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解説記事2021年03月08日 未公開判決事例紹介 評価通達の総則6項を巡る相続税更正処分等取消請求(2021年3月8日号・№873)

未公開判決事例紹介
評価通達の総則6項を巡る相続税更正処分等取消請求
東京地裁、通達評価による時価算定に疑義

 本誌859号40頁で紹介した相続税更正処分等取消請求事件の判決について、仮名処理した上で紹介する。

○財産評価基本通達の総則6項を適用した課税処分の是非が争われた裁判で、東京地方裁判所(森英明裁判長)は令和2年11月12日、原告(納税者)の請求を棄却する判決を言い渡した(平成30年(行ウ)第546号)。森裁判長は、「本件通達評価額(4億7,761万円余)と本件鑑定評価額(10億4,000万円)の間に著しいかい離が生じており、これによって課税額に大幅な差異が生じていること自体、本件通達評価額によって時価を算定することが適切ではないことをうかがわせるものというべき」と判示したうえで、「本件被相続人が本件不動産を取得した経緯(相続税軽減目的の不動産取得)に照らせば、特別の事情があるというべきである。」とした。

主  文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 処分行政庁が平成30年5月28日付けで原告X1に対してした、被相続人Aの相続に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 処分行政庁が平成30年5月28日付けで原告X2に対してした、被相続人Aの相続に係る相続税の更正処分のうち納付すべき税額909万8500円を超える部分及び同処分に係る過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
3 処分行政庁が平成30年5月28日付けで原告X3に対してした、被相続人Aの相続に係る相続税の更正処分のうち納付すべき税額541万9800円を超える部分及び同処分に係る過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第2 事案の概要
 本件は、被相続人A(以下「本件被相続人」という。)の相続人である原告らが、本件被相続人の相続(以下「本件相続」という。)により取得した財産の価額を財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56ほかによる国税庁長官通達。平成26年4月2日付け課評2−9ほかによる改正前のもの。以下「評価通達」という。)の定める評価方法により評価して本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告をしたところ、処分行政庁が、本件相続に係る相続財産のうち一部の土地及び建物の価額について評価通達の定めにより評価することが著しく不適当と認められるとして、原告らに対し、本件相続税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及びこれらの処分に係る過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と本件各賦課決定処分を併せて「本件各更正処分等」という。)をしたことから、原告らがこれを不服として、本件各更正処分等(原告X2及び同X3に対する各更正処分については各修正申告に係る納付すべき税額を超える部分)の取消しを求める事案である。
1 関連法令等の定め等
 本件に関係する法令等の定めは、別紙2「関係法令等の定め」記載のとおりである。
2 前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)本件相続の開始等

ア 本件被相続人は、平成25年9月16日、89歳で死亡した。
イ 原告X1、原告X2、原告X3は、それぞれ被相続人の長男、長女、二男である。
ウ 本件被相続人の法定相続人は、原告ら、本件被相続人の妻である訴外B並びに本件被相続人の養子である訴外C、訴外D及び訴外Eの7名であった(以下、上記7名を併せて「本件相続人ら」という。)。
(2)本件相続に係る相続財産等
ア 本件相続に係る相続財産には、Y市(住所省略)所在の土地(明細は別紙3物件目録記載1のとおり。以下「本件土地」という。)及び本件土地上に存在する建物(明細は別紙3物件目録記載2のとおり。以下「本件建物」という。)が含まれていた(以下、本件土地と本件建物を併せて「本件不動産」という。)。
イ 本件土地は、F駅の南方約500m、G駅の南方約600mに位置する宅地である。本件建物は、昭和63年2月23日、本件土地上に建てられた共同住宅であり、「H」という名称の賃貸マンションとして利用されている。
ウ(ア)株式会社I(以下「I社」という。)は、平成25年3月27日、株式会社Jとの間で、本件不動産を7億5000万円で購入する旨の売買契約を締結し、同年4月30日、株式会社JからI社に対して本件不動産の所有権移転登記がされた(甲3の1及び2、乙8〔3〜20枚目〕)。
(イ)I社は、平成25年6月28日、株式会社K(以下「K社」という。)との間で、本件不動産を12億2400万円で売却する旨の売買契約を締結し、同日、I社からK社に対して本件不動産の所有権移転登記がされた(甲3の1及び2、乙8〔21〜26枚目〕)。
(ウ)I社は、平成25年7月25日、K社との間で、本件不動産を13億4844万円で購入する旨の売買契約を締結した。なお、同契約では、買主であるI社が、売買代金の支払時までに本件不動産の所有権の移転先を指定し、本件不動産の所有権は、K社から上記移転先に直接移転するものとされ、K社からI社に対する所有権移転登記はされなかった(以上につき甲3の1及び2、乙8〔27〜32枚目〕)。
(エ)本件被相続人は、平成25年7月25日、I社との間で、本件不動産を15億円(以下「本件売買価額」といい、その内訳は、本件土地8億8235万2942円、本件建物5億8823万5294円及び消費税等2941万1764円である。)で購入する旨の売買契約を締結した。
(オ)本件被相続人は、平成25年8月20日、L銀行から、賃貸不動産購入資金として、15億円を借り入れた(以下「本件借入れ」といい、本件借入れに係る借入金を「本件借入金」という。)。なお、本件借入れについて、最終弁済期日は平成52年8月20日、借入期間は27年間とされた。
(カ)本件不動産について、平成25年8月20日、K社から本件被相続人に売買を原因とする所有権移転登記がされた。
(3)本件相続税の申告等
ア 本件相続人らは、法定申告期限内の平成26年7月1日、処分行政庁に対し、本件相続税の申告(以下「本件当初申告」という。)をした。本件当初申告のうち原告らに係る部分は、別表1「課税処分等の経緯」の各「期限内申告」欄記載のとおりであった。
 本件相続人らは、本件当初申告において、本件不動産の価額につき、評価通達の定めに基づいて、本件土地の価額を3億3925万6689円、本件建物の価額を1億3835万4420円の合計4億7761万1109円(以下「本件通達評価額」という。)と評価し、本件借入金15億円を債務として計上して申告した。
