は技能を活用して行う役務の提供であったということができる。
  したがって、本件各業務は、科学技術やインド薬事法規制分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する本件各インド法人の当該知識又は技能を活用して行う人的役務の提供であり、本件各業務の対価である本件各金員は、当該人的役務の提供を主たる内容とする事業を行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価に対応する。
  そうすると、本件各金員は、所得税法第162条後段の規定により、国内源泉所得の一つである同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされるため、請求人は、本件各金員の支払の際、源泉徴収義務を負うと認められる。
 ロ 請求人の主張について (イ)請求人は、概要、①外務省のホームページ上の日印租税条約の日本語訳の表題が「使用料」であること、②日印租税条約第12条に対応するOECDモデル条約第12条が「使用料」についての規定であること及び③インドの同条に対する見解によれば、インドが「技術上の役務に対する料金」を「使用料」であると解していることに基づき、日印租税条約第12条が「使用料」の規定であり、同条第4項及び第6項に規定する「技術上の役務に対する料金」が「使用料」であるとした上で、「技術上の役務に対する料金」である本件各金員が、「使用料」に該当することになり、所得税法第162条後段の規定により同法第161条第7号に対応するものとなるから、同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」としての国内源泉所得とみなされることはない旨主張する。
  しかし、日印租税条約第12条は、「使用料」と「技術上の役務に対する料金」とを併記し(同条第1項、第2項、第5項ないし第7項)、項を分けて別々に定義している(同条第3項及び第4項)のであって、このような条文の構造に加えて、上記各定義内容に重複関係や包含関係がみられないことからすると、同条における「技術上の役務に対する料金」が「使用料」に含まれると解することはできない。そして、上記イで説示したとおり、本件各金員は、所得税法第162条後段の規定により、国内源泉所得の一つである同法第161条第2号に規定する「人的役務の提供に係る対価」とみなされるのであるから、請求人の上記主張は採用することができない。
  なお、請求人提出資料によれば、日印租税条約第12条がOECDモデル条約第12条にはない「技術上の役務に対する料金」を定めており、この点については一見してOECDモデル条約に相違していることが認められるところ、このように「技術上の役務に対する料金」を定めていないOECDモデル条約第12条をもって、日印租税条約第12条の「技術上の役務に対する料金」の解釈を導くことはできず、また、OECDモデル条約第12条に対するインドの見解をもって、インドが「技術上の役務に対する料金」について何らかの見解を示したともいえないのであって、同条やこれに対するインドの見解は、請求人の主張する日印租税条約第12条の解釈を裏付けるものとはいえない。
(ロ)また、請求人は、日印租税条約第12条第4項及び第6項に規定する「技術上の役務に対する料金」が「使用料」であるという解釈に基づき、本件各金員が、「使用料」に該当するため、所得税法第162条後段により、同法第161条第2号の規定する国内源泉所得とみなされず、同条第7号の規定する国内源泉所得ともみなされるものではないとか、原処分庁の主張が、プリザベーション・クローズに反するとか主張するが、上記(イ)で説示したとおり、請求人が上記主張の前提とする請求人の日印租税条約第12条の解釈は誤っているから、請求人の主張は採用することができない。

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