資料2002年02月21日 【主要判例】 H14. 2.21 神戸地方裁判所 平成12年(行ウ)第51号 相続税更正請求棄却通知処分取消請求事件
H14. 2.21 神戸地方裁判所 平成12年(行ウ)第51号 相続税更正請求棄却通知処分取消請求事件
判決 平成14年2月21日 神戸地方裁判所 平成12年(行ウ)第51号 相続税更正請求棄却通知処分取消請求事件
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請 求
被告が,原告らの被相続人甲に係る相続税の各更正の請求に対して,平成11年6月9日付けで原告らに対してした,更正をすべき理由がない旨の各通知処分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要等
本件は,原告らの被相続人甲に係る相続税の各更正の請求に対して,被告が平成11年6月9日付けでした更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件処分」という。)が,時効の遡及効を規定した民法144条を無視するもので違法であるとして,その取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実
以下の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
(1) 原告らの身分関係等
ア 訴外乙は,訴外甲の子である。
そして,原告Aは,乙の妻であり,原告B及び原告Cは,いずれも乙と原告Aとの間に生まれた子である(別紙「甲相続関係図」参照)。
イ 乙は昭和63年11月23日に死亡し,甲も平成4年3月13日に死亡した。
ウ 甲は,生前,別紙物件目録記載1,2の土地(以下「第1土地,第2土地」といい,第1及び第2土地を合わせて「本件各土地」という。)を所有していた。
(2) 本件相続及び別件相続
ア 甲は,平成元年1月12日,本件各土地及び別件土地についての各3分の1の共有持分権を,原告Aに遺贈し同B及び同Cに相続させる旨の公正証書遺言(甲3。以下「本件公正証書遺言」という。)をしていた。
イ そこで,原告Aは,平成4年4月10日,本件各土地及び別件土地について,同年3月13日遺贈を原因とする持分3分の1の所有権一部移転登記を経由した。
ウ 次いで,原告B及び同Cも,平成4年4月14日,本件各土地について,同年3月13日相続を原因とする各持分3分の1の甲持分全部移転登記を経由した。
エ なお,以下,本件各土地についての遺贈及び相続を「本件相続」といい,別件土地についての遺贈及び相続を「別件相続」という。
(3) 本件相続に係る相続税の申告
原告らは,別表1「課税の経緯」の「申告」欄の各原告欄記載のとおり,法定申告期限内の平成4年12月3日,本件相続及び別件相続に係る相続税の申告書を被告に提出した。
(4) 第1次更正の請求とこれに対する減額更正処分
被相続人の平成3年5月1日付け公正証書遺言(甲5の2)の効力が争われた別件訴訟(以下「別件訴訟(1)」という。)において,原告ら敗訴の判決(以下「別件判決(1)」という。甲6の1・2)が確定し,同公正証書遺言と抵触する限度において,別件土地についての本件公正証書遺言が取り消されたものとみなされた。
そこで,原告らは,別件土地についての持分が減少したとして,平成10年10月23日,被告に対し,別表1の「第1次更正の請求」欄のとおり更正の請求をした(以下「第1次更正の請求」という。)。被告は,上記更正の請求を認め,平成11年1月19日付けで,別表1の「更正処分」欄のとおり減額更正処分を行った。
(5) 第2次更正の請求とこれに対する本件処分
ア 甲の子である丙及び丁は,平成5年8月23日,原告らを被告として,神戸地方裁判所尼崎支部に次のような訴訟(以下「別件訴訟(2)」という。)を提起した(甲7の2。神戸地方裁判所尼崎支部平成5年(ワ)第672号事件)
(ア) 丙は,第1土地につき,主位的に昭和45年ころ贈与を,予備的に昭和49年3月25日時効取得(同日占有開始,20年の時効取得)を主張し,前記(2)イウの各登記の抹消登記及び丙への所有権移転登記を求めた。
(イ) 丁は,第2土地につき,主位的に昭和45年ころ贈与を,予備的に昭和47年10月1日時効取得(同日占有開始,20年の時効取得)を主張し,前記(2)イウの各登記の抹消登記及び丁への所有権移転登記を求めた。
イ 別件訴訟(2)について,神戸地方裁判所尼崎支部は,丙への第1土地,丁への第2土地の各時効取得を原因とする所有権移転登記を命ずる判決(甲8。以下「別件判決(2)」という。)を言渡し,同判決が確定した。
なお,丙らの本件各土地についての占有開始,時効完成,上記訴訟の提起,時効の援用等の事実を時系列順に整理すると,別表2「本件各土地時系列表」記載のとおりである。
ウ 別件判決(2)を理由として,原告らは,第1土地については,丙が占有を開始した昭和49年3月25日から同人が,第2土地については,春冶が占有を開始した昭和47年10月1日から同人が,それぞれ所有権を有していたから,本件各土地を相続財産から除外すべきであるとして,平成11年3月26日,被告に対し,別表1の「第2次更正の請求」欄のとおり更正の請求をした(甲9の1ないし3)。
これに対し,被告は,平成11年6月9日付けで更正をすべき理由がない旨の本件処分を行った(甲10の1・2)。
(6) 原告らの不服申立てとこれに対する決定・裁決
原告らは,平成11年8月3日,被告に対し,本件処分に不服があるとして,別表1異議申立て欄のとおり異議申立てをした(甲11)。しかし,被告は,平成11年11月1日付けで異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲12の1ないし3)。
そこで,原告らは,平成11年12月1日,国税不服審判所長に対し,別表1審査請求欄のとおり審査請求をした(甲13)。しかし,国税不服審判所長も,平成12年9月18日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲14)。