イ 原告ら及びDは、平成28年11月14日、処分行政庁に対し、本件土地以外の土地の価額に評価誤りがあったとして、本件相続に係る修正申告(以下「本件修正申告」といい、本件修正申告に係る申告書を「本件修正申告書」という。)をした。Bは、平成27年8月14日に死亡したことから、同人に係る本件相続税については、同人の相続人である原告ら及びDが修正申告をした。本件修正申告のうち原告らに係る部分は、別表1の各「修正申告」欄のとおりであった。
 なお、本件修正申告における本件不動産の価額は、本件通達評価額とされていた。
ウ 東京国税局長は、平成29年11月22日付けで国税庁長官に対し、本件不動産の評価につき、評価通達6に基づき、評価通達に定められた評価方法によらずに、他の合理的な評価方法によって評価することとしたく、その場合の評価額は、一般財団法人Mに所属する不動産鑑定士が鑑定評価した平成28年9月16日付け不動産鑑定評価書(乙4の1。以下、当該鑑定評価を「本件鑑定評価」という。)の評価額である10億4000万円(以下「本件鑑定評価額」という。)とすることが適当である旨上申し、同長官は、同年12月5日付で、同局長に対し、上記上申について「貴見のとおり取り扱うこととされたい」との指示をした(乙3の1及び2)。
エ 本件鑑定評価は、本件不動産の最有効使用を「現況どおり中層共同住宅」とした上で、試算価格として①原価法に基づく積算価格10億2000万円、②収益還元法に基づく収益価格10億6000万円を算出し、収益価格及び積算価格を関連付け、鑑定評価額を10億4000万円(内訳は本件土地が8億3000万円、本件建物が2億1000万円)と決定した。なお、上記①の原価法の適用に当たって、本件土地については、取引事例比較法を基に価格を査定し、本件建物については、再調達原価をまず査定し、この再調達原価に対して現価率を乗じて価格を査定した上で、上記土地価格と建物価格の合計に市場性修正率を乗じて積算価格を算出した(乙4の1)。
オ 処分行政庁は、平成30年5月28日付けで、原告らに対し、本件不動産は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、別表1の各「更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分」欄のとおり、本件各更正処分等をした。
 なお、本件各更正処分において、本件不動産の価額は、本件鑑定評価額10億4000万円(内訳は本件土地が8億3000万円、本件建物が2億1000万円である。)とされた。
カ 原告らは、平成30年7月26日、本件各更正処分等を不服として、国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求をした。なお、原告らは、本件各訴えの提起後である平成31年2月21日、上記各審査請求を取り下げた(乙5)。
(4)本件各訴えの提起
 原告らは、平成30年12月10日、本件各訴えを提起した(顕著な事実)。
3 本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する被告の主張
 本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する被告の主張は、後記5(被告の主張)のほか、別紙4「被告の主張を前提とした各課税の根拠及び適法性」記載のとおりである。
4 争点
 本件相続開始時における本件不動産の時価(評価通達の定めによらない評価方法により本件不動産の時価を算定することが許されるか否か。)
5 争点に関する当事者の主張
(被告の主張)
(1)相続税法22条に規定する時価及び評価通達の趣旨等について

ア 相続税法22条に規定する時価とは、当該財産の客観的交換価値をいい、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいう。もっとも、全ての財産の客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、各種財産の評価方法に共通する原則や各種財産の評価単位ごとの評価方法を具体的に定めた評価通達によって、画一的な評価方法により財産を評価することとしている。これは、あらかじめ定められた評価方法により画一的に財産の評価を行う方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものと解される。
 そうすると、特に租税平等主義という観点からして、評価通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、これが形式的に全ての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるものと解されるから、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ評価通達に定める方法以外の方法によってその評価を行うことは、納税者間の実質的負担の公平を欠くことになり、許されないものというべきである。
イ しかしながら、当該評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合には、別の評価方法によることが許されるものと解すべきであり、このことは評価通達6の定めからも明らかである。
すなわち、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方法によることが許されるものと解するのが相当であり、このような「特別の事情」が存する場合とは、評価通達に定める評価方法を形式的・画一的に適用することによって、かえって納税者間の実質的な租税負担の公平が著しく害されることとなるような場合をいうものと解すべきである。
(2)本件不動産の評価について評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情が存在すること
 本件不動産の評価については、以下のような事実関係に照らせば、評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情があると認められる。
ア 本件通達評価額と本件売買価額との間に著しいかい離が存在すること
 本件通達評価額は4億7761万1109円であるのに対し、本件売買価額は15億円であり、本件通達評価額に対する本件売買価額のかい離率は約3.14倍であって、その価額差は10億2238万8891円であることから、本件通達評価額と本件売買価額との間に著しいかい離があることは明らかである。
 なお、本件通達評価額と本件売買価額との価格かい離が生じた背景は、次のとおりであると認められる。
(ア)本件不動産は、通常の賃貸マンションとは異なり、単身者用の食事付き、家具付きの特殊な賃貸マンションであること
  本件不動産は、法人向けの単身者用高級賃貸マンションとして使用されており、ジム、サウナ等の共用設備が充実しているほか、共用ラウンジにおける食事やハウスクリーニング等のサービスも充実しており、各居室には、冷蔵庫、洗濯機・乾燥機、ベッド等生活に必要な家具や備品が一通り設置されているなど、同種の単身者向け賃貸物件と比べグレードが高く、特殊な物件であると認められる。このような事情が通常よりも高い賃料及び高い入居率による高い収益性につながっており、かかる収益性が取引価格に反映されることによって、本件売買価額も必然的に高く算定され、本件通達評価額との間にかい離が生じたものと考えられる。
