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解説記事2019年11月04日 特別解説 英トーマス・クック社の破綻~会計監査人が監査報告書に記載したKAM~(2019年11月4日号・№810)

特別解説
英トーマス・クック社の破綻
~会計監査人が監査報告書に記載したKAM~

はじめに

 2019年9月、創業178年を誇る英国の旅行代理店「トーマス・クック・グループ(以下、「TC社」という。」がロンドンの裁判所に破産を申し立てた。英政府がTC社のツアーで海外に旅行していた15万人以上の観光客を本国に帰国させる措置をとるなど、英国内は混乱。TC社の破綻で約2万2000人が失職する事態に陥ったと報じられている。TC社の破綻の原因としては、店頭での予約からオンライン予約へという、いわゆる「時代の流れ」に同社が乗り遅れたことや、英国による欧州連合離脱(いわゆるBrexit)問題による混乱等が指摘されている。現在までのところでは、TC社によるいわゆる不正な会計処理等についての報道はなされていないが、TC社の会計監査人は、経営破綻に至るまでの数年間、どのような対応をしてきたのであろうか。欧州では2013年度からKAM(監査上の主要な検討事項)を、会計監査人が監査報告書に記載する実務が定着している。本稿では、TC社の会計監査人が2013年以降に監査報告書に記載したKAMをもとに、監査人による問題点の把握や対応がどのようなものであったかをひもといてみたい。TC社の決算期末日は9月30日である。なお、本稿で紹介するKAMは、TC社のウェブサイトで入手できるアニュアル・レポートに組み込まれている監査報告書に記載されたものであり、英語の原文を筆者が仮訳したものである。

監査上の主要な検討事項(KAM)とは何か

 監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)とは、当年度の財務諸表の監査の過程で監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において特に重要であると判断した事項(改訂監査基準第四報告基準二(2))であり、会計監査人が実施した監査の透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高めることが導入の目的であるとされている。
 また、KAMが開示されることにより、次のような効果が期待されている。

・財務諸表利用者に対して監査プロセスに関する情報が、監査の品質を評価する新たな検討材料として提供されることにより、監査の信頼性向上に資すること
・財務諸表利用者の監査や財務諸表に対する理解が深まるとともに、経営者との対話が促進されること
・監査人と監査役等との間のコミュニケーションや、監査人と経営者との間の議論を更に充実させることを通じ、コーポレート・ガバナンスの強化や、監査の過程で識別した様々なリスクに関する認識が共有されることによる効果的な監査の実施につながること

 英国は世界に先駆けて、2012年10月1日以降開始事業年度の監査からKAMを導入しており、その他のEU内の大半の諸国は、ISA(国際監査基準)701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な事項のコミュニケーション」の公表後、2017年12月期決算からKAMを導入している。さらに米国のPCAOB(公開会社会計監視委員会)は、KAMとほぼ同一の、「監査上の重要な事項(Critical Audit Matters:CAM)」を、大規模早期提出会社については2019年6月15日以降終了事業年度から適用(12月決算の会社の場合には、2019年12月期)することを決定している。なお、我が国では、金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業の年度の財務諸表の監査報告書に対してKAMの記載が求められており、2021年3月期の監査から適用される(2020年3月期から早期適用することが可能。東証1部上場企業については、早期適用が強く期待されている)。

TC社の各年度の業績と監査報告書に記載されたKAM

 TC社の会計監査人は、2016年度まではPwCであったが、2016年中に入札(tender)が行われた結果、2017年度からE&Yに交替した。まず、英国においてKAMが導入された2013年度以後の各年度のTC社の業績(当期損益と累積損益)及び会計監査人は、表1のとおりであった。

 当期損益は、各年度の期中平均レート、累積損益は各年度の期末レートで換算している。
 全体的に為替レートが円高ポンド安になっているため、円貨ベースでみると累積損失は若干減少しているように見えるが、ポンドベースでは着々と損失が積み上がっている。直近6年でみると黒字の年と赤字の年が3年ずつであるが、黒字の金額がごくわずかであるのに対し、当期損失の額はいずれも巨額である。2015年からの3年間は業績が若干持ち直したかに見えたが、2018年度になって(Brexitによる悪影響が本格化したのであろうか)一気に業績が悪化している。