2 争 点
本件における争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かである。
第3 争点に関する当事者の主張
(被告の主張)
以下のとおり,本件処分は適法である。
1 国税通則法23条2項1号にいう「判決」とは,「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実を訴えの対象とする民事事件の判決」をいう。そして,これに該当するのは,例えば,不動産の売買に基づき譲渡所得の申告をしたところ,後日,売買の無効確認訴訟を提起され,判決や和解によって売買がなかったことが確定した場合等であると考えられ,課税時期において,明らかになっていないが,課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味するものと解するべきである。
2 ところで,相続開始後に取得時効が完成し,援用された場合であっても,次の事実を考慮すると,相続税法の解釈上,遡って相続財産でなくなるというわけではない。
(1) 本件における問題は,本件各土地が,相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するかという相続税法上の課税要件の解釈問題である。したがって,私法上の時効の遡及効を租税法の解釈に直ちに持ち込むことはできない。
(2) 時効取得に伴う権利の得喪の場合の課税については,租税法上,その効果は遡及しないものと解されている。
まず,時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていえば,時効援用時に一時所得に係る収入金額が発生したと解されている。また,時効により権利を喪失した者への課税上の取扱いについていえば,不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は,時効の遡及効にかかわらず,時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し,その損失の額はこの時点における簿価とすることとされている。
このように確立した課税実務の取扱い上,私法上の時効の遡及効にかかわらず,租税法上は,時効の援用の時に,所得が発生し又は損失が生じるものと解されており,本件もこれと整合的に解釈すべきである。
3 しかるに,別件判決(2)は,時効の完成及び援用という事後的に発生した新たな事実,すなわち,本件相続(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある援用の事実を判断の基礎としたものであり,既に本件相続(甲死亡)時に存在していた事実のみによって,何ら課税標準等を変更するものではない。すなわち,別件判決(2)は,「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないというべきである。
4 実質的に考えても,原告らが本件各土地の所有権を喪失したのは,原告ら自身の経済活動の結果であるというべきであるから,上記3の結論は妥当である。
すなわち,別件判決(2)において,第1土地について本件相続開始の約2年後,第2土地について本件相続開始の約7か月後に時効が完成したものと認定されているが(別表2参照),それまでの間に,原告らは,丙ら(占有者ら)が本件各土地を占有しているのを熟知していたのであるから,各占有者に対し,本件各土地の明渡しを請求するなどして,時効の中断を行うことができたのである。
特に,第1土地については,占有者から訴えが提起された時点でも,まだ時効が完成しておらず,原告らは,丙に対して反訴を提起し,第1土地に対する自己の権利を保全することは極めて容易であったのに,不注意によって反訴を提起せず,時効中断の措置を執らなかったのである。
(原告らの反論)
以下のとおり,本件処分は違法である。
1 被告は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」について,課税時期において,明らかになっていないが,課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味すると主張し,別件判決(2)はこれに該当しないと主張する。
しかし,被告の上記主張は,時効の遡及効が租税法上認められないとの前提に立つものであるにすぎず,次に述べるように租税法上も時効の遡及効が認められ,被告の立論の前提自体が誤っているから,上記主張は失当である。租税法上も時効の遡及効が認められるのであるから,仮に,「判決」の意義が上記被告の主張のとおりであるとしても,別件判決(2)は「判決」に該当するのであるから,本件処分は違法である。
2 課税が租税法に基づいて行われることは当然であるが,租税法は実体法秩序を前提として成立するものであり,実体的権利関係を無視して一人歩きする租税法は考えられない。本件のような場合に課税上民法144条に規定する時効の遡及効を否定するのであれば,明確な規定が必要であるところ,そのような規定がないばかりか,的確な判例もない。このような場合は,疑わしきは課税せずとの法理が適用されるべきである。
実体法上,遡って権利を有しなかったことになる時効取得の相手方(権利喪失者)に対する課税は,実体的に有しない権利に対する課税となるから,本件処分は,課税は実質に即して行われなければならないという実質課税の原則にも違反する。
3 時効の遡及効により,本件の事実関係は次のようになる。丙が時効取得した第1土地の所有権は,同人の占有開始日である昭和49年3月25日に遡って存在したことになり,同様に,丁が時効取得した第2土地の所有権は,同人の占有開始日である昭和47年10月1日に遡って存在したことになる。その結果,甲が原告らに本件各土地を遺贈し又は相続させる旨の本件公正証書遺言は,他人の所有物について遺言したものであって,その内容において無効なものとなるから,本件各土地についての原告らの受遺及び相続(本件相続)は生じなかったことになる。