(イ)本件不動産の取引価格が同一年中に異常に急騰している事実が認められること
  本件不動産は、平成25年3月27日から同年7月25日までの僅か4か月の間で、計4回も売買取引が行われているところ、当該4か月の間に取引価格が2倍に急騰している。一般的に、収益性が高い投資用商品の場合、安全性や流動性が低く、リスクは高くなり、リターン(収益)の振れ幅が大きくなるといわれているところ、本件不動産は、上記(ア)のとおり、一般的な賃貸マンションとは異なり、単身者向けの食事付き、家具付きの大規模賃貸マンションであり、物件の特殊性が強く収益性が高い不動産である。このような特殊性から基本的に市場参加者はリスクを積極的に取り、かつ、潤沢な資金力のある法人投資家に限定され、取引価格の振れ幅が大きくなることが想定される中で、不動産市場が上昇局面にあったこと及び短期間で4回もの取引が行われたことを背景として、取引価格が急騰したものと考えられる。
  他方、平成25年から平成26年の間の本件不動産の周辺地域における地価変動率は、平均2%台で、高くても6%程度であった。
  以上のことから、本件不動産の取引価格の急騰は、路線価等の公的評価の変動率では説明ができないほど異常な上昇を示しており、このような取引価格の異常な急騰により、本件通達評価額と本件売買価額との間にかい離が生じたものと認められる。
(ウ)評価通達に定める評価方法では、本件不動産の特殊性等を的確にその評価額に反映させることには限界があること
  評価通達に定める評価方法は、土地については路線価を基に、また、家屋については当該家屋の固定資産税評価額を基に、借地権割合や借家権割合等を考慮して評価することとされている。これは、路線価及び固定資産税評価額を基に画一的に財産の評価を行う方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て合理的であるという理由に基づくものである。一方で、本件不動産は、前記(ア)のように収益性が高く特殊性のある投資用不動産であるところ、その収益性や特殊性による価値の増加を評価する評価通達の定めはなく、また、本件不動産については、本件被相続人がこれを購入する直前に取引価格が異常に急騰した事実が認められるところ、評価通達の定めによる評価方法では、このような不動産の急激な価格変動を評価額に的確に反映させることには限界がある。
イ 本件不動産を購入し、本件通達評価額を基に相続税申告を行うことで、本件不動産を購入しなかった場合に比べ、本件相続税の額が3億円以上軽減すること
 本件相続人らは、本件当初申告において、本件不動産を本件通達評価額で評価し、一方で本件借入金を債務として控除した上で申告を行っており、同申告における本件相続人らの納付すべき相続税の総額は1436万1500円となっている。これに対し、仮に、本件被相続人が、本件不動産の取得及び本件借入れを行わずに本件相続が開始した場合、本件相続人らが納付すべき相続税の総額は3億3216万5700円となり、本件当初申告の相続税の総額1436万1500円との差額は、3億1780万4200円となる。このように、本件被相続人が相続開始の直前に本件不動産の取得及び本件借入れを行ったことにより、同人の相続税の課税価格が大幅に圧縮され相続税負担の軽減が生じている。これは、本件被相続人及び原告X1が、専ら相続税の負担の軽減を目的とし、本件被相続人が116歳になるまで返済するとの条件で、本件被相続人の総資産額(相続税評価額)である約20億円の4分の3に相当する15億円という多額の借入れをして本件不動産を購入するという、経済的合理性を見いだせない取引をしたことによるものである。
(3)本件不動産の価額は、本件鑑定評価額により評価すべきであること
 本件鑑定評価は、本件不動産の近隣地域における標準的使用を「中層共同住宅地」、本件土地の最有効使用を「中層共同住宅地」、本件不動産の最有効使用も「現況どおり中層共同住宅」とした上で、①原価法による積算価格、②収益還元法による収益価格によりそれぞれ試算価格を求めている。
 本件不動産は、立地特性、建物用途等の不動産の諸属性から、その主たる需要者は資金調達力を有する法人投資家等が中心になると認められ、当該需要者は一般的にその収益性を重視して取引を行う傾向が強く、収益性の観点から本件不動産の市場価値を把握した収益価格がより説得力を有するなどといった理由により、本件不動産の鑑定評価額を10億4000万円と決定している(原価法による積算価格を10億2000万円、収益還元法による収益価格を10億6000万円と試算している。)。
 本件鑑定評価における手法は合理性が認められるものであり、そのような手法により算定された本件鑑定評価額10億4000万円は、本件不動産の客観的交換価値として適正に算定されたものである。
(4)本件鑑定評価に関する原告らの主張に対する反論
ア 原告らは、容積率200%で規模が1000㎡を超え、実際にも6階の賃貸共同住宅が建築されている本件土地の更地価格を求める場合、開発法を適用しなければならず、これを適用していない本件鑑定評価は国土交通省の定める不動産鑑定評価基準に準拠していないと評価せざるを得ないと主張する。しかしながら、原告らの指摘する事情がある場合に開発法を適用しなければならない根拠は示されておらず、不動産鑑定評価基準においても原告らの指摘する事情がある場合に必ず開発法の適用が求められているとは直ちに解し難い。本件鑑定評価を行った一般財団法人Mの令和2年2月7日付け意見書(以下「M意見書」という。)は、開発法は最有効使用を分譲マンション素地と判断する場合に適用する評価基準であるところ、本件土地の最有効使用は賃貸用の中層共同住宅地であると判断しており、開発法を適用しないことは妥当である旨の意見を述べている。
イ 採用した取引事例について
 原告らは、本件鑑定評価において、原価法による積算価格の試算に際し本件土地の価格の査定における取引事例比較法の適用に当たって用いた取引事例(乙4の1・別表①)のうち取引事例1とされているもの(以下「取引事例1」という。)について、取引事例1は、同じ物件について同日に2回売買された取引事例の一つであって、両取引の内訳の建物価格が大幅に相違しており、このような事例は不動産鑑定評価に当たって採用してはならない旨主張する。しかしながら、原告らは、原告らの指摘する事情をもって、なぜ取引事例1が不適格であるといえるのかについて、具体的な理由や根拠を示していない。M意見書は、取引事例1が不動産鑑定評価基準の定める取引事例比較法の適用に当たって選択する事例の要件を全て備えていると判断して採用したものであり、同事例を排除する理由も認められないとしている。
ウ 規準価格との均衡について
 原告らは、地価公示法11条の定める公示価格との「均衡」は、同価格とのかい離幅が10%程度であることを意味し、本件鑑定評価の上記イの取引事例比較法の適用における本件土地の更地価格は、地価公示標準地による規準価格とのかい離幅が52%であって、信頼性がない旨主張する。しかしながら、地価公示法や不動産鑑定評価基準をみても、公示価格との均衡の意義を同価格とのかい離幅が10%程度であると解すべき法的根拠は見当たらない。この点について、M意見書は「取引事例価格の事情補正及び時点修正、地域要因の比較及び個別的要因の比較については、そのいずれにも問題は認められず、こうした過程を経て査定された取引事例価格から比準した価格を採用した結果として、規準価格との乖離が生じているに過ぎない」と述べている。
