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解説記事2019年04月22日 【解説】 「記述情報の開示に関する原則」及び「記述情報の開示の好事例集」の解説(2019年4月22日号・№784)

解説
「記述情報の開示に関する原則」及び「記述情報の開示の好事例集」の解説
 金融庁企業開示課 企業開示調整官 藤岡由佳子
 金融庁企業開示課 課長補佐    川内 裕登
 金融庁企業開示課 係長      鳥屋尾大介

一 はじめに

 金融庁は、本年3月19日、主として有価証券報告書を念頭に、記述情報の開示に関する考え方等を整理した「記述情報の開示に関する原則」(以下「本原則」という)及び「記述情報の開示の好事例集」(以下「好事例集」という)を公表した(脚注1)。
 活力ある資本市場を実現し、持続的成長を図る企業に対する円滑な資金供給及び国民の安定的な資産形成を実現していくためには、投資家の投資判断に必要な情報が十分かつ正確に、また適時に分かりやすく提供されることが重要であり、有価証券報告書の作成企業において、企業内容等の開示の趣旨についての適切な理解が深まり、開示への取組みが進展することが期待される。
 こうした観点から、本稿では、本原則及び好事例集の公表の経緯、内容等について解説することとしたい。なお、本稿中の意見にわたる部分については、筆者らの個人的見解であることをあらかじめ申し添えておく。

二 本原則及び好事例集の公表の経緯
 2017年6月に政府が閣議決定した「未来投資戦略2017」では、グローバル化、技術革新の進展等により、上場企業が経営課題の複雑化に直面する中、上場企業の経営戦略やガバナンス情報等を含む上場企業と投資家の建設的な対話や、中長期的な企業価値向上や中長期投資促進に資する上場企業の情報の開示のあり方について、金融審議会において総合的な検討を行うこととされた。
 これを受け、金融審議会の下に設置されたディスクロージャーワーキング・グループ(以下「DWG」という)(座長:神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授)において、2017年12月以降、有価証券報告書における開示を念頭に、企業情報の開示の包括的な検討が行われ、2018年6月28日、「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」(以下「DWG報告」という)が公表された。DWG報告においては、企業情報の開示の充実に向け、記述情報の充実を含む4項目について提言がなされた(図表1)。

 これらの提言のうち、新たな開示項目に関するものについては、有価証券報告書等における記載内容を定める企業内容等の開示に関する内閣府令(以下「開示府令」という)が本年1月31日に改正された。この開示府令の改正の詳細については、既刊の解説記事(脚注2)を参照いただきたい。
 また、DWG報告では、開示内容について具体的に定めるルールを整備するとともに、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促すため、実務上のベストプラクティス(好事例)等から導き出される開示の考え方・望ましい内容や取り組み方をまとめたプリンシプルベースのガイダンスを策定すべきとしている。
 さらに、DWG報告では、適切な開示実務の積上げを図る取組みの必要性が指摘しており、企業開示のベストプラクティス(好事例)を企業全体に拡げるための取組みを行うこととしている。好事例については、必要に応じてガイダンスに反映させていき、開示内容全体のレベルの向上を図ることの必要性も言及されている。
 これらの提言を受け、金融庁においては、「記述情報の開示に関する原則(案)」を昨年12月に意見募集の手続に付し(脚注3)、本年3月19日、本原則を最終化・公表した。また、投資家・アナリストと企業が開示の好事例について意見交換する場を設置し、そこで収集された好事例をとりまとめた好事例集を併せて公表した。以下、これらの内容等について解説する。

三 本原則の位置付け
 本原則は、前述のDWG報告における提言を踏まえ、財務情報以外の開示情報である、いわゆる「記述情報」について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取り組み方をまとめたものである。企業が開示する記述情報は、企業の業態や企業が置かれた経営環境等に応じ様々であるが、本原則は、経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、リスク情報を中心に、有価証券報告書を念頭に開示の考え方等を整理することにより、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促し、開示の充実を図ることを目的としている。
 本原則は、企業情報の開示について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取り組み方を示すものであり、開示事項を新たに加えるものではない。開示書類の作成・公表に関与する者(例えば、経営者、作成事務担当者、IR担当者等)には、この原則に沿った開示が実現しているかについて、自主的な点検を継続的に実施することが期待される。さらに、本原則は、投資家が企業との対話を行う際に利用することも有用と考えられる。

四 本原則の内容
 本原則は、総論及び各論から構成され、総論では、記述情報の開示全般に共通する原則、考え方及び望ましい開示に向けた取組みを示し、各論では、記述情報の中でも、経営方針・経営戦略等など、法令上記載が求められている事項に関して、開示の考え方や望ましい開示に向けた取組みを提示している(図表2)。

【図表2】本原則の構成
Ⅰ.総論
 1.企業情報の開示における記述情報の役割
 2.記述情報の開示に共通する事項
  2-1.取締役会や経営会議の議論の適切な反映
  2-2.重要な情報の開示
  2-3.セグメントごとの情報の開示
  2-4.分かりやすい開示
Ⅱ.各論
 1.経営方針、経営環境及び対処すべき課題等
  1-1.経営方針・経営戦略等
  1-2.優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題
  1-3.経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
 2.事業等のリスク
 3.経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)
  3-1.MD&Aに共通する事項
  3-2.キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報
  3-3.重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定