したがって,本件相続は生じなかったことになる以上,本件処分は実体的な権利の変動につき遡及効を認めている民法144条に違反し,違法であることになる。
4 なお,被告は,原告らが不注意で時効中断の措置を執らなかったことから,本件各土地の所有権を喪失したのは,原告ら自身の経済活動の結果であるなどと主張する。
しかし,原告らは,親族である丙らが使用する本件各土地について,売却や明渡請求をする意思がなかったところ,丙らから主位的に甲からの贈与を理由とする所有権移転登記手続請求訴訟(別件訴訟(2))の提起をされ,上記贈与の事実の存否を争っていたのである。原告らは,当初から丙らには所有の意思がなく使用貸借の意思であると主張していたのであるから,時効中断行為は考慮の埒外にあったものにすぎない。
第4 当裁判所の判断
前記第2の1の前提となる事実に基づき,争点について判断する。
1 国税通則法23条2項1号にいう「判決」の意義
(1) 国税通則法23条は,1項において,納税申告書を提出した者は,当該申告に係る課税標準等又は税額等の計算が誤っていたこと等により,当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合等には,その法定申告期限から1年以内に限り,更正の請求をすることができる旨定めているが,さらに,2項において,同項各号所定の事由が生じた場合には上記期間の延長を認めている。
これは,納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し,これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると,帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合等があると考えられることから,例外的に,一定の場合に更正の請求を認めることによって,保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものである。
(2) そして,同条2項1号は,その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又はこれと同一の効力を有する和解その他の行為により,その事実が当該計算の基礎としたこところと異なることが確定したときに,更正の請求をすることができる旨定めているが,前記(1)の同条2項の趣旨からすれば,ここにいう「判決」とは,申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否,相続による財産取得の有無,特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいうものと解するのが相当である。
これに該当するのは,不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたところ,後日になって,売買の無効確認訴訟を提起され,判決によって売買がなかったことが確定した場合のように,申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ,判決によってこれと異なる事実が明らかにされた場合などであって,申告時には予知し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより,その申告の課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えに係る判決によって,事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときであると解することができる。
被相続人の平成3年5月1日付け公正証書遺言(甲5の2)の効力が争われた別件訴訟(1)において,原告ら敗訴の判決(別件判決(1)。甲6の1・2)が確定し,同公正証書遺言と抵触する限度において,別件土地についての本件公正証書遺言が取り消された事例なども,その典型的な事例である。
2 本件への当てはめ
そこで,前記1を前提として,別件判決(2)が「判決」に該当するか否かを検討する。
(1) 占有者に時効取得されたことによる権利者の所有権喪失の効力発生時期
民法は,所有権の取得時効を,10年又は20年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして(同法162条,145条,146条参照),時効による権利取得の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているから,時効による所有権取得の効果は,時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年3月17日第2小法廷判決・民集40巻2号420頁)。
翻って,占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する権利者の所有権喪失時期についてみると,上記の占有者の所有権取得の効果が生じる時期と整合的に考えるべきであることから,やはり占有者により時効が援用されたときと解するのが合理的である。
(2) 時効の遡及効の課税上の取扱い
ア 時効取得による権利の得喪の場合の課税について,租税法上,次のような取扱いがされている。
(ア) まず,時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていうと,課税実務上及び裁判例上,時効の援用の時に,一時所得に係る収入金額が発生したものと解されている(東京地裁平成4年3月10日判決・月刊税務事例25巻4号22頁,静岡地裁平成8年7月18日判決・税務訴訟資料220号181頁参照。なお,原告らもこの点についてまで争っているわけではない。)。