エ 原価法による市場性修正率について
 原告らは、本件鑑定評価における原価法による積算価格の算出について、市場性修正率という名目で10%の増価修正を行って本件不動産の積算価格を算出しているが、その内訳が不明であり、恣意的な数値をもって積算価格を意図的に上昇させているなどと主張する。
しかしながら、本件鑑定評価は、市場性修正率について、建物及びその敷地一体としての付帯費用や市場性に係る要因を考慮して査定した旨説明しており、上記の要素を市場性修正率として考慮することは実務上も認められている評価手法であるから、原告らの主張は理由がない。
オ 更地価格の算出に際して土地残余法を適用しなかったことについて
 原告らは、原価法による積算価格の試算に際し、本件土地の更地価格の算出過程で収益還元法(土地残余法)を適用すべきであったのにこれを省略しているとして、本件鑑定評価は不動産鑑定評価基準に準拠していないなどと主張する。
 しかしながら、国土交通省の定める不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(以下「運用上の留意事項」という。)では、「対象不動産に係る市場の特性等を適切に反映した複数の鑑定評価方式の考え方が適切に反映された一つの鑑定評価の手法を適用した場合には、当該鑑定評価でそれらの鑑定評価方式に即した複数の鑑定評価の手法を適用したものとみなすことができる」とされているのであって、本件土地の更地価格の算出に当たり収益還元法(土地残余法)を適用していないことをもって、直ちに鑑定評価基準に準拠していないということはできない。この点について、M意見書は、実務上、取引事例比較法による比準価格が市場の実勢を的確に反映していると認められる場合には、収益還元法を適用することはむしろ稀であるなどと述べている。したがって、原告らの主張には理由がない。
カ 土地建物一体の収益還元法について
 原告らは、本件鑑定評価における土地建物一体の収益還元法について、現行賃料の増額補正をし、次にその増額補正を前提に還元利回りを減額補正しているが、上記補正の根拠は説明されていないところ、このような主観的要素の入る余地がある補正を2回も繰り返すのではなく、現行の賃料等に基づく純収益を相応の還元利回りで還元して本件不動産の収益価格を求めるべきであって、本件鑑定評価による収益価格10億6000万円は信頼性を欠いていると主張する。しかしながら、本件不動産の収益価格の査定に当たり、現行賃料ではなく想定賃料を採用したことには合理的な理由があり、一期間の純収益として採用する想定賃料に対応する還元利回りを反映していることについても合理性が認められる。
キ 小括
 本件鑑定評価に関する原告らの主張は、いずれも理由がなく、本件鑑定評価額は、本件不動産の客観的な交換価値を反映した価額である。
(5)以上のとおり、本件不動産の価額の評価については、評価通達の定めによらない「特別の事情」が存在することから、他の合理的な時価の評価方法によることが認められるところ、本件不動産の合理的な時価として適正に算定されたと認められる本件鑑定評価額により評価した本件各更正処分等は適法である。
(原告らの主張)
(1)本件各更正処分等が租税法律主義に反すること

 租税は、公共サービスの資金を調達するために国民の富の一部を国家の手に移すものであるから、その賦課、徴収は、法律の根拠に基づき公平に行われなければならない(租税法律主義)。相続税申告において、不動産を含む相続財産は、評価通達の定めに基づいた評価額によるのが一般的な対応であり、これは広く国民一般にとって周知の事実になっている。ありとあらゆる国民は、不動産の相続税評価について、評価通達の定めに基づいてされることを前提に経済的活動を行い、そのような予測の下で生活をしている。
 ところが、処分行政庁は、本件相続が開始して4年半以上経った後に、本件不動産は評価通達の定めによるのではなく、不動産鑑定評価をすべきものであると一方的に述べ、課税当局によって事後的に行われた一方的かつ独自の不動産鑑定評価を前提に本件各更正処分等を行った。仮にこのようなことが許容されれば、課税当局自らが定めている評価通達の定めに基づいて申告納税をしたとしても、事後的に「評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」に該当するものと認定されるリスクが常に存在し、この一方的かつ恣意的な判断に基づいて、一方的かつ独自の不動産鑑定をされ、その鑑定評価に基づく不動産価額を前提に、相続税を追加で支払い、また、過少申告加算税を課されるリスクを常に抱えるということになる。
 以上のとおり、本件各更正処分等は、国民の租税に対する予測可能性を著しく失わせる極めて不当なものであり、租税法律主義の趣旨に反し、評価通達6の適用に関する行政庁の裁量の範囲を著しく逸脱し、違法であることは明らかである。
(2)本件不動産の評価について評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情がないこと
ア 本件通達評価額と本件売買価額とのかい離について
 被告は、本件通達評価額4億7761万1109円に対し、本件売買価額は15億円であって、その差が約3.14倍であることを、本件不動産の評価につき評価通達によらないことが相当と認められる特別な事情の根拠としている。
 しかしながら、路線価又は固定資産税評価額と実際の取引価格との間にかい離がある例はほかにいくらでも存在し、本件不動産のかい離率は決して特殊なものではない。不動産鑑定士であるN(以下「N鑑定士」という。)は、本件通達評価額と本件鑑定評価額との間のかい離は、他の取引事例と比較しても著しいものではないとし、上記かい離が生じた要因は、本件土地の存する地域全体において一般的な実勢価格と路線価とがかい離していることや、本件鑑定評価においては貸家の存在によって価格を増価させているのに対し、評価通達による評価額は一律に貸家の存在によって価格を減価させていること等にあるのであって、被告の主張するような本件不動産の特殊性によるものでないことは明らかであるとの意見を述べている。
 このように、本件鑑定評価額と本件通達評価額とのかい離は、土地の評価によって生じたものであって、被告が本件不動産の特殊性として主張する建物の問題によって生じたものではないから、上記かい離率が大きいことをもって、評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情があるとする被告の主張が成り立たないことは明らかである。
イ そもそも本件不動産が構造上特殊な不動産などではないこと
 本件不動産は、取り立てて特殊なものではなく、本件建物は元々寮であったために食事を提供するスペースや簡易なジム設備が存在するが、それ以外に殊更特異な物件であるわけではない。したがって、本件不動産の評価につき評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情など一切存在しない。
ウ 本件被相続人による本件不動産の購入に経済的合理性があること