 以下、本原則に示されている項目の順に従って、本原則の内容について解説を行う。

Ⅰ. 総  論

1.企業情報の開示における記述情報の役割
〔原則〕  記述情報は、財務情報を補完し、投資家による適切な投資判断を可能とする。また、記述情報が開示されることにより、投資家と企業との建設的な対話が促進され、企業の経営の質を高めることができる。このため、記述情報の開示は、企業が持続的に企業価値を向上させる観点からも重要である。
 企業は、記述情報及びその開示のこのような機能を踏まえ、充実した開示をすることが期待される。
 財務情報及び記述情報(脚注4)の開示は、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業との建設的な対話を促進することにより、企業の経営の質を高め、企業が持続的に企業価値を向上させる観点から重要である。
 このうち記述情報は、企業の財務状況とその変化、事業の結果を理解するために必要な情報であり、①投資家が経営者の視点から(through the eyes of management)企業を理解するための情報を提供し、②財務情報全体を分析するための文脈を提供するとともに、③企業収益やキャッシュ・フローの性質やそれらを生み出す基盤についての情報提供を通じ将来の業績の確度を判断する上で重要とされている(脚注5)。また、分かりやすい態様で投資家とコミュニケーションを図ることは、経営者の重要な責務の一つであり、記述情報は、そのコミュニケーションの重要な一部を構成するとも言われている(脚注6)。
 一般的に、投資家は、当該企業が将来生み出す収益やキャッシュ・フローを評価したうえで投資判断を行うと考えられるところ、記述情報には、過去の一時点の財政状態を表している財務情報だけでは分からない情報を提供することが期待されている。特に、財務情報と関連して、経営者が将来に向かってどのような経営戦略に基づいて経営を行っていくか、経営戦略に基づいて事業を行った結果である経営成績等の分析についても、なぜそのような結果になったかだけでなく、将来への含意も記載することや(脚注7)、将来顕在化しうる主要なリスクなどに関する、経営者の認識を記載することへの期待が高まっている。
 このような観点から、一般的に記述情報は、企業の方向性に関する経営者の視点(management's perspective of the entity's direction)を含め(脚注8)、将来志向(forward-looking orientation)の情報(脚注9)を提供することが期待されている。ただし、将来の収益等の結果の予測を開示することを求めるものではない(脚注10)。
 これらの点については、DWGにおいて、記述情報の開示は、投資家の企業に対する理解を深めることを目的とするものであるが、特に中長期の企業価値評価のための必要かつ十分な情報が提供されることが重要との意見や、このような記述情報について、より充実させていくべきとの考え方が国際的にも広がりを見せており、こうした考え方を我が国の有価証券報告書にも反映させていくべきとの指摘もあった(脚注11)。
 このような記述情報の役割を踏まえると、記述情報は、単なる財務諸表に記載された数値情報の文章化や、法令上求められた事項を形式的に記載するだけでは不十分であり、むしろ、財務情報を補完するようなかたちで、経営者がどのような方針で経営を行っていくかを明らかにすることで、投資家による将来の収益やキャッシュ・フローに基づく投資判断を助けるような情報が提供されるべきである。さらに、このような記述情報によって、投資家と企業との建設的な対話が促進され、企業価値の持続的な向上に資することも期待される。

2.記述情報の開示に共通する事項
2-1.取締役会や経営会議の議論の適切な反映
〔原則〕  記述情報は、投資家が経営者の目線で企業を理解することが可能となるように、取締役会や経営会議における議論を反映することが求められる。
 前述のとおり、記述情報は、投資家が経営者の視点から企業を理解するための情報を提供することが期待されている。この観点から、記述情報は、経営者の視点を構成していく取締役会や経営会議における議論を反映することが求められる。
 記述情報は、さまざまなものを含みうるが、中でも、経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、リスク情報は経営判断と密接に関係しており、経営に係る決定が行われる取締役会や経営会議における議論を適切に反映することが重要である。これにより、投資家は、取締役会や経営会議における企業の現況の認識や、企業の経営方針・経営戦略等の内容の理解に必要な情報を得ることができ、財務情報だけでは判別できない、経営の方向性を理解し、将来の経営成績等の予想の確度をより高めることが可能となる。
 特に、取締役会や経営会議において、企業の経営資源を最大限に活用しながら経営戦略を遂行していくため、成長投資・手許資金・株主還元や資本コストに関してどのような議論が行われているかや、これらの議論を踏まえて、どのような今後の経営の方針が示されているかが適切に開示に反映されることが重要と考えられる。
 その際、取締役会や経営会議において、たとえば、目指すべき財務内容の方向性や姿について議論している場合には、その内容を併せて記載することも有用と考えられる。このような開示を行うことにより、その達成状況や乖離の要因等について、経営者と投資家との議論が促進されることが期待される。経営者は、投資家との議論を踏まえ、必要がある場合には、経営方針・経営戦略等を適時適切に見直し、その背景も含めて開示することが期待される。
 このような開示は、投資家による適切な投資判断を可能とするとともに、投資家と企業との建設的な対話をより深度あるものとし、対話を経て、よりよい経営方針・経営戦略等が確立されるという好循環をもたらし得る。
 目指すべき財務の方向性や姿を開示することについては、企業が対外的にその方向性や姿を約束することと同義であり、開示後に企業の経営環境等に変化が生じた場合にも、開示した内容に必要以上に捉われ、結果として、経営の柔軟性が失われるのではないかという懸念も存在する。しかしながら、このような情報を開示することは、必ずしも結果を約束するものではない。開示した内容に必要以上に捉われることなく、経営環境の変化など、その時々の事情を踏まえた経営が行われるべきである。開示した内容と現状が乖離した場合には、なぜそのようになったのかについて分析し、投資家と対話を行っていくことが重要と考えられる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み) ① 記述情報に取締役会や経営会議の議論を反映するため、経営者は、開示書類作成の早期から、開示内容の検討に積極的に関与し、開示についての方針を社内に示すことが期待される。
② 開示について、経営企画、財務、法務等の複数の部署が関与する企業では、各部署において取締役会や経営会議の議論に基づく一貫した開示資料の作成を可能とするため、担当役員が各部署を統括するなどして、関係部署が適切に連携し得る体制を構築することが望ましい。
 ①については、会議の形式的な名称に捉われることなく、実質的に経営に関する意思決定が行われる機関における議論を反映することが重要であると考えられる(脚注12)。なお、本原則は、取締役会や経営会議における議論の内容そのものの記載を求めるものではない(脚注13)。