(イ) 次に,時効により権利を喪失した者に対する課税上の取扱いについてみると,不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は,当該法人は時効取得された不動産を損金として計上することができるが(法人税法22条3項3号),課税実務上は,時効の遡及効にかかわらず,時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し,その損失の額はこの時点における簿価とすることとされている。
このように,裁判例及び確立した課税実務の取扱い上,上記(ア)(イ)の場合に,私法上の時効の遡及効にかかわらず,租税法上,時効の援用の時に所得が発生し,あるいは損失が生じるものと解されている。そうすると,本件のような場合(占有者に時効取得されたことにより権利者が所有権を喪失する場合)においても,上記(ア)(イ)と整合的に解釈すべきである。そうでなければ,二重課税又は二重に控除を認めるなどの不都合な結果が生じるおそれがあるからである。
イ 原告らは,時効による権利の取得者に対する課税の時期を援用時とすることと,権利の取得時期を起算日に遡らせることとは,権利の取得者に対する課税方法の問題にすぎないが,権利の喪失者に対する課税は,実体法上起算日に遡って権利を有しなくなる者への課税であり,実質課税の原則に違反し,単なる課税方法の問題ではない旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は,権利の取得者の側から考察すると矛盾している。例えば,土地の占有者(以下「a」という。)が時効完成前に死亡したが,その後も占有を継続したaの相続人(以下「b」という。)が時効完成後に時効の援用をした場合を考えてみると,原告らの上記主張によれば,bが時効を援用した場合,民法144条により時効の効力が占有開始時まで遡及することから,aは所有権を占有開始時に取得したこととなり,aの相続開始時点における相続財産を構成するため,bに相続税が課税され,それと同時に,bには時効の援用の結果として,一時所得が課税されるということとなり,相続によって取得した土地に対して一時所得が課税されるという理論の矛盾をも招来し,二重課税ともいうべき不都合な結果となる。
それゆえ,原告らの上記主張は採用できない。
(3) 実質的にみて原告らが保護に値するか
前記第2の1(5)のとおり,本件相続開始(甲死亡)時において,本件各土地についての丙らの各時効取得は,いずれも時効が援用されていなかったばかりか,いずれも時効が完成していなかった。具体的には,別表2記載のとおり,第1土地について本件相続開始から約2年後,第2土地について本件相続開始から約7か月後に時効が完成したものであるところ,各時効完成までの間に,原告らは,丙ら(占有者)が本件各土地をそれぞれ占有しているのを当然知っていたのであるから,丙らに対し,本件各土地の明渡しを請求するなどして,時効中断の措置をとることができたものである。とりわけ,第1土地については,丙から別件訴訟(2)が提起された時点においてさえ時効が完成しておらず,原告らは極めて容易に反訴を提起して,時効中断の措
置をとることができたのである。
これらの点からすれば,時効の完成も援用も本件相続開始(甲死亡)後である本件において,原告らは著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから,相続税の更正の請求が認められない(確定申告額の減額が認められない)としても,それは原告らに帰責事由があったことによるものであり,前示1(1)の国税通則法23条2項の趣旨に照らし,やむを得ないものであるというほかない。
(4) 原告ら主張の検討
原告らが別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当すると主張する根拠は,民法144条に規定する時効の遡及効により,時効取得者は占有開始時に遡って本件各土地の所有権を取得したことになるから,本件各土地についての甲の遺贈又は相続が無効になるという点に尽きる。
しかし,本件での問題は,本件各土地が,相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するか否かであって,私法の解釈そのものが問題となっているわけではない。課税は,私法ではなく税法に基づき行われるのであって,税法に基づき課税するに当たって,私法上の法律関係が前提とされることが多いのは,税法がその私法上の法律関係を課税要件の中に読み込んでいると解される場合が多いことによるもので,税法の解釈を離れて私法が適用されるものではないのである。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(5) まとめ
以上のとおり,別件判決(2)は,時効の完成及び援用という本件相続開始(甲死亡)後に発生した新たな事実,すなわち,本件相続開始(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある時効援用の事実を判断の基礎としたものであり,本件相続開始(甲死亡)時に既に存在していた事実のみによって課税標準等を変更するものではない。すなわち,別件判決(2)は,「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないものといわなければならない。
3 小 括
以上説示したところによれば,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当せず,被告が原告らの第2次更正の請求に対してなした更正すべき理由がない旨の通知(本件処分)は,いずれも適法なものということができる。
第5 結 論
よって,本件処分の取消しを求める原告らの請求は理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 紙浦健二