(ア)本件被相続人は、昭和51年にアパートを建築して不動産賃貸業を興して以降、継続的に管理する物件を増やしており、本件不動産の購入もその一環であったにすぎない。現に、原告らは、有限会社Oを設立し、本件不動産を含む不動産の管理をしているし、本件被相続人の死亡後、本件不動産の管理業務のために別法人を立ち上げるなどしている。そして、不動産賃貸業者にとって、不動産の購入に際し銀行から借入れをするのは、レバレッジ効果を引き出すために当然の行為であって、何ら経済的に不合理な行為ではない。N鑑定士も、経済合理性の有無を不動産鑑定評価と取得価額とのかい離の程度のみによって判断するのは誤りであり、むしろ、本件被相続人の死亡後の本件不動産の収益が取得時の一括借上賃料より増加していることや、本件不動産の取引価格が取得価格よりも高くなる可能性さえあることから、本件被相続人による本件不動産の取得には十分な経済合理性があったとしている。
(イ)被告は、L銀行に対する調査の資料を基に、本件被相続人の本件不動産取得に係る一連の行為は、専ら相続税軽減を目的とするものであったと主張する。しかしながら、そもそも将来相続が発生し、相続税を支払うことになると予測される者が、そのための対策を取り、法令の範囲内で、支払うことになる税金をできるだけ節約しようとするのは自然であり、当然であるとすらいえるから、そのような主観的意図の存在によって不利益な処分を課すことは不当である。
  また、この点を措くとしても、本件被相続人や原告らが本件不動産を購入した主たる目的は、収益性の確保と不動産賃貸業の維持にあり、相続税対策を主眼としたものではない。原告らが行ったL銀行P支店に対するヒアリング結果や、東京国税局の同支店に対する調査結果のうち本件訴訟提起後に開示された部分(当初マスキングの上で開示されていた部分)の記載等によれば、仮に本件不動産の取得が事業性や収益性を度外視し、相続税軽減を主目的とするものであったとすれば、融資が通らなかったはずであることは明らかであり、支店担当者が作成したメモに「相続税対策」などの文言があったとしても、それは銀行内部で稟議を通すために強調した表現、あるいは、本件被相続人らに対する営業トークとしての表現であると考えられる。
(3)本件鑑定評価に誤りがあること
ア 更地価格の算定に当たって開発法を適用していないこと
 本件鑑定評価は、更地価格の算出に際して分譲マンションなどの建築を想定した開発法を適用していない。しかしながら、容積率が200%で規模が1000㎡を超え、6階の賃貸共同住宅が建築されている本件土地の更地価格を求めるに当たっては、価格の精度の観点から取引事例比較法、収益還元法(土地残余法)とともに開発法を適用しなければならないのであって、これを適用していない本件鑑定評価は、不動産鑑定評価基準に準拠していないものと評価せざるを得ない。
イ 取引事例比較法において採用した取引事例に問題があること
 本件鑑定評価が原価法による積算価格の試算の際に本件土地の価格の査定における取引事例比較法において採用した取引事例1は、同一物件が同じ日に2回売買されたものの一つであって、いずれの取引も不動産鑑定士によって取引事例化されているが、上記2件の売買取引は、別の不動産鑑定士により評価された結果、それぞれの取引事例化の段階で内訳の建物価格が大幅に相違している。このような取引事例は、取引価格の信頼性が著しく欠如するため、取引事例の選択の段階で排除すべきであって、不動産鑑定評価に当たっては採用してはならない不適格なものである。
ウ 取引事例比較法に基づいて算定された標準価格が公示価格と大きくかい離していること
 本件鑑定評価は、上記イの取引事例比較法に基づく標準価格を40万円/㎡と算出しているが、地価公示標準地「Q」による規準価格は26万3000円/㎡であり、標準価格と規準価格のかい離幅が52%と過大となっている。地価公示法8条、11条は、不動産鑑定士が公示区域内の土地について鑑定評価を行う場合、公示価格との間に均衡を保たせる必要がある旨定めているところ、かつて比準価格の90%以内を目途に公示価格が決定されていたことに照らせば、一般に許容される公示価格とのかい離の程度は10%程度であって、本件鑑定評価における標準価格と規準価格との間には異常なかい離があるといわざるを得ない。この点からも、本件鑑定評価の手法は、信頼性を欠くものというべきである。
エ 原価法における市場性修正率の内訳が不明であること
 本件鑑定評価は、原価法による積算価格を求めるに当たって、市場性修正率という名目で、本件土地の更地価格と本件建物の積算価格に10%の増価修正を行って本件不動産の積算価格を算出しているが、10%の具体的な内訳が不明である。このような恣意的な数値によって、積算価格を意図的に上昇させた本件鑑定評価額は、客観的な交換価値であるとは認められない。
オ 更地価格を求めるに当たって収益還元法(土地残余法)を省略していること
 本件鑑定評価は、原価法による積算価格の試算の際、土地の更地価格を求めるに当たって、収益還元法(土地残余法)の適用を省略している。運用上の留意事項により、鑑定手法を省略することが許されるのは、それがやむを得ないと判断される一定の状況に限定されるべきであるところ、本件不動産の存する近隣地域の標準的使用は中層共同住宅地であり、地域の地価形成の過程には収益性が明らかに認められることから、更地価格を求めるに当たって収益還元法(土地残余法)を適用すべきことは明らかである。
カ 収益還元法における賃料の査定及び還元利回りの補正に問題があること
 本件鑑定評価は、土地建物を一体として収益還元法を適用するに当たり、現行賃料が3790円/㎡であるのに対し、中長期安定的として査定した単価と称して査定賃料を4928円/㎡とした上でこの金額に基づく可能総収益を算出している。他方で、上記査定賃料は、現行賃料に比べて高い水準にあるため、割安な現行賃料と査定賃料との開差については還元利回りで考慮したとされている。しかしながら、本件鑑定評価には、還元利回りの補正過程について具体的な数値の説明はなく、主観的要素が介入する可能性のある根拠の乏しい補正が2度行われていることも問題である。
 また、本件鑑定評価においては、収益還元法による収益価格について、空室損失等考慮後の運営収益が年間1億3495万3000円と計算されているが、平成28年から平成30年までの実際の年間運営収益は平均1億1440万7716円であり、想定の賃料と実際の収益との間にかい離がある。
したがって、本件鑑定評価における収益価格10億6000万円は、信頼性を欠くものである。
キ 小括
 本件鑑定評価は、採用した手法等において多くの問題が存在するため信頼性を欠いており、本件鑑定評価額10億4000万円は、本件不動産の客観的な交換価値を反映していない。
(4)以上のとおり、本件不動産について、評価通達の定めによらないことが相当と認められる場合に他の合理的な評価方法によって評価することが許されるとしても、本件不動産にはそのような特別の事情は存在しない上に、本件鑑定評価額は本件不動産の客観的な交換価値を反映したものではなく、合理的な評価方法とはいえないから、本件不動産の時価を本件鑑定評価額により評価した本件各更正処分等は違法である。

第3 当裁判所の判断
1 本件相続開始時における本件不動産の時価について
(1)
相続税法22条は、同法第3章で特別の定めがあるものを除くほか、相続等により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めているところ、ここにいう時価とは、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。