2-2.重要な情報の開示
〔原則〕  記述情報の開示については、各企業において、重要性(マテリアリティ)という評価軸を持つことが求められる。
 記述情報の内容の判断に当たっては、重要性(マテリアリティ)の観点が重要である。投資家に対し、適切に情報を提供するためには、重要な情報は過不足なく開示される必要がある。
 投資家による適切な投資判断を可能とするという記述情報の役割を踏まえれば、記述情報の開示の重要性は、投資家の投資判断にとって重要か否かにより判断されるべきと考えられる。他方、取締役会や経営会議における議論を適切に反映するという記述情報の開示に関する原則を踏まえると、経営者の視点による経営上の重要性も考慮する必要があると考えられる。この点、一般的には、いくつかの例外を除いて、経営者が事業を管理するに当たって重要と考える情報は、業績や将来の収益等を評価する投資家にとっても重要であると考えられており(脚注14)、重要性の判断に当たっては、経営者の視点による経営上の重要性も考慮した多角的な検討を行うことが重要と考えられる。
 重要性は、企業の業態や企業が置かれた時々の経営環境等によって様々であると考えられる。このため、記述情報の開示に当たっては、各企業において、個々の課題、事象等が自らの企業価値や業績等に与える重要性に応じて、各課題、事象等についての説明の順序、分量(濃淡)等を判断することが求められる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 記述情報の重要性については、その事柄が企業価値や業績等に与える影響度を考慮して判断することが望ましい。また、企業の将来に関する情報の重要性は、発生の蓋然性も考慮して判断することが望ましい。
② 記述情報の記載に当たっては、重要性の高いものから順に記載するなど、読み手が当該情報の重要性を理解できるような工夫をすることが望ましい。
③ 有価証券報告書には、提出日時点における記述情報の重要性の評価が反映されることが望ましい。特に、企業の経営環境等に変化が生じた場合には、従前の開示内容にかかわらず、提出日時点における重要性の評価を適切に反映することが期待される。
 ③について、開示府令上、例えば、経営方針・経営戦略等については、連結会計年度末時点における情報を記載することとされているが、投資家に企業の状況に関する情報を適切に提供するために、提出日時点における重要性の評価を反映した記載とすることが望ましいと考えられる(脚注15)。

2-3.セグメントごとの情報の開示
〔原則〕  記述情報は、投資家に対して企業全体を経営者の目線で理解し得る情報を提供するために、適切な区分で開示することが求められる。
 企業経営の多角化が進む中、企業全体に関するハイレベルな情報だけでは、投資家が経営者と同じ目線で企業の実態を把握することは困難であると考えられ、経営管理の実態などに応じた適切な区分により深度ある情報の開示がなされることが重要である。
 また、DWGにおいては、セグメント分析・開示については、コーポレートガバナンス改革の観点から求められている事業ポートフォリオの効率化、ひいては資本効率の向上の観点からも重要であるとの指摘(脚注16)もあったところである。
 適切な区分による深度ある情報の開示は、投資家がそれぞれのセグメントにおける事業の状況を適切に把握することを可能とするとともに、多角化により経営者がどのようなシナジー効果の創出を目指しているのか、経営資源の適切で効率的な配分が行われているか、といった点についての投資判断の基礎を与えるものである。その際、投資家が企業の事業選択の適切性を理解できるよう、どのように事業を選択しているか、各事業を経営方針・経営戦略等においてどのように位置付けているか、不採算事業についてどのように対応していくか等も含めて説明することが期待される。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
 適切な区分ごとの情報の開示としては、財務情報におけるセグメント(報告セグメント)ごとの開示を行うほか、必要に応じて、経営方針・経営戦略等の説明に適した区分(例えば、事業セグメントや地域セグメント)ごとの情報を開示する等、充実した開示をすることが有用である。
 経営管理体制の変更に伴い、報告セグメント自体が変更されることもあり得る。特に、セグメントが頻繁に変更される企業については、投資家による分析を困難にさせているという指摘もあることから、このような場合には、過去の開示内容との比較可能性を担保するため、変更内容を記載した上で、変更の影響についての説明を記載するなど、投資家に対して分かりやすい開示を行うことも期待される。