裁判官 中村 哲
裁判官 今井輝幸
判決 平成14年2月21日 神戸地方裁判所 平成12年(行ウ)第51号 相続税更正請求棄却通知処分取消請求事件
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請 求
被告が,原告らの被相続人甲に係る相続税の各更正の請求に対して,平成11年6月9日付けで原告らに対してした,更正をすべき理由がない旨の各通知処分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要等
本件は,原告らの被相続人甲に係る相続税の各更正の請求に対して,被告が平成11年6月9日付けでした更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件処分」という。)が,時効の遡及効を規定した民法144条を無視するもので違法であるとして,その取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実
以下の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
(1) 原告らの身分関係等
ア 訴外乙は,訴外甲の子である。
そして,原告Aは,乙の妻であり,原告B及び原告Cは,いずれも乙と原告Aとの間に生まれた子である(別紙「甲相続関係図」参照)。
イ 乙は昭和63年11月23日に死亡し,甲も平成4年3月13日に死亡した。
ウ 甲は,生前,別紙物件目録記載1,2の土地(以下「第1土地,第2土地」といい,第1及び第2土地を合わせて「本件各土地」という。)を所有していた。
(2) 本件相続及び別件相続
ア 甲は,平成元年1月12日,本件各土地及び別件土地についての各3分の1の共有持分権を,原告Aに遺贈し同B及び同Cに相続させる旨の公正証書遺言(甲3。以下「本件公正証書遺言」という。)をしていた。
イ そこで,原告Aは,平成4年4月10日,本件各土地及び別件土地について,同年3月13日遺贈を原因とする持分3分の1の所有権一部移転登記を経由した。
ウ 次いで,原告B及び同Cも,平成4年4月14日,本件各土地について,同年3月13日相続を原因とする各持分3分の1の甲持分全部移転登記を経由した。
エ なお,以下,本件各土地についての遺贈及び相続を「本件相続」といい,別件土地についての遺贈及び相続を「別件相続」という。
(3) 本件相続に係る相続税の申告
原告らは,別表1「課税の経緯」の「申告」欄の各原告欄記載のとおり,法定申告期限内の平成4年12月3日,本件相続及び別件相続に係る相続税の申告書を被告に提出した。
(4) 第1次更正の請求とこれに対する減額更正処分
被相続人の平成3年5月1日付け公正証書遺言(甲5の2)の効力が争われた別件訴訟(以下「別件訴訟(1)」という。)において,原告ら敗訴の判決(以下「別件判決(1)」という。甲6の1・2)が確定し,同公正証書遺言と抵触する限度において,別件土地についての本件公正証書遺言が取り消されたものとみなされた。
そこで,原告らは,別件土地についての持分が減少したとして,平成10年10月23日,被告に対し,別表1の「第1次更正の請求」欄のとおり更正の請求をした(以下「第1次更正の請求」という。)。被告は,上記更正の請求を認め,平成11年1月19日付けで,別表1の「更正処分」欄のとおり減額更正処分を行った。
(5) 第2次更正の請求とこれに対する本件処分
ア 甲の子である丙及び丁は,平成5年8月23日,原告らを被告として,神戸地方裁判所尼崎支部に次のような訴訟(以下「別件訴訟(2)」という。)を提起した(甲7の2。神戸地方裁判所尼崎支部平成5年(ワ)第672号事件)
(ア) 丙は,第1土地につき,主位的に昭和45年ころ贈与を,予備的に昭和49年3月25日時効取得(同日占有開始,20年の時効取得)を主張し,前記(2)イウの各登記の抹消登記及び丙への所有権移転登記を求めた。
(イ) 丁は,第2土地につき,主位的に昭和45年ころ贈与を,予備的に昭和47年10月1日時効取得(同日占有開始,20年の時効取得)を主張し,前記(2)イウの各登記の抹消登記及び丁への所有権移転登記を求めた。
イ 別件訴訟(2)について,神戸地方裁判所尼崎支部は,丙への第1土地,丁への第2土地の各時効取得を原因とする所有権移転登記を命ずる判決(甲8。以下「別件判決(2)」という。)を言渡し,同判決が確定した。
なお,丙らの本件各土地についての占有開始,時効完成,上記訴訟の提起,時効の援用等の事実を時系列順に整理すると,別表2「本件各土地時系列表」記載のとおりである。
ウ 別件判決(2)を理由として,原告らは,第1土地については,丙が占有を開始した昭和49年3月25日から同人が,第2土地については,春冶が占有を開始した昭和47年10月1日から同人が,それぞれ所有権を有していたから,本件各土地を相続財産から除外すべきであるとして,平成11年3月26日,被告に対し,別表1の「第2次更正の請求」欄のとおり更正の請求をした(甲9の1ないし3)。
これに対し,被告は,平成11年6月9日付けで更正をすべき理由がない旨の本件処分を行った(甲10の1・2)。
(6) 原告らの不服申立てとこれに対する決定・裁決
原告らは,平成11年8月3日,被告に対し,本件処分に不服があるとして,別表1異議申立て欄のとおり異議申立てをした(甲11)。しかし,被告は,平成11年11月1日付けで異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲12の1ないし3)。
そこで,原告らは,平成11年12月1日,国税不服審判所長に対し,別表1審査請求欄のとおり審査請求をした(甲13)。しかし,国税不服審判所長も,平成12年9月18日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲14)。
2 争 点