各事業年度のTC社の監査報告書に記載されたKAM

 2013年度から2018年度までの各年度において、TC社の監査報告書に記載されたKAMは、表2のとおりであった。

【表2】各事業年度のTC社の監査報告書に記載されたKAM

(2013年度 6個)
① のれんと繰延税金資産の簿価
② 経営者による内部統制の無効化リスク
③ 収益認識の不正リスク
④ 継続企業
⑤ 航空機リースとメンテナンス引当金
⑥ グループの構造改革プログラムに関連するリスク
(2014年度 7個)
① のれんと繰延税金資産の簿価
② 航空機リースとメンテナンス引当金
③ 個別の開示項目の分類
④ 継続企業の評価
⑤ ホテル前渡金の回収可能性
⑥ デリバティブ金融商品の使用
⑦ 退職給付年金の評価
(2015年度 6個)
① のれんと繰延税金資産の簿価
② 航空機リースとメンテナンス引当金
③ 個別の開示項目の分類
④ ホテル前渡金の回収可能性
⑤ デリバティブ金融商品の使用
⑥ 退職給付年金の評価
(2016年度 7個)
① のれんと繰延税金資産の簿価
② 航空機リースとメンテナンス引当金
③ 個別の開示項目の分類
④ 企業が継続企業として存続する能力
⑤ ホテル前渡金の回収可能性
⑥ デリバティブ金融商品の使用
⑦ 退職給付年金の評価
(2017年度 6個)
① のれんの簿価
② 繰延税金資産の回収可能性
③ 個別の開示項目
④ 航空機リースとメンテナンス引当金
⑤ 傷病請求に対する引当金とサプライヤーからの関連する回収
⑥ 不適切な手作業による仕訳入力を通じた経営者による内部統制の無効化の影響を受けやすい収益認識
(2018年度 7個)
① のれんの簿価
② 繰延税金資産の回収可能性
③ 個別の開示項目
④ 継続企業
⑤ 航空機リースとメンテナンス引当金
⑥ 傷病請求に対する引当金とサプライヤーからの関連する回収
⑦ 不適切な手作業による仕訳入力を通じた経営者による内部統制の無効化の影響を受けやすい収益認識

 大別すると、のれんや繰延税金資産の回収可能性、個別の開示項目(わが国でいう特別損益のような性格を持つもの)、航空機リースとメンテナンス引当金が常に重要なリスク項目(監査上の重点項目)として識別されており、それに加えて、収益認識、デリバティブ、退職給付年金等も年度によってはKAMとして取り上げられている。将来の収益改善計画等に大きく依存する継続企業の前提に関する注記の妥当性はもとより、のれん、繰延税金資産や引当金など、いわゆる「会計上の見積りの監査」に関連する項目が、常に監査上の主要な検討事項とされてきたことが伺える。

監査人変更による影響

 前述のように、TC社は2016年度中に外部監査人の入札手続を行い、その結果、会計監査人はPwCからE&Yに交替した。新任監査人であるE&Yは、PwCが監査報告書に記載してきたKAM項目について見直しを行い、2017年度の監査報告書に次のように記載している(以下、筆者の仮訳。)。

 上記の表に記載されている財務諸表の重要な虚偽表示リスクは、TC社の以前の外部監査人によって報告されたものとは異なる。当年度中に英国内において傷病に対する請求の著しい増加が観察されたため、私たちは、重要な虚偽表示リスクが増大したと考え、傷病請求に対する引当金とサプライヤーからの関連する回収をKAMに含めることにした。さらに、当法人は、収益を重要な虚偽表示の影響を受けやすい領域とみなしているため、経営者による内部統制の無効化リスクを含む収益認識を、監査上の主要な検討事項として含めた。当年度に財務諸表を作成する過程で、財務諸表の注記33に開示されている前年度の調整を当法人はいくつか識別し、監査の過程で、行われた調整の適切性を確認した。前年度の監査報告書には含まれていた、ホテル前渡金の回収可能性、退職給付年金の評価及びデリバティブ金融商品の使用並びに継続企業の領域は、KAMとしては取り上げなかった。これらは監査上のリスクが高い領域であるということに我々は同意したが、重要な経営判断の対象となる領域、または監査で重要な発見があった領域としては評価されなかった。

継続企業の前提に関する会計監査人のリスク認識と対応

 継続企業の前提の評価は、2015年度と2017年度を除き、監査上の主要な検討事項(KAM)としてTC社の監査報告書に記載されている。本稿では、PwCがTC社の監査を担当した最後の年度(2016年9月期)の監査報告書に記載したKAMと、TC社が経営破綻した年の前年である2018年9月期(現在ウェブサイト上で公表されている、TC社の最後のアニュアル・レポート)の監査報告書にE&Yが記載したKAMの内容を紹介したい。
 ① 2016年9月期にPwCが監査報告書に記載したKAM
 企業が継続企業として存続する能力(ABILITY OF THE ENTITY TO CONTINUE AS A GOING CONCERN)

(重点領域:Area of Focus)
 これは、外部の要因、特にテロ攻撃による市場への影響の結果として、年間を通しての取引条件が困難であるため、監査上の重点領域であると考えられた。外部のマーケットにおける衝撃によって、事業の根底にある季節性とともに、資金調達の取り決めの下で、グループの財務制限条項と流動性の余力に圧力がかかる可能性がある。

(重点領域に対して我々の監査がどのように対応したか How our audit addressed the area of focus)
 継続企業の前提に関する評価の中で経営者が使用する予測を、取締役会が承認した予測と照合した。上記で詳述したように、予測プロセスの品質と精度を評価するために特定の手続を実施した。基になる取引、予想されるコスト削減、EU国民投票の影響、およびグループのキャッシュフローの季節性など、グループの予測における重要な判断にチャレンジし、検証した。私たちはグループの資金調達契約を検討し、流動性と銀行による財務制限条項の遵守に関して、グループの資金的な余力評価について、下方にぶれる場合の感応度分析を実施した。