2-4.分かりやすい開示
〔原則〕  記述情報の開示に当たっては、その意味内容を容易に、より深く理解することができるよう、分かりやすく記載することが期待される。
 投資家による適切な投資判断を可能とすることに加え、投資家と企業との間の建設的な対話を促進する観点からも、記述情報は、投資家にとって分かりやすいかたちで提供されるべきである。DWG報告においては、非財務情報の開示内容の充実が、冗長な情報の羅列という結果になってはならず、開示書類の表現のあり方について工夫されていくことが望ましいと指摘されている(脚注17)。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 記述情報の記載に当たっては、内容の理解を促進するために、図表、グラフ、写真等の補足的なツールを用いたり、前年からの変化を明確に表示したりするなど、投資家の分かりやすさを意識した記載が期待される。
② 分かりやすい開示とするために、適切な見出しや表題を付すことや、関連する情報を整理して記載することも望ましい。
③ 例えば、セグメント情報やKPI等といった過去の開示内容と比較する上で継続性が重要な事項について変更が生じた場合には、変更内容を記載した上で、変更の影響についての説明を記載することが望ましい。
④ 「経営方針・経営戦略等」と「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」など、関連性のある記述情報については、例えば、一方の開示内容を他方の開示内容にも反映させるなど、記載を相互に関連付けることにより、全体としての企業の理解に資する記載とすることが望ましい。
⑤ 投資家の理解を容易にすると考えられる場合には、記載内容が同様である又は重複する項目について、他の箇所を参照する旨の記載を行うことも有用である。
 ①については、決算説明資料や年次報告書などを作成している場合には、それらにおける図表、グラフ、写真等を有価証券報告書に取り入れることも考えられる。その際には、有価証券報告書に記載すべき重要な情報が十分に開示されるとともに、文章による説明について、図表、グラフ、写真等により適切に補足されるよう、留意が必要である。
 有価証券報告書においても、EDINETの提出書類ファイルの容量上可能な範囲内であれば、モノクロ・カラーにかかわらず、図表等の補足的なツールを用いることができる。既にカラーの図表等を用いた開示を行っている企業も存在しており、さらなる積極的な活用が望まれる。
 また、図表、グラフに企業が独自に作成・加工した数値を記載する場合には、その算出過程や算出根拠も併せて記載し、第三者が作成した図表、グラフ、写真等を用いる場合には、その出典も併せて記載することが望ましい。

Ⅱ. 各  論
1.経営方針、経営環境及び対処すべき課題等
1-1.経営方針・経営戦略等
〔法令上記載が求められている事項〕(脚注18)
 経営方針・経営戦略等の記載においては、経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)についての経営者の認識の説明を含め、企業の事業の内容と関連付けて記載することが求められている。
 経営方針・経営戦略等は、企業がその事業目的をどのように実現していくか、どのように中長期的に企業価値を向上するかを説明するものである。財務情報からだけではわからない情報であって、投資家が経営者の視点から企業を理解するための情報を提供するという記述情報の役割を踏まえれば、経営者が将来に向かってどのような経営戦略に基づいて経営を行っていくかは、記述情報のなかでも中核的な情報であると考えられる。
 この経営方針・経営戦略等については、投資家がその妥当性や実現可能性を判断できるようにするため、企業活動の中長期的な方向性のほか、その遂行のために行う具体的な方策についても説明することが求められる。また、経営方針・経営戦略等については、背景となる経営環境についての経営者の認識が併せて説明される必要がある。これにより、投資家は、当該認識の妥当性や、経営方針・経営戦略等の実現可能性を評価することが可能となる。
 なお、これまで、経営方針・経営戦略等は、企業が定めている場合には記載することとされていたが、本年一月の開示府令の改正により、全ての企業が記載することとなっていることに、留意が必要である。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 経営方針・経営戦略等は、記述情報の中でも特に経営判断の根幹となるものであり、開示に当たっては、
  ・経営者が作成の早期の段階から適切に関与すること
  ・取締役会や経営会議における議論を適切に反映すること
 が期待される。
② 経営方針・経営戦略等については、事業全体の経営方針・経営戦略等と併せて、それらを踏まえた各セグメントの経営方針・経営戦略等を開示することが期待される。セグメントの記載に当たっては、各セグメントにおける具体的な方策の遂行に向け、資金を含めた経営資源がどのように配分・投入されるかを明らかにすることが望ましい。
③ 経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)についての経営者の認識の説明においては、投資家がセグメントごとの経営方針・経営戦略等を適切に理解できるようにするため、各セグメントに固有の経営環境についての経営者の認識も併せて説明されることが望ましい。
 ①については、経営者の関与の観点から、年次報告書など他の開示書類において、経営者のメッセージを記載している場合に、これを有価証券報告書において活用していくことも考えられる。統合報告書等における、CEOメッセージや社長メッセージには、経営者の視点で経営計画の進捗や業績の状況を振り返り、足元および今後の経営環境、それらから導き出される経営上の課題についての経営者の認識を示した上で、今後の経営戦略をどのように立案し遂行するかについて端的に記載されている例も見られる。このような記載は、有価証券報告書の経営方針・経営戦略等の項目等にも活用されることが期待される。その際には、経営方針・経営戦略等に焦点をあてながら、有価証券報告書に記載すべき要素が適切かつ十分に含まれるよう、記載することが望まれる。
 ある企業の統合報告書のCEOメッセージでは、経営戦略が14ページ(1万字超)にわたって記載されている。これはCEOが素案を書き、各部署での調整を反映した後、CEOがその内容の確認を行ったものであり、また、決算発表後に受けた投資家やアナリストからの様々な質問を踏まえ、株主還元等のマーケットの関心事項に応えるべく、CEO自身で手直ししたものと聞いている。このように経営者が積極的に関与した開示は、投資家に高く評価されており、同様の開示が、有価証券報告書の経営方針・経営戦略等の項目においても進展することが期待される。
 また、取締役会や経営会議における議論を反映する観点からは、これらの会議において議論された中期経営計画が存在する場合には、経営方針・経営戦略等の遂行のための具体的な方策の記載に当たり、中期経営計画を活用することも有用である。その場合には、単なる中期経営計画の引用ではなく、中期経営計画の進捗状況や中期経営計画策定後の経営環境の変化等も踏まえ、開示時点における経営方針・経営戦略等が適切に開示されるよう留意が必要である。
 ②については、開示府令では、経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(Management Discussion and Analysis : MD&A)の項目について、事業全体に加えてセグメントごとの財務分析の記載が明確に求められている一方で、経営方針・経営戦略等の項目については求められていない。しかしながら、一部企業の開示について、経営者による事業環境の説明や、地域・部門ごとのセグメント情報に物足りなさを感じているとの海外機関投資家の意見もある中、特に、複数のセグメントが存在する企業においては、MD&Aだけでなく経営方針・経営戦略等についても、セグメントごとの情報を記載することが望ましい。
 セグメントごとの経営方針・経営戦略等を記載する場合には、(1)事業全体の経営方針・経営戦略等と併せて記載する方式、(2)MD&Aとともに記載する方式、の二つが考えられるが、いずれの場合においても、セグメントが事業全体にどのように位置付けられているかが分かるように、事業全体の収益構造とも関連付けて記載することが望ましい。
 ③については、経営環境について、経営者がどのように認識しているかについて、具体的に示すことが重要と考えられる。事業を行う市場の状況や競合他社との競争優位性の説明においては、一部企業の年次報告書などでみられるような、自社の弱みや課題、経営環境の変化を踏まえた自社にとっての機会やリスクに関する経営者の認識、これらを踏まえた経営方針・経営戦略等も含めて記載することが望ましい。統合報告書等においてみられるような、いわゆるSWOT分析のような観点から整理することも考えられる。