本件における争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かである。
第3 争点に関する当事者の主張
(被告の主張)
以下のとおり,本件処分は適法である。
1 国税通則法23条2項1号にいう「判決」とは,「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実を訴えの対象とする民事事件の判決」をいう。そして,これに該当するのは,例えば,不動産の売買に基づき譲渡所得の申告をしたところ,後日,売買の無効確認訴訟を提起され,判決や和解によって売買がなかったことが確定した場合等であると考えられ,課税時期において,明らかになっていないが,課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味するものと解するべきである。
2 ところで,相続開始後に取得時効が完成し,援用された場合であっても,次の事実を考慮すると,相続税法の解釈上,遡って相続財産でなくなるというわけではない。
(1) 本件における問題は,本件各土地が,相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するかという相続税法上の課税要件の解釈問題である。したがって,私法上の時効の遡及効を租税法の解釈に直ちに持ち込むことはできない。
(2) 時効取得に伴う権利の得喪の場合の課税については,租税法上,その効果は遡及しないものと解されている。
まず,時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていえば,時効援用時に一時所得に係る収入金額が発生したと解されている。また,時効により権利を喪失した者への課税上の取扱いについていえば,不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は,時効の遡及効にかかわらず,時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し,その損失の額はこの時点における簿価とすることとされている。
このように確立した課税実務の取扱い上,私法上の時効の遡及効にかかわらず,租税法上は,時効の援用の時に,所得が発生し又は損失が生じるものと解されており,本件もこれと整合的に解釈すべきである。
3 しかるに,別件判決(2)は,時効の完成及び援用という事後的に発生した新たな事実,すなわち,本件相続(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある援用の事実を判断の基礎としたものであり,既に本件相続(甲死亡)時に存在していた事実のみによって,何ら課税標準等を変更するものではない。すなわち,別件判決(2)は,「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないというべきである。
4 実質的に考えても,原告らが本件各土地の所有権を喪失したのは,原告ら自身の経済活動の結果であるというべきであるから,上記3の結論は妥当である。
すなわち,別件判決(2)において,第1土地について本件相続開始の約2年後,第2土地について本件相続開始の約7か月後に時効が完成したものと認定されているが(別表2参照),それまでの間に,原告らは,丙ら(占有者ら)が本件各土地を占有しているのを熟知していたのであるから,各占有者に対し,本件各土地の明渡しを請求するなどして,時効の中断を行うことができたのである。
特に,第1土地については,占有者から訴えが提起された時点でも,まだ時効が完成しておらず,原告らは,丙に対して反訴を提起し,第1土地に対する自己の権利を保全することは極めて容易であったのに,不注意によって反訴を提起せず,時効中断の措置を執らなかったのである。
(原告らの反論)
以下のとおり,本件処分は違法である。
1 被告は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」について,課税時期において,明らかになっていないが,課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味すると主張し,別件判決(2)はこれに該当しないと主張する。
しかし,被告の上記主張は,時効の遡及効が租税法上認められないとの前提に立つものであるにすぎず,次に述べるように租税法上も時効の遡及効が認められ,被告の立論の前提自体が誤っているから,上記主張は失当である。租税法上も時効の遡及効が認められるのであるから,仮に,「判決」の意義が上記被告の主張のとおりであるとしても,別件判決(2)は「判決」に該当するのであるから,本件処分は違法である。
2 課税が租税法に基づいて行われることは当然であるが,租税法は実体法秩序を前提として成立するものであり,実体的権利関係を無視して一人歩きする租税法は考えられない。本件のような場合に課税上民法144条に規定する時効の遡及効を否定するのであれば,明確な規定が必要であるところ,そのような規定がないばかりか,的確な判例もない。このような場合は,疑わしきは課税せずとの法理が適用されるべきである。
実体法上,遡って権利を有しなかったことになる時効取得の相手方(権利喪失者)に対する課税は,実体的に有しない権利に対する課税となるから,本件処分は,課税は実質に即して行われなければならないという実質課税の原則にも違反する。
3 時効の遡及効により,本件の事実関係は次のようになる。丙が時効取得した第1土地の所有権は,同人の占有開始日である昭和49年3月25日に遡って存在したことになり,同様に,丁が時効取得した第2土地の所有権は,同人の占有開始日である昭和47年10月1日に遡って存在したことになる。その結果,甲が原告らに本件各土地を遺贈し又は相続させる旨の本件公正証書遺言は,他人の所有物について遺言したものであって,その内容において無効なものとなるから,本件各土地についての原告らの受遺及び相続(本件相続)は生じなかったことになる。