 もっとも、財産の客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではなく、これを個別に評価すると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等によって異なった評価額が生ずることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがある。そこで、課税実務においては、評価通達によって各種財産の評価方法に共通する原則や各種財産の評価単位ごとの評価方法が定められ、原則としてこれに定められた画一的な評価方法によって当該財産の評価を行うこととされている。このような取扱いは、当該財産の評価に適用される評価通達の定めが適正な時価を算定する方法として合理性を有するものである場合には、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減といった観点からして相当であるということができる。
 そして、租税法の基本原則の一つである租税平等主義に照らせば、特定の納税者あるいは特定の財産についてのみ、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によってその価額を評価することは、原則として許されないものというべきである。しかしながら、課税実務において評価通達の定める画一的な評価方法が用いられている趣旨が上記のようなものであることに鑑みると、評価通達の定める評価方法によっては適正な時価を適切に算定することができないなど、評価通達の定める評価方法を形式的に全ての納税者に係る全ての財産の価額の評価において用いるという形式的な平等を貫くことによって、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるといえるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によって評価することが許されるものと解すべきである。
(2)そこで、本件不動産につき上記(1)の特別の事情があるか否かについて検討する。
ア 本件不動産の評価額等について
(ア)前記前提事実(3)アのとおり、本件不動産につき評価通達の定める評価方法により評価した価額である本件通達評価額は、4億7761万1109円であるところ、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて算定した本件鑑定評価額10億4000万円と比較すると、その2分の1にも達しておらず、金額としても5億円以上の著しいかい離が生じている。また、本件相続開始の約2か月前である平成25年7月25日に本件被相続人自身が本件不動産を購入した際の価額である本件売買価額は、本件鑑定評価額を上回る15億円であって、本件通達評価額と本件売買価額との間には更に著しいかい離が発生している。
  加えて、上記評価額のかい離に伴って生じる相続税額の差異についてみると、本件不動産の価額を本件通達評価額によって評価した本件修正申告において、本件相続人らの納付すべき相続税の総額は1472万0500円(甲2の2・1枚目「各人の合計」の「申告期限までに納付すべき税額」)とされていたのに対し、本件鑑定評価額によって評価した場合の納付すべき相続税の総額は1億0335万5400円(別表2順号17「合計額」)となるのであって、本件不動産の評価額のかい離によって、課税額についても大幅な差が生じている。
  そして、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて算定する不動産の価格は、基本的に当該不動産の客観的な交換価値を示すものであるところ(地価公示法2条1項参照)、本件鑑定評価の手法が不適切であるとする原告らの主張に理由がないことは下記(イ)のとおりであり、他にその手法が不適切であることをうかがわせる事情が認められないことからすれば、本件鑑定評価額は、本件不動産の客観的な交換価値を示すものとして合理性を有するということができる。そうすると、本件通達評価額と本件鑑定評価額等との間に上記のような著しいかい離が生じており、これによって課税額に大幅な差異が生じていること自体、本件通達評価額によって時価を算定することが適切ではないことをうかがわせるものというべきである。
(イ)原告らは、そもそも本件鑑定評価が採用した手法等に問題があり、これを本件不動産の評価として用いることは不適切である旨主張するので、以下この点について検討する。
 a 原告らは、本件土地の容積率や面積等からして、更地価格を算出するに当たっては開発法を適用しなければならないところ、これを採用していない本件鑑定評価は不動産鑑定評価基準に準拠していないものである旨主張する。しかしながら、不動産鑑定評価基準は、開発法の適用に関して、「更地の面積が近隣地域の標準的な土地の面積に比べて大きい場合等」において開発法による算定価額を比較考量して決定するとしているのみであって、これ以上に具体的な定めを置いていないところ(乙44〔43頁〕)、本件不動産の容積率や面積(容積率は200%、面積は1755.27㎡。乙4の1〔23枚目〕)等のみから、直ちに本件不動産について開発法を適用しなければならないと認めることはできない。また、開発法は、一体利用をすることが合理的と認められるときは、当該更地に最有効使用の建物が建築されることを想定して、販売総額から通常の建物建築費相当額及び発注者が直接負担すべき通常の付帯費用を控除する手法をいい(乙44〔43頁〕)、このような算定手法からすれば開発法は分譲マンションを最有効使用とする場合に適用されるものであるといえるところ、本件鑑定評価を行った一般財団法人Mは、本件不動産の最有効使用を分譲マンションではなく賃貸用の中層共同住宅地であると判断したため開発法を適用しなかったのであって(乙45〔2頁〕)、その判断が不合理であるということはできない。
 b 原告らは、本件鑑定評価が原価法による積算価格の試算の際に本件土地の価格の査定における取引事例比較法において採用した取引事例1について、同じ不動産が同日に2回売買された取引の一つであって、両取引の内訳の建物価格が大幅に異なっており、取引事例としては排除すべきであった旨主張する。しかしながら、取引事例の収集及び選択は、不動産鑑定士がその専門的な知見を基に行うものであるところ、原告らの指摘する事情から、直ちに取引事例1が不動産鑑定評価基準に定める取引事例の要件(乙44〔26頁〕参照)を欠いているとはいえず、取引事例1を採用したからといって本件鑑定評価が不合理であるということはできない。
 c 原告らは、本件鑑定評価が上記bの取引事例比較法に基づいて算出した標準価格40万円/㎡について、地価公示標準地による規準価格26万3000円/㎡と大きくかい離し、一般に許容されるかい離の程度(10%程度)を超えており、本件鑑定評価の手法は信頼性を欠いていると主張する。しかしながら、地価公示法8条、11条は、公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせるものとしているが、公示価格とのかい離の程度について許容される数値等を定めているものではない。そして、本件鑑定評価は、複数の取引事例に係る取引価格につき事情補正、時点修正、標準化補正、地域要因格差の補正を行った上で、これらを比較して近隣地域の標準価格を40万円/㎡と算出しているのであって(乙4の1〔40枚目〕)、このようにして算出された上記価格について不合理な点を認めることはできない。