1-2.優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題
〔法令上記載が求められている事項〕  優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題の開示においては、その内容・対処方針等を経営方針・経営戦略等と関連付けて具体的に記載することが求められている。
 優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題は、事業を行う市場の構造的変化や、事業に与える影響が大きい法令・制度の改変など、経営成績等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している事柄を説明するものである。
 優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題の開示により、投資家は、経営者による課題認識の適切性や十分性、経営方針・経営戦略等の実現可能性を評価することが可能となる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題の説明に当たっては、その課題の重要性を明らかにするため、経営方針・経営戦略等との関連性の程度や、重要性の判断等を踏まえて記載することが考えられる。
② 優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題については、当該課題決定の背景となる経営環境についての経営者の認識を説明することも考えられる。

1-3.経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
〔法令上記載が求められている事項〕  経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(いわゆるKPI)がある場合には、その内容を開示することが求められている。
 経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(KPI)には、ROE、ROICなどの財務上の指標(いわゆる財務KPI)のほか、契約率等の非財務指標(いわゆる非財務KPI)も含まれる。開示に当たっては、企業は経営方針・経営戦略等に応じて設定しているKPIを開示に適切に反映することが求められる。
 KPIの開示は、投資家が企業の経営方針・経営戦略等を理解する上で重要であり、これが開示されることにより、経営方針・経営戦略等の進捗状況や、実現可能性の評価等を行うことが可能となる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
 KPIを設定している場合には、その内容として、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、なぜその指標を利用するのかについて説明することが考えられる。また、合理的な検討を踏まえて設定された経営計画等の具体的な目標数値を記載することも考えられる。セグメント別のKPIがある場合には、その内容も開示することが望ましい。
 合理的な検討を踏まえて設定された経営計画等の具体的な目標数値を記載する場合には、有価証券報告書提出日現在において予測できる事情等を基礎とした合理的な判断に基づくものを記載すべきであり、必要に応じて記述情報による補足も含めるべきと考えられる。