したがって,本件相続は生じなかったことになる以上,本件処分は実体的な権利の変動につき遡及効を認めている民法144条に違反し,違法であることになる。
4 なお,被告は,原告らが不注意で時効中断の措置を執らなかったことから,本件各土地の所有権を喪失したのは,原告ら自身の経済活動の結果であるなどと主張する。
しかし,原告らは,親族である丙らが使用する本件各土地について,売却や明渡請求をする意思がなかったところ,丙らから主位的に甲からの贈与を理由とする所有権移転登記手続請求訴訟(別件訴訟(2))の提起をされ,上記贈与の事実の存否を争っていたのである。原告らは,当初から丙らには所有の意思がなく使用貸借の意思であると主張していたのであるから,時効中断行為は考慮の埒外にあったものにすぎない。
第4 当裁判所の判断
前記第2の1の前提となる事実に基づき,争点について判断する。
1 国税通則法23条2項1号にいう「判決」の意義
(1) 国税通則法23条は,1項において,納税申告書を提出した者は,当該申告に係る課税標準等又は税額等の計算が誤っていたこと等により,当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合等には,その法定申告期限から1年以内に限り,更正の請求をすることができる旨定めているが,さらに,2項において,同項各号所定の事由が生じた場合には上記期間の延長を認めている。
これは,納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し,これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると,帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合等があると考えられることから,例外的に,一定の場合に更正の請求を認めることによって,保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものである。
(2) そして,同条2項1号は,その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又はこれと同一の効力を有する和解その他の行為により,その事実が当該計算の基礎としたこところと異なることが確定したときに,更正の請求をすることができる旨定めているが,前記(1)の同条2項の趣旨からすれば,ここにいう「判決」とは,申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否,相続による財産取得の有無,特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいうものと解するのが相当である。
これに該当するのは,不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたところ,後日になって,売買の無効確認訴訟を提起され,判決によって売買がなかったことが確定した場合のように,申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ,判決によってこれと異なる事実が明らかにされた場合などであって,申告時には予知し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより,その申告の課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えに係る判決によって,事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときであると解することができる。
被相続人の平成3年5月1日付け公正証書遺言(甲5の2)の効力が争われた別件訴訟(1)において,原告ら敗訴の判決(別件判決(1)。甲6の1・2)が確定し,同公正証書遺言と抵触する限度において,別件土地についての本件公正証書遺言が取り消された事例なども,その典型的な事例である。
2 本件への当てはめ
そこで,前記1を前提として,別件判決(2)が「判決」に該当するか否かを検討する。
(1) 占有者に時効取得されたことによる権利者の所有権喪失の効力発生時期
民法は,所有権の取得時効を,10年又は20年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして(同法162条,145条,146条参照),時効による権利取得の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているから,時効による所有権取得の効果は,時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年3月17日第2小法廷判決・民集40巻2号420頁)。
翻って,占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する権利者の所有権喪失時期についてみると,上記の占有者の所有権取得の効果が生じる時期と整合的に考えるべきであることから,やはり占有者により時効が援用されたときと解するのが合理的である。
(2) 時効の遡及効の課税上の取扱い
ア 時効取得による権利の得喪の場合の課税について,租税法上,次のような取扱いがされている。
(ア) まず,時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていうと,課税実務上及び裁判例上,時効の援用の時に,一時所得に係る収入金額が発生したものと解されている(東京地裁平成4年3月10日判決・月刊税務事例25巻4号22頁,静岡地裁平成8年7月18日判決・税務訴訟資料220号181頁参照。なお,原告らもこの点についてまで争っているわけではない。)。