 d 原告らは、本件鑑定評価が、原価法による積算価格を求めるに当たって、本件土地の更地価格と本件建物との積算価格に市場性修正率という名目で10%の増加修正を行っている点について、恣意的な数値によって意図的に積算価格を上昇させているなどと主張する。しかしながら、本件鑑定評価は、原価法による積算価格について、建物の開発に要する期間や安定的な稼働に至るまでの開発リスクを考慮した上で取引される開発前の更地価格及び建物価格を基礎に査定したものであって、安定的に収益を生み出している一棟の土地及び建物の内訳としての建付地価格及び建物価格と比較して低位であることから、この点を市場性修正率において考慮したとしており(乙4の1〔28枚目〕)、このような根拠で市場性修正を行うことが不合理であるとはいえず、また、その増加修正の割合についても、不合理な点を認めることはできない。
 e 原告らは、原価法による積算価格の試算の際、本件土地の更地価格を算出するに当たって、収益還元法(土地残余法)を省略していることから、本件鑑定評価は不動産鑑定評価基準に準拠しているとは評価できないなどと主張する。
  この点について、確かに、不動産鑑定評価基準は、「更地の鑑定評価額は、更地並びに配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格並びに土地残余法による収益価格を関連づけて決定する」と定めている(乙44〔43頁〕)。しかしながら、本件鑑定評価は、土地の収益性について、土地価格と建物価格の合計に市場性修正率による補正を行う段階で考慮するため、土地価格の査定において収益還元法は適用しないとしているところ(乙4の1〔27枚目〕)、運用上の留意事項においては、「地域分析及び個別分析により把握した対象不動産に係る市場の特性等を適切に反映した複数の鑑定評価方式の考え方が適切に反映された一つの鑑定評価の手法を適用した場合には、当該鑑定評価でそれらの鑑定評価方式に即した複数の鑑定評価の手法を適用したものとみなすことができる」とされており(乙46〔25頁〕)、必ずしも土地残余法を適用しなかったからといって不合理であるということはできない。
 f 原告らは、本件鑑定評価が、土地建物を一体として収益還元法を適用するに当たり、現行の賃料を増額補正した上で還元利回りを減額補正しているところ、主観的要素が介入する可能性のある補正を2度も繰り返している点で不合理であり、また、現行賃料の増額補正の結果、収益還元法により算定された収益価格と本件不動産の実際の収益との間に差が生じていることから、信頼性を欠いているなどと主張する。
  しかしながら、本件鑑定評価は、対象不動産と類似する物件の賃貸条件、賃貸仲介業者へのヒアリング等を踏まえて、収益還元法を適用する前提となる新規賃貸条件を査定しているところ、現行賃料水準については、周辺地域の成約賃料水準等を勘案すれば割安な水準であるとしており、本件鑑定評価はこれらのことも踏まえて現行の賃料よりも高い査定を行ったものと認められるのであって(以上について、乙4の1〔30、42及び43枚目〕参照)、このような新規賃料の査定が不合理であるとはいえないし、これによって得られた収益価格と実際の本件不動産の収益とが一致しないからといって、本件鑑定評価が信頼性を欠くということにはならない。また、本件鑑定評価は、還元利回りを求めるに当たり、本件不動産の立地条件、建物条件等を考慮するとともに、現行賃料と査定賃料の開差についても考慮しているところ(乙4の1〔30、31枚目〕)、運用上の留意事項が「直接還元法の適用において還元対象となる一期間の純収益と、それに対応して採用される還元利回りは、その把握の仕方において整合がとれたものでなければならない。すなわち、還元対象となる一期間の純収益として、ある一定期間の標準化されたものを採用する場合には、還元利回りもそれに対応したものを採用することが必要である。」としていること(乙46〔13頁〕)に鑑みても、このような本件鑑定評価の算定が不合理であるということはできない。
 g したがって、本件鑑定評価の採用した手法が不適切であるとする原告らの主張は、いずれも理由がない。
(ウ)以上のとおり、本件通達評価額が本件鑑定評価額と大きくかい離しており、これによって課税額に大きな差が生じていること自体が、前記(1)の特別の事情の存在をうかがわせるものであるということができる。
イ 本件被相続人が本件不動産を取得した経緯について
(ア)前記前提事実及び後掲の各証拠によれば、本件被相続人が本件不動産を取得した経緯について、以下の事実が認められる。
 a 本件被相続人及び原告X1は、遅くとも平成24年4月頃から、L銀行P支店との間で、本件被相続人に係る相続税対策についての相談をしており、同年5月には、同支店から本件被相続人の相続やその後のその配偶者の相続に係る相続税額の総額を計算した相続税概算計算書を受領していた(乙13、乙41〔3及び5枚目〕)。
 b 本件被相続人は、平成25年6月、肺がんにり患していることが発覚し、同年8月12日に病院に入院した(乙40、弁論の全趣旨)。
 c 原告X1は、平成25年6月6日、L銀行P支店の担当者から、早急に相続税の対策が必要であること、節税対策として即効性があるのは中古物件の購入であること等について説明を受け、物件の紹介を受けることを決めた(乙41〔7枚目〕)。
 d 原告X1は、平成25年6月19日にI社から本件不動産を紹介され、本件被相続人が本件不動産を購入した場合に相続税評価額が約9億円減少し、相続税を約3億円圧縮できる旨の説明を受けた(乙41〔12枚目〕)。
 e 原告X1は、平成25年7月12日、L銀行P支店及びI社の担当者らとの打合せを行い、本件不動産を購入することを決め、価格についての交渉の結果、売買価額を15億円とする買い付け証明を差し入れた(乙41〔17枚目〕)。
 f 本件被相続人は、平成25年7月25日、I社との間で本件売買契約を締結し、同年8月20日、L銀行から賃貸不動産購入資金として15億円を借り入れた(前記前提事実(2)ウ(エ)及び(オ))。
(イ)上記認定事実によれば、本件被相続人及び原告X1は、L銀行P支店担当者らとの間でかねてより相続税対策について相談を重ね、本件不動産の購入等による相続税の圧縮効果等を検討していたところ、本件被相続人が肺がんにり患したことが発覚した後に不動産の購入を急ぎ、その翌月に本件不動産を購入したものと認められ、相続税の圧縮効果を期待して本件不動産の購入を行ったものであるといえる。また、証拠(甲2の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件当初申告においては、本件不動産を本件通達評価額である4億7761万1109円と評価して相続財産に計上し、本件借入金15億円を債務に計上した結果、本件相続人らの納付すべき相続税の総額は1436万1500円とされていたのに対し、仮に本件被相続人が本件不動産の取得及び本件借入れを行わずに本件相続が開始した場合、取得財産の価額は19億8005万7254円、債務及び葬式費用の金額は8億5070万2483円となる結果、納付すべき相続税の総額は3億3216万5700円となることが認められるのであって、本件不動産の購入は、実際に相続税の大幅な圧縮効果を生じさせるものであったといえる。