2.事業等のリスク
〔法令上記載が求められている事項〕  事業等のリスクの開示においては、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している主要なリスクについて、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載することが求められている。また、開示に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載することが求められている。
 事業等のリスクについては、本年1月の開示府令の改正により、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、リスクが顕在化する可能性の程度や時期、リスクが事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の記載が必要となる。
 事業等のリスクは、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものをその重要度に応じて説明するものである。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 事業等のリスクの開示においては、一般的なリスクの羅列ではなく、財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を具体的に記載することが求められる。その際、取締役会や経営会議において、そのリスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性に応じて、それぞれのリスクの重要性(マテリアリティ)をどのように判断しているかについて、投資家が理解できるような説明をすることが期待される。
② リスクの記載の順序については、時々の経営環境に応じ、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが望ましい。
③ また、リスクの区分については、リスク管理上用いている区分(例えば、市場リスク、品質リスク、コンプライアンスリスクなど)に応じた記載をすることも考えられる。
 ①については、企業は、事業を行う上で、市場リスクや品質リスク、コンプライアンスリスクなどの様々なリスクに晒されている。これらの事業等のリスクの開示においては、一般的なリスクの概要の説明に終始することなく、自社に具体的にどのような影響があるのかという観点から、投資家の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性がある事項について、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、影響の内容、対応策等を具体的に記載することが重要である。
 例えば、地政学的なリスクについては、「主要市場における政治情勢や経済情勢は、将来の業績に悪影響を及ぼす可能性があります。」といった抽象的な記載ではなく、米中の貿易競争や英国のEU離脱といった具体的なリスク要因が、個別の事業にどのような影響を及ぼし得るのか、経営方針・経営戦略等と関連付けて具体的に記載することが期待される。
 ②については、リスクの記載の順序については、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが望ましいが、どのようなリスク要因が存在しているかに加え、経営者が個々のリスクをどのように把握し、管理しているかという点についても、具体的に記載されることは、投資家にとって有益である。したがって、リスクを把握し、管理する体制・枠組みを構築している企業において、当該体制・枠組みにおけるリスク管理の過程において各リスクの重要度が議論されているような場合には、当該体制・枠組みについても記載することが望ましい。これにより、リスクの重要度の判断の過程についての投資家の理解が深まり、企業との対話が促進されると考えられる。
 また、事業等のリスクの具体的な開示については、開示府令の改正に係る意見募集手続において、「発行者の提出時の認識に基づきリスクが顕在化する可能性の程度や時期、影響の内容を記載したが、結果が異なった場合に、虚偽記載にならないという理解でよいか。仮に、虚偽記載になり得るということであれば、リスクの記載は保守的かつ抽象的にならざるを得ない。」といった内容のコメントが寄せられた。
 これに対して金融庁は、「……事業等のリスクの記載は、将来の不確実な全ての事象に関する正確な予想の提供を求めるものではなく、……リスクの記載が虚偽記載に該当するかどうかは個別に判断すべきと考えられるものの、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって、虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられます。一方、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて敢えて記載をしなかった場合、虚偽記載に該当することがあり得ると考えられます。」と回答している点に留意が必要である(脚注19)。

3.経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)
3-1.MD&Aに共通する事項
〔法令上記載が求められている事項〕  経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(経営成績等)の状況の分析の開示においては、経営者の視点による当該経営成績等の状況に関する分析・検討内容を具体的に、かつ、分かりやすく記載することが求められている。その際、事業全体及びセグメント情報に記載された区分ごとに、経営者の視点による認識及び分析・検討内容(例えば、経営成績に重要な影響を与える要因についての分析)を、経営方針・経営戦略等の内容のほか、有価証券報告書に記載した他の項目の内容と関連付けて記載することが求められている。
 MD&Aは、経営方針・経営戦略等に従って事業を営んだ結果である当期の経営成績等の状況について、経営者の視点による振返りを行い、経営成績等の増減要因等についての分析・検討内容を説明するものである。
 MD&Aの開示により、投資家は、企業が策定した経営方針・経営戦略等の適切性を確認することや、経営者が認識している足許の傾向を踏まえ、将来の経営成績等の予想の確度をより高めることが可能となる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① MD&Aにおいては、単に財務情報の数値の増減を説明するにとどまらず、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、
 ・当期における主な取組み
 ・当期の実績
 ・増減の背景や原因についての深度ある分析
 ・その他、当期の業績に特に影響を与えた事象
 について、認識している足許の傾向も含めて、経営者の評価を提供することが期待される。
② MD&Aにおいて、当期における主な取組みやそれを踏まえた実績の評価を開示するに当たっては、企業が設定したKPIと関連付けた開示を行うことが望ましい。KPIに関連して目標数値が設定されている場合には、その達成状況を記載することも考えられる。
 ①については、MD&Aは、単に過去の分析を行うだけでなく、認識している足許の傾向も含めて、経営者の評価を提供することが期待されている(脚注20)。