 ② 2018年9月期にE&Yが監査報告書に記載したKAM
 アニュアル・レポート及び決算書の作成にあたって使用された継続企業の前提(Going concern basis used in preparation of the Annual Report & Accounts)

(リスク Risk)
 グループのアニュアル・レポート及び決算書は、継続企業の前提に基づいて作成される。この前提は、グループの取引の結果、銀行によるグループへの資金の融通への継続的なアクセス、グループの財務制限条項の制約がある中での事業継続能力など、多くの要因に依存する。グループへの資金の融通は、以後の12か月間について四半期ごとにテストされる財務制限条項の対象となる。これらは、レバレッジ財務制限条項と固定的な財務制限条項とで構成されている。レバレッジ財務制限条項は、財務諸表で個別的に開示されている項目、利息、税金、減価償却費、償却費、航空機のオペレーティング・リース賃借料、及び会社が重要かつ異常または非経常的な性質であると判断する、その他の例外的な項目を控除する前の利益と純負債を比較した尺度である。固定的な財務制限条項は、財務諸表で個別的に開示されている項目、利息、税金、減価償却費、償却費、航空機のオペレーティング・リース賃借料、及び会社が重要かつ異常または非経常的な性質であると判断する、その他の例外的な項目を控除する前の利益と、純利息とオペレーティング・リース料とを比較した測定値である。当グループは、追加の資金調達余力を確保するために、2019年度および2020年度の第1四半期のレバレッジ財務制限条項をそれぞれリセットする取り決めを当年度中に貸手から受けた。2019年度の最後の2
四半期の財務制限条項は引き続きタイトなままではあるが、経営者の厳しいが説得力のあるシナリオの下で継続可能と認められた。

(当該リスクに対する我々の対応 Our response to the risk)
 2018年9月24日および2018年11月27日に行われた取引の更新と、その後に改訂された財務制限条項の遵守予測の観察を踏まえて、私たちは監査パートナー及びディレクターが以下の手続に関与する量を増やすとともに、経営者による感応度分析と資金の調達余力評価の適切性を評価する際に、コーポレート・ファイナンスの専門家を利用した。
・経営者が作成したキャッシュフロー及び財務制限条項の予測と感応度分析を入手し、銀行の財務制限条項遵守に関する資金の調達余力に関する計算を評価した。
・経営者が作成した事業計画の合理性と、予測に使用されるインプットと主要な仮定の適切性を評価した。
・経営者の予測プロセスの精度を評価するために、実際の結果に対する前年の予測の精度を検討した。
・資金の調達余力の計算が合理的かどうかを評価するために、感応度分析を別途実施した。
・2019年度と2020年度の最初の2四半期に係る財務制限条項がリセットされたことを確認するために、貸手から得られた合意の証拠を入手した。
・会社の法律顧問と面談し、財務制限条項の計算に関する会社への彼らの助言を検討し、その助言から経営者が導き出した結論に満足した。
・今後12か月間の会社の予測流動性を入手して、月単位で予測される資金の調達余力に留意した。

(監査委員会に報告された主要な観察結果 Key observations communicated to the Audit Committee)
 経営者が識別した、厳しいが説得力があるシナリオは妥当であると私たちは評価した。私たちは、会計上、継続企業の前提を使用することは適切であるという結論に達し、重要な不確実性が識別されていないという経営者の見解に同意した。

終わりに

 2018年1月に破綻した、英国の建設会社であるカリリオン社の場合、監査を担当していたKPMGが実施した監査手続や投資家への注意喚起が不十分であったとして厳しい批判にさらされ、監査監督当局も含めて、英国において監査制度の大改革が行われるきっかけとなったことは記憶に新しい。本稿の冒頭にも記したように、TC社の場合には、会計処理や監査法人による対応の妥当性の調査はこれからであり、これまでのところでは、TC社の経営者による会計処理や会計監査人の対応よりも、大幅な赤字を計上していたにもかかわらず、多額の報酬を受け取っていた経営者の責任等に批判が集まっているように見受けられる。
 本稿で取り上げた監査上の主要な検討事項(KAM)の制度は、前述のように、我が国においても、2020年3月期から早期適用が開始され、2021年3月期には、すべての上場会社に対して強制適用される予定である。我が国においても、今後不幸にして上場会社が破綻したような場合には、当該会社が破綻する直前期の監査報告書が参照され、会計監査人が記載したKAMの項目やその記載内容の妥当性が、投資家や規制当局、その他の利害関係者等によって吟味されることになろう。特に、カリリオン社の場合のように、継続企業の前提に関する開示がなされず、KAMとして監査報告書への記載もなされなかったような場合には、経営者の責任とともに、会計監査人の責任も厳しく追及される可能性が高いと考えられる。我が国の企業の経営者や会計監査人も、英国での監査制度改革の動きを対岸の火事として傍観するのではなく、「明日は我が身」という危機意識をもって注視していく必要があるであろう。

参考資料
改訂監査基準の概要-監査上の主要な検討事項(KAM)の導入―日本公認会計士協会
2018年8月

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