  以上によれば、本件被相続人及び原告X1は、近い将来発生することが予想される本件被相続人の相続に関して、原告らの相続税の負担を減じさせるものであることを認識し、かつ、これを期待して本件不動産の取得及び本件借入れを実行に移したものであると認められ、このことは、前記(1)の特別の事情の存在を基礎付けるものであるといえる。
(ウ)これに対して原告らは、①法令の範囲内で相続税対策を行うことは当然であって、そのような主観的意図があることを理由に不利益な処分をすることは不当である、②本件被相続人や原告らが本件不動産を購入した主たる目的は収益性の確保と不動産賃貸業の維持にあり、相続税対策を主眼としたものではなく、L銀行P支店の担当者が作成したメモには「相続税対策」などの文言もあるが、これは銀行内部で稟議を通すため、あるいは営業トークとしての表現にすぎないなどと主張する。
  しかしながら、上記①についてみると、そもそも処分行政庁が本件各更正処分を行ったのは、本件不動産につき評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるという理由によるものであって、本件被相続人及び原告らに相続税対策の意図があることを理由として不利益な処分を課したものではないから、原告らの主張は前提を欠くものである。そして、前記(1)の特別の事情は、評価通達に定める評価方法以外の評価方法によって本件不動産を評価するという形式的平等を貫くことが、かえって租税負担の実質的な公平を害するか否かという観点から判断されるべきものであるところ、本件被相続人及び原告X1が、相続税の負担を減じさせることを認識し、かつ、期待して本件不動産を購入したという事実を上記判断において考慮することができないとする理由はないというべきである。
  次に、上記②についてみると、原告X1は、本件不動産を購入した場合の相続税の圧縮効果等について説明を受け、これを踏まえて本件不動産の購入を決定したものであり(前記(ア)c、d)、このことからすれば、本件不動産の購入が本件相続税を減少させる目的で行われたことは明らかであって、L銀行P支店の担当者が交渉経過を記録するに当たって融資審査対策等の目的で相続税対策であることを誇張する表現を用いたか否かや、本件不動産の購入目的が相続税対策のみならず収益性の確保や不動産賃貸業の維持にあったか否かは、上記判断を左右するものではない。
  したがって、原告らの主張はいずれも理由がない。
ウ 小括
 以上のとおり、本件不動産に係る本件通達評価額と本件鑑定評価額とのかい離の程度が極めて大きく、これによって本件相続税の額にも大きな差が生じていることに加えて、本件被相続人及び原告X1が上記のような評価額の差異によって相続税額の低減が生じることを認識し、これを期待して本件不動産を取得したことに照らせば、本件不動産については、評価通達の定める評価方法によって財産を評価することによって、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるから、前記(1)の特別の事情があるというべきである。そして、前記ア(ウ)のとおり、本件鑑定評価額は、本件不動産の客観的な交換価値を示すものとして合理性を有するものであるから、本件不動産はこれによって評価することが許されるものと解される。したがって、本件不動産の時価は、本件鑑定評価額であると認めるのが相当である。
(3)その余の原告らの主張について
ア 原告らは、相続財産を評価通達の定めに基づいて評価することが国民一般にとって周知の事実になっており、評価通達の定めによらずに評価することは予測可能性を著しく害し、租税法律主義の趣旨に反する旨主張する。
 しかしながら、相続税法は、相続財産の価額は当該財産の取得の時における時価によると定めるにとどまるところ、課税実務において原則として評価通達の定める画一的な評価手法によって財産の評価を行うこととされている趣旨は、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減といった観点から相当であるという理由に基づくものである。したがって、形式的な平等を貫くことによってかえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるような場合にまで、特定の財産につき評価通達の定めによらずに評価することが租税法律主義の趣旨に反して許されないとはいえない。また、そもそも本件被相続人は、本件相続の2か月前に、本件鑑定評価額を更に大幅に上回る15億円で本件不動産を取得していたのであって、本件被相続人及び原告らにおいて、本件通達評価額が本件不動産の時価と著しくかい離していることは十分に認識可能であったというべきであるから、本件各更正処分等が予測可能性を害するものであるとはいえない。
イ 原告らは、路線価又は固定資産税評価額と実際の取引価格との間にかい離がある例はほかにいくらでも存在し、本件のかい離の程度についても特異なものではないから、本件不動産の評価につき評価通達によらないことが相当と認められる特別な事情は存在しないと主張する。しかしながら、本件通達評価額と本件鑑定評価額との差は、それ自体として著しく大きなものであって、原告らの提出する証拠によっても、このようなかい離の程度が一般的であると認めることはできない。また、このような評価額のかい離によって生ずる税額の差が大きなものであることに加えて、本件被相続人及び原告X1がこのような税額の減少を期待して本件不動産を購入したものであること(前記(2)イ(イ))から、本件不動産以外に評価通達の定めによる評価額と実際の取引価格とが大きくかい離する例があるとしても、本件不動産について評価通達の定めによらずに評価することが違法となるとはいえない。
ウ 原告らは、本件不動産は、本件建物が元々寮であったために食事を提供するスペースや簡易なジム設備等が存在するものの、それ以外には特異な点はなく、特殊な物件であるわけではないと主張する。しかしながら、本件不動産については、本件通達評価額が本件鑑定評価額を大幅に下回り、これによって税額においても大きな差が生じていること自体が、前記(1)の特別の事情の存在をうかがわせるものであって、更に前記(2)イ(イ)の事情も考慮すれば、本件と同等の設備を有する類似の物件がほかに存在しているとしても、これによって前記(1)の特別の事情の存在が否定されるものとはいえない。
エ したがって、上記アからウまでの原告らの主張は、いずれも理由ない。
2 本件各更正処分等の適法性について
 以上に加え、証拠(甲2の1及び2、甲4)及び弁論の全趣旨によれば、本件相続について原告らについて課されるべき相続税及び過少申告加算税の額は別紙4のとおりであって、本件各更正処分等における相続税及び過少申告加算税と同額であることが認められる。
 したがって、本件各更正処分等は、適法である。
3 結論
 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 森 英明
裁判官 小川弘持
裁判官 廣瀬智彦

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