3-2.キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報
〔法令上記載が求められている事項〕  キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容、資本の財源及び資金の流動性に係る情報の開示においては、資金調達の方法及び状況並びに資金の主要な使途を含む資金需要の動向についての経営者の認識を含めて記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載することが求められている。
 企業経営においては、経営方針・経営戦略等を遂行するため、その資産の最大限の活用が期待されており、キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報の開示においては、経営方針・経営戦略等を遂行するに当たって必要な資金需要や、それを賄う資金調達方法、さらには株主還元を含め、経営者としての認識を適切に説明することが重要である。
 このような説明により、投資家は、企業が経営方針・経営戦略等を遂行するに当たっての財源の十分性や、企業の経営方針・経営戦略等の実現可能性を判断することが可能となる。また、上記の情報の開示により、投資家は、成長投資、手許資金、株主還元のバランスに関する経営者の考え方や、企業の資本コストに関する経営者の考え方を理解することも可能となると考えられる。
 上記を踏まえ、以下のような望ましい開示に向けた取組みが考えられる。
(望ましい開示に向けた取組み)
① 資金需要の動向に関する経営者の認識の説明に当たっては、企業が得た資金をどのように成長投資、手許資金、株主還元に振り分けるかについて、経営者の考え方を記載することが有用である。
② 成長投資への支出については、経営方針・経営戦略等と関連付けて、設備投資や研究開発費を含めて、説明することが望ましい。
③ 株主還元への支出については、目標とする水準が設定されている場合にはそれも含め、考え方を説明することが望ましい。その際、配当政策など、他の関連する開示項目と関連付けて説明することが望ましい。
④ 緊急の資金需要のために保有する金額の水準(例えば、月商○か月分など)とその考え方を明示するなど、現金及び現金同等物の保有の必要性について投資家が理解できる適切な説明をすることが望ましい。
⑤ 資金調達の方法については、資金需要を充たすための資金が営業活動によって得られるのか、銀行借入、社債発行や株式発行等による調達が必要なのかを具体的に記載することが考えられる。また、資金調達についての方針(例えば、DEレシオ(脚注21))を定めている場合には、併せて記載することが有用である。
⑥ 資本コストに関する企業の定義や考え方について、上記の内容とともに説明することも有用である。
 上記の経営戦略を遂行するための財務戦略の記載については、統合報告書等におけるCFOメッセージが参考になりうる。有価証券報告書においても、経営戦略と関連付けた財務戦略についての分かりやすい開示が進展することが期待される。
 なお、キャッシュ・フローの状況等の説明については、企業において様々なアプローチが考えられるが、例えば、貸借対照表を踏まえた記載方法も考えられるほか、フリー・キャッシュ・フローに焦点を当てた記載方法も考えられる。その場合、財務情報のキャッシュ・フロー計算書の個別の記載項目にとらわれることなく、キャッシュ・インの総額及び主な内訳並びにキャッシュ・アウトの総額及び主な内訳(設備投資、研究開発費、M&A等の成長投資、株主還元)を記載することが考えられる。

3-3.重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定
〔法令上記載が求められている事項〕  財務諸表の作成に当たって用いた会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定のうち、重要なものについて、当該見積り及び当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、会計方針を補足する情報を記載することが求められている。
 重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定についても、本年1月の開示府令の改正により、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、記載が必要となる。
 重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、実績が乖離することにより、企業の業績に予期せぬ影響が発生するリスクがある。会計基準における見積り要素の増大が指摘される中、このようなリスクを減らすため、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定について、充実した開示が行われることが求められる。
 重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定に関して、経営者がどのような前提を置いているかということは、経営判断に直結する事柄と考えられるため、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、経営者が関与して開示することが重要と考えられる。
 会計上の見積りの開示については、国際会計基準(以下「IFRS」という)では、財務諸表の注記として記載する必要がある旨の定めが存在するため、IFRS適用企業においては財務情報として開示されている。他方、米国会計基準では、IFRSのように財務諸表の注記に関する定めは存在しないものの、米国SECのMD&Aに関するガイダンス(脚注22)において、会計上の見積り等の開示に関する指針があるため、米国会計基準の適用企業においては、非財務情報としてのMD&Aで開示がなされている例が多くみられる。
 他方、我が国においては、企業会計基準委員会において、これらの開示の充実を図ることを目的とした会計基準の開発の検討が行われている(脚注23)ものの、現時点においては、IFRSのような会計上の見積り等の開示に関する会計基準などは設けられていない。また、米国SECのMD&Aガイダンスのような指針も存在しないため、我が国の会計基準を適用している企業においては、十分な開示がなされている企業は必ずしも多くない。
 このため、会計上の見積り等の重要性が高まっている背景を踏まえ、有価証券報告書のMD&Aにおいて、会計上の見積り等の記載をすることにより、投資家の企業の経営成績等に対する理解が深まり、企業との対話がさらに促進されることが期待される。
 なお、すでに財務諸表の注記において会計上の見積りに関して記載すべき事項の全部又は一部を開示しているIFRS適用企業においては、MD&Aにその旨を記載することによって、当該注記に記載した事項の記載を省略することができる。しかし、IFRS適用企業においても、会計上の見積り等に関する開示が十分に行われていない例も見受けられるため、いま一度、記載内容が開示府令の規定内容を満たしているかを確認し、不足がある場合には、MD&A又は財務諸表の注記のいずれかに追記する必要がある点に留意が必要である。

五 好事例集の位置付け及び内容
 DWG報告においては、我が国の開示内容の充実を図る上では、開示に関するルールやプリンシプルベースのガイダンスの整備に加え、適切な開示実務の積上げを図る取組みも必要とされた。これを受け、金融庁では、一部企業の好事例を企業全体に拡げるため、投資家・アナリスト及び企業からなる勉強会を設置し、実際の開示の好事例を収集し、好事例集としてとりまとめた(図表3)。