(イ) 次に,時効により権利を喪失した者に対する課税上の取扱いについてみると,不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は,当該法人は時効取得された不動産を損金として計上することができるが(法人税法22条3項3号),課税実務上は,時効の遡及効にかかわらず,時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し,その損失の額はこの時点における簿価とすることとされている。
このように,裁判例及び確立した課税実務の取扱い上,上記(ア)(イ)の場合に,私法上の時効の遡及効にかかわらず,租税法上,時効の援用の時に所得が発生し,あるいは損失が生じるものと解されている。そうすると,本件のような場合(占有者に時効取得されたことにより権利者が所有権を喪失する場合)においても,上記(ア)(イ)と整合的に解釈すべきである。そうでなければ,二重課税又は二重に控除を認めるなどの不都合な結果が生じるおそれがあるからである。
イ 原告らは,時効による権利の取得者に対する課税の時期を援用時とすることと,権利の取得時期を起算日に遡らせることとは,権利の取得者に対する課税方法の問題にすぎないが,権利の喪失者に対する課税は,実体法上起算日に遡って権利を有しなくなる者への課税であり,実質課税の原則に違反し,単なる課税方法の問題ではない旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は,権利の取得者の側から考察すると矛盾している。例えば,土地の占有者(以下「a」という。)が時効完成前に死亡したが,その後も占有を継続したaの相続人(以下「b」という。)が時効完成後に時効の援用をした場合を考えてみると,原告らの上記主張によれば,bが時効を援用した場合,民法144条により時効の効力が占有開始時まで遡及することから,aは所有権を占有開始時に取得したこととなり,aの相続開始時点における相続財産を構成するため,bに相続税が課税され,それと同時に,bには時効の援用の結果として,一時所得が課税されるということとなり,相続によって取得した土地に対して一時所得が課税されるという理論の矛盾をも招来し,二重課税ともいうべき不都合な結果となる。
それゆえ,原告らの上記主張は採用できない。
(3) 実質的にみて原告らが保護に値するか
前記第2の1(5)のとおり,本件相続開始(甲死亡)時において,本件各土地についての丙らの各時効取得は,いずれも時効が援用されていなかったばかりか,いずれも時効が完成していなかった。具体的には,別表2記載のとおり,第1土地について本件相続開始から約2年後,第2土地について本件相続開始から約7か月後に時効が完成したものであるところ,各時効完成までの間に,原告らは,丙ら(占有者)が本件各土地をそれぞれ占有しているのを当然知っていたのであるから,丙らに対し,本件各土地の明渡しを請求するなどして,時効中断の措置をとることができたものである。とりわけ,第1土地については,丙から別件訴訟(2)が提起された時点においてさえ時効が完成しておらず,原告らは極めて容易に反訴を提起して,時効中断の措
置をとることができたのである。
これらの点からすれば,時効の完成も援用も本件相続開始(甲死亡)後である本件において,原告らは著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから,相続税の更正の請求が認められない(確定申告額の減額が認められない)としても,それは原告らに帰責事由があったことによるものであり,前示1(1)の国税通則法23条2項の趣旨に照らし,やむを得ないものであるというほかない。
(4) 原告ら主張の検討
原告らが別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当すると主張する根拠は,民法144条に規定する時効の遡及効により,時効取得者は占有開始時に遡って本件各土地の所有権を取得したことになるから,本件各土地についての甲の遺贈又は相続が無効になるという点に尽きる。
しかし,本件での問題は,本件各土地が,相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するか否かであって,私法の解釈そのものが問題となっているわけではない。課税は,私法ではなく税法に基づき行われるのであって,税法に基づき課税するに当たって,私法上の法律関係が前提とされることが多いのは,税法がその私法上の法律関係を課税要件の中に読み込んでいると解される場合が多いことによるもので,税法の解釈を離れて私法が適用されるものではないのである。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(5) まとめ
以上のとおり,別件判決(2)は,時効の完成及び援用という本件相続開始(甲死亡)後に発生した新たな事実,すなわち,本件相続開始(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある時効援用の事実を判断の基礎としたものであり,本件相続開始(甲死亡)時に既に存在していた事実のみによって課税標準等を変更するものではない。すなわち,別件判決(2)は,「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないものといわなければならない。
3 小 括
以上説示したところによれば,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当せず,被告が原告らの第2次更正の請求に対してなした更正すべき理由がない旨の通知(本件処分)は,いずれも適法なものということができる。
第5 結 論
よって,本件処分の取消しを求める原告らの請求は理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 紙浦健二
裁判官 中村 哲
裁判官 今井輝幸
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