 勉強会においては、投資家からは望ましい開示に関する意見や実例の紹介があり、企業からは開示書類作成に当たり行っている創意工夫の紹介や、実状や悩みなど、様々な意見が寄せられた。勉強会において寄せられた意見や紹介のあった取組みの一部は、本原則にも反映されている。
 好事例集の章立ては、本原則各論の項目と対応しているため、本原則において示されている考え方や望ましい開示に向けた取組みに対応した開示の具体例として参照することが可能であり、両者を併せて利用することで、より両者についての理解が深まると考えられる。
 好事例集では、各開示例について、好事例として着目したポイントを本原則に対応する形でコメントしている。
 好事例集には、有価証券報告書における開示例に加え、任意の開示書類(統合報告書など)における開示例のうち有価証券報告書における開示の参考になりうるものも含めている。任意の開示書類における開示例は、その全てをそのまま有価証券報告書における開示に取り込むことを意図するものではなく、各開示例に付したコメントを参考に、当該開示例の要素を抽出して文章化するなど工夫して有価証券報告書に取り入れることにより、有価証券報告書における記述情報の記載が充実すると考えられるものである。
 今後、金融庁では、好事例の浸透により、新たに積み上げられた好事例を、必要に応じて本原則に反映していくことも考えている。これにより、開示内容全体のレベルが継続的に向上していくことを期待している。

六 おわりに
 記述情報の充実に係る開示府令の規定の適用までは、まだ1年あまり時間がある。しかしながら、経営者の積極的な関与のもと、経営方針・経営戦略等、MD&A、リスク情報等の記載について、取締役会や経営会議の議論を適切に反映していくためには、企業によっては、開示に対する取り組み方を大きく変更する必要も出てくると考えられる。その際には、今般公表した本原則及び好事例集も参考に、現在の開示への取組みを確認し、必要に応じて、より一層の充実を図るための取組みを進めていただければ幸いである。こうした取組みの拡がりにより、投資家に対してより充実した企業情報が開示・提供され、資本市場の機能のより適切な発揮を通じ、企業価値の向上と収益向上の果実を家計にもたらしていくという好循環が実現されることを強く期待し、本稿の結びとしたい。

脚注
1 金融庁ウェブサイト「『記述情報の開示に関する原則』及び『記述情報の開示の好事例集』の公表について」〔https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20190319.html〕参照。
2 八木原栄二ほか「企業内容等の開示に関する内閣府令の改正」本誌780号(2019)P16~P29
3 「記述情報の開示に関する原則(案)」については、2018年12月21日から本年2月1日までの間、意見募集手続が行われた。その結果、15の個人及び団体から意見が提出された。
4 「記述情報」は、一般的に、財務情報以外の情報を指すと理解されているところ、ここでは、法定開示書類において提供される情報のうち、金融商品取引法第193条の2が規定する「財務計算に関する書類」において提供される財務情報以外の情報を指すこととする。
5 米国SEC“Interpretation:Commission Guidance Regarding Management's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations”(2003年12月 https://www.sec.gov/rules/interp/33-8350.htm)
6 米国SEC“Interpretation:Commission Guidance Regarding Management's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations”(2003年12月)
7 International Accounting Standards Board(IASB) ‘IFRS Practice Statement Management Commentary' 2010年 P.8 Para.9
8 International Accounting Standards Board(IASB) ‘IFRS Practice Statement Management Commentary' P.9 Para.17
9 英国Financial Reporting Council(FRC) ‘Guidance on the Strategic Report'(Jun.2014) P.21 Para.6.11
10 International Accounting Standards Board (IASB) ‘IFRS Practice Statement Management Commentary' 2010年 P.9 Para.1では、どの程度将来に関する記述情報を提供するかについては、企業が事業を行う規制や法的環境に影響を受けるとされている。
11 DWG報告 P2
12 「記述情報の開示に関する原則(案)」に対する主なパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(平成31年1月19日)No.14参照。
13 「記述情報の開示に関する原則(案)」に対する主なパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(平成31年1月19日)No.15参照。
14 International Accounting Standards Board (IASB) ‘IFRS Practice Statement Management Commentary'  P.25 Para.BC32
15 「記述情報の開示に関する原則(案)」に対する主なパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(平成31年3月19日)No.22参照。
16 DWG報告 P5。
17 DWG報告 P8。
18 本原則における〔法令上記載が求められている事項〕の記載は、平成31年内閣府令第3号による改正後の企業内容等の開示に関する内閣府令により記載が求められる事項を示している。分かりやすくするために概要を示しているにとどまるため、実際の内容については、開示府令の原文を確認いただきたい。
 適用時期については、経営方針、経営環境及び対処すべき課題等、事業等のリスク並びに経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析についての改正後の規定は、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用される。ただし、2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から改正後の規定に沿った記載をすることも可能とされている。
19 企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(平成31年1月31日)No.16参照
20 この点については、米国SECのMD&Aに関するガイダンス(前掲(注5))において、MD&Aは、認識している重要な傾向も含め、事象、需要、コミットメントや不確実性を分析するとともに、それらの理由、影響、関連性、重要性等を説明すべきとされていることや、IASBのManagement Commentary(P.8 Para.9 前掲(注7))において、経営戦略に基づいて事業を行った結果である経営成績等の分析について、なぜそのような結果になったかだけでなく、将来への含意も記載することとされていることと整合的である。
21 企業の有利子負債を自己資本(株主資本)で除したものであり、企業の有利子負債が自己資本(株主資本)の何倍かを示す。
22 米国SEC“Interpretation:Commission Guidance Regarding Management's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations”(2003年12月)
23 企業会計基準委員会/財務会計基準機構ウェブサイト「プロジェクト一覧」(https://www.asb.or.jp/jp/project/project_list.html)参照